●しかばねのもとに
準備を整え、現場に到着した撃退士たちを迎えたのは、畑のそばで呆然と座り込んでいる男だった。依頼時の情報から判断するに、彼が畑の持ち主の誠一さんだろう。
「誠一さん、大丈夫ですか?」
歴戦勇士・龍崎海(
ja0565)が声をかける。
だが彼の反応はない。
「ダメだな……ショックがでかすぎたのか」
月に群雲、花に風、されど・ファーフナー(
jb7826)は眉をひそめた。
たかがじゃがいも、されどじゃがいも。格段の思い入れのあった誠一にとってはダメージが大きすぎた。
その様子を見て、新型家電砲・雁鉄 静寂(
jb3365)が憤慨する。
「せっかく誠一さんが丹精込めて畑で作ったじゃが芋を荒らす冥魔は許せないです。ほくほくのじゃが芋にとろけるバター……至高のひとときです。勿論カロリー計算の上でいただきますけれどね。ともかく今は冥魔を倒し、じゃか芋を危機から救い出すのです!」
ぐっ、と握りこぶしを作って気合をいれる。
一方、優しく誇り高い戦士・黒井 明斗(
jb0525)は難しげな顔で、じっと畑の様子を観察していた。
「地中を移動し、数は不明ですか。なかなか面倒な相手ですね」
やはり敵の居場所を視認できないのが大きな問題だ。どうすれば効率よく撃退できるだろうか。
明斗は対策を頭のなかで巡らせる。
その隣で夜に光もたらす者・双城 燈真(
ja3216)は首をかしげた。
「芋を滅茶苦茶にするモグラってどこかで聞いた事あるな〜…」
さてどこだったろう。
「まぁ深く考えたら負けかな…、どうせディアボロなんだし報いは受けて貰おう…」
こたつむり・逢見仙也(
jc1616)は武器を軽く構えた。無数の蛇や蜘蛛の幻が全身を覆う。一種異様な光景だが、これは彼の光纏だ。
「光纏の中に蜘蛛が居るけど他の人より狙われないだろうか、これ」
その場合は迎え撃つまでだ。
「……借りるぞ」
ファーフナーは、いまだに呆けたままの誠一の傍らから鍬を取り上げた。誠一がじゃがいもに愛情を注ぐのに使っていた鍬は、使い込まれて黒光りしている。
彼らは作戦を開始することにした。
●罠作戦
彼らの作戦は、まず敵の位置を探ることから始まった。
「ふう……、何体いるんですかね」
畑を見回して静寂は息をついた。
敵は土の中。当然のことながら姿を確認することはできない。
「……敵の数は3体だね。全て畑の中にいるよ」
生命感知を使い、海が敵の居場所を探る。
全て洗い出すことはできたものの、もぐらたちは常に移動しており、その居場所を狙い撃ちするのは難しいようだ。
「当初の計画通り、各々罠を仕掛けたほうがよさそうだな。モグラの巣は、障害物の下や木の根・小高い丘など、雨水の浸入が防げる所にあるらしい 。また、エサとなるミミズが水を好むため、畦の中にモグラの通路があることが多いようだ 。……他、家の生垣や塀の近くなど障害物に沿って通路を作るとのこと」
ファーフナーが事前調査していたもぐらの習性を語った。
彼の解説を参考にして、じゃがいも畑を注意深く観察してみる。
一見ただの荒れた畑だが、よく見てみるとわずかに土が盛り上がっている場所が続いていた。もぐらの掘ったトンネルの痕跡だ。
彼らは、これらのトンネルに罠を仕掛けることにした。
「できるだけ、無事なじゃがいもを避けてトンネル内に餌の罠を仕掛けよう。寄ってきたところを釣り上げて、逃さず叩くんだ」
仙也が皆の作戦を軽くまとめる。
