●流砂の攻防戦! 佳耶を救い出せ!
「佐野、情報を頼む。大丈夫、落ち着いて見ればいい」
流砂対策に野球用のプレート式スパイクシューズを履いた或瀬院 涅槃(
ja0828)はすぐ後方で、沈みかけた建物の端に座り、砂の中に手を入れて意識を集中している佐野 七海(
ja2637)に声をかけた。
「は……はいっ!」
極限まで意識を集中していた上に、元来の恥ずかしがり屋気質も相まって、七海は上ずった声を上げてしまう。
(戦いは好きじゃないけど……やらないといけないのなら……)
胸中で自分だけに呟き、七海が意識を集中すると、砂の海が流れていく小さな音が続いているのに混じって、僅かだが別の音が混じっているが感じ取れた。僅かに混じったその異音は砂の海の流れに逆らいながら、凄まじい速度で移動している。そして、その進路上にはまた別の音――人がもがく音と、荒い息遣いが発せられている。
(た、助けなくちゃっ!)
地上に広がるのは、敵が潜伏したまま姿を現さず、ある種のこう着状態にも似た小康状態。しかし、地中では確実に事態は推移していた。それを察知し、流砂の中心付近でもがいている佳耶に危険が迫っていることを確信した七海は、緊張のせいで上手く舌の回らない口を必死に動かして叫んだ。
「佳耶さんより五時の方向……来ますっ!」
その叫び声を受け、彼女の指示した方向を仲間たちが一斉に振り返った瞬間、砂の海を切り裂くようにして人一人の身の丈以上はありそうな大アゴが顔を出す。その時を逃すまいと撃退士たちが動く中、まず最初に動いたのは神宮寺 夏織(
ja5739)とソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の二人だった。夏織は周囲の光景を改めて見回した後に敵を睨み付けると毒づくように言い放ち、ソフィアは威勢の良い声で気合を発する。
「こりゃひでー惨状だな……。 ディアボロだかアリジゴクだか知らねーが、この俺のぶっとばしてやる、覚悟してろよ」
「あたしも行くよっ! 援護するからっ!」
口と同時に二人が愛用の書物を開くと同時、敵も大アゴを豪快に開く。だが、その大アゴが佳耶に襲い掛かるよりも早く、無数の光球が敵へと襲い掛かり、まるで雹のように降り注ぐ。二人の連携による同時攻撃だ。
「いくら高速で移動するとはいえ、複数人の攻撃を全て避けきることはできねーだろうよ。ようは数うちゃ当たる作戦だな、古典的だけどな」
無数の光球は敵の頭上からひっきりなしに降り注ぐも、敵は咄嗟に地中へと潜航して光球の数々から身を守る。だが、それすらも二人の狙い通りだった。
「こっちは押さえてるからよ、今のうちにそっちも頼むぜ!」
「こんのー! 当分出てくんなー!」
二人からの声を合図に、今度は救出班が動き出す。
「作戦通りに行くわよ!」
佳耶の救出に備えて既に張り巡らせてあったロープの端を掴んでいる月臣 朔羅(
ja0820)が大声を張り上げて合図すると、流砂の対岸で反対側のロープ端を掴んでいる祐里・イェーガー(
ja0120)と名芝 晴太郎(
ja6469)の二人が同じく大声を張り上げて応える。
「了解! こっちは準備オッケーだ!」
「俺も準備オッケーだぜ! 住宅地を砂状化させるとか、迷惑な天魔だよな全く!」
応答とともに二人が掴んでいるロープが弛ゆんでいき、弓なりになって中心部が地表へと接近していく。二人がロープを引っ張る力を緩めたのだろう。その狙い通り、ロープの弛んだ中心部はまるで縄梯子のように佳耶のすぐ前へと降りていく。
このロープ以外にも、この場には既に何本化のロープが張り巡らされ、更には予備のロープもいくらか用意されていた。その光景を見回しながら朔羅は独り呟いた。
