軽快なエンジン音。
定期的に道路を流れ過ぎる白線と、オレンジ色の照明灯。
交通規制が敷かれ、普段なら片道二車線の道路を埋め尽くすテールライトの列も、今はない。
「いい夜だわ。月も綺麗で、道もガラ空き。ツーリングにはピッタリね♪」
クレール・ボージェ(
jb2756)は、そう言ってロングコートを風になびかせる。
乗り物は好きだった。
特にバイクはいい。風を感じられるから。
人間界に未だ馴染みの薄い身である彼女が、学園に来て最初にハマった遊びの一つがバイクだった。借り出したレーサーレプリカも快調そのもの。このままスロットルを開けて走り出せたら、きっと気持ちのいいことだろう。
「……ところで、きみのそのヘンな衣装は何? 学生服、にも見えないけど」
「ええっ? お、おかしい? 日本伝統のバイク乗りの衣装なんだけど……」
クレールの指摘に、隣を並走していた犬乃 さんぽ(
ja1272)は思わず声を上げる。
長ランである。
背中には「悪鞭邪暴頭」の刺繍文字を背負い、「にゃめんなよ」と墨書された白鉢巻が勇ましい。伝統、というか、これまた随分フルい。まるで昭和の暴走族漫画から抜け出てきたかのような格好だ。
「……おかしくはない。アベンジャーズの刺繍もいい。見ててこちらも気合が入る」
「そうだよね、蘇芳くん! えへへ。この字、ボクが縫ったんだよ♪」
自信無さ気だった犬乃の顔が、蘇芳 和馬(
ja0168)のフォローに一転、笑顔に変わる。
アベンジャーズ。
復讐者とか、報復者とか、まあそういう意味だ。
去年の秋、撃退士達に一度も触れさせることなくその追撃を振り切り、朝日の向こうに姿を消したデュラハン。その相手が再び首都高に姿を現したと聞いて、撃退士達は大いに意気を揚げ、リベンジを誓った。それ故の「悪鞭邪暴頭」のチーム名であり、ここにいる者達は皆デュラハン退治に自ら名乗りを上げた猛者揃いだ。
キャッキャと楽しそうに道路を蛇行する犬乃。
一方、フォローを入れた側の蘇芳は、何故か表情がすぐれない。
「……そうだ、鉢巻も特攻服は何もおかしくはない」蘇芳は内心で溜息。「……おかしいのは、私の方だ。まさかこの肝心な時に、バイクの申請漏れとはな……」
今蘇芳が跨っているのは、撃退庁が予備に用意していた軽二輪である。本当は「悪鞭邪暴頭」の他の仲間と同じく、蘇芳も高速タイプの車両を借りるつもりだったのだが、何の祟りか、蘇芳だけが借り受け申請書類の記入漏れ。今のバイクも、これはこれで軽快なスポーツ車ではあるものの、やはり馬力不足は否めない。
『全く、何しょぼくれてんの!』
「……その声は雪室か」
『今更バイクが別物に変わるわけでもないし。大丈夫! あたいと翠月が、デュラハンなんかハネ飛ばしてあげるから!』
スマートフォンに繋げたヘッドセットから、雪室 チルル(
ja0220)の元気のいい声が響く。
同時に、乱暴な運転でサイドから蘇芳の前に踊り出る青い車。
2ドア4シーターの狭い車内で、雪室は左右に勢いよく、かつ大雑把なハンドルさばきを披露する。車外から見てもかなりアレだが、隣の助手席に座っている鑑夜 翠月(
jb0681)にとっては、心臓に悪いことおびただしい。
「あたい、結構車の運転得意かも!」
ブブブブーンッッ!
