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転移を終えると耳に潮騒が届いた。
「どうやら無事に着いたみたいだなァ」
「みたいですね」
島津・陸刀(
ja0031)と、佐藤 七佳(
ja0030)の目に映ったのは、海岸と、人の手が入っていない自然の林……いや、奥の方はもう森というべきか。いずれにせよ、件の無人島にたどり着いたのは間違いなさそうだ。
ならば早速、と今いる場所を確認するべく携帯を取り出そうとする者が、
「待って! まずは付近のクリアリングが先よ」
東雲 桃華(
ja0319)がそれを止める。
はっ、となって辺りを見渡すが、鉄熊が出てきそうな気配はない。
「なら、ちょっと見てこよっか」
言って、荻乃 杏(
ja8936)が手近な木に張り付いて、あっという間に登りきる。
浜風にツインテールを遊ばれながら、順に視線を巡らせ、
「見たところ怪しいものは無さそうよ」
「ありがとう。もう少し見ててもらえる?」
「了解っ」
周囲の警戒は杏に任せ、他の撃退士は携帯のGPS機能で現在位置を確認。
次いで、常木 黎(
ja0718)が教えてもらった番号をコールする。
一回、二回……三回目の発信音で電話が繋がった。
「アロー、まだ生きてるかい?」
「生憎とまだ生きてる。……デリバリーの救援隊かい?」
黎の軽口に向こうも同じように返してきた。
どうやらまだ切羽詰った状態には陥っていないようだ。
それを手の動きで仲間たちに伝えれば、ほっと安堵の息が周りからこぼれた。
「皆さん一緒ですか……? そのことも……確認してください」
ここで、Lime Sis(
ja0916)が口を挟んだ。
黎はちょっと待ってと手を動かすと、そのことを確認して首を縦に振る。
で、あとは純粋に情報の遣り取りだ。
三人の現在の位置と状況に対し、こちらも現在の位置と人数といった情報を交換する。
「ということは……、ここと、ここね」
近くでは支給された地形図を広げ、黒椿 楓(
ja8601)が赤ですらすらと書き込みを加えている。
救出対象までの距離は直線にして約2km。
「進む方向を変えると敵と遭遇するかもしれないから、このまま海岸まで進みたいと言ってるけど」
どうする? と、黎が視線を投げかければ、
「……結城教授は初老ということですし……そのまま逃げて頂きましょう」
「ええ、逃げ易い様に逃げて貰いましょう」
ライムと、清清 清(
ja3434)が同意を示した。
他の者も同様に。
元々、この辺は事前の話し合いで同じ結論に達していただけに、実は確認作業に近い。
「決して無理は行わず、危険と思った時は、人命第一に考えて安全策で行動するように伝えて……」
「OK、じゃあこんなところね」
楓が更に注意を促したところで、黎が伝える内容を締め切った。
「見つけた! あれがきっと鉄熊よ」
と、ここで頭上から声が上がった。
見上げれば、杏の指先が島の中心部を差している。
「どの辺りかわかる?」
「ちょっと待ってね。あれが、あの辺で、このぐらいにあれがあるから……」
しばらく考え込むと、杏は下りてきて地形図に書き込みを加える。
「なるほどね……」
「これなら先に合流できますね」
「はい……問題なさそうです……」
「うーん……それにしても何で無人島にサーバントなんか居るんでしょうね? はぐれた訳でもないでしょうし」
話がまとまったところで、七佳からつぶやきがもれた。
(そうね……、どこにでも現れるのね……)
心の内で、楓が同意する。
これも人間の生活圏が徐々に脅かされている証だろうか……?
