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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/06/03


みんなの思い出



オープニング

●目覚め

 ふわり…。

 春の陽射しを乗せた柔らかな風が、無人の町を吹き抜けた。

 侵略され、

 荒れ果て、

 脅威に怯え、

 寂びつき、

 眠りについていた町。

 だが、今やすでに町は『時』を刻み始めていた。
 そよぐ春風と同じ様に、ゆったりと。のんびりと。
 目覚めた町は、ただ静かに主たちの帰りを待ち続けている。

 ―――だが、禍とは忘れた頃にやってくる。
 いや…町は忘れたわけではない。今はただ、目の前に浮かんだ希望に脅威が霞んでしまっただけのこと。
 淡く、穏やかに、ぼんやりと明滅するあのゲートの様に。『そこ』にあってもその時が訪れるまでは脅威に思えない。そんな存在が町の片隅で、静かに息づいていた。


●消失

 ―――ゲートが消えた。

 その情報は、瞬く間に島内を駆け巡った。
 長く辛い時期を脱した住民たちは胸を撫で下ろし、歓喜し、そこかしこに笑顔が溢れていた。
 度重なるサーバントの脅威も、撃退署と、主に久遠ヶ原の生徒たちの活躍によって救われたことは、大抵の住民ならば知っている。
 住居も、財産も、子供も、希望も。何一つとして諦観することなく、住民たちはこの日を無事に迎えることができたのであった。
 だからと言って、すぐには危険地域が解放されるわけではない。
 先日、取り逃したサーバントが町の中を徘徊していたこともあり、撃退署が引き続き念入りに巡回を続けている。
 とは言え、あと数日もすれば安全が確認され、町は解放されることだろう。
 幸いにして、街中の被害は想定よりも大きくない。
 もはや復興もそう遠い日ではない。いやすでに、復興に向かって、町も、人々も、動き出している。

「奏ちゃん! もう大丈夫みたいだよ!」
 受話器の向こうで懐かしき友人が興奮している。弾むその声に耳を傾ければ、常葉奏(jz0017)の顔も自然と綻んだ。
 巡回を始めてからと言うもの、友人とは以前よりも連絡を取り、お互いに色々な話をしてきた。学校のこと。友人のこと。家族のこと。撃退士のこと。巡回のこと。そして、何度も訪れた町のこと。
 そのどれもに友人は明るい声を返してくれていたが、今日の声は今までで一番嬉しさと喜びに満ちている。
「よかったね! …うん、本当によかったよ!」
 奏も自分の声が弾んでいることに気付いている。もう何度訪れただろう、あの町が、ようやく本来の姿を取り戻す。
 そう思うだけで奏の心は温かくなり、弾んでしまう。
 まぁ、ちょっとだけ、巡回で訪れる機会がなくなることに寂さを覚えたりもする。心に穴が開く…まではいかないけれど、少しだけ喪失感もある。
 けれど、あの町にはいつだって行ける。次は遊びに行こう。今度は家族や友人とのんびりと旅行するのもいいかもしれない。
 奏はそんなことを考えながら、テンション高く喋り続ける友人の声に耳を傾け続けるのだった。




「こんなところにいるとは思わなかったよ、と」
 カーテンが閉め切られた室内は、昼間だと言うのに薄暗い。
 長らく外の空気を取り込んでいないのだろう。澱む空気は埃っぽく、陰気で、春だと言うのに執拗に肌へと絡みついた。
 部屋の中央では、目を閉じ、座した男が一人瞑想に耽っている。
「人間たちの避難地域の境界近くに居を構える…とはねー。灯台下暗し…ってやつですか? 山狩りしている撃退士たちがいい気味ですねー」
「何の用だ?」
 男――天使ヴェルザリアスがゆっくりと目を開く。
 視線を上げた先には、彼が師事する大天使の従者の姿があった。そして、その横には見慣れない女の姿。いや、それは女ではなく――。
「幾つか伝言をお届けにあがりました」
 彼の思考を従者の声が断ち切った。従者は諳んじるように、受け取ったであろう大天使の言葉を淡々と並べていく。
 ここ佐渡島は、もはや撃退士が頻繁に現れる地になっていた。本来なら、秋の侵攻のほとぼりが冷めた頃に再度侵攻を開始する算段もあった。だが、ヴェルザリアスが先日起こした騒ぎによって、再びこの地は良くも悪くも注目を浴びてしまっている。
 ゲートが消失した今、復興も落ち着けば撃退士も訪れることは少なくなるかもしれない。それでも、人の好奇の目はしばらく離れないだろう。災禍を乗り越え、注目を浴びている土地は人間たちの反応も早い。
 すでにこの島を侵攻するには、デメリットの方が多くなっていた。