「わ、わ! ……お、お手柔らかに、雪室さん……!」
「……そうだな、溜息ばかりついていても仕方ない。それに……」
蘇芳は道路の先、ヘッドライトの明かりの向こうに目を凝らす。
予感がした。闘争の予感。
「……どうやら、落ち込んでいる暇も無さそうだ」
●
『中央環状線に騎馬集団が出現しました。デュラハンです!』
「よし。さあ、来やがったな、首無し野郎」
オペレーターである土屋直輝(jz0073)からの連絡に、冴城 アスカ(
ja0089)は車内で拳のナックルバンドをかち合わせる。事前の協議により、撃退庁、及び警視庁から土屋を通して、ディアボロ達の動向に関する情報は逐一現場に回して貰う手筈になっている。万一にも、情報の取りこぼしはない筈だ。
「結城、奴らがここに来るまでに後何分だ?」
「待ってください。えー、直輝さんから送られてきたメールに、今の場所と速度が書いてありましたから……」
助手席に座っていた結城 馨(
ja0037)が、手持ちの地図を見ながらデュラハン達の到達時間を予測する。
彼女達は、参加撃退士達の中でも、特に待ち伏せ班に所属しているグループである。仲間の追い込んだディアボロ達に最後の止めを刺す、重要なポジションであり、このグループが接敵する頃には、良くも悪くも終りが近い。
結城の計算結果は直ぐに出た。
「……三十分、掛からないくらいですね。事前の情報よりも、少しペースが早いようです」
「いいねぇ。皆にも教えてやろうぜ。鬼ごっこの鬼さんは、今晩は少し気合が入ってるってな」
「そうしましょう」
●
「敵は前にいるのか。聞いてたより早いなぁ、よし、俺達も急ごう!」
そう言って、黒葛 琉(
ja3453)はアクセルを回す。
唸りを上げるエンジン。
自慢じゃないが、バイクの運転は割と得意な方だ。何より、バイクの風に、久遠ヶ原の儀礼服はよく似合う(と、黒葛は思っている。今度、他の人間にも聞いてみよう)。
「きゃっ……!」
バイクの突然の加速に、タンデムシートに乗っていた菊開 すみれ(
ja6392)がふらついた。
「もっとしっかり俺の腰にしがみついて! これからちょっと運転が荒っぽくなるからね」
「……そ、それじゃあ、その、失礼します……」
黒葛の言葉に、菊開は彼の腰に回した腕に力を込める。
むにゅ。
黒葛の背中に、胸が当たる。割と大きい。
「そう、その調子! しっかり掴まってなよ、離さないでね!」
「は、はい!」
むにゅにゅ。
二人を乗せたバイクは速度を上げる。
ディアボロ達の出現位置が連絡通りなら、もう数分で追いつける筈だ。
ところで。
黒葛は今日、また少しだけバイクのことを好きになった。
理由は、……まあ聞かなくても分かるだろう?
●
「来ましたか。むふふふー♪ さて、それでは私も秘密兵器を出すとしましょうか」
「アーレイさん、そのCD、なんですか?」
助手席のフィン・ファルスト(
jb2205)の言葉に、アーレイ・バーグ(
ja0276)は片手ハンドルのまま、取り出したCDの表面を見せ付ける。
「勿論ユーロビートですよ! スポーツカーにはユーロビート。公道のBGMはこれで決まりです♪」
言って、アーレイはCDをデッキにセットオン。
途端、車内に轟く大音量のアップテンポ。ボーカルとともに溢れ出した、まるでゲームサウンドのような軽快なシンセサイザーの音が、車内にいる二人の脳髄を鷲掴みにシェイクする。
「やー、テンション上がりますねー♪ ディアボロ達は前にいるんですよね? このまま轢いちゃいましょうか、時速三百キロメートルで♪」
