●
――一、二、三、四、進む道に石あれば是どこかし。
身より立ち昇る程の戦意。他はない。後はない。道がこれならば往くまで。
――五、六、七、八、九つ語り。
どのような障害、いかなる困難であっても暮居 凪(
ja0503)は諦めない。
百度あれば百度乗り越えよう。
あの剣を超えたいと、切望する久遠 仁刀(
ja2464)も手にした剛刀に剣気を奔らせる。
「それが、驕り――頂きに迫らんとする塔に捧ぐ剣ならば?」
名を前田・走矢。
天刃を冠する使徒。
「越えるまで。剣士として、譲れない。道を譲って、何になる」
罅割れるような、激情を無理に凝固させた久遠の声に、横並ぶ鳳 静矢(
ja3856)は穏やかな声色で続けた。
「が、非礼は詫びねばならん。例え否定されても、四国の研究所の言葉は、成程」
目を細める鳳だが、手にした刀身は眩い程の紫光を纏っていた。
雌雄を決するべく、決意で満たされた瞳で見据える先には美術館、サーバントの防御陣。
故に、故にと先陣を斬る三人が鍔鳴りを起こして、暴食の魔を司る杖を掲げる。
願うものは皆、違う。だが、誰も彼も想い込めた武威は真実、天刃すら砕くと信じている。
ただ斬ると追い求めたのだから、他は知らない。
一人の剣士として、京都よりの因縁を断つ為に。
その先を見据えて、穂先を再度突きつけようと。
振るべ、奮べや、その魂。宿願の果ての為に。
「――では、終わりの刻を始めましょう」
返答として重ねられたのは三人の広範囲殲滅技。
久遠の月光の如き白閃、魔杖より招聘した黒光、鳳の放つ紫翼の斬閃が防御陣を敷くサーバントへと衝突する。
轟音と衝撃、巻き上がる土煙。その向こうに、三重撃で倒れなかった重装甲のサーバントの姿を見て、光輝の投槍を紡ぐ龍崎海(
ja0565)。
「無駄に頑丈だが、これで終わりだ」
敗因を告げるべく空奔る光槍が真正面の二体を貫く。熟練の撃退士四人が出し惜しみなく繰り出す全霊の連撃の前に、例え防御を固めたとしてもサーバントでは耐え切れない。
開いた道筋。そこを更に切開くべく、雫(
ja1894)が駆け抜ける。
「私は前田とは違う……」
呟きは、そのまま闘気となって全身を駆け巡る。
確かな鼓動は、決して忘れられない温もりを抱いて、無骨な大剣を瞬かせる。
「あの男が投げ棄てた物を私は絶対に棄てない」
視認など不可能。巨大に過ぎるその質量も、もはや身体の一部で武技の枷とはならない。音を越える速度で奮われた斬撃は左右の獣人を切り裂く。
「押し通らさせて貰います。邪魔はさせない」
雫の言葉は獣人たちに向けたもの。
だが、雫の巻き起こした血飛沫と剣風の唸りが前田への宣言のように響く。
無論、相手が無抵抗な筈がない。広範囲を薙ぎ払った四人を脅威と看做し、大剣を振るうエインフェリア。ラグナ・グラウシード(
ja3538)もここで取るべき戦術を知っている。
迅速に。疾風怒濤に攻め懸かり、この防御陣を突き破る。下手に相手をすれば消耗が激しすぎる。
「……終わらせるぞ、あの『剣型サーバント』を!」
もはや、ラグナはその名前を呼ばない。かつて人であったことも認めない。
ただの剣。狂った妖刀。故に叩き折るのみ。
迎撃にと獣人が長槍を突き出すが、その悉くをラグナは螺旋の穂先持つ盾で受け止め、道を確保すると共に突撃の衝撃で脇へと吹き飛ばす。
右翼の前衛が吹き飛ばされた仲間のせいで崩れ、道が更に拓く。
「そうだな、まずは道を開かなければな。頼むぞ」
戸蔵 悠市 (
jb5251)の言葉にあわせ、召喚されるティアマット。
蒼銀の姿が畏怖を与えるより先に、その長い尾が振るわれ、強烈な衝撃で左翼を撃ち据え、吹き飛ばしながら陣形を砕いていく。
