●今日は快晴、旅日和
「さー、みんな出発するわよー!」
千鶴の上機嫌な声が旅の始まりを告げる。
「のんびりして良いかもですね」
一人参加の癸乃 紫翠(
ja3832)が車内を見回した。徐々に賑やかになっていく様子は、それだけで何だか心が躍る。
「あわわ…人が沢山出たり入ったりしてるのです…メリーどうすればいいのです?」
ふと声の方へと振り向けば、一人の少女が目を回していた。
「出入口の真ん中に立っていては、流されますよ?」
わたわたとするメリー(
jb3287)に、紫翠は一緒に座る様に勧める。
「えっとあの…宜しくお願いしま…す(お…お兄ちゃん以外の男の人に声をかけられたのです…)」
重度のブラコンである彼女にとって、兄以外の男性と向き合うのは慣れないこと。何を話していいのかわからず、席に着いても落ちつかない様子の彼女に紫翠はにっこりと笑いかけた。
「そんなに固くならないでいいですよ。のんびり楽しみましょう」
「は、はいなのです!」
「んー…姉さんに休んで来いと言われたのですが…」
イアン・J・アルビス(
ja0084)は席に座ったものの、何だか落ち着かない感じがしていた。
『休む』ことは性に合わないらしく、じっとしてると却ってソワソワしてくる。
「とりあえず、休むことを仕事、ということにしておきましょうかね」
自分に言い聞かせる彼の横を、ティラノサウルスのぬいぐるみ『ティラちゃん』を抱きしめた蟻巣=ジャバウォック(
jb3343)が通り過ぎた。
「最初は……電車の中、見学するです」
どうやら彼女は電車初体験らしい。そう言えば、先ほどから車内を歩き回っていた気もする。
「良かったら案内しましょうか?」
そんな彼女にイアンが立ち上がり声をかけた。
「あの、俺……私? の為に、よろしいの、でしょうか…?」
ええ、構いませんよ、とイアンが笑顔で答える。
「電車で、旅は……したこと無いので……。いっぱい、楽しみたいです」
「では、先頭車両からの眺めでもいかがでしょうか?」
こうして、二人は車内見学ツアーを始めるのだった。
「電車ねぇ…まぁそれもいいか」
「電車旅…いいですねえ…ふむ、ぶらりお嫁さん(兎)探しでも…」
如月 敦志(
ja0941)が目的地のない旅にやや苦笑する一方、何やら思い馳せているのはうさぎさん、もとい兎吊 卯月(
jb1131)。
二人に続き、栗原 ひなこ(
ja3001)、藤咲千尋(
ja8564)、奥戸 通(
jb3571)も席に座り、ボックス席二つで輪を作る。
「ほら、ギアくんも座って座って。あ、チョコプレッツェル食べる?」
ひなこが手招きするのは蒸姫 ギア(
jb4049)。何故だか彼は膨れっ面だ。
「蒸気機関車じゃない…ギアこんなの認めないんだからなっ!」
蒸気機関が未だに万能だと信じる彼にとって、電力で動く列車と言うのは認め難いものらしい。鉄道の旅と聞いてわくわくしていただけに尚更なのだろう。
それでも人界の見聞広げ、仲間たちと旅を楽しむべく彼も腰を掛けた。
「旅に出れば美味しいものが待っている〜♪」
鼻唄交じりに腰を掛けたのはみくず(
jb2654)。
事前に調べた美味しい駅弁の情報を頭の中で反芻し、これから出会うそれあらに想いを馳せる彼女は上機嫌だ。
だが、それも出発するまでのこと。
「というわけで駅弁の旅だよ!」
電車の発車ベルが鳴りだした途端、彼女の表情がキリリと引きしまる。
ガタン…ゴトン…。いよいよ出発の時間。
一応、仙台・盛岡の名前も挙がっているけれど、どうなるかは風任せの千鶴先生任せ。
のんびり、のほほん、まったりと。
これといった目的地のない電車旅が、いま始まった。
●電車は揺れるよ、どこまでも
「電車に揺られてのんびりの旅か」
黄昏ひりょ(
jb3452)がホッと一息つく。
彼は部の設立や、色々な場の交流で慌しい日々を送っており、こんな風にのんびりした時間を過ごすのは久しぶりなのだった。