アーレイはアクセルをべた踏みに、三速、四速と笑顔でシフトアップ。さっきまでのお散歩気分の低速走行が、途端、曲に合わせるような急加速。ユーロビートと高鳴るエンジン音の、まるで殴り合いのような協奏曲。
「さーて、フィンさん。飛ばしますよー♪ 振り落とされないように、注意して下さいねー」
「おおおおお〜〜〜〜ッ!?」
実はフィンにとって、今回の依頼は初任務に当たる。
正直な所、色々緊張もしたし、思うところもあった。自分の力に対する自信と、不安。恐怖。畏れ。その他諸々。そういうもの全てが、ユーロビートの刻む速度の向こう側に飛んでいく。シートに押さえつけられる、笑える程の高加速の中で、フィンはいつの間にか、自分が本当に笑っていることに気がついた。
「ありがとうございます、アーレイさんっ。何だかあたし、緊張がほぐれてきたみたいです!」
「えーッ? エンジンの音がうるさくて聞こえませんよー♪」
●
ディアボロ現るの報に、首都高上を流しながら待機していた撃退士達は俄にギアを入れ替える。
それはクルマのギアと、心のギア。
タコメーターが音を上げてレッドゾーンに振り切れるのと同時に、撃退士達もアウルを全開。バックファイアの炎とテールライト、そして輝く光纏の光が、クルマの背後に幾筋もの光の帯を残す。
「見つけた!」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、前方に地を揺らして疾駆する数十騎もの騎馬集団を補足した。
スケルトンに、巨躯の鬼武者。宙を滑るように進む人魂達。
まだデュラハンの姿は見えないが、それも含めて状況は事前の想定通り。
「さあ、全力全開! 気合入れていくよ!」
「あはァ、やっぱりバイクと散弾銃は似合うわねェ♪」
ズバンッ!
ソフィアの隣から、黒百合(
ja0422)はディアボロ達目掛けてショットガンを発射する。片手ハンドルのまま、左手一本でポンプアクションのショットガンをリロードしつつ、撃つ。撃つ。撃つ。
ズバンッ! ガシャコンッ
ズバンッ! ガシャコンッ
ズバンッ! ガシャコンッ
「うふふゥ、暴走族は根から叩き潰さないとダメよねェ……♪」
散弾の雨に算を乱す最後列集団に、黒百合は更に左手を指向した。
その彼女の背後から、ヌラリと空間を断ち割って出現する腐敗した巨腕。暴威と悪意を凝って作られた巨人の腕が、少女の招来に応じて拳を握る。
「付き合うよ、黒百合さんっ!」
同時に、ソフィアもカード状の霊符を取り出し、とっておきの魔術を発動。
灼熱の火球が、彼女の頭上で夜闇を圧して輝いた。
「叩き潰しなさい♪ <爛れた愚者の御手>」
「焼き尽くよ! <Fiamma Solare>」
放たれる、二人の力ある声。
その声とともに、スケルトン騎兵達の真ん中に巨大な腕が振り降ろされる。転倒し、声もなく薙ぎ倒される骸骨達を、太陽のように輝く火球が消し炭に変えた。
●
最後尾の「ケツ持ち」を吹き飛ばされたことで、ディアボロ達は続く撃退士達の突貫を防ぐことが出来ない。まるで性悪な蛇のように、撃退士達は騎馬集団の尻に噛み付き、飲み込んでいく。
「せーの、で行くよ、十朗太くん」
「おっし、任せろ紫ノ宮!」
先制の奇襲一発。
ヴァルキリーナイフを構えた紫ノ宮莉音(
ja6473)に、こちらはピルム片手の榊 十朗太(
ja0984)が息を合わせる。
狙いは正面、騎馬武者軍団中央を駆ける二騎の鬼武者達。
「せーのっ!」
「そーらッ!!」
紫ノ宮と榊。バイク上から同時に投擲された二筋の光は狙い過たず、鬼武者の背中へ吸い込まれるように伸びて行く。だが敵もさるもの。振り返りざま、片方の一騎は長大な野太刀でピルムを弾き返し、もう一騎は分厚い甲冑でヴァルキリーナイフを受け止めた。
