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「戦場でカッコつけるということを、全く分かっていませんねえ。
かっこよさは、実利を伴って初めて輝くというのに――」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はほくそ笑んだ。タキシードにシルクハット、カボチャマスクといういつもの奇術士スタイルに東正太郎は度肝う抜かれた。
俺の方が派手さで負けている……?
新人撃退士でスタイリッシュさを追求する正太郎も開いた口が塞がらない。
すでに周りは黒いタイツを履いたディアボロ達に周りを囲まれていた。
正太郎はすぐさま、ローラースケートアイドルに変身するために道具を取り出す。
戦闘前に早着替えのコツを酒井・瑞樹(
ja0375)に伝授して貰っていた。
パッと上着を脱ぐと予め来ていた戦闘服が現れる。
瑞樹も正太郎が攻撃を受けないようにひやひやしながら見守っていた。こちらは威勢の良い武士スタイルで流石の剣道着が様になっている。
「悩める少年を導くのも大人の務めだ」
グラサンを華麗に放り投げたミハイル・エッカート(
jb0544)が前に出る。
突如風が意味もなく吹いてきてミハイルは金髪を優雅に掻き上げた。
斜め上に視線を寄こして気だるそうに銃をさりげなく取り出す。
動作の一つ一つに注意が行き渡っていて見ている正太郎もほれぼれとする動きだった。
ハードボイルドだ、これがまさしく。
正太郎が唾を飲み込んでミハイルの一挙手一動に注目する。
「格好良く戦いたい……か。
また難儀な道を選んだものだな」
溜息を吐きつつも豪奢なドレスを優雅に纏ったルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)が余裕の表情を浮かべて言う。同じく豪奢な衣装を身につけているのはレティシア・シャンテヒルト(
jb6767)だ。戦闘なのになぜか傘を持っている。
動くにくいはずのドレスなのに所作は可憐を極める。
正太郎はこの人たちは只者ではないと思った。これが歴戦の撃退士というものなのだろう。
後ろでは厳しい表情を見せているファーフナー(
jb7826)と後ろの方で目立たないようにただ突っ立っている鴉乃宮 歌音(
ja0427)がいた。どちらも見た目という点ではむしろ目立たないがなぜかその無駄のない動きが逆にスタイリッシュに感じられる。
「なんだか昭和のスタイリッシュさってやつですねー」
正太郎の恰好を見て呟いたのは湯坐・I・風信(
jc1097)だった。
何故か皆とは行動をともにせず、一人で辺りを歩きながらめぼしい木を探している。
誰とも群れずにわが道を行く――それこそがスタイリッシュそのものだと正太郎はなぜだか感心してしまった。敵も警戒してかなかなか攻撃してこない。
普段は正太郎一人な為に隙だらけだったが、今回はそうではない。
だが、しかし正太郎達撃退士チームはその間に周りを敵に寸分もなく包囲されてしまっていた。
正太郎は焦る。このままでは形成が不利だ。
「完全に包囲した……と、思っているのでしょう?
いいえ、囲まれたのではなく、囲ませたんですよ!」
正太郎が不安に思っていたその時だ。マステリオが自信満々に答えた。
そうだだったのか……! 正太郎は驚きに声を出せない。
敵にやられていると見せかけてそれはこちらの完全なる読み通り。
まさに……これこそスタイリッシュ!
「すごい、みんなすごいです。これなら俺も一網打尽に敵を――」
そう言いかけて正太郎は敵の先制攻撃をくらってあえなくその場にうずくまる。
「何やってるんだ、バカ。格好良さとは実力が伴ってこそだぜ。
正太郎は未熟なのに動きづらい格好をしているのか――
真似るならまず中身を磨けよ」
置いて行くぜ、とミハイルは正太郎に背中で挨拶をして戦場に斬り込む。
次々に無駄のない動きで歌音やファーフナが乗り込んでいくのが見えた。
あまりにプロフェッショナルな動きに自分も負けていられないと後を追った。
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「お嬢ちゃんたち、俺と一緒におままごとしようぜ」
ミハイルは公園の周りで遊んでいる幼女をナンパしていた。
いや、実際には戦闘の被害にあわせないためなのだが、正太郎の眼にはそのように映った。
幼女たちは怪しいオジサンの登場に悲鳴を上げてどこかへ逃げていく。
一見してとてもカッコ悪かったが、ミハイルはいつものことのように気にも留めない。
これこそがまさにキング・オブ・スタイリッシュ!