「たまにはのんびりするのもいいかもね…」
「目的地を決めず、ただ電車に乗ったりっていうのも楽しいよね」
側に座っていた六道 鈴音(
ja4192)と高峰 彩香(
ja5000)にも声をあげる。
「のんびり旅をするというのも面白そうです」
そこへ車内にトイレがあることを確認してきたメレク(
jb2528)も加わり、4人は取りとめのない話に花を咲かせる。そんな時間が今日は何だか心地良い。
「電車に乗ってると、景色を眺めてるだけでも十分楽しめるよね」
窓の外に、彩香が目を向ける。彼女の趣味は一人旅。移ろいゆく景色を眺めたり、各地のご当地ものなどを見たり買ったりするだけで十分に楽しめる。
だけど、大勢での旅だって勿論好きだ。実は内心ではテンション高かったりする。
「余裕があるなら、色んな所のご当地ものも楽しみたいね」
うきうきとした彩香の言葉に、他の3人も頷く。
話は自然とご当地の駅弁やお土産へと移り、のんびりと穏やかな時間が変わらず流れ続ける。
「これが…日本の電車なのです…? 少し…ドキドキなのです」
最初は引っ込み思案でたどたどしかったメリーは、ある話を境に饒舌になっていた。それはつまり――兄の話。
「メリーはお兄ちゃんに手作りチョコをあげたくらいなのです」
「メリーさんは、お兄さんのことが本当に好きなのですね」
兄のことを話す彼女は目を輝かせ、とてもイキイキとしていた。そんなメリーを紫翠は微笑ましく見つめる。
「お兄ちゃんは凄く喜んで食べたあと、そのまま寝ちゃったのです!」
(…それは寝たのか? 倒れたのか?)
思わず起きた疑問を敢えて口には出さず、紫翠はメリーの話に耳を傾け続ける。
ちなみに彼は知る由もないがメリーの腕は壊滅的である。つまり、兄は…そういうことである。
「雀原さん…それ、何?」
参加者の様子を見回っていた千鶴の足が思わず止まる。
雀原 麦子(
ja1553)の側には、ビールがダースで山積みに置かれていた。
「千鶴ちゃん先生も一緒にどうですか?」
早くもほろ酔い顔で、ご機嫌にビールを勧める麦子。各地の風景を楽しみながら飲むビールはまた格別のものらしい。
「ん〜、じゃあ一杯だけ…」
引率だし、と一応断りを入れる千鶴先生。でも飲んじゃうんだ?
「「かんぱーいっ♪」」
二人の喉をごくごくと鳴らす音が周囲に響く。
「さいこー♪」
「おいっしー♪」
二人は満面の笑みで再び乾杯を交わすのだった。
「さ、トランプするよ、ババ抜き!!」
「よし…ババ抜きですねっ! 負けませんよっ!」
千尋が用意していたトランプとお菓子を取り出し、通が気合いを入れる。
楽しく賑やかな声が車内に響く。
「さ、次はあちゅしさんの番だよ」
千尋がわざと一枚だけ目立たせたり、顔芸を披露しては敦志を翻弄する。
「…これだっ!」
狙い澄ました札は見事にJOKER。これで何回千尋に騙されたことか。凹む敦志の頭をひなこがよしよしと撫でる。
「運の要素が大きいゲームは苦手だ…得意分野はこっちなもんで」
敦志は、ははっと笑って持っていたカードを一瞬で薔薇に変えると、ひなこへ差し出した。オー! と一同から驚きの声があがり、敦志の真顔を通が使い捨てカメラに収める。
(どこからだしたのかな…)
薔薇を受け取るひなこの視線は何故か額を見ていた。
賑やかな声はまだまだ続く。
正直者の通が百面相の如く表情を変えれば、千尋はポーカーフェイスを発動してクールな表情を装う。
「ほう…ポーカーフェイスですか…私、兎ですので表情なら負けませんよ!」
クール(もふもふ)な表情の卯月に、敦志とひなこが二人仲良く吸い寄せられた。
「極上の柔らかさ…!」
「うわぁっ、もっふもふ〜」
ギアがババを引けば、千尋がいけぼで指摘する。
「ギア、それがババなのさ!」
それに触発されたギアは何故かババを死守し始めた。
「ギア、絶対負けないんだからなっ!」
あれ? みんなルール教えてあげた?
