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「初依頼、初実戦だし頑張りますかー♪」
市街地で破壊活動を続けている彫像と対峙し、やる気十分な声を上げたのはアリシア・ミッシェル(
jb1908)だ。
力の行使に慣れることを今回の戦いにおける目的の一つとしているアリシアは、初依頼の初実践とは思えないほどリラックスしていた。
初陣の緊張は全くなしで、早く力を試してみたくてしょうがないといった感じだ。
その様子を少し離れた場所から見つめ、常木 黎(
ja0718)は小さく笑みを浮かべた。
「元気だねぇ」
たった一言、小さな笑みとともにそう呟くと、黎は彫像へと視線を戻した。
「能力がどうあれ、やる事はいつもと一緒さ」
黎は彫像から離れた場所からオートマチックP37の銃口を彫像に向けている。
(要は斃せば良いのさ、そういうお仕事なんだし。勿論、楽が出来るに越した事は無いけどね)
胸中でそう付け加え、黎は敵に狙いを定めたままひっそりと、かつ油断なく動く。
常に背後に回り込む様に動き、中距離以遠から援護射撃を狙う作戦だ。
「援護射撃の準備はできてる。いつでも仕掛けていいよ」
無線に向けてそう告げる黎だが、気配を隠しているだけあって、敵に自分の存在を悟られまいと小声だ。
「了解。面倒な敵も居たもんだな……」
黎からの合図に真っ先に答えたのは月詠 神削(
ja5265)だ。
「あのサーバントの使う『攻撃を逸らす防御』は、手を翳した方向にしか働かないはず――なら、多方向からの同時攻撃で対応できるはずだ。手が二本しかない以上、三方向以上からの同時攻撃には対応し切れないとも考えられるしな」
無線を通して黎に言うと同時、神削は自分と同じく前衛で接敵する鈴代 征治(
ja1305)に向けて肉声でも言う。
「とにかく敵の手には十分注意です」
神削に向けてそう返事しながら征治は、先だってこの彫像と交戦した撃退士たちの証言を思い返していた。
出発前、時間の許す限り彼女たちへの聞き込みを行った征治は、その甲斐あって一つのヒントに行き着いた。
――なんとなく……それこそ、『勘』みたいなものだけど。あのねじられた壁やマンホールが気になってて。
先発隊の少女が証言したその言葉が、征治はどうにも胸にひっかっかっていた。
(もう一度、周囲の破壊された建物の痕跡を調べ直してみますか。この奇妙な破壊痕がきっと鍵になるはず)
現場に到着してから征治は特異極まりない件の破壊痕の一つ一つを観察してきたのはもちろん、彫像と相対している今も観察眼を光らせている。
そして、それと同時に自分の目に焼き付けた破壊痕を思い浮かべ、まるで写真を確認するようにしながら、何度も脳内で検分を繰り返していた。
「撃退士の各クラスもそうですが、今回の敵は随分と便利な能力を持っているようですね。出来るだけ早く、決着を付けましょうか」
そう言うのは神棟星嵐(
jb1397)。
後方からの遠距離攻撃でもって、近接陣の援護を行なうのが今回の戦いにおける星嵐の役割だ。
「推測としては、片方向に空間を捻って強制的に軌道を変えているのではないかと自分も思いますが……軌道が変えられるとなると、突破するのが難しいですね。一先ずは、多方面からの攻撃には向かない様に見えますので、攻撃の手を緩めず行きます!」
先程、神削が言った事に同調すると、星嵐はラップドボウの弦を引き絞る。
「さて……どういうトリックなのかしら。どちらにしても、攻防一体とは厄介極まりないわね」
仲間たちの会話を聴きながら、シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)はやれやれと呟き思索に耽っていた。
