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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:易しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/21


みんなの思い出



オープニング



「あらあら、今日は涼しい風だねぇ…」
 平和な午後のひととき。
 老婆が穏やかな微笑を浮かべる。
 梅雨を迎えた町は湿度を持てど、そこに不快感はなく。
 さわさわと、町にそよぐ優しい風が髪を揺らし、頬を撫でた。
 微かな青葉の薫りは夏が近いことを伝え、「今年も暑いのかねぇ」、そんなことを考える。

 お茶をすすりながら目を閉じれば、耳を澄ませなくとも聞こえてくる子供たちの談笑。
 往来を往く車の音。聞こえるベルの音は自転車だろうか。更に遠くでは、重機の重低音が鳴り響いていた。
 町が復興を開始してから約一ヶ月余り。町は活気に満ち溢れると同時に、緩やかに平穏さも取り戻しつつある。
 空気から伝わってくる町の息吹きに自然と顔が綻ぶ。

「のんびりできることがこんなに幸せとはねぇ」

 ふと半年程度前を思い返す。
 絶望と希望の狭間で耐え忍んでいた長い長い日々。
 吹き付ける玉風。冬の冷たさ。瓦解した町。出口の見えなかったトンネル。それは辛く、厳しく、哀しく。
 だが、あれほどの出来事だったと言うのに今やその記憶は朧げだ。
 今となっては遠い、遠い夢の様な出来事。
 代わりに明確に思い出せるのは、『ゲートが消えた』という報が町を駆け巡った時の歓声、喜び、笑顔。
 そして―――この地を立ち去ったうら若い撃退士たちの背中と声。

 部屋に飾られた写真を見る。
 昔の写真は天魔襲来の折に、家と共にほとんどが消失してしまった。
 今あるのは、わずかここ一月ほどの写真。それらはどれも色鮮やかに、鮮明で、笑顔が零れている。
 その目が一枚の写真で止まる。
 それはこの地の為に戦ってくれた撃退士たちとの記念写真。
 皺に刻まれた手がゆっくりと写真の表面を撫でた。
 細めた目は嬉しそうに。けれど、ちょっと寂しそうでもあり。

「―――本当にありがとう、ね」




「早くしないと陽が暮れちまうぞ!」
 青空の下、威勢の良い声が響き渡る。
「もうちっとだな」
 場を仕切る中年の男が進行表に目を通す。少々遅れはあるが、この分なら何とか間に合いそうだ。

 かつてゲートが展開された忌まわしき場所。そして、町が解放された喜びを皆で分かち合った再開の場所。
 今はその何物でもなく、先日ようやく本来の役目を取り戻した小学校の校庭。
 その中を多くの人たちが奔走していた。
「おい、誰か手伝ってくれ!」
「こっち、建材が足りないぞ!」
 中央には櫓が立てられ、四方の木々に伸びたロープには赤、黄、緑などの彩豊かな提灯が吊り下げられている。
 軽トラに揺られて和太鼓が運び込まれる。
 精力的に動く男たちが大量に流れる汗を拭い、身体に押し寄せる疲労感に一息つく。けれど、その顔に辛苦などありは無い。
 辺りに漂うのは、まるで一足早く夏が訪れたかのような熱気。
「祭りは明日だ。時間がねえぞ!」
 男の掛け声に溢れんばかりの活気が応える。
 復興も一段落しつつある今、区切りをつける意味と新たな始まりを祝う意味で、町では祭りが開かれることになった。
 活力を取り戻した町に『祭り』ほど似合う行事もないだろう。
「すみませーん! こっち確認お願いしまーす!」
「おお! 今行く!」
 男が駆け足でグランドの片隅へと駆けてゆく。足を止めた前に建つのは、簡素な掘立小屋。
「こんな感じでいいですか? もっとしっかり建てた方が…」
「これでいいんだよ、あの時もこんなもんだったんだからな」
 男は満足げに頷く。
 それはまだこの町にゲートが残っていた頃、男がゲートを監視するために作った掘立小屋を再現したもの。
 手を伸ばし、触れた木材は温もりがあった。
(あの時はやけに冷たかった気がしたもんだが…。まぁ、まだ冬だったもんな…)
 あのとき有りあわせの木材で建てた小屋は、天魔発見と同時にあっさりと壊されてしまった。そのことを思い出し、にやりと笑みを浮かべる。
「こいつのお蔭で撃退士の方々をすぐに呼べたんだぜ」
「もう何度も聞いてますよ、その話…」
 くたびれた笑顔を置き去りに掘立小屋に足を踏み入れれば、そこには学校から持ち出した学童用の机が一つ。
 そして、その上には一冊のノート。
 ぺらぺらとノートを捲れば、撃退士たちの書き残した巡回の記憶が目に映る。
 このノートがあったから、あの久遠ヶ原の学生たちが頑張ってくれたから、微かな希望がより力強く輝いた。町も、人も、諦めずに頑張って来れたのだ。
「よっし、もうひと踏ん張りすっぞ!」
 体力の無い青年を引っ張りながら、男は作業に戻っていく。
 今日はきっとビールが美味いだろう。そんな風に思える幸せを噛みしめながら―――。



