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東の空から太陽が昇る。
山々に朝もやが立ち込め中、2つの人影が木々の間を猛スピードで駆け抜けて行った。
一つ目の影は、久遠ヶ原学園の生徒であるLime Sis(
ja0916)。白い肌に小さな体格をしているが、それに見合わぬ速さで山の斜面を駆け巡る。
もう1つの影はLimeとは対照的に真っ黒に日焼けした、まるで熊のような姿をしている。件の依頼者の父親だった。
白と黒でまったく対照的な2人だったが、傍から見ればそれは親子のような2人が野山を駆け巡っていた。
「しかし……キミも……よく……ついて……これるな」
父親が感心したように言う。
「私なんかとても……これでも着いていくだけで精一杯です」
そういうLimeではあったが、その表情は涼しいものであった。すでに胴着が汗を吸って変色している父親とはまるで正反対でる。
「疲れたかい?」
「大丈夫です……ところで」
「ん?」
「……娘さん……大事なんですね」
「……うむ」
あの時、天魔が現れたのはちょうど子ども達の剣道教室をしていた最中であった。そして、子ども達の避難をしていた時である。
少し目を放した隙に、この男の妻は殺されてしまったのだ。
――自分が未熟だったせいで――
「娘はなんとしても……わしの手で守らねば……」
「……あまり娘さんを心配させないでくださいね」
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朝練の再現として野山を駆け巡った父親とLimeは、太陽が完全に昇りきった頃にゴールとしていた学園のグラウンドに戻ってきた。
「おかえりなさい」
「2人ともおかえりなさいー」
それを出迎えたのは依頼人である娘と、艾原 小夜(
ja8944)だ。
「はい、お父さん」
娘は父親に麦茶とタオルを渡す。
「はぁ……はぁ……お、ありがとう」
娘から麦茶を受け取ると、それを一気に飲み干した。タオルで顔を拭うと、それはすぐにじっとりと湿り気を持ち始める。
「はい、ライムさんもどうぞー」
「あ……ありがとうございます」
Limeは小夜から麦茶とタオルを受け取る。
(すごいな……これが撃退士の力か)
見た目がまるで小学生のようでありながら、それほど疲れた感じを見せないLimeに父親は軽く衝撃を受けた。
そんな父親の傍へと蘇芳 和馬(
ja0168)は近づくと、木刀を父親へと手渡した。
「……貴公は剣術道場の師範だと伺っている。……古流剣術を嗜む者として、一手お手合わせ願いたい」
「ほぅ……」
父親は木刀を受け取ると、和馬の前に立ち塞がる。その顔は師範として、それ以前に剣術家としての険しい表情をしていた。
「では……私が審判を務めます……よろしくお願いします」
そう言ってLimeは2人の間に入った。
互いに一礼したのち、Limeの「はじめ!」の声と共に構えに入る。
「エエェェーーーーイ!!……!?」
父親が威嚇するように力強い声をあげた。
が、和馬の体から金と闇のオーラを纏いだした瞬間、声が詰まってしまう。
和馬は光纏を使用したのだ。同時にスキル『陰陽纏刃』をかける。木刀に光と闇の力が伝わり、波を打つような様相を見せた。
「……これが、撃退士の姿です」
「……なるほど。強いというのがよくわかるわい」
和馬から伝わってくるオーラに、父親はつい後ずさろうとしてしまった。弱気になろうとする気持ちを抑え、一歩前に踏み出す。
「チェストゥゥゥ!」
父親は掛け声と共に勢い良く木刀を振り下ろした。
和馬は父親の一撃を真っ向から受け止める。木と木がぶつかり合う乾いた音が響いた。
「わしの剣を受け止めるとは、大したものだな」
「……それほどでも」
和馬は父親の木刀を押し返すと、返す刀で胴に向けて一撃を放つ。それを父親は避けると、木刀を斜めに構え直した。
(……やはり剣の腕のみで見れば、向こうが上手か)
父親の構えを見ながら、和馬はそう思った。 ただ単純に力だけを競うのであれば、和馬は父親に負けはしない。だが、体裁きや気迫の度合い、一撃与えてから構えるまでの隙の無さ。
一度剣を交えればわかる。こと剣の「熟練度」という点においては父親が勝っていた。
(……ならば、盗める物は全て盗むのみ)
和馬は父親と同じく木刀を斜めに構え直す。
「ハァッ!」
そして、声を張りあげると和馬は木刀を振り下ろした。
「むっ!?」
父親はその一撃をとっさに避けると、反撃を加える。しかし和馬はスキル『流水』で反撃をかわすと、再び構え直した。
(今の一撃……受ければ木刀ごとやられていたな)
父親は冷や汗を飛ばす。
残りの時間を和馬は押せば引く、引けば押すを繰り返し、父親の動きを真似していったのだった。
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「……はい」
「ぬぅお!?」
おどおどとした表情とは裏腹に、浪風 威鈴(
ja8371)は父親の攻撃を受け止めると、逆に軽々と投げ飛ばしていった。
「だから……ね。アウル……で……ないと……天魔……と戦……え……ない……て」
