●敵との遭遇! ヲタクのゴタクは困りもの!
「天魔フィギュアとか誰得なんでしょう? 女の子のフィギュアを作ろうとして性犯罪に走られるよりはマシなのでしょうか……」
アーレイ・バーグ(
ja0276)は怒っていた!
オタクとしてマナーを守れない輩は許せないらしい。
コンテナの上に立ち、巨乳をたゆんぷるんと揺らし、彼女は火炎を敵へ向けて放つ。
敵は今まさに彼女たちに向かって回転突撃してくるところだ。
「胸と火力には自信あり……ですよ♪」
全力のアウルを込めた火炎だけあってその威力は強大だ。
並大抵の攻撃は受け付けない敵の外皮が焼け、そのうちのいくつかが炭化して剥がれ落ちている。
しかし、炭化して剥離した外皮の下には新たな外皮が見えている。
どうやら、敵の装甲は戦車などで言うところの複合装甲のような性質を持っているらしい。
「多少距離があるとはいえ、直撃に耐えきるとは流石ですわね。でも、エイブラムスの複合装甲に比べれば紙のようなものですわ」
そう呟くアーレイの横で北島 瑞鳳(
ja3365)は冷静に敵の状態を観察していた。
「やれやれ……モノ作りに携わる者としちゃ気持ちはわからんでもないが、ちょいと暴走しすぎだな……。さっさと片付けてしまうか。とは言え、接近戦は苦手なんでその辺は他の連中に任すしかないな」
瑞鳳は一番外側の外皮――言うなれば第一装甲が部分的にではあるがアーレイの攻撃によって炭化して剥がれ、幾つか皮下部分が覗いているのを発見すると、乗っていたコンテナから飛び降り、車道を全速力で駆け抜けていく。
まずは敵の注意が仲間たちに向かぬよう身体の逆側へ回り込み、魔力弾を撃ち込んで挑発する瑞鳳。
敵の注意が自分へと向いたのを確認し、他の面々が攻撃する隙を作るべく瑞鳳は全力ダッシュへと移る。
瑞鳳の予想通りに敵は進路を変更し、彼を標的として追ってくるが、瑞鳳は仲間たちが狙いやすい位置へと敵を誘導していき、激突するという寸前に、瑞鳳はギリギリまで引き付けて横っ飛びに回避する。
「魔法使いが全員運動できない訳ではない……ちょっとしんどいがな」
ひとまず回避に成功し、ほっと息を吐きながらそう呟く瑞鳳からそう遠くない場所で、藤沢 龍(
ja5185)は薙刀を構えながら呟いた。
「さて久々に暴れますか」
龍は薙刀を側面から叩き込むが、ただでさえ堅牢な装甲に高速回転を加えていることもあり、薙刀の一撃が弾かれてしまう。
「結構かたいなぁ、でも負けない負けられない」
それでも龍は怯むことなく攻撃を続け、敵の第一装甲を更に剥がすことに成功する。
「……度し難いな。呆れて物も言えん。曰く、賢者は心を支配し、愚者は心に隷属する。欲求を抑えられない貴様らは愚者だよ」
視界に隅でカメラ片手にはしゃいでいるヲタクたちに向けて吐き捨てるように呟くと、御巫 黎那(
ja6230)はハンドアックスを構え、敵を見据えた。
道路を走り、黎那は回転突撃を繰り返す敵へと追いすがる。
ダメージを凌駕する怒りの力で、怯むことなく回転突撃を繰り返す敵の側面に並んだ瞬間、黎那はあることを察して忌々しげに舌打ちした。
今、敵の進行方向はヲタクたちが陣取っているコンテナに直撃するコースだ。
正面に攻撃を集中させるのを狙っていた彼女だったが、已む無く敵側面の位置を維持すると、彼女は横方向から敵へとハンドアックスの刃を叩きつけた。
アウルの込められた強烈な一撃を受け、敵は思わずその軌道を曲げ、結果的にヲタクたちから離れた無人のコンテナへと激突する。
黎那にしてみれば、心底そんな事はしたくないのだが、あの馬鹿共の生死が依頼内容に含まれる以上、止むを得ない。
