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――九月某日 14:50 都内某所 某都立高校前――
連絡を受け、現場である学校のすぐ前の道路には撃退士たちが集まっていた。
既に周囲は警察によって封鎖されており、いるのは関係者だけだ。
現場に集まった撃退士たち。その中でまず口火を切ったのは雨野 挫斬(
ja0919)だった。
「合図があったらすぐ来てね」
停車した救急車とそれに乗車している医者へと挫斬は声をかける。
挫斬は予め警察に連絡し、教室から見えない位置に救急車や医者を待機させていた。
そして自分は現場に潜入する際に目立たないよう魔具と魔装はヒヒイロカネに収納し、更には現場である高校の制服を着用している。
救急車の窓ガラスを鏡代わりにして自分の姿を見ながら、挫斬はほくそ笑んで一人呟いた。
「うん、まだイケル。なんかコスプレしてるみたいでドキドキするね!」
彼女がガラス面を見ている横で夏雄(
ja0559)は救急車の車体に寄りかかり、最終チェックの為に現場資料を読み返していた。
「これは……虐めの復讐? んー、それに対して『虐められる方が悪い!』とか『復讐なんてくだらない!』とか『悪魔や武器に頼るなんて軟弱な!』とかは言わないけどね。強いて言うなら派手にやりすぎだ。バレないように虐められたのならこっちもバレないようにやりか……ま、いっか。おいらが何を思おうが霜山剛君を止める事に変わりは無いし。うん。適度に張り切って行こう」
夏雄が言い終えた後、続いて口を開いたのはフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。呆れたようにフィオナは一人ごちた。
「いじめなぁ…小さい。とはいえ、人の器と命の大きさはまた別問題。助けるべきは助けて愚かさを身に沁みさせる必要はあるか」
一方、冷静でいる夏雄とフィオナとは対照的に鴉守 凛(
ja5462)は悲しげな感情を滲ませていた。立て籠もっている剛に対して自分と似通ったものを感じている凛にしてみれば、今回の事件に対しても完全に他人事として向き合えないのかもしれない。
「孤独の辛さは知っている。そこに差し伸べられた手がこの世成らざる物でも。それは愛おしく、縋りたくなるんだろう……」
作戦前に気合を入れるべく、香具山 燎(
ja9673)は努めて力強く呟いた。
「操られている、か。なんとしてでも全員無事で助け出さねばな」
燎が言うと、すぐ横で落ち着く為の深呼吸していた幕間ほのか(
jb0255)も燎の言葉に同調する。
「ボクもできる限りのことはする。全員、なんとしても無事に助け出さないとね」
仲間たちが次々と臨戦態勢に入っていく中、ほのかの隣にいたフェイ・ティオル(
ja9080)はオロオロしながら呟いた。
「助け、ないと……でも……できるのかな」
オロオロするフェイに気付いた御守 陸(
ja6074)は彼女を気遣い、勇気づけるべくあえて自信を持って言い切った。
「絶対に……助けてみせます」
フェイと自分に言い聞かせるようにそう口にすると、陸は眼を閉じ、一呼吸する。彼にとっての作戦前の儀式だ。そして、作戦開始を告げる儀式として眼を開くと同時に感情を消し、陸は冷静に徹する。
古雅 京(
ja0228)は仲間たちの発言を聞きながら、思慮深げに考え込んだ後、複雑な表情で言う。
「様々な意味で中々考えさせられる展開ですね。処々思う所は有りますが今は状況の打破を」
京の言う通り、皆一様に処々思う所は有るのだろう。彼女の発言を最後に、しばし沈黙が場を支配する。ややあってそれを破ったのは、剛が立て籠もっている教室を遠くから見つめていた九十九(
ja1149)の一言だった。
遠い目をしながら呟く九十九。その声にはどこか憐憫の色が含まれている。
「ん……思ってる以上に厄介な依頼な気がするねぇ。でも、依頼はお仕事。少年をどう思うかは自由だけど、それが仕事なら優先すべきは何かを間違える事はしないのさね……ま、同情はするがねぃ」
そうこうしているうちに仲間たちの準備が整ったのを見て取った九十九は、遠い目をしていたのから、仲間たちへと視線を戻すと彼等に、そして自分自身に言い聞かせるように言い放つ。
「少年に入れ込むのは自由だけど、依頼された仕事の優先すべき事を見誤らない様にさぁねぃ――さ、作戦開始といこうかねぇ」
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――九月某日 14:53 都内某所 某都立高校 校舎二階 某教室――
教室内は悲鳴が悲鳴を呼び、泣き叫ぶ声やすすり泣きの声も聞こえてくる。
その時、剛は数々の悲鳴の中にとある単語が混じっているのを聞きつけた。
――助けてくれ。
その一言を耳にした途端、剛の中で何かが音を立てて切れた。
(今までに俺が一体何度、それを求めたと思っている……!)
