●波打ち際の乙女たち
「夏が終って油断してた……」
波打ち際の堤防の上に、白いダイビングスーツを纏った少女――樋渡・沙耶(
ja0770)がしゃがんでいた。
肌の露出は少ないものの、ぴったりとした素材は少女の体のラインを浮き上がらせ、その手の趣向の方には絶賛されそうな姿である。
少女の視線の先には、海水浴場が広がっており、そこに警戒心もほどほどに、大きな海月の群れが浮かんでいた。
依頼にあったクラゲのディアボロである。
……水着を脱がすというアホなディアボロである。そして今年は数が増えている。
「わぁ〜、あれが噂のクラゲ?」
目の上に手をかざし、遠くクラゲを眺めて、ジョー アポッド(
ja9173)は無邪気に笑った。
樋渡は無言で頷く。
「そっか〜、あれか〜大きいな〜」
楽しそうにピョコピョコと跳ねて遠くまで見ようとする。発育途上の身体にビキニで露出は多い格好なのだが、瑞々しい四肢はいっそ健全だ。
「マタあのクラゲですカ……」
「……なんだか去年もこんなのを相手にした気が……というか増えてませんか?」
紅 椿花(
ja7093)と久遠 冴弥(
jb0754)は海に浮かぶクラゲを食傷気味に眺めて、どこか遠い目をしている。
思い起こすのは、過去の悲劇?
なんだか、馬鹿馬鹿しい記憶が走馬灯のように流れて行き、戦闘が始まる前から、もう終ったような空気が流れている。
まぁ、ほら。
今年は星も居るから! アホなさーヴァントがさっ!
そんなわけで、クラゲの居る海域の下やらあちこちには、ヒトデが明らかに異常な動きを見せている。
まぁ、サーヴァントなので通常のヒトデとは違うのは当たり前だが、海面から飛び出したり、回転しながら海中を進んだりと、自由すぎるだろっ!
「あれですわね。如何わしいディアボロもサーヴァントも、わたくしが一匹残らず駆逐してさしあげますわっ!」
そんな、アホなクラゲとヒトデを前に、桜井・L・瑞穂(
ja0027)は高笑いとともに宣言した。清楚な水色のビキニが良く似合っている。うん。
「そうだー、オシオキだー! クスクス」
「海の平和を守るため、マジカル♪ みゃーこ出陣にゃ♪」
楽しそうにアッシュ・スードニム(
jb3145)と猫野・宮子(
ja0024)もそれに続く。アッシュは普段と大差ない(本人談)ビキニ姿、猫野は猫耳に黄色いツーピース水着である。
「ぶ……部長、大胆な水着ですわね」
その後ろで長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は、桜井のきわどいローライズVバックのビキニを見て唸る。
と言う長谷川も実は赤いビキニで派手なのだが、金の髪や持ち前のスタイルが良いためか派手に見えない。ただ、下のトランクス風の水着というのが、ミスマッチではあった。
いや、それがいいんだよ!
という声がどこからか聞こえそうだが。
「こ……これは、わたくしの趣味というわけではなく、あの方が……」
自信満々だった桜井は、手で隠しながら思わず言いわけをしようとするが……。
「えっ?」
「き、きき、気にしてはいけませんわ! さぁ、狩りの時間ですわよ!」
と、危うく色々と喋りそうになって、慌てて誤魔化した。
●月が出て、星もでる
と、言うわけで早速始まった桜井さんの元にクラゲとヒトデを集めちゃおう大作戦。
早い話が、囮組がクラゲをひきつけて、桜井が一網打尽の一撃を放とうという事である。
「んー、瑞穂さんに集めればいいんにゃね♪ それなら僕に任せるのにゃ♪」
「デハ、ワタシも行くデスよ」
アウルの力で水上を滑るように歩き、猫野と紅はクラゲに近寄っていく。
クラゲは勿論、待っていましたとばかりにその身を震わせ、その触手を伸ばしてきた。
紅はその触手を叩き落としながら、少しずつ後退していく。
「……私も……桜井先輩の所に誘導する……」
そう言うと、樋渡は水に潜って水中でクラゲを気を引く事にした。もちろん、クラゲたちは反応する。
「そうですね。奴は危険を察知すると海中に逃げましたし、私も水中で迎え撃とうと思います」
久遠は海中でのクラゲの動きを見張ってもらおうと、ヒリュウのニニギを召喚した。
海中では、少女たち目掛けてクラゲが大移動を開始した。
「いいですわよ皆さん。 順調に集まってますわね。おーっほっほっほ♪ わたくしが一網打尽にして差し上げますわ!」
桜井は腰に手をあて、余裕の高笑いだ。
皆が順調にクラゲの誘導をしているのを見て、猫野も負けられないとアウルを解放した。
「僕の魅力に皆集まってくるにゃ。マジカル・ヒーローにゃー♪」
クラゲはその光に群がるようにゆっくりと泳いでゆく。猫野もゆっくりと桜井の元へと移動する。
が、段々とクラゲの速度が上がって行き。
いつの間にかクラゲの軍勢に追われる事になっていた。
「わー、瑞穂さん、一気に倒してしまうのにゃ!」
「み、宮子!? 此れは集め過ぎですわー!?」
軍勢に飲み込まれかけて、慌てて桜井はアウルで形勢した槍を海面に叩き込んだ……のだがっ!
