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マスター:ユウガタノクマ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/26


みんなの思い出



オープニング

●暗澹の中で

 光が殆ど入らない部屋の片隅で、彼女は白い羽を握りしめた。
 冥い。……ただただ、冥い。

 高松市での戦いの最中にマッド・ザ・クラウンの手により攫われた、アルリエルの部下――それが彼女、イールだった。
 クラウンに傷めつけられた体は癒やされぬまま、体に合わぬ冥魔ゲートの中に囚われて。
 死の淵で、ただ無為に生かされているという事実。
 耐え難い屈辱に、何度も自害を考えた。けれど。
――我らは誇り高き天の剣。その身を剣とせよ、我らの敵を穿て。我らの誇り高き死は常に戦場にある!
 今なお耳に残る凛とした声が、瞳が、幾度もイールの心を叱咤した。
(アルリエル様…私は、……?)
 ふと、厚い扉の向こうで男の声がする事に気づき、耳を澄ますイール。
「コンチネンタル、そなた人間と組しておるのだったか?」
「ハッ。極めて限定的にではありますが…良好な関係かと」
「ふむ…。先の神器の件でも使えそうな撃退士がいたのだったな…」
「ああ、そのようですね」
「ふ…まぁよい。中にいる天使はクラウンから貰っておいた。囮に使うなり人間にやるなり、好きに使うがいい」
 ギィ、と重い扉が開き、蝋燭の柔らかな光が部屋に差し込んだ。
「有難く頂戴致します、御館様。では罠でも張ってみますかねぇ…」
 それは、彼女の瞳に再び生きる意思を灯す光だった。


「っ…はぁっ…こんな所では、死ねないわ…。せめて情報、だけ、でも…」
 それから暫くして。
 コンチネンタルが『人間との取引』と称してイールを部屋から連れだしたその時、決死の思いで彼女は逃走した。
 その後姿を、コンチネンタルが歪な笑みで見送った事も知らずに。
 飛行できない程に憔悴し、地を這い壁に縋りつく様な惨めな姿で、高松を出てひたすら西へ。愛媛へ。
「悪魔どもの、策謀を、伝えないと…っ!」
 燃える様な瞳だけが、炎の意思を体現していた――。


●愛媛県警からのFAX

 久遠ヶ原学園 事務局宛

 2013年8月19日未明、四国中央市にて失踪事件が発生。
 以降、数日起きに失踪が相次ぎ、9月×日現在までに男女20名を捜索中。20名に交友関係や共通性は見られない。
 失踪者のうち5名は既に遺体となって発見されるが、衣服や所持品に異常はなく、強盗の類ではないと断定。
 なお、外傷もなく遺体の死因はいずれも不明だが、脳死または衰弱死とみられる。

 以上の事から当局は、本事件を天魔に因する事件と推定。
 早急に撃退士の派遣を要請する次第である。

 天魔が犯人と仮定した場合、本件はゲートを用いた吸収行為と比べ、非常に非効率的かつ消極的であるため
 何らかの理由でゲートを展開できないのではないか、という現地撃退署の見解を、備考として記載する。

