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秋雲浮かぶ青空の下、庭園の一角に設けられた大きな白いテーブル。その上には、上等なお茶やお茶菓子が並んでいる。
「美味しそうっすね! やはり、甘い物を取ると幸せな気分になるっすもんね!」
普段着=ウサギの着ぐるみ姿の大谷 知夏(
ja0041)を先頭に一同がテーブルを囲めば、突如、小田切ルビィ(
ja0841)がマイク片手に実況中継を開始。
「えー、画面の前の皆さん! パーフェクト美人お嬢様が何の因果か助作に興味を示して只今縁談が絶賛進行中!? 何を言ってるのか分から無ェと思うが、ぶっちゃけ羨まS…じゃなくって、きっと懐かしのドッキリカメラが復活したんだよな? そうだと言って――」
むしろキミは絶賛錯乱中だよ、ルビィくん!。
「落ち着くっすよ、ルビィ先輩!」
見かねた知夏がナース姿のウサギを生成すれば、大きな注射器がルビィのお尻に突き上げられ。
ッアーーー!
〜しばらくお待ち下さい〜
「愉快なご友人ですのね」
いずみがコロコロと笑い転げる中、紫鷹(
jb0224)が咳払いで仕切り直す。
「あー…と、まずは自己紹介させてもらってよいだろうか? 私の名は――」
「あ♪ 存じ上げております。助作様の通い妻さんですよね?」
いずみが嬉しそうに手を叩けば、紫鷹がテーブルに突っ伏した。
若林家はお見合いに先立って助作の身辺を調査を実施。その際に『通い妻』の噂を噂を拾い上げたらしいのだが。
「それは誤解だっっっ!」
紫鷹の全力の否定と弁解に、いずみは大変残念そうだ。
続いて、草薙タマモ(
jb4234)が自己紹介を。
「見てのとおり、天使です」
光の翼を発現し、いずみの天魔に対する反応を伺ってみれば、
「わぁ…素敵な翼ですね」
いずみの目は純真無垢にキラキラと輝いて。その好意的な反応を前に、みくず(
jb2654)も闇の翼を発動。
「私は悪魔なんだよ」
ついでに狐耳をピョコピョコと動かしてみせる。
「天使に悪魔にウサギさん…。助作様の交友関係はとても広いですね」
種族が一つ増えてますが……それはさておき。柔らかく微笑んだいずみの姿にタマモの口から溜息が洩れた。
「うわー、かわいいひとだなぁー」
「実際、話に聞いていた以上に素敵なお嬢様だよね☆」
藤井 雪彦(
jb4731)が同じ様な感想を抱くも、その眼はしげしげといずみを観察中。
実の兄の様に慕う助作には、オンリーワンの人と幸せになってもらいたい。そう願うが故に、いずみの心の内を見定めようとしているのだ。
(本当に気持ちがなかったら結婚なんて無理だしね☆)
何やら熱い使命感に燃える雪彦の向い側では、三つ編み+眼鏡で華やかさを隠した桜花 凛音(
ja5414)が静かな笑顔で助作といずみを見詰めている。
やがて全員が自己紹介を終えれば、いずみに対する<助作アピールタイム>の幕が上がった。
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まずは撃退士としての活躍をアピールすべく、タマモが口火を切る。
「先輩はとても優秀な撃退士です。つい先日も、たったお1人で工事現場に出現した天魔を足止めして、周囲への被害を最小限に留めたんですよ」
続き、知夏が助作の強さの秘密に言及。
「何よりも先輩は悪運が強いっすね! 敵に単独で追っ掛けられても、五体満足でしたっすし!」
更には、凛音が出会った頃からの思い出を振り返りつつ言葉を繋げ。
「先輩は時々勇気を出して、思いもよらぬ行動を取られる事もあるんです。そこがちょっと心配なところでもあるんですけど…」
アピール受けた助作の鼻は、天狗の様に伸びっ伸びだ。
「もはやオレサマの実力は言葉では表しきれまい…」
「それもそうだな。よし、ちょっと来い」
徐にルビィが席を立ち、助作を庭園の小広場へと呼び寄せれば。
「百聞は一見に如かずってな。さぁ『輝く加護の戦士』の力、見せてみろ!」
模擬戦でアピールさせようと助作に発破をかける。
「ふっ! 任せておけ!」
意図を察した助作は、意気揚々とおニューのシューゲルクライバーと中華鍋型の盾を活性化。
「ゆくぞぉ!」
ぺかー。