更に躍り出る金。フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が赤く発光する対の剣を以って獣人を切り伏せ、後衛の進む道を確保する。
「前田・走矢……名を聞いたことがありはすれ、見える事は無かったが……わからぬものだな」
くく、と含み笑いを響かせるフィオナ。修羅場を前にして楽しげに緑の瞳で後衛の到着を待つ。
その横にいた獣人の頭部に影野 恭弥(
ja0018)の放った銃弾が吸い込まれ、更に一体倒れる。物言わず、思い述べない影野だが、狩人として何をすべきか十全に判っている。
迷っている暇など、ない。
だからこそ、巫 聖羅(
ja3916)は最後に後悔を漏らすのだ。
これが本当の最後。届かなかったし、守れなかった。そんな過去に痛みを覚えるのは最後だ。
「――ごめんなさい……遥火さん……」
彼女が何を願ったのか判らない。
ただ、前田が残っていた未練を捨て去り、修羅となってしまったのは判ってしまう。
強いだろう。きっと今までより遥かに。けれど、そんなものは偽物だと断じよう。
「大切な者を捨て去って、強さを手に入れられるなんて嘘よ」
渦巻く烈風。巫の魔術に呼応して、その想いの激しさを獣人へとぶつける。
「そんなものは逃避でしかないわ! 馬鹿な人、もう歩みも止まっている。感じないのではなくて、遥火さんと共に心が死んでいるだけでしょう!?」
いいや、共に眠った。そして、共に死んだのだ。
愚かな程一途に信じた強さと、少女のユメ。もう語ることはなく、終わるのみだけれど。
「アナタという戦星を、灼くわ。前田」
降り下ろされる大剣と、突き出される刺突に削られながら、それでも前進する。
美術館に広がり込むように入り、追撃のない中で僅かでも癒しながら。
誇りや矜持。戦や武に懸ける熱。
誰かの為にという想い。継いだ願い。
己が為、突き進み求める理想。
――そうやって強敵を相手に肩を並べ、臆することなく剣を共にする姿を見たから。
きっと、前田は羨ましかったのだ。そういう相手が、まだ笑ってくれたなら、どうだろう――
終わりの、始まり。語るべくして、戦を鳴らす場へ。
●
突き破ったドアの先、水晶柱の乱立する幻想が広がっている。
氷のように冷たくない。鉱物特有の煌き。銀嶺の使徒の領域は、前田の放つ紅の斬光に染まっている。
血を求めている。血の色に似ている。終わり往く斜陽であり、そして命を散らす戦の色彩。
「来たか。さあ、愉しませてくれ」
言葉は端的に、笑う隻腕の剣士。即座に無行へと変わったのは、言葉不要という意思の表れ。
全体を把握しようと鳳が左側を見れば、水晶柱の反射する光に溶け込むように消えていく隠身の姿。気配も感じ取れない。潜行しつつの蜃気楼に似た技だろう。
この使徒の奇襲に対する手段は思いついていない。というより、暗殺の技に近い故に、単純な武では止められないのだ。
――ならば、この武を奮う相手は一人だけ。
不倶戴天の敵へと、一斉に技が飛ぶ。その、刹那の間隙に。
「前田。遥火さんを殺した時点で貴方は――もうそれ以上、強くなる事は無い」
その言葉を皮切りに、前進した鳳の飛翔刃、久遠の長大な白月の斬閃が振り抜かれ、龍崎の青玉のような魔槍が飛び往き、口にした巫も切り替えた爆焔の猛威を解き放つ。
周囲の水晶柱は戦うにあたっての障害物。可能な限り破壊すべく、そして前田の光幕を誘発する為の一斉遠距離攻撃。その流れは京都の際に似ているが、その質も流れも桁が違う。
だが、その結果が結びつくとは限らない。