●妹の想い

 それはある日の下校途中であった。
 不意に高知(たかち)くじらの携帯電話が震える。相手は姉の高知陽子(たかち・ようこ)であった。
『ごめんねくじら。お姉ちゃん今日も帰れそうにないの』
「……また?」
『本当にごめんね。でも……』
「……仕事、だもんね」
『うん。ちゃんと一人で留守番できるよね?』
「大丈夫だよ。家のことは任せて」
 くじらはゆっくりと携帯電話を閉じた。同時にため息をこぼす。
 彼女の姉、陽子は唯一の肉親だ。
 彼女たちの両親はすでに他界している。原因は天魔による魂の収奪。
 以来、陽子は大学受験を中止して撃退庁に高卒で就職することとなった。
 そしてくじらは、そんな姉を心配させないように家事や勉強を人一倍頑張ってきた。
「お姉ちゃん……」
 なのに。
 どうしてここ最近、お姉ちゃんは私を置いていくのだろうか。ちょっと前まではいつも一緒にいてくれたのに……。
 くじらは両親が殺されたあの日以来、姉に寄り添うように生きてきた。
 仕事で忙しいのは彼女の理性的な部分が理解している。ニュースでやってた愛媛県での一件の処理に追われているのだろう。
 だが、感情が追い付かない。
「さびしいよ……お姉ちゃん……」
 携帯電話に向かって百程「お姉ちゃん」を繰り返したところでくじらは走り出した。
 目的地は彼女が小学生だった頃、家族とよく散歩に行っていた高台である。山の斜面に位置するここは海まで見渡すことができて、彼女のお気に入りの場所であった。
 しかし、せっかくの海も視界が滲んでよく見えない。
 その時、
「な、なに!?」
 がさり、と。
 彼女の後方で何かが斜面を転がり落ちてきた。
 それは異様な女性であった。
 体中が擦り傷にまみれ、ボロ切れのような衣服を身に纏う様はまるで浮浪者。だが、なぜか気高い雰囲気が漂ってくる。
 そして背中から生える白い羽根は土や木片を被って茶色く薄汚れていた。
 そこでくじらは気付いた。
「……天使?」
 口にして後ずさる。最近ニュースで取りざたされている謎の失踪事件。
 レポーターは天魔による事件の可能性が高い、と口にしていた。
 目の前の天使は荒く呼吸をしている。
 そう思っていた矢先、彼女は頭を上げてくじらと目を合わせた。
 貧相な姿と相反した、赤々と燃える瞳。
「ひっ!?」
 天使は弱々しく手を伸ばした。
 間違いない。この天使はここ最近世間を震え上がらせている失踪事件の犯人だ。
 くじらはそう確信してさらに一歩下がった。
 だが、同時に思う。なぜ彼女はこんなにぼろぼろなのか?
 まるで打ち捨てられたかのように地を這う天使。
 まるで……。
 唐突にくじらは自分から天使の手を握る。予想外の行動に天使は動きを止めた。
「ねえ天使さん。お腹が空いてるの?」
 そして彼女は優しく手負いの天使に語りかける。
「じゃあ……私が手伝ってあげる」
 それから数日後。
 1日に1人あるかないかだった失踪事件の件数が1日3人、4人と急激に増え始めるのであった……。

●姉の想い

 いつものように教室に集まった学生に依頼の説明を始めるヴィルヘルム・柳田(jz0131)。
 だが、彼の隣には普段見られないとある女性がいた。
「彼女は高知陽子さん。今回の依頼者だ。依頼の概要は簡単に言うと、彼女の妹さんを探してほしいという内容だ」
 ヴィルヘルムの紹介に陽子は頭を下げた。
 大事な妹が行方不明になったのに加え、仕事の疲労も相当溜まっていたのだろう。
 今にも倒れそうなほど辛い表情を陽子は見せる。
「私が……私がちゃんと家に帰っていれば……あの……今回は……どうか……どうかよろしくお願いします」
 ヴィルヘルムは震える彼女の体を支えると説明を続けた。
「彼女は撃退庁で働く事務職員だ。非常に多忙な身ではあるが今回の依頼の為に来てもらった。

名前は高知くじらちゃん。中学2年生だそうだ。先日から行方不明になっているらしい。
普段であればこれは警察の領分なんだが……これを見てほしい」

 ヴィルヘルムは一枚の紙片を取り出す。それは愛媛県警からのFAX用紙。

「これに書いてある通り、今あの辺りでは天魔によるものと思われる事件が多発している。
陽子さんの前で口にするのはなんだが……くじらちゃんもこれに巻き込まれた可能性があるということだ。

そこで君たちには四国の中央市近辺でくじらちゃんの捜索をお願いしたい。
警察も捜索に当たってはいるが、天魔による可能性があるなら荷が重すぎるからな。
くじらちゃんが行きそうな場所については資料にも載せておくが、陽子さんから直接聞いた方が詳しいだろう。
僕を経由する形になるが質問があれば行ってくれ」