彼女にしてみれば、実に煩わしいことではあるが、そんな彼女の心中など知る由も無いヲタクたちの一人が興奮して声を上げた。
「ボク達を庇ってくれたんだお!?」
それを聞きつけた黎那は咄嗟にヲタクたちを振り返り、叩きつけるように言い放つ。
「勘違いするな、馬鹿ども」
するとヲタクたちは叱責されたにも関わらず、なぜか喜びだしたのだ。
「クールS萌えだお!」
「いやいや、ここはツンデレだろ常考!」
「てことは、素直クールなツンデレでFAってことでおk?」
まったく緊張感のないヲタクたちに天藍(
ja7383)は胸中で毒づきながらも、六花護符から発せられる雷球で、コンテナの瓦礫に埋もれた状態から抜け出そうとしている敵を追撃する。
(小僧っ子どもめ、自分が危ないとも思ってないってぇ面だねぇ……)
だがやはり、そんな心中などつゆ知らず、ヲタクたちは撃退士たちの行使する霊的な現象を生で見られて更に興奮した様子だ。
あまつさえ天藍にカメラを向けると、雷球を放っている彼を連射モードで撮影しはじめ、そればかりかコンテナから降りようとする。
それを見かね、天藍はぴしゃりと言い放った。
「てめーら大人しく言う事聞かねだったら帰てもらうあるよ!」
と、ぷくーとヲタク好みにあざとく怒ってみせる天藍。その近くで佐藤 七佳(
ja0030)は緊張に震える自分を必死に叱咤しながら、臍下丹田で練り上げたアウルを脚甲へと充填していた。
「い、いきますよっ。防御は力で打ち崩しますッ!」
裂帛の気合いとともに、七佳は回し蹴りの軌道で脚を振り抜いた。
回転を活かし、小柄さ故の打撃力不足を遠心力で補填する彼女なりのスタイルだ。
回し蹴りとともに、彼女の脚甲に収束したアウルがく輝く純白の円弧となって敵へと放たれる。
光纏波――七佳の必殺技にして、ヴァイサリスウェポンに光纏を収束させ、敵に向けて解き放つ飛燕系術技の一種だ。
「距離があったって……コレがあたしの光纏波です!」
火炎に続き、エネルギー塊を受け、回転突撃中にも関わらず敵はその身体を大きく揺らした。
「ヲタクの気持ちもわからないではないですが……この任務、夏の陰画、みたいな感じですかね」
光纏波が敵へと炸裂したのを見ながら、無明 行人(
ja2364)はしみじみと呟いた。
彼も七佳と同じくアウルを練り上げたエネルギー塊を敵へと飛ばす。
「まあとりあえず、様子を見てみましょう」
一発目が炸裂したのを確認し、行人は更にもう一発目を慣れた所作で素早く練り上げ、すぐさま放つ。
「おっと、そちらは進入禁止ですよ」
敵がヲタクたちのいるコンテナの方を向いたのを敏感に察知した行人による、極力護衛対象者から敵の注意をそらすようにとの意図も含めた攻撃だ。
「さぁ、じゃあ始めようか」
アーレイ、七佳、行人に続き、神喰 朔桜(
ja2099)もアウル展開。黄金の焔を纏う。
回転突撃で接近してくる敵と相対しながら、彼女は人差し指を銃に見立てて敵を指した。
そのまま彼女は流暢な発音で詠唱の言葉を口にする。
「ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――ICHII-BAL(光芒の魔弓)」
朔桜の指先から放たれた無数の黒い光球は凄まじい速度で敵へと殺到し、アーレイたちの攻撃で剥がれた第一装甲の穴を狙うように炸裂していく。
幾つもの黒い光球によって装甲の下を撃ち抜かれた敵は、およそこの世のものとは思えないような絶叫を上げる。
その反応から、自分たちの攻撃が有効であることを察知した朔桜は、指先を包む黄金の焔が直視できないほどの眩しさに達するのに合わせて、再び詠唱を開始する。
「ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――HASTA-GLACIES(十の氷槍番えし弩)」
先程の光球が弓なら、これは弩。大量の水気を収束・圧縮して精製した十本の黒い氷槍を自己周囲に展開して射出する技だ。
「オティヌスの弩――射抜け」
その言葉とともに黒い氷槍が先程と同じく敵へと殺到し、第一装甲の合間を撃ち貫いていく。
装甲の合間に突き刺さった氷槍は深々と突き立ち、そう簡単には抜けそうにない。
しかも、高速で回転しているせいで氷の槍はより一層深く、それも振動しながら突き刺さっていく結果となり、それがより一層敵へとダメージを与えていく。
敵の心身に累積したダメージが甚大なものになっていることは、敵が先ほどから上げ続けている苦悶の絶叫からも明らかだ。
この戦いは、さしたる被害も出さずにもうじき収束するかと思われた矢先、それは起こった――。
心身を苛む痛みに敵は耐えかねたのか、今までまっすぐだった回転突撃の軌道が突然蛇行へと変じる。
そればかりか、今まではある程度撃退士たちを狙って転がってきた敵はまったくの無軌道で転がり始め、遂には戦場の外へと出て行ってしまう。
埠頭の倉庫街を抜け出した敵が向かったのは船着き場だった。そして、よりにもよって敵は無人で放置されたタンカーへと激突したのだ。
数万トンにも及ぶ原油が積載されていたタンカーはその衝撃で爆発。
凄まじい爆炎と爆風が埠頭全体を駆け抜ていった。
●人を守る理由! 命をかけた撃退士の使命!
敵のタンカー激突より数分前。
攻撃班が戦闘している一方で、護衛班はヲタクの救助に向かっていた。
「お前ら、ディアボロ撮影して面白いか?どうせならアルマジロの相手してる子達撮れば? 真面目そうな子とか、超デカ乳パツキンとか、魔法使いな子とか、クールそうな子いるぜ。ここにちょいワル風なのもいるし。まずは色んな女の子をフィギュアにするべきだろ」
鐘田将太郎(
ja0114)は傍らの多岐 紫苑(
ja1604)を示しながら提案する。
「命あっての物種だってのに、そんなに命を捨てたいのかね……。撃退士が100%守ってくれるとは思わないでほしいねぇ」
紫苑がぼやく横で中津 謳華(
ja4212)は胸中に呟いた。
(個人的にはヲタク達の情熱に真っ直ぐな所を評価したい所だがな……ま、状況が状況だ。許せ)
謳華(
ja4212)は真剣な面差しでヲタクたちへと語りかける。
「自らの愛好するものを極めんとするは実に結構。……俺としても、お前達の様に真っ直ぐな者を死なせたくはない」
そうして彼等が切り出すも、ヲタクたちはまさに馬耳東風といった態度だ。
「そうやって一般人はヲタクといえば全員が美少女フィギュア好きだと十把一絡げに決めつけるお!」
「これぐらいの修羅場、コミケに比べれば練習ステージも同然でせうよ!」
「真っ直ぐだって解ってくれてるとは話が分かる方ですな。せっかくなのでアド交換おk?」
押してダメなら引いてみろとばかりに謳華は作戦を変更した。
「あまり使いたくはないのだがな…やむなしか」
大布を巻き上げ自身をヲタクの視界から隠し、骨をずらし骨格を女性のものに近づけ、肉を絞り身体を細く見せ、下半身は尻、上半身は胸にしわ寄せの肉を集中させチャイナドレスに服を早替え。
ウィッグを被り喉をゴリゴリ弄って性質を女性のモノへと変質させ女装した謳華はほんわかした女性のしぐさと共に再度説得を開始する。
これぞ、『女身整体術』である。
「皆様のその情熱に対する意思も分からないわけではございません…ですが、ここはどうか退いてはくださいませ」
女性よりも女性らしくを心がけ、積極的に腕に抱きつくなどの色仕掛けも厭わない謳華。
