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まってくれ
俺は追いかけようとした
雪が積もる道を一生懸命になって
だが、転んでしまった
赤いマフラーは雪の向こうに消えた
くやしくて雪を握りしめた
溢れる想いがとめどなく溢れて雪が溶けた
俺を一人にしないでくれ
また俺の元から去って行ってしまう
もう失いたくなかった
それにまだ「彼女」の名前を聞いていない
「俺は君のことが――」
不意に口から想いが漏れる。
俺は本当の自分の気持ちをようやく意識した時――
「あさかわきゅ〜ん、Hu〜」
目の前にリーゼントのいかつい不良の顔がドアップで迫っていた。一文字 紅蓮(
jb6616)が瞳を閉じて唇を突き出し、俺の首元に息を吹きかけている。
一瞬にして背中に怖気が走って椅子から転げ落ちた。
うわあああああああああああああああああああああああああああああ
「……おい、びっくりさせるな」
紅蓮が俺の突然の叫びに驚いて口を尖らせて言った。
「びっくりしたのは、俺の方だ!!
いきなり人の首元に息を吹きかけてくる奴がいるか馬鹿野郎!!」
怒り狂って紅蓮の襟を掴もうとした時だ。
「浅川、一文字! お前ら授業中だぞ! 廊下に立ってろ!!」
周りを見渡すと冷たい視線を俺に浴びせるクラスメイト……。激しい怒りによって髪を逆立てた数学教師が眼鏡の底から俺達を睨みつけていたのだった。
「せっかく起してやろうとしたのになんだその態度はよぉ……」
廊下に立ちながら拗ねたように俺に問いかけてくる一文字。心配そうに巨体をくねくねさせながらさりげなくすり寄ってくるので思わず吐き気がした。
先生にあてられた俺を思って起そうとしたらしいが、それにしても他に方法があるだろう。あまりの気持ち悪さに一気に眠気が吹き飛んだ。
「おまえ、最近俺に対して冷たいんじゃないか? この前だって、転校祝いに闇鍋パーティしようぜ、って誘ったのに無視するしよ」
「っていうか、誰が夜中の二時に何度も何度も電話して来る馬鹿がいるんだよ!? だいたい出会ったばかりなのにそんな怪しいイベントに行けるか!!」
「だから、迎えに行ったじゃねえか。梯子使ってお前の部屋の窓を叩いて」
「……もしかして、あれお前だったのか!?」
夜中に突然壁鳴りがして恐怖に震えた記憶が蘇ってきた。幽霊か心霊現象だと思ってその夜は一睡も寝られずに次の日は憔悴していたのである。
「どうした……気分が悪いのか……?」
――お前のせいで最悪だよ
いろいろ小声で俺に話しかけてこようとするが全て無視する。
あきらかに寝不足だった。昨日は夜遅くまで近所の神社の会合に参加していた。思い出すだけで頭が痛くなってくる……脳裏にあの無愛想な女の顔が過る。
時計を見るともう少しでチャイムである。
あと少しの辛抱だった。
不意に体操服姿の女子下級生が教室に戻ってくる。
その中に見なれた顔を見つけた。
「あれは、シノン?」
体操服姿で教室の前にやってきたのはシノン=ルーセントハート(
jb7062)。校内で唯一、俺のことを偏見の目で見ない数少ない知り合いだ。
「あ、こんにちは俊一くん! ……どうして廊下に?」
俺の姿に気が付いたシノンは手を振って近づいてきた。パタパタと小走りになってやってくるその姿はなにか小動物のようで可愛らしい。
授業が早く終わって帰って来たのかほんのりと頬に薄紅色が差している。
ポニーテールを後ろに纏めていて白い項が覗いていた。さらにブルマーからは彼女の健康そうな白い太ももがスラリと伸びている。俺は一瞬、言葉を失った。
「どこ見てるの浅川きゅんのエッチ」
「おまえじゃねええええよ!!」
必要以上にすね毛のごつい足をすり寄せてくる一文字を激しく蹴り飛ばす。
「えっと……俊一くん、その人は――」
「知らない」
「おいおい、それはないじゃろ。
俺達、朝まで同じベッドでしっぽり友情を育んだ仲じゃねえか」
「えっ、俊一くんって……」
「おい、てめえ、シノンに誤解されるようなことを喋るな!!」
俺は慌てて一文字の背中をさらに蹴飛ばして遠くにやった。怪しんでいるシノンに何とか適当に言い繕って誤解を解くにために必死に弁明をする。
「ふうん、そっか。紅蓮くんと俊一くんはソウルメイトなんだね。転校してきたばかりで友達が少ないと思ってたから心配してたんだ。よかったね」
そう言ってなぜか少しさみしそうな表情を浮かべるシノン。
ぜんぜんよくねえ――っていうか、今の話をどう解釈したらソウルメイトになるんだ。俺はすぐに訂正したくなったが、すでに突っ込み疲れていたので黙っていた。