リプレイ本文



 9月某日。四国中央市において失踪事件が発生して数日たったある日のこと。
「最近は行方不明者が増えているそうですね。くじらちゃんも、そちらの被害にあっていなければいいのですが……」
 集合場所に集まったカタリナ(ja5119)はぽつり、と呟く。
「そうですね」
 機嶋 結(ja0725)も彼女の言葉に同意する。
「遺体が見つかってないなら、まだ、希望はあるはずです」
 黒井 明斗(jb0525)はこれから潜入する学校の制服に身を包み、握り拳を一つ作る。
 目的は依頼人である高知陽子の妹、高知くじらを見つけ出し、無事保護すること。
 姉である陽子の気持ちを、彼には痛いほど理解できる。
 もし自分の、何よりも大切に思う彼女が事件に巻き込まれようものなら――。
「必ず、見つけ出さないと」
 明斗は決意を改める。
「失踪してからの日数を考えるに、あまり猶予はなさそうで御座るな」
 虎綱・ガーフィールド(ja3547)はそう言いながらも「しかし」と考える。
 警察から得ている情報を鑑みるに、いくつか引っかかる部分がある。
「置いてく、ねぇ」
 それはくじらのクラスメイトの証言であった。曰く「お姉ちゃんが私を置いてく、とかぶつぶつ言っててなんか怖い」。
 これは一体、何を意味しているのか。
 緋打石(jb5225)も「ふぅむ」と黙考する。
 今回、天魔による失踪事件に関わる依頼が複数出されていた。そちらに関する依頼情報をまとめ上げながら彼女は囁く。
「妙だな……日毎の失踪者が増加した日とくじらの失踪日がほぼ一致している……」
「何れにせよ、中学生と天魔が長期間身を隠せる場所なんて早々存在しないぜ」
 小田切ルビィ(ja0841)は一同に向かい、宣言するように言う。
「まずは足を使って調べていこうぜ。何処かで食いモンの買い出ししてるかもしれねぇしな。俺は事件発生現場周辺のビジネスホテル・コンビニ・飲食店を回って聞き込みしてくる」
「そうですね。では、私は先に高台へ向かいます。そちらはお任せしますね」
 カタリナは携帯電話の設定を確認する。電話帳には「高知陽子」の文字。
(この番号を使うことにならなければいいのですが……)