「え? ほんとー!?」
「ええ、町長さんが招待状を送ったんだって」
 保育士の言葉に、子供たちが無邪気な声をあげる。
「やったー! わーい!」
「げきたいしのひとたち、きてくれるんだ!」
 あがる歓声に保育士が慌てて付け加える。
「あ、でも、撃退士の皆さんは忙しいから必ず来れるかはわからないからね?」
 えーー! 一転、一斉にあがる不満の声。
 それを手で制しながら、保育士が優しく諭す。
「みんなはお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに助けてもらったわよね? みんなと同じようにお兄ちゃんやお姉ちゃんに助けて欲しいって人はまだいっぱいいるの。そういう人たちを守る為に、お兄ちゃんやお姉ちゃんは頑張ってるのよ?」
 言っていることを何となく理解したのだろう。少々不満は残れど、わかったー!という声が次々にあがる。
「よし。じゃあ、これからお祭りのときに使う七夕飾りをみんなで作るわよー」
 はーい!
 元気のよい返事を前に、保育士は「強いな…」としみじみ思う。
 ケガをし、長らく入院していた子がいる。肉親や友人を喪った子もいる。避難中、警戒域に忍び込んだが為に、天魔そのものに襲われた子もいた。
 それでも子供たちは笑顔を取り戻した。そして、その笑顔に癒される自分が、大人たちがいる。
 それもこれも町が解放されたから、撃退士たちが勇気と励ましをくれたからだと保育士は胸の中で感謝の念を送る。
 と、一人の少女が思い出したように呟いた。
「そーいえば、あのげきたいしのおじちゃんもくるのかな?」


 ふえっくしょん!
「……ったく、また珍しいとかぼやいてるんだろ? 悪かったな! 仕事の虫で!」
 サングラス越しに見上げた太陽に向かって口を尖らせる。
 一見するとガラの悪い男――大波源八は、煙草を燻らせながらフェリーに乗船していた。
 わざわざ日陰から出て、突き刺す陽光の下、甲板から海を眺める。目を凝らした先は海の向こう、佐渡島のある方向。
 大波は今回の訪島の為、有休を取っていた。それは彼にとって稀有な出来事である。
 具体的には、申請時に上司や部下たちから「悩み事があるならいつでも相談に乗りますよ!」などと言われる程に。
 それだけ彼にとっても思い入れのある地なのかもしれない。
「祭りか……いいじゃねえか」
 へっ、と笑う顔は悪人顔そのもの。だが、その心の内は佐渡の復興を喜び、すでに祝杯をあげていた。
 ぷはー、と吐き出した煙を風がさらって行く。
「お、お客さん…あの、ここ禁煙なんですが…」
 オドオドと進言する乗船員にも今日は素直に従ってみようじゃないか。


 空は青く、雲は高く。
 今日も吹き抜ける風は穏やかに。

 新しい夏はもう、目前に迫っていた―――。

 