●
まだ日が登らない早朝。
あれ程紅葉で賑わっていた鎮守の杜はひっそりと静まり返っていた。枝はすでに葉が落ちて寒空に毛細血管のように広がっているだけだ。
気温が冷たく、おまけに厳しい夜風が吹いてくる。
コートを深く羽織って顔を埋めた。あまりの寒さに俺は思わず引き返したくなった。
今日は早朝の神社の見回りの日だ。
最近、この辺りで物騒な賽銭泥棒や丑の刻参りをする連中が現れていた。先日の会合で近所の神社関係者の有志が集まってその対策を協議した。
俺達は持ち回りの当番で夜に見回りをすることになったのである。
帰りたかったが、そういうわけにもいかない事情があった。
――それに、サボったらあいつに何を言われるかわかったもんじゃない。
待ち合わせ場所である神社の鳥居の前に急いだ。
「……数日で来なくなると思っていましたが意外でしたね」
ブスッとした無表情で雫(
ja1894)が俺を見るなり呟いた。出会って早々不躾な台詞に思わず文句を言いたくなるが何とかその衝動を抑える。
近所の神社の娘だった。この前の会合で初めて顔を合わせて、くじ引きによって見回り当番のペアを当分の間一緒に組むことになったのである。
彼女は背が低くおまけに幼い容姿をしていた。俺はてっきり小学生だと勘違いして声を掛けたのだが、それが彼女の激鱗に触れてしまった。
もちろん、すぐに謝ったが、雫はまったく許してくれず、それ以来会えば嫌味を言い合う犬猿の仲になってしまった。
「早く行きましょう。それとも怖いんですか?」
雫が厳しい視線で睨みつけてくるので俺は我に返った。二人して無言のまま早速近くの神社の外回りから見回りをすることになる。
見回りの間、雫はずっと厳しい表情をしていた。
こうやって黙っていると――結構可愛い顔してるのに。
整った目鼻立ちに長い銀髪。背は小さいが、意外にスタイルは良い。将来大きくなったらおそらく相当の美人に成長するだろうと思った。
俺ははっとした。何を考えてるんだ。
「終わりましたね。それじゃお疲れ様、さようなら」
見回りが終わってすぐに俺に背を向けた。
まるで俺と少しでも一緒に居るのが厭だという感じだった。あまりに気不味い雰囲気に俺も流石に居心地がよくない。
いくら美人でも態度が悪ければ最悪だと思った時だった。
「浅川さん!」
「なんだ、急に怖くなって一人で帰れねえってか?」
俺は冗談を言ったが、雫は張り詰めた表情のままだった。
彼女が指を向けた方向に怪しい人影が見えた。
暗闇に怪しいフード帽を被った男がいた。
上半身裸で荒い息を吐いている。
「日頃から修練を積んでいるので、無手でも大丈夫です」
「あいつと戦う気か? 武器を持ってたらどうするんだよ」
雫はあきらかにヘンタイが現れたことに恐怖していた。先ほどの強い意思が瞳から抜け落ちていて戸惑った表情を見せている。
俺は万が一のことを考えて隠れるように言ったが、それでも俺の手前もあるのか――いくら言っても決して引こうとはしなかった。
男はそのまま真っ直ぐに俺達の方向へと走ってくる。
「雫、俺の後ろに下がれ!!」
不意に俺は雫を強引に後ろに庇った。
突っ込んでくる男に向かって俺は体当たりを決行した。だが勢い余って俺はその場の砂利に躓いて態勢を崩してしまった。その男ともども地面に倒れこんでしまう。
「――大丈夫ですか、浅川さん!!」
心配そうな雫が傍にやってきた時だった。
男が不意に立ち上がって俺に向かって怯えたように怒鳴りつけてきた。
「お、俺の身体に、さ……触るなっ!!」
男は怒り狂って俺を突き飛ばして飛びのいた。
雫の持った懐中電灯の光が一瞬だけ互いの顔を照らし出す。
その瞬間、俺は絶句した。
「お前は、もしかして……」
「――浅川、なぜお前がここにいる?」
「それは俺の台詞だよ!!」
お互いが呆気に取られたように呟いた。フードを目深にかぶって上半身裸で走っていたのは紛れもなく彪姫 千代(
jb0742)だった。
早朝の恒例のロードワークをしていたらしい。絶対に人のいない時間を選んで走っていたために人にぶつかることは夢にも思っていなかったそうだ。
おまけにフードを目深にかぶって音楽を聞いていたためぶつかるまでわからなかったそうである。千代は思わぬ遭遇になぜか「……チッ」と舌打ちをしていた。
……舌打ちをしたいのは俺の方だよ。
「浅川さん……この人、知り合いなんですか?」
いやあ、こんなヘンタイ知らないです、早く警察へつきだしましょう――と当然のように言おうとしたが、なぜか千代が喋り出す。