「罠にはこれを使いましょう」
明斗と静寂が長さ1メートルほどの棒を沢山持ってきた。それらには全て鈴が取り付けられている。
「地面の下を通れば鈴が鳴るはずです。少しは役に立つかもしれません」
生命感知を使えば正確に位置を把握できるが、使える回数に限りがある。常に位置を変える敵を複数相手にするには、道具も必要だ。
「市販の捕獲器も用意した。こいつに餌を入れて仕掛けて……うん?」
筒状のもぐら捕獲器をトンネルに設置しようとして、ファーフナーは手を止めた。
掘り返してみて気がついたが、トンネルは普通のもぐらのそれに比べて随分と太かった。直径は30センチほどになるだろうか。
対して捕獲器の直径は10センチもない。
サイズが全くあっておらず、これではもぐらを閉じ込めることはできそうになかった。
「そういえば、目撃証言によるともぐらは体長1メートルだったな。穴も比例して太くなるのが道理、というわけか」
ファーフナーは残念そうに首を降る。
その肩を海が軽く叩いた。
「でも、もぐらを惹きつける餌入れには使えると思います。穴の中に入れておきましょう」
「そうだな」
ふたりは捕獲器の中に餌を詰め込むと、トンネルの中に埋め込んだ。
「そうそう、残ったじゃがいもも守らないと」
静寂が無事そうなじゃがいもの周辺を通るトンネルに、忌避剤を設置する。
「習性がモグラに似ているなら効いてくれるでしょう」
近くで戦闘になれば、せっかく残ったじゃがいもまで傷めてしまうだろう。気を落としている誠一のために、残ったじゃがいもはできるだけ守りたい。
「あ……あのっ、一応地表にも餌をまいておくね」
燈真が翼を使って空に舞い上がった。
仲間をよけて、ぱらぱらと餌となる虫を撒いていく。
これで準備はだいたい整ったようだ。撃退士たちは餌の近くに集まり、敵がひっかかるのを待つことにした。
●殲滅せよ!
ちりん。
餌の近くで待機していた撃退士たちは、鈴の音を聞いて一斉に顔をあげた。
ちりん、ちりん、ちりん。
地中の振動を感知して、鈴がそこかしこで鳴り出す。
「どこだ?!」
「9時の方向から2匹! 2時の方向から1匹!」
明斗が生命感知で素早く場所を特定した。
鈴つきの棒をトンネルにそって設置したおかげで、畑の上からでも大体トンネルの形がわかる。
「そこだ!」
燈真が2時の方向の土に向かってアイビーウィップを放った。
鈴のついた棒ごと土がえぐれ、中にいたもぐらが顔をのぞかせる。
が、浅い。
「くっ」
飛び出してきたもぐらが燈真の腕を切り裂いた。
「おとなしくしなさい!」
明斗が審判の鎖を放った。
一旦姿を見せてしまえば、地上でのもぐらに大きな力はない。動けなくなったところに、海の繰り出した槍が刺さった。更に燈真の攻撃が叩きつけられ、あっさりもぐらは動かなくなった。
「あとの二匹はー……」
振り返ると、他の仲間が既に戦闘中だった。
「はあっ!」
静寂が地中に向かってワイヤーを放った。
うまく引っかかったのか、もぐらが一匹地中から引き出される。
「逃がさない!」
もがくもぐらの爪をかいくぐりながら、更に仙也がスタンエッジを放つ。
電撃を喰らい、もぐらはびくびくとその場で痙攣した。
土に潜られては面倒だ。すかさず攻撃を加え、すぐに止めを刺す。
「もう一体いるな?!」
ファーフナーが地中に向かって、誠一から借りた鍬を振り下ろした。
もぐららしからぬ、硬い手応えが伝わってくる。
と、同時に
ばきん!
