かつ、かつん。
足音が響く。トンネルは、暗い。
ここは高知自動車道八田トンネル。吉良ヶ峰を貫いて走る高速道路は普段なら交通量も多い。
しかし今はその影も形もなかった。ゲートによって遮られたトンネルは人を遠ざけ、本来なら通るはずの電気を遮断する。
この世界は黒が支配していた。
かつ、かつん。
足音が響く。トンネルに、光が差した。
「これ以上好き勝手やらせるわけにはいかねぇな」
懐中電灯で辺りを照らしながら獅堂 武(
jb0906)は気合いを入れた。暗くなりがちな空気を弾くようにぱちん、と拳を合わせる。
「全力でぶっ飛ばす!!」
「そうですね、これ以上被害は出させません!」
木嶋香里(
jb7748)も気勢をあげた。
「皆さん、協力して見つけ出しましょう」
2人の声が小気味よく反響していた。そんな中でイーファ(
jb8014)はひとり物憂げな表情を見せている。
「天使……ですか」
今回の騒動が同族であった者達の手になるものならば、それはつまり戦う相手が同族ということ――。
「不安かい?」
知らず落としていた彼女の肩を那斬 キクカ(
jb8333)の手が優しく包みこんだ。
「無理はしなくていい。私達に任せるということも一つの選択肢だ」
「いえ」
イーファは首を振った。
「兎も角四国の今後の為に頑張らねば」
「そうか――何かあったら頼ってくれ」
八田トンネルは全長1494mという長いトンネルである。トンネルは、続く。
遠くからは落雷のような音が聞こえていた。
「市街地での戦闘が激化しているみたいだな」
ヴィルヘルム・柳田(jz0131)は光信機からの通信を聞きながら言った
ここから北に行った場所には住宅地が広がっている。そこを中心に別働隊が戦っているのだ。
「作戦は順調に遂行中。このまま敵に見つからないことを祈るばかり、といったところか」
「そうさねぇ……やれやれさぁねぃ」
テレスコープアイで後方を確認しながら、九十九は気だるげな声をあげた。
(ゲートに関する依頼は避けてたんだけどねぇ)
前方で気合いを入れる武と香里の2人に配慮しその言葉は思うだけ。けれどもつい口に漏れる。
「こんな状況じゃ贅沢も言ってられんかねぃ……やれやれさぁねぃ」
今日何度目かの「やれやれさぁねぃ」であった。
しかしながら足取りは軽い。この依頼の重要性は彼も良く分かっていた。だからこそ、それを聞き逃さなかった只野黒子(
ja0049)は何も言わない。
ただ己のすることを全うするのみである。
「……っ」
黒子は違和感を覚えた。
体が重い。息が苦しい。軽く意識が吸い取られるようなこの感じ――。
「ゲート内部に侵入したみたいです。注意してください」
緊張が鼓動となって伝わっていた。
やがて奥から2つの足音が近づいてくる。黒子は足音の様子から敵ではないと気付いた。
先行して偵察していた虎綱・ガーフィールド(
ja3547)とRobin redbreast(
jb2203)であった。
「ただいま戻ったで御座る」
「ただいまー」
「お帰りなさい。どうでした?」
出迎えた黒子の言葉に虎綱は親指でトンネルの奥を差した。
「とりあえず出口まで敵や罠などはなかったで御座る」
「そうだね。ついでにいうとコアもなかったよ」
「そうですか。それでは――」
彼女はちら、と全員を見渡した。頷き、そして進む。
いざ征かん、ゲート《天使》の地へ――。
●
トンネルを抜ける。そこには薄暗闇の空が広がっていた。
「これはこれは、紅葉の狩り放題で御座るな」
手のひらで庇を作りながら虎綱は呟いた。なるほど目の前の道路は薄く霧が立ち込めており、色褪せた落ち葉で埋めつくされているではないか。
「……地図は役に立たないか」
キクカは用意していた地図をポケットに捻じ込んだ。
本来なら八田トンネルを抜けると目の前に鉢木トンネルの入り口が見える。が、それは遙か遠くにあった。