「ぐ……まだまだぁ!」
父親は勢いよく起き上がり、威鈴に攻撃を繰り出す。そしてまた投げ飛ばされる。
これを何十回も繰り返していたのだった。
「……危ない……のに……少し……考え……よう……よ」
「いいや……まだ……いける!」
「……わからず……屋……だなぁ」
威鈴の言葉を聞いているのかいないのか、父親は再び立ち上がると威鈴へと襲い掛かった。
と。
「おとーさーん。お昼の時間だから、ごはんたべよー」
「……簡単なものですが……娘さんと一緒にお昼ご飯を作らせていたきました……どうぞご一緒に」
依頼人とLimeの声が聞こえてきた。近くにある時計を見ると、すでに時計の針は真上を指しているのだった。
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お昼を終えた後、一向は学園の剣道場に集まった。午後からはここで数人と手合わせすることになっているのだ。
その一人目は、小夜であった。
「おじさん、おねがいしますー」
そう言って構えを取る小夜の得物は、全長1,1m程度の蛍丸だ。しかし今その刀身は鞘に収まれ、抜け落ちないように鞘紐で結び止められている。
「20分経過か、どちらかが武器を落とすか負けを認めたら終了ですー」
「わかった」
その言葉と同時に、父親も木刀を構える。
手合わせが開始されると同時に、小夜は一瞬で壁に飛びつくと、スキル『壁走り』で剣道場の壁を駆け抜ける。
そして父親の頭上目掛けて跳躍した。
「ぬッ!?」
突如視界から消えた小夜に驚きながらも、気配から頭上の小夜を察知して父親は間一髪で避ける。
しかし、小夜は着地と同時に低姿勢で父親の懐に入り込み、足元から突き上げるような攻撃を放つ。
父親はその攻撃を受け流すが、先ほどまで足元に居た小夜はいつの間にか背後に回りこんでいた。
「はい、後ろとったー」
蛍丸の柄を父親の背中に押し付ける。
「……まいった」
父親は持っていた木刀を落とすと、両手をあげた。
二人目はテイル・グッドドリーム(
ja8982)である。
彼女も手合わせ開始と同時に動き出した。一直線に父親へと向かっていったのだ。
そして……。
「チェストゥゥゥ!」
「きゃん!?」
見事に父親からの一撃を頭から受けていた。
「痛ぅ……やられたー」
一般人に殴られた程度ではコブすらできはしないものの、痛いものは痛い。
と。
「一の太刀を疑わず」
「え?」
しゃがんで頭をさすっていたところ、頭上から父親の声が聞こえてきた。
「我が流派に伝わる教えだ。最初の一撃だけで倒すつもりで来なさい」
そう言って父親は斜めに木刀を構える。
(……一の太刀を疑わず)
テイルは拳を握ると、落とした下半身をバネに、一瞬で父親の懐にたどり着く。
しかし父親も対応して、再びテイルの頭へと木刀を振り下ろした。
「痛っ!?」
が……。
「けど、これくらいじゃあたしは止まらないんだからっ!」
木刀の直撃を受けながらも、テイルは父親の腹部に拳を突きつけた。
「ごふぅ!」
腹の中から何かが飛び出しそうな声をあげると、父親は勢い良く剣道場の壁まで飛んでいった。
「お父さん!」
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
依頼人とテイルは急いで父親の元に駆けつけた。娘につかまってよろよろと立ち上がる父親に、テイルは頭を下げる。
「いや、大丈夫だ。良い初太刀だったぞ」
申し訳なさそうなテイルとは裏腹に、父親はにこやかに笑うのだった。
最後の手合わせは、Limeだ。
開始と同時に攻め込んだりはせず、父親の攻撃をアイアンシールドで防ぎ、それに対し反撃するという堅実な手段を取っていた。
「チェストゥゥゥ!」
父親の一撃が盾を直撃する。
受けと同時に父親に対して木刀を振るうが、そのことごくが紙一重で回避されていた。
(一撃を与えてから離脱までの隙がない……)
最初はヒットアンドアウェイの戦い方かと思ったが、そうではない。
その攻撃のすべてが相手を一撃で倒すための「一撃必殺」であり、その回避はすべて「相手を一撃で倒せなかった場合」に集約されているのだ。
(並みの人間であれば……盾で防げば終わり……ですが)
一撃の重さ、防がれた際の対応力。父親にはそれら全てが一般人としては高レベルであった。
盾を挟んで父親と向かい合う。
体格差はあるものの、所詮一般人と撃退士の戦いである。力で勝負すればたやすく勝ちは取れるだろう。
だが、それでは意味がない。せっかくの修行なのだ。経験を蓄積してこそ意味がある。
「……お父様」
「む?」
「未熟な私が修行をつける……など烏滸がましいですから……」
盾を構え、父親の攻撃を誘う。
「自他共栄……お互いに……よりよいところを目指しましょう」
「……面白い」
誘いを受け、父親は攻撃を繰り出す。それをLimeは盾で受け止め、反撃した。
ただ見ている分には退屈な試合だろう。
だが、父親としてはLimeへの攻撃と反撃をなんとか避けることで撃退士としての力を知り、Limeは攻撃を受けとめながら父親の体捌きを観察する。当事者にとっては得るものは多い。