「……では、貴方達を殺して、天刃は更なる高みへと――と、示して頂きましょうか」
微笑みの気配と共に、前田の前に発生した銀水晶の障壁。
四つの攻撃を全て受けきり、相殺しながら攻撃の一切を届かせない。
使い手は見ずとも判る。
銀嶺の使徒。
防御と支援に徹する気なのだろう。弓で攻撃する気配はない。この水晶柱が邪魔なのは互いなのだ。
いいや、だからこそ、攻撃に一拍の間を置いた影野の銃撃が成果を上げる。
「射手が自分の不得意な場を作ってどうする」
それは狙ってかどうかは判らない。だが、貫気を秘めた弾丸が障壁の後ろにあった分も纏めて打ち砕く。
減速しながらも前田へと迫るが、寸での所で避ける前田。
「ある程度、私の周囲に固まれ。ただの刀では斬り捨てられない、人の意地と矜持を見せるぞ」
驚愕に囚われている暇などないと、ラグナが呼び出す血涙を流す七人の幻影の騎士。銀水晶の光さえ拒む闇の力で結界を構築し、飛躍的に仲間の能力を上昇させる。
「結界には結界、か」
弾丸を前屈みになって避けたかと思えば、その様を見て目を細める前田。
そして疾走する隻腕の剣士。目の前に立っている鳳を無視し、狙う姿は魔導書を手にした龍崎。
初撃から癒し手を殺しに来たという事実。容赦や躊躇なく、勝利を求めているのだ。幾度となく治癒と支援の技で前田の攻勢を凌いだ龍崎は狙われて当然でもあり。
「……ぐっ…」
その龍崎の側面から放たれた拳打の一撃もやはり必然。
気配と姿を隠し、気脈を砕いてアウルの行使を乱す隠身の使徒。
庇護を広げるにも機を知らねば不可能。常時展開できないのがスキルの弱点であり、ラグナが優先順位を影野と巫と、龍崎を捉えていなかったのも間に合わなかった理由。
「まずは初撃、凌げるかな」
「……愉しませてくれると、信じているぞ」
受け不可。回復不可。意思の支援不可能。この状態で前田の光刃の斬威を耐えるのは並大抵のことではない。
神速の刃は変わらず、斬音の域に到達している。
前田の刃が振り抜かれた後に音が続き、鮮血が飛び散ってより赤く、赤く染める。
使徒二人の連携。それを前に、意識が霞みながらも、横手へと転がる龍崎。耐え切れたのは事前に受けた負傷を癒して完治させていたのと、ラグナの幻影騎士の結界のお陰。どちらか片方がなければ一刀の元に倒れている。
けれど、膝をついたまま起き上がれない。気脈砕きの封印は時間経過でしか治らず、得意の治癒も使えない。
それでも、僅かたりとも龍崎の戦意は鈍る筈がなかった。
「……まだ、だ……っ…」
「流石、俺の無構えを破っただけはある」
くつくつと笑うのは、前田なりの賞賛なのだろう。龍崎が放つ魔導書からの石槍を身に受けながら、紅の瞳を焔のように輝かせる。
僅かに崩れる重心。魔に弱いのは確実であり、どうしようもない事実。故に、最も早く前田に刃を届かせた雫が、再度、前田へと駆け抜ける。
「なら、私を忘れたとも言わせない!」
京都で初太刀を与えたのは雫だ。接近戦で、剣撃で、前田に負傷させた最初の撃退士。
因縁といえば、雫こそが最古の一人。甘くみる筈がなく、忘れられる筈もない。剣速を高める為、燃焼されたアウルが粉雪のように舞い散り、収束された剣気は凍て付いた月を思わせる輝きを灯す。
「――ああ、忘れていない。どれ程成長したか、見せてくれ」
今や禍神を下ろしたが如く、禍々しき威と光纏う雫の姿は、前田とて軽視できない。
最初の数倍はあるだろう太刀筋の迅と鋭。紅の瞳は、やはりそれを喜んでいる。
「その傲慢と共に砕けなさい! 天刃、人の残滓」
花が散る。雪の白さと血の赤さを以って。
ただし、それは斬り懸かった雫の身からだ。無銘。呼吸と意を読まれ、先の先の攻撃で潰されていた。