「……受けて楽しいものでもなし、ともかく頑張りましょう」
今度は呟くのではなく、仲間たちに言うと、シュルヴィアは予め決め手おいた動きへと移る。
「捕捉ね……気をつけて。無理は禁物よ」
シュルヴィアは光纏すると、裏取りするべく路地裏に消え、移動を開始する。
狙撃による射撃支援を主に行うことに加え、同時進行で敵の能力を解明するのがシュルヴィアの目的だ。
まず裏取りすべく路地裏を移動し、シュルヴィアは頃合を見て家屋の屋根に登り、敵を視認する。
シュルヴィアが走り去ってから少しした後、八尾師 命(
jb1410)がふと口を開いた。
「何でもねじる能力を持ったサーバントですか〜。これはうかつに近づいたら逆にねじられてしまいそうですね〜。難しい問題で頭をひねるのならまだしも、物理的にねじられるのは正直なところ遠慮したいですね〜」
マイペースなのんびり屋らしく、語尾を伸ばしてのんびりとした喋り方をする命は、厄介な能力を持つ敵を前にしてもリラックスしているように感じられる。
しかし、雰囲気や口調に反し、命の洞察力は鋭かった。
「相手の能力について私の見解としてはですね〜」
そう前置きした後、命はまず指を一本立てて話し始める。
「第一に攻撃の軌道がずれたことについてですが〜、銃撃や剣戟の本来の軌道に対してねじれからの力を受けて移動方向がずれたんだと思います〜」
続いて二本目の指を立てた後、命は次の説明を行う。
「次に原理に関してですけど〜、原理としては恐らく手の部分から小規模な竜巻ないし力場を形成しているのではないでしょうか〜」
そこまで説明を終えると、命は三本目の指を立てた。
「だから、その結果ごく限られた範囲に強力な螺旋エネルギーを発生させ、それを盾として利用したため攻撃が逸れた――だと思いますよ〜。つまり肩等の力場が発生していない部分から腕に損傷を与えることで、相手の能力を防げるのではないでしょうか〜?」
相変わらずののんびりとした口調だが、その洞察に茶々を入れる者は誰もいなかった。
「その可能性は決して低くないはずだ」
仲間たちの中で最も先に命の説を支持したのは、今までずっと押し黙っていたグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)だった。
深く熟考に没頭するようにじっと黙りこんでいたグラルスだったが、たった今、口を開いたのを皮切りにぽつりぽつりと言葉を口にする。
「おそらくこういう能力にはどこかに穴があるはず。そこを突けさえすれば……」
やはり難しい顔をして熟考を続けながら呟いたグラルスに、今度は征治が声をかけた。
「実は僕もそう思っているんです――そして、それを確かめる為にも、協力をお願いします」
グラルスに語りかけながら、征治は予め用意していた『とある道具』を学ランのポケットから取り出す。
一方、グラルスも征治が手にした『とある道具』を見て彼の意図を理解したのか、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。あの攻防一体の能力を破るには、まず僕たちが立てたこの仮説の真偽を確かめる必要がある――いくよ、征治君!」
征治に向けて合図するなり、グラルスはアウルの力で魔法を発動する。
グラルスは拳二つ分ほどの大きさの、薄紅色の結晶を生み出すと、それを彫像に向けて放つ。
それに対し、当然のごとく彫像は手をかざして反応する。
彫像が手をかざした瞬間、グラルスが放った結晶は狙いが逸れ、彫像に炸裂することなくすぐ横の路面へと炸裂した。
路面へと炸裂した瞬間、結晶内部に封じられていた炎が解放され、周囲を波の如く押し流し呑み込むように火炎が広がる。