「あれから何かわかったのか――願いを叶える方法だよ!」
そう言えば、千代は確か爺さんのことで悩んでいた。
俺が素っ気ない返事をすると彼は黙り込んでしまった。するとなぜかその場に神社の猫達がミャーと鳴いて彼の傍へと次々に寄ってきた。
野良猫達は千代になついているようだった。彼は持ってきた煮干しを猫達に与えて楽しそうに無邪気に笑いながら遊んでいる。どうやらロードワークの日課としてこの神社を訪れた時はこうやって猫達と戯れるとのことだった。
その様子を見て雫も彼が悪い人ではないと納得したようだ。
遊んでいる千代はそれほど無邪気で幼い顔をしていた。
「そういえば、紅蓮が学校に来いって言ってたぞ」
俺はふといつも奴が口癖のように心配していたことを思い出した。
「あ……あそこは……行けない……」
不意に千代は身体が震えだす。尋常じゃない様子に俺は「わかったからもういい」と何とか治めることにした。――いったい学校に何があったんだ?
俺は疑問に思った。あいつなら事情を知っているだろう、気が向いたら聞いてやるか。
しばらくして千代はロードワークの続きだと言って去って行った。
「あ、あの……庇ってくれてありがとうございます」
別れ際に雫がぼそっと俺に言ってくれたその言葉がいつまでも耳から離れなかった。
●
「ねー先輩」
放課後、廊下を歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。
嫌な予感がして振り返ると、そこにいたのはジャック=チサメ(
jc0765)。今日も短いスカートの女子用の制服姿が似合っていた……言うまでもないがこいつは男である。
なぜか堂々と校内で女装していた。
っていうか、なんで誰も女装を止めないなんだよ!
目に毒だ……。
「先輩は何か面白いとか変わった習慣を見たとかあります?
久原神社以外のテーマ自由の特集組むことになっちゃって。
そこで! 転校生の先輩から見てこの地の変わってる所があったりしないかなーと。
なかったら別のテーマ探しますけどね〜」
まったくこいつは……と思ったが、不意に思いだす。
「変わったことか――そういえばあの女の子」
俺は最近気になっていることがあった。
転校初日に見たあの少女――それに夢で見る昔の女の子。
やっぱり俺はまだ昔のことを引きづっているのかもしれない。
俺は気が付いたらチサメにそんなことを話していた。他人には誰にも話したことがなかったが、チサメなら何か知っていそうなそんな気がしたからだ。
俺の初恋の少女、もしかしたらそれが誰かわかるかもしれない。
「それはきっと紅葉の御神木が見せた幻ですね。きっと浅川さんの昔をいつまでも悔んでいる気持ちがその御神木とシンクロしたんですよ」
「そうなのか?」
「まあ、本当かはわかりません。あくまで噂ですよ」
まるで冗談だというように、チサメは笑った。情報提供のお礼によかったら昔会った女の子の心辺りを探って上げますよ、と彼は言った。
「ま、一応ボクの連絡先渡しときます。
取材以外でも困ったことや調査依頼なら新聞部にお任せあれ!」
チサメはそう言ってメモを渡すと嵐のように去って行った。
「今の女の子は誰? 連絡先貰ったの?」
振り返るとそこにいたのはシノンだった。これから部活に行くのだろう、背中にあの大きなコントラバスを背負っている。
なぜか怒ったように口元を膨らませているが気のせいだろうか……。
「あいつ、実はおと――」
「はーい、いまいくー。
じゃあ、俊一くん、バイバイまた明日ね」
訂正しようとしたが、友達に呼ばれてシノンは行ってしまった。
なにか誤解しているような気がしたが、たぶん気のせいだ……。
俺は突然、どっと疲れが肩に重く圧し掛かった気分になった。
「ごめん、おそくなった――ってまだ来てないのか」
俺は待ち合わせ場所の神社の鳥居の前に来ていた。
今日は放課後の見回り当番の日だった。学校で思わぬ邪魔が入って遅刻してしまったと思ったらまだ雫の奴は来ていなかった。
すでに冬の夜は早くて日が暮れてしまっている。
そういえば、あの言葉。
まあ、気のせいか――それより先に見回りを開始しておくか。
俺は懐中電灯を持って境内に入って先に見回りをすることにした。
「――って、なんだあの怪しい人影は」
いきなりの緊急事態に流石の俺も絶句する。
賽銭箱の前で不審な怪しい動きをしている男がいた。
俺は奴が逃げないように回り込みながら密かに近づこうとした時だった。
不意に奴がこちらを振り返った。
しまった、気づかれたか?