怒りのあまり、歯を自分で噛み砕いてしまわんばかりに軋らせながら、剛は銃のグリップを握りしめた。
(だが……その度にお前らはそれを無視してきた……!)
殺気がみなぎる目で教室後方のクラスメイトたちを睨み付けながら、拳銃の照準を調整していく剛。
(なのに……自分たちのことは助けてほしいのか……!)
身を焦がすほどの怒りでありながら、不思議と剛の手は震えていない。
(ふざけやがって……お前らもみんな同罪だ……!)
そして剛は、震え一つ起こしていない手を真っ直ぐに伸ばし、その先に握った銃の引き金へとかけた指に力を込めた――。
引き金が引かれ、クラスメイトたちの頭部が銃弾によって弾ける寸前というまさにその時、間一髪のタイミングで教室の前ドアが勢い良く開かれると同時に天井が撃ち抜かれた。
ほのかによる威嚇射撃だ。
咄嗟に撃発を中止して銃口をドアへと向ける剛。
剛の視線と銃口の向く先にはアサルトライフルを構えた一人の少年が立っており、彼は剛に銃口を向けている。
「動かないで下さい」
油断なく銃を突きつけたまま陸は、十二歳の少年という見た目からは想像もつかないほど落ち着き払った表情と声音で剛に告げる。
「貴方が幾らその銃に力を与えられていても……僕は撃退士です。貴方より先にトリガーを引ける」
その落ち着きを保ったまま、陸は更に剛へと勧告していく。実を言えば、こちらに注意を引き付けるハッタリの意味合いの方が強いのだが。
陸は剛の表情を見ながら、追い詰め過ぎぬ様少しずつ前進する。出来る限り剛を窓に近づけさせるのが狙いだ。
だが、剛は陸の意図とは裏腹により感情を昂ぶらせていく。
「そうかよ……ああ……そうかよ……俺が酷い目に遭わされてた時は誰も出てこなかったくせに……俺が逆の立場に立った途端、撃退士なんてもんが出てきやがった……」
ぶつぶつと呟きながら剛は銃のグリップを更に強く握りしめる。
「なんだよ……お前……もしかして、こいつらを助けに来たってのかよ……?」
不意に問いかけられたものの、陸は落ち着き払ったまま一度頷く。
「ええ。その通りです。貴方を制圧して、人質となっている人たちを助けるのが僕の任務ですから」
少しずつ前進してくる陸に追い詰められつつある剛は陸を視線で射殺さんばかりに睨み据え、なんと銃口を陸から大きく動かし、再びクラスメイトたちへと向けた。
「殺すんなら殺せよ……でも……ただじゃあ殺されねえ……一人でも多く道連れにしてやる……!」
やはり冷静に銃口を向けたままの陸に向けて剛はぽつぽつと語り始めた。
「ああ……よくわかったよ……人々を救うのが撃退士だなんて言ってるけど……結局、お前らは助ける人間を選り好みしてて……本当に助けてほしい人間の所は来ないくせに、どうしようもない悪人が危ない目に遭ってる時に限って助けに来る……」
ぽつぽつと語るだけだった剛の声は次第に大きくなっていく。
「俺とこいつらに何の違いがある……? 事件が大ごとになったからか……? 目立ったからか……? 明るみになったからか……? じゃあ……明るみにしたくてもできない俺みたいなのはどうすればいい……?」
再び引き金にかけた指に力を込めながら、剛はまるで断罪するように陸へと言い放つ。
「表沙汰になった事件しか助けに行かない……それで人々を守る撃退士だって……ふざけるなよ! 撃退士なんて……」
そこで剛は更なる怒りを込め、陸へととどめの言葉を叩きつける。
