●事前準備
夏の酷暑は過ぎ、だんだんと夜風が辛くなってくるこの時期においても変態はやってくる。
新たな犠牲者を増やさないためにも、早急な対処が必要であった。
「ん、魔法少女としては変態さんは野放しにはしておけないね」
猫野・宮子(
ja0024)は仲間達の電話番号、メールを確認しながら言った。
現在一同が集まっている場所は、住宅街の中心に位置する交番である。
元から警察が依頼したものであるため、警察官達はみな協力的だ。拠点とするにも不足はない。
「しかし、春先じゃありませんでしたっけ?こういった変態が増えるのって」
「そうだねぇ。もう寒くなる時期なのに。お腹痛くならないのかなぁ、変態さん」
「……そこは心配するところなんですか?」
アンナ・ファウスト(
jb0012)は首を傾げる。
それに答える形で捌拾参位・影姫(
ja8242)は独特の感性で変態を気に掛けるのだった。
「変態……頑張って……捕まえ……なきゃ……」
一方、準備したロープと携帯電話の状態を確認していた浪風 威鈴(
ja8371)はいつも以上におどおどとしていた。
なぜなら。
「でも……変態……を……捕まえるにも……裸……見る……んだよね……。はぁ……」
思わずため息がこぼれる。
そもそもが人見知りで男性と積極的に接触する機会の少ない彼女である。
今回の依頼では、男性の裸を見てしまう可能性が少なからず存在する。
どうしたものかと思っていると。
「え、えと……どうかしましたか?」
威鈴のブルーな気分が伝わったのか、佐野 七海(
ja2637)が心配そうに声を掛けてきた。
「七海は……男の人……の……裸……とか……大丈夫……なの?」
「私ですか?えーっと、その……何と言いますか……光纏中なら見えますけど……それ以外なら元から見えませんし」
そう言いながら彼女は包帯で覆われた目と、白杖を示した。
彼女は先天的に視力を失っている。見ようと思わなければ、見なくても済むと言えるだろう。
だが、彼女が落ち着いている理由はむしろ別のところにあった。
「その……男の人の裸は見慣れてますから」
「「え!?」」
七海の「見慣れている」発言に一同は驚きの声をあげ、一斉に彼女へ振り向いた。
いきなり注目の的になった七海は焦って、
「あ、あの……お兄ちゃんのをお風呂で……という意味ですよ?」
とあたふたしながら弁明するのであった。
●変態が襲うのは……?
夜の住宅街は意外と明るい。
街灯があるからだけではなく、家々からの明かりが道路に漏れ出しているからである。
一軒の民家の屋根から、一人の男が道路を見下ろしていた。
彼の目線の先には、明かりに照らされる中を歩く少女がいる。
周囲に誰もいないことを確認すると、彼はサングラスをかけた。
ハンチング帽とマスクのズレを直して地面に飛び降りる。
着地と同時にすばやく少女の後方10mほどの距離まで近づくと、呼吸を荒くしたまま彼女の後を付け始めた。
別に息があがっているわけではない。これから起きる事を想像しているのである。
ワザと足音を鳴らして、少女にこちらの存在を気づかせる。
足音に気づいて後ろを向くだろうが、そこはスキルで気配を消したうえですばやく物陰に身を隠す。
気味悪がって後ろを気にしだしたところで、相手の前方に飛び出して露出を行うのだ。
少女は前を見た瞬間に男の裸を目に入るだろう。
一瞬なにが起きたのか理解できない少女に声をかけると、悲鳴をあげて彼女は逃げ出す。
その瞬間こそ、彼がもっとも興奮する時であった。
一連の行為を想像して思わずコートの一部が盛り上がる。気を取り直して彼は少女の後を追いかけるのであった。
コツコツと音を立てて忍び寄る。
足音に少女は足を止めた。
素早く身を隠すが、少女は振り返らない。
「……?」
不思議に思いながら再び足音を鳴らして近づくが、少女は相変わらず振り返る様子はなかった。
(まあいい。それなら……)
と彼は一気に少女の背後まで近づく。
そして、
「なぁ、お嬢ちゃん」