 がさごそごろり、と。
 高知くじらの部屋に不穏な物音が響いた。
「ふ〜むむむ……」
 緋打石はくじらのベットに寝転がりながら、机上に置かれたPCのディスプレイに目を向けた。そこには某ネットショッピングサイトが写されている。
 警察から公開されたくじらのクラスメイト達の証言に「防犯用にスタンガンが欲しいんだけどどこで買えるの?と聞いていた」というものがあった。
 緋打石はベットの傍に置かれたゴミ箱からボール紙を取り出す。それはたった今開いているショッピングサイトの箱。
 つまり、
「商品はもう届いているってわけか」
 緋打石は考察を進める。
「ゲームソフトはどのみち電気の通る場所でなければ遊べない……であれば、電気の通ってそうなところにいるということか?しかし――」
 彼女はがばり、と身を起こした。
 そして購入履歴に羅列されたスタンガンとガソリン携行缶を見て彼女は眉を顰める。
「ずいぶんと物騒なものを買うものだな。スタンガンは防犯という名目上まあ、わからなくもないが……ガソリン携行缶なんて普通必要ないだろうに」
 緋打石は唸る。考えても違和感は尽きない。
 さらにもう一つの疑問に彼女は首を捻った。
「なんで、これがここにある?」
 彼女は床に広げられた衣類を眺めた。
 これらはすべてくじらの部屋にあった陽子の服だ。妹であるくじらが着るにはサイズが違いすぎる。
「体格が陽子に近い者を家に入れたのか……?なら、それは一体誰だ?」
 思い当たりそうなのは今回の事件の犯人である天魔。
 だが犯人に関する情報は未だ出てきてないのだ。彼女が思い当たる道理はない。
 ふと、彼女は床に広げた衣類の一つを手にとった。
「陽子殿はこのような下着を着ているのだな」
 それは一般的に“ブラジャー”といわれるものである。両端を握って彼女はしばしそれを観察する。
「……意外と大きいのぅ」
 ごくり、と唾をのむ緋打石。
 と、部屋のドアが唐突に開く。
 虎綱が入ってきた。
「緋打石殿。なにか情報が――へぶ!?」
 虎綱の顔面に枕が直撃する。彼は部屋の外まで吹っ飛ばされた。
「馬鹿者!女性の部屋に入るときはノックぐらいせんか!」
 緋打石は急いで持っていたブラジャーをポケットに隠す。同時に他の下着類もまとめるとタンスの中にぎゅぅ、と押し込めるのであった。
「痛っつ……これは迂闊であった。すまん緋打石殿」
 虎綱は鼻頭を撫でつつ、改めてノックすると部屋の中へ入った。
「ところで、自分の方で御座るが……」
 虎綱は緋打石に向き合う形で床に座りこむ。
「台所の食料を図ってみたでござるが、やけに量が少のう御座った」
「ほぅ」
 緋打石は興味深そうに頷いた。
「それに、陽子殿はくじら殿がもしもの為にいくらかお金を家に置いておいたようで御座るが……いささか少なく感じたで御座る」
「それは持ち出された可能性がある、ということか?」
「そうで御座るな。まるで、どこかへ長期外出しているような……くじら殿は何がしたいのであろうか」
 脳裏にいくつかのワードが翻る。長期に及ぶ姉の不在。変身願望、もしくは一日千秋。
「この事件の真の解決は高知姉妹の絆を取り戻すことだろう」
 唐突に緋打石が言った。
 彼女も、虎綱と同じような考えであるらしかった。



「よ……っと」
 焼却炉の入口に身を収めるようにして明斗は中を探った。残された灰をかき分けつつ彼は確認作業を続ける。
 しばし探ってみるが、特にめぼしい物がでてこない。
 『生命探知』を使ってみるものの、感じるのはねずみや周囲の小動物の気配ばかりである。
 明斗は一旦体を引き上げた。体中に付いた灰を手で打ち払う。
「うーん、ここはハズレでしたかねぇ……まあ、証言が拾えただけ良しとしましょうか」
 ポケットから手帳を取り出して成果を振り返る。
 明斗の年齢はちょうど中学生の頃合に入る。
 生徒に聞き込みをするにも、警察や教師など、大人には話しにくいことも話しやすいこともあろう。
 実際、高知姉妹の生い立ちについての情報を得ることができた。
 くじらが小学生だった頃、彼女達の両親は他界している。原因は天魔による魂の収奪。
 そして明斗はある感想を抱く。
「くじらさん……ちょっとお姉ちゃんに依存しすぎじゃないかな」
 素直に、そう、素直にそう思った。
『お姉ちゃんっ子といえばそれまでだけど、あれは、ねぇ……』
『“好き”の範囲を超えてない?マジ怖すぎなんだけど!』
 クラスメイトの証言から気付くくじらの異常性。単に唯一の肉親だからか、それとも――。
 と、明斗の着る制服のポケットが震えだした。
 中から携帯電話を取り出す。メールが受信されたのだ。送信元には“カタリナさん”の文字。
「え、くじらさんが?」
 明人はメールの本文を読んで驚きの声をあげた。
 彼は中学校で得た調査結果を本文に書き込み返信する。
「あまり時間をかけると厄介ですね。くじらさんの我慢がどれだけ続くか……」
 電話をポケットに突っ込む。そして荷物を纏めると、一直線に校門を飛び出していった。