「あと一枚〜!」
真っ先に勝ち名乗りをあげそうになった千尋に襲い掛かるは、ひなこの精神攻撃。
表情を崩すには、あの人の力を借りるしかない! と、取り出したるはデジカメ。
「千尋ちゃんらぶらぶツーショットぉ〜」
「!!!」
千尋は頑張ってクールを装うも、その足はバタバタ悶絶中。
「ふふふ、ギアの勝ちだ!」
結局、今回の勝負で勝利したのはギア。最後まで手にしていたババを掲げ、嬉しそうに勝ち誇る。って、これババ抜きだから!
「も、もちろん、ギアは知ってたぞ」
真っ赤になるツンギアを、一同の微笑みが包む。
ぱしゃり。
ひと勝負後の休憩中、千尋が流れゆく綺麗な景色を写メすると、それを見逃さなかったひなこが迫った。
「彼氏に〜?」
によによ顔の親友に、あばばばばと千尋が慌てふためく。その様子を卯月は青春ですねー、と微笑ましく見守るのだった。
「で、なんで俺が旅のお相手なの…?」
「疲れを癒やす為の旅だろ? レディ誘えば気遣い必須だからな」
賑やかな一団から離れた隣の車両では、百々 清世(
ja3082)とアラン・カートライト(
ja8773)がボックス席で向かい合っていた。
「どうせなら女の子とが良かったなー」
「男二人旅、良いじゃねえか。何だよ、お前だって俺好きだろ」
清世の緩い文句にアランが口を尖らせ、まーねーと清世がやっぱり緩い笑みを返す。
「でも、そこで俺誘っちゃう、てのがさ…相変わらずアランちゃん、友達いないよねー」
「…お前、俺をぼっちだと思ってるのか? せめて孤高だと言え。いやぼっちではねえけど」
そう言った直後、思い返せば百々といる記憶ばかりな気もするな、と苦笑する。
「…だろ、って、聞いてるのか、百々」
「話? あー、聞いてる聞いてる」
少し会話に飽きたのか、清世が外を眺め始める。それに合わせ、アランも外に目を向ける。沈黙が流れても、お互い苦になることはなく。
「でも電車、て新鮮かも。いっつもバイクが多いし?」
「バイクより車だ、運転出来る男にレディは弱い」
電車に揺られながら、男二人はゆっくりとお喋りに興じ続けるのだった。
「うおー! すげー!」
乗り込むや否や窓際の席を陣取り、出発直後から流れる景色にはしゃぎ続けているのは因幡 良子(
ja8039)。
「因幡さん、もうちょっと静かに…って、わーっ! 何あれっ!?」
注意に向かったはずの千鶴もハイテンション。だってほろ酔いなんだもの。
二人は並んで窓の外を見ては姦しく騒ぎ始める。
「「おー! わー! うひょー!」」
「二人ともお静かに!」
そこに今度こそ飛んだ注意の声。
蟻巣との車内見学ツアーから戻った風紀委員のイアンである。騒ぎ声は隣の車両まで響いていたらしい。
イアンの前で項垂れる千鶴が、隣で項垂れる良子に向けられる。
(ちょっと静かにしようか)
(っすね。サーセン)
二人はぺろりと小さく舌を出すと笑顔を交わした。
「電車の窓から見た流れる景色も素敵ですね…」
「速い筈なのに落ち着くのは何故でしょうね…」
ウィズレー・ブルー(
jb2685)とカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は並び、同じ風景を楽しんでいた。
「駅一つ一つ造りが違って面白いですね…」
元々人類の造形物が大好きなウィズレー。電車や関連の知識はあれど殆ど乗った事は無く。停車の度、窓越しに駅を眺めていた。