仕方ないと思い、急いで目の前に飛び出した時だ。
「なーつやすーみー♪ かぜをーひきー♪ りょこーとーじつにーはつねつー♪」
エアエクレレで、あの夏の青春ソング?を奏でる霧谷 温(
jb9158)。
おまえかあああああああああああああああ!!
俺は奴の顔を懐中電灯で照らした瞬間にあまりのばかばかしさに叫んだ。
「恋してるかな、少年!!」
なぜかこの糞寒いのにアロハシャツを着ている。
「なんで夏なのかって? そんなことは決まってるだろう。恋の季節と言えば夏! ひと夏の甘い恋、そして過ち、奥さん、もっと自分に正直になれよ、本当は欲しいんだろう……この、買うだけで幸せになれる壺が! これを買えば、君も彼女が出来る!」
――もう帰っていいですか?
俺はやる気を完全に失って帰ろうとした。
「浅川さん、すみません遅れました――ってその後ろのソレは?」
流石の雫もソレとしか口にできなかったようだ……。温はすでに酔っぱらってるのか正気のなのかわからないが意味不明な言葉を囁き続けている。
「だから、彼女のいないどう……さくらんぼーいの君の為にクリスマスパーティを用意しよう。安心してくれ、君の友達も来てくれるよ!
そう、いわば彼女彼氏のいない君たちの君たちによる君たちの為のパーティーだ!!」
温は突然俺の手と雫の手を握り締めて絶叫した。
おい、勝手に決めるなよ!
「ほら、雫も何とか言ってやれ。そんな怪しげなパーティいけるわけ――」
「面白そうですね」
不意に雫が呟いた。
おいおいおいおいおいおいどうなってんだよ雫さん!?
……まさか、図書館でなぞの図書カードの名前に恋しちゃったとか、そういうことってないよな。っていうか、中学生の分際であれは恥ずかしすぎるだろ!?
俺は意味不明なうわ言を呟いていた。おそらく温に感化されてしまったのだ。
そうでもないとやってられない。
俺はなぜか嫉妬していた。
こんな奴に俺が負けるなんてプライドが許さない。
「少年、振り返るのもいいが、前を見ることも大事だぞ。
クリスマスに初詣、バレンタインとボッチには厳しい季節の到来だ。そして進路、就活、受験……青春を楽しむならまさに今、だ。 君の過去は知らないが、たまには目線を変えてみろよ」
なぜか口調が突然、真面目になる温。
「俺は行かないぞ――絶対に」
「いいのかい、シノンちゃんや紅蓮も一緒に呼んだのに。
予算? ふ、心配しなくていいさ。何だったか、ほらあの神社。あそこでもらってきたから。なに大丈夫、神様からお小遣いを――あ」
彼はなぜかそこで口をつぐんでその場をダッシュして去って行った。
やっぱりか!?
俺は急いで彼を捕まえるために雫を促す。だが、雫は全くその場を動こうとせずに俺からなぜか視線を反らして呟いた。
「行きたくないのなら行かなくてもいいんじゃないですか。どっちみち私は行きます」
雫はそうそっけなく言い放って帰って行った。
どいつもこいつも勝手なことばかりにぬかしやがって。
「俺は絶対にいかねえぞ!」と叫んですぐに帰ってきてしまった。だが、無性に雫と温が仲良くするのを思い描くと腹が立ってしょうがなかった。
●
「ほれほれ、どうせクリスマスに用事なんぞあるめぇよ。
ほら、ポスターも作ったし、きっとキャワイイおねーちゃんの一人や二人来るって!
