●調査開始
一本の大通りの両側に、民家と混じるかたちで雑貨屋、洋品店、お菓子屋が並んでいる。
その中の一つのお菓子屋の前で、購入したおだんごを頬張る華成 希沙良(
ja7204)の姿があった。
「……ん……美味しい……コレ……いいな……」
希沙良の本当の目的はこの町で起こった小さな事件の真相を突き止めることだった。
その為に町の人から話を聞きたかったが、なかなかずばりとは切り出せない。
「……コレ……なんて……商品……ですか……?」と、他の商品を手に取ることで話のきっかけをつかもうとしていた。
「美味しそうに食べてもらえると嬉しいわ」
お店の人からサービスで試食用のお菓子とお茶を渡される。
「あまり無理に食べ過ぎるな」
希沙良の後ろをサガ=リーヴァレスト(
jb0805)が商品を眺める様子で自然に通り過ぎ、ぼそりと耳打ちする。
調査のためとはいえすでに自分のカバンや胃袋に相当のスウィーツを詰め込んでいる希沙良を心配しているのだ。そんなサガに希沙良は少し嬉しそうに笑む。
サガはもっと広く店の周辺の様子や商店街の人々を観察していた。
(まともに関係者に当たっても厳しいだろうしな……まずは様子を見るか)
穏やかな休日の午前の光の下で、立ち話をする人、配送車から足早に店へ荷物を運び入れる人、数人の小学生のグループなどで賑わっていた。
時間は少し遡る。
問題の町に到着した6人は、ナナシ(
jb3008)が中心になって打ち合わせをしていた。
「犯人を断罪したいわけじゃない 。ただ、つまらないきっかけでプリンが無くなるのが悲しいだけ」
淡々と、しかし、毅然としてナナシはこの調査に向き合うつもりだった。
月乃宮 恋音(
jb1221)も気持ちは同じだ。
「ただ……もしも、やらせ、だったら……やはりいけないですよね」
恋音は非常に真面目な性格だったので、わざと誤発注をすることで人々の同情を買って商品を売り出そうという行為は許せなかった。
そして手分けして行動を開始したのだった。
●情熱と疑心
秋代京(
jb2289)と長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は『ハニーイモイモプリン』を生産していた工場に向かった。
「僕たち、評判になったおいしいご当地スウィーツのことを調べているんです」
まず京が爽やかな笑顔で話す。
一見優しげな女生徒に見える面立ちの京だが、今日はきちんと制服に身を包み、真面目に何かを研究している学生風だ。
長身のもみずほも
「わたくし達はお菓子作りの現場というものの見学に来たのですわ。どうかお願いしますわ」と背筋を伸ばし堂々とした真っ直ぐな瞳で願い出た。
すると工場長は嬉しそうな笑顔になり、操業中にもかかわらず中に入れてくれた。
早速見学用に白い無菌の防護服を頭からすっぽり着せられて、大きなガラス窓で仕切られた作業場に入る。
和菓子風のお菓子を手作業で作る従業員の姿や、機械のレーンに乗って流れるスウィーツらしきものがあった。
次にお菓子の開発をする部屋に通されて、見学者用に試食品として用意されていた様々なお菓子が出された。
甘い物は正義ーーだからこそこの調査に参加した二人にとって、それは夢のような状況だった。
思わず出されるスウィーツを立て続けに平らげ、甘い食感のひとときに浸った。
しかし、調査のことを忘れてはいけない。
「大変美味しいですわ。よろしければ作り方を教えていただけません?」
一日にどういった材料をどれくらい消費するものなのか、仕入れの様子など研究熱心な顔つきで、みずほは尋ねる。
誤発注事件の時に普段と違う仕入れの量を前もって準備してあった場合、工場長が関わっていることにもなる。そうやって少しずつ核心に向かうつもりだった。
「ほおお、学生さん、勉強熱心だね」
工場長は嬉しそうな表情であらゆるリストや入荷表まで持って来て説明してくれたのだった。
(うーん、少なくともこの工場長さんは疑うところはないようですね)
お菓子はどれも新鮮な青果や野菜を多く取り入れた、シンプルながらとても美味しいものだった。
「あの、僕たち、『ハニーイモイモプリン』を一番見たかったんですけど」
京が思い切ってその名を出した時、工場長の表情が一瞬強張った。
「『ハニーイモイモプリン』、大変美味しいかったですわ。ぜひもう一度食べさせていただきたいですわ」
京が切り出したきっかけをみずほも逃さず畳み掛けた。
工場長の生真面目そうな表情がさらに厳しくなり、そして悲しげな表情となった。
「……『ハニーイモイモプリン』は、今は生産していないんだ」
ナナシと恋音が2つ目の誤発注をした和菓子屋の前を通りかかると、
「いらっしゃいませ、よろしかったらどうぞ」