「無人の駅なんていうのもあるんですね…。それだけ平和という事でしょうか」
カルマも駅の構造や状態を見ては感心している。
電車が走り出すと、ウィズレーは車内をきょろきょろまじまじと見回し始めた。電車も立派な人類の造形物なのだ。
そんな天使に苦笑いしつつ、カルマは花の図鑑を開いた。
「何を見てるのですか?」
気付いたウィズレーが覗き込む。
「ほら、ウィズレー・ブルーというのは花の名なのでしょう? 少し興味を持ちましてね」
彼はある花を指差した。
「えぇ、私の髪や瞳と同じ色の花なんですよ」
「なんだか、あそこは近寄れない雰囲気…」
千鶴は菊開 すみれ(
ja6392)と雨鵜 伊月(
jb4335)の二人が作る甘い空間に、二の足を踏んでいた。
「お弁当作ってきたんだ。楽しみにしててね」
今日の彼女は早起きしてお弁当を作った上に、気合いを入れてちょっとエロ可愛いお洒落な服を着ていた。それもこれも、勿論伊月の為。
その伊月はいつもと変わらぬ笑顔を彼女に向けていたが、その内心はドキドキが止まらない。
すみれに想いを寄せる彼は、いつもと違う魅力を放つ彼女を前に平静な顔を装うの精一杯なのである。
「ふふふ〜、若いわね」
千鶴はそんな二人の様子を堪能すると、そっと席を離れるのだった。
●それぞれのお弁当タイム
そして、電車は仙台到着。旅はここで折り返し地点。
「そうだなぁ、まずは海鮮丼みたいなのかな。海の幸がたくさんはいってるやつ!」
「私は美味しそうなのを見つけたら、それに決めようと思ってるんだよね。」
鈴音と彩香はじっくりと駅弁を吟味して回っていた。
「色々食べてみたいけど、二つくらいが限度かな」
「駅弁…を、買ってみるです」
ひりょが選んだ牛肉一杯の弁当を、蟻巣も手に取る。彼女にとってはこれが初めての駅弁だ。
「誰かと一緒に、食べたいです…。でも、その前に、友達への…お土産も、買いたいです」
蟻巣はそのまま売店を巡り、店員に聞いたお勧めから喜んでくれそうなものを選ぶ。
「良かったら一緒に食べませんか?」
車内に戻った彼女を、ひりょたちが笑顔で迎えるのだった。
「‥‥ん。駅弁。全種類。頂戴」
先ほどから、停車駅ごとに駅弁を大人買いしているのは最上 憐(
jb1522)。
彼女は買えるだけの駅弁を買い込んでは、次の駅に着く迄にすべて食べ尽くしていた。
「‥‥ん。電車の。中で。食べるのも。オツなモノだね。食が。進む」
今もまた電車に戻るや否や、早速駅弁を食べ始めた。
表情にあまり変化は見えないが、きっと美味しいのだろう。彼女の手は休むことなく、弁当を口に運び続ける。
「……ん。次の駅は。どんな。駅弁かな」
その向かいで、やはり同じように弁当にパクついているのはみくず。
彼女は事前に乗る電車をチェックし、停車駅すべての美味しい駅弁を調べ上げていた。その情報を元にひと駅辺り5人前を買い込んでは、延々と食べ続けている。
そんなブラックホールな二人を、紫翠とメリーはポカンと見つめていた。
「ん? おいひいよー?」
その視線に気づいたみくずが、もぐもぐしながら顔を上げる。
「失礼。あまりに美味しそうに食べているので‥それにしても凄い量ですね」
言ってる側から、憐とみくずの弁当が次から次へと無くなっていく。