 そして。

 その原因はすべて――ヴェルザリアスにある。
 彼の師事する大天使はそう結論付けると、一つの決断を下した。

 抹殺。

 つまり、ヴェルザリアスば用無しと判断されたのである。
「……というわけで、お分かりいただけましたかー?」
 伝言。それはつまり、彼への宣告。
 ヴェルザリアスは怒気を孕んだ形相で、従者を人睨みする。
「で、お前が相手だってのか? 従者ごときのてめえが! このオレサマを殺す?」
「やだなー。そんなわけないじゃないですか?」
 尤も、今のあなたなら私でも勝てると思いますけどね、と従者は格上であるはずの天使に不敵な笑みを浮かべる。
 絶対的な縦社会の天界において、階級の順列は絶対だ。従者が天使に背くことは許されない。当然、敵対心を露わにすることなどあってはならない。
 だが、従者は隠すことなく殺気をヴェルザリアスにぶつける。それは彼が天界の階級から爪弾きされたことを暗に示していた。
「まー、落ち着いて下さい。我が主は一つ、チャンスをくれたんですから」
 そう言うと、従者が手を伸ばす。眩いブルーの光がヴェルザリアスの身を包むと、彼の身に刻まれた傷が瞬く間に癒されていた。
 その効果を満足そうに頷くと、従者は傍らに佇む『それ』に視線を送る。
「これは我が主があなたのために作ったものです。話は簡単。あなたがこいつを返り討ちにし、尚且つメンツを保つような実績を引っ提げてくれば…」
「こいつが…俺の相手だと?」
 佇む『それ』は微動だにしない。浅黒い肌。華奢に見える体躯に黒い翼。白銀の髪の間からは、漆黒の角が3本突き出ている。そして――顔。その顔には…表情がなかった。目も、鼻も、口も、眉も、耳も。何も顔をかたどるパーツがない。それは顔のない悪魔の様にすら思えた。
「舐めない様がいいですよ? 何せこいつは、我が主がわざわざあなたの為に作り上げた特別仕様ですから。何せ、今のあなたのベストな状態でこいつをぶつけろとおっしゃっていたくらいの自信作みたいですからねぇ」
 傷を癒したのはその為らしい。だが、外傷は癒えても、ゲート生成や数々の戦いで失った『力』そのものは代わりがない。それは、やはり人の精神を搾取しなければ回復しようがなかった。
「あ、ちなみにこいつに顔が無いのは…仕様です。でも、趣味悪いですよねぇ。あなたを殺すためとはいえ、なんだってこんな容姿にしたんだか…」
 やれやれと肩を竦め、ぺろりと舌を出す。おちゃらける姿にヴェルザリアスは苛立ちを隠さず、その顔が憤怒の色に染まる。
 だが、従者はその視線を飄々と受け流すと、用件は済んだとばかりに身を翻した。
「ま、なんにせよ。我々はあなたと、この島にはもはや何の興味もありません」

 ――あとはご自由に。

 そして、それが開戦の合図だったのだろう。
 『それ』が動き出し、ヴェルザリアスが反応した――。

 

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リプレイ本文



 ゴゥッ!
 唸りをあげて魔風が逆巻いた。
 砂塵を巻き上げ、大気を呑み込み、荒れ狂う風の奔流。
 それが事もなげにされる。
「人形如きがっ!」
 隠しきれない苛立ちにヴェルザリアスの顔が歪む。
 如何に特別製だろうが所詮はサーバント。
 顔の無い不気味な悪魔の姿をしていようが、その本質は命令を聞くだけの人形。
 天使である自分の相手になるわけがない。
 そう思っていた。だが―――

 バチィッ!
 黒の閃光が爆ぜる。
 音を裂き、大気を突き破り、不規則な軌跡を描く黒の稲妻。
「ちぃっ!」
 ヴェルザリアスはこれを辛うじて躱す、と同時に距離を詰められ、放たれる蹴撃。
 二つの影が交錯する。

 ヴェルザリアスが一手行動する間に、『顔無し』は二手行動する。
 迅雷の如き動きに翻弄され、こちらの攻撃は当たらない。逆に向こうの攻撃は面白いほどに、否、煩わしいほどにこちらの身体を捉える。
「くそがぁっ!」
 雷撃さえ避ければ、直接攻撃のダメージは微々たるもの。とは言え、着実にその身が削られているという事実に変わりは無い。
 ぎりっ。無意識に歯噛みする。
 もはや相手が只のサーバントではないことを認めざるを得ない。
 そして、己の力の衰えぶりを痛感するのは一体何度目になるか。

 拮抗する二体の天魔の戦いは、復興を始めた佐渡の町に破壊と災禍を撒き散らし続けていた―――。




「何コレ? 何でこんな事なってるの?」
 西園寺 勇(ja8249)が目を丸くする。
 少年の瞳に映るのは、烈風吹き荒れ、雷光乱れ飛ぶ天魔同士の戦い。
 常葉奏(jz0019)操るヒリュウの先行偵察によって、眼前の状況は予め把握していた。けれど、いざ目の前にしてみれば、やはり驚きは隠せない。