まるで無限回廊のような距離に彼女は自覚する。ここがゲートなのだ、と。
「うん、確かに思った以上に面倒そうだね」
けれど、と彼女は同時に思う。子供達でも文句言わず働こうとしているんだ。
――年長者らしく真摯な態度で挑むべきかな。
「ともかく、ここはもう敵の手の中とうことだ。みんな油断せず――!?」
その時だった。
最初は小さな微震。しかしすぐ大きくなる。
やがて――地面からそれは大きな顎が突き出した。
「敵だ!」
キクカは叫ぶ。それは大ムカデのサーバント。
ぎち、ぎりり。
「ちぃ!」
武は急いで村正を取り出した。大顎を刀身で受け流して攻撃をやり過ごす。
大ムカデは1匹のみではない。他方、イーファに襲い掛かる2匹の大ムカデ。
「きゃ!?」
「イーファ様こちらへ!」
黒子が庇護の翼で受け止めていた。
「そら、背中が空いてるで御座るよ!」
その間にも虎綱の十字手裏剣がムカデの背に当たった。しかし甲高い金属音と共に弾け飛ぶ。
背面を覆う硬い外殻。そこには傷一つ付いていなかった。
「背中からの攻撃など、痛くも痒くもないとな……む」
その時、彼は視界の端に鳥の群れが迫るのを見つけた。ゲート内は基本的に普通の生物などすぐに死んでしまう。
ゲートを飛び回っているということはすなわち――。
「森側より敵影あり!新手のサーバントで御座る!」
虎綱は叫んだ。その言葉通り、山の奥からムクドリのサーバントが群れとなって迫ってきていた。
「まったく面倒な――こちら捜索班、サーバント襲来!現在迎撃中!」
「鉢木トンネルに入ろう!まずは頭上を守るんだ!」
「間に合うのか!?」
キクカの提案にヴィルヘルムが訊いた。ゲートの影響で鉢木トンネル入口は果てしなく遠い。
「隊列を組みましょう!皆さん、打ち合わせ通りに!」
「あいよ!」
香里の提案を武が前へと飛び出した。そして武器をショットガンに切り替え、前方のムクドリに狙いを付ける。
「これでも喰らえ!」
吠え猛る銃声、無数の散弾がムクドリを襲う。
「今のうちに突込むぞ!」
「敵中突破か……だが失敗はできんぞ!」
「あたしも手伝うよ」
虎綱とロビンが隊列から飛び出して先行する。
特にロビンが飛び出したその瞬間、周囲をナイトアンセムの深い闇が包み込んだ。
「今のうちに行きましょう!」
布槍を舞わせながら香里が叫んだ。
「目的を果たす為に誰も脱落させません!」
駆ける。ムクドリの鎌鼬にも大ムカデの奇襲にもめげず9人は走る。しかし鉢木トンネルは遠い。
「地中から襲うなら目以外の何かを頼るしか……」
走りながら黒子は呟いた。しばし考える。彼女はアウルで作った矢を放り投げる。
地面にからり、と落ちたそれに大ムカデが喰らいついた。
「やっぱり探知は音みたいですね」
「そうかい?じゃあ手はあるね」
キクカが翼を広げた。ふわり、と浮かぶとそのまま滑空して片足を降ろす。
すぐさま上昇。するとその瞬間、地面から大ムカデが飛び出した。
「今だよ!」
「わかりました!」
キクカの言葉にイーファの鳴神からマーキングの矢が放たれた。
「的中、那斬様次も!」
再びキクカは滑空する。足を付け、即座に浮上。その足音を探知して飛び出した大ムカデに再びマーキングを施すイーファ。
地中にいる大ムカデの位置を彼女が完全に把握するのは時間の問題であった。
「もう一発、いっておこうかな?」
ロビンが氷の夜想曲を放つ。パタパタ、と眠り落ちていくムクドリの群れ。
「生憎とヒーローやってるわけでは御座らんからの」
地面に落ちたムクドリから虎綱は追撃をかけてゆく。
「我らは一命を賭しておる。信頼も命運も背負っておる。その程度の覚悟で止まってやることは出来ん!」
こうして一同は進んでいく。その中、ロビンは気付いた。
「あれ?」
サーバントの数が思ったほど減ってない。増援?