「全種類の駅弁を食べつくす勢いですね」
その食べっぷりに紫翠は微笑み、メリーは目を丸くするばかり。
「これとかお勧めだよ」
紫翠とメリーは、次の停車駅でみくずからお勧めの駅弁を教えてもらった。
「これは美味しい。良い情報をありがとうございます」
紫翠が礼を述べる間も、みくずの箸は止まらない。
「みくずさんは沢山食べるのですね…メリーは其処まで食べれないのです。でも、お兄ちゃんは沢山食べるのです!」
メリーは食べるのも忘れて、お兄ちゃんの食べっぷりを語り始める。
「こういう旅もいいねえ…美味しいもん食べると幸せになれるし…」
しばらくして、みくずが水筒のお茶を飲んでほっこりした。
小休止する彼女の傍らでは、空になった弁当箱が山の様に積み上げられていた。
ある駅で、清世とアランの二人は弁当を選んでいた。
「アランちゃん、どれにする?」
「俺はこれだな」
アランが和食中心の弁当を選べば、じゃあ、俺はこっち、と清世は洋食メインの弁当を選ぶ。アランが清世の分も代金を支払い、二人は席に戻る。
「あ、それ美味そー。一口ちょーだい」
清世が美味しそうな焼魚を奪い、アランが呆れて溜息を漏らす。
「そんな事しなくてもやるのに。ほら、あーん」
「ん、あーん」
二人にとって、今更この手の事に抵抗感はない。
「つうか酒は売ってねえのかよ、食事にはワインが必須だろ」
「いやいや、電車でワインはないでしょー」
二人はのんびりと駅弁を楽しんだ。
「いなばん、大富豪しましょ♪」
勿論、お弁当のトレードありでね♪ との麦子の誘いに、他人のおかずを物色すべく車内をウロウロしていた良子が快く応じる。
「お! いいねいいねー!」
麦子が取り出したのは、牛たん弁当や海鮮弁当と言った北の名物駅弁の数々。ビール補充のついでに、駅で買い込んだらしい。
それに対して、良子は持参のお弁当。
良子は前日からやたら気合い入れて、砂糖たっぷりのあまーい卵焼きと黒ゴマで目を付けたタコさんウィンナーがウリの手作り感あふるるお弁当を作ってきていた。デザートに一口サイズのゼリーも付いてる! もう完璧っ!
「千鶴ちゃん先生もどぉ?」
通りすがりの千鶴を二人が呼び止める。
「じゃあ、どうせならみんなも巻き込んでやろっか」
と言うわけで、目についた者に声をかけまくり、鈴音、彩香、ひりょ、メレク、蟻巣、イアンらを巻き込んでの大富豪大会が始まる。
「せっかくの旅行、楽しみましょ♪」
麦子がビール片手に宣誓し、勝敗が決することに上がる一喜一憂の声。おかずのトレードが飛び交い、お弁当が富んだり貧しくなったり。
「先生のお弁当事情って気になるなー」
「え? 私? 私は…」
良子が千鶴を覗き込むも、どこにもお弁当らしきものは見当たらない。この先生、どうやらお裾分けで弁当を賄うつもりだったらしい。
「…これで先生を負かしたら、どうなるかなー?」
良子の不敵な笑みに、千鶴が受けて立つわよとキリッと眉根を寄せる。まぁ、まだ千鶴は一度も勝ってないのだけれども。
大富豪が終われば、お食事タイム。
メレクが予め用意していた割箸や取り皿を使って、思い思いにおかずを分け合い始める。
「どうぞ使って下さい」
メレクは使い捨てのお手拭まで準備していたらしい。
ちなみに一度も勝てなかった千鶴先生は、生徒たちの好意で色々お裾分けして頂いていた。みんな、ありがとう!
