●
ずどーん!
凄まじい衝突音が、小さなスピーカーに響いた。
「先輩っ!!」
「返事するっすよ!」
桜花 凛音(
ja5414)と大谷 知夏(
ja0041)がスマホに向かって叫ぶも反応はない。代わりに聞こえたのは、ブヒブヒと言うブタの鳴き声だけ。
敵は体長4mもあるブタ型サーバント3匹。如何に我らが助作とは言え、一人で相手するのは無茶ぶりすぎたのか…。
すまない、助作! 君の仇は俺たちが必ずや…、
『勝手に殺すなー!』
あ、生きてた。
助作健在の声に、一行から安堵の息が洩れる。
「兄貴、今行きますからね!」
藤井 雪彦(
jb4731)の韋駄天が、皆の駆ける足を早めれば、建設現場はもう目前だ。
だが、助作は既に敵の対応にいっぱいいっぱい。少しでも彼を助けるには、電話で指示やエールを送るしかない。
故に、凛音は率先して助作へと指示を飛ばしていた。
「1対3は危険過ぎます! もうすぐ合流できますから、そのまま建物や一般の方から敵を遠ざけるように逃げ続けて下さい!」
現場の被害が広がれば、それは権瓦原建設の損害拡大へと繋がる。倒壊物に助作が埋まってしまう可能性だってあるだろう。
懸命に声を張る姿には、いつもの様な内気な姿は見当たらない。
「敵が後からしか突進して来ないなら、円形に逃げれば敵はカーブ困難かもしれません!」
その合間に、草薙 タマモ(
jb4234)が励ましの言葉を送る。
「がんばってください、権瓦原さん! 私達が到着するまで、なんとか持ち堪えて!!」
『む、これはお初な声……この感じ! 笑顔が可愛らしいお嬢さんと見た!』
何故にこういうことだけ明確に反応するのか。そんな疑問を浮かべる間にも、どっかーん、と再び響く衝突音。
「緊急時に何やってる! 大きな瓦礫とかを探して登れ。足場を崩されても落ちないようなところだぞ!」
叱咤と共に紫鷹(
jb0224)が助言を飛ばせば、慌ただしいやり取りが再開される。
「助作の奴、本当にサーバント数匹相手に孤軍奮闘してやがるのか…らしくないじゃねーか!」
その身を案じる小田切ルビィ(
ja0841)の顔が憂いに帯びている。
(何か変なモンでも食いやがったのか…っ!? さすがに胃腸薬は持ってねえぞ!)
ちょいとルビィさん!?
傍らでは、みくず(
jb2654)が難しい顔をしている。
「権瓦原建設って、助作さんと名字が同じ……うん、これ、助作さんピンチの予感!」
こんなノリでも実はそうなんです! 是非とも助作にエールを送ってあげて下さい!
「先輩、がんばってね、ご褒美あげるから」
馬を走らす人参キターー!
「ご、ご褒美…とな?」
明らかに声のトーンが変わったところへ、申し合わせたかの様に凛音が言葉を重ねる。
「わ、私も…、これ以上被害広げずに頑張れたら……、せ、先輩のお願いなんでもききますからっ!」
「いよぉぉっっしゃあああ!」
雄叫びが、居場所をハッキリと伝えていた。
●
ズドドドド…!
舞い上がる爆煙を前に、ルビィが手を手を振って呼び掛けた。
「お、居た居た! 助作、生きてっかー?」
「うおおぉぉぉ! ご褒美ー!!」
うん、そりゃー、元気一杯ですよね。
とは言え、ここまで一人奮戦してきた彼である。自慢の盾は何処かに落とし、スキルも大半を使いきっている。今や逃げ続けるしか手がない状況だ。
さぁ、こんな時はキミの出番だ、紫鷹さん!