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リプレイ本文

●着付け

「奏さん、好きなのを選ぶといい」
 紫鷹(jb0224)が持参した浴衣を次々と広げれば、常葉奏(jz0017)が目を輝かせた。
「わぁ! 色々あって悩んじゃうよ!」
 お洒落に敏感な年頃ともなれば、色とりどりの浴衣はどれもこれもが魅力的で目移りしてしまう。
 奏に浴衣を勧める紫鷹の目はいつになくイキイキとしていた。
「どうする? 半襟と兵児帯を使って華やかにしようか。髪はハーフアップにして…」
 依頼を終えた佐渡の地を再び訪れられたことが嬉しく、更には祭りも開かれるとあって浮かれているのかもしれない。
 すでに自身は紫地に淡い桜模様の浴衣に兵児帯で重ね蝶の飾り帯を結び、バッチリと浴衣を着こなしている。
「紫鷹ちゃん、着付け出来るとか女子力すげー…」
 感嘆の息を漏らした因幡 良子(ja8039)は浴衣を手に悩み中。
「色は赤として、柄は極端に派手じゃないのにしようかね」

 一行は公民館の部屋で浴衣に着替えている最中だ。
 部屋には町で用意してくれた浴衣も数多く並べられている。
 皆の着付けを担うのは紫鷹と落月 咲(jb3943)。
「おやおや、どちら様でしょ〜?」
 悪戯な笑みを浮かべる咲の前には、モノクルを外し、髪を下ろしたレイル=ティアリー(ja9968)の姿。
「あの、どちら様? と言われても反応に困るのですが…」
 普段とは異なる印象に、咲が「お化粧でもしてみましょうか〜?」などと言っては戯れる。

「あれ? これどうするの?」
 西園寺 勇(ja8249)が乱れた帯と格闘すれば、牧野 一倫(ja8516)は面倒くさそうにボヤいている。
「祭りねえ…。あんな人ごみにわざわざ巻き込まれにいく奴の気がしれねえよ…」
 そんな言葉や表情とは裏腹に、一倫の浴衣を腕を通す動きは淀みない。
 黒地に蝶の浴衣、帯に桐の扇子を差して一足先に準備を整えたグラン(ja1111)は、皆の着付けに大忙しの紫鷹に代わって奏の浴衣選びを手伝っていた。
 散々悩んだ末に奏が選んだのは、町が用意してくれた薄い青地の浴衣。
「折角ですので浴衣を新調してみてはいかがでしょうか?」
 するとグランはそれを町から購入すると、「頑張ったご褒美です」と言って奏へと手渡した。


●祭り

 祭りは心を、人を、町を浮足立たせる。
 賑やかに。騒がしく。佐渡の夜に祭囃子が響く―――。

「そこで私は飛んだのさ、アイキャンフライ! その時の私はフライングザスカイ! 恋は何時でもハリケーン!!」
 居酒屋風の屋台で、佐渡で起きた出来事を語っているのは良子。
 20歳になって公正明大にお酒を呑める様になった彼女は、何と言うかいつも以上に言動がヘラヘラとアレで残念な感じになっている。
「霧原ちゃん聞いてるー?」
 話が誇張されているのは酔った者の常と言うやつで。
 良子に誘われて祭りに参加した霧原 沙希(ja3448)は、酒臭い息を吹きかけられては硬直し、セクハラまがいの抱擁を受けてはあたふたとしていた。
「…そう。そんな事が」
 それでも相手が良子だからかなのか。どんなに鬱陶しく絡まれても不思議と嫌な感じはしない。
(……騒がしいのは、苦手だった、筈なのに)
 藍染水仙柄の浴衣の少女は心地よい賑やかさに身を委ねる。そして、大人しく絡まれ続ける沙希に気を良くした良子の酒は更にピッチを上げていく。
 その側では、グランが地酒の呑み比べをしながら新鮮な魚介類を堪能していた。
「天魔とゲートが無くなれば、人は戻り街は復興するわけですね」
 笑顔と活気溢れる町にグランが目を向ける。
「暫しの安寧、堪能させて頂きましょう」
 が、
「グランくん呑んでるー? お姉さんがお酌してあげよっか?」
 束の間の安寧は酔っ払いと言う力に呑み込まれ、儚く崩れ去るのだった…。