と声を掛けた。
少女は「はい?」と振り返る。
そのタイミングを狙って、彼はコートの前を開いた。
一瞬の静寂の後、彼の耳に少女の可憐な悲鳴が鳴り響く……はずであった。
「……?」
いつまで経っても、何の反応もない。
少女――佐野七海は悲鳴をあげるどころか「……あれ?」と彼の股間じっと見つけていた。
そして、ぽつりと。
「お兄ちゃん、より……小さい」
「な、なんだってー!!」
●大捕り物開始
変態の気配を背後に感じ取った七海は、ポケットの電話を通話状態にするとそのまま歩き続けていた。
もともと「見て確認する」ということがほとんどない彼女にとっては、たとえ光纏中で目が見えている状態でも足音程度で後ろを確認することはない。
なので無警戒な様子を装いながら、気配を頼りに変態が接触してくるのを待っていたのだ。
「あ、えっと……」
七海はショックを受けている男をそのままに、まずは男のコートを掴む。
そして。
「えっと……静かにしないと“フノウ“にさせちゃいますよ?」
「ちょ、この子サラッと怖いこと言った!……て、ヤベ」
七海の手からバチバチと電気が走るのを確認すると、男は急いで逃げようとする。
しかし七海の『スタンエッジ』の方がわずかに早い。
「あばばばばばば……!!」
コート越しに男の素肌へ電流が流れる。
体中に痺れが走る中なんとか七海の手を振りほどくと、男は一目散に駆け出した。
「くそ、まさかあいつも撃退士だったとは!こうなったら一度トンズラして……」
「そうはいかないにゃ♪」
「!?」
男が逃げようとした道を塞ぐように、ひとつの人影が立ちはだかった。
その人影は月を背景に猫耳と猫尻尾をつけ、ポーズをとっている。
その正体は――。
「魔法少女マジカル♪みゃーこ!ただいま参上にゃ♪」
まるでどこかからテーマソングが流れてきそうな宮子の登場シーンに、男は呆気に取られて足を止めるのだった。
それと同時に、開かれたコートの前がはらりと翻る。
「に゛ゃ!?」
宮子の視界に、男の象徴が目に入った。
一瞬の硬直の後、
「きゃー!!(///)」
宮子は悲鳴をあげて顔を背ける。
男は待ち望んでいた反応に笑みを浮かべるが、それはすぐに真っ青な表情へ変わることとなった。
宮子は懐からオートマチックP37を取り出した。
「きゃー!!(///)きゃー!!(///)きゃー!!(///)」
ダァン!ダァン!
ダァン!ダァン!
ダァン!ダァン!
「おわ!?あぶねっ!?」
思わぬ反撃に男は必死に銃弾を避け続けた。
やがて宮子は気が済んだのか「はー、はー」と肩で息をすると、
「へ、変なもの見せないでよね!今度は本当に当てちゃうよっ(///)」
と顔を真っ赤に染めて抗議するのであった。
一方の変態はというと、
「ヤベェ……逃げねぇと殺される!」
銃弾の雨が治まったのを確認した瞬間、民家の壁を走って逃走を図った。
「にゃ、逃げるんじゃないにゃ!変態はここで確保なのにゃ!」
宮子も急いで後を追おうとする。
が。
「……って、だから変なの見せるんじゃないにゃー!(///)」
コートを翻しながら走る変態目掛けて、再び銃弾の雨を変態に浴びせかける。
その合間を縫って男はひたすら走るのであった。
とある民家の屋根に登ろうとしたところで。
「おわ!?」
その足元に忍苦無が突き刺さる。
屋根の上には、男を待ち構えるように立つ影姫の姿があった。
しかし影姫は“何か”に興味を引かれ、すぐに捕まえようとはしない。
「この人が変態さんかー。どれどれ……」
彼女は屋根の上からじっと足を止めた変態――特にコートの隙間から垣間見える体――を見続けた。
単なる好奇心からの行動であるが、今の変態にとってそれは警戒を与えるには充分なものであった。
「くそ、こっちにもいやがったのか!」
急いでコートの前を閉じると別の方向へ逃げようとする。
「あ。待って……」
それを追いかけようと、影姫は屋根の上から「えい!」という掛け声と共に変態目掛けて飛び降りた。
男を照らす光が小麦色の肌に遮られると同時に、