 一方は見知った天使。
 この地に災厄をもたらした元凶であり、一戦交えたことのある兇風操る天使、ヴェルザリアス。

 他方は初めて見る存在。
 全身より凶々しい殺気を放ちながら、漆黒の雷を操る悪魔の様な顔無しの天魔。

 天使と悪魔もどき。

 颶風と轟雷。

 風神と雷神。

 二体は飛び交い、渦巻き、荒れ狂い。
 木々を薙ぎ倒し、大地を穿ち、車を吹き飛ばし、家屋を貫き。
 避難地域西部の住宅街から南部の田園地帯にかけて、一直線に刻んだ破壊の痕跡。
 それでも、吹き荒れる嵐は止む気配を見せることなく。
 閃光。砂塵。雷鳴。乱流。混沌。
 それはさながら激しい嵐のように、周辺の被害などお構い無しに暴れ回っていた。

 そんな中、一行は二体の天魔の周辺に目を凝らす。探しているのは偵察の折に確認された複数の影。
「いた! あそこだ!」
 やがて、因幡 良子(ja8039)が戦場の片隅にそれを見つける。

 ―――そこには、一行のよく見知る人物、大波源八の姿があった。





 大波源八。
 この地で縁を結んだ撃退署所属の撃退士。
 一見するとガラ悪く、人使いの荒い中年男。
 その一方で、久遠ヶ原の学生たちとはまた違った立場からこの地を見守り、力を尽くしてきた者。
 彼とその部下は一行よりも少し前にここに到着し、迷うことなく豪風散雷の戦場へと飛び込んでいった。
 勇気でも無謀でもなく。ただ、町を守ろうとしたが故に。

 そして、今。
 ―――彼らは大地に伏している。


「彼らが居ないと、めでたしめでたしが欠けちゃうよね!」
 ギリギリ戦いに巻き込まれない位置から、良子は戦場を素早く見渡した。
 共にこの町を見続けてきた仲間たちが、二体の天魔を取り囲むように遠く四方へと散っている。
 要救助者は大波を含めて四人。全員が異なる位置で倒れている。
 まったく身動きをしないところを見ると全員が気絶か重体か、それとも……。
 いずれにせよ、まだ息があったところでいつ天魔の戦いの余波を受けるかわからない。死と隣り合わせの状況に変わりはない。
 良子たちは2人一組のペアを組むと、手分けして四名の救助に当たることにした。

「厄介な事態ですねぇ、まったく〜」
 落月 咲(jb3943)が唇を尖らせる。
 彼女はヴェルザリアスに借りがあった。以前の交戦で倒された挙句、足蹴にされたという借りが。
 本来ならば今すぐにでも斬りかかりたいところではある。だが、だからと言って倒れる大波たちを見捨てるつもりはない。
「以前はいいトコ無しでしたし…ちょいと真面目に頑張りますかァ」
 その手に握る漆黒の大鎌に頬を寄せながら、彼女は妖艶に微笑んだ。
「元より、私に助けないという選択肢はありません」
 彼女の隣で、レイル=ティアリー(ja9968)は己の前に騎士の剣とも呼ばれる、カッツバルゲルを掲げる。
 とある物語の騎士に強く憧れ、己のすべてをかけて研鑽を積んできた彼にとって、人を見捨てる道理などありはしない。
 その視線はただ真っ直ぐに。迷うことなく前だけを見て。
 彼は静かな力強さで、掲げた剣にこの島で最後の誓いを立てる。

 迷いがないという点では勇も同じだ。
 助けるのが当たり前、とばかりに、全身から元気いっぱいにやる気を漲らせている。
「とにかく回りに居る人達が危ない! ささーっと助けに行きましょ! 命の危険が迫っている人は助ける! ここじゃぁヒーローなんだから当たり前ですよねっ」
 ヒーローという無意識の自覚。
 それは夢と現実の狭間をそよぐ彼にも、この町での記憶は確かに刻まれている証なのかもしれない。
「この辺りに進出してきた悪魔の噂は聞きませんが……」
 その隣では、勇とペアを組むグラン(ja1111)は神妙な顔つきをしていた。
 顔無しの悪魔もどきについて何か思うところがあるのだろうか。思考に耽っていた顔に、ふと微笑が浮かぶ。
「ふふ、実に面白い」
 強い興味を瞳に宿し、その眼は目の前で繰り広げられている戦いに向けられた。

「最後の山はでかいな……はあ…」
 飛び交う風と雷の応酬を前にして、牧野 一倫(ja8516)の口から今までにない深い溜息が漏れる。
 その気怠そうな態度は巡回の最初の頃から何も変わらず。それでも彼がこの町や、人々や、仲間から背を向けたことは一度たりともない。
 今回もまた、仲間を護り陰から支える為、彼は盾を手に戦場と正面から向き合っている。
「まあ、自分の命は持って帰る。一度勝った相手に負けるのは癪だしな…」
 その脇で、紫鷹(jb0224)が眼鏡をかけ直した。
「どういう形であれ、つけるものは付けないとな」
 クリアになった視界はブレることなく。霞むことなく。それはまるで彼女の決意を表すかのように。
 救うため、守るため。そして、決着をつけるため。
 凛とした表情の裏に誰よりも深い想いを満たし、彼女は眼鏡の奥に強い輝きを湛えた。

「最後のおつとめ、だねー。綺麗に片を付けて佐渡復興のスタートダッシュ!」
 良子がいつもと変わらぬ笑顔を隣に立つ奏に向ける。
 その笑顔はこんな時でも明るく元気で、迷いなど微塵も感じられない。その快活な笑顔が奏には心強かった。

 いくよ?