 時間は少し遡る。
 カタリナはひとり、海を眺めていた。
 ここは陽子の話にあった高台。陽子とくじらの姉妹は、両親に連れられてよく散歩に行っていたらしい。
 風に靡く髪を抑えながら、
「確かに……これはいい景色ですね」
 太陽の光を反射してきらきらと光る海を眺める。今も一隻の漁船が湾内に入っていった。
 平和そのものの風景。しかしその裏で、日々失踪事件が起こっているのもまた事実。
「……こちらに思い出があるとのことでしたが」
 海に背を向け、彼女はすぐ傍にそびえる防護壁を見上げた。山肌は落石防止の為、コンクリートによって覆われている。
 彼女は壁のでっぱりに足を掛け、上まで登ってみた。
 その時である。
 壁の上からがさり、と梢を揺らす音が聞こえてきた。
「?」
(動物でもいるのかしら?)
 最初はそう思う彼女。だが、すぐにその考えを改める。
 ちらりと見上げた崖上には、こちらを確認するように一瞬だけ顔を出した“何か”がいた。
 それは、紛れもなく“人”であった。
「ふっ!」
 防護壁を勢いよく蹴りつけ、その反動で一気に上まで登り切る。あまりに常人離れした動きに、崖上にいた人物は対応が遅れたようであった。
 セーラー服に身を包んだその体をぴくり、と震わせる。
 そして、
「くじらちゃん、ですね」
 カタリナの言葉を受け、その人物は逃げる足をとめた。
「……だれ」
 彼女――高知くじらは暗く、低い声で答えた。



「探しましたよくじらちゃん!無事でしたか?」
 カタリナはくじらに笑顔を向ける。
 だが、
「こないで」
 一歩足を近づいた瞬間、くじらは彼女を拒絶した。
「安心してください」
 くじらを不安にさせないよう、カタリナは笑顔を張り付けたまま言葉を繋ぐ。
「私は高知陽子さんに依頼されて、あなたを探しに来たんです」
「……おねえちゃんの?」
「ええ」
 陽子の名前を聞いて落ち着いたのか、くじらは逃げようとする姿勢を止めてカタリナと相対した。
 その表情は明るい。
「おねえちゃんはどこ?」
 くじらは言った。
「お姉ちゃん、すぐ来てくれると思いますよ」
 『紳士的対応』で彼女は答える。そしてカタリナはメールを送るべく携帯電話を開いた。
 まずは全員にくじらの発見報告を。そして陽子にもその連絡をしなければならない。
 そう思っていると、
「おねえちゃんはどこ?」
 再びくじらは言った。
「あ、ちょっと待っててくだ……」
「おねえちゃんはどこ?」
 さらにくじらは聞く。日が陰り、顔に影が指した。
 カタリナの表情に付けていた笑顔が消えた。
「おい!くじらが見つかったってのはマジか?」
 崖下からルビィの声が聞こえてくる。
 それだけでない。カタリナの連絡を受けて続々と仲間たち集まりだしていた。
「残念ですが、陽子さんはここにはいません。でも……」
 カタリナの言葉を待たず、くじらは「そう」と呟く。
「こうすればおねえちゃん、帰ってきてくれると思ったのにな」
 バチバチ、と音が響く。くじらは背中に隠すように廻していた手を前に出した。
 その手には、激しく火花を散らすスタンガンを握られていた。