「いずれにせよ、今回は護衛の撃退士が居て良かったわ……。とはいえ……余り余裕は無い、……急ぎましょう」
桃華がそう締めくくると、撃退士たちは動き出す。
しっかりと、進むべき方向を見定めて。
●
中心部に広がる森。
その外周ともいえる林の部分を、撃退士たちは駆け抜けていた。
「鉄熊の進行方向に変わりなしっ」
頭上から、杏の声が響く。
と、同時に陰が差して木々が揺れた。
杏が枝から枝へと飛び移っているのだ。壁走りのスキルで補強されていることもあり、危なげは全くないが、
「気をつけろ、野生の熊ってな目は悪ィが耳と鼻がいい。こっちに来ねェとも限らんからよ」
陸刀が注意をうながす。
「分かってるよっ」
返ってきたのはシンプルながらも自信が篭ったもの。
その遣り取りを聞きながら、清は携帯を開いてGPSを表示する。
だいぶ島の北端に近づいている。これなら斥候として少し先を進んでいる黎はそろそろ林を抜けたかもしれない。
と、思考を巡らしたところに視界が開けた。
波打ち際に救出対象の三人と、黎の姿があり、
「や、お待たせ。道が混んでてねぇ」
「いや、充分だ。サーバントに追いつかれる前に来てくれて助かったぜ」
緋村と軽口を叩き合っている。
それを見守る結城教授と助手も、救援が来たことに安堵しているようだ。
(とはいえ、こんな無人島まで護衛までつけてさ。この人たち、いったい何の研究してるんだろ?)
杏は木の上から仲間が合流していく様子を見守る。
(ま、話は後で聞かせてもらうとして。まずはサーバント倒して、さくっと救助してやんないとねっ)
そして、視線を林へ。
木々の上から頭ひとつ抜きん出た鉄熊の姿が目に入った。
向こうも杏を見つけたのか咆哮が轟く。
慌ててき木を下り、他の仲間たちと共に迎撃態勢に移る。
「救助対象の安全さえ確保できれば、無人の場所ですし放置してもとは思いますが……これも依頼のうちです」
七佳がパイルバンカーを構えて、いつでも飛び出せるように重心を下げる。
「救いますよ、何が何でも」
応えるように、清も漆黒の大鎌を持って林を見据えた。
奥の方の木々が揺れている。
目を凝らしていると、遂に鉄熊の姿が。
(人も天魔も、救いましょう。ええ、仕事ですので)
清が地を蹴る。
同時に飛び出したのは桃華だ。
それに、黎が援護射撃を行ない、杏が遁甲の術で身を隠す。
が、動いているのはB班に振り分けられた4人のみ。
残りは動かず……いや、楓がまだだとA班を押し留めている。
(……近い………もうすぐそこに……)
スキルで強化した聴覚に全神経を注ぎ込む。
近付いてくる物音はそう遠くなく、
「来るわ……」
楓の発した声と共にもう1体の鉄熊が姿を現した。
「ようやく来やがったか!」
同時に、陸刀が飛び出す。
直立状態の鉄熊へ真っ直ぐに突き進めば、振り払うように襲い掛かる巨大な腕。
「なろッ……」
咄嗟にランタンシールドで受け流すが、あまりの力に足が止まった。
おまけに受けた手が痺れている。
「馬鹿力だな……だが、面白れェ! それにどんだけ硬かろうが、俺のやるこた変わらんよ」
「なら、側面から崩します。続いてください!」
声と共に鉄熊へと突っ込んでいったのは、七佳。
光の軌跡を残しながら間合いを詰め、鉄熊の懐にパイルバンカーの先端が当たる。
「いけぇえ、っ……?!」
杭を打ち込もうとしたタイミングで鉄熊が迎撃に動いた。
回避に意識を配った分、打ち込みが浅い。おまけに回避運動も不十分でしかない。
それを補ったのは鉄熊の腕に刺さった一本の矢。
「早く距離を取って……」
呼び掛けつつ、楓は早くも次の矢を番えている。
邪魔をされた鉄熊は唸り声を上げて楓を見るが、楓はむしろ自分が撃ったことを強調するように弓を動かす。
「よそ見は……良くないですね……」
鉄熊が釣られた一瞬を突いて、ライムのスタンガンが魔法攻撃を流し込んだ。
効果は覿面で、物理攻撃では見えなかった『痛み』を鉄熊は見せている。
「やはり……魔法攻撃には弱いようですね……」
そして同じ頃、B班も鉄熊の弱点に気付いていた。
「魔法の方がよく効くようだから、清にオフェンスを担当してもらった方が良さそうね」
バックステップで、桃華が鉄熊の鈎爪をかわす。
空いた距離をそのまま活かして、ハルバードを大きく振りかぶって反撃。だが、正面からの一撃はあっさりと鉄熊の片腕によって止められてしまった。
もっともこれは囮、
「隙あり……っ」
遁甲の術で潜行していた、杏が背後から襲い掛かった。
近くにあった木を蹴り、三角飛び。目標の高さに少し足りない分は鉄熊を蹴って稼ぎ――渾身の兜割りを叩き込む!