 良子が目で問いかける。奏も目で応える。

 うん!

「せーのっ!」
 良子が飛び出し、奏はスレイプニルに跨って走り出す。と、同時に四方に散った六人の撃退士も動き始める。
 特に連絡を取りあったり、タイミングを計ったわけではない。
 この町を共に見守り続け、同じ時間を共有してきたからこそ成せた無意識の同調。
 そして一行は同時に認識していた。


 ―――これがこの町の、最後の戦いになるであろうことを。





 現時点での最優先事項は人命救助。八人は各々戦場に倒れる者たちの下へと駆け急ぐ。
 それをいち早く見咎めたのは猛禽類の様な鋭い双眸。
「てめらかぁっ!!」
 瞬間、その怒りが沸点を超える。
 頭に上った血は対峙していた『顔無し』の存在を忘れさせ、ヴェルザリアスの手は脊髄反射で攻撃を放っていた。
「ちょっ! 気付くの早っ…」
 咄嗟に良子はシールドを緊急活性化、襲い掛かる業風を受け止める。
 ズンッ、と盾越しでも伝わる重い衝撃。思わずよろめいた身体を良子は必死に支える。
「うっわ! めっちゃ怒ってるよ!」
 上げた視線がヴェルザリアスの血走ったそれと重なった。
 と、視界の片隅で黒が閃く。
「こっちもっ!?」
 反射的に手にした大太刀を掲げたのはまさに僥倖。
 良子の後方で救助作業に入っていた奏を狙う黒い稲妻。『顔無し』のその攻撃は、引き寄せられるように良子へと軌道を変えた。
 雷撃の衝撃で一瞬意識が飛びかけるも、良子は高い抵抗力で耐え凌ぐ。
「いったー…って、ほら、あいつが狙ってるよっ!」
 慌てて指差した先には、こちらを睨み続ける天使の姿。
 良子の訴えに反応したのか、自発的な判断なのか。
 『顔無し』が続けて放った黒い稲妻は、良子たちではなくヴェルザリアスへと直撃した。
 屈強な天使が顔を歪め、慌てて距離を取る。
 対して『顔無し』は追撃を加えることなく、瞳の無い顔をぐるりと巡らせた。
 周囲を見渡す虚無の視線が複数の影を捉える。それは要救助者たちを担ぎ、この場から離脱しようとする撃退士たちの背中。
 逃亡する敵と認識したのか。あるいは戦いの邪魔になるものと捉えたのか。
 『顔無し』が動き、その背に追い縋った。
 気絶した救助者を担いでいるが故に、撃退士たちの走りは俊敏とは言い難い。安全圏へと離脱するにはまだ少し距離が足りない。
 距離を詰め、浅黒い掌が左右に広げられる。
 バリバリッ!
 再び放たれた二つの黒い稲妻は各々別の方向へ。
「わわっ! 危ないっ!」
 勇が救助者を担ぐグランの壁となる。
「早くその方を安全な場所へ!」
 レイルの叫びが前方を駆ける咲の背中を押す。
 勇は編み込んだチタンワイヤーを盾代わりにシールドを発動し、稲妻を真正面から受け止める。
 レイルは庇護の翼を広げ、肩代わりして雷撃をその身に浴びる。
「痛っ!」
「く…っ」
 全身を駆け巡る雷撃。身体の芯に響く痺れ。チカチカと明滅する視界。
 雷撃によるスタンの効果は勇の視界を暗転させ、強制的に意識を刈り取った。
 一方で、歯を食いしばり意識を繋ぎ止めたレイルは追撃を警戒して顔を上げる。
 しかし、敵は襲ってこない。
 代わり、その目に映ったのは『顔無し』に拳撃を加えたヴェルザリアスと即座に反撃に打って出る『顔無し』の姿。
「西園寺がヤバい。フォローに回るんで後は任せる」
「わかった、頼む」
 唯一敵の攻撃を受けることなく救助を進めていた一倫と紫鷹は、状況を把握するや否や、互いに背を向けた。
 一倫は二体の天魔の注意が逸れている隙を突き、戦場を突っ切っていく。
 だが、それが見逃されるはずもなく。
 ―――ぞくり。
 ちらりと横に向けた視線が考えるよりも早く身体を反応させた。
 盾を構え、防壁陣を反射的に発動する。しかし、迸る黒の稲妻はそれを突き抜け、一倫の身に直撃した。
「ったく、ただ障害物を片付けてるだけだ。逃げられないのはわかってるから待ってろっての」
 激しく眩む視界の中で、思わずボヤく。
 幸いにしてそれ以上の追撃は無く。
 帰れるものなら今からでも帰りたい、その言葉は胸中に呑み込み、一倫は揺れる視界を振り切って、勇の下へと辿り着いた。

