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マスター:凸一
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/31


みんなの思い出



オープニング


 一面を見渡す銀世界。
 雪山のゲレンデに寄り添う恋人達。
 笑顔で一緒にスキーを楽しんでいる。
 粉雪がそっと舞い落ちるように私の頬にかかる。
「ほら雪が君の体温で溶けてしまいそうだ」
 甘く耳元で囁くイケメンの彼氏。
 甘いマスクで体格の良い頼もしい彼を見ていて今日は朝からドキドキしっぱなしだった。
 落ちつけ、自分。今日は私の誕生日だった。
 もしかしたら今日こそ――と期待に胸が膨らんで行く。
 爽やかな笑顔で言うと不意に彼の大きな指が私の頬に触れる。
 その瞬間に、私の心臓が破裂しそうになった。
「俺の心まで溶けてしまいそうだ」
 彼氏はその台詞を残して颯爽と去って行ってしまう。
「待って、私を置いていかないで!!」
 突然の出来事に私はどうしていいかわからなくなった。
 彼が私を置いて何処かに行ってしまう。その不安に襲われて私は彼を追いかけようとしたが、あえなくその場に転んでしまう。
 彼の姿はいつしか雪の向こうへと消えて行ってしまった。
 そんなことって――せっかくここまで来たのに。
 久遠結婚相談所の紹介で出会った彼。もうすでにアラサーの大台を迎えていた私は焦りを感じていた。周りはもう結婚ラッシュ。私も乗り遅れたくないと相談したのだった。
 詳細なプロフィール検索を見て、同じスキーの趣味がある年上の彼に興味を持った。
 最初はぎこちなかったけど、何度かのデートで私たちはついに恋人になった。
 そしてついに――この日を迎えた。
 それなのにどうして。
 ここ数カ月の出来事が走馬灯のように蘇る。
「――あれは?」
 絶望に浸っていた私は不意に顔をあげた。
 ゲレンデの斜面の上には間違いなく青のウェアを着た彼の姿。
 手を上げて彼は颯爽とモーグルのこぶ斜面を滑りだす。
 彼はこぶ斜面でジャンプを決めた。
 足と手を思いっ切り広げてハートマークを決めつける。
 彼は私の元へと滑りこんできてバラの花束を渡した。
「俺と結婚してくれ」
 その瞬間、彼の腕に私は飛びついていた。



「結婚相談所から素敵な結婚プロポーズPVを作ってほしいという依頼が来ています」
 斡旋所のアラサー女子職員はうっとりしながら説明を始めた。なぜか恥ずかしそうにくねくねしながら先ほどから受話器を握りしめている。
 結婚できない眼鏡の地味なその職員はすでに妄想の彼方へと飛んでいた……。
 依頼主は久遠結婚相談所からだった。
 結婚プロポーズをテーマにしたPVを作成してほしいという依頼だった。この結婚相談所に頼めばこんな素敵な恋人に出会えて、ついには夢のようなシュチュエ―ションで結婚プロポーズをされるかもしれないという内容の趣旨である。
「撃退士にはPV中の素敵な恋人を演じてもらうことになります。夢のようなシュチュエーションを設定して最後には決めのプロポーズの言葉を囁いてください。一人で参加してもいいし、複数で演じてもOKです。それでは宜しくお願いします」
 斡旋所の女性職員はそれだけを言い残して、受話器を握りしめながら猛ダッシュで去って行った……。


