●徳島へ
打ち合わせを済ませ、一同は転移装置へと向かった。
行き先は四国、徳島県。
「出来る限り情報を集めてこちらに有利な状況に持っていかないとな」
「…そうだね」
先ほどまで話し合ったことを思い浮かべ、佐藤 としお(
ja2489)と、橘 優希(
jb0497)が意欲を見せる。
調査を円滑に進めるために事前の打ち合わせを提案したのは、この二人。
お蔭で全員が、互いの調査方針について頭に入っている。
「黒髪の令嬢の方が何度か目撃されているそうですけど、何か関係があるのでしょうか」
鑑夜 翠月(
jb0681)が口にしたのは話し合いの際、よく話に上がったことだ。
(四国の地で…、一体何が…)
それらも含めて、黒椿 楓(
ja8601)は一抹の不安を感じている。
既に何かが動き出しているのはまず間違いない。問題はそれを調べ上げることが出来るのかということ。
(…少しでもお役に立てるよう頑張らなくては…ですね)
ウィズレー・ブルー(
jb2685)が密かに意気込む。
現状がどういう形であるかさえも分からない以上、時間はむだにできない。
「大丈夫大丈夫っ。悪魔とけんかするのは得意じゃないけど、こういうお仕事は新聞部にお任せっ!」
仲間たちの様子を見て、下妻ユーカリ(
ja0593)が胸を張った。
「さあ、四国は徳島にゴー。フィッシュカツにとくしまバーガー、すだちくんアイスよ待ってて」
陽気な彼女に他の撃退士は少し表情を緩めて、徳島へと旅立った。
●1日目
学園から提示された調査項目を効率よく調べ上げるため、撃退士たちは三つに分かれた。
何か判明すれば直ぐに連絡を入れることにして――
天魔事件の検証を担当する、としおと、優希は撃退署の会議室に通されていた。
二人を待っていたのは大量の段ボール箱に詰められた資料の山、山、山だ。
「……えっと、これが全部!?」
「ええ、来られるまでにもう少し資料整理をしておきたかったのですが……」
としおのつぶやきに答えて、職員は苦笑する。
更にその最中にも別の職員が台車に段ボール箱を乗せてやってくるではないか。
「……その、私も協力させて頂きますので頑張りましょう」
「……ありがとうございます」
とりあえずは礼を言ったが、優希も資料の多さに驚いていた。
抜け落ちがないよう各市町村、各機関の関係する資料をひと通り集めたため、どうしても量が多くなってしまっている。
「まずはこれを整理するしかないな」
溜息をついて、としおは優希に声をかける。
「そうですね……早速始めましょう」
こうして、二人は地道な作業へと入っていった。
対して、地元の撃退士に聞き取りを行っている、ユーカリ、楓、ウィズレーの三人は順調な滑り出しであった。
「アポをとっておいてくれたのは本当に助かるよ。これが意外とめんどうなんだよねー」
「というよりも…、現場から要望が上がっていたみたいね…」
「やはりこの地で生きている人には何か感じるところがあるのでしょう」
それぞれに収穫はあったようで、まずは三人で得たものを交換し合う。
「ディアボロの動きに何か妙なものがあるって言ってたよっ。変なところで遭遇したり、サーバントと戦闘してたり、単純に個々の事例だけ見るとそういうこともあるかもしれないけど、こう重なってくると何かあるかもって」
ユーカリが言うには聞き取りをした公務員撃退士からの意見だけでなく、又聞きではあるがフリーや企業の撃退士からも同じような話が上がり始めているのだとか。
「その話は…、うちも聞いたわ…」
考えるような仕草をしながら、楓が話を継ぐ。
「悪魔やヴァニスタの目撃例もあるけど…、目的や意図はわからないようね…」
ただの気まぐれである可能性も示唆されている。
個々の動きを聞いていると連携しているという感じはしないが……。
「私の方で得た情報も同じようなものでしたが……少し気になっていることがあります」
次いで話し始めた、ウィズレーの言葉に注目が集まる。
「……ごめんなさい。まだ話せるほど情報が集まってはいません。それに天魔事件の検証をしているお二人にも調べ物を頼んでいるところです……」
「なんだあ。結構期待してたのに」
「すいません。はっきりしましたら直ぐにお伝えしますので」
そう言いながらも、ウィズレーは心の中でこの懸念が外れることを望んでいた。
事件の起きた現場を調査に来た、蒼波セツナ(
ja1159)、Rehni Nam(
ja5283)、翠月の三人は早くも手荒い歓迎を受けていた。四つ目の現場を調べていたところでディアボロと遭遇。そして、戦闘へと突入した。
ディアボロが単体であったことが幸いして魔法攻撃を主体に近づかれる前にこれを撃破。