「……お前らみんな偽善者だ!」
陸へ言葉を叩きつけ、クラスメイトたちを射殺しようとした瞬間、開かれたままの前ドアからフィオナが入ってくる。
「言いたいことはそれだけか?」
入ってくるなりフィオナは泰然とした態度で剛へ問いかける。
突然の入室と問答に驚き、剛が一瞬言葉に詰まったのを見逃さず、フィオナは畳みかけるようにまくし立てていく。
「我は貴様を認めよう。流行り廃りに流されているだけの者よりも余程好感が持てる」
そうまくし立てながら、フィオナは陸とは対照的に堂々と近づいていく。
フィオナの手には武器は握られてない。今の彼女は正真正銘の無手だ。
「く、来るな……!」
剛は人質から銃口を移し、今度はフィオナへと向けるが、それでもフィオナは堂々と歩み寄ってくる。
「来るなって言ってるだろ!」
遂に堪りかねて剛がフィオナの足元に発砲するも、フィオナに同じた様子は一切ない。
「だが、越えてはならぬ一線はある。今、貴様がしていることは貴様を苛めた者達となんら変わらぬ」
そればかりかフィオナはまたも剛に語りかける。
刺激された剛が再び発砲し、今度は銃弾がフィオナの顔のすぐ横を通り過ぎ、彼女の長く綺麗な金髪を何本かかすめていったが、それでもフィオナは止まらない。
「故に言うことは一つだ。その銃を捨てろ」
更に剛へと近づき、フィオナは言い放った。
近付いてくるフィオナに剛が怯んだ瞬間、今度は九十九と京、フェイの三人が前ドアから教室に飛び込んだ。
飛び込んだ九十九はすぐさま撃たれている人質の一人に近付くと、アウルの力を用いた治療術――『花信風 来来百花娘娘』で銃創の治療を開始する。
「花信風……延命処置にしか過ぎないがね」
そうはさせまいと剛は九十九に発砲するが、その間に大剣を構えた京が立ちはだかり、剣の腹を盾のようにして銃弾を防ぐ。
九十九はその間に応急処置を終え、素早く人質を抱え上げると教室の外に運び出す。更にそのまま教室内に舞い戻ると、もう一人の人質にも同様の治療を施す。
またも妨害の銃撃が入るが、今度はフェイが戦斧を盾のようにして九十九と人質を庇う。
やがてもう一人の治療を終えた九十九は京とフェイがカバーする中、再び人質を外に運び出す。
そして教室内に戻ってきた九十九は、剛へと語りかけた。
「復讐して当然というのには同感さね。そんでもってイジメグループの被害も因果応報さぁねぃ」
フィオナと同じく九十九も剛に歩み寄り、なおも語りかける。
「ただし、憎悪を増幅され操られたとは言え、後の事を考えない直接的な行動は愚かさね。この後で剛さんの家族はどうなると思うね? 家族の事を考え無い行動ははっきり言って気に入らないのさぁね。やるならもっと上手くやれば良かったことなのさね」
近付いてくる二人によって、剛はじょじょに窓に追い詰められていた。
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フィオナたちが剛の注意を引いている間に挫斬と凛は教室後方のドアからこっそりと入り込み、人質たちの誘導を開始していた。
同じ学校の制服を着ているものの、見覚えのない顔の女性生徒に困惑する人質たちに向け、挫斬とほのかは人差し指を口元に当てて小声で話し始める。
「私たちは助けに来た撃退士。だから騒がず落ち着いて。みんな少しずつ教室の外に出て」
「ここはボクたちの指示に従って」