 一方その頃、良子と奏は倒れていた大波の救助にかかっていた。
「…お、おめぇ、ら…」
「ここまで縁が出来たのに死に別れってのも、寂しいっしょ?」
 良子が笑顔で大波の顔を覗き込む。
 大波は重体にあり、もはや一撃すら許されない状況。良子が身体を張っていなければ、今頃大波は息をしていなかったかもしれなかった。
 二人は急いで大波をスレイプニルの背に乗せると、離脱を始める。
「…み、み…貸せ…」
 無事に安全圏へ退避できた大波は、戦場に戻ろうとする良子に向かって掠れた声を投げかけた。





「あとは決着をつけるのみですね」
 レイルがスキルの組み替えを行う。庇護の翼からリジェネーションへ。肉体を活性化し、己の傷を癒す為。
 救助者たちは全員安全圏へと退避させ終えた。気を失っていた勇も一倫の後ろで目を覚ましている。もはや憂いは無い。
 天魔たちの戦いに介入し、均衡を崩すべく一行は動き出した。
「ようやく、ですよぉ〜」
 歓喜の声をあげて咲が闘気を解放。暗い紫のオーラを身に纏い、瞳の奥で快楽への渇望が溢れ出す。
 待ちきれない。
 そう言わんばかりに弾けた少女の身体。
 羽が生えたかのように、軽やかに。『敵を切り刻む』快楽を求めて、戦場を疾駆する。
 身の丈を超える漆黒の大鎌を振りかぶり、乾いた刃が血に飢える。
 飛びかかる直前、二体の天魔は咲の姿に気付き反応していた。だが、一拍遅い。
 跳躍、そして一閃。
 破山を発動し、振り下ろした鎌刃は鋭く、重い一撃。慌てて仰け反った天使の胸板は深々と切り裂かれる。
「以前はよくも足蹴にしてくれましたねぇ」
「またてめぇかぁっ!」
 叫び、と同時に雷鳴。
 距離を取った『顔無し』の放った黒の稲妻が、ヴェルザリアスの下へと突き進む。
 更なる追い討ちは勇と一倫から。
 間髪入れずに放たれた勇の封砲は、狙い違わず天使の身体を衝撃波で薙ぎ払う。
 背後に回り込んだ一倫は、無防備となった背中をアサルトライフルで狙撃する。
 一瞬のうちに叩き込まれた四連撃。
 それでも尚、屈強な天使の体躯と矜持は膝を崩すことを拒んでいた。

 そこへ投げかけられるグランの言葉。
「天使ともあろうものが無様ですね」
 ピクリ、とヴェルザリアスが反応を示す。
「一度は人間に敗れ、再起を計って行動するも我々に阻まれ、今はただ一体の天魔相手に苦戦――もはやあなたは役立たずと思われてることでしょう」
 グランはその口から現状について語らせるべく、敢えて挑発的なセリフを並べ立てる。
 しかし、見下していたはずの人間から虚仮にされる。それは彼にとって耐え難い屈辱と羞恥に他ならない。
「―――っ!!」
 怒りの余り絶句する天使。
 そこへ紫鷹が別の視点から問いかける。
「お前は、何の為に戦う? 『生きたい』からではないのか?」
 町に、島民に、危害を出したのは赦せることではない。だが、紫鷹は目の前の天使に何か焦りの様なものを感じていた。
 相手は天使。サーバントなどとは違い、言葉の通じる相手。本音を聞き出せれば、もし救いを求める気持ちがあるのならば、戦わずして説得できるかもしれない。
「此処で逃げても、天界から爪弾きされたお前の元へ追っ手など幾らでも行くぞ」
 僅かでも可能性があるのならば……ゆっくりと距離を詰め、紫鷹が呼びかける。
 しかし、その呼びかけは強制的に遮られる。
「紫鷹、後ろだ!」
 一倫の警告の声が響くも、紫鷹が反応遅れて背後から拳打の直撃を受ける。
 他のものが比較的天使に意識を向けている中、一倫はヴェルザリアスと『顔無し』、双方に注意を払い続けていた。
「因幡!」
「あいあいさ!」
 一倫が促し、良子が紫鷹にヒールを飛ばす。
 その間に『顔無し』は、ヴェルザリアスへと襲い掛かっていた。
 相手が天使一人であれば、グランの挑発も、紫鷹の呼びかけも、何かしらの結果が得られていたかもしれない。
 しかし、ここにはもう一体、別の目的を持った敵がいる。
「そいつ、あのマッチョ天使を殺すために差し向けられたサーバントらしいよ!」
 良子が声を張り上げ、大波から得た情報を全員に周知する。
 それは暗に、ヴェルザリアスの立ち位置をも示していた。つまり、彼は天界から切り捨てられたのだと。
 更に良子が付け加える。
「でも体は冥魔よりっぽいから、ティアリー君と牧野君は気を付けて」
 サーバントでありながら冥魔よりの体を持つ特殊な存在。天使を殺すために作られた魔人形。
 その情報にグランが納得の表情を浮かべる。
「なるほど。こちらは実験的なものでしょうか」

 戦場を覆う嵐が混沌の渦へと姿を変えていく。
 三つ巴の戦いは更に激しく深く。しかし、それは消えゆく灯火の最期の輝きの様に。
 終焉はすぐ傍まで、差し迫っていた―――。