「早くも遭遇してしまうとは……」
セツナが武装を解いて小さく嘆息する。
素振りは自然なままで二人に目配せを、すると二人も小さな動きで応え返した。
「それにしても、こういう時は阻霊符って一長一短ですよね。使っていれば敵に撃退士が居る事がばれ、使わなければ敵に発見されたら地中からとかの奇襲を受ける。移動している時ならともかく調査中はこの制限が厳しいのです……」
言って、Rehniも溜息をもらす。
――誰かが三人を見ている。
距離があるのか、上手く隠れているのか、その姿は見えない。
翠月は自然な動きのまま二人の傍に寄って小声で話しかける。
「どうしましょう? 単独行動してから姿を消せば見つけられるかもしれませんが……」
代わりにひとりになったのを、これ幸いと襲われる可能性もある。
「いいえ、危険すぎるわ。それにまだ調査は始まったばかりよ」
「明日以降もこういうことがあるようなら対策を考えましょう」
三人は突発的な事態に備えながら、その後の調査を進める。
どこからともなく注がれる視線を感じながら――
●3日目
初日は良い滑り出しをした聞き取り班であったが、撃退士から得られる情報も大体はパターン化してきた。
悪魔たちの動きが怪しいと感じている者、そうでない者、どちらか判断がつかない者と。
「正しい判断基準になるよう多くの情報を集めなくてはいけないのはわかるんだけどね……」
班内での報告の際に、ユーカリはついつい愚痴をこぼす。
加えて、期待していた黒髪の令嬢の情報が撃退士からは又聞きでしか出てこないというのも愚痴の理由で、事件現場が市街とは離れていたため監視カメラなどの映像さえない。
「明らかにおかしいよねっ!」
「そのようね…」
楓も聞き取ったことを書き込んだノートを見ながら肯定する。
「天魔事件の検証をしている二人によると…、事件現場の近くに住んでいる人からの目撃例ばかりのようね…」
こうなってくると撃退士を避けているとしか思えない。
「何か事件に関係があるんだよ!」
と、ユーカリが確信めいた発言をしたところで、ウィズレーのスマートフォンが鳴り始めた。
「失礼しますね」
少し離れて通話を始めるが、ウィズレーの表情はみるみる曇っていく。
話していたのはおそらく5分ぐらいだが、戻ってきたときには何か悪いことが判明したのだとはっきり顔に書いてあった。
「残念ながら懸念していたことが当たったようです。悪魔たちはゲートを開こうとしています……それもたぶん複数」
ユーカリと、楓もこの話に驚きを隠せない。
「…私なら、効率的に力を吸収しそこを護る為に何処に陣地を引くか…建物や主要都市、人口…撃退士は侮れぬ存在…また別種族からの干渉も加味して、何処が一番効果的か…それを考えていたのですが」
ウィズレーはそう言って地図を開いた。
「ゲートの作成は地脈の影響を受けます……これを勘案して絞っていくと事件の起こった場所はゲートが開ける場所とかなり一致しています。狙いは きっと一つではありません」
聞き取り班との連動で、事件の検証班も一足飛びに事件の核心へと近づいていた。
(あまり頭を使うのは得意じゃないけど……やれることはやってみないと)
優希は手にした資料に方向性を持って読み進めていく。
ウィズレーからの情報によって悪魔が起こそうとしている事の外枠は見えてきた。後はその真偽を図るための情報をできるだけ多く集めなければならない。
「ちゃんと想像して……なるべくなりきるように……」
悪魔側であれば、これがゲート展開とどう関係するのか。
情報を絞り込みながら、優希は悪魔側の意図を見出そうとしていた。
対して、としおは考えていた天使側の仮説を捨てて、今は悪魔側が事件を起こした場所を重点的に追っている。
(四国での勢力拡大及びツインバベル攻略、その為の橋頭保となる主要都市へのゲート作成を目論んでいるのでは……ってところまでは合っている可能性が高いな。だけど……これは水面下でどれだけ動いてるんだ?)
地図に記された小さな点に事件の起きた日時や事件の簡略なことを書き加えていく。
ゲートも大規模になればなるほど準備期間が必要だ。
ならば、早い段階で事件が起こった怪しい場所を地元の撃退士たちには伝えておかなくてはならない。
そこに優希がつぶやく。
「この黒髪の令嬢って怪しいんだけどなぁ……何度も目撃されるって時点で不自然だし……」
「そうだな……。事件に何か関係しているのは間違いないだろう」
応えながら、としおも考える。
表舞台には出てこない――目撃例からだけでその意図を考えれば、撃退士の動きを図っているのだろうか。
(こちらを誘き寄せて……なんて事も考えたけど、裏で何かしているのか?)