鬼武者達は疾駆を続けたまま、野太刀を片手に、後方の紫ノ宮達に対して燃えるような敵意を投射する。
「……はっ! いっちょ前に睨みやがって。榊流の真価を見せるのはこれからだぜ!?」
勿論、榊達にとっても今の遠的は挨拶代わり。ディアボロに睨まれて一々ビビっていては、撃退士商売は務まらないし、むしろ喧嘩を買ってくれたのなら好都合。紫ノ宮と榊の二人はそれぞれに得物を持ち替え、鬼武者達に突っ掛ける。
「……十朗太くん、実は僕、あの鬼武者を相手にするのは二度目なんだよ」
「へー? 一度目はどうなったんだ?」
「僕の負け。あのでっかい刀にバイクごとぶん殴られて、危うく転ぶところだった。……だから、これはリベンジだよー!ヽ(оωо´)=З=З=З」
突進する紫ノ宮に、榊は笑って追随する。
「その意気だ! 榊十朗太、付き合うぜ!!」
●
高速道路上を三桁の時速で駆け抜けながら、互いに斬り結ぶ人と天魔。
撃退士達は激しい乱戦の中で、ディアボロ達を後ろから一騎一騎引きずり下ろすようにして、徐々に集団の先頭へと肉薄していく。狙いは勿論デュラハンだ。一方ディアボロ達もその事を知ってか、果敢なアタックで撃退士達を容易に前へは行かせない。
「そーら、よっと!」
蒼桐 遼布(
jb2501)が、横を走っていた骨馬の足を大鎌で刈り取ると、骨馬は堪らずアスファルトの上に崩れ落ち、騎乗していたスケルトン諸共背後の闇へと消えて行く。
「まぁ、こういったやつはアシを奪うのが常識って、ねッ!」
言って、更に返す鎌でもう一体。
大袈裟な力はいらない。相手が骨だろうがディアボロだろうが、駈けている足を掬われればすっ転ぶのは理の当然。例え転倒による直接のダメージはなくとも、再度の戦線復帰は絶望的だ。
「そら、空いたぞ!」
鎌を片手に、蒼桐が叫ぶ。
二騎のスケルトン騎兵が抑えていた車線が空き、道は遥か先まで一直線に繋がった。
隊列の先頭は、デュラハンの戦車は、この道の先にいる!
「僕が突っ込みます! 皆さんは後ろからついてきて下さい!!」
慌てて道を塞ごうとするスケルトン達を押し退けるようにして、楯清十郎(
ja2990)のトラックが強引にその鼻面を空いた車線へと突っ込んだ。アクセルを踏み込み、ディーゼルエンジンを全開に。トラックの重い車体を破城槌代わりに、強引にデュラハンまでのルートを切り拓こうという腹積り。
勿論ディアボロ達も、黙ってトラックを通しはしない。大弓を携えた鬼武者達の視線が集中。矢衾から放たれた無数の矢玉が、白いトラックの荷台にガンガンと音を立てて突き刺さる。
「わ、ちょっと、危、ないってッ!」
悲鳴を上げる車体と、楯。だが、ここでハンドルを切ってしまうわけにはいかなかった。
タイヤやエンジンなどの重要部分だけは辛うじて庇護の翼でカバーし、楯は己の体と、国産トラックの頑健さに全てを賭けてハンドルを真っ直ぐ、突進する。
「わぁ―――ッッッッ!!」
叫ぶ。
フロントガラスは砕け、綺麗なトラックは忽ちにして巨大な剣山の如き姿へと早変わり。
だが、楯は遂に集団の先頭へと抜け出した。彼が切り拓いた後から、続いて何台もの撃退士の車両も飛び出してくる。
「……任務、完了です」
「エラい! 清十郎! あたい感動した!」
無理が祟り、ボスンボスンと、しゃっくりのようにおかしな身震いをする楯のトラックを横目に、青いスポーツカーが集団の先頭を駆け抜ける。
そのスポーツカーに、無数の人魂が一丸となって襲い掛かった。
デュラハンへと続く、これが最後の障害だ。車両が密に並んだこの瞬間、先頭を行く車両がもし事故を起こせば、きっと大惨事は避けられぬ。
だが、青いスポーツカーは、雪室チルルは恐れない!