浅い傷ではないが、耐えられない程ではなかった。ラグナの結界は撃退士の奥義だけあって、前田の火力に抗しえる状態を作っている。加え、それは初手から無銘を使わざるを得なかった雫の紅剣の冴え。
届かない訳ではないのだ。
更に、その恩恵を受けた前衛二人も動いている。蝕へと技を切り替える久遠と、鳳が前田へと迫り、包囲の形を取る。逃れるならば後ろへバックステップしかない。
同時に、龍崎への追撃、巫や影野といった後衛火力を守るにはこれしかない。
「非礼を詫びよう。貴様のその剣は、紛れも無く愛する者の意志を継ぎ護る為の剣だった。……もう、その名残さえない今が口惜しい」
最大火力を放てるのはこれが最後。振り抜いた魔刀より、大鳥の姿を結ぶ紫光の飛翔斬を繰り出す鳳。
狙いは右腕。切り裂かれた肩から噴出す血の量が成功を語っている。多少は精度、威力共に下がるだろう。
そして、正面に立つのはこの剣を越えると、武威滾らせて剛刀構える久遠。
恐れも疑問も全て投げ棄てて、矜持一つと刀一振り握り締めて挑み続けた剣士が口を開く。
「修羅だろうが、何だろうが斬る。……責任は果たすだけだ」
「なら、俺の剣を超えてみせろ。アルリエル様に捧げられた、天刃を」
一方、ラグナは指輪より白涙のような光衝を放って隠身を弾き飛ばす。即座に隠身が動かなかったのは理由がある。いいや、動くか否か、判断に迷ったのだ。
何もない空間についている墨汁の黒さ。輪郭は人を描き、隠身の使徒の技を破っている。
気配は捉えられない。が、姿さえ見えれば庇う機も見える。
「姿が見えなくとも消えはしないようだな。二度、私の前で暗殺の技は奮わせん」
「……邪魔だな、アンタ」
瞬間、脈動する気配。姿を現し、拳を握りこむ隠身の使徒。が、これも虚だとラグナは感じる。
「――私は動かないぞ?」
少しでも龍崎が庇護の範囲から外れれば、殺しに掛かるつもりだ。気や感情まで偽りきっているが、ヒトではなくサーバントと見れば判りやすい。
「殺すしか能のない、畜生に応じてやるつもりはない」
「…………」
その間にと影野が貫気満ちる弾丸で周囲一体の水晶柱を破砕して射線を確保し、巫が己の魔力を高めていく。
そして、剣戟と魔焔、そして銃弾が烈火怒涛と繰り広げられる。
誰一人逃れられない渦。逃げるつもりのない闘争。ただ、前田だけが笑い、一振りの剣である本懐を遂げようとしていた。
●
二階へと回り込んだが為に、フィオナ、暮居、そして戸蔵は出遅れることなる。
それはほんの二十秒秒程度の誤差だが、前田と隠身を前にして、その時間がどれ程苛烈なものか。
「下も始まっている。我々も始めるとしよう……」
悠然と、けれど速度をもって歩き出すフィオナ。その反対側には暮居と戸蔵がいる。
銀嶺狙うのであれば、暮居の集めた施設の情報を見る限り、どうしても二階へといかねばならなかった。
「だったら、残るは迅速にだな」
左右から迫るフィオナと、暮居。更には戸蔵が再度召喚したティアマット。
接近まで何もしない。劇足しが障壁を壊していったせいで、射線が龍崎に届き、トドメの一射をかけようとしていが、寸前で止まる。優先すべきは、己の命と二階に現れた三名へ鏃を向けた。
「一気に討ち取らせて貰おう」
先んじたのはフィオナの赤光の対剣。
限定的な重力増加による斬撃の加速、並びに威力強化。
振り下ろされる鉄槌の如き重衝が奔り、それを拒む二枚目の障壁。二つの傷を刻み、皹をいれながらフィオナの一撃では破壊には至らない。更に通路を封鎖し、解除される様子もないのだ。
「が、使ったな?」
残る一枚をどこで使うか。前田の支援か、自分の命を守る為か。重圧は確かに、銀嶺の額に汗を浮かばせている。