店の外で商品を並べていた若旦那が、ナナシと恋音に笑顔で頭を下げた。
すらりとした体型に白い作業服、整えた短髪に白い作業帽のなかなかの美男子である。
「……あ、いえ……」
恋音は一瞬戸惑うように頭を下げ、その場は二人は通りすがりの通行人を装い離れる事にした。
ただナナシは何か確認するようにちらりと若旦那を振り返って見た。
他の客にも笑顔で挨拶する様子からは、何かを隠しているという様子はない。
ただ、若旦那もまた二人の見慣れない女子生徒の後ろ姿を表情のない目でちらりと見ていた。
ナナシは3つ目の大量誤発注をしたスーパーの内部を調べるつもりだった。
周辺を歩き、建物の様子や作業員や従業員の出入りを調べる。監視カメラの類いもなさそうだった。
「夜になったら中に忍び込む予定だったけど、これなら今でも大丈夫そうね」
「……気をつけて、くださいね……」
恋音は少し不安げだが、ナナシにとってこの程度の潜入は簡単だった。
薄暗い雑然と物が置かれている従業員用の通路や物置の部屋を慎重に見回す。
するとパソコンや帳簿らしきものが棚に並んでいる部屋があった。
部屋の中に入ると、携帯がわずかに振動した。
外にいる恋音からの連絡だと思い画面を見ようとしたが、廊下をやって来る人の気配があり、ナナシは物陰に隠れた。
事務用品が詰んであるラックの合間で息を潜めていると、人の気配はドアの前で止まった。
ドアを開けてその部屋に入って来た相手は、若旦那だった。
その頃、スーパーの店内ではサガがある女性従業員の姿を目で追っていた。
最初は店内の様子を伺っているだけのつもりだったが、その従業員が商品を落としたり、棚にぶつかったりするので自然に注意が向ったのだった。
(落ち着きのない従業員だな)
ただ、思わず視線が合ってしまった時、従業員は明らかに何か動揺するような表情を見せ、そのまま店の奥に逃げるように入って行ってしまった。
サガは首をかしげた。
(もしかして、あれが誤発注をした当人だろうか)
スーパーの事務室の物陰でナナシは息をひそめて若旦那の動きを見ていた。
「居ないのか……」
若旦那はそうつぶやくとくるりと向きを変えて部屋から出て行った。
気配が遠ざかるのを確認して、ナナシは物陰から出た。
(あの若旦那、日常的にここに入り込んでいるのかしら……)
ナナシはパソコンに近寄った。周囲に発注関係らしきメモが乱雑にはってあった。
(……発注担当の従業員と若旦那は特別な関係みたいね)
ナナシは事務所の中で二人が互いに伝言をそこに残していたり、頻繁に会っていた様子があるのを確認した。
恋音は若旦那がスーパーの裏から入るのを見てすぐ中にいるナナシに連絡したのだが、若旦那はすぐに出て来たので物陰に隠れた。
するとそこにすぐに一人の女性従業員がスーパーからやってきて、二人は何か会話を交わすと、それぞれ別れて立ち去った。
工場長の表情から、どう切り出していいものか京とみずほは押し黙った。
その京の目に、壁に飾ってあったある写真が目に留まった。
ネットで出ていた青年会の写真と並んで他にもいくつかの行事の写真があった。
熱心な様子でお菓子の開発に取り組む様子の農夫と若旦那の姿があったのだが。
「もしかして、これって……」
多くは作業服だったが、その中に少し昔の町内会の行事だろうか、派手な模様のシャツとばさばさの髪型の普段着の若旦那の姿があった。
それを見てみずほも思い出したように手元の写真を取り出して見直した。
例の農夫の昔の写真に同じような格好の若者が一緒に写っていた。
「和菓子屋の若旦那って、農夫の方のやんちゃお友達だったのですわね……」
写真に見入る京と同じことに気がついて、みずほがそう呟く。
そんな二人の様子から、工場長もようやく二人の目的に気がついたようだった。
「やはり、あんたちもネットの騒ぎを聞いて関心を持ったのか……」
工場長もあの誤発注の件は心にひっかかっているものがあったらしい。
「騒ぎが落ち着くまで商品の生産を一時的に止めているがーー」
京が工場長の気持ちをくみ取って声をかけた。
「確認してみれば、いいんじゃないですか?信じているなら……」
そして携帯で全員で連絡を取り合い、お互いの話を確認し合った。
●真相と告白
「いらっしゃいませ」
ナナシと恋音が和菓子屋に入ると、若旦那がにこやかな笑顔を見せる。
「『ハニーイモイモプリン』の誤発注の件で、伺いたいことがあります。あれは『やらせ』だったのではないか、と」
あまりに単刀直入なナナシの聞き方に、若旦那は一瞬驚いたような表情になったが、すぐに営業用の笑顔になった。
「すみませんが、あれはネットでの噂でして……」
そこに希沙良、そして工場長と共に京とみずほが入って来た。