「いっくよ、翠月!」
「はい、雪室さん!」
フロントガラスの直ぐ向こう。
激突必至の近距離で、二人の術法が真正面に迫る人魂の群れに向かって炸裂する。
「あたいに安地は存在しない! <氷砲『ブリザードキャノン』>!」
「迷える魂、花火とともに飛んでいけ! <ファイアワークス>!」
二人の術法が、淡い人魂を夜空の向こうにまで吹き飛ばした。
撃退士達の前を塞ぐものはもう居ない。
「あ、雪室さん、あれ、あそこ!」
鑑夜が指をさす。
先の先、暗い道路の向こうで、単身チャリオットで駆ける首無し騎士の姿を。
「ついに現れたわね、デュラハン! 悪鞭邪暴頭、発進ね!」
●
ガラガラと車軸を鳴らし、二頭引きのチャリオットで列の先頭を疾走するデュラハン。
そのデュラハンに対し、混戦を抜け出した撃退士達のバイクが左右から襲い掛かった。右からは影野 恭弥(
ja0018)、左からは犬乃。狙いはともに、戦車を引く二頭の馬だ。
「将を射んとすればまず馬い棒って言うもん! 幻光雷鳴レッド☆ライトニング!」
サイドから犬乃の放った真紅の雷光は二頭の戦馬をともに貫通、内一頭を麻痺させる事に成功した。
たちまち戦車はバランスを崩し、残ったもう一頭の馬諸共横転しようとする。咄嗟にデュラハンは麻痺した馬を頸木から解き放つ事で姿勢を回復させるが、戦車の速度はガクンと低下。
「……将を射んと欲すればまず馬を射よ、だな。馬がいなければ、暴走も出来ないだろう」
更に、残った馬に向けて銀の弾丸を叩き込む影野。
狙うは胴体。バイク上からの射撃とはいえ、この距離、この的なら外しはしない。銃声。残念ながら一撃必殺とはいかなかったが、胴部を撃たれたことで、馬の走りはさらに鈍る。
「とどめの超ニンジャヨーヨーだよ! もう逃げられないんだからっ!」
速度を落とした戦車上のデュラハンに、犬乃は追撃のデュエルヨーヨー。ヨーヨーの紐は手綱を握るデュラハンの右腕に絡まり、その動きを拘束する。
そして、影野による二発目の弾丸が、残った戦馬に止めを刺した。
デュラハン、万事休す!
二頭の馬を討ち取られ、自らも腕に鋼鉄製のヨーヨーによる拘束を受ける。数瞬後には戦車は横転し、デュラハンはその後を追うだろう。流石の怪物とはいえ、もはや年貢の納め時。首都高荒らしのスピード狂も、ここらでお縄になる頃だ。
……と、犬乃は思ったし、影野も思った。
思わなかったのは、デュラハンだけだ。
「わああぁぁぁぁーッッ??!」
デュラハンが、ヨーヨーの紐を全力で引いた!
