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トンボ型のディアボロが現れたという知らせを受け、一同はデパートの屋上に集まった。
「皆様よろしくお願いします。今回は皆様の援護に回らせていただきます。戦闘は慣れてないもので、ごめんなさい……」
そう言って集まった面々に向け、皇 伽夜(
ja5282)は行儀良く頭を下げた。
「うん、よろしく!誰だって最初は慣れないものだよ。あまり気にしなくていいと思うよ」
そう言って高峰 彩香(
ja5000)は元気良く挨拶を交わした。
「……屋上遊園地、か。最近は余り見掛けなくなったけれど、ある所にはあるものね」
巫 聖羅(
ja3916)の脳裏に、過去の思い出がよぎる。
彼女の母親は、彼女が物心着いた時には既に亡くなっていた。父も多忙を極めており、家族揃ってどこかに行くという事はできなかったのだ。
そんな中、彼女の兄は幼い彼女の手を引いて連れて行ってくれたのが、近くにあったデパートの屋上遊園地であった。
幼い彼女は夢のある空間を楽しみ、そして笑っていた。
それがどうだ。
今目の前にしているのは、その夢に圧し掛かるように飛び回るディアボロの姿である。
「――夢を壊させたりはしない。絶対に……!」
思い出を胸に、彼女は固い決意を結んだのだった。
「まぁ、流行の遊園地とかに比べたら、さすがにショボいな。けど、経営者のおっちゃんの言う事も解らんでもない。
よっしゃ、うちらに任しとき!天魔の1匹や2引き、軽ぅ捻ったるわ!」
そう熱く意気込む烏丸 あやめ(
ja1000)の横で、黒椿 楓(
ja8601)は
「天魔がいれば狩るのみ……。うちの仕事はそれだけ……」
と冷静に戦いの準備を始めた。
そして鴉乃宮 歌音(
ja0427)は
「しかし、ディアボロ一匹とて油断してはならない。透過能力で遊具をすり抜けるとなれば、
それを盾にされることだってある。このように厄介な状況もあるのだ」
と状況を分析していた。
だが、その姿はキャスケットを被り、へそが出るタンクトップに短パンというガールズカジュアルファッションである。これから戦闘という雰囲気ではない。
しかも彼女、いや彼が肩に担いだバックからは水筒が覗いていた。
「では、仕事を始めよう。遊びたいし」
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トンボ型のディアボロは縦横無尽に屋上遊園地を飛び回る。一同は遊具を傷つけないようにトンボを誘導し、戦闘を行うのだった。
「……鬼さん此方、手の鳴る方へ……ってね。――さぁ、こっちにいらっしゃい!」
聖羅はトンボ目掛けて烈風の忍術書が生み出した風の刃を飛ばす。
それを見てトンボは風の刃を回避するように飛び、聖羅に向けて体当たりを仕掛けた。
聖羅を攻撃して再び飛び上がろうとしたトンボだったが、その鼻先に向けて一本の矢が飛来する。
「次はこっちよ……」
楓はトンボを『挑発』する。
楓を注目したトンボが楓の方向に飛ぶと同時に、楓は遊具の物陰に隠れるように移動するのだった。
「はいはい、ちょっとごめんなー」
その瞬間『壁走り』によりモノレールのレールを足場にして、トンボの目の前を通るようにあやめが飛び出す。
そして自分の身長より長いデビルブリンガーの刃をトンボに向けて繰り出した。
トンボは自慢のすばしっこさでそれを避ける。
だが、あやめも自慢の機動力でトンボを追い掛け回す。
そうやってトンボはカート乗り場に誘い込まれる形で飛んでいったのだった。その瞬間、歌音は持っていた阻霊符を発動する。
「これで透過能力は使えないね。これ以上好き勝手に暴れさせはしないよ」
そう言って彩香はワイヤースタンガンのワイヤー針をトンボに向けて射出した。
『挑発』するような攻撃により、トンボは彩香に向かって体当たりを仕掛ける。
しかし。
「このチャンスを逃す訳にはいかないね。一気に叩き落させてもらうよ!」
トンボが体当たりするのと同時に『フレイム&ゲイル』によるフェイント攻撃を放った。
思わぬ迎撃を受けてトンボは激しく上空を飛び回る。
混乱して無茶苦茶に飛行するトンボだが、その姿は幻視凶弾『狙撃手』を構える歌音にとっては格好の的でしかない。
「『目標補足』」
狙いを定め、クロスファイアの引き金を引く。
銃弾は次々とトンボの羽根を貫き、機動力を奪っていった。
「招かれざる客は退場のお時間よ?――滅しなさい、冥魔……!!」
「その忌まわしき両翼……、封じて煉獄へ誘ってあげる……」