「外したっ!?」
思わず声を上げたのはアリシアだ。
「――いいえ。いいんですよ、これで」
グラルスに代わり、征治がアリシアの声に答えた。
「……え?」
その意図を一瞬図りかねたのか、アリシアはそのまま征治に問い返した。
「グラルスさんはわざとあの位置を狙ったんですよ――」
そう説明する征治だが、アリシアはまたも疑問が湧いたようだ。
「つまり……わざと直撃しない位置に撃ったってこと?」
アリシアの問いかけに対し、征治は静かに頷く。
「ええ。その通りです――」
頷きながら征治は学ランのポケットから取り出した『とある道具』――発煙手榴弾の安全ピンを外す。
「軌道を逸らされたんじゃなく、狙ってあの位置に撃ったの? でも、どうして?」
「――すぐにわかりますよ」
アリシアに返事しながら征治は彫像に向かって力の限り発煙手榴弾を投げつける。
道路に転がった発煙手榴弾は瞬く間に大量の煙を吐き出した。
アスファルトを火炎が舐めるのに合わせ、煙幕も辺り一面を包み込んでいく。
すぐに彫像の周辺は炎と煙に呑み込まれた。
「今です! 常木さんとシュルヴィアさん、そして神棟は射撃をお願いします!」
この時を待っていたかのように、征治は黎、シュルヴィア、星嵐に合図する。
「さて、私に視えると良いけど……」
すかさず黎はトリガーを引き、銃声を轟かせる。
まるで黎の銃撃を号砲としたように、シュルヴィアも彫像を銃撃しにかかった。
「さぁ……敵が多いなかで、わたくしに気を割けて? 見つけられるかしらね……!」
火炎と煙幕によって相手の視界を奪えているという好条件の中、既に手近な建物の屋根に陣取っているシュルヴィアはスナイパーライフルによる狙撃を敢行する。
「狙える時に、きっちりと狙いましょう!」
征治の勢いに応えるように、星嵐は気合いを入れて引き絞った矢を放つ。
黎による中距離からの拳銃弾とシュルヴィアによる遠距離からのライフル弾と矢。
二発の銃撃と一本の矢による波状攻撃が彫像へと襲いかかる。
だが、その攻撃も見事に軌道を逸らされ、壁、あるいは標識へと炸裂し、彫像にはかすりもしない。
「……! 奇襲でもまげるっていうの!? あれじゃバリアじゃないの……!」
驚きのあまりそう口にするシュルヴィア。
そんな彼女に神削が言う。
「なるほど。どうやら手さえ触れていれば効果は発動するみたいだ。だから、手を出したまま自分の周囲に円を描くように回転したんだろう。きっとそれで多方向からの攻撃に対応したんだ」
視界を奪った上での同時攻撃すら難なく防がれたというのに落ち着き払った様子の神削に、同じく落ち着き払った様子の征治が相槌を打つ。
「でしょうね――」
そして、それに続くようにグラルスも口を開いた。
「月詠君と鈴代君も見えたようだね」
グラルスの確かめるような問いかけに、神削と征治は同時に頷く。
「そういう仕掛けだったか。それさえわかればこっちのものだね」
頷き合う三人を見ていたアリシアは、先程から言葉を交わしていた征治にすかさず問いかけた。
「ちょっと、どういうこと?」
すると征治はゆっくりと彫像を指さした。
「見ての通りですよ。タネは割れました」
「え? 見ての通りってどうい――あっ!」
言われるまま彫像を凝視し、アリシアははっとなった。
彫像の周囲で炎と煙が明らかに不自然な形に渦巻き、特徴的な模様を形作っているのだ。
さながら右回り渦巻く炎と煙はさながらマーブル模様のよう。
そして、征治たち撃退士はこの模様に見覚えがある。
「やっぱり壁やマンホールと同じ向きに『ねじれ』ましたか〜」
この現象を予想していたように言う命に合わせ、神削も言う。
「まさかとは思ったけど……驚いたよ。固体だけでなく、手で触れてさえいれば、『何もない空間そのものもねじれる』なんて」
