山頂に至りて眼下を臨む。
昇る光は異界の扉、天使の作る門《ゲート》の灯。
嗚呼、如何にして鍵を壊さん。此れに挑むは精鋭なる撃退士達、守るは天使の乙女。
さあさあ皆々様、お立合い――。
●
「よし、これで戦闘には支障がないはずだ。存分に戦ってくれ」
自前の救急箱で只野黒子(
ja0049)の傷を治しつつヴィルヘルム・柳田(jz0131)は言った。
「ありがとうございます」
黒子は丁寧に礼を述べる。それに対しヴィルヘルムは「いや」と首を振った。
「礼には及ばない。もともとこの為に僕は居るんだ。それより――」
視線を降ろす。そこには色褪せた山の木々がそびえていた。
その中の一角。麓にある神社から光の柱が伸びる。それこそ、彼らが目指す枝門ゲートの「コア」の輝きに他ならない。
「責任と大義……それを為し、そして報いる為に作られたものですね」
イーファ(
jb8014) はひとり呟く。
「これこそが貴女の信念……」
天使の血を引き継ぐ彼女。そんな彼女の前に立ち塞がるルーツ。
「やれやれ……やっぱりコア破壊は大変さねぇ、ふぅ」
その一方、溜息をつくのは九十九(
ja1149)である。コアは天魔にとっては一種の“砦”でもある。
それを壊すのは並大抵の努力ではいかないだろう。加えて彼には研究所での思い出がある。
「あの天使にもムクドリにも以前の借りは返し終わってないしねぇ……とりあえずお仕事しますかねぃ」
ここで負ける訳にはいかない。それが両者に共通する“思い”である。
「あれがコア……だよね」
山の頂上から麓を見下ろしながらRobin redbreast(
jb2203) は言った。コアが放つ光は畏怖すら感じられる。
同時に彼女は気づいた。山中に何やら蠢く存在。
それは狼男――ライカンスロープ――の群れ。おまけに鳥の羽ばたきと地面に走る無数の隆起。
「山中はサーバントだらけみたいだね」
「敵さんも死に物狂い、かの」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547) が応える。一筋縄ではいかない、というのは全員の考えであった。
「あれを破壊してしまうことか。それとも彼等を乱して、まだ見えぬ仲間に繋ぐことか……まだ増援は来ないのかい?」
那斬 キクカ(
jb8333)の問いにヴィルヘルムは「ああ」とだけ答えた。
コアの守りは厳重だ。おそらく、今ここにいる手勢だけでは壊せないだろう。
だから頼んだ。市街地でハントレイと相対してきた戦力を増援として。
「僕はここに残って彼らを出迎えることになる。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
「ここで暮らしている人達の為に、譲る訳にはいきません!」
淀む空気を払拭するように木嶋香里(
jb7748)は気合を入れた。
「あれこれ考えていたら先に進みません!まずは前に進みましょう!」
「ああそうだ。全力でぶちかます!!」
それに呼応するように獅堂 武(
jb0906)は拳を鳴らす。そんな2人にキクカは軽く笑みを浮かべるのだった。
「いずれにせよ、私達の役は進まなくちゃ果たせないかな」
戦いの行方は誰にもわからない。しかし全員が分かっていることがある。
もう後には引けない。
「準備はいい?」
頷く。かくして危険な山下りは始まった。
●
頂上を降り始めて数分。前方を眺めていたロビンがふと立ち止まった。
「この音は……10羽近くはいるのかな」
背伸びして確かめる。姿は見えないが、風に揺れる梢の音に紛れて多数の羽ばたきが聞こえてきていた。
「私が確かめてきます」
そう言うイーファは光の翼で飛行しつつひっそりと“索敵”する。