「え……ぐはっ!」
男は影姫を背中から受け止める形で倒れこむ。
背中に柔らかな双球の感覚を受けるが、それを気にしている余裕は男にはない。
「ぐ……離せ!」
「きゃっ!?」
なんとか力任せに影姫を突き放すことに成功するも、今度はその目の前を『エナジーアロー』が飛来する。
それは男の退路を塞ぐ形で立つアンナが放ったものあった。
彼女の目は冷ややかなもので、まるでカラスに荒らされたゴミ袋でも見るような目で男を見つめていた。
「あなたが露出狂でロリコンの変態ですか。救い様がありませんね。死んだ方がいいのでは?」
「は?」
出会い頭に辛辣な言葉を放つアンナに、男はつい逃げようとする足を止める。
「ですから、死んだ方がいいのではないですか?むしろ死んでください。そんな貧相なモノを見せびらかして楽しいんですか?終わってますね、変態」
「な、なんだと……どこが貧相だオラァ!」
アンナの口撃に激昂した変態は閉じたコートの前を開く。
それを見たアンナは冷静に「はぁ」とため息をついた。
「やはり貧相ですね。終わってます。汚物は消毒しないといけませんね」
言って、火炎放射器を取り出した。
「せっかくなので暖かくしてあげます。今の季節はもうコート一枚では寒いでしょう?感謝してください」
「ちょ、おま!?」
ゴォァ、という発射音と共に銃口からアウルを変換した炎が飛び出した。
「ひ、ひーー!」
「駄洒落を言う程の余裕がまだあるんですね。逃がしませんよ」
炎に煽られて右往左往する変態の動きを銃口でコントロールする。そうして段々と袋小路まで追い詰めたところで。
「ここだ……!」
気づかれないように接近していた威鈴はロープで変態の足を引っ掛ける。
男は「ぐがぁ!?」と盛大にすっ転ぶのであった。
すかさず威鈴は男に馬乗りになり、ハンドガンを男に突きつけた。
「そのまま動くなよ。この変態」
額に銃口を付けるとそのままロープで男の両腕を縛り上げようとする。
彼女は銃を持つことで、普段のおどおどとした態度を豹変させる。
しかし多少強気になった威鈴ではあったが、その本質が変わることはない。
基本的に初心なところがある彼女は、銃を突きつけたまま男をうつ伏せにさせようとしたところで。
「……!」
コートから垣間見える男の肌に一瞬動きを止めた。
それを見た男は「な、なぁ……」と威鈴に声を掛ける。
「ス……スケベし……」
威鈴は無言でハンドガンの引き金を引いた。
●変態を捕まえた!
威鈴の放った銃弾は、紙一重で男の数cm横の地面を穿った。
目の前の発砲に変態は盛大に悲鳴をあげると、そのまま気を失ってしまうのであった。
そのまま一同は変態の全身をロープで縛り上げると警察に突き出した。
ちなみに縛り方は亀甲縛りである。
「人を縛るのこう云うのが良いって本で読んだけど……何かおかしかったにゃ??」
苦笑いを浮かべて男の引取りを行う警察に、宮子は笑顔で言うのであった。
「は……恥ずかし……かった」
変態に直接声をかけられた威鈴は、未だに頬を赤く染めている。
「えっと……こういう時は犬に噛まれたと思うといいって誰かが……言ってた……ような?」
「……あり……がとう」
そんな彼女を励ますように七海は声を掛けるのであった。
「しかし、変態はいったいどんな顔をしているのか興味がありましたが……」
アンナはデジカメの写真で変態の顔写真を撮影していた。
今は証拠品として警察に提出しているが、その顔を思い出す度に首が傾げる。
「それなりにはいい男だというのに……なぜあんなことをしたのでしょうか?」
男の素顔は目元や鼻筋のすっきりした、俗に「イケメン」と呼ばれてもいいレベルであった。
そんなアンナの疑問に影姫は、
「なんでだろうねー。イケメンなら許されるとでも思ったのかな?」
とおっとりとした様子で言った。
「それは……どうなんでしょう?」
アンナの疑問はさらに深まる。
何はともかく、こうして住宅街を騒がせた変態事件は幕を降ろしたのであった。