そしてそこに放たれる反対側からの真空の刃。ティアマットの咆哮と共に、奮われた尾が鉄を砕く衝撃を放ち、銀嶺は辛くも避けるものの、間にあった銀水晶を全て破壊され、フィオナを遮る障壁に更に皹を入れる。
続くのは戦乙女のように駆ける暮居だ。手にした槍を疾走の勢いを乗せて刺突で放つ。
裂帛の一閃を阻む障害物はもうない。唸る穂先は銀嶺の肩を捉えた。
「メッセンジャーはあなたでなくていいのよ」
その言葉を叩き付けて、むしろ硬直したのは暮居だった。
「ああ……何故、前田はあなた達のようなモノに執着するのか、理解出来ません」
肩を捉えられ、けれど弓は放さず鏃は暮居へ向けられていた。
放たれる銀光の一矢。障害物は戸蔵のティアマットが壊してしまっている。
緊急活性したクローも合わせてでも受けられず、衝撃で息が詰まる。加え、クローへと回す分、アウルが足りず最大生命力の三割が消えていた。更に弓が薙刀に作り変えられ、烈風纏う薙ぎ払いが受け損なった暮居の腹部を捉え、斬り裂くと同時に後方へと吹き飛ばす。
「……挟撃のつもりが、分断されたか」
失策ではないだろう。少なくとも、障壁一枚は消耗させられた。
「だが、使徒に対して二人懸かりでは分も悪いか。フン……我にこれを使わせるとはな。褒めてやろう」
武器を闘神の巻き布へと切り替え、零距離で手を伸ばすフィオナ。重力の限定的な増加と共に、身体中の捻りと、更なる踏み込みを利用した発剄を繰り出す。
対物質破壊には格段の効果を持つそれに、障壁が微塵に砕け散る。
更にはティアマットの真空刃が銀嶺を捉え、暮居の刺突が確実に銀嶺を追い詰める。
けれど、そこまでだった。
能力が低下しているとはいえ、相手は使徒。武装の計算ミスと、そして場を利用された暮居に勝ち目はなく。
頭上で旋回される薙刀。その烈撃を止められないと、瞬間的に判ってしまったのだ。吹き飛ばされる方向も。
横手に吹き飛ばし、銀嶺は暮居を落下させるつもりなのだ。
けれど、それでも呟く暮居は勝利を確信していた。そして、再会も同様に。
「哀れね――大天使が。戯れだと良いのだけど」
その言葉を吹き飛ばすような苛烈な一閃が奔り、槍で受けながらも深く斬り裂かれながら落下する暮居。落下するまでは意識を手放していない。ただ、身を穿つ無数の水晶の痛みが最後の記憶。
●
熾烈な戦いは、もはや人の領域を超えていた。
正気では戦える場ではなく、狂奔しながら死の舞踏を繰り広げている。
紫の残光を尾と引き、前田の右腰太ももを切り裂く鳳の魔刀とほぼ同時に、左側面より雫の放つ凍月の斬威が乱れ咲く白と赤の花びらを舞わせる。
「幾ら天刃と云えど、そう何度も散っては刃毀れと亀裂が出来る……!」
更に重ねられた影野の黒焔纏う銃撃。太股を貫通しきっている。
だというのに笑う。喉の奥で歓喜を歌い、刃に続かせるのだ。
正面に相手取れば危険に過ぎる剣士が前田・走矢。
一騎打ちで斬り結んでいれば、龍崎の封印が解ける間もなく一人、二人と斬り伏せられていっただろう。
それをさせないのが真正面から挑み続ける久遠。純白の太刀から繰り出すのは水面のように静謐かつ、凄絶な刺突。己が研鑽、己が誇り、全てを刀身に懸けて繰り出していた。
「お前を、お前という剣を越える……!」
もはや執念であり、妄執の一つ。前田が追えば久遠が引き、引けば追って行動を誘導する。
加え、無構えからの斬撃への対応策は、余りにも単純かつ凄絶な覚悟のもの。
引くと同時に、眼前に立てた刀身。急所を守るだけの単純な構えで、斬ってくれといっているようなものだが、それでいい。