青春しようぜっ! なっ俊一!」
学校から帰ってきて部屋に入ろうとした瞬間、なぜかいかつい不良がそこにいた。俺のベッドでふんぞり返っている――あり得ない光景に絶句した。
「おい、てめえ、なに人の家に部屋に勝手にいるんだよ!?」
「あら、お帰りなさい。そうそう、ソウルメイトの紅蓮君が来てるわよー」
沙織さんが思いだしたというように部屋にお茶を持ってきた。
俺は違うと叫び出したい衝動にかられたが、当の本人はまるで自分の部屋のように俺のベッドにあぐらを掻いてぼりぼりとせんべいを食べている。
「――なあ、頼むから出て行ってくれないか?」
「うん? 出て行くにも何も、今日のクリスマス会の会場はお前の家だぞ?」
「いつのまに決まったんだ!?」
俺は思わず頭を抱えたくなった。
先週、温から言われたことはてっきり冗談だと思っていたのに。
「おまえ、ここがどこか分かって言ってんのか? 日本の伝統たる神社だぞ。異国の宗教のイベントなんかできるわけないだろ」
神社でクリスマスイベントなんてあまりにも不謹慎すぎる。首謀者は温だというが、いったいあのイカレタカヲス野郎は何を考えているんだ。
「それにしても……お前、俺に対しておせっかいがすぎやしないか? 初めて会ったばかりなのにいつもなれなれしいし、他にも友達がいるだろう?」
俺の言葉に紅蓮は少し黙った。不意に思いだすように顔を上げて話し出す。
「子供の頃、声をかけれなかった子がいたんじゃ。わしはそいつのこと――好きだったんだが、どうしてもその想いを打ち明ける事が出来んかった」
「その子は?」
「ああ、結局引越して行ってそれっきりじゃ。たまにその頃の夢を見る」
俺はその話を聞いて複雑な気持ちになった。
紅蓮もどこか心の中に闇を抱えているのかもしれない。
それにしても紅蓮にも好きな子がいたなんて。こんないかつい奴に惚れられるなんてあまりにもそいつが不憫だと思った。
いや、紅蓮も昔はもっとスマートな少年だったのかもしれないし……。
ピンポーン
不意に玄関からチャイムの音がした。
「こんばんはー! クリスマス会の準備ができたから、誘いに来たよ」
そこにいたのはシノンだった。無邪気な笑顔で俺に言った。
あまりに可愛らしい姿に、一瞬俺の心がドキッとした。それまでムカついたことが嘘のように消え去って行ってしまうような気がする。
「――準備っていったい?」
だが、俺はすぐに不安に駆られた。
シノンと紅蓮に押されるように境内に出ると何故か拝殿の前にブルーシートが敷かれている。おまけに電気炬燵とテーブルが寒空の真ん中に置かれていた。
「やっほー、元気、クッキー、センタッキー!!」
「センタッキ―、じゃなくて炬燵だろ―――っていうか、そういう問題じゃねえ!」
当然のように炬燵に座っていたのは案の定、温だった。すでに酔っぱらっているらしくテンションが最高潮に達しているように見えた。
やっぱり……何もこいつは考えていない。
「お邪魔してますよ、浅川先輩」
「……チサメ、お前もなぜここにいる?」
新聞部で後輩の女装野郎がシノンの横に座っている。どうやら噂を聞きつけて強引に参加しに来たようだった。……もうこいつの地獄耳には驚かない。
さっきから親密そうにシノンと楽しそうに会話をしていた。
見ているとなぜかムカムカしてくる。
……いけない。俺は何を考えているんだ。
どうかしているぞ、俺。
こいつらはダメだ――と思って周りを見渡すと今度は雫と目があった。
「異性からモテると思っていたのですが、男友達が多いのですね」
皮肉を言いに来たのか、雫は俺に声を掛けてきた。あれはお世辞で言っただけだと思ったが、まさか本当に来るとは――内心驚きを隠せない。
いつものように嫌味をもっと言うかと待ち構えたが、結局それ以上は何も言わず、せっせと用意されたケーキを皆の為に切り分けている。
――どうも調子が狂うな。
俺と雫はなぜか気不味くてそれ以上言葉を交わさなかった。思えば、もうこの時にはお互いのことを意識していたのかもしれない。
入ろうとした瞬間、炬燵の中で足が「何か」に当った。
「さ……触るなああっ!」
炬燵の中で絶叫が響き渡った。
急いで俺は布団をめくると――そこにいたのは上半身裸の男だった。
「おまえ、なんでそこにいるんだ!? お前は猫か!」