「あの……」
「えっ……!?」
長く考え込んでいたのか、目線を正面に戻せば紅茶とお菓子を持った優希の姿があった。
「頭を使うと疲れてしまうから……よかったら、どうぞ…」
「あ、ありがとうございます。……ふぅ、確かに疲れが取れるな」
「あぁ……慣れない頭を使うと、本当に脳が疲れて……甘くて癒されます…」
二人ともほっと、ひと息。
僅かな休息の後、再び資料へと向かう……優希が少しうとうとしたけれど。
現場調査班は2日目にもディアボロの襲撃を受けた上に、どこからか視線を感じた。
このため3日目の夕方には、楓を聞き取り班から呼び寄せ、
「こちらです」
翠月がその姿を見つけて、ゆっくりと手を振る。
「待っていたわ」
「では、引き続き調べに行くのです」
セツナと、Rehniは楓を温かく出迎えるような感じで一瞬のブラインドを作り出す。
その隙に、楓が行使したのは索敵のスキルだ。
使ったのを悟られぬよう、四人は雑談を交わしながら歩を進めていく。
楓はその中に消え去りそうな小声を混ぜ、
「居たわ…、黒髪の令嬢よ…」
撃退士たちが注目していた人物の存在を示した。
●5日目
この日、3つに分かれていた撃退士たちは現地調査をするため、一箇所に集まっていた。
ゲート展開の危険性が高い場所を中心に7人は調査を進めていく――視線を感じ始めたのは最初の場所からだった。
調べる素振りをしながら、一気に光纏。
そのまま走り出して、遂に木々の合間にひとりの女性の姿を捉える。
女性は艶やかな長い黒髪をたなびかせて逃げようとするが、振り向いた先に翠月の姿を見て動きを止めた。
「驚かせてすいません。でも、こうしないと会ってもらえないと思ったんです」
足跡を消し、闇に潜んで、翠月は見事に背を取った。
女性が動きを止めている間に仲間たちもやってくる。
武器こそ抜いてはいないが、今までのこともあって警戒は最大レベルだ。
「はじめまして。僕は鑑夜翠月と言います」
「私はレフニー・ナムと言うのです。貴女のお名前は?」
次いだ二人の言葉に女性は微笑を返すとスカートの裾をつまんで軽く持ち上げる。
その所作は優雅という他なく。
艶やかな長い黒髪を映えさせる白いカチューシャ、蒼いコートとスカートが白磁のような肌と相まっている。
「わたくしはカルティナと申します。皆様を付け回すようなことをして申し訳ありませんでした」
いきなり謝られるとは思わず、次の言葉を発するまでに少し時間がかかった。
「それなら、どうして私たちを付け回したのか教えてほしいわ」
問いかける、セツナ。
「調査に来たのであろう皆様が真相に気付いたかどうかを知るためです」
「……っ!」
「この段階で調査が行われるとは思っていませんでした。……やはり実際に接触してみないと本当のところは分からないものですね。皆様は本当に優秀です」
再び微笑を向ける、カルティナ。
今までの発言でもう予想はついていた。だが、確信を得るために、としおは問う。
「ならば、きみは冥魔に与する者なのか?」
「はい、わたくしは悪魔です。もちろんはぐれ者などではありません」
その言葉に撃退士たちは瞬時に身構える。
「ご安心ください。ここで戦う気はありません」
「じゃあ見逃してくれるのかな?」
緊張を解かず、ユーカリの目はカルティナを捉えたままだ。
「ええ、ここで皆様を殺したとしても得た情報は既に他の方に届いているのでしょう?」
「もちろんよ。いくつものゲートを開こうとしているみたいだけど、私たちが調査したところはデータとして送ってあるわ」
デジカメを取り出して、セツナは肯定を示す。
予想も付け加えたのは相手の出方で、情報の真偽を確かめるためだ。
「その通りです。どうも他の方々は粗野でいけませんわ」
「やっぱりゲートを開こうとしてるんだねっ!」
「はい、わたくしは鳴門市というところでゲートを開きます」
「「……っ!」」
「……犯行予告とは大胆だね」
にっこりと笑うカルティナに対して、Rehniは苦笑いを見せる。
「まずいです……鳴門市といえば、今や本州と繋がっている唯一の陸路です……」
資料をあたっていた、優希がその重要性を指摘する。
「まさか物流を断つつもりですか……?」
その戦略性に気付いてウィズレーが問いかければ、カルティナがゆっくりと拍手する。
「その通りです。色々と調べましたが、糧道を断つならここが一番良いポイントのようですね」
もし、それが成れば……四国は大変なことになる。
「でも…、ここでそれを言うということは、ブラフなのかもしれない…」
が、ここで楓が口を挟んだ。
「なるほど……そうかもしれません。実と見せて虚、虚と見せて実、果たしてどちらでしょうね。まあ、わたくしは嘘などつきませんが」
くすりと笑ってカルティナは漆黒の翼を広げる。
「今度会うときはきっと戦場になるでしょう。それでは、また――」
完全に姿が見えなくなってから、撃退士たちはようやく緊張を解いた。
「……行ってしまいましたね」
「それよりもこの情報をどうするかが問題だと思うわ」
「しかし、伝えない訳には行かないだろう」
結局のところ起こったことをありのまま現地の撃退署に伝えて、撃退士たちは帰路に着いた。
果たしてこれからどうなるのか。
撃退士たちの胸中には不安が渦巻いていた――