既に真紅に染まった身が、その無謀な証拠。
「斬り伏せてみろ、天刃と名乗るなら……!」
「何度でも耐えて見せろ、俺の鼓動を感じさせる為に」
――だから、身で受ける。致命傷以外を。
空走る紅刃が響かせたのは甲高い衝突音。斬られながらも、眼前に立てた刀身は前田に剣閃を振りぬかせず、致命傷に届くことのみを避ける。倒れなければ良い。斬り伏せられなければ良い。
死んでも、死に切れない。
それでも久遠を袈裟に切り裂き、肺まで到達して血を吐かせる。その段階でようやくどんな軌道で斬られたのか判るという理不尽。しかも、その太刀筋を真似などできない。
だが、だからこそ。
「越えると……言った筈だ……!」
「……っ…」
同じ剣など奮う気などない。超えなければ意味がないのだ。
だが、ここで剣士と射手の差が出始めている。影野は前田が久遠を攻撃する瞬間こそ隙が出来る筈と狙っていたのだが、無構えから攻撃は出と機が読めない。何時、どのように来るか判らない太刀に対して、弾丸は悉く虚空を穿つのみ。
せめて部位狙いをしなければというのは遅い。
そして、三度、龍崎を徹底して狙った隠身の浸透撃をラグナが受けきっていた。
防御、装甲、加護無視の一撃を三発。二発まではどうにか堪えても、三発目で消し飛びかける意識。
「畜生に、負ける訳には、いかない……!」
――我は砕けぬ盾。その自負が不落の騎士としてラグナを支える。
ラグナの剣とはそれだ。己が奮う剣として、守ることを誓っている。
正々堂々と、騎士の道を貫くこと。そのラグナの志が前田と隠身を許せずにいる。
「だが、ジリ貧か……」
久遠がひきつけて、雫との挟撃を成功させている状態。それも、鳳は光刃斬を一度受け、雫は無銘で二度切り裂かれ、巨剣を奮う度に血を飛び散らせている。加え、突破の負傷で癒えていない分もある。
ただし、それも癒し手なくてこの状況が成立していることを考えれば、前田を相手取る三人と、隠身から庇い続けるラグナの実力が尋常ではないことの証明だ。
「遅くなってごめん。いける」
前田が鳳を捉えた二刀目。その瞬間に龍崎の放つ加護が発生し、挑む兵士への力となる。
ようやく強制的な封印の解けた龍崎の治癒が鳳に飛び、継戦を可能にする。
「巻き返すわよ……前田、アンタに負ける気なんて、ないの。此処で、討つわ」
魔焔を放ち続けて、行動を阻害し続けた巫が告げる。
「負けないと吼えるのは、犬でも出来るだろう」
「……っ……前田!」
激昂しかける巫だが、寸前で押し留まる。今が好転のチャンスだとわかっているのだ。
三手だけとはいえ魔焔で動きが乱された瞬間を狙って斬りかかれば多少とはいえ、実力の差は埋まり切っ先が届く。ジリ貧で保てたのは全員の技の重なりであり、誘導の結果。
加えて龍崎と共に巫の放っていた魔撃で削れているのは確かな事実であり
だが、同時に――落下音。
砕け散る水晶。ズタズタに切り裂かれ、貫かれた暮居が落下し、その上に銀嶺が着地する。
「さて、更に戦局は変わりますね」
言葉と共に、隙を狙って放った雫の凍月の斬閃が産み出された障壁と相打つように相殺される。
後を追うにもフィオナも戸蔵も一瞬遅れている。飛び降りる一瞬の間にどれだけの状況が変化するのか。いいや、これだけは判っている。影野を貫く銀嶺の瞳が、宣告している。
「――っ……」
ナイフに持ち替え、前田へと距離を詰めていた影野を貫く、怜悧な瞳。
●
もはやこれ以上長引かせられない。
負傷著しくとも、使徒が三名も乱入されれば、龍崎の治癒と神の兵士があっても終わりだ。加え、必殺の機を狙い続けた鳳は、この瞬間を見逃さない。
「最後に、せめてもの、名残への手向けと武人としての敬意だ」