炬燵で丸くなっていたのは紛れもなく千代だった。触れられて怯えたように爪を突きたてて攻撃してくる。外にでるように促したが、はずかしいの一転張りだ。
だったら無理してくるなよと思ったが、それでも絶対に頑として外に出ない。
「いてええええええええええええ、やめろ馬鹿!!」
しまいには足を爪でひっかかれてすぐに俺は炬燵から出た。
「大丈夫? 俊一くん」
「……ああ、大丈夫だ。それよりちょっと傷口を洗ってくる」
心配そうに見つめてくるシノンを制して、俺は立ち上がる。よく見ると血が出ていたのですぐ傍にある手水舎に行って冷水で洗うことにした。
「ついでに熱燗もう一杯持ってきて!!」
「持ってくるか馬鹿!」
俺は温の要求を当然のように拒否して急いで向かった。手水屋の冷水で傷口を洗うとあまりの冷たさに身体の芯が凍りそうになった。
まったくどいつもこいつも碌でもないやつばかりだ。
転校してからというもの騒ぎばかりだった。俺はなぜかそれでも不思議に嫌な気はしていなかった。今までずっと一人だったせいもある。
もしかしたらここにまた戻って来て正解だった……のかもしれない。
「あ、いたいた浅川先輩」
「――なんだ、チサメか、どうした?」
物想いに耽っているとチサメが走ってきた。不意に神妙な顔になって、ポケットから何やら古いセピア色の写真を取り出して見せた。
……!?
俺はそれを受け取って絶句した。
背中に電撃を打たれたようにその場に動けなくなる。
「先輩が探していた女の子はもしかしてその娘じゃないんですか?」
間違いなかった。夢で時折、見かける少女。
俺はしばらくの間、その写真を食い入るように見つめた。
●
気がつくとチサメはその場から姿を消していた。入手先を尋ねようとして、皆がいるブルーシートの所へ戻るとすでにプレゼント交換が始まっていた。
「遅かったじゃねえか、浅川、みんなでプレゼント交換しようぜ!!」
俺は仕方なく溜息を吐いた。終わった後でもいいか、と思って、さっそく家から適当に持って来ていたキューブ形パズルを出す。
音楽と共にみんなで景品を回しあい、ストップした所で包みを開いた。
俺は可愛らしい袋を開けると、ハーモニカが入っていた。
「あ、これは!!」
不意に向かい側に座っていたシノンが声を上げた。
どうやら俺のプレゼントはシノンが当てたらしい。俺が貰ったハーモニカもどうやらシノンからのようだった。偶然の出来ごとにお互いがほほ笑んだ。
早速シノンがキューブ形パズルに挑戦した。なかなかうまく揃えられないのを見て、俺は不意に立ち上がってシノンの傍に行った。
「――ちょっと、貸して見て」
俺はシノンから受け取ると、すぐに面を揃え始める。
二分くらい回した所で俺は全面を難なく揃えてシノンに渡した。
ぽかーんと一瞬、口を開けるシノン。
「す、すごーい!! どうやったの!? 俊一くん!!」
俺はもう一度、シノンの目の前でキューブ形パズルを回した。
「手先が器用なんだね!」
再び完成した物を手にとって彼女が目を輝かせる。
不意に俺は気が付いてしまった。
彼女と炬燵で密着していたことに。
甘いシャンプーのリンスの女の子独特の匂いが漂ってくる。さらさらした髪の一部が俺の腕にかかっていてなぜかそこだけがくすぐったく感じる。
やばい、すごく……可愛い。
俺はシノンの横顔を見て意識してしまった。
それまでじっくりと見たことはなかったが、改めて近くで見るとシノンは端正な顔をしていた。クラスで一番、いや学年にいても上位に確実に入るだろう。
それどころか――学校でもトップクラスかもしれない。
「――どうしたの? 俊一くん?」
不思議そうに黙り込んだ俺を下からのぞいてくるシノン。
俺は慌ててしまってキューブ形パズルを下に落としてしまった。不意に取ろうとして俺とシノンの手が一瞬交錯した。
「あ……っ! ご、ごめんささい、わ、わたし!」
かーっと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまうシノン。
俺も居たたまれなくて視線を外したが、雫と目があってしまう。
「あっちいいいいいいいいい!!」
「あっ、すみません、手が滑りました」
雫は熱いお茶を俺の掌に思いっきり零していた。
ぜってえ、いまのはわざとだ!!