そして犬乃をバイクの座席から、まるで芋を掘り抜くかのようにして引っこ抜く。如何に撃退士とはいえ、バイクの上では踏ん張ることも出来ぬ。堪らず、犬乃は放物線を描いて道路上へと投げ落とされた。同時にデュラハンは犬乃と入れ変わるようにして、横転寸前の戦車からトンボを切る。
犬乃がローラースケートの愛好者であったことは幸運であろう。
本来なら大怪我必至の転倒事故を、彼は上手く足から地面に着地することで、ローラースケートの車軸から火花を散らしつつも耐え切った。
流石に速度を維持することは出来ず、遠去かる先頭集団の車両達。
そこで、犬乃はそれを見た。
デュラハンが、犬乃が先程まで乗っていたレーサーレプリカに、まるで当然のような顔をして跨っている姿を。
「あー! ボクのバイク盗ったー!?」
毎晩の暴走行為の賜物か? まさか乗り慣れてるとは思えぬが、走行姿勢は堂に入ったもの。デュラハンがそのままアクセルを無造作に回すと、乗ったバイクは蹴飛ばされたかのような猛加速を開始する。
「……さしずめ、将は馬を選ばない、と言ったところか。面白い」
呟いて、影野は銃を仕舞い、デュラハンの後を追う。
レースはまだ終らない。
●
「もう! 数が多すぎるよ!」
「確かに、こりゃキリがないな」
宙を舞う人魂に拳銃を撃ち続ける、こちらは隊列後方、菊開と黒葛のコンビ。
先頭集団がデュラハンと接触をしている間にも、後方での戦いは続いていた。むしろ戦いのボルテージは上がり続けて天井知らず。天魔と人、決着を付けるのはこれからだ。
「……ところで黒葛さん、この音なんでしょう?」
「空き缶、かな……?」
菊開達が、思わず耳をそばだてる。
必死の戦闘を繰り広げている最中、後方から無遠慮にガラガラと近付いて来る騒音。その次には大音量の歌謡曲が鳴り響き、そして最後に耳に届いたのがコレだった。
「ぴんぽんぱんぽーん♪ ましゅろからのれんらくです。まだたたかえるよ! って人は、このかわいいトラックのうしろにあるロープをのぼってください♪」
音質の悪い拡声器から響く、背筋から脳天に抜けるような幼児ボイス。
しかし菊開達は声よりもむしろ、物音の発生源たるトラックの方にこそ目が行った。
かわいいトラック。
確かに声はそう言った。
後ろから接近してくるそのトラックは、かわいいというか、むしろ白ロリゴス仕様。内に外に、レースとフリルがごっちゃらけと引き回され、銀のロープが荷台から道路の上に、錘付きで垂れ下げられている。
「……いや、わたしも嫌いじゃないけど―――」
ガラガラと喧しいトラックの荷台(こちらも白羽毛敷きにデコられてる)の上で風に当たりながら、ユウ(
ja0591)は誰共なしに呟いた。
「……それでも、悪魔と人との相互理解に、思わず絶望しそうな程の素敵なデコレーションっぷりだね、このトラック」
運転手である亀山 淳紅(
ja2261)を筆頭に四人の撃退士達が集まった、こちらは負傷者回収グループ。別名「かわいいトラック」班。
トラックをデコったのは真守路 苺(
jb2625)。白ロリへの興味が高じてはぐれ化したというだけあって、彼女のこの気合の入りっぷりは大したもの。ただ一つ、デコトラの完成度と依頼達成目標とは、あまり関係ないことだけが難点だ(だめじゃん)。
「まぁ、ええんちゃうん? ふりふりピカピカでおもろいし。さんぽちゃんも、上手いこと拾えたんやしな♪」
「ホント、お陰でボク助かったよ。ありがとうね♪」
「へへー♪ ましゅろのファイト一パツだいさくせん! だよ」
荷台で頭を下げる犬乃に、ましゅろは得意げに胸を張る。
先頭集団からローラースケートのまま脱落して途方に暮れていた犬乃を、このトラックが拾えたのははっきり言って偶然だ。本来の目論見のように、転倒した人間を垂らしたロープで回収することは、現実には難しかったに違いないが、結果良ければそれで良し。かわいいトラック、面目躍如。