弱きを護るためなら恥も外聞も棄ててこその武人也――それが彼の信条なのだ。
突如、美人が現れたとあってヲタクたちはまたも興奮し始めた。
「チャイナドレスとはなかなかのチョイスだお!」
「でも一体、どこに隠れてたんでせうか?」
「二人は騙せても、ボクのダメ絶対音感は騙せないでせうよ! 全く違う声に思えても、この娘はさっきの話の分かる方でFAだろ常考!」
どうやら焼け石に水のようだ。
その時、凄まじい爆発が起こり、ヲタクたちは思わず気絶する。
そして、気が付いた時、眼前に広がっていた光景にヲタクたちは絶句し、その後にどもりながら撃退士たちに問いかける。
「ど、どうして……? ぼ、ぼぼ、ボクたちを庇って……くれたんで……せうか?」
爆発によって飛んできた破片の数々から、撃退士たちは身を挺してヲタクたちを守っていたのだ。
紫苑と謳華は身体中に破片が突き刺さり、血みどろの様相を呈している。
更に、将太郎は二人と同じく血みどろになっている上、爆発の衝撃で倒れてきた作業用の重機を一人で押さえていたのだ。
その重機はビルほどの高さがあるクレーンだ。根元部分の方でも瑞鳳が抑えているが、到底二人で押さきれるものではない。
心配そうに見つめるヲタクたちに瑞鳳は表に出さず痩せ我慢してみせる。
「鍛え方が違うからな……」
歯を食いしばって重機を押さえながら、将太郎は先程の問いに答えるべく口を開いた。
「どうしてかって……? それはな――」
すると、瑞鳳も同時に口を開いた。
「俺が、撃退士だからだ!」
「俺が、撃退士だから――」
二人の声が重なると同時、腕に込めた力も重なったのだろう。
二人分の渾身の力が功を奏し、なんと二人はクレーンを持ち上げ、安全な方向へと倒したのだ。
だが、それで力尽きたのか、二人はその場に倒れ込む。
ヲタクたちはそんな二人から目を離すことができなかった。
そして、そんな彼等に紫苑が諭すように言う。
「私らだって人間さね。あんたらの依頼一つ、わがまま一つで死ぬこともあるんだよ? あんたらの写真一枚の対価があたしらの命だなんて、ゴメンだよ」
深く俯き、その言葉に聞き入っているヲタクたちだったが、敵は待ってくれない。
よろよろと起き上がった敵は、火だるまになりながら突撃してくる。
だが、若杉 英斗(
ja4230)が自らの命も顧みずに割って入る。
アウルに気合いと根性を上乗せして、『絶対に守りきる!』という決意のオーラを纏い、燃え上がるように輝く白銀のオーラに包まれた両手で敵を正面から受け止めたのだ。
後方へと押されながらも、必死に踏みとどまる英斗は気合で根性の力で敵を持ち上げた。
「男は度胸! 気合だぁッ! うぉぉぉっッ!」
そして、なんと彼は敵を投げ飛ばしたのだ。
「今だッ!」
道路に倒れ、弱点である腹部を露出した瞬間、英斗は先程のアウルを流し込んだ一撃を敵へと叩き込む。
弱点を突かれたのが決め手となり、敵は遂に倒れ、その骸も消滅する。
英斗はヲタクたちに微笑み、問いかけた。
「フィギュアができたらみせてくれよ」
すると遂にヲタク三人組は深々と頭を下げた。
「もう……危険なことは控えるお」
そして、彼等は今までの無軌道な振舞いを詫びたのだった。
●エピローグ
数日後。
英斗の部屋には巨大な段ボール箱が五つも届いたという。
恐る恐る英斗が開封してみると、中にはヲタク三人組救出任務に参加した女性陣全員のフィギュアが一箱につき一種類、びっしりと敷き詰められていた。
「確かに、俺等は『天魔より美少女』とか『できたらみせてくれよ』とは言ったけどよ……」
唖然とした後にため息を吐く英斗。こうして彼はアーレイや七佳のフィギュアの在庫を一箱ずつ抱えることになったそうな。