●誓いを果たす為に
霧が、視界を白く濁すようにぼやけさせている。
戦闘に影響が出る程に酷いわけではない。だが、遠くをはっきりとみる事は出来なかった。
廃村に辿り着き、その外れで先行偵察に向かった二人の報告を待つ七人の撃退士。
合計九人での、救出と、撃破となった依頼。
助けられた少女の願いと、助けようとした少年の想いが産んだ、この場面。
切実で、お互いに自分より他人が大切という思いから、きっとこの機会は産まれたのだろう。
自分より、相手が大事。
「けれど……私には、ない感覚だな」
蘇芳 和馬(
ja0168)の呟きは、霧に埋もれるように小さかった。
彼にとって、そういうものは実感し辛い。
理解出来ない訳ではないが、蘇芳にとっては実感できないものがこの世には多いのだ。
それが聞こえた訳ではないだろうが。
「誘拐か……敵に何か目的があるとしたら余り時間は掛けずにケリを着けたいな」
「…霧も、薄くなってきましたしね」
釣られるよう、廃村を見渡していた千葉 真一(
ja0070)と、霧の動きに注意していた司 華螢(
ja4368)が口を開く。
霧は少しずつ収まってきている。元より、ディアボロ達はこの霧が晴れるのを待っていたのかもしれない。
完全に晴れてしまっては不意討ち、人々を連れ出す作戦が破綻する可能性も出てくる。隠れながら接近出来ず、迎え撃たれるという可能性が。
けれど、不安も恐怖もない。
それはこれが天魔との初めての戦闘依頼となる篠宮さくら(
ja0966)も同じだ。
怖いけれど、怖くない。みんながいれば、きっと成功するのだと。
思いを胸に、前を見据える。
「そう、だね」
依頼人である少女を逃がした少年は強い。
力ではなく、意思として。新井司(
ja6034)が思うに、それは簡単に手に入るものではなく、そういった力を持つ人を英雄と呼ぶのではないだろうか。
「彼の勇気に、彼女の信に、応えてみせる。悲劇の英雄になんて、絶対にさせやしない」
宣言するように言葉にする新井。英雄になる事を望む、彼女の真っ直ぐな思いだった。
応じたのは高坂 涼(
ja5039)。
「依頼で感情的になるのは控えるべきだけれど、新井さんに同感だよ。勇気を示した彼を、悲劇で終わらせてはいけない……そして、助けるなら他の人質もだ」
武器である槍と盾の具合を確かめながら、冷静な声色で告げる高坂。何時もは親しみ易い彼も、笑みが薄くなっている。
悲劇。大切な人を失う。そんな単語に、知らず心が反応しているのかもしれない。
報告がメールで来る携帯を何度も見ながら、久遠 栄(
ja2400)も思う。
互いに、大切だから守り庇いあう。そんな事は、自分に出来るのだろうか。
それは解らない。だからこそ絶対に救い出すと自分に出来る事を信じ、携帯に視線を落とす。
●霧に紛れて
先行偵察として出たのは、九神こより(
ja0478)とミルヤ・ラヤヤルヴィ(
ja0901)。
目標となるのはディアボロが何処にいるのか、また、人質が何処にいるのかという二点。これらを手に入れられなければ、救出するのは困難だ。
故に、ある意味最も重要な役割である。
(「この想い、なんとしてでも叶えないとな」)
胸の中で呟きながら、こよりは物陰より双眼鏡で先を確認する。
狙撃用観測スコープは流石に手に入らなかったが、元より双眼鏡で十分だ。
霧のせいでよく見えないが、公民館らしき建物の前に、人のような影がある。もっとも、その下半身は四脚。霧の中では聴覚の方が便りになると判断していたミルヤの耳に僅かに届いたのは、蹄の音。
間違いなく、例のディアボロである。