「相手がアリジゴクなら、こっちは蜘蛛の巣かしら」
独り呟きながら朔羅が片時も目を離さず見守っている中で、ロープの弛みは順調に佳耶のすぐ前に着地した。それを見て取るが早いか、朔羅は再び声を張り上げた。
「如月さん! 早くそれを掴んで!」
朔羅の声が聞こえたのか、佳耶は愛銃をヒヒイロカネに収納すると、両手でロープを掴んだ。
「引き上げるわよ!」
大声で対岸の二人に合図しながら、朔羅は全力で佳耶の掴んでいるロープを引き上げにかかる。しかし、少し身体が浮き上がった所で、満身創痍の佳耶は握力が持たなかったのか、手を放してしまう。なまじ少し浮き上がった所から急に手を放したせいか、落下の勢いで佳耶は更に深く砂の海へと埋まってしまった。今や佳耶は肩口まですっぽりと砂に埋もれてしまっており、期せずして両腕がロックされてしまったことで、再び愛銃を抜くこともできない――即ち、今の彼女は敵地のド真ん中で動けない上に丸腰というわけだ。
そんな佳耶を嘲笑うかのように、砂中潜航で光球の連射をしのいだ敵が佳耶へと迫っていく。不自然に蠕動する砂の塊が、あたかも水しぶきを立てるように砂粒を散らしながら高速で佳耶へと接近する。
「邪魔などさせないわ。退きなさい!」
敵の接近を察知した面々の中で朔羅がいち早く動き、ロープへのルート上を塞ぐ様に苦無を投擲する。
「ここは絶対に阻止する所、なの」
朔羅に続きアトリアーナ(
ja1403)も動いた。戦闘開始のスイッチを入れるように髪を結ったリボンを解くと、今まで足場にしてた屋根材――瓦や野地板を敵に向けて投げる。
「助かった子が今後気に病むことが無いように元気な姿の如月さんに会わせないと……!」
アトリアーナの隣で雫(
ja1894)も瓦礫を掴むと、敵に向けて次々と盛大に投げつけた。彼女の透徹する瓦礫は大きな音と衝撃を伴って砂の海に突き刺さっていく。
「……なるほど。普段は地中に潜り、攻撃の時だけ顔を出す。狩りをする上では非常に効率的かつ安全な方法です――」
砂中を進む敵を凝視しながらアレナ・ロート(
ja0092)は手近にあった瓦礫を掴むと、仲間たちと同じように投げつける。だが、彼女の狙いは仲間たちとは違っていた。
「――しかし直接こちらが見えない分、索敵方法がわかれば騙すのは容易なはずです!」
アレナが放り投げた瓦礫は砂の海に沈みかかっている家屋の窓を直撃し、ガラスの割れる済んだ甲高い音を響かせながら、盛大にガラス片を辺り一面に撒き散らす。
「振動探知に音探知……どちらの索敵方法で獲物を探っているとしても、こうされては真偽も判らないでしょう――?」
仲間たちの心強い助けにより敵の進撃が一時抑えられた瞬間を狙い晴太郎は、足場にしていた瓦礫を蹴って砂の海へと飛び出し、数メートルの高度と距離を跳躍する。確かに、撃退士の跳躍力は常人を遥かに凌駕するが、それでも佳耶のいる場所まで一足飛びには届かない。途中に広がる砂の海が眼下に迫る中、晴太郎は空中で必死に姿勢を制御した。
砂の海に落下する寸前で、仲間たちが陽動の為に放り投げてくれた瓦礫の上に着地して事なきを得る。しかし、敵も黙ってはいない。彼が着地した足場へと、即座に砂状化物質を吐きかけ、彼の足場を奪いにかかる。危ないところでそれを察知した晴太郎は、自分の足場が砂状態化するのと同時に再び跳躍し、たった今やったのと同じように陽動目的で放り投げられた瓦礫の上に着地する。
そして、三度晴太郎が次の瓦礫へと飛び移ろうとする。そして、敵はやはり砂状化物質を吐きかけようとする。だが、今回ばかりは今までとは事情が違っていた。
(コイツ……学習してやがるッ!)