「よっし、決まった……! きっついの、お見舞いしてやって……っ」
言葉通り、ただでさえ鈍重だった鉄熊の動きが更に鈍い。
「そうね。今のうちに――」
「叩かせてもらいましょう」
桃華と、清の強撃。
鉄熊は勢いに押されて後退るが、反撃はもう本来の力が戻っていて……近くにいた清を襲う。
「……早くも回復するとは」
とんだ怪物です、とつぶやいた清が構えたカイトシールドには北風と太陽の文様が浮かび防御力を引き上げ、鉄熊の一撃に何とか耐えている。
「けど、倒せないってわけでもなさそうね」
声と共に銃声。
次いで鉄熊が痛みを訴える。
黎は先ほどの銃撃と同じく、桃華と清が穿った傷跡を狙って銃口を向けた。
そして、仲間とタイミングを合わせて、もう一射。
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戦いは長期化していた。
とはいえ、超人的な動きを見せる彼らの戦いはまだ1分にすら達していない。
「……すごいものですねえ」
「ああ、大したもんだよ」
結城教授と緋村の視線の先で、撃退士たちは今も鉄熊と火花を散らしている――
「はぁぁ!」
急激な方向転換から、七佳が一撃。
鉄熊がこちらに意識を向ける前に距離を取る。
が、与えた傷はいずれも浅く、鉄熊の注意は真正面から打ち合っている陸刀に向かったままだ。
「どうした、そんなモンか熊ちゃん?」
当の陸刀は鉄熊の一撃を耐えて、更に挑発を加える。
「無理は……しないでください……」
その間に、ライムが傷を癒す。
が、再び起こった双方のぶつかり合いに治した傷が、また開いた。
急ぎ、B班の清からも癒しの力がとぶ。
もちろん、それは鉄熊も同じ。激しいぶつかり合いをしている以上、鉄の外皮といえども体には無数の傷がつき、
「強固な体……、でも……、同一個所を集中すれば……」
狙いを絞って、楓が矢を射た。
たがわずに傷口へと突き刺さり、鉄熊が咆哮を上げる。
含まれているのは――怒り。
それをそのまま叩きつけんと鉄熊が、陸刀に圧し掛かってきた。
捕まれば、きっとベアハッグに持ち込まれてしまう。
されど、
「ソイツを待ってたのさ!」
陸刀に浮かんだのは不敵な笑み。
交錯――そして、激しい金属音。
「私の盾は……先輩にならい……先達に磨かれたもの……」
軋みを上げているのはライムが突き出したアイアンシールドだ。
ライムがかばっているうちに、陸刀は渾身の一撃を叩き込むべく溜めを作っている。
しかし、シールドのスキルで強化されているというのに軋みは続いている。加えて、徐々に押し込まれている……。
「そう……簡単に負けるわけにはいかないのです……」
そのまま踏ん張る、ライム。
「邪魔はさせません!」
「もう少し……、引きつければ……」
攻撃を加えて意識を逸らそうとする、七佳と、楓。
「よし充分だ――喰らえッつ! 【紅咬牙】ァあああっ!!」
陸刀が飛び込んで拳を叩き込む。
インパクトの瞬間、溜めるに溜めたアウルが吹き出して一気に炸裂する。
耳鳴りを残すような轟音。
そして、鉄熊はゆっくりと後ろに倒れていった。
桃華が横薙ぎに振るったハルバードが高い金属音を上げる。
同時に憎しみの篭った鉄熊の双眸が桃華に向かった。
(来るっ!)