だが、その姿は一体しかない。恐らく、この一体が出入り口である玄関を見張り、もう一体が人々を直接見張っているのだろう。
一か八かはしないと決めていたミルヤだが、裏へと回り近づこうと提案した。人質の位置を把握できければ、目標は達成出来ていないのだ。
ミルヤはヒーロー志望ではない。けれど、それをフォローしたいとは思うから。
霧に身を隠し、足音は立てないように。加えて、武器以外の金属類は取り外していた為、何かの拍子で音が立つ不安はなかったが、それでも緊張はする。
蹄の音は、近づいていないだろうか。
本当に、ディアボロに気付かれずに接近出来ているのか。
「…………」
そろりと、公民館への側面へと回り込み、硝子窓を覗き込むミルヤ。
「ビンゴ、だね」
その声に続いて、こよりも中を覗く。
集会場となる部屋だろうか。比較的広い場所の真ん中に人が座り込んでおり、その周りを威嚇するように半人馬のディアボロが回っている。
扉は一つだけ。内部の構造は解らないが、この窓から突入は出来るだろう。
それだけを確認すると、攫われた人々に気付かれる前に窓から、そしてディアボロに気付かれないように公民館からも離れた。
そして、他のメンバーへと情報を書き込んだメールを送る。
これからが、約束を果たす為の行動になるのだ。
助けるから。この胸に、心に誓った通りに。
●君を助けるよ
正面の警戒に当たっていたディアボロは、すぐにその異変に気付いた。
複数人の足音が近づいてくる。霧の向こうに見える人影。槍と盾を構え、待ち構える。
白い霧を破り、最初に現れたのは赤い姿。
千葉だ。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガっ!!」
気合を練る叫びと共に、白い霧を千切りながら突進する千葉。
狙いは敵を引き付ける事。これが警戒を担当しているなら構わない。少なくとも、攫われた人々に近付かないのなら、それで良いのだ。
対するディアボロは無言。穂先を千葉へと向け、地を駆ける。
突進が返答だった。お前が何者であろうと、向かってくるのであれば貫き叩きのめすのだと。
「……あの願い、その脚で踏みにじらせはしません」
それを断ち切るように霧の奥から飛来したのは華螢の声と、魔力によって編まれた光弾。
ディアボロの足へと光の魔弾は着弾し、衝撃で突撃はその勢いを減じさせる。
「守りたい、助けたい。絶対に」
淡々とした華螢の声。けれど、そこには確かに、他者への想いが垣間見えていた。
そして、交差する槍と赤いマフラー。
「ゴウライ、キィィィック!」
魔力の一撃を受けて勢いが衰えた瞬間を見逃さず、穂先を避わして槍の間合いの内側に入る千葉。そして、ディアボロの足を破砕せんと放たれた蹴撃。
爆発に等しい音を響かせた一撃に、動きを止めるディアボロ。
そこに続いたのは高坂のショートスピアだ。千葉の一撃で態勢を崩した瞬間を貫いて抉り開こうと、鋭い刺突が繰り出される。
「攻撃の決め手、俺では不足だが―――抑えの盾は、望む所だ」
装甲部分の隙間へと突き刺さった槍を引き戻し、言葉通りに正面へと立つ高坂。更に、建物の上に上っていたこよりのロングボウから放たれた矢が、ディアボロの脇腹へと突き刺さる。
「流石に、意識してない所からの一撃はキツイだろ?」
華螢も立ち位置を考慮して移動しつつ、スクロールの文字を魔力で輝かせる。
が、追撃が発生するより早く、態勢を取り直したディアボロの槍が閃いた。穂先が向かったのは、高坂だ。
「……くっ…」
盾へと武器を変える暇はなく、肩口を貫かれる。重く突き刺さった、ぞっとするような刃の冷たさ。
けれど、高坂は臆せず、相手の正面にと立ち続ける。自分は盾であり、味方を守るのだと言い切るように。