「これで一網打尽…ふに?」
撃ち漏らしたクラゲたちがその触手を伸ばしてきたのだ。
哀れ、猫野は水着を脱がされてしまった。
キラリンッ ミ★!
「……みゃー!?」
間髪居れずに海面を飛び出したヒトデが、ぽよんっと猫野の胸元に輝く。
その光景に思わず、一同揃って背筋をゾッと震わせた。
「それにしても狙ったかのように噛み合った能力だねぇ。こういうこと考える人はどこにでも一定にいるってことかなー?」
などと、翼を広げ空中にいたアッシュは涼しい顔で呟いた。空中は安全地帯なのであった。
その間にも、また一人とクラゲの犠牲者が出てゆく。
「……ぁ……」
ヒトデがぽよんっと久遠の胸に輝く。クラゲの水着脱がしは、去年もあったので諦めもつくのだが、このヒトデの所業は何か許しがたい屈辱を感じて……。
久遠は胸元からヒトデを掴んで、剥がすと思いっきり海面に叩き付けた。そして、召喚したニニギの体に胸を押し付けて体を隠し、頬を赤らめる。
「……酷い屈辱です」
「っ、このクラゲたち数が……」
桜井もクラゲの触手に押され始めていた。なんと言っても、このプロポーションである。クラゲも頑張るってものである。
まったく、けしからんなっ!
という事で、水着を奪われるのも時間の問題だろう。がんばれ桜井! がんばれクラゲ! そうだやれクラゲ! 今だ! そこだ!
ん? 応援する方が違うって? ははは……。
「……」
クラゲたちの包囲網を突破し、樋渡は桜井の元へと近寄る。大切な先輩を守ろうとは、なんと言う美しい先輩後輩の関係だろうか。
樋渡は桜井に伸びたクラゲの触手を叩き落とすと、そのままその手を伸ばす。
「ひゃんっ!?」
思わず桜井の口から、声が漏れた。
なんと、樋渡が桜井の胸を掴み。そして、その水着を奪ったのだ。
!?
桜井も驚くが、クラゲも動揺して、触手を引っ込めた。
樋渡はそれを見て、再び桜井の胸元に水着を押し当てた。
クラゲがまた触手を伸ばそうとすると、樋渡はまた水着を奪って背に隠す。
クラゲが触手を引っ込めると、水着を元に戻す……。
「……ど、どういう事かしら? 沙耶」
声を震わせながら、それでも冷静さを保とうと桜井が口を開く。実際、何故こんな仕打ちを受けているのか、桜井には理解できていないのだ。
「……先輩の……取られたら大変……だから、私が預かった……」
樋渡はちょっと誇らしげに微笑んだ。
!!?
あまりに衝撃的な行動に桜井もクラゲも戸惑う。そして、自分の出番が中々来ないなと、ヒトデはその場を去っていった。
●月は欠け、星も流れる
クラゲと対峙した紅は、不敵に笑う。
触手は確かに水着を掴んで奪っているのだ。
それなのにっ!
なぜ、紅はポロリしないのかっ!?
「マダマダ、あるデスよー!」
なんと紅は、水着の重ね着をしていたのだっ!
ワンピース水着という防御力(笑)のありそうな水着を奪ったクラゲは、その下にあったサラシと褌という姿に驚愕した。
しかも、それを奪ってもビキニと続いたのである。
それでもクラゲは諦めなかった!
ビキニを脱がし、マイクロビキニを脱がし、そして自らに内包した水着を着せた!