リプレイ本文


 キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――
 地鳴りのような叫び声がライブ会場に木霊する。煌びやかなステージの前でベースに指を走らせるのはヤナギ・エリューナク(ja0006)。
 超絶人気のビジュアル系ロックバンドのベーシストだ。切れ長の視線で観客席を流し見ながら激しい低い戦慄のメロディで観客を釘づけにする。
 激しいライブの後には大量の汗を掻いていた。
 しかし、汗臭さは微塵もなく、逆に濡れた髪と瞳が彼の香水のような匂いを引き立たせ、彼が通る道に列を作っていたファンの女性達が熱に浮かされたように倒れて行く。
 時刻はすでに深夜になっていた。
 すでにあれ程いた観客はどこにもいない。静けさに満ちたライブステージを後にしようとした時、不意に物陰に一人の女性の姿があった。
「悪ィ……待った、よな」
 男は冷たくなった彼女の手を包みこんだ。
「な、お前……まだ時間、大丈夫か?」
 彼女は首を横に振る。まるで夢を見ているかのようだった。
「んじゃ、ちょっくら付き合って貰いますか……っと」
 含みと色気のある笑みを浮かべ、彼女の手を取り、自身の車に招き入れる。
 何処かへ向かう男。 夢のように窓の風景が過ぎ去って行く。
 私があのスターの彼と今、一緒に――
 嗚呼、このまま連れ去って欲しいと女は希う。
 辿り着いたのは防波堤に波打つ海水がキラキラと街の明かりで光る冷たい冬の海。
 男は彼女に自分の上着を掛け、外へと促す。
「冬の海……寒ィケドさ、嫌いじゃないンだ……」
 煙草を一服しつつ、言う。
「お前は?」
 ふるっと寒さに震える彼女を後ろから包み込む男。
 その手にはミニブーケ。
「あの、さ……こー言うブーケ。白いドレスで投げたく、ない?
その時には……隣に……俺が居て」
 はっとする彼女。 鼓動が次第に高まって行く。
「なぁ……結婚、しよっか」
 さも当然の如く、さらりと彼女の耳元をくすぐる声。
 彼女は上気した顔で彼の胸元に頭を預けて――
 そのまま深くて甘い夜の夢の底へと静かに墜ちて行った。



「おとーさん、おとーさん、ごはんはやくー」
 幼い兄妹達が父親の袖を引っ張っている。もうしばらくの辛抱だにゃ、と言いながら子供たちの頭を撫でているのは星野 木天蓼(jc1828)。
 自信満々の表情で台所で料理をしていた。新築の大きな間取りで作られた豪奢なリヴィングルームに多彩な機能を持つシステムキッチンが完備されている。
 大きな吹き抜けの二階の窓から明るい太陽光が差している。螺旋階段からまるで無邪気に鬼ごっこするように子供たちが台所へと入ってきた所だ。
 父親役である木天蓼はにっこりと子供たちに笑顔を向ける。
 笑顔あふれる家族の光景だった。
 なぜか子供たちは頭に猫耳、お尻に尻尾が付いていたが……。
 器用に手を動かしながら料理しているのは自家製のポトフ。
 人参やジャガイモが鍋の中で煮立っている。すでに良い匂いが立ち込めており、それを嗅ぎつけた子供たちが「はやく、はやく」と急かしている。
 父親は子供たちに引っ張られながらリヴィングルームのテーブルへと料理を運ぶ。
 ふと、そこへ現れたのは髪の長い女性だ。
 白い清潔そうなワンピースを着た端正な顔の女性。スレンダーで物腰が柔らかく、見る者を釘づけにしてしまいそうな雰囲気を持っている。
 妻が登場して木天蓼は自信ありげに言い放った。
「君と娘たちがいてくれて僕は本当に幸せだぞ。これからもずっと幸せでいよう……」
 ソファに一緒に座りながら耳元で囁いた。夫の言葉に美人な妻も流石に恥ずかしそうに顔を赤らめて夫の肩にしなだれかかっていく。
 自慢の妻に可愛い子供達を前にして悦に入る木天蓼。
 だったが……。
 子供たちがテレビのスイッチを付けた。
 その瞬間に、木天蓼の尻尾がびくんと反応して直立する。そこに映っていたのは紛れもなく木天蓼好みのグラマスな美女。おまけに猫耳尻尾つきのコスプレ。
 女好きの彼には堪らない光景だった。
「いい女、だにゃ……」
 思わず、言葉を漏らしてしまう。
「――あなた、いまなんて?」
 ドスの利いた冷たい言葉に木天蓼は固まった。
 妻が鬼の形相で爪を首元に突きつけていて、一瞬のうちに雰囲気が一変して暗くなる。
 みんな、子供と妻は大事にするにゃ……。
 悲痛な木天蓼の心の言葉が最後に絶叫に変わった……。