「…………」
その援護、牽制を兼ね、華螢はスクロールを煌めかせて光の弾を生み出した。狙いは再び脚。徹底的に脚力、走力を奪い、突撃を封じる気だ。
だが、構えられた盾が下段へと向かい、光弾を弾き飛ばす。
狙いは悪くない。だが、単純にディアボロの技量の方が上だった。続いて繰り出された千葉の蹴りも、後退しつつ盾で受け止めている。
高所からの弓矢の狙撃すら、音で判断しているのか、寸での所で盾を構えて弾いている。
攻撃ではなく、防御こそがこのディアボロの本領なのかもしれない。
魔力、蹴り、刃に矢。攻撃する度に相手を削っている実感はあるが、まずはこの盾での防御を崩さないと話にならない。まさに鉄壁であるこの構えを崩さなければ。
「手強い。が、俺たちが力を合わせれば勝てる」
「ああ。合流はさせん、ここで一体片付けるぞ」
千葉と高坂の言葉に頷き、華螢も再び魔力を編み始める。
「再会の為に、貴方は邪魔です」
約束通りに、逢わせてあげたいから。
想いを込めて、光の弾を産み出していく。
一方、攫われた人々が集められた部屋では、一斉の突撃が行われていた。
窓硝子を叩き割って一気に侵入したのは、計四人。
咄嗟にディアボロは身構えたが、攻撃よりも優先すべきは人々の確保。その優先順位は狂わない。
「大丈夫、ですか?」
人々とディアボロの間に割って入った篠宮は、怪我をしている少年へと声をかけた。腕が可笑しな方向へと曲がっていた。確実に腕を骨折している。
そして、多分、この少年が少女を助けた……。
「貴方、達は……?」
苦しげな声に、蘇芳は短く応える。
「…貴殿らの友人に頼まれたのでな」
蘇芳と篠宮、そして新井に一般人との間を断たれたディアボロだが、盾を構えてゆっくりと動き出す。
「キミの相手は私。余所見してる暇なんてあるのかしら?」
そう新井は口に出すが、むしろ余裕がないのは自分達だと理解していた。
三人で背後に庇ってこそいるが、後ろにいるのは一般人。下手をすれば、避けた、或いは捌いた筈のディアボロの槍が彼らを貫く可能性もある。このまま戦いを始めれば被害が出る可能性が高く、だからといって、人々がそのまま逃げるのを見逃してはくれないだろう。
故に、一瞬。一瞬で良いから、デイアボロの気を逸らしたくて。
「悪いが、横ががら空きだぜ?」
その役目を、外で隠れていた久遠が果たす。朱塗りの弓は限界まで絞られており、大気を撃ち振わせる音と共に矢が放たれた。
意識の外からの不意打ち。元は人質を取られた際に、それを解放させる為に隠れていたのだが、それが功を奏した。
背中へと突き刺さった一撃に、ディアボロの動きが鈍り、意識が背後へと向く。
「今だよ、逃げるよ!」
骨折しているらしい少年に肩を貸し、ミルヤが攫われた人々を先導して窓へと向かう。
「よし、みんな走れるな。ここは任せて逃げるぞ、こっちだ」
久遠もまた、安全を確保するようにディアボロを警戒しながら先を促す。
瞬間、金属の悲鳴。
「……っ…!」
動き出そうとしたディアボロへと、逆に新井が先を制して飛び込み、トンファーでの一撃を繰り出したのだ。盾に阻まれ、弾かれたが、ディアボロの動きが止まる。
「…まずは、その脚を貰おうか」
側面へと滑り込んだ蘇芳。鞘走りの音を響かせて、疾風と化した居合いの一閃がディアボロの脚へと延びる。だが、これも姿勢を落として盾で受け止められていた。
「……狙い過ぎ、か」
無理に相手の盾をすり抜けようとして、逆にその攻め手を読まれているといっても良い。
部位を限定し過ぎているせいで、繰り出す太刀筋も読まれやすくなっているのだ。ディボロも完全な受け流しなどはない為、ダメージは蓄積しているが、直撃でもない。