「……うん、かなり美味しいな」
ひりょは交換したおかずの一品を口にし、満足そうに頷く。これは隠れた逸品ってやつかもしれないな、と少し得した気分になった。
「…おいしいわね」
鈴音は彩香、蟻巣、メレクと共に窓際の席を陣取ると、談笑しながら駅弁を堪能し始めた。
一方、イアンは…、
「さて…折角ですから駅弁でも料理の参考にさせてもらうとしましょうか」
何故か駅弁を分析していた。食べること、それ自体が料理の勉強になることもある、とは彼の言葉。
だが、そんな彼もやがて駅弁から視線を上げる。
「これは、こうやって景色見ながら食べるからこそ、美味しいというのもあるかもですけどね」
彼は今度こそゆっくりと、景色を眺めながら駅弁に舌鼓を打つのだった。
「いただきまーす」
手を合わせた千鶴が何かの視線を感じ、振り返る。そこに居たのは獲物を狙う様な目をした憐。
「‥‥ん。美味しそうだね。うん。気にしないで。みてるだけ」
「え、えーと…これは私のだから、ね? 最上さんは駅弁買ってないの?」
「……ん。駅弁。全部。食べたところ」
次の駅に着くまで、食べ物を求めて車内を彷徨っていたらしい。
箸を伸ばす千鶴に強力な圧力が襲い掛かる。
「‥‥ん。1人で。食べられる? 手伝いが。必要なら。手伝うよ」
その熱い熱い視線に、千鶴は涙を飲んでお弁当を差し出した。
「食べる? …きっと、涙が出るほど美味しいわよ?」
「おはよーございますー」
そんな千鶴に声をかけたのはアーレイ・バーグ(
ja0276)。乗車早々から今まで眠っていた彼女も、今はぴざとぺぷちでお食事タイム。
「千鶴先生食べます?」
「わー、ありがとう♪」
電車の中でピザが食べれるとは思わなかったわ。と、ぱっと見普通のピザに千鶴がパクつく。
もぐも、ぐ…っ!?
「ぅきゃーーーーっ!!!!」
「千鶴先生! お静かに!」
再びイアンから注意が飛ぶも千鶴の叫びは止まらない。何故ならピザはデスソースが入った激辛仕様。叫ぶなと言う方が無理である。無理ったら、無理!
その横で平気な顔をしてるアーレイは、知り合いのデスソース職人に慣らされたから平気なのだとか。
ズルい…。滂沱の涙を流す千鶴にアーレイは優しく言葉をかけた。
「もう一枚食べます?」
「これが駅弁ですか…」
初めて体験する駅弁に緊張しているのか、ウィズレーは躊躇していた。
二人が購入したのは事前に調べた中で一番美味しいと言われていた牛タン弁当。
「ウィズ、大丈夫です。美味しいですよ」
カルマはいつもと変わらぬ仕草で駅弁をぱくりと口にする。やがてウィズレーも意を決して、牛タンを口にする。
「……美味しいです」
その目が美味しさに感動し、キラキラと輝いた。
二人が駅弁を堪能したところで、ウィズレーがある物を取り出した。
「電車の旅は冷凍みかんが必須とも聞きました」
「冷凍みかん…」
一体、いつの間に用意していたのだろうか。手渡された冷凍ミカンにカルマが思わず苦笑する。
揃って皮を剥きながら、ウィズレーは通りすがった千鶴にもお裾分けをした。
「赤良瀬先生もご一緒にどうですか?」
「いっくん、大丈夫?」
すみれが心配そうに伊月の顔を覗き込む。その顔色は数分前と打って変わって……悪かった。
「だ、大丈夫…。そ、それより…とってもおいしいよ」
「ほんと!? よかったー」
すみれが無邪気に喜び、伊月が青白い笑顔を返す。
最初こそ、すみれのお弁当を大喜びで食べ始めたものの、すぐに昔から料理が微妙だったことを思い出す羽目となった。
それでも…男には黙ってやりきらなければならない時がある! 色々なものをぐっと飲み込みながら、伊月は見事に弁当を完食してみせた。
「ご、ご馳走様…でした…」
今回は電車旅だからと、料理が得意の敦志も駅弁を買っていた。代わりに彼が用意していたのは、
「ほれ、コンソメスープだ。よければ皆もどうぞ」
スープストック。最初にひなこへ。そして皆にも振るって回る。
賑やかにお弁当が広げられる中、動きの無い人物が一人。
「…ギア買ってない」
しょぼんとするギアを、差し出されたスープの湯気が包み込む。
口にした温かいスープが染み渡り思わずほっとすれば、その様子を皆に見られていた。
「ぎっ、ギアお腹すいてなんか…」
ツンギア二回目、入りましたー!