掛け声と共に、辺りが神々しい光に照らされた。無論、助作は決めポーズのまま微動せず。代わりにルビィが眩しそうに目を細めては、がっくりと大地に膝をついた。
「…眩しくて立ってられねぇ…流石は助作、参ったぜ!」
「わ〜、キレイな光ですねぇ」
パチパチパチと、朗らかな秋空にいずみの拍手が響く。
「まぁ、結果オーライな感じっすかね?」
ケーキを片手に、知夏が模擬戦の結果を締めくくった。
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そして、話題は戦闘以外の事に移り変わり。
「どんなときもポジティブかな? ぜんぜんへこたれないもんね」
驚くほど正当なアピールをみくずが行えば、助作が喜色満面でサムズアップ。
「みくずちゃん、グッジョ…ぶほぁっ!?」
どうした助作? と視線を移せば、いずみの死角にて隣席の紫鷹が助作の足を踏みつけていた。
(今日は“ちゃん”付けは止めておけ)
助作にだけ聞こえる声で送られる、紫鷹からの助言。
仲が良いのは構わない。けれどもし助作が本当に結婚を望むなら、女性陣との必要以上の馴れ合いは自重すべき。
(今日は“さん”付けで呼べ。わ・か・っ・た・な?)
念押しとばかりに、紫鷹が爽やか笑顔でぐりぐりと。その裏では、みくずがアピール継続中。
「あと女性には優しいよね。時々いきすぎることもあるっぽいけど、本人は結構純情さんで女性を何かと気遣ってくれるよ」
ここで、雪彦が身を乗り出して便乗。
「おまけに兄貴は…すっごい女の子にモテるよ! 兄貴絡みの依頼は女の子でいっぱいだもん!」
確かに助作依頼の女子参加率は、ざっくり計算でも八割弱と非常に高い。一体この世はどこでどう道を間違えてしまったのか。
天の声が遠い目をする中、紫鷹は目頭を揉みながら補足を追加。
「ただ、言い寄られるとほいほいついて行ってしまうタイプでもある。特に胸の大きな女性は要注意だ」
さり気無くいずみが自分の胸に視線を向けた姿を見逃さず、雪彦はこっそり助作の脇を小突いた。
(…兄貴…おそらくだけど…『ひんぬー』はNGワードだ!)
(ぐふふふ…雪彦よ。オレサマを誰だと思っている)
チチチ、と指を立て、助作が不敵な笑みを浮かべれば。
(おっぱいの大小に貴賤なぞないっ!)
(さっすが兄貴☆)
似た者兄弟がアイコンタクトを交わす。その様子を半眼で見つめつつ、更に紫鷹が口を開いた。
「針小棒大に話す癖もあるからきちんと見極めないと駄目だと思う」
すべてを知ってもらった上で判断して欲しいと、多少なりとも長い付き合いの中で感じた事をそのまま言葉に変えてゆく。
「例えば……後方支援だったのに最前線で活躍していた、などだな。注目して欲しいからだとは思うが、等身大の自分と向き合うは苦手なんだろう」
ど直球の感想を投げ込まれた助作。目と口を豆粒の様にして無我の境地に逃亡だ。
そんな助作を置いておき、今度は雪彦がいずみへと質問を。
「いずみさんは、今までもこういう政略結婚的な話ってあったのかな?」
普段の軽い印象はどこへやら。真剣な眼差しがいずみの瞳を覗き込んでいる。
「兄貴ってば意外と人気者だからさ。ライバルが居たらどうするのかな? 執着がないなら…兄貴じゃなくたっていいじゃん」
幸せの形は、人それぞれにある。だから自分の思う幸せを推しつけるつもりはない。けれど、悲しい思いの未来しか見えないのならば、それは端から応援できるはずもない。
「どうしても兄貴よりの意見になっちゃうけど…これが兄貴の弟分としての正直な気持ちなんだ☆」
雪彦の言葉に、いずみは少し困ったような笑みを浮かべた。
「……その答えはもう少し待ってもらってからでも宜しいですか?」
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「しっかし、あンなお嬢様が助作をねぇ…」
化粧直しで席を立ったいずみの背を目で追いながら、ルビィがふとボヤく。
「ひょっとして、他にも助作のことが気になっている娘ってのがいるンかね…」
チラリと隣席を見遣れば、凛音の顔に浮かぶ祝福の笑み。けれど、その瞳から滲む想いは見る者が見ればそれとわかるもので。
(私には深い事情とかわからないけど……そういう事なのかな?)