 一行は、その狙いをヴェルザリアスに集めていた。
 二体の戦いが均衡していた以上、優先すべきはすべての元凶である天使と判断したためである。
 だが、『顔無し』にはそんなことは関係ない。撃退士たちの思惑はお構いなしに、ヴェルザリアスと撃退士たち双方へと攻撃を放つ。
 意志の無い人形、目的を果たすためだけの機械が右へ左へと体を奔らせる。
 その動きは、ただただ迅い。
「くっ…、表情も読めない上攻撃の手も早いとは厄介だな」
 唯一、紫鷹が真っ向から対峙していたが、如何せん一人では対処しきれるものではない。
 距離を詰められ、拳撃や蹴撃をその身に浴びる。合間に放たれる雷撃は、距離のあるヴェルザリアスや他の仲間たちに向けられる。
「っとと、邪魔しないで下さいよぉ〜」
 『顔無し』の横槍によって、咲がタイミングと体勢を崩される。結果、天使を狙って振り抜いた鎌刃は虚空を薙いで終わる。
 最初からスキルを惜しむことなく、全開で天使に対峙していた咲が不満そうな顔を浮かべる。
 だが、只では終わらない。大きく流れた切っ先は止めることなく、そのまま勢いを利用して身体を旋回。
 遠心力を乗せた鎌刃を続けざまに『顔無し』へと突き立てた―――が、服を掠めただけでやはり身体は捉えられない。
「さすがに、ちょっとイラっとしますねぇ〜」
 その背にレイルの背が重なる。二人は言葉を交わすことなく、身体を入れ替える。
「この街は、今より再び始まるのです。邪魔はさせませんよ」
 剣速特化の刺突が『顔無し』へ向けて穿たれた。

 一方、ヴェルザリアスの胸中は怒りに滾り、暴発寸前となっていた。
 『顔無し』の存在。下等と見下していた人間からの挑発と呼びかけ。小煩く纏わりつかれてはそれを振り切れぬ己の弱さ。
「あなたはもう終わりです」
 今もまた、グランの放ったマジックスクリューが激しい風を巻き起こし、風使いたる天使の肉体と矜持を傷つけた。
「隙ありー!」
 更には、背後から不意を突いた勇がワイヤーを首へと巻きつける。
「へへーん! 苦しんじゃうといいですよー!」
 そのまま体重をかけ、首を落とすつもりでギリギリと首を締め上げる。けれど、屈強な天使の首は揺らがない。歯を食いしばり、倒れることもなく仁王立ちし続ける。
 その反応に勇は唐突にワイヤーを不活性化、意図せぬ出来事にヴェルザリアスが態勢を崩す。
 他の者たちがそれを見逃すはずもなく、咲が大鎌を振るい、良子がライジングロッドを打ちつける。
「……らねぇ」
 その声は静かに深く。
 良子に打ち付けられたライジングロッドを振り払い、砂塵渦巻く業風を撃ち放つ。
 シールドの展開間に合わず、良子が遠く身体を吹き飛ばされる。
「俺は終わらねぇ! 終わらねぇぞっっっ!!」
 激情、憤怒、憎悪、怨嗟。その咆哮は戦場を震わせ、彼自身をも巻き込み、うねり、膨れ上がり。
 ヴェルザリアスの残り少ない『力』を解放し、逆巻く魔風が広範囲にわたって荒れ狂う。
 戦場に降臨した竜巻はその場にいる撃退士たちすべてを巻き込み、その身を大きく引き裂いた。
 更にそこへ、地を轟かすほどの裂音が鳴り響く。
 ヴェルザリアスの攻撃に反応し、『顔無し』が発動した轟き爆ぜる漆黒の落雷。
 天を裂く巨大な雷が、怒りに身を任せていたヴェルザリアスに降り注ぐ。雷光で視界を阻害されていたレイルが、避ける間もなく黒い雷柱に呑み込まれる。
 天魔二体の強烈無比な攻撃を前に、撃退士たちの身体が崩れ落ちた。



 良子が慌てて回復に走っていたが、回復できるのは一度に一人。全員が同時にダメージを受けたとあっては、手が回らない。
 そんな中、咲は血を流し青ざめた顔のまま、再びヴェルザリアスへと飛びかかって行く。
 もはや後先のことなど考えず、今、この時を楽しむ為に全力全開で振るい続ける死神の大鎌。
「もっともっとですよぅ〜、ふふふ〜」
 振り上げ、振り下ろし、横に薙ぐ。その手は休まることなく、止まることなく。浴びた返り血が咲の身体に鮮血の華を咲かせる。
 その後ろでは、強力な攻撃を放った隙を突き、レイルが『顔無し』へと斬りかかっていた。
「目的は何であれ、この地に厄災を呼ぶ以上は断ち切ります。――『エウロス』」
 ほんの一瞬静止し、次の瞬間には一気に踏み込む。静から動。激しい緩急をつけた一撃は鋭く速く。
 それでも尚、敵の反応は迅く、仰け反るその身が遠ざかる。
 しかし、相手は冥魔よりの体を持つ特異な存在。走る刃が不吉を告げる東風を纏い、加速する剣が魔を断つ力を帯びる。
 交錯、そして、斬撃。
 一瞬早くレイルの剣は『顔無し』の体を捉え、『顔無し』の態勢が大きくグラつく。
 そこへ行動の妨害を謀り、紫鷹が嫌悪感を露わに影縛の術を発動。
「悪魔に見えるが…作り手はイイ趣味だな…」
 しかし縫いとめた影を置き去りに、『顔無し』はその動きを、攻撃の手を衰えさせることは無い。
 むしろ、強烈な一撃を加えられたことに警戒したのか。
 突如、『顔無し』は恐ろしいほどに白く強い閃光を放つと、レイルと紫鷹の視界を奪った。