「確かに来てますね……注意をお願いします」
「わかった」
彼女の隣を飛行していたキクカが頷く。しかしイーファの「待ってください」という言葉ですぐに振り返る。
「地上からも何か来てます。あれは……狼?」
「間違いない、ライカンスロープだね。下に伝えてくるよ」
急ぎ地上に降りる。キクカの報告を聞いた獅堂はさっそくショットガンを取り出す。
「来やがったな。まとめてぶっ飛ばす!」
まもなくして羽音が近づいた。枝をすり抜けながらムクドリが飛来する。
魔力を持ったつむじ風が獅堂達に襲いかかる。しかし立ち止まらない。
「ここで止まる訳にはいかないんだ!道を開けやがれ!」
お返しとばかりに散弾を浴びせかける獅堂。ムクドリは旋回をして引き返した。
代わりに現れる狼男の群れ。敵は撃退士達に並走する形で山肌を駆け下りている。
いつ来る?まだ来ない?否。すでに敵は近づいていた。
「獅堂さん地面です!」
「ムカデか!」
香里の声に獅堂は慌ててバックバックステップ。その足元からセンチピードが飛び出してきた。
巨大ムカデの大顎がぎちぃ、という音色を奏でている。
「お見通しですよ!」
シールドを構えた香里が獅堂の前に飛び出しムカデの顎を受け止めた。金属質の音と、歯噛みする音が響く。
「よっしゃ、そのまま抑えててくれ!」
彼女の横をすり抜けて獅堂が飛び出した。ショットガンを素早く紅炎村正に変え、すれ違い様にムカデの体を一閃。
火花が散る。手応えはあった。しかし刃は背中の外殻に阻まれ致命傷には至っていない。
――ぎぃ。
ムカデは軽く呻くと、そのまま地中へと潜り込んだ。
「ちぃ、仕留め損なったか」
「足を止めてはならぬ!」
林間を雷が迸る。並走していたライカンスロープへ雷遁・雷死蹴で突き抜ける虎綱であった。
「神社はまだまだ先に御座る!飛ばすで御座るぞ!」
「虎綱様!」
「おっと!?」
黒子の声に虎綱は咄嗟に飛び退いた。その跡を狼男の腕がすり抜けていく。
返す刀でライカンスロープの後ろ足を切り付ける虎綱。しかし敵の動きも素早い。
手裏剣の刃を避けると同時に距離を開け、すでに追撃のモーションに入っている。
「狼男の一撃離脱に注意してください!危なければ私が牽制します」
「任せたで御座るよ只野殿――ぬぅ!?」
瞬間、彼は両手をクロスして顔を覆う。正面から強烈な風が吹き抜け、腕に無数の切り傷が走る。
「ムクドリです!一ヵ所に固まらないで!」
黒子が叫んだ。気づけば獅堂と虎綱の位置が近い。2人は示し合わせたようにお互いの距離を取る。
事前の話し合いが完璧。それ故のチームワークであった。
「そちらは私達に任せてください!」
宙を飛ぶイーファがムクドリの群れに矢を放つ。その少し離れた位置でキクカも扇を投げてムクドリの意識を向けさせていた。
「こっちだよこっち!」
鳥達の視線がが彼女らに集中している。
旋回。そして羽ばたき。複数の鎌鼬が2人を襲う――かと思われた、その時であった。
「狙い通りさぁね」
地上からムクドリの群れにとって思わぬ一撃が襲う。
九十九だ。彼は一羽のムクドリをイカロスバレットで射落とし、そのまま二の矢を番える。
「同じ轍は踏まないさぁ。覚悟するねぇ」
びょぅ、という風切り音。同時にまた一羽のムクドリが落ちていった。
「集まるっていうのはね」
その隙に鳥達の中心へとキクカが飛び込む。奇門遁甲に飲まれたムクドリ達が当てずっぽうに飛び回る。
さらにロビンのナイトアンセムがムクドリ達の目を奪ってゆく。
「的になるってことなんだよ。さぁ、先を急ごう」
そのままムクドリを放置して一向は先に進む。それは当初よりの基本方針。
しかし敵は一向に減る気配がなかった。むしろ山を下るにつれ増えてさえいる。