――否、彼女は増援がどこから来るかをずっと観察していた。
増援が来るとすればそれは拠点があるということであり、すなわちゲートコアのある場所と考えることができるからだ。
しかし、彼女は増援が来るところを見ていない。
増援ではないとすれば……彼女はサーバントの様子を窺った。
ともすれば元気に飛び回るムクドリの群れ。しかしよくよく観察すれば、彼女が施した暗闇や睡眠の状態異常が残っている。
「……傷だけが治ってる?」
彼女は視線を移した。そこには地面から飛び抱いた大ムカデに弓を射るイーファの姿。
腹に矢が突き刺さった。それをムカデは自慢の大顎で引き抜いている。
抜いた傍から傷口が塞がっていた。まるで逆再生でもしているかのように。
「やっぱり、サーバントが不自然に回復してるね」
よくよく考えれば、ゲートコアの守りをサーバントだけにやらせるわけがない。普通は天使の1柱はついていてもおかしくない。
「回復……後衛タイプの天使なのかな?とにかく、どこかに指揮官がいるかもしれない」
「不自然な回復ねぃ?」
彼女の言葉を聞いた九十九はふと思いついた。
似たような状況が前にもあったような――。
「あー、ちょっと探ってみるさぁねぇ」
今まで積極的に戦闘には参加していなかった九十九。彼はさらなる待ち伏せに対してじぃっと観察を続けていた。
彼の体から四方に向けて風が流れる。その風が足元の落ち葉を舞い上がらせる。
と、
「ん?」
彼は落ち葉の中に不可思議なものが混じっているのを見つけた。紙でできた四角い何か。
まるで段ボール箱――。
「あれは……やっぱり“彼女”さぁね」
「彼女?」
イーファは首を傾げた。とにかく、この場に不釣り合いなものがあるのは確かだ。
彼女は弓を番え、段ボールに向けて放つ。
矢が箱の目の前に刺さった瞬間――。
「ぴぃ!?」
箱が跳ねた。
●
「確かクランとか言ったかねぃ」
跳ね上げられた落ち葉が舞い落ちる中、が九十九は冷静に彼女を観察していた。
頭に乗せた段ボール、そして手に握るは儀仗槍――。
「前はさんざ苦しめられたかねぃ、よく覚えてるさぁ」
「あわわ……」
その一方のクランはというと。枯葉を体中に張り付けたまま、細い目を瞬かせつつなんとか隠れられる場所を探していた。
「なんだか気の毒になってきましたね……ですが、どんな方だろうと人を害そうとする方には負けんません!」
前線の戦いを武や黒子達に任せ、香里はクランに歩み寄った。
「貴方は何を目的に行動しているんですか!?」
香里はクランを睨みながら言った。
「貴方天使ですよね?ゲートコアについて知らないなんて言わせませんよ!」
「こ……」
「こ?」
「来ないで!」
クランの持つ儀仗槍、その飾り刃に魔力が籠る。
「は!?」
ただの飾りが、力を以て襲い掛かった。その一撃を香里は辛うじて避けた。
「こ、これでも従士なんです!私も……私だって!」
多少感情的な様相で攻めてみたが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。
「怖がる――というよりも緊張しているのでしょうか?」
それを見たイーファはゆっくりとクラン近づいていった。
「緊張は自身に成し遂げられる能力がある前提こそ、とも言います」
穏やかな口調で語るイーファ。敵同士とはいえ同じ天使故か、クランもやや緊張が解けたようである。
しかし槍の穂先は降ろさない。従士としての責務が彼女を突き動かしているようで。
「ごめんなさい!」
その細い眼で彼女はイーファを見つめ、言った。
「こんなダメダメな私にも責任があります。大義の為――チャンスをくれたハントレイ様に報いる為、私はたかか(舌噛んじゃった……)戦います」
「そうですか」
その言葉にイーファも答える。敵として、而して。
「同じ若き天使として、お互いの信念を以てお相手できればと思います。次は緊張もなくお会いしたいですね」
「は、はひ、私のような不束者でよろしければ――ん?」
と、その時である。クランの頭にムクドリが降り立った。
「貰ったでござる!」
同時に、背後の木々から虎綱が飛びしてきた。
「ムクドリさん!?」
彼女への奇襲攻撃。しかし頭にいたムクドリが飛び上がると、虎綱の手裏剣をその身で受けた。
「そんな――!?」
見れば、いつの間にかサーバントが劣勢に立たされている。1秒ごとに減る戦力、その度に撃退士は歩みを進めていく。
(気を取られすぎた!)