 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――
 ボクシングの世界タイトルマッチ。
 会場の四方八方を大勢の観客で埋め尽くされていた。
 目映いフラッシュと共に対戦者がトレーナーと共に会場入りする。
 大歓声とともにリングに上がったのは長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)。
 ブロンドの長い髪に意志の強そうな碧眼。彼女に寄り添うように付き添って鼓舞するのはトレーナーの雪ノ下・正太郎(ja0343)だった。
 戦闘のコスチュームに身を包んだ彼女に立ちはだかったのは世界チャンピオン。
 彼女は明らかに緊張していた。
 負けても勝ってもこれを最後の試合と決意していた。
 トレーナーの彼から背中を押されて果敢に序盤から攻めたてた。
 しかし実力差はいかんともし難く、何度も強烈なパンチを浴びダウンする。
 正太郎はすぐに彼女の元へと駆け付けた。すでに顔から流血していた。彼は休むように言ったがそれでも彼女は諦めない。
「ストップ!! これ以上は、ダメだ、みずほさん!!」
 最終ラウンド前、ダメージの深いみずほを正太郎は止めようとした。
「試合を止めないでくださいませ。
最後までリングの上に立たせてくださいませ。
試合終了までリングの上に立っていることで、わたくしはわたくしがボクサーであった証を残したいのです」
 みずほは立ち上がった。正太郎の制止を振り切って――
 そして、軌跡が起きた。
 みずほが渾身の力で繰り出した右ストレートがチャンピオンの脇腹に炸裂した。
 その瞬間、怒涛の連続ストレートを浴びせ続けた。
 しかし、無情にも試合終了のゴングが鳴っていた。
 気が付いた時には、会場の大歓声がこだましていた。
「勝者、チャンピオン!」
 みずほは、その瞬間に力が一気に抜けた気がした。
 負けたと知って脱力したみずほを寸前の所で受け止めたのは正太郎。
「……おめでとう、可愛い頑張り屋さん」
しっかりと受け止めてトレーナーは選手を優しく抱きしめる。
「これからも、俺に君をこうして受け止め支えさせて欲しい。愛してる、結婚しよう」
 思わぬ言葉にみずほは大きく目を見開いた。不意に涙がこぼれてきて、彼女は熱い彼の胸板に飛びついて言った。
「……わたくしの、これから始まる人生というリングの上でも、わたくしのトレーナーで居て下さいませ……」
 その瞬間、お姫様だっこをして会場を後にする二人。
 思わぬプロポーズの会場の誰もが、世界チャンピオンまでが暖かい拍手で見送った。
 彼らの去った後のリングに「久遠相談所」のネームがはっきりと記されていた――。



「――ふふっ♪ 楽しいね、アキラっ♪」
 観覧車に乗りながら櫻木 ゆず(jc1795)が無邪気な笑顔を見せる。そんな彼女の楽しそうな姿を見ながらユーラン・アキラ(jb0955)は思い詰めた表情をしていた。
「いつまでもこうしていたいな」
 アキラは目を見て真剣に言ったつもりだが、見事に「そうだね」とスル―された。
 流石に内心ショックだった。
 俺は今日、あいつに……と、前もって気合を入れていたのだったが、結局アキラの遠回しの言葉に全く気が付いて貰えなかった。
 デートが終わって意気消沈するアキラ。
 今度こそは絶対に決めると誘ったのはとある夜景が見える店。アキラはゆずの手を取ってエスコートする。
「わあ、すごく綺麗……」
 ゆずは思わず感嘆した。
 前から一度行ってみたいと思っていた場所に感激する。
 二人はディナーを楽しみながら街のイルミネーションを見ていた。
 不意に明りが消えた。
「きゃっ!?」
 突然の出来ごとに不安になる彼女。しかし、暗くなった向こうから店員が笑顔で大きなケーキを運んできた。
「驚かせてすまん、これ、俺からのプレゼントだ」
 ようやく演出だと知ったゆずは感激した。美味しそうなケーキに、目をキラキラさせながらフォークで切り分けて食べていた時だ。
 ケーキの中からキラキラと輝く物。
 それは、紛れもなく指輪だった――。
「俺と結婚してくれないか?」
 今度こそ、意図が分かって歓喜に咽ぶゆず。
 しかし、彼女は乾杯した飲み物を飲んでそのまま寝てしまった。
「……っ!?」
 起きた時にゆずは信じられない光景を見た。
 お花畑で自分はウェディングドレスを着こんでいた。傍らにはタキシードを着て正装したアキラが緊張の面持ちで見つめていた。
 周りを動物に囲まれていた。
 目の前には大きな切り株がある。
 アキラはゆずの手を取ってその上に乗った。
 嬉し泣きしながらゆずは彼の手を握る。
「いつまでも俺と一緒に居てくれますか――?」
 三度目のプロポーズ。
 アキラは目を閉じたゆずに少し腰をかがめて長い祈りの儀式をした。