「皆さん、お気をつけて。またディアボロさん達がやって来ましたわ!」
香月 沙紅良(
jb3092)の警告に、トラック班の一同は周囲を警戒する。
いた。
生き残りのスケルトンに、大弓を構えた鬼武者達。
鬼武者達の放つ太矢が、トラックの周囲に雨のように降り注ぐ。
「ちょお揺れるさかい、みんな、しっかり捕まっとくんやでー!」
バックミラーを覗きながら、亀山は右に左に忙しくハンドルを切っていく。軋むタイヤ、弾けるアスファルト、吠えるエンジン。ガンガンガラガラ、キーキー、バンバンバン、ドンガラガッシャン。まったくもって、喧しい。
「……ところでサクラ。相手の数、やたら多いと思わない? 弓持ちの鬼武者も、いつの間にか増えてるような」
負けじと破魔弓を放ち続けながら、ユウは隣の香月に問いかける。
「それは多分……」
ゴツい自動拳銃を撃ちまくりながら、香月は周囲を見渡し、呟いた。
「このトラックが、ディアボロさん達にとっても随分目立ってるのではないかと……」
「……恐るべし、かわいいトラック。……しかし殴りたくなる気持ちは、わたしもちょっと分かったりする」
●
「あ、静矢さん。後ろからバイクが来ましたよー?」
レーサーレプリカに乗り、ディアボロ達の予測進路上で予め待ち構えていた鳳夫婦。ハンドルを握る鳳 優希(
ja3762)が、タンデムシートに座る鳳 静矢(
ja3856)に声を掛ける。
「……ヘッドライトが一つきりか。仲間の誰かが、先頭でディアボロ集団を抑えていると見るのが普通だが……」
勿論のこと、ディアボロ達の騎馬や戦車にヘッドライトはついてないし、よもや人魂とヘッドライトを見誤るとも思えない。だが、静矢は悪い予感がした。何よりヘッドライトのスピードが速過ぎる。撃退士が、単身先頭をぶっちぎりで走って来る理由はない筈だ。
「優希、速度を上げろ。敵だ」
「え? 本当ですか?」
なんて言いつつ、彼女のアクセルの開け方に躊躇いはない。急加速を始める二人のバイクに対し、だが後方からのヘッドライトは更にスピードを上げ来る。徐々に近付いて来る光芒と、その向こうに僅かに見えたライダーの影。
静矢は拳銃を構え、その影目掛けて遠慮なしに弾丸を撃ち込んだ。
「静矢さんー? そんなよく見もしない内に、パムパム撃っちゃっていいんですかぁ?」
「確かによく見てないが……」
ズドンッ
静矢の射撃を、敵は絶妙なハンドル捌きで躱していく。
どうやら敵は、バイク乗りとしても相当な腕前のようだった。
「シルエットに首がない輩が、まさか仲間の誰かということもあるまい。優希、もっと飛ばしてくれ」
「はーい、了解!」
優希は更に速度を上げる。
静矢は思う。どこからバイクを手に入れたかは知らないが、デュラハン一人に遅れを取る気は毛頭ない。
……だが、彼にもホンの少し、懸念があった。
気楽に速度を上げていく優希の運転が、実のところは結構コワイ。
旦那の内心の気持ちを知ってか知らずか、嫁は景気よくバイクの速度を上げていく。
「ばばばばばばばばばばばばばなの〜☆」
●
『土屋君からの連絡です。どうやらデュラハンは、犬乃君のバイクを奪った上で、未だ列の先頭を走行中。お二人の地点には、もうまもなく到着の見込みです』
ヘッドセットから流れるグラン(
ja1111)の声を、結城はトンネルを走る車内で聞いた。
全長十キロ。首都高一の大トンネルだ。
トンネルのどん詰まりはグランがトラックを並べて塞いだ、完全な袋小路。スピード狂のディアボロをとっ捕まえるのに、これほど向いた場所は他にはない。
「ははッ! 何だ、馬は辞めたのかよ、カウボーイ。面白ェ、何処まで乗れるか、測ってやるぜ!」
「……この娘もそうだけど、撃退士と天魔って、本質は大して差がないような……」
「ん? なんか言ったか? 結城」