右に明、左に暗。共に紫光を帯び、天と魔の力を纏って一刀に注ぐ鳳。
「……彼女の示した願いと想いがお前を天刃足らしめた。が、もうお前は人の道を逸れすぎた。血を吸った剣は、錆びる。骨を切った刃は毀れるのだ。戦の元で魂を斬って、何に成る?」
「知れた事。最後の最後まで戦いぬくのみ。戦いの中でしか鼓動を感じられないなら、その理由を求めて剣となる」
故に、朽ちるならば戦場で。
安らかにというのなら、そこで。
「――武人ならば、か」
故に放たれる奥義は、重なる。
だからと引けない。前田の師が残してしまった奥義と、鳳のそれが交差する。
「舞え、鳳凰よ!」
「斬鬼を鳴らせ」
大量の血飛沫が舞い散り、周囲を桜吹雪のように染めて、落として、埋めていく。
切り裂いた瞬間に鳳凰を模したアウルが空へと飛翔し、そして同時に、紅蓮の光が瞬いていた。
「そして、眠れ」
攻撃の際に防御を棄て、攻撃に攻撃を重ねた前田。鬼剣こそこの名。確実に一撃を受けるが、即座に最高の一閃を瞬かせる報復の、怨讐の剣鬼の業。
神の兵士をもってしても、鳳の意識は繋げられない。
だが、ぐらりと前田の体制が揺らぐ。
ナイフを持っていた影野が魔将の銃に切り替える。その結果、こちらへと銀嶺が疾走したが構わない。引き金の方が速い。
「接近したのは白兵戦をする為じゃない。こいつを確実に当てる為さ」
三人の剣士に気を取られ、その穴産めと思っていた前田に迫る魔犬の咆哮。己を核に影野が生み出したケルベルスが、三つの口から吹き出した巨大な黒焔弾。
受ければ、死ぬ。これ程の負傷の後であれば回避は出来ない。間違いなく、冥府へと連れ去られるだろう。
「……ちっ」
光幕が発生する。遠隔のアウルを減衰するそれをもってしても、身体を貫かれる前田。防いだのは即死であり、重体の身が更に削られた。しかも、自在な操作は不可能で出した後十秒は継続してしまい、前田の光刃が失せる。
が、返礼も銀嶺の光を持った三連閃。走り抜けると共に踊る三重の斬華が影野を切り裂き、一発は受けながらも意識を失わせる。
そして、ラグナを狙った隠身の一撃が、ついに彼の意識を断ち切る。
最後の最後、攻撃も防御も出来ぬからと、金色のアウルで意識を集め、元より攻撃が通らず苛立っていた隠身が最後の浸透撃を放ったのだ。
「これで四人、か?」
言葉を発する余裕を、使徒も撃退士も持っていない。
神の兵士の許容を越える大火力。その撃ち合いの果て、一瞬の静寂が過ぎった。
ただ、落下する巨体。蒼白の竜が床を砕きながら着地し、尾をしならせて停滞を砕く一撃を繰り出す。
「天使に頼る必要ないと見せよう」
「……そうか」
が、応じたのは無銘の剣閃。切り裂かれた脚部で体制が崩れた所へ、無構えからの追撃が竜殺しの刃となる。
それでも稼げた僅かな時間に、フィオナが隠身と龍崎の間へと割って入っていた。
「そこの下賎、丁度良い。相手してやろう。光栄に思え」
多段変化する蹴撃はフィオナの予測を二重に消耗させるが、空を切る。反撃の掴む手もまた同様。
「――膠着状態、か」
撃退士の半数が倒れ、けれど前田と銀嶺も瀕死の状態。隠身は技を使い果たして、荒い呼吸が繰り返されるばかり。
けれど、こんな状態でも負けはないのだと信じる心があった。
罅割れた感情が、そして、敗北を告げていた。
「人を見縊るな……心を持ち続ける事に恐れた臆病者が!」
巫の雷撃も光幕に虚しくかき消されて脚に掠り傷しか与えられない中、雫の怒号が全てを奮わせる。
死路に活路を見出して――決して臆病な逃避ではなく、命をもって、この輝きを失いたくないから。