俺は怒鳴ろうとしたが、なぜかいきなり不機嫌になった雫は、用事ができたと言いだしていきなり逃げ去るように立ち上がって出て行ってしまう。
それにしてもなぜあいつ、いきなり不機嫌になったんだ?
まさかな――
俺は、言いかけて黙った。
追いかけるかどうか迷ったが、辞めた。
勘違いだったら俺があまりにもバカバカしい。それに雫が俺のことを好きになるはずなんてないじゃないか。あいつは俺のことが嫌いなはずだ。
だけど、もしそうじゃなかったら――
俺は、いても経っても居られずその場を飛び出す。
「雫、ちょっとまてよ!」
神社を出て雫の姿を探すが見当たらない。
まったく……逃げ足だけは早い奴だ。
俺は諦めて皆がいる場所へ戻ろうと踵を返した。
「おい、浅川!!」
不意に駆けてきたのは紅蓮だった。
「おまえ、もしかして――あいつのことが好きなのか?」
その瞬間、俺はどう答えていいかわからなくなった。自分でも今まで考えもしていなかったことだった。急に意識してしまって戸惑っている自分がいる。
「どうでもいいけどよ、シノンちゃんはどうするんだ? おまえ、シノンちゃんのことも好きなんじゃろ? ……まあ、アドバイスするような義理じゃねえが、二股だけはよくないと言って置くぜ。決めるならどっちかに決めろ」
……わしゃ、おまえに幸せになってもらいたいけぇのぅ。
俺の心を見透かしたような言い草に思わず俺も強い口調で返した。
「別に、すきじゃねえよ――それに俺にはずっと想い続けてきた人がいる」
「本当かよ。それって誰じゃ?」
嘘じゃなかった。
俺が今までずっと好きな人を作らなかった理由――。
俺は心の何処かでずっと探し求めていたのかもしれない。
それを探しに俺は――再びこの町に戻ってきたんだ。
そう、俺は――
ポケットに入れておいた写真を握り閉めようとした時だった。
「あれ――ない?」
俺は青ざめた。先ほどチサメから貰ったあの初恋の子の写真がない。どこかに落としてしまったのかと慌てたとき、不意に紅蓮の脚元に落ちているのを発見した。
「ああ? なんだこれ――っ!?」
紅蓮が俺の視線に気が付いて素早くそれを先に拾ってしまった。
「おい、てめえ、それを返せよ。俺の大事な写真なんだ!」
「なあ……この写真の娘って……」
「そうだよ、それが俺の初恋の娘の写真だよ!! だから早く返せ!!」
俺は写真を取り返そうと紅蓮に迫った。だが、紅蓮は茫然と蒼い顔をして俺に向かってとんでもないその一言を言い放ってきた。
「なんで、浅川が『わしの』子どもの頃の写真を持っているんじゃ?」
その瞬間、俺は何が起こったのかわからなかった。
それから以降のことを俺はあまり覚えていない。
というか、思い出したくなかった。
紅蓮は語った。
幼少期の紅蓮は娘が欲しかった親から度々ウィッグを着けられ女装させられたり人形のように扱われていた。
その反動で余計に男らしさに憧れ、第二次成長期で完全に……オッサン化⇒ガキ大将になった。
少年時代、家を抜け出したのはいいものの女物の服を脱ぐわけにもいかず、そのままの格好で遊んでいたという過去があった。
――それはすべてが彼の黒歴史。
時たま、俺と同じように紅蓮も昔の夢を見ている、という。
写真の少女を凝視すると、確かに目元とか口が紅蓮の顔立ちによく似ていた。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
俺は発狂していた。
そんな馬鹿な、そんな馬鹿なことがあるはずがない!!
俺はその日から熱に浮かされて学校を休んだ。
そして風邪が直った後も、俺は学校が怖くていけなくなってしまった。
俺は不登校になり、ついに引きこもりになった。