聖羅も後方から風の刃を射出、続けて楓もトンボの羽根を集中的に攻撃していった。
瞬く間にトンボの羽根はボロボロになり、飛ぶのがやっとという状態にまで体力が落ちてしまう。
そしてトンボの後ろから忍び寄るように、『小天使の翼』で枷夜は近づいていった。
「透過……厄介な能力ですね……ですが」
その手にはデパートから借りた園芸用のネットが握られている。
「これなら……!」
枷夜はネットをトンボに向けて放り投げた。
不意に投げ込まれたネットを頭から被ってしまう。
本来ならこのようなネットは簡単に喰い千切ることはできるだろう。しかし、先程から執拗に羽根を狙われていた直後であった為ネットに意識が追いつかず、トンボはすぐにネットを破くことができずにいた。
「よっしゃ、ナイスや枷夜姉ちゃん。あとは任せとき!」
そう言ってあやめはモノレールのレール上から飛び上がった。
視界の下には、ネットの中でもがくトンボを捉えている。
「これでも喰らいや!」
トンボがネットを破いた瞬間、デビルブリンガーによる『兜割り』がトンボの脳天に直撃した。
大鎌の刃はトンボを真っ二つに割り裂く。
トンボは断末魔をあげることも無く、床の上に堕ちたのだった。
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「皆さんありがとうございました。おかげ様でお客様や遊具への被害は最小限で済みそうです。
お礼と言っては何でしょうが、本日は屋上遊園地を皆さんの為に貸切にいたします。
もちろんお金を取ることはありませんので、どうぞお楽しみください」
経営者はそう言って一同に頭を下げた。
どちらにせよ、このディアボロ騒ぎで今日一日はデパートを開けることができない。
ならば事件を解決してくれた撃退士の皆さんに、心行くまで楽しんでいって欲しいということらしい。
ちなみにディアボロを倒した際、ディアボロに破られたネットに関してはサービスしてくれるとのことであった。
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「…………」
あやめは機械にメダルを投入すると、じっとその挙動を見つめた。
メダルは受け皿に落ちる。その目前に山となったメダルが、壁に壁に押される形で積み重なっていた。
投入されたメダルは、山に押されて順々に下へ落ちていく。
途中ルーレットを回すバーにメダルが当たった。その瞬間、正面のディスプレイに表示される3桁の数字を並べたルーレットが回りだした。
左の数字が7、中央の数字も7を指して止まる。
『Reach!』
スピーカーから流暢な音声が流れると共に、リーチ演出が始まった。
「よっしゃ……っ!こいっ……!今度こそ……っ!」
演出が終わり、遂に数字が止まる。
ざわっ……!
ざわっ……!
表示は……「5」っ!
『Oh,Sorry』
「ああー!なんでやー!」
機械の発する声と同時に、あやめは大声をあげて顔を覆った。
最初は500枚あったメダルは、すでに50枚を切ろうとしている。
「あかんっ……勝てんっ……!いや、耐えることなくして勝利はないっ……!!勝つんやっ……!」
そうやってあやめはを帰る時間ギリギリまでメダルゲームで遊びつくしたのだった。
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彩香はアーケードゲームが置かれている場所を歩いていた。
最新機種こそ置いていないものの、もう普通のゲームセンターには置いていないような古いゲームがそこかしこで稼動している。
「せっかくだから、普段滅多に遊べないゲームを心ゆくまで楽しませてもらおうかな、と……あ、これなんかいいかも」
そう言って彩香は筐体の前に置かれた椅子に座り、スタートボタンを押した。
「この、鎧を着た男の人が主人公かな?で、さらわれたお姫様を救いに行く感じ……?」
騎士のような主人公を操り、2Dの横スクロール画面を進んでいった。
「あ、鎧脱げちゃった……って、この赤い敵強いな、このっ!このっ!」
画面内ではパンツと兜のみになった主人公に対し、赤い悪魔のような敵が左右に飛び回って襲いかかってくる。
そして、そのまま体当たりを受けると主人公は骨になってしまった。
「んー、これは難しいなぁ。他には何が……あ、格ゲーだ」
彩香は隣の筐体に移る。
それはキャラクター3人を選んで1組とする、当時としては画期的な格闘ゲームであった。
「やっぱりグラフィックとか古いね。コンボもあまり繋がらないし……でも結構面白いな、これ」