 一方、一倫は一人簡易喫茶を訪れていた。
「オレは帰るまでここにいるわ。帰るときにまた会おう」
 そう言いながら、珍しく含みのない笑顔を零したのが印象的だったとは奏の談。
 また来てくれたんだね、と声をかけてくれた店主よりも寧ろコーヒーとの再会を喜びつつ、懐かしき味を堪能している。
「これだよこれ…」
 だが、その幸せも長くは続かない。
 隣の屋台で勢力を強めた酔っ払い約一名を前に、一倫は為す術なく飲み込まれていく…。

 その頃、紫鷹は奏と共に出店を巡っていた。
「あれはお面か…色の袋に詰まっているのはなんだ? 逆さになった果物は?」
 緩い三つ編みを肩に垂らし、矢継ぎ早に質問を重ねていく。
 と、我に返った紫鷹が照れくさそうな笑みを浮かべた。
「祭りは初めてで…許せ」
 と、紫鷹の足が出店の一つで止まった。
「音を立てているのは、風車…? 1つ、頂いていいか?」
 その後ろを、もぐもぐと口を動かす勇が通り過ぎる。
「運動すればまた食べれるよね!」
 膨れたお腹を減らすため、勇は全力跳躍でぽーんぽーんと会場を飛び跳ねると、再び食べ歩きを始めるのだった。


●掘立小屋

「お〜……これまた狭いですねぇ」
 学校の片隅に作られた掘立小屋に入るなり、咲は目を丸くした。その後を彼女に同行して祭りに参加した黄昏ひりょ(jb3452)が続く。
 二人も入れば手狭に感じる小屋の中には、机が置かれ、壁には写真が所狭しと飾られている。
 飾られた復興後の写真と脳裏に残る風景を比較し、咲は懐かしそうに目を細めた。
「随分と風景がかわりましたねぇ。あ、これが巡回ノートですよぅ〜」
 咲が机の上のノートをペラペラと捲り、町で起きた出来事をひりょに説明していく。
 けれど、咲の戦う姿を見たことがないひりょは、話を聞いてもいまいち実感が湧かないでいた。
(凄いことをしたんだろうけど…)
 その後、掘立小屋を出た二人は出店を回り始めた。
「なんだかデートみたいですねぇ、ふふふ〜」
「え…ええっ!? さ、咲さん!?」
 思わぬフリにひりょが慌てふためけば、冗談ですよぉ〜と咲が意地の悪い顔を浮かべる。
「そ、そうだ! 俺、奢りますよ。何がいいですか?」
 ひりょは空気を変えようと答えも待たずに目の前の出店へと飛び込む。
 だが、数本の焼き鳥と共に差し出されたのは「撃退士は無料だよ」という言葉。
 それは町を救った英雄たちへの町からのささやかな感謝の印だと言う。
「ひりょちゃん、屋台はどこでも無料だそうですよぉ〜」
 無邪気に喜ぶ咲の傍で、ひりょはあることに気づいた。
 咲たちに向けられる温かな視線と満面の笑顔がそこら中に溢れている。
(ああ、そうか。これが…)
 ひりょは漸く咲たちの為した成果を実感し、なぜか自分のことのように嬉しくなった。

「んー…なんだろう…見覚えが…あれは…だっけ?」
 二人と入れ違いで掘立小屋を訪れたのは勇。
 復興前の町の写真を眺める眼はふわふわと焦点定まらず、徐々に瞳が光を失っていく。
「う、うぅん…」
 ぼーっとした彼の脳裏に浮かんでは消える顔や光景。
 カチリ。
 不意に聞こえたのは何かが噛み合ったような、何かがずれたような音。
 カチャ、カチ。
「…あれ? さっきのおばちゃん、前に布団かけてくれた人…?」
 音が鳴る度、佐渡で出会った人々や町のことが確固たる形となって彼の脳裏に刻まれる。
「…ゲート? あれ? 僕、何でこの町に来たんだっけ…?」
 音が響く度、佐渡での戦いが霞んでは夢の中へと沈んでゆく。
 白昼夢を見ている様な現実とも幻ともつかない感覚の中。音を立てて組み替えられていく勇の記憶。
「あれ、西園寺さん?」
 呼びかけられた声。それは何度も聞いたような…よく知っている様な…。
 ぼんやりとした瞳が少女の輪郭をなぞる。
「…常葉さん?」
 瞬間、浮かんだ『撃退士』という言葉。だが、それに心当たりはなく…。
「あ、そっか。僕たち復興のお手伝いにずっと来てたんだよね!」
 戦いの記憶は彼方へと追いやられ、すでに別のものへと擦り替えられている。
 けれど、今行われた記憶の改変など認識することもなく。
「んー…よくワカンナイけど…そんなことよりもっと遊ぼうよ!!」
 彼は見慣れた友人の手を引くと、祭りの喧噪へと元気よく飛び込んでいった。