2人は残り時間までこれを繰り返したのだった。
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夕焼けが窓ガラスを通して入ってくる。
一通りの修行を行った後、一同は剣道場の片隅に集まっていた。
「うぅ、おなかすいた……もうダメだー……」
テイルはそう言って床にへたり込む。
その傍に小夜は座ると、麦茶とパンの袋を取り出した。
「お昼で買ったパンの余りだけど食べるー?」
「あ、ありがと!」
「……どうぞ」
威鈴はタオルと麦茶を他の全員にも配る。
配り終えた後、代わりに楊 玲花(
ja0249)が父親に話しかけた。
「これで修行は終わりますけれど、いかかがでしたか?」
「うむ……撃退士とは強いものだな。恐れ入ったわい」
父親は麦茶を啜りながら、差し入る夕日に目を向けた。
「……おぬしらのような力があれば、妻も救えただろうに」
「……それは違うな」
父親のごく小さな呟きに答えるように、和馬は言った。
「一般人が天魔と直接戦うのは無謀だ。だが、我々撃退士といえども所詮はアウルの力が使えるというだけだ。
……戦い方を知らなければ、素人と何も変わりはしない」
「その通りですね。確かに『力』だけはあります」
玲花は和馬の言葉に続けた。
「ただの人相手ならば、あなたが実感したように勝ちを拾う事も難しくはないでしょう。
ですが、我々が立ち向かうのは人を遙かに超えた天魔です。我々さえ越える力を持つモノなど枚挙に暇はありません」
「もし……悪意のある煙や炎などと戦わなくてはいけなくなったらどうするべきでしょう……?」
そう言ってLimeはV兵器を取り出す。
「自らの攻撃は相手をとらえることなく……相手は自らをとらえるとしたら……そういった存在を私達は相手にしているのです」
父親に武器の性質を説明すると、天魔の透過能力と、この兵器を使わなければ攻撃を当てることすらままならないことを話した。
「……力が無くてはだめ……でも……力だけでもだめ……」
「……実際に立ち合われたから分かるかと思いますが、撃退士というのは力に目覚めてしまっただけの戦いの素人が多いのです。そこで、お願いがあります。我々に戦い方をお教え頂けないでしょうか?」
「戦い方を……教える?」
「あたし達は力を持ってる。おじさんは力の使い方を知ってる。協力すればきっとどんな天魔にも負けないと思うよ。
闘い方も守り方もね、色々あると思うんだー」
父親のきょとん、とした表情とは裏腹に、溌剌とした顔でテイルは言った。
「あたしは頭良くないからよく分かんないんだけどさ、あたし達もおじさんも目的は同じなんだし、
協力すればもっともっと良くなるんじゃないかな?」
「……この学園には戦う術を知る者、知らぬ者と個人差が激しい。
その個人差を埋めることができる『戦う術を教えられる者』というのは、貴重な存在と言えるだろう」
「我流で戦っている者も多くいます。そうした者がきちんとした戦い方を学べば、
今後の戦いで大きな力となるとは思いませんか?そして、その事が結果として多くの人を助ける事にも繋がります」
「……あたしのあにぃ薬剤師さんでね、毎日新しいお薬作って病気とか怪我と闘ってるのー」
小夜は父親とじっと目線を合わせて言った。
「あたしは撃退士だからね、この刀とさっきの力で怖い物と闘うのよー。……人の命を守ってるのは、あたしもあにぃも一緒なんだよー」
「直接天魔と戦う事だけが戦いではないはずです。実際、わたし達は多くの人の手助けがあって戦っています。
我々を教え導く事で間接的にではあっても天魔から多くの人を救う事が出来るはずです。
どうか、一度考えては頂けないでしょうか?」
それぞれの言葉を聞き終えた後、父親は今回の修行の依頼人である娘を見据えた。
「……お父さん」
「……撃退士に修行をつけてもらおうと言い出したのは、これが狙いか」
「お昼を作っている間……娘さんと少しお話ししました……娘さんは……お父様が天魔と
戦おうとしているのではないかと……不安なんです」
「……おじさんまでいなくなったら、お姉さん独りぼっちだよ……」
Limeと小夜の言葉を聞いても、父親はまだ娘を睨むように見つめている。
と、急に「ぷっ」と吹いたと思うと、からからと笑い出した。
「どうやら、娘に心配をかけてしまったようだのう。妻を殺されてからは、わしにあの時もっと力があれば……と、どれだけ悔やんだことか」
「気持……ちは……わからなくは……ない」
「そのせいで師範としての本分を忘れてしまったようだの」
そう言って父親は両拳を床に着け、頭を下げた。
「みな、ありがとう」
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数日後、依頼人と父親の2人は帰っていった。
久遠ヶ原学園で剣術を教えることになるかどうかは判らないが、少なくとも天魔と直接戦おうという気持ちはなくなったようだ。
また後日の話になるが、父親は新たに門下生を集めることにしたらしい。なんでも、「アウルの力を持っているが戦い方を知らない人向け」とのことらしい。