「沈んどけっ!」
 ヴェルザリアスが叫び、突き出した掌が虚空を握りしめる。
 急速に失せる大気。真空状態となった空間で咲が慌てて飛び退き、一瞬遅れて魔力の塊が弾ける。
「それは前に見ましたよぅ〜」
 切り刻む快楽で、悦に入り込んだ咲が不気味な微笑みを湛える。
 それはまるで自らの命すら弄ぶ無邪気な子供の様に。敵の命をいたずらに弄ぶ死神の様に。
 だが、彼女の身体は限界が近い。あと一撃喰らえば確実に気絶するほどに。
 それを知ってか知らずか、ヴェルザリアスは逆手の掌を握りしめた。
 反応はできた。けれど、身体がついていかない。咲の膝が不意によろめく。
「ちぃっ!」
 一倫の舌打ち。
 彼は咲を突き飛ばした。防壁陣を発動し、奏が操るストレイシオンの防御結界の効果も相まって、弾ける魔力が緩和される。
 それでもその一撃は、一倫の意識を軽々と刈り取った。彼もまた限界を迎えていた為に。良子の癒しの力が尽きていた為に。
 天使の顔が歓喜に歪む。初めて見せる手刀。それが目の前で倒れた青年を突き殺そうと狙いをつける。
「やらせんぞ」
 紫鷹の身体が跳ねる。肉迫し、ほぼ牽制の一撃を加え、迅雷の効果で一気に距離を取る。その腕に倒れた一倫を引きずって。
 追い縋る天使。その背後を『顔無し』の稲妻が貫く。
 更にはその後方からグランがブラストレイを放ち、二体をまとめて劫火に包む。

 そして―――終焉は唐突に訪れる。
 限界。
 それは怒りと矜持だけで身体を保っていた天使もまた同じであった。。
 『顔無し』と戦い続け、撃退士に囲まれ、攻撃を受け続けてきた肉体が朽ちる時を迎える。
「これで終わりですよぅ〜」
 咲の漆黒の一閃がその首を遂に捉える。
 止めどなく噴き出る血飛沫が彼の体温を急速に奪ってゆく。
「このまま実験動物として使い捨てられるか、私たちに降り雪辱を果たすか選んでください」
 薄れゆく瞳の輝きを見つめながら、グランが最後の宣告を送る。
 死か、尊厳か。
「ぐ、ぐははっは…」
 喉をつぶされ、もはや声にならない声でヴェルザリアスが嗤う。
 死? 俺はただでは死ななない。
 尊厳? 俺はお前らに屈しない。
 燃え尽きる前の灯は、一瞬大きく爆ぜる。
 ヴェルザリアスは己が命を糧に―――最後の竜巻を撃ち放った。




 ―――翌日。
「ここにいたのか。そろそろみんな集まるぜ」
 佐渡市にある病院の一室に一人の男が顔を出した。それは嘗て、掘建小屋にて見張りを行っていた中年の男。
「お! もうそんな時間なんだね」
「そろそろ我々も向かうとしましょう」
 中年男に促され、良子とグランが腰を上げる。と、同時に抗議の声。
「向かいましょう、じゃねぇ! こちとら重体者だぞ!」
 『我々』に含まれた大波がベッドの上で包帯にまみれて横たわる。
 死闘を終えた撃退士たちはそのまま島で一晩を過ごしていた。
 ヴェルザリアスが最後に放った自爆とも言うべき攻撃は、最終的に多くの重体者や気絶者を出すに至った。
 幸いなことに死人が出なかったのは、その命が尽きかけていたせいだったのかもしれない。
 既にその躯は増援として駆けつけた撃退署の者たちによって処理されたという。
「撃退士たる者、五日も寝れば全快しますから大丈夫ですよ」
 レイルがマジメな顔で頷けば、それに同意するように勇と奏が笑顔を投げかける。
「元気そうで何よりですねー」
「大波のおじさん、それだけ声が出せるならもう大丈夫だね」
 が、大波の抗議は止まらない。
「だから元気じゃないって言ってんだろーが! もっと大人を労われ! お前らの中にだって重体者いただろ!」
 その言葉に全員の視線が部屋の入口に向かう。
「ふふふ〜…」
 そこには未だ興奮冷めやらぬ咲の姿。大波と同じ様な姿をしているにも関わらず、彼女は今にも大鎌を振り回しそうな気配がある。
 その姿に、大波は「若ぇんだよ」と寂しそうな声をあげるのだった…。