数分程操作を繰り返して、彩香はゲームの特性を理解する。操作性はシビアだったものの、1、2時間程かけてそのゲームを制覇したのだった。
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枷夜はメリーゴーランド、観覧車、モノレールと乗り物に乗って遊んでいた。
その様子は小学生らしく、年相応の笑顔を振りまいている。
他人から見れば良い所のお嬢さんのようであるが、その出自は暗い。あまり家族と一緒にお出かけ、ということはできない日々を過ごしてきた。
そんな過去を感じさせないくらいに、彼女は今という時間を楽しんでいるのだった。
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高校生となった聖羅にとって、その動物カートはあまりにも小さかった。それでも、彼女にとっては充分満足げな様子である。
カートに乗る聖羅の脳裏に、夕焼けのイメージが浮かび上がった。
忙しい父親に代わって幼い自分の手を引き、近所のデパートに連れて行ってくれた兄の姿。
動物のカートに乗せてくれた時も、恐々とカートのハンドルを掴む自分の手に、兄はそって暖かい手を重ねてくれた。
大きくなった今も、それは彼女にとって宝物に等しい思い出であった。
カートを降りると、彼女はモノレール乗り場へ向かう。モノレールは聖羅を乗せ、ゆっくりと出発した。
ここのモノレールは規模そのものは小さいものの、デパートの高さと相まって周辺を一望することができる。
遥か彼方に見える山の稜線を臨み、彼女は
過去の夕焼けに思いを馳せるのだった。
「……過ぎ去った時間――此処にはノスタルジアがある」
ふと、自分が小さくなったような気がした。
隣の座席を見る。
そこには――。
「…………」
――いつまでも変わらずに居て。
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「おお、動く動く」
中華風の音楽を鳴らしながら、パンダのカートはお嬢様座りで可愛らしく座る歌音を載せて進む。
「パンダが流行ったのはいつだったかな」
そんな事を考えていたら、不意にパンダは動きを止めてしまった。
「おや、もう終わりか」
歌音は渡されたコインを投入口に入れる。
パンダは再び動き出した。
メロディと共に飾り物の足を動かし、パンダは進む。
しかし、1分経つとまたパンダは止まってしまうのだった。
「思ったより早く終わってしまうのだな。これはまいった」
と、あまり困ったように見えない表情でカートを降りるのだった。
休憩と称し、ベンチに座る経営者と楓の元に歌音はやってきた。
バックからクッキーと水筒を取り出すと、ベンチの前にあるテーブルにそれらを広げる。
「如何かな?」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」
「ありがとう……」
「そういえば、オーナーは屋上遊園地に思い出があるそうだね。よかったら、聞かせてもらってもいいかな?」
「私の思い出、ですか。そうですね……。今はデパートの経営者として一応成功はしてますが、昔はひどく貧乏な暮らしをしていました」
経営者は昔を思い出し、遠い目で語りだした。
「その日一日を過ごすのが精一杯で、遊園地というものは、どこか違う世界にあるものだという感覚でした。
それは私だけでなく、学校でだれそれが遊園地に行ったとなれば、クラスの同級生と一緒にいいないいなの大合唱でしたよ。
そんなある日、両親が遊園地に連れて行ってくれると言うのです。
わくわくしながら着いて行ったのが、隣町にあったデパートの屋上遊園地でした。
両親にとってはこれが精一杯だったのでしょうが、幼い私にとっては充分に夢のような時間を過ごすことができました。
今では家庭の事情も当時とは違っているでしょうが、子どもに夢を与える役目は変わっていないと思います」
経営者の話を聞き、歌音は「ふむ」と頷いて紅茶を口にした。
「昔があるから今がある」
子どもを楽しませるというのは、今も昔も変わらない。
そんな風に考えていたところで、
「屋上遊園地……旧時代の遺産……」
と椿はぽつり、と呟いた。
ベンチに腰掛けてブラック珈琲を飲む彼女は、周りを眺めながらゆっくりと言葉を続けた。
「だけど……願わくばこの地が夢を保ったまま、末長く残りますように……」
徐々に日は西に傾いていく。
もうじき夜になるというところで、今日はお開きとなった。
それぞれの思いを胸に、撃退士たちはデパートを去る。
これからもこの屋上遊園地は、子ども達に夢とかけがえののない思い出を与えてくれるだろう。