「そういうなら、来い。最後まで相手してやろう。勝利で、敗北を濯がねば、アルリエル様に申し訳が立たん」
いいやと、切っ先を雫へと突きつけて。
「あの方へ、捧げた魂と剣として、輝きを失う」
だからこそ、真の決着をと、瞬間、二人は同時に地を蹴る。
●
先に捉えたのは前田の紅刀。神速は変わらず、無慈悲な鋭利さで雫の魂こそを削る。
だが、痛みなどない。胸を満たすのはたった一つ。
「剣になる? 捧げた? お前は人で在る事に耐えられなかっただけだ!」
あんなに暖かくて、痛くて、切なくて。
まだ経験もしていないだろう恋や愛から逃げたのは――。
「愛した人から逃げて、何が天刃だ!」
全てを切り裂くと謳い、何もかも棄てただけ。闘争の中の刹那だけを、求めている――
或いは、亡くしたものを、亡くしてしまった寸前の瞬間を永遠に繰り返すように。
けれど、そんな一瞬を切り裂く雫の剣舞。傷口から吹き出る血が、焔のように彼女を飾る。
烈火とはこのこと。真実の燃焼とはこれ。限界など知らず、呼吸も付かぬ儘、言葉と共に放たれる四連閃。
この瞬間、雫は確かに前田の神速の剣を超えた。
ひとつと受けて削れ、ふたつと捌いて軋み、三つと衝突して、太刀が中央から砕け散る。
共に駆け抜けた愛刀の死。自分の名の象徴。それがこの熾烈な戦いの中で果てて、己が命運も悟るのだ。
「………っ」
そして四つ、斬撃は前田の右胸を切り裂いて、肺を破砕する。
膝をつい吐血する、前田と雫。折れた刀でなお、斬鬼を放って雫を止めたのだ。
全力で治癒しなければ雫は助からないと、龍崎は即座に治癒へと取り掛かる。
そして、前田を討てるものは、ここに二人。
折れた刀を杖に、けれどやはりというべきかついにはその両脚で立ち上がった前田へ、巫は視線を送る。
紅い瞳で、紅い瞳を見据えて。
自分と同じ色。でも、絶対に違うと断言できてしまう剣鬼へ。
「戦っていなければ生きている実感が沸かない? 感情が無い? もしかして、今、生きている実感をようやく憶えている?」
大局は見えたと、銀嶺は砕けた太刀の先端を拾ってホール後方へと駆け抜ける。隠身もフィオナをあしらい、逃走する心積もりだ。
そんなの、巫にとってはどうでも良かった。
「だから何? 遥火さんが大切だったんでしょう?」
だって。
「死んだら――もう言葉も贈れない。信じている、願っている……有難うと、さえ」
前田のトドメは自分ではないと、判っているのだ。
変わりに、魂という星を灼き尽くす一言を、捧げるのだ。
「――貴方が行くべき所で、遥火さんが待っているわ」
きっと、身を灼熱の焔で焼かれながら。
「修羅の落ちる、地獄の底でも、アナタを」
稲妻の剣を紡ごうとして、久遠は寸で白刀へと武器を戻す。
報復の太刀、怨讐の斬鬼は恐くとも、それではダメなのだ。
「剣士としては、前田、お前の勝ちだ……」
使おうとしてしまった時点で、敗北した。
誇りを差し出して、けれど久遠は刀身を黒く染める。
剣士を葬る為には、剣でなくてはいけない。
「まだ、終わってはいない。さあ、続けよう」
凪いだ瞳で折れた刀を構える前田。
肺は潰れ、肩と脚は穿たれて灼かれ、腹部も深く切り裂かれ。
それでも闘おうとする姿に、久遠は二度目の敗北を重ねて告げた。
「誇りを棄てる覚悟の時点で俺の負けだ。だが、地獄で待っていろ。その時、お前の剣を越えたものを見せてやる」
――生き続ける限り、失いながら、剣士としてお前を越える為に剣を奮おう。
奮われる根の国の穢れに蝕まれた斬首の一閃が、誓いを立てたかのような気がした。
折れた刀では、久遠の首を跳ね飛ばせない。
それでもなお、宙飛ぶ前田の首、その表情は笑っている気がした。