 防護壁を登った明斗は、スタンガンを手にするくじらを見てあぁ、と言葉をこぼした。
 姉に対する異常なまでの執念。そして、ここ最近の言動。
 傍らに立つルビィは「やっぱりか」と呻いた。
「状況証拠から推測するとくじらは無理矢理に拉致されたんじゃない――とは思ってたぜ」
 拉致されたのではない。
 つまり魅了によって操られているか、自分からに天魔に協力しているか、ということだ。
 そしてもし自ら望んで協力しているのだとしたら。
「動機としては『多忙な姉に構って貰いたい』とか、そんな感じか?」
 ルビィの問いかけにくじらは肩を震わす。
 くじらは、泣いていた。
「おねえちゃんは……わたしが必要じゃないの?」
 涙に濡れる顔には相変わらず影が指している。
「わたしには……ひっく……おねえちゃんしかいないのに」
 くじらは幼子のようにしゃくりあげた。
「おねえちゃんがいない間……わたし、我慢したよ?ずっとお姉ちゃんの服の匂い嗅ぐだけで我慢して……必死に……愛媛の事件で帰れないのはわかってた……けど……けど!!」
 涙声に慟哭が混じりはじめる。
「だから天使さんが……わたしのことを攫ってくれたら……天使さんのことを手伝えば……おねえちゃん……ひっく……来てくれると……」
 天使。
 その単語が意味するものは他でもない、失踪事件を引き起こした犯人である。
「そういった事情でしたか」
 努めて、紳士的にカタリナが話しかけた。
「それは違いますよくじらちゃん。お姉さん、とても心配しています」
「じゃあ、なんでおねえちゃんは来てくれないの!?」
 くじらは言った。いや、吠えた。
「わたしが大事なら、わたしのことが心配なら、来てくれるはず!絶対!絶対!!」
「まるっきり子供だな。自分の事しか見えてないじゃないか」
 緋打石はやれやれ、と肩を竦める。
「陽子殿の様子はよろしくない。あのままではいずれ病院送りだぞ」
「……?」
 くじらは、緋打石の言葉が理解できないという風にきょとん、という表情を向けた。
「病院……おねえちゃん……が」
「君は間違っていないさ」
 虎綱も彼女に優しく語りかけた。
「むしろ良くやったよ……君の頑張りは此処にいる皆と君の姉さんが知ってる。
だが、このままだと君は大切な姉さんを傷つけてしまうことになる」
「なんだったら、本人に聞いてみるといいですよ」
 明斗は電話をくじらに差し出す。それを彼女は受け取った。
「もしもし……?」
『くじら……くじらなの!?』
 細々とした声が聞こえてくる。それは間違いなく高知陽子の声であった。
 明斗から話が行っていたのであろう。陽子はくじらを優しく説得する。
 だが、
「……どうして来てくれないの?」
 暗い声が響いた。
「わたしはおねえちゃんに来てほしかった。来てくれれば……それでよかったのに」
『……ごめんねくじら。でもおねえちゃんも仕事が……』
「おねえちゃんはそればかり……!」
 くじらは片手に持ったスタンガンをくるり、と半回転させて逆手に握る。
「じゃあ……こうすればおねえちゃんは来てくれるの?」
 スイッチを入れた。スパークを上げるスタンガンがくじらの左胸に近づけられる。
「おい馬鹿な真似はやめろ!」
 隙を窺っていたルビィは急いで彼女に駆け寄った。
 撃退士としての力を足に込め、一瞬でくじらに肉薄する。
 スタンガンがくじらの胸に当てられる前にそれを弾き飛ばした。くじらは弾かれた手の痛みに悲鳴を上げる。
 同時に、接近した明斗が彼女を抑え込んだ。
「早まらないでください!それでは陽子さんを悲しませるだけです!」
「こちらに害意はない。もちろん君が守っている天使についてもだ」
 虎綱は優しくくじらの頭を撫でた。
 同時に、緋打石はその小さな体でくじらを包み込む。
「さあ……さっさと家に帰ろう……何、お前の姉ちゃんの仕事ぐらい引き受けてやる」
「う……ひっく……!」
 くじらはただ、泣くばかりであった。
 カタリナはくじらが落とした電話を拾い、電話の向こうで慌てる陽子を宥める。
「ええ。すぐに来ていただけると……はい。よろしくお願いします」
 やがて久遠ヶ原学園の職員に連れられて高知陽子がやってきた。
 久しぶりに陽子と対面したくじらは、2度と離さないと言わんばかりに抱きついた。
 だが、その時間も長くは続かない。彼女が天使に協力して、失踪事件に関与していたのは事実なのだ。
 連行された彼女から天使――イールの情報を聞くことができたのは、それから数刻経った後の事であった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
 世紀末愚か者伝説・虎綱・ガーフィールド(ja3547)
重体: −
面白かった!:1人

秋霜烈日・
機嶋 結(ja0725)

高等部2年17組 女 ディバインナイト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