「そんなことまで!?」
神削の言葉に驚くアリシアに、今度は命が語りかけた。
「どれだけ銃撃や剣戟の軌道を真っ直ぐにしても逸れてしまうのは当然なんです〜。だって、あの彫像が周囲の空間そのものを曲げているんですから〜」
だが、驚愕の能力を前にしてもグラルスは落ち着き払っていた。
「そういう仕掛けだったか。それさえわかればこっちのものだね――もうその能力は使わせない、そのまましばらく止まっててもらうよ」
グラルスが言い放つのを待ち、黎が無線で仲間たちに告げる。
「幽霊の正体見たり……って所か。タネが分れば何てこたぁ無い。さて、狙い目は左上方つまり十字の方向。というわけでよろしく――Hey,Let’s Go.援護するよ」
「ありがとうございます、常木さん。さて月詠さん、アリシアさん、そして八尾師さん。まずは僕たちが行きましょう」
「ああ」
「突撃? オッケー! いっくよー!」
「了解です〜」
黎に礼を言うと征治は一気に距離を詰めて武器を振り下ろす。
それに合わせ神削、アリシア、命の三人も手にした武器を彫像めがけて叩き込みにかかる。
炎と煙もそろそろ晴れてきたこともあり、彫像は難なく手の平をかざし、まるで舞踊のような動きで自分の周囲に手の平で円を描く。
空間をねじられた以上、たとえ同時攻撃でも彫像には当たらない。
現に、四人の剣戟は逸らされてしまっている。
だが、グラルスは迷わず仲間に合図し、自分でも攻撃を放った。
「今だ!」
グラルスの放った漆黒の風の渦に続き、先程と同様に黎の拳銃とシュルヴィアのライフルが火を吹き、星嵐の弓が矢を放つ。
そして、そのどれもが彫像の身体にクリーンヒットした。
「Jackpot」
「この軌道見切れて? 風を捕まえるなんて至難よ。北欧が凍土の風、知るがいい!」
着弾を確認し、黎は薄ら笑いを浮かべ、シュルヴィアは叩きつけるように言い放つ。
「当たったっ!? でもどうして……?」
驚きと歓喜の声を上げるアリシア。
「常木さんの計算してくれた通りの場所――つまり、わざと少し外れた位置に撃ち込んだんだ。『ねじる』ということは、周囲のものを巻き込んでしまうということでもある。だから、然るべき場所に撃ち込んでやれば、後は自分から攻撃を引き込んでくれるんだ」
アリシアに疑問にグラルスが答えると、命がそれに続く。
「この能力には、『本来ならば当たる攻撃が外れる一方、逆に外れるはずの攻撃が当たってしまうという』弱点があるんです〜。そして、それを見抜かれ、この布陣を敷かれた時点で勝負はもう決しています〜」
その説明を裏付けるように、征治たち四人は再び近距離から彫像に攻撃するが、当の彫像はもはや空間をねじれない。
今、空間をねじれば征治たちの攻撃は防げる。
しかし、その反面、ねじったことでグラルスたちの攻撃を引き込んでしまう。
それを恐れて空間をねじらなければ、征治たちの攻撃の直撃を許す――。
どっちに転んでも大ダメージを免れない状態で彫像は遂に思考がショートして棒立ちになる。
そして、それは彼等撃退士を前に致命的な隙だった。
結局、どちらの攻撃も逸らさないまま、彫像はまず近距離組の攻撃を次々と叩き込まれる。
征治と神削に右腕を、アリシアと命に左腕を叩き壊され、もう彫像は無防備だ。
「そしてこの能力は『手で触れる』ことで発動する――勝負は決したな」
冷静に言い放つ神削たち四人が飛び退いた直後、遠距離組による一斉射撃が彫像へと振りかかる。
数秒後。
彫像は完膚なきまでに破壊され、そこにはただ、細かな破片が残っているだけだった。
「よしっ!」
アリシアの喜びの声に続き、撃退士たちは次々に安堵の息を吐き始める。
正真正銘、今回は撃退士たちの知略の勝利であった。