(ほんとにこのままでいいの?)
タマモとみくずもまた、そっと瞳を覗き見る。
「このまま流されちまっても良いのかね…?」
ルビィが秋空に呟けば、みくずとタマモが凛音の心に呼び掛けを。
『あたしは好きな人とかわかんないけど、夢の中でちっちゃい自分が泣いてて、覚えてないけど悲しい思いをしたのかもって思うし、今もその夢を見ちゃってるんだ。だから諦めちゃ駄目だよ』
『私はよくわかっていないけど、一言、言わせてね。桜花さん、がんばって!!』
密やかな後押しに、凛音の表情は揺らぎ、色を帯び。やがて少女は席を立つと、おずおずと助作に声をかけた。
「先輩…お願いを何でも聞いてくださるという約束は…まだ有効でしょうか?」
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「権瓦原先輩、この度はおめでとうございます」
東屋の下、凛音は助作と向き合うと、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「申し訳ありません。私…今から先輩にとても迷惑をかけてしまいます。…自分勝手ですみません。…どうしても…心から笑顔で先輩を見送る為に…必要なんです」
「桜花ちゃ…さん…?」
深い感情溢れる凛音の瞳に、助作が口をつぐむ。
「私、先輩に大切なものを奪われたって言いました…。でもそれは…先輩が思っているようなものではないのです」
出会ってからの思い出をもう一度振り返りながら、凛音は目を閉じ。
「初めはただ…前に進む為の力になれればと、それだけでした。でも先輩をどんどん知るうちに、離れていても気になるようになっていて…」
そして気付いた、自分の気持ち。
「先輩が天魔に操られていたとき、私は操られていなかったのです。自分の意思で…先輩に…元に戻って欲しくて…」
真っ直ぐな想いで重ねた、唇。
「…先輩に奪われたもの…それは私の、心、なのです」
私は…権瓦原先輩を…一人の男性として… 愛しています…。
(ちゃんと映ってるかな?)
誰よりも助作に寄り添ってきた少女が居る事を知ってもらう為、みくずは二人の様子を物陰からスマホで中継していた。送信先は助作の父親。距離があるので声は聞こえないが、遠目でも雰囲気は伝わる筈だ。
「頑張れ、凛音ちゃん」
みくずが陰ながら声援を送った、その時。
「きゃあああっっ♪ 皆さん! ラブ臭ですよ、ラブ臭が満開ですよ!」
みくずの背後にて上がる喜声。いつの間に戻ってきたのか、いずみがパァァァ…と今日一番の幸せそうな笑顔を浮かべている。
「何だ? どうした?」
「うわっ! 何これ!?」
声に誘われて皆が集まってくれば、同時にいずみの体から噴出した桃色のアウル。
「まさか……覚醒者!?」
タマモが驚く合間にも制御不能のアウルは周囲に拡散。『ラブ臭』連呼するいずみの声と相まれば、一同の胸の内に、穴があったら入りたい衝動が湧き起こる。
「な、何だか無性に恥ずかしいぞ…っ」
紫鷹がアウルに中てられ身悶えれば、知夏がすぐさまスキルを発動。
「ここは知夏に任せるっす!」
足元で生じた巫女服のウサギがいずみのおでこにお札をペタりと貼れば、たちまちアウルは虚空へと霧散した。
「あの…私…?」
何が起きたのかわからず、キョトンとするいずみ。
「制御不能の力ってのは恐ろしいモンだぜ。学園で扱い方学んでみねぇか?」
「そうだな。アウル覚醒者なら制御の仕方だけでも知っておくと良いぞ」