ほどなくして事情を理解した生徒たちが何人か出始めたようで、人質たちはちらほらと移動を開始し、一人また一人と静かに教室を出ていこうとした時、凛が口を開いた。
「……あと二人いるはず。責任は果たして……怪我をしている二人以外の主犯二人。彼等には最後に逃げて貰いたい。他の人にも見逃していた罪はあるけど霜山君が逃がしたくない気持ちは高いのは彼等だもの……」
だが誰も出てこない為、凛は適当に一人二人に向けて静かに語りかける。
「貴方が残りますかねえ……」
それが効いたのか、ややあって人質たちの中から、主犯二人は銃と弾倉になったと剛が言っていたという証言が出る。
事情を理解した凛は挫斬やほのかとともに腰を抜かして動けない生徒に貸し、全員を外に無事出し終えた。
剛はまだ気づいていない。
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一方、剛は窓際に追い詰められていた。
そして、彼が窓のすぐ前まで来た瞬間、アウルの能力で壁面を走ってきた夏雄と燎が教室へと飛び込む。
「少しおとなしくしてもらおうかね」
手始めに夏雄が威力を下げたワイヤースタンガンで剛を撃ち、その隙に燎が剛へと飛びかかった。
「一気に抑えさせてもらうぞ!」
一気に取り押さえにかかった燎は剛ともみ合いになりながら銃を持った腕を抑え、手首をひねって銃をとり落とさせようとする。
途中、何度か引き金が引かれるも、幸いなことに天井や壁に銃弾が当たっただけに留まった。人質が既に全員避難していたのも大きいだろう。
乱闘の末に剛の手から銃をもぎ取り、燎はすぐさま銃を床へと叩きつけた。
銃を取り戻そうと剛も動くが、すかさず夏雄がそれを羽交い絞めにして阻止する。
そして、剛の見ている前で燎はランスを振り下ろし、一撃のもとに銃を突き壊した。
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応急処置を受け、廊下にへたり込む女子生徒二人に凛は静かな怒りをあらわにした。
「人と違う趣味を持っていたらダメ……? 空想の世界に友達や憧れる人が居たら気持ち悪いですか……気持ち悪かったら蔑むの……? なら……同じ事を私にもして……できるのですよねえ……彼にはできたんですから……」
心底では彼女達などどうでも良い。被害者面などさせない。それが凛の気持ちだった。
「……その傷も、私の傷もいつか治る。彼の傷に比べたら……」
断罪するような凛の怒気と、先程の恐怖のぶり返しのせいだろう。女子生徒二人はかたかたと歯を鳴らして震え、失禁して床に水たまりを作っている。
作戦を終えて感情が戻った陸は人質二人を見つめながら、捕縛された剛に問いかけた。
「……霜山さん。あの二人を見てください……まだ、許せませんか?」
そして、陸は泣きながら訴える。
「辛かった、苦しかったんだと思います。でも……もう、十分じゃないですかっ! ……御願いですから、悪魔に、魂を売らないで下さい……人間のままで、いて下さい……」
涙を流す陸の肩を叩きながら、燎は剛に語りかけた。
「これから厳しいことを言うが聞いてくれ。操られていたとはいえ、事件を起こした君は今まで以上に大変な目にあうかもしれない。それでもここで終わりじゃなくここから始めることができるんだ。だから、前を向いて堂々と生きて欲しい。もし辛くなったらいつでも連絡してくれていい。それが撃退士(わたし)のすべきことだからな」