「朝から張り切って作っちゃいました!」
通のお弁当は、タコさんウインナー、卵焼き、ミートボール、人参ゼリーに苺。
「うささーん、あーん」
卯月のために通がタコさんウィンナーをつまむと、千尋がサンドイッチをパクつく手を止めた。
「そっくり!!」
思わず目が奪われるほどに、タコさんと通の髪型が似ていたご様子。
「みんな、おかず交換だ〜っ♪」
そして、ひなこの提案によりここでも始まるおかず交換会。
「なんと…交換ですか! お好きな人参をどうぞ!」
「Σ人参!?」
ひなこの慄く視線に誘われ卯月の弁号箱を覗き込めば、そこには生人参・湯で人参・焼き人参・おやつ用のスティック人参など。全部彼が持参したものである。
「おや? 皆さんどうかしましたか?」
うさぎさんが人参ポリポリしながら首を傾げた。
「ギアちゃん、唐揚げ食べる? うさおくんには、これあげる!」
千尋が卯月にあげたのは可愛らしいウサギ林檎。あれ? 共食いですか!?
最後に通が人参ゼリーを皆に配って回る。
「美味しいんだからっ! …たぶん」
うさぎさんは一人大喜びなのでした。
●旅の終わりは近づいて…
電車は変わらずガタンゴトンと揺れ続け、車内のあちこちから静かな寝息が聞こえ始める…。
「あ、約束のお土産写真も撮っておかないとー」
ひなこが思い出してカメラを取り出す。友達みんなとの写真は既に撮影済み。今回狙うのは、もふっているうちに眠ってしまった千尋の寝顔。
ひなこが盗撮し、敦志もこっそり写真に収めると千尋の彼氏に送信するのだった。
「彼氏さん来れなくて残念だったなぁ」
「寝るか…。次に駅弁を食べる時間がきたら、起きよう…」
特にやることもなくなり、鈴音は目を瞑って電車の揺れに身を任せる。うとうとし始めた意識が、つい先日依頼で戦った悪魔のことを思い出させる。
(あの悪魔、この間は取り逃がしたけれど、いつか私がケシズミにしてやる…)
そんなことを考えながら、いつしか鈴音は夢の中へと落ちていった。
「何してるの?」
彩香がメレクの手元を覗き込む。
メレクは見ごたえのある景色を見かける度、それをデジカメに収めていた。勿論、車内の光景も。
今は千鶴先生や皆にプリントアウト用の写真を選んでいた。
「いい写真撮れたのかな?」
彩香の問いにメレクが微笑んだ。
「ええ…楽しみにしていて下さい」
「ぼちぼち眠り始めた子たちもいるし、静かねぇ…」
千鶴があくびをかみ殺して周囲を見渡す。
「こんなこともあろうかと!」
飽きかけた千鶴にすすっとアーレイが近付いた。
手渡さらた携帯用ゲーム機に、千鶴の目が丸くなるそこには裏面せくしー、表面コスプレの千鶴の姿。
乗車早々にアーレイが眠ったのは、痛千鶴仕様を作っていて寝不足だった為らしい。
「これがお勧めですよ?」
電子の歌姫が久遠ヶ原校歌を歌い、それに合わせて音ゲーするというシュールな代物を前に、目を丸くしたまま千鶴の時は止まった――。
「電車では眠るの危険…耐えられる…はず…」
敦志にもたれかかり、いつしかうとうと眠りについたひなこ。騒ぎ疲れたのか、やはり眠りに落ちた敦志。
そんな二人の寝顔を千尋がこっそりと写真に収めた。
「にししー仲良しー可愛いー」
「みんな寝ちゃってつまらないなー…」
と、ウロウロと車内を歩く通が清世の姿を見つけた。
「ももちゃん発見! イェーイ☆」
二人は笑顔でハイタッチを交わした。
「もふもふ…みなさん眠ってしまわれましたか」
卯月はおやつスティックぽりぽりしながら、持参した兎雑誌を読んでいた。
「この方…美しいですね」
そんな卯月をみくずが見つめている。彼のもっふり具合が気になるらしい。
「…もふられます?」
こくりと頷き、みくずが卯月をもふり、卯月もみくずの尻尾をもふる。
「惚れ惚れする毛並みですね!」
触り触られ。もふりもふられ。二人は心ゆくまでお互いのもふもふを堪能し続けるのだった。
「喫煙車行こうぜ、お前もそろそろ吸いたいんじゃねえか?」
「限界。やっぱ煙草吸えないのつらいわー」
清世とアランは喫煙者に移動して一服を始める。揺らぐ煙を二人、ぼんやり眺めた。
「たまにはこうやってゆっくり、てのも悪くないかな」
「偶にはこういうゆっくりした日も悪くねえな」
同じことを同時に言った二人は、この日一番いい顔で笑いあうのだった。
電車の規則正しいリズムに揺られ、すみれが目をこする。
(お弁当作るのに朝早く起きたから…かな?)