敵が自分に背を向けるように方向転換し、別の瓦礫に向かってアゴを開いているのを見て、その意図に気づいた晴太郎は心中で焦りの声を上げた。なんと敵は今までとは打って変わり、晴太郎が次に飛び移る瓦礫を予測し、予めその瓦礫へと砂状化物質を吐きかけ、晴太郎の次なる足場を潰しにかかったのだ。
「このディアボロ、進化しないよね? 空飛べるようになったりしないよね……」
そんな呟きが晴太郎の頭上から聞こえたかと思うと、間髪入れずに何発もの銃声が轟いた。ひときわ背の高い家屋の屋根に結んだロープに片手で掴まりながら、ミルヤ・ラヤヤルヴィ(
ja0901)がもう一方の手握ったリボルバーで、砂の海から顔を出した敵を的確に狙い撃ったのだ。顔を出した所を急に撃たれて、晴太郎の足場を破壊する企みをくじかれた敵は弾かれたように上を向くと、怒りに任せて砂状化物質を吐き出し、頭上からの連射に対抗して、自分も分泌物を連射する。
しかし、ミルヤは器用に振り子運動を繰り返すと、まるでアクション映画の見せ場のように軽々と、そして華麗に砂状化物質の連射を避けていく。だが、敵もそのまま好きにさせておく気は更々無いようだ。激怒するように大アゴを開けると、今までとは比較にならないほど大量の分泌物を吐き出す。
「早く逃げて……砂に落ちたらアゴにやられてしまうっスよ!」
佳耶が必死の声を上げる。だが、敵の分泌物がミルヤのロープを切る方が一瞬早く、ミルヤはあっけなく砂の海へと落下する。下半身がすっぽりと埋まって身動きできないミルヤを前に、まるで舌なめずりするかのようにアゴをギチギチと鳴らし、敵は猛スピードで彼女へと迫りながらアゴを大きく開く。しかし、ミルヤは佳耶の思いとは裏腹にほくそ笑んですらいた。
「アゴにやられる? それがいいんじゃないの――ええ、それが!」
自らに迫ってくる大アゴをほくそ笑んだまま見つめながら、ミルヤはダガーを投げつけた。投擲されたダガーは真正面から敵へと肉薄する。敵のアゴが大きく開かれているせいで、がら空きになった真正面から飛来したダガーは敵の顔面にあった開口部――即ち、口にあたる場所に深々と突き刺さる。
「魔具ならすぐに砂になりはしないって聞いてたけど、どうやら本当みたいね」
自らの作戦が成功し、再びほくそ笑むミルヤ。なんと彼女は敵の口にダガーを突き刺し、口に栓をした状態にすることで敵が砂状化物質を吐き出すのを封じたのだ。
一方、晴太郎は幾度かの跳躍の後で遂に佳耶のもとへ最接近することに成功した。手近に浮いた板切れに乗ったまましゃがみこんだ晴太郎は、佳耶に向けて手を伸ばす。
「待ってろ、すぐに引き上げてやっからな」
伸ばされた手に、佳耶は自分でも必死に手を伸ばし返そうとするが、その手からは普段の力は感じられず、なかなか晴太郎の伸ばした手を掴めずにいた。晴太郎は意を決すると、自分の乗っている板切れが大きく傾くのも構わず、大きく前かがみになって更に遠くへと手を伸ばす。
「こんな危険な所まで……本当にありがとうっス。でも、このままではキミが……」
弱弱しいながらも笑顔を浮かべ、消え入りそうな声で呟く佳耶。しかし、それとは対照的に晴太郎は力強い笑顔を浮かべて、陽気な声で佳耶へと語りかけた。
「いいってことよ。つーか、ありがとうって思ってるなら――お礼をしてもらおうかな」
冗談交じりにそう言った晴太郎に対し、佳耶の笑顔にも若干だが力強さが戻る。
「お礼……?」
佳耶が聞き返すと、晴太郎は大袈裟にウインクしてみせ、やはり力強い笑顔で答えた。
「なら、デート一回だ。佳耶ちゃんみたいな美人とデートできるなら、たとえ火の中水の中そんでもって砂の中、ってね!」