ルビィと紫鷹が、いずみに向かって手を差し出した。
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一方その頃。そんな騒動など露知らず。凛音が助作に向かって最後の想いを伝えようとしていた。
「こんな子供に言われても困るって分かっています。受け入れて貰えない事も分かっています」
だから、と。想いと共に零したのは、幸せ願う微笑み一つ。
「…気持ちを伝えられただけで幸せです。だから先輩も幸せになって――」
「ま、待ってくれ!」
言い終わらぬうちに掴まれた二の腕。そこに込められた力は思いの外強く。
「せ、先輩…痛い、です…」
けれど助作は何かを伝えようとしていて。凛音は口をつぐみ、長く短い時の果てで助作の言葉を待つ。
「オレサマが…今こうして皆に囲まれているのは…皆のお陰だと…思っている…」
素直に零れ始めた気持ちは、助作から皆への感謝の言葉に溢れ。そして結ぶ言葉に込めたのは、目の前の少女へ向けた、大切な想い。
「キミが誰よりも励ましてくれて、いつだってこの身を案じてくれていた事も…知っている」
懸命に言葉を探す助作の瞳を、凛音が真っ直ぐと受け止める。
「だからオレサマは……俺はキミが一番好きだ。そこに嘘はない! でもダメなんだ! 俺が桜花ちゃんを好きになってしまったら…しまったら…」
「なって、しまったら…?」
どんな答えでも受け止めます、と凛音の潤んだ瞳がその先を促し。
助作は空に向かって絶叫した―――。
丸っきりロリコンではないかぁぁぁ!!
…かぁー、かぁー…。秋空を鴉が横切ってゆけば、その背に優しい声が掛けられた。
「ロリコンでも宜しいと思いますよ? 自分の気持ちに素直な殿方……素敵ですもの」
振り返れば、そこにはいずみが立っていて。更には、なし崩しに二人を見守っていた者たちの声が飛び交う。
「今更気にするところでもねぇだろ?」
「想いが真実なら恥じる必要はないぞ?」
「天魔なんて100歳差は普通ですから!」
「愛があれば年齢なんか関係ないっすよ!」
「もちろんあたしは応援するよ!」
「兄貴なら大丈夫☆」
「お、お前たち…」
アワアワと取り乱す助作に、赤面する凛音。そんな二人に、いずみは何だか嬉しそうに微笑みを向けている。
「助作様は素敵なご学友に囲まれてらっしゃるのですね」
「ふしぎと吸い寄せられるんだよね」
みくずの言葉に全員が頷く。見ていて面白いから。何処か放っておけないから。慕っているから。気になる人だから。理由は色々あれど、助作の下に人が集まる。それでいいじゃないか。
かくして。縁談は破談となったが、いずみの口添えもあって円満に幕は下ろされた。
銀行と権瓦原建設の間も良好な関係を築けそうな見込みで、助作の父に至っては愛溢れる実況中継にこっそり号泣していたとも聞く。
それもこれも皆が助作の事を良悪問わず、真摯に語ってくれたからこその成果。いずみが助作と、その仲間たちに好感を持ってくれたが故の結末だ。
「オレサマは成長してみせる! いつか自信を持ってキミの好意に応えられる様に!!」
助作も少しは気構えを新たにした様で。目標も『一人前の男になって、いつの日かプロポーズ!』に切り替えた様だ。
………え? ぷろぽーず!?!?
「リア充爆発しろと、祝いの言葉でも掛けておくべきっすか?」
やめたげてウサたん。そんなことしなくても爆発の未来しか見えないからっ!!
権瓦原助作の道は終わらない。彼は今日も今日とて己が道を往く―――。