「私の相手もしてもらおうか!(ビシィ!」
瓦礫の上で、華麗に決めたニンジャヒーロー。少し思い切りが足りない辺りが、むしろ助作心を擽ってとても良い。
「ヒューヒュー♪ 今のキミは輝いてるぞー!」
両腕をブンブンと降る助作はさておき。1匹を引きつけた紫鷹が警告を飛ばす。
「2匹抜ける! すまないが頼む!」
これに雪彦が真っ先に反応。
「これ以上、兄貴を傷つけさせねぇぜぃ!」
「その声は、ゆ、雪彦か!?」
かつて温泉(混浴)で意気投合をしたマブダチの登場に、感涙の助作。
雪彦は式紙・縛を発動すると、なんなくブタの束縛に成功。これぞ篤い友情の成せる業なのか。
「お、おまえ…」
驚愕する助作に、雪彦が爽やかスマイルで応える。
「礼なんていいっすよ☆ 兄貴の為なら例え火の中水の中、ってね♪」
「そ、その指環はなんだーっ!」
驚愕の理由はそれかっ! 目敏い、目敏いですよ助作さん。尚、あれは彼女とのペアリンg…。
「彼女ォォォ!?」
衝撃の事実を前、憤死する独身アラサー男。そこへブタ1匹が嬉しそうに迫ってゆく。助作、一気に色々大ピンチ!
「毎度の事だが…ったく、手の掛かる野郎だぜ!」
ルビィは茫然とする助作を横に蹴飛ばすと、代わりに敵の突進を真正面からシールドで受け止める。
ドガーンっ!
高い防御力でダメージはほぼ無い。無いのだが…。
「うぉぉぉーっ!?」
強烈な突進の勢いを殺しきれず、ルビィはキレイな放物線を描くと瓦礫の山に頭から突っ込んだ。
※注 これでも掠り傷です。
「今のうちに安全なところへ退避するっすよ!」
今がチャンスと、知夏が助作に避難を促す……が、
「…彼女…彼女…彼女…」
その心は遠い世界へ旅行中。
「ああもう! 急ぐっすよ!」
体重3桁も何のその。知夏は撃退士の膂力で助作を軽々と担ぎ上げると、瓦礫の陰へ傷心の男をポイっと放り投げる。
続けて、助作の護衛に回ったみくずが、敵を近寄らせまいとドーマンセーマンを発動。
「私から離れちゃダメだよ」
「…わかった。離れちゃダメなのだな…」
ぼすっ。
「ふぇっ!?」
放心の助作、何故かみくずの背後に密着。みくずの背中が柔らかい脂肪に沈み込んだ。
(ボ、ボニョボニョだ〜)
●
一方その頃。戦場では、撃退士たちがブタたちの対応に手を焼いていた。
(硬いなぁ。それに、突進力が物凄い)
桃色の体表を滑る金属製の糸を引き寄せながら、タマモが空へと舞い上がる。堅牢な体皮があらゆる攻撃を阻み、有効打を与えらる気配がしない。
対するブタたちは撃退士たちには興味を示さず、しきりに鼻を動かして何かを探すばかり。
「これってやっぱり先輩を探してる…?」
動きまわるブタを異界の呼び手で封じつつ、凛音が疑問を浮かべる。
「ひょっとして…メスだったりして☆」
雪彦の冗談めかした言葉に、場が一瞬硬直。
…………。
あー。
何故だか納得した空気が流れました!
「何にせよ、これ以上暴れさるわけにはいかないな」
走り回るブタの気を引く為、再び紫鷹がニンジャヒーローを発動。更には、忍軍らしい機動力を活かした縦横無尽な動きで敵を翻弄する。
「ブタさんは、やっぱり鼻が気になるよね」
「毛に覆われてない鼻が或いは…」
タマモと凛音は、それぞれが黒薔薇とフレイムシュートで鼻っ面へ攻撃。けれど、ブタに目立った変化はなく、変わらず助作を求めて走り回っている。
「どこかに弱点があるはずです」
「あとは尻尾かなぁ」
部位攻撃に切り替え、弱点を探し始める撃退士たち。しかし、それより先にブタたちが助作の匂いを察知。一斉に瓦礫の山へと向かい始める。
助作に危険が迫る中、当の本人はと言えば…。
どよーん。
未だ精神的ダメージを引きずっていた。そんな助作を癒そうと、知夏と救急箱を手にしたウサギが助作の周りを跳ね回っている。
「治療中には、楽しい事を考えていると良いっす! 例えば…この後プールで泳ぐとか!」
それは肉体の治療行為と言うよりは、精神ダメージに対するケアに思えて仕方がない。
「そういえばこの間、凜音ちゃんと海行ったんだった。写真見る?」
みくずがごそごそと写真を探し始めれば、見る見るうちに生気が戻る助作の瞳。
「あ、忘れちゃったかも」
ずごーっ。
起き上がりかけた助作が華麗にスライディング。
世話の焼ける奴だと、ルビィが助作の耳元に口を近付ければ、
「男、助作! ここに見参!」
一瞬にして、助作が戦場へと舞い戻る。
「戦闘で苦戦している女子達を颯爽と助ける! これで好感度もうなぎ上りだぜ?」
乗せ上手ですぜ、ルビィさん!