若旦那は、お菓子工場の工場長までもが学生らと一緒に現れたことに驚いたようだった。
「工場長、どうして……」
「若旦那、そろそろ本当のことを話してくれないかね」
「私にはなんのことかさっぱり……。工場長も知っているじゃないですか、あのスーパーの女の子、時々ポカをやらかすから……」
「確かに、あの時も何かの間違いじゃないかと思った。間違いがあるとすぐに訂正のメールを入れて来るからね。しかしあの時は訂正のメールは来なかった」
その場に居た全員の視線が若旦那と工場長の対話に向けられる。
「君から『人気商品だから大丈夫、自信持ってください』と言われて、それだけの数の商品を作って納入した。無事売り切ったと聞いた時は安心したが……」
「売れたんですから、いいじゃないですか。工場長も気にしないで生産を再開すればいいのに」
まだ若旦那の表情には余裕があった。悪い事はしていない、という姿勢のようだった。
そこにサガがスーパーの女性従業員を連れて来て入って来た。
「若旦那さんが呼んでいる、と言われてこの人に連れて来られたんですけどお……」
「この件が良く解決すれば、更に地域の活性化になる…是非事実の確認に協力して欲しい」
おどおどしている従業員にサガが落ち着いた口調でお願いすると、従業員は顔色を変えた。
「もしかして……誤発注のことですか?お店でもアタシのこと、見ていましたよね、……アタシ、クビになるんですか?」
「……ただ、本当の、話が、……聞きたいだけですよ」
恋音が落ち着かせようと柔らかく話しかけたが、工場長も居るのを見て従業員は涙目になった。
「……ごめんなさい、クビにしないでください……」
完全にサガをお店側か何かの調査員と思い込んでいるらしい。
「あの時も、アタシはすぐに訂正するつもりだったんですう……でも、若旦那さんが……」
若旦那の表情から笑顔が消えていた。
何かいつもと様子が違うことは感じていてらしい。
「全部あなたが仕組んだんですね。お友達と、工場長の為に……」
ナナシが静かに確認すると、若旦那は頷き、ようやく本当の言葉を漏らした。
「まさか、あそこまで広がるとは思わなかったんだ……」
農夫と誤発注をした従業員は悪くない、と最初に前置きした。
最初の小さな誤発注の話を聞いて、自分の店で試してみようと思ったのだと。
実際それで商品が売れた。
「工場長と、あいつが一生懸命だったから、どうにかして、『ハニーイモイモプリン』を広めたかった……」
「あいつ」というのがあの農夫である事をその場に居た全員が感じた。
スーパーの女性従業員とは、時々事務室で会う仲だった。
その時従業員が数字を間違えて打ち込んで慌ててすぐに取り消そうとしていたが、それを止めた。
「……スーパーなら出入りする客の数も多いから、数が増えても大丈夫と思ったんだ」
ただ、次第にネットで「やらせ」の噂が広まり出して、初めて考えが甘かったことに気がついた。
「あいつも気づいていたかもしれない。それでも、何も言わなかった……」
恋音達の頭に浮かんだのは、事件にも何も関知せず、ただ黙々と畑を耕し、美味しい野菜を作ろうとする農夫の姿だっだ。
やっぱりそうだったか、という工場長の失望の色は隠せないようだった。
「だが、これですっきりしたよ。もう一度やり直そう」
「……良いものでなければ、それでも売れないですよねぇ……」
「商品の価値は確か」、そう感じていた恋音だったが、工場長の今の言葉で確信した。
『ハニーイモイモプリン』の美味しさにはいろんなものが詰まっていた。
ただ、少し間違ってしまった。
「……この町の、いろんな……お菓子、とても……美味しいです……この和菓子屋さんの、お菓子も……とても」
「その中でも『ハニーイモイモプリン』、本当に美味しかったですよね……」
「この町のお菓子はとてもヘルシーですわ。『食べても太らない、健康にいい』というキャッチコピーはいかがでしょう。私が口コミで宣伝してあげますわ」
希沙良、京、みずほの温かい言葉と全員の真剣な表情に、若旦那は深く頭を下げた。
工場長と和菓子屋からお詫びの品としてお菓子をたくさん持たされて調査は終了した。
まかりはやはり「やらせ」が存在したことは残念がったが、事態を見守ることにした。
「良い方に向う事に、今は祈るだけですね……」
そしてまかりもお土産としてスウィーツイベントの大量のお菓子を買って来ていて、みんなで盛大にお疲れ会をした。
数日後、お詫びの文章とともに今回の騒動の真相を若旦那はブログで発表した。
ただすぐに『ハニーイモイモプリン』の生産を再開、という流れにはならなかった。
もう少し研究して更にヘルシーさを盛り込んだ商品として開発するのだという。
小さな町はようやく小さな荷物を下ろしたのだ。