 一面ダークに彩られた教会。
 ゴシック建築の教会がなぜか真っ黒に飾られていて異様な雰囲気を醸し出していた。
『望まぬ結婚を……私は諦めていた……』
 テロップと共に現れたのは神楽坂 葵(jb1639)。
 彼女は純白のマーメイドの形をしたウェディングドレスを着こんでいた。モデルのような体型のために、出るところはで出て引っ込んでいる所は引っ込んでいるというパーフェクトバディ。
 思わず試写会を見に来ていた観客も「うおおおおおお」と叫んでしまう迫力バディ。
 彼女は大勢のマフィアの男たちに囲まれている。
 彼女の行く先はあの裏世界の実験を握るマフィアのボスの息子だ。
 このまま私は……
 葵が唇から溜息をもらした時。
「何奴!!」
 不意に前方に男が立ちはだかった。
 彼の名は黒 華龍(jb4577)。その瞬間に、葵の目が驚きに見開かれる。
 なぜあいつがここに……?
 葵が疑問に思うのもつかの間、マシンガンの音がこだました。
 結婚式を邪魔しようとする男を殺そうと激しい銃撃戦が展開される。葵はすぐにその場を逃げようとしたが、激しい銃撃戦の最中でドレスが切り裂かれていく――。
「きゃああああああああああ」
 葵はその場につまずいて転んでしまった。
 動きにくい慣れていない服装につまずいてしまった。
 目の前にはマフィアの男が銃口を構えている。殺されると――観念して目をつぶった時だった。一発の銃声が鳴り響き、何かが断末魔を上げていた。
 目を開けると倒れていたのはマフィアの男。
 後ろから現れたのは紛れもなく華龍だった。
 辺りを見渡すと、全ての黒服の男たちが無残な姿で倒されていた。
「やはり私には、貴方しか居ないようでして……この先ずっと、ご一緒いただけませんか?」
 華龍の言葉に感激した葵が顔を真っ赤にしてその場に倒れ込む。慌てて地面に落ちそうになった葵を受け止めてドアップになった彼の顔が画面に映し出される。
「用紙だけは用意しましたが……指輪は後にしましょうか」
 彼は冗談めかして婚姻届を差し出し、彼女はペンを走らせる。
 そのサインの音と共に――

『ドラマチックで個性的な、貴方だけの結婚式 久遠結婚相談所』

 コンセンプトテロップと共にPVは終了した。
 終わった後、華龍はそのままなぜか婚姻届を持ってどこかに行こうとする。
「なに? ちょ、待て! 華龍、悪ふざけにもほどがある!!!」
 不意に焦った葵が叫んだ。
「おや? 本当に嫌なので?」
 間近で彼に瞳を覗きこまれてしまった。
 じっと強く見つめられて葵は大人しくなった。
「……本当にずるいぞ、お前は。こういう時に限って……真面目な顔をする」
 葵は華龍に抱きしめながら顔を赤らめて目を静かに閉じる。
 彼女はまだPVが終わっていないことに気づいていなかった。
 そうとも知らず彼女は大人しく華龍になされるがまま。

 彼の息遣いを聞きながらうっとりして濡れた唇を彼に突き出す――


依頼結果