「動きを止めるならば、お任せあれ♪」
雪彦が呪縛陣を、みくずが八卦石縛陣を発動し、直ぐさまブタたちの動きを封じ込める。
その間に、知夏が助作に疑問を投げ掛ける。
「何か敵の様子で気づいたことは無いっすか?」
「うーむ……よく見ると円らな目が可愛いかもしれんな。あ、うさたんの方がもっと可愛いぞ?」
「皆、目が怪しいっす! 助作先輩が意味無いことを言うときは、大抵きっと意味があるっす!」
……それはお約束と言うやつです。
解明された弱点。けれど、一同の顔は何だか浮かない。
「弱点が目っていうのは、捻りなさすぎだろ…」
「創造主のセンスが疑われるな…」
「ちょっとガッカリって感じかなー」
次々と発せられる感想に、ぐさぐさっという音がお空の方で聞こえる。もう止めたげて! 天の声のライフは0よ!
「とにかく試してみないとね」
タマモがアウルで練り上げた黒薔薇を投擲。額に突き立てると同時に薔薇が蛇へと変じ、円らな瞳へと噛みかかる。その途端、
ふしゅるるる〜…
空気の抜ける様な音が響き、ブタの体皮がしおしおと萎れてゆく。
「うわ〜、一気におばあちゃんになっちゃった…」
みくずの表現は的確で、堅牢な体皮は見る影もない。
すかさず集中砲火が降り注げば、あっけなく一匹が横たわった。
●
弱点と言う対処法がわかった撃退士たちの行動は早い。
「的は小さいが…これならどうだ?」
紫鷹の背後に無数の影手裏剣が浮かびあがれば、しなやかな指先に導かれて、艶やかな濡羽色を纏う刃が桃色の顔面へと降り注ぐ。
叫声を上げ、弛んだ皮を引きずるブタたちが身を翻す。逃亡を図る気だ。
「たまにゃ、カッコいいところも見せないとな」
白銀の髪を靡かせ、ルビィがブタの逃走路へと回り込む。左足を前に、向ける大剣の切っ先。右頬の横で雄牛の角のごとく構えた刃が、纏うアウルの輝きに照らされ、緋銀の色に揺らめいた。
「Ochs――雄牛の角で豚の串刺し、ってな?」
鼻を狙った刺突が、突進するブタとすれ違いざまに一閃。ブタが立ったまま絶命する。
「助作先輩、あと一匹っすよ!」
知夏のエールに背中を押され、ずんっ、と前へ進み出る助作。そこへ、九尾のオーラを背後に浮かばせたタマモが連携攻撃を提案。
「権瓦原さん、私が敵を石化させるので、追撃してトドメをお願いします!」
「おお、みくずちゃんの親戚だったのか!」
そこじゃない、とツッコむ余裕もないほどに(字数の)戦いは佳境を迎えている。
「今です!」
ブタが石化したのを確認し、タマモが助作を促す。その瞳は『一人で敵を喰い止め続けた』と言う事実を前に、期待に輝いている。
助作、止めるなら今のうちだぞ?
「任せておけい!」
助作が鼻息荒くブタへと吶喊すれば、その陰でルビィが大剣を振り被る。
「あんま甘やかすのもどうかと思うが…たまにゃ、自信付けんのも悪かないだろ」
黒き閃光が桃色の巨体を包み込み、ふらふらと躯を泳がせる死に体の天魔。
「決めちまえ!」
ルビィの声に導かれるように、助作が拳を振り上げる。そう、彼は忘れていた。武器すらもどこかへ落としていたことに!