クランは目の前に気を取られ、サーバントの回復を怠った事を悔いた。そして決断する。
「皆さん!一旦退却です!」
クランの言葉に従いサーバントは撤退を開始する。
「……行ったか」
薄暗闇の空の下、ヴィルヘルムは安堵するのだった。
●
「ゲートが一目で分かればよいのだが」
木立を抜け虎綱は愚痴をこぼす。サーバントを追い払った今、やるべきことはゲートコアの探索である。
「大山祇神社がすぐ近くにありますが」
「うーん、どうやらそっちじゃないみたいだよ」
イーファの問いに、木立の中ほどで飛行しているキクカが答えた。
「そうですか……ゲートを作るなら霊場に作るからもしや、と思ったのですが」
落ち込んでる暇はなかった。今度は敵が撤退した方角をメインに探索を開始する。
「あまり遠くには行かないようにしてください」
国道の位置を確認しながら黒子が言った。ここはゲート内である。ただでさえ八田トンネルから鉢木トンネルまでの距離がおかしいのだ。
下手に森に踏み込めばどうなるか――。
「これだけ落ち葉だらけだと歩くのもしんどいってのに」
残りのサーバントを始末しながら武はがさがさ、と紅葉の中を歩いて行った。
これがまだまだ続くのか、と思うとやる気も削げるというものであろう。
「でも、方向としては間違ってないよね」
虎綱と同様、積極的に先行しつつロビンは言った。
「あたし、あっちこっち行こうとしながら戦ってたから。敵が行って欲しくないな、っていう動きをしてたのはこっちだったよ」
「でも、そっちは南ですよね?」
香里は首を傾げた。
一同は当初、別働隊が行っている戦闘の背後に行こうとしていた。高知自動車を北上していたのだ。
「そっちだとまるっきり逆方向じゃないですか?」
「いやー、そうでもなさそうさぁね!」
一際高い木に登っていた九十九が、地上にいる香里に向かって叫んだ。
「霧がかかって見え辛いけど、山の向こうに何か光の筋が見えるねぃ!あれは明らかに人の物じゃないさぁ!」
「大まかでもいい!場所は分かるか!?」
ヴィルヘルムの問いに「ちょっと待つさぁ」と九十九は答える。
「地図にだいたいのポイント付けたさぁ」
そう言って彼は樹上から地図を落とした。拾い上げイーファは呟く。
「これは――柳田様!」
彼女は予め用意していた地図を取り出した。それにはこの周囲にある神社にマーカーを引いてある。
九十九の示したポイントとマーカーが見事に合致する神社があった。
南の空に目を移して撃退士達は頷きあう。ヴィルヘルムは光信機に告げる。
「こちら捜索班。枝門のゲートコアを発見。場所は吉良ヶ峰の麓にある――神社だ」
空はどこまでも薄暗かった。