咄嗟にバックステップ。
それでも追いすがるように腕を伸ばしてくる鉄熊。
だが、次の瞬間には肩に銃弾の衝撃を受けて、伸ばそうとした手が止まる。
「それだけ図体がでかけりゃ、外しようがないわね」
つぶやきながら、黎は更に一射。
放たれた銃弾が今度は鉄熊の眉間に当たった。かすり傷だが、それよりも自分の行動を邪魔されるのが気に食わないのか、鉄熊の両腕がだっだ子のように振り回された。
「なんとっ!」
背後から忍び寄っていた、杏は慌てて身を屈めることで、これを回避。
「苦しくなってきたか」
ならばと、清が大鎌で鉄熊の足元を刈る。
鉄熊の意識が清に向いた。
襲いかかってくる強烈な一撃をカイトシールドと再び張り巡らした青いアウルの守りで凌ぎきる。
そして、その直後こそ狙っていた瞬間だ。
「死こそが天魔唯一の救い。故に、逝ね」
清が鉄熊の足元に残していた大鎌を力の限りに引っ張る。
耐えようと踏ん張る鉄熊の軸足に、
「そのまま倒れちゃいなよっ!」
杏の気合を込めた蹴撃。
バランスを崩して、鉄熊の腕が宙を掻く。
「鉄壁を誇るというのなら、私の持てる全力を横っ面に叩き込んであげる」
オフェンスを他の三人に任せ、攻撃の準備をしていた桃華の闘気は既に解放されて向かう先を求めている。
それらがすべて手にしたハルバードに伝わって、一閃。
溢れ出したアウルが黒い桜の花弁のようになって、辺りに舞い散った。
同時に鉄熊が地面に横たわり、
――手近な桃華へとその手を伸ばす。
「――なっ?!」
まだ、息があったとは。
鉄熊の腕にがっちりと桃華が掴まれ、更に押しつぶそうともう片方の腕も伸びてくる。
「おっと、そこまでだよ」
いつの間に近付いていたのか。
黎がシルバーマグWEの銃口を鉄熊の眼球に押し付けた。
「さすがにここは固くないのかな?」
銃声。
ようやくそれで、鉄熊は事切れた。
「ふぅ、危ない危ない。マジもんのベアハッグはゴメンだね」
続けた軽口には、同意の声が送られる。
そして、戦いは終わった。
●
「お疲れさん」
鉄熊を倒すと一般人の護衛をしていた、緋村が声をかけてきた。
傍らでは結城教授と助手が頭を下げている。
「見事な手際だったぜ。ちゃんとその辺は報酬に色を付けるように言っとくからな」
「頼んだぜ。こんだけ急いで来てやったんだからなァ」
任せろと、緋村が請け負う。
「とりあえず、これで一件落着ね……あら?」
桃華が視線を向けた先には、結城教授と助手に説教する杏の姿があった。
「調査も大事かもしんないけど、自分も大事にしなさいよ? 家族とか、いるんでしょ?」
「いやまあ、ねえ?」
「こっちに振らないでくださいよ、教授」
「ちゃんと聞いてるの?」
「「は、はい」」
「ほんと気をつけなさいよ。んでさ、護衛までつけて何の調査してたのよ?」
「聞きたいですか。この島には珍しいユリが群生していましてね。その生体もなかなか興味深く――」
話が始まったものの……止まらない。
「……ああ、そうなったら当分止まらないぞ」
緋村がさじを投げたように言う。
「これだから学者って人種は」
その様子に、黎が苦笑を浮かべ、
(まぁ、気持ちは分らないでもないけどね)
ほどほどなところで助け舟を出そうと、もう少し様子を見守ることにする。
空を見上げれば、海鳥が飛んでいた。
耳には先ほどまで聞こえていなかった蝉の声が。
どうやら、この島にも平穏が帰ってきたようだ。