「いーえ、何でも、アスカさん。ほら、言ってるそばから、お待ちかねのカウボーイが来ましたよ?」
●
「ふう、まあざっとこんなトコロかしら?」
クレールは息を吐いて、後ろをちらりと振り返る。
ディアボロ&撃退士の混成集団も、すでに現在地は環状線の半ばを過ぎた。おそらく今頃は、先頭集団もレースの最終盤に差し掛かっている頃だろう。
そして彼女の前を行く者は、デュラハンと、数台の撃退士車両だけ。人魂含め、デュラハン以外でクレールの前に出たディアボロは一人もいない。
彼女は【アヴェンジャーズ】としてのケツ持ちの役目を完遂したのだ。
「なあ、お前さ」
大鎌を下げた蒼桐が、クレールの隣にバイクを寄せる。
「あら、何かしら?」
「さっきのあいつ、えらい勢いですっ飛んでいったけど……間に合うと思うか?」
心配そうな蒼桐の言葉に、クレールはしばし思案し、こう言った。
「んー。まあ、大丈夫じゃないかしらね? 一人で前を走るだけのデュラハンなんて、所詮敵じゃないわ。それよりどう? この後、皆で遊ばない? 本当、惜しいくらいの、今日はとってもいい月夜♪」
●
「来ました! 皆さん、気をつけて下さい!」
言って、グランは阻霊符を発動させる。彼の言葉に、周囲の警官達はトラックの影で頷いた。
警察の力を借り、車線は並べたトラックでぎっしりに埋めている。グランのいる此処こそは大トンネルの出口前。是が否にも、デュラハンに超えさせるわけにはいかない、正真正銘の最終防衛ラインだ。
「この野郎! 生意気にいい腕しやがって!」
「きゃ、ちょっと、そんなに身を乗り出したら、危ないですよ!」
冴城、結城の乗り込んだスポーツカーが、トンネルの中を蛇行しながらデュラハンの頭を抑えている。今のところ冴城の攻撃は嫌がらせのようなレベルに終始しているが、それでもデュラハンの速度は大きく落ちた。
近づくグランのバリケード。
だけど遂に間に合った。吠え猛るエグゾーストノートが、デュラハンの後方から迫り来る。
冴城が叫ぶ。
「おせーぞ、和馬!」
「……こうして、私に機会を与えてくれた仲間達には、幾ら感謝をしてもし切れない」
真紅のジャケットを風に翻し、蘇芳は愛刀・柳一文字の柄を握る。
冴城の一瞬の隙を突き、デュラハンはスポーツカーの脇を抜けて再び加速を開始した。一方、蘇芳のバイクは既に加速を終えている。車両の性能では比べ物にもならないが、それでも、蘇芳のバイクは一瞬だけ、デュラハンのバイクの横に並ぶ。
それは、仲間を信じ、最期まで走りを諦めなかった彼が手にした、珠玉の一瞬。
蘇芳の<秘剣・禍津太刀>が、閃光とともに鞘走る。
「……技量でも、クルマでも、私はお前に敵わなかった。唯一つ優っていたのが、チームメンバーの腕と結束。チームを捨て、唯一人先頭を走るだけのお前に、このトンネルは抜けられない」
蘇芳の太刀は、背後からデュラハンの背中を切り裂いた。
斬撃、そして衝撃。
車体はバランスを乱し、デュラハンは投げ出され、二つになった旗は地に落ちる。
『天上天下唯我爆走』を掲げ、ただ一人走り続けたデュラハンの、それが最期であった。
●
集団のリーダーであるデュラハンを打ち倒した瞬間、撃退士達の勝利は事実上確定した。
幾らかの軽傷者がいる以外、撃退士側で大きな怪我人もなし。運転技量に不安の多い者も多かっただけに、この結果は行幸と言えるだろう。
残念ながら、車両の方は全て無傷とは言い難い。
特にダメージの大きかったものは、針山のようになった楯のトラックと、目立つ故に集中砲火を浴びた亀山らの「かわいいトラック」。そして犬乃が借り出し、結果的にデュラハンと共にお釈迦になったレーサーレプリカ。この三台は、スクラップ同然の全損だ。
この結果にましゅろはプンプンと憤慨し、犬乃は自費負担の高額さに飛び上がる。
―――そして首都高をシメたチーム「悪鞭邪暴頭」の名は、走り屋達の伝説となった。