大きな音がして鍬の持ち手が折れてしまった。
もぐらの爪が当たったらしい。誠一の愛情がこもっているとはいえ、鍬はただの農具だ。ディアボロを足止めするには強度が足りなかったらしい。
「く……逃げるか……!」
トンネルにそって攻撃を加える。
だが、手応えはなかった。
「しまったな……」
鈴の音はもう聞こえない。
彼らが発見できなかったトンネルの方へと逃げてしまったらしい。
「ここで逃がすわけにはいかない。トンネルの中に発煙筒を放り込んで地上に引きずり出そう」
仙也が発煙筒に着火した。これで、ある程度逃げる方向を制限できるはずだ。
「敵は残り一体だ。生命感知で細かく場所を探ろう」
海がそう言うと、明斗もうなずいた。
二人で協力して地中を探る。
「……畑の中心から……5時の方向! 逃げる気です、追ってください!!」
明斗の叫びに反応して、撃退士たちが飛び出した。
大体のあたりをつけてそれぞれの武器を土へと叩き込んでいく。
その範囲からわずかにそれた場所の土が今度は逆に盛り上がった。
「うあっ!」
地中から飛び出したもぐらの爪が、静寂の体を切り裂いた。
「また穴に入ると厄介だからね…、絡まってもらうよ…」
とっさに燈真がアイビーウィップを繰り出し、もぐらの爪にからませる。
「はあっ!!」
今度こそ、ファーフナーの槍が素早くもぐらの急所を捉え、止めを刺した。
もぐらは地面に倒れて、もう動くことはない。
「なんとか……依頼達成だね」
仙也の言葉に、撃退士たちは大きく息をついて頷いた。
●畑の行く末
ディアボロを全て退治し、畑は静寂を取り戻していた。
「さいごのもぐらを取り逃がしたせいで、大分荒れてしまいましたね。少し片付けをしてから帰りましょうか」
明斗は無事な農具を拾い上げ、畑を見渡した。
姿の見えないもぐらを追って、土に何度も攻撃を加えたせいで、無事なじゃがいもは2割ほどまでに減っている。
「あ、あの……全部守れなくてごめんなさい。……でも、元気、出して」
燈真は誠一の肩を叩いた。
彼のうつろな目が少しだけ前を向く。
そこへ海も声をかけた。
「荒らされて保存に適さなくなったジャガイモを料理して皆で食べるってのはダメでしょうか?」
「うん? もぐらの爪でひっかかれて、ほとんどはもうぼろぼろだぞ」
「洗えば食べられる筈。手が掛かってそうだから処分するには勿体ないって」
仙也が笑う。海もうんうん、と頷いた。
「そこまでの熱意で育てたジャガイモがどんなものか味わってみたい」
重ねて言われ、誠一の顔がほんの少し緩んだ。
「君たち、いい人だねえ。いいよ、せっかくだから食べていってくれ。俺が一年かけて育てたじゃがいもだ。このまま全部腐らせてしまうなんてかわいそうだったね」
誠一の背中をファーフナーの大きな手がぽんぽんと叩く。
「人生とはままならないものだが、すべてが失われたわけじゃない。
失意を味わった分、残ったジャガイモを大切に収穫するといい。……俺たちも手伝おう」
「ありがとう! じゃあ、すぐに収穫してじゃがいもパーティーといこう! 君たち、どんな料理にして食べたい?」
「俺、フライドポテトがいいな」
燈真が言う。静寂もはい、と手をあげて主張した。
「私は肉じゃががいいと思います。揚げるより、肉や他の野菜を加えて煮込んだほうが、栄養バランスがいいですからね。じゃがいものビタミンCは熱に強いので、とても体にいいんですよ!」
「撃退士さん、ビタミンだけじゃないぞ。じゃがいもはカリウムも豊富なんだ!」
「いいですねえ! 体を動かす私達には、無くてはならないミネラルです」
静寂と栄養談義に花を咲かせながら、誠一の顔が笑顔になっていく。
これなら彼は大丈夫のようだ。
撃退士たちは、思う存分じゃがいもを味わい、お腹いっぱいになって帰途についた。