●町並み

 ほとんどの人たちは祭りに出かけているのだろう。祭り会場から離れた住宅街は静寂に満ちていた。
 その中をレイルは一人散策している。
 彼も最初は町の人たちと交流を深めながら祭りを楽しんでいた。だが、掘立小屋で巡回ノートや町の写真を眺めたとき、ふと自分の目で確かめたくなったのだ。
 自分と、仲間が関わった町の今の様子を。
「遥か以前の様な、つい最近の様な。不思議なものです」
 彼の足音が初夏の夜に響く。
 荒れた道は舗装され、崩れた家屋は建て直され、朽ちた木々に代わり花が植えられている。
 街灯が町を照らし、目を向けた軒先には真新しい犬小屋。

 ―――生まれ変わった。

 写真ではわからない人の気配と温もりを、レイルは目で、肌で、全身で感じ取っていた。
 何度も訪れたにも関わらず、もはや違う町のようにすら思える変化。
「こちらが本当の姿なんですけどね」
 苦笑を浮かべつつ、遠く聞こえる祭囃子に意識を向ける。
「さて。花火までには戻りたいのですが…」
 とは言うものの帰り道がわからない。実はかなりの方向音痴で、つまるところ迷子なのだ。
「申し訳ないのですが、案内してもらえないでしょうか…?」
 しばらく徘徊した後、偶然通りかかった人に案内してもらうことで、レイルは何とか祭り会場へと帰還を果たすのだった。


●彩風

「よし、お前たち。好きなものを1つ、選んでいいぞ」
 紫鷹の声に出店の一角で歓声があげる。いま紫鷹は彼女を慕う子供たちと共に出店を巡っていた。
 子供たちが思い思いにねだる物を紫鷹は気前よく購入していく。
「うん? 私の分は遠慮なく頂いているぞ? これは子供たちの分だからな」
 『撃退士は無料』ではあったが、子供たちの分を支払うことで彼女はこの地に復興費を落とそうと思ったのだ。
 店主は苦笑しつつも、紫鷹の気持ちを汲んでしっかりとその手に御代を受け取った。
 おねーちゃん、ありがとー!
 子供たちの笑顔に、紫鷹の顔も綻ぶ。
「…明るくて、賑やかで…笑顔がご褒美みたいな物だから、元気な姿が見られて、私も嬉しいぞ」
 そんな紫鷹の姿をグランは写真に収めていた。
 彼は早々に良子の絡み酒から抜け出した後、迷子の子供の相手や子供を肩車してあげて高いところに短冊を届かせてあげるなど祭りの裏方的なことを行いながら会場を回っていた。
 途中、仲間たちの姿を見かけては写真に収めることも忘れない。
「さて。そろそろ落ち着いた頃でしょうか」

「ほれ、できたぜ」
 グランが屋台に戻ると、一倫が自作の酒のつまみをテーブルの上に並べていた。
「待ってましたー!」
「……いただきます」
 早々に箸を伸ばす良子に、遅れて沙希も続く。
 最初は良子に絡まれしぶしぶ付き合っていた一倫も、次第に上機嫌となり、何時しか自らつまみを作っては皆に振る舞う様になっていた。
 下宿先が居酒屋とあってつまみなどにはこだわりがあるらしく、次々と地酒に合うつまみを作っていく。
「おいしい!」
「おかわりー!」
 通りかかったところで良子に捕縛された奏や勇も、今は平和につまみを美味しそうにパクついている。
 そんな仲間たちの様子にますます機嫌をよくした一倫は、屋台を訪れる人たちにも気前よくその腕を振るい始めていた。
「おっさん、鶏皮と小口ネギとポン酢、あともみじおろしくれ」
 手慣れた調子で接客もこなす今までにはない一倫の姿に、奏は料理の味以上に目を丸くして驚くばかり。
 そこへ咲とひりょも合流し、歩き疲れて簡易喫茶で休んでいたレイルと紫鷹も引っ張り込まれる。
 気付けばのんびりと賑やかに。久方ぶりに集った彩風たちが繰り広げる宴は町の人たちも巻き込んでいつまでも続く。