大きく電車が揺れた拍子に伊月の肩にもたれ掛かり、そのまま夢の中へ誘われていく。すみれが完全に眠りに落ちたのを確認すると、伊月はそっと上着を掛けた。
あれほど賑やかだった車内に、電車の揺れる音だけが響く。
ガタンゴトン、ガタンゴトン…。
伊月はそっと寝顔を覗き込む。髪、瞳、頬、そして――唇。その手がそっと頬に触れる。二人の距離がゆっくりと近付いていく。ドキドキと高鳴る鼓動は伊月のものか、それとも――。
だが、彼の勇気もそこまで。頬から離れた掌が髪を優しく撫で始める。
「…いくじなし」
すみれの小さな呟きが電車の揺れる音に紛れて消えた。その声が伊月に届くことはなく…。
電車はそのまま眠りに落ちた二人を、優しく揺らし続けていた。
「できた!」
持参したお裁縫道具でチクチクとウサさん人形を作っていた通が、嬉しそうに声をあげる。
その出来はうさぎさんも納得のお墨付き☆
「これはいいもふもふ加減ですね」
「あら、駅近くに桜の木が沢山…もう少しすれば綺麗なんでしょうね」
「桜の花、話によれば、そろそろ時期らしいですよ。俺も是非見てみたいものです」
ウィズレーとカルマの見上げた先には、桜の木に蕾。
「また何時か来たいものです」
遠く離れていく桜を二人はいつまでも見つめていた。
最後に蟻巣がカメラを持って千鶴に近付いた。
「皆さんで……記念撮影、したいです」
その提案に千鶴が満面の笑みで応える。
「じゃあ、みんな撮るわよー」
狭い車内で肩を寄せ合い、タイマーがカウントを始める。
「はい、ちーず!」
――パシャッ。
鳴り響いたシャッターの音が、旅の終わりを告げたのだった。
●解散!
星空の下、旅を終えた一同が学園へと戻ってきた。
「たまにはこういうのもいいもんだなー」
行きがけの苦笑はどこへやら。目覚め、すっかり笑顔になった敦志が傍らの恋人と楽しそうに話している。
「ギア、楽しかった!」
蒸気機関じゃなかったけど、彼も楽しい旅だったようだ。
「‥‥ん。もう。終わり?。食べたり無いので。もう一週。してこようかな」
おっとぉ。最初から最後まで食べ続けた憐は、まだ食べ足りないご様子。
「みんなお疲れさまー」
そして、最後まで飽きることのなかった千鶴はご機嫌で一人一人にある物を渡して回っている。
「それは今日の旅の記念品」
おおー! と驚きの声。
「この久遠ヶ原で売ってたお守りよ」
そして、一斉にずっこける音。
こういうのは旅先で買うものじゃないですか、先生?
「今回は駅から出ないことがわかってたからね。予め買っておいたの」
準備良いでしょう、と千鶴が得意げな顔になる。
「そのままじゃ唯のお守りだけど、今日の乗車券とか写真とか入れれば十分特別なものになると思うのよね」
重要なのはここでしょ? と自分の胸を指して笑う。
「じゃあ、かいさーん!」
千鶴の声が星空に響いた。
「さーて、また明日から頑張れそう!」
帰途に着く生徒たちを見送る笑顔はとても清々しく。
暖かな夜風は、春の訪れを告げていた。