 その頃、
「ああ、やっぱ美味いな」
 一倫はコーヒーを口にしていた。
 口に広がる苦さ、甘さ、酸味、芳ばしさ。そして、わずかに感じる血の味。ほっと一息つき、生きた心地を実感する。
「随分と無茶してくれたみたいだね。ありがとう」
 店主が目を細める。
 身体を覆う包帯が痛々しい。一般人なら死を迎えていただろう傷の数々。
 それでも一晩明ければ、それなりに行動できるのは撃退士の強靭さ故。
「いや別に…自分の役割を果たしただけ、なんで…」
 謙遜するでもなく、一倫は率直に答える。
 店主もそれ以上は言葉を重ねない。コーヒーにすべてが込められている。
 一倫がゆったりとした時間を楽しんでいると、カランカラン、と店の扉が開いた。
「牧野さんはここだと思いましたよ」
「出歩くとキズ口が開いちゃいますよー」
 振り返れば、見慣れた顔。レイルと勇に続き、良子が店内に顔を出す。。
「ほらほら、みんな待ってるんだから。くつろいでる場合じゃないって!」
 巡回の終了と、町が復興を始めた記念として、一行は町民たちと共に記念撮影をすることになっていた。
「いや、俺はそういうのはいい…って、落月、鎌をしまえ…」
「早く来ないとこの鎌で首を落としちゃいますよぅ、ふふふ〜」
 デスサイズを取り出した咲に急かされ、一倫が面倒くさそうに腰をあげる。

 撮影場所は廃棄ゲートのあった小学校の校庭。
 良子たちが到着したときには、すでに多くの人々が集まっていた。
 災禍の元凶が滅び、廃棄ゲートが消失した今、この町は、住民は心からの笑顔を湛えている。
 その中に子供たち1人1人抱きしめ、頭を撫でて回る紫鷹の姿が見えた。
「これからはお前達が戦う番だ。町を元通りにする為に何ができるか、ちゃんと考えて動くんだぞ?」
 また来てね、と涙目の子供たちに、必ず、と紫鷹が応える。
 確かに『巡回』と言う当初の役目は今日終える。だからと言って、この町との縁が切れるわけではない。
「復興に向かう町の変化を見るのも、興味深いかもしれませんね」
 溢れんばかりの笑顔の数々を前に、グランが目を細める。
「西園寺さん、どうしたの?」
 一人の老婆と話し込んでいた奏が、ふと顔をしかめる勇に気付く。
「なんか、ちょっと頭痛い…」
「え!? だ、大丈夫?」
「んー、大丈夫」
 町の笑顔と終焉を迎える一つの物語。その痛みは、それらが少年の記憶に波紋を投げかけたせいなのかもしれない。
「ほらほら、撮るよー! みんな並んで並んで…って、入りきるかな、これ」
 良子のかけ声に集まり出す町民と撃退士たち。
 シャッターを押し、タイマーを知らせるライトが点滅する。
 寂しくなるねぇ。
 誰ともなく呟いた声。
「何かあったらまた来るよ! なくても来るよ!!」
 シャッター音と、今までで一番快活な良子の声が、風に乗った。


 ―――後日。
 佐渡の町、廃棄ゲートのあった小学校に一冊のノートが展示された。
 巡回ノート。別名、因幡ノート。
 佐渡の町を巡回した際の様子が事細かに記されたそれは、巡回にあたった久遠ヶ原の撃退士がこの町に遺した『町の記憶』。
 避難中の住民の心を支えた町の風景や写真。空を飛んだ娘の叫び。誘拐騒ぎの顛末。少年少女のヒーロー像。
 最終頁は撃退士たちと町民たちの笑顔、そして巡回した者たちが各々添えた一言で締められている。



 風が吹く。

 侵略され、荒れ果て、脅威に怯え、寂びつき、眠りについていた町。

 それはもはや、遠く、近い過去の出来事。

 『魂風』とも呼ばれる冷たい北西風が町を吹き抜けていたのは、いつの頃だったか。

 いずれはこの島に同じ風が吹き付けるだろう。

 だが、その折は活気に満ちた町が、人の温もりが、それを力強く受け止めるに違いない。

 この町は完全に目を覚ましたのだから。



 この物語を締めくくるのは、この地の新たなる始まりを告げる言葉。

 そう、ノートの最終頁に書かれたこの言葉。

『俺達の佐渡(たたかい)はこれからだっっ!』

 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐・因幡 良子(ja8039)
 撃退士・西園寺 勇(ja8249)
 天つ彩風『支風』・牧野 一倫(ja8516)
重体: 天つ彩風『支風』・牧野 一倫(ja8516)
   <味方を守る盾となり続け力尽きた>という理由により『重体』となる
 微笑む死神・落月 咲(jb3943)
   <死闘の果てに天使を討ち倒すも相討ち>という理由により『重体』となる
面白かった!:8人

天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『支風』・
牧野 一倫(ja8516)

大学部7年249組 男 ディバインナイト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