「先輩、これを使って下さい!」
咄嗟に投げられた黒い物体が弧を描く。それは凛音が途中で拾っていた助作愛用の中華鍋(魔具)!
慌ててキャッチしようと空中でもがく助作。じたばた、じたばた。
「うおおぉぉっっ!!」
くわぁ〜〜ん!
夕暮れ空に金属音が響き渡れば、鍋を顔面キャッチした助作の身体がブタの顔面へとめり込んでいて。
「……え、あれ?」
タマモがキョトンとする中、最後の一匹が目を回して大地に崩れ落ちるのだった。
●助作を囲む者たち
「ぶふぅー!」
戦闘が終わるや否や、助作が腰を下ろした。さすがに疲れが出たのだろう。
「全く、どうしていく先々で天魔に絡まれているんだ? 歩く死亡フラグならぬ歩く天魔フラグだな」
ジト目の紫鷹に、助作が神妙な顔で首を傾げる。
「オレサマというカリスマ溢れる存在が、天魔を引き寄せてしまうのだろうか…」
真剣に悩み出す助作に呆れつつも、変わらぬ姿に紫鷹はそっと安堵の息を洩らす。
「何はともあれ無事でよかった。……あまり心配させてやるなよ」
紫鷹が視線を促せば、忙しそうに歩き回る少女の姿があった。
「思ったより被害が少ない…先輩が頑張ってくれたのかな…」
破損された重機や建材を被害度別に取りまとめる凛音。そこへ助作が近づいていく。
「あ、先輩。お身体は大丈夫ですか?」
向けられた優しい微笑みに、助作の脳裏に稲妻が走る。彼ぱ重大なことを思い出したのだ。
「桜花ちゃん! で、電話の事、何だが…」
「…は、はい…」
戦闘前の電話で、彼女は確かに言った。お願いを何でも聞く…と。
緊張しつつ言葉を待つ凛音に、助作がおもむろに口を開く。
「すまないぃぃ!! <ピー>を奪った件、申し訳なさすぎて切腹ものだーーっ!」
まさかの土下座&絶叫!
「本当に申し訳ないっ! 今度会うときには、桜花ちゃんの願いを何でも聞くので何とぞ御容赦をーっ!」
「せ、先輩!? ひ、一先ず顔を上げて下さい(汗」
(なんか面白いことになってるっすね)
遠くに見える二人の様子を気にかけながら、知夏は重機の燃料漏れやガス漏れ、漏電に、倒壊しそうな危険個所など、現場の状況を確認して回っていた。
情報を書き込む現場見取り図の片隅には、『作成者・現場指揮 権瓦原助作』と記載されている。助作に手柄を提供しようという知夏の粋な計らいである。
他方では、ルビィ、みくず、タマモの三人が、失くしたと言う助作の盾を探していた。
「私は上空から探しますね」
翼を広げたタマモが上空へ昇れば、二人が瓦礫の山をひっくり返して回ってゆく。
「見つからなかったら、購買の籤引きでも付き合ってやるか」
「ダメだよ! あれは、助作さんのトレードマークみたいなもんなんだから…早く見つけてあげないないと!」
ぐるるるっきゅ〜。
「……そうだな。早く見つけて御飯食べような」
いつしか日は大きく傾いて。
結局、活性化が解けて小さなヒヒイロカネへと戻った盾を見つけることは叶わなかった。
「なーに、形あるものはいつか壊れ、いつか失われるものだ」
「先輩、元気だしてね。これ、約束のご褒美。前はこれを武器にしてたから…」
「おお、ありがとうな」
渡されたクーゲルシュライバーをしっかりと握り、助作を前に立って帰路につく。その背にスススっと近付く影影が一つ。
「兄貴、お疲れっす☆」
「ゆ、雪彦……さ、さっきは取り乱してすまなかったな」
「わかってますって。次は兄貴の番っすよ♪」
いつもと変わらぬ笑顔の雪彦に、友情とはいいものだと大感動の助作。
「……で、兄貴の本命は?」
「ほ、ほほほ、本命っ!?」
一転、わたわたと慌てる姿に、雪彦が満面の笑みでサムズアップ。
権瓦原助作、アラサー男。そろそろ恋愛ネタに行ってみようか。