サーバントは密集しつつあった。
「これじゃ埒が明かねぇな。一気に行くぞ!」
獅堂は叫ぶ。彼の元に仲間達が集まると同時に村正で印を切った。
風が纏わりつく。それは鎌鼬ではなく、背中を押し付けるようなそれはまさに追い風。
「行くぜ“韋駄天”!」
風が舞った。スピードを上げて一気に山肌を駆け下りる。
無論、サーバントは追いかけてきていた。しかし地上、空中共に的確な足止めが入っている。彼我の距離は着実に開いていくのだった。
●
「ようやく着いたな」
韋駄天の効力が無くなったところで獅堂は息をついた。
目の前には神社の本殿。これこそゲートコアの設置された神域に他ならない。
境内へと回り込む。そして彼等は見た。
「あれが――」
眼前にはゲートコア。それを守るサーバント。そして――天使クラン・ティーヴ。
「来ちゃいましたか」
掌に乗せたサーバントの死骸を地面に横たえるとクランは小さく呟いた。
「来なければいい、なんて考えてました。無理なんでしょうけど」
「待っておったのか。逃げてもよかったのだぞ?それは悪じゃない」
虎綱がおどけた調子で言った。
「そのサーバントのように死んでしまっては意味がないからの。」
「……この子は使命を恐れず、その責任を果たして死にました」
「臆病者の虫が動き出さないか?貴様なんぞに此処は守れるかね?」
「守れる守れないというのはもう意味を成しません」
戦うことは怖くない。怖いのは己に課せられた使命の大きさ故。では、クランの為に戦うという使命を持ったサーバントは恐れただろうか?
「みんな私の為に戦ってくれています。だから私も――」
恐れてはならない。
「騎士ハントレイが従士クラン・ティーヴ。与えられたその使命を果たすため。あなた達をここで討ち果たします!」
手にした儀仗槍に魔力の刃が纏う。彼女は騎士として戦うこと決めた。
「私は人の血を半分受け継ぎ育てられ、故に人に感謝しています」
そんな彼女にイーファは語る。それは己の血筋と出自。
「そして私の敬愛する方も尊き人達の為に戦っております。だからこそ、私も弓を取り戦うのです。
大切な人達を護る為、敬愛するあの方に少しでも届く為。これこそが私の信念――お相手願います」
クランの槍と相対するように弓を構える。ゲートコアを巡る戦い、その火蓋が切って落とされる。
最初に手を出したのはクランだった。
「行ってください!」
彼女の号令に合わせライカンスロープの群れが襲い掛かる。凶爪がロビンへと伸びる。
九十九の回避射撃が抑え込んだ。
「やる気か!」
獅堂が刀印を斬った。四神結界が彼を中心として展開。
「そっちが陣地戦をやろうってんなら、こっちだって同じことよ!そのコア、正面からぶっ潰してやる!」
「こちらの作戦の邪魔はさせません!」
香里が敵を“挑発”しつつ前に出る。敵の攻勢を最前線で受け切る構えだ。早速地中からムカデが飛び掛かってきた。
「これぐらいなら耐えれますよ!」
大顎を受け止める。その背後から無音で近づく影。
「それ、もう一度で御座る!」
ムカデの背後から虎綱が十字手裏剣切りつけた。しかしやはりというべきか、背中の外殻を破ることができない。
「背中からの攻撃は効果が薄いです!留意してください!」
黒子の声が戦場に響いた。同時に彼女は地面に矢を放り投げる。音に釣られたムカデが地面から飛び出した。
「要は腹を切れってことだな!」
そこへ獅堂が駆け抜け、村正を横一文字に切り結ぶ。胴を斬られたムカデはどぅ、と倒れ伏すのだった。
「下は任せられそうだね」
空からその様子を窺いつつキクカは呟く。そしてちら、と視線をクランに移した。
クランはキクカの八卦石縛風の中にある。石化こそしないが、遠距離攻撃の手段を持たないクランにとって厄介なことに違いない。