けれども、二人の攻撃でディアボロが止まったのは確実。
そしてこのまま接近していれば、相手は突進を行えない。視線で新井と蘇芳は意を通わせ、連撃へと移る。
その隙に人々は逃げ、篠宮もスクロールから光弾を産み出して打ち込む。
「ええ、絶対、みんなを助けたいから」
それは、この依頼で共になった、仲間も含めて。
●助けたいと、願ったから
鉄壁の盾の前で、攻めは必然として連携していく。
ディアボロの右胸を狙った高坂の槍は盾に受け止められ、左脇腹を狙ったこよりの矢も咄嗟に振るわれた盾で弾かれる。
だが、左右へと大きく振る事になった盾の構えはないも同然。
続いた華螢の光弾には、再び盾を構えるのは間に合わない。
「言いました、よね。守りたいし、助けたいと」
だから倒すのだと、一際強い光弾を繰り出す華螢。
胸部へと着弾したそれは、ディアボロの甲冑とその身を焼いていく。
光が消える刹那。痛みに身動きが取れないディアボロへと、今だと千葉が跳躍して飛び蹴りを繰り出した。
「ゴウライ、シュゥゥゥゥトッ!!」
狙ったのは、まだ消えていない華螢の魔弾そのもの。脚へアウルを収束させたとはいえ、千葉自身の脚も焼かれている。だが、魔力の塊を押し込む蹴撃を叩き込まれ、二重の衝撃でディアボロの身体が傾ぐ。
それでも槍を動かし、高坂へと一撃を放つディアボロ。けれども、その動きは鈍く、精彩を欠いている。
「攻めは好かん…が、一撃の好機は見逃さない」
そう、これは機。高坂は短く持った槍を渾身の力で突きだす。狙ったのはカウンター。交差する槍と槍。
ディアボロの穂先は高坂の二の腕を裂くに留まり、逆に高坂のそれはディアボロの喉へと突き刺さっていた。
風切る音。トドメだと、ディアボロの額へとこより放った矢が突き刺さる。
ミルヤと久遠が人々を安全な所へと送り届け、戻ってきた頃には既に決着がつこうとしていた。
風の断末魔は遅れて聴こえる。鉄の潰れるような音。遅れて放たれる、閃光と熱。
穂先と打刀は血に塗れ、トンファーも朱に染まっている。無傷なのは、後衛である篠宮だけだ。
たった三人と一体での激戦はまるで嵐。
己が命を焼き尽くす事で煌めいているような壮絶さがあった。
脚を深く切裂かれたディアボロは片膝を突いて、それでも今だ応戦している。
だが、それももう終わりだ。
久遠の弓の弦が引き絞られ、鋭い一矢を放つ。意識外からの一撃に身を震わせ、更にミルヤのリボルバーが負傷している脚へと着弾する。
更に生み出された篠宮の光の弾。もう終わってと撃ち出される。
その衝撃で新井を狙った槍が逸れて虚空を貫き、逆に新井は前へと駆けた。その勢いを乗せたトンファーの一撃でディアボロの顎を打ち抜いた。
そのままぐらりと崩れ落ちるディアボロ。その首へと、冷たい鞘走りの音を伴った刃が落ちて。
「…終わりだ」
戦いの終幕が告げられた。
「さあ、英雄の帰還よ。あの子に無事な姿、見せてあげなさい」
傷だらけになりながらも、新井は骨折していた少年へと笑みとその言葉を向ける。
彼が少女を助けた少年らしい。骨折は、その時の怪我。
「あんたの帰りを待っている人がいるんだぜ、ヒーロー」
久遠もまた、ぶっきらぼうながら少年へと声をかけた。
彼の行動で、他の人質も救われる結果となったのだから。
「ねぇ」
囁きは、華螢のもの。僅かに心の揺れを見せながら、素朴な疑問を口にする。
「あなたは大事なものをちゃんと守れたの?」
無言で頷く少年。
「……そう」
華螢のその言葉に、笑みの響きがあると感じるのは錯覚だろうか。
かくして、約束と想いは果たされる。