「そろそろ花火が上がるらしいので、皆さんで見ませんかァ」
 どれくらい経った頃だろうか。咲が全員に声を呼び掛けたのは。

 ―――そろそろ祭りは終わりの時を迎える。


●短冊

 そよそよと風がそよぎ、七夕飾りが夜空に揺れている。

 ・「いつもの日常」がこれからも続いていきますように 紫鷹

 ・これからもずっと、皆で元気でいられると良いな! いなば

 ・こんな日が、いつまでも続きますように 霧原

 ・いつもみんなが幸せでいられますように 常葉

 短冊に込められた想いは―――きっと同じ。


●花火

 ひゅーーーーーっ。
 佐渡の町に花火が上がる。
 赤、黄、緑、青…一瞬の輝きが町を照らし、響く炸裂音が町を打ち奮わせる。

「皆さんで花火を背に記念撮影しませんか?」
 ひりょの提案によって、彩風たちの姿が花火と共に写真に収められる。
「ひりょちゃんも一緒に入りましょ〜」
「霧原ちゃんも一緒に入ろうぜー!」
 咲と良子に手を引かれ二人も列に加われば、10人の撃退士たちが花火の彩に揺らめく。
「せっかくこうして集まれたのですから、その記録も同じように残しませんか?」
 レイルが巡回ノートの原本を開きペンを走らせる。勿論、町の人の許可は得ている。むしろ歓迎されたほどだ。
 一行は花火を楽しみながら、今日という平和な日を迎えた想いを文字に変えていく。

 咲はぼーっと花火を見上げていた。
「楽しさを求めるだけじゃなく、平和を取り戻す為の戦いも悪くなかったかも〜…」
 ふと視線を横に向ければ、そこには数ヶ月余り苦楽を共にしてきた仲間の顔。
 夜空に上がる大輪を目に焼き付けながら、咲は仲間と得た成果を静かに噛み締めた。

 光が瞬く度、勇の意識はうつらうつらと夢に溶け込んでいた。
 その中を共に歩んできた彩風たちの声と笑顔が吹き抜ける。
「西園寺さんっ!?」
 倒れ込む勇を慌てて受け止めた奏は、その顔を覗きこんで思わず笑みを零した。
 そこには満足そうな少年の寝顔。きっと今日は良い夢が見れることだろう。

「私…私達は、かなぁ? 凄くね、運が良いよねって思うんだよね」
 沙希に肩を担がれながら、良子がふわふわとした視線で花火を見つめている。
 花火開始直前までテーブルへ突っ伏していた彼女は、未だ足がふらふらと覚束ない。
「だってさ、佐渡って極々限られた地域ではあるけれど、間違いなく世界を救うヒーローになれたんだもんさ。だから、本音を言うと…」
 良子の声が花火の音に掻き消される。

 ―――もう一回くらい、世界を救いたいかもしれない

 最後の大輪が目を閉じた良子の顔を明るく照らした。
 肩にもたれかかる無邪気な寝顔を見つめながら、沙希は一日を振り返る。
(…楽しかった、のね。私)
 素直にそう思えるほど居心地のよかったと思う。
「……因幡先輩なら、また救えるわよ…」
 町の夜空を見上げれば、そこには満天の星が瞬いていた。


 夏の風が吹き抜ける。

 撃退士たちの想いに触れた風は彩豊かに鮮やかに。想いを天に届けるべく天高く舞い上がる。

 想いは風に形を変え、風が想いを彼方へと運んでゆく。

 どこまでも、いつまでも、高く、高く―――
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『支風』・
牧野 一倫(ja8516)

大学部7年249組 男 ディバインナイト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