「ムクドリさんお願い!」
サーバントがキクカに殺到していた。しかし、それは彼女とコアの防備を薄くすることとなる。
「仕掛けるなら今、だね」
ここぞとばかりに潜行していたロビンが飛び出す。ファイアワークスがコアもろともクランに襲い掛かった。
「くぅ!」
呻くクラン。儀仗槍を媒介にして広範囲にヒールを掛ける。それを見たロビンは嘲笑うように言った。
「自分より弱いサーバントを盾に前面で戦わせて、自分は後の安全域で回復だけなの?」
彼女の問いにクランはしばし迷う。だが、その細い眼差しに揺るぎはない。
「みんなが私の力を信じてるんです!私だってみんなを信じます!」
サーバントは引く気配を見せない。それはクランの力があるから。
そしてクランもサーバント達を信じて自らの力を尽くしていた。言うなれば主従の信頼関係がそこにあった。
「ずいぶん変わったのうおぬし」
それを見た虎綱は素直に賛辞を贈る。
「覚悟?信念?クハハ、違うだろ?そこまで変われば……進化だよ」
「進化……?」
「そう進化だ。変わったよ。それは誇っていい。だから、我等も全力で行かせて貰おう」
戦場は加速する。戦いの中で人も、そして天使も成長していく。
ロビンがさらに攻勢をかける。コアの防壁とクラン諸共にクレセントサイスを放つ。
同時にキクカやイーファもクランを攻撃する。しかし、それでも天使は強かった。
「はぁ!」
クランの儀仗槍が光る。それと同時に彼女の、そして周囲のサーバントの傷が消える。
そしてそれ以上に無視できないのが山の中から集結するサーバントであった。だんだんと境内の密度が濃くなっている。
「このままでは……」
攻撃を耐え、香里は膝を折って荒く息を付いた。限界が近い。そう、誰もが思い始めたところである。
――おぉい
その時、山の上から声が聞こえた。
――おぉい
――おぉい!
それは鳥の囀りでも狼男の遠吠えでも、ましてやムカデの歯ぎしりでもない。
紛れもない人の声であった。
「待たせたな、援軍だ!」
山肌を駆け下りながらヴィルヘルムが叫ぶ。そしてやってきた新たな5人が敵を蹴散らしていく。
形勢が一気に撃退士へと傾いた。
「みなさん今がチャンスです!」
黒子はそう言うと木嶋にヒールを掛けた。今まで牽制役として全員のダメージを抑えてきたそれが今となって鍵となる。
「よっし、行くぜ!」
気合十分の獅堂がコア目掛けて走った。そうはさせじとサーバントが集まる。
「援護は任せるさぁ!」
それを狙っていたかのように九十九のピアスジャベリン。一直線に道が拓けた。
「ま、間に合わない!」
クランも回復に集中するが、一度崩れたパワーバランスはなかなか戻らない。
鳳凰を召還して獅堂は突っ込む。クランは槍を突き出す。
しかし黒子の射撃が牽制する。邪魔になる。それが隙となる。
「喰らえ!」
飛びこむ。村正の切っ先をコアに突き刺さった。
「ああぁ!?」
クランが悲鳴を上げた。
●
――ぴし
突き立てられた村正を中心にヒビが広がった。
――ぴ、ぱりん
次の瞬間、コアはあっけなく砕け散った。まるでガラス細工のように。
「は、あっ……!」
クランの息が詰まり意識を失って倒れ伏した。彼女が文字通り、命を懸けて作り上げたコアが壊されたのだ。
空間が揺れる。
「コアが壊されて不安定になったか……ゲートを出よう」
増援を連れたヴィルヘルムが皆に声をかける。
その時ちら、と虎綱は彼女を見た。狼男が弱ったクランを担ぎ撤退している。
「負けてないさ。生きているんだから」
そして彼等も撤退を開始。程なくして枝門は消えた。
薄暗闇の扉は開かれた。その向こうは澄み渡る青空が広がっているのであった。