その言葉に勇気づけられたのか、佳耶はまた更に力強さの戻った笑顔で晴太郎に微笑み、返す言葉を唇に上らせる。
「あたしで良ければ……いつでもご一緒するっスよ」
そう答え、佳耶は必死に伸ばした手で晴太郎の手を力の限り掴む。足場に注意しながら晴太郎は掴んだ手を引っ張り上げて佳耶を助け出すと、彼女の身体を所謂お姫様抱っこで抱え上げた。
「ちょっと……! いくらなんでもこの恰好じゃ恥ずかしいっスよ……!」
耳まで真っ赤になって抗議する佳耶に向けて、再び冗談めかしてウインクしてみせる。それに合わせて仲間たちが再び瓦礫をちょうど良い間隔で投擲してくれたこともあり、往路と同様の方法で晴太郎は仲間たちの待つ安全地帯へと舞い戻った。
「大丈夫?」
無事救出された佳耶を出迎えたのは、救急箱を持った新井司(
ja6034)だった。彼女は助け出された佳耶を、予め敷いておいたシートの上に寝かせると、応急処置を始めていく。彼女の介抱の甲斐もあり、しばらくして佳耶が人心地ついたのを見て取ると、司は再び佳耶に問いかけた。
「動けるかしら? 大丈夫なら、もう少し頑張って欲しいのだけれど」
立ち上がった佳耶は力を振り絞って笑みを浮かべ、サムズアップしてみせるが、すぐに意識を失ってその場に倒れこんだ。司は間一髪の所で彼女の身体を受け止める。
一方、アレナはロープを括り付けた矢を敵に向けて射っていた。ロープの先端についた矢尻は、狙い過たず敵の背へと突き刺さる。それを確認したアレナは敵へと語りかけた。
「やはり、すぐに砂化ができなければロープを切ることもままなりませんか。そして、それが命取りです」
砂状化によってロープが切れないと判ると、敵はもがいてロープを外そうとする。だが、それすらも見越していた様子でアレナは更に語りかけた。
「そのまま逃げると矢尻の反しで抉れますよ?」
アレナがロープを掴むと、それを助けるようにアトリアーナもロープを掴む。
「……砂状化は厄介な能力、なの。でも、これで残るはアレを釣り上げるだけなの」
更には涅槃と雫もそれに加わる。
「観念して貰おうか、羽虫未満が!」
「例え成虫になっても、儚げのある蜻蛉になれるとは思えませんね」
四人がかりで引っ張ったこともあり、敵は遂に流砂の中から釣り上げられる。硬いアスファルトの上に打ち上げられ、周囲を砂状化させて逃げることもできず、敵は撃退士の一斉攻撃を受けて敵はその身を砕かれた。
各々が安堵の息を吐いて座り込んでいると、佳耶に声がかけられた。
「お姉ちゃん! ありがとう!」
はっとして佳耶が振り返ると、そこには雫に連れられた少年が立っていた。他でもない、佳耶が流砂から助けた少年だ。
「助かった子が今後気に病むことが無いように元気な姿の如月さんに会わせないと……って思って」
駆け寄ってきた子供の頭を撫でている佳耶に、雫は静かにそう告げる。そんな折、佳耶と彼女を微笑ましげに見つめている晴太郎に司は問いかけた。
「一つ聞かせてくれる? どうして、命を落とすほどの無茶ができるの? 怖くは……ないの?」
すると二人は同時に答え、その声が自然と重なり合う。
「確かに怖い。だけどよ、目の前で誰かが傷つくのはもっと怖い」
「確かに怖いっス。けど、目の前で誰かが傷つくのはもっと怖いっスから」
その答えを聞き、司は胸中で得心したように呟く。
(そうか。これが『英雄』なのね)
会話がひと段落したのを見計らって祐里が佳耶に声をかけた。
「無事に済んだおかげで『俺も笑顔になれたから』さ。写真、撮ってくれるかな?」
その頼みに満面の笑みでサムズアップすると、佳耶は愛用のデジカメのシャッターを切った。