正太郎は見ていて思わずそう叫びたくなる衝動を抑えられなくなった。
「これからご披露いたしまするのは、奇術士エイルズのマジックショー。
どなたも遠くば音に聞き、近くば寄って目にも見よ。
一世一代の大奇術、どうか見逃すことなかれ!」
ミハイルに負けていられないと派手に動きながらマステリオが叫ぶ。
辺りを包囲していたディアボロ達を前に華麗な奇術ショーを見せつける。
マジックショーと見せかけた風船を爆発させて一気に敵を混乱させた。
敵もようやく我に返って攻撃をしかけてくる。
巧みに正太郎を庇いながら瑞樹は気合い一発喝を自分に入れると、すかさず敵を大上段から振り下ろした。
逃げようとした敵が転んでしまい、瑞樹の大きな剣が股間に大きくヒットする。
ディアボロは絶叫しながらついに息絶えてしまった。
「またつまらぬ物を斬ってしまった……」
そのお決まりのセリフで瑞樹は敵を難なく倒すことに成功する。
味方の前衛陣が派手に動き回っているその後ろでストイックに仕事をしていたのは歌音だった。
敵のチームワークを乱すように弓で足元を妨害したり、罠を見破ったりと、ひたすら地味な動きばかりをしている。あまりに周囲に溶け込んでいるのでいるのかどうかわからない、というか敵にすら気付かれていない節がある。
次々に歌音の姑息な攻撃にディアボロ達は消耗させられていた。
歌音はすごかった。
だが、当然のように正太郎にも気づかれていなかった。
ファーフナも潜行して行方を眩ませていた。
前衛陣が派手に動き回る一方でひたすら、敵の仕掛けた罠を事前に見破って破壊する。
まさに影のプロフェッショナル。
だが当然のようにこちらも正太郎に気づかれていなかった……。
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派手なマジックショーが開催されている裏で、一人抜け出した風信が木登りをしていた。敵に気づかれぬように注意しながら動向を観察する。
奇襲攻撃を仕掛けるつもりだった。流石の敵もこれには気づくない。
我ながらに作戦は完ぺきだと思った。正太郎もきっと驚いてくれることだろう。
「だ、誰だ?! あ、あれは……?!」
不意に異変に気がついて正太郎は上空を見上げた。
そこにいたのはルナリティスだった。
上空にいつの間にか旋回していたルナリティスは敵の裏をついて奇襲を仕掛けた。
「世の中にはこういう戦術もある……!」
敵の間合いの外から銃を乱射すると瞬く間にディアボロは地に伏した。
あまりにすごい奇襲攻撃に正太郎はその手があったのか感心する。
「そんな馬鹿な……」
それをただ茫然と見つめるばかりの風信。
自分と同じような作戦を考えていただなんて。
先を越されてしまった風信は遅れながらも木の上空から奇襲をかけた。
すでに敵は混乱していたのでその効果はあまりなかった。
正太郎も格好いいルナリティスばかりみていた。
もうやけくそだといわんばかりに風信はそのすぐそばにいた敵を烈火のごとく攻撃して倒す。ミハイルも負けてはいられないとなぜか風信に背中を預けて銃を乱射する。
これこそがハードボイルド! かっこいい……!
正太郎は自分もやりたいとミハイルたちの元へと駆け込んでいく。将太郎が無謀にも戦場に踊りだしてきたところで格好の敵の餌食となっていた。それを陰から狙っていたディアボロがいたがそうはさせまいと歌音が攻撃に出る。
「『不浄なる者よ、破魔たる光を抱いて灰燼と為せ』」
間一髪のところでディボロは攻撃する前に歌音に倒された。
もちろん、裏で助けられていたことに正太郎は気づいていない。
ファーフナも正太郎を狙うディアボロを背中から叩きこんで倒した。
これで正太郎への最後のおぜん立てが完了した。
その時、エレガントに優雅に戦場に舞い降りたのはレティシアだ。
挨拶代りのカテーシを見せると敵もあまりのスタイリッシュさにほれぼれする程だ。
ふと、あまりのエレガントさに見惚れて正太郎が足元を疎かにしていた。
レティシアはいち早く気がついて傘を地面に放り投げる。
「それを足場に飛んで!」
レティシアが叫ぶと同時に、正太郎は飛んだ……!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」
破れかぶれに剣を振りかぶった正太郎はそのまま敵に顔面から突っ込んだ――。
体当たりを食らった敵は正太郎とも地面に激突してそのまま息絶えた。
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「あれ――ディアボロは?」
正太郎が起き上がるとすでに敵は全て倒されていた。最後に自分が止めを刺すことでディアボロ達は全滅したのだという記憶が次第によみがえってきた。
「お兄ちゃんカッコいい!」
その時だった。陰から幼女たちが正太郎も元へ纏わりついてくる。
正太郎は満面の笑みを浮かべた。
俺ってカッコイイ、すげえスタイリッシュ!
美少女に囲まれて得意げにしているところへ撃退士たちがやってくる。
「お前はまだ若い。スタイルを探求するのはまだ先の話だ。
その前に地道に力を付けろ。一人で一体は雑魚天魔を倒せるようになれ」
ミハイルはそう言うと背中を見せてクールに立ち去った。
幼女たちとのおままごとの約束を果たすために――
あまりのカッコよさに正太郎は士直立不動に見送る。
そうだった。これは一人でなしとげたことではない。
みんながいたからこそ勝てたんだ。正太郎は反省した。
「その上でなお華麗であろうとするのならば……ひたすらに強くあるしか無いな。
戦闘力以上に、心がな。
どんなに打ちのめされようが挫けないでこそヒーローだろう?」
ルナリティスも敢えて厳しく言った。それでも最後には勇気づけるように正太郎を鼓舞するとまた強くなったら一緒に戦おうと言って立ち去る。
すでにファーフナと歌音は正太郎には何も言わずに立ち去っていた。
まさに終始プロフェッショナルでストイックだった。
「東さん、これを見て下さい」
風信が突然やってきて正太郎にラノベを見せる。
そこには正太郎のスタイルとは違う現在のヒーローが描かれていた。
正太郎は愕然とした。もしや自分のスタイルは古い……?
頭に雷が落ちたような気分になった。
今の自分の恰好はひょっとしたらダサすぎるのかもしれない。
「今はクール系が熱いです、クールだけど
ほら、このコスプレ…じゃなかった衣装はどうです?」
「ありがとう。俺ももっとスタイリッシュなものを求めなければ――」
正太郎は気がついた。動きやすい服装がもっとも適しているのかもしれないと。
あわてて正太郎は現在のヒーローを研究するためにラノベを買いに行った。
なにか間違っている気がしないでもないが、風信は最後まで正太郎を見送った。