そう、クラゲの完全勝利が今まさに達成されようとしていた……。
「こんな水着、ワタシ趣味チガウ、ます!」
紅の一言に、クラゲは硬直した。
クラゲに目があったら、きっと涙目であったのだろう。哀れクラゲよ。
と、なんだか盛り上がっていたようだが、ヒトデはやはり出番の無さを感じて去って行った。
同じようにアッシュも天魔と遊んでいたのだが、こちらはヒトデとである。
クラゲに水着を奪われた後、間髪居れずに飛んきたはずのヒトデであったが、寸でのところでアッシュの召喚したヒリュウのイヴァがそれをインターセプト。
ペチンッと硬質な音とともにイヴァの鱗にヒトデが張り付くのだが、ぽよんっとならなかったためか、ヒトデはどこか悲しげに萎れて海面に落ちた。
元気だせよヒトデ……。
その二人とは別ベクトルで、こちらはもっと脱がし甲斐の無い相手であった。
ジョーだ。
ジョーはクラゲに水着を奪われても、あっけらかんと網でクラゲのことをつかまえようとしていた。
恥じらいも無ければ、吸収する感情も無く、ヒトデは虚しく立ち去るしかないのである。
「あわわ、ジョー。駄目です。前を隠しなさいな、恥ずかしい」
長谷川が思わずジョーの胸元を手で隠す。
「んー、ボク恥ずかしくないよ?」
「いいえ、あなたも立派なレディなのですから……」
長谷川はジョーを諭す。
が、それが隙を生んでしまったのだった。
クラゲの触手は、ちょっと誇らしげに奪った赤いビキニを天に掲げた。
「……き」
「き?」
長谷川の口からもれた言葉をジョーは復唱する。
「きゃーっ!」
一呼吸置いてから、放たれた絶叫は大気を揺らすほどだった。
ジョーは両耳を塞いでうずくまる。
長谷川は胸元目掛けて飛んできたヒトデをその拳で撃ち落した。一匹、二匹と続けて十匹以上を叩き落すのだが、その間、彼女の胸は無防備にも晒されていたわけで、とりあえず謎の光さんが隠してくれていたでしょうが、まぁ。
混乱した彼女は、胸元を隠すという単純な行動さえとれずに、近づくヒトデやクラゲを粉砕した。
しかも、近くの味方にまでその拳が飛んできたのだ。
「ちょっと、アリー!? 気を確かにっ!」
「ぶ、部長!? い、いやー見ないでー」
樋渡をちょっとだけ叱り終えた桜井は、長谷川の乱心に驚きの声を上げた。
「なんだか、こっちに来るにゃー」
「えっと、長谷川さん気を確かに……」
猫野と樋渡も暴走した長谷川の拳から慌てて逃げる。
「あら〜、大変なことになってるわね〜クスクス」
アッシュはあえて、長谷川の周りのヒトデを倒して、胸に綺羅星しないようにしてたりする。上手いこと、この暴走でクラゲたちを一掃しようというようだ。
「あいヤー、みずほ、暴走するシテますね。近づく良くナイね」
「ですね」
紅と久遠は遠巻きにそれを眺めた。
ひとしきり暴れてヒトデやクラゲを海の藻屑へと変えた長谷川は、頭から煙を上げて海面に倒れたのだった。
「お嫁に行けませんわ……」
バタリッ――。
「うーん、そんなに恥ずかしがることなのかなぁ。皆、女の子同士なのに?」
と、ジョーはやはり首を傾げるのだった。
●水と戯れる乙女たち
浮き輪に乗ってジョーは、クラゲとヒトデの天魔が居なくなった海で悠々と浮かんでいた。
平和だなぁ。
「良いですか。レディたるもの、恥じらいは大事です。しかし、いかなる時も淑女然と落ち着いて行動しなければなりません」
砂浜では何故か正座させられている猫野、樋渡、長谷川の前で桜井が講釈を垂れている。
「みゃーこ、ちゃんとしたのに叱られたにゃ〜」
「あなたは、状況と言うものをもっと把握なさいな」
桜井はクラゲの大群を連れてきた猫野を指差す。まぁ、囮としては十分すぎるほどの成果をだしたのだが。
「……そう、みゃーこは限度を知るのがいい」
樋渡が頷くが、桜井はジト目でそれを見る。
「んー、沙耶さんだって、瑞穂さんの水着取ったりして、怒られてたにゃー」
正座しながら猫野と樋渡が言い争うのに、桜井はこめかみを押さえる。
「宮子っ! 沙耶! お仕置きしますから、お尻を出しなさいなー!」
反省の色も見えない二人に、桜井は声を上げる。
「酷いにゃー」
「……先輩、酷い……」
こういうときは、意見が一致するようだ。
「部長、申し訳ありませんでしたわ。わたくし我を忘れて……」
長谷川が頭を下げる。謝りながら、また思い出したのか、頬を赤らめた。
「……ふぅ」
その姿を見て、桜井はため息をつく。そして、顔を上げると笑顔で続けた。
「もぅ、いいですわよ。それよりも、折角、海が綺麗になったのですし、少し遊んで行きましょう」
一同は顔を見合わせ、そして、
「はいっ」
と、気持ちよい返事をした。
「いいね〜、ボクも賛成だ」
「ワタシも一緒に遊ぶシタいですネ」
「私もご一緒します」
アッシュ、紅、久遠も手を挙げた。
「あ〜、ボクも仲間にいれてよ〜」
ジョーは浮き輪の上から声を掛けた。
乙女達は夕暮れ近くまで海で遊び、そして帰路へと着いた。
人も天魔も居なくなった、暗い夜の海には、月と星が美しく映されていた。