●探索
危険地域の西部、住宅街。
「まったく。大波殿は相変わらず、ですね」
レイル=ティアリー(
ja9968)が耳を澄ませながら周囲を見渡す。一行は大波から提供された敵の情報を下に、周囲を警戒しながらいつもより慎重に巡回を行っていた。
「ん〜透明化する敵さんですか〜…面倒ですねっ」
西園寺 勇(
ja8249)が建物の死角などを覗き込む。
危険地域に潜む敵は、数mほどの大蛇。しかも透明化して姿を消すことができる能力を持つ。一行は効率よく敵を探すため、二手に分かれて探索と巡回を行っていた。
「手練の撃退署の人達にも見つけられないとは不思議だな。姿を隠す能力か…」
紫鷹(
jb0224)があらゆる物音を聞き逃すまいと耳を立てる。周囲一帯には、発動した阻霊符の効果が及んでいる。透過能力が封じられている以上、敵が動けば何かしらの物音が聞こえるはずである。
だが、無風の街は物音ひとつ響かず、静寂した世界だけが広がっていた。
「透明か……犯罪の匂いがするね…」
最後尾にいた因幡 良子(
ja8039)が、ふと神妙な顔になる。それはもう、とても神妙な顔である。
「だって透明になれたら普通忍びこむでしょ、色々」
彼女の背後に銭湯が見えるが、きっとそれは関係ない。只の偶然に…違いない。
●保護
中央部、総合病院近く。
「へ、へびっ…おっきい、ばくんて…それで…」
「落ち着いて話せ」
泣きじゃくる少女の頭を牧野 一倫(
ja8516)がわしゃわしゃと撫でる。
一倫たちのグループは、中央の巡回を始めてすぐに一人の少女を発見していた。
「もう大丈夫だよ? 何があったの? どうしてここにいるのかな?」
常葉 奏(jz0017)が腰を落とし、少女の目線で話しかける。何度も転んだのだろう。少女の身体のあちこちからは血が滲んでいる。いまだ青ざめた顔色で、少女はたどたどしくも懸命に少し前に訪れた出来事を説明した。
「なるほど。つまり、あなたたちは危険区域に忍び込んだと言うことでしょうか?」
少女たち3人の子供は危険地域の東部から足を踏み入れ、荒れ果てた畑を通り過ぎた後、中央部に入り込んだ。
だが、不意に少年二人が戻る戻らないと口論を始め、その騒ぎを聞きつけたのか、どこからともなく大蛇が現れたのだと言う。
「もう一人はどうした?」
一倫の質問に、少女は涙を浮かべて俯く。
大蛇があっという間に一人の少年を呑み込む。その光景を目にした少女は恐怖に駆られ、一目散に逃げ出した。もう一人の少年の安否を確認する余裕がなかったとしても、それは致し方のないことだろう。
「蛇さんに呑み込まれてしまった子供ですか〜。倒した後にお腹を捌けばいいですかねぇ、ふふふ〜」
少女の証言を聞き、落月 咲(
jb3943)が不敵な笑みを浮かべる。
『敵がいる』。
大波の言葉が裏付けられたことに、彼女はまるで小さな子が遊園地にでも出かけるかの如く心躍っていた。
対して、状況を把握した一倫が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ガキほど面倒なもんはないと、オレは思う」
その手が彩豊かな防犯用のペイントボールを弄ぶ。大波から入手したものだ。透明化の能力に備えて用意していたものらしい。
尤も『予算不足で経費落ちしねーから実費だ実費』と言い張って、タダでは譲ってくれなかった。しがない公務員撃退士の懐は寒いんだよ、とは大波の言葉だ。
「野良化したサーバントの徘徊に危険区域に忍び込んだ子供たち。早急に解決しましょうか」
グラン(
ja1111)が自転車にまたがる。時間の消耗を最低限に止めるため、借用してきたものである。
緊張感と共に腰が抜けてしまった少女を一倫がおぶる。
「蛇に遭遇した場所まで案内しろ」
少女の道案内を聞きながら、一倫はスマホを取り出した。
●救護
北西部、住宅街。
「なんか子供が紛れ込んでるんだって」
一倫からの報告を電話で受けた良子が全員と情報を共有する。状況説明をしているうちに一倫たちは襲撃のあった地点に到着。すでに周辺の探索を始めているらしい
「我々も急ぎましょう」
レイルが駆け出し、他の者も続く……が、すぐに良子の足が止まった。
「なんか泣き声とか聞こえない?」
「ん〜? 聞こえないですよー?」
「何か聞こえたのですか? 因幡殿?」
釣られて足を止めた勇やレイルが目を閉じ耳を済ませるも、特にそういったものは聞こえない。
「いや、なんでだろうね? そんな気がしたんだよねー」
良子がポリポリと頭を掻く。と、
うわーーーっ!!
微かな。だが確かに聞こえた悲鳴。
「!? あっちだ!!」
紫鷹は弾ける様に駆け出す。艶やかな濡羽色の長い髪を靡かせ、風の如く通りを駆け抜ける。その背に他の者たちも続いた。
「ここかっ!」
辿り着いた先は神社。最初の巡回で鎌鼬と遭遇した地。
境内に踏み込んだ紫鷹が近眼で霞む視界に目をこらす。そこに浮かぶのは、今まさに大蛇が少年を呑み込もうと襲いかかる姿。
紫鷹はその光景を認識するや否や、白鶴扇子を蛇の顔面へと投げつけた。足は止まることなく、少年の下へ。
扇子が蛇の顔を掠めて気を逸らした隙に、紫鷹は間一髪のところで少年を脇に抱え込みながら離脱した。
「大丈夫か?」
弧を描いて戻ってきた扇子を受け止めながら、紫鷹は少年を自分の背へと隠す。
「紫鷹ちゃん、ナーイス!」
僅かに遅れて、良子たちが現場に到着した。
大蛇は紫鷹の攻撃で危険を感じたのか、透明化を始めている。
「蛇さん発見ー!」
勇とレイルがペイントボールを投げつけ、消えかけた胴体と尾の一部が蛍光色のインクで染まった。カラフルな水たまりは、宙に浮かんだまま紫鷹と少年に近付いていく。
「因幡さん、頼む!」
紫鷹は少年を因幡に向かって放ると、単身大蛇の方へと進み出た。
確かに敵の位置を把握し、対峙することはできる。しかし、敵の姿すべてが見えるわけではない。
「しまったっ!?」
見えない大蛇の尾が紫鷹に絡みつく。ギリギリと締め上げながら、蛇は良子の後ろで怯える少年へとしつこく視線を向けた。
「ここから先へは行かせませんよ」
頭は見えなくとも大蛇の視線は感じ取れる。レイルはタウントを発動すると、大蛇と良子たちの間に割って入った。
続き、勇が牽制を行う。だが、光と闇を混合させた魔法の矢は大蛇の身体に命中した瞬間に弾け、魔力の大部分が霧散する。
「情報通りですねー」
大蛇は表皮を軟質化または硬質化させて、魔法や物理攻撃に対する耐性を強化する能力を持っている。
大波の情報を確認した勇はワイヤーを周囲に張り巡らせた。見えない大蛇の攻撃を見破るための簡易的な結界である。
「おねーさんの後ろにいれば大丈夫だからね」
レイルと勇が交戦する最中、良子は震えながら腰にしがみ付く少年に声をかけた。視線を交わし、にっと笑い掛ける。
そして、大蛇を観察。何か呑み込んでいないか目を凝らしてみる。お腹は膨れておらず、何も入ってないように思えた。
それを仲間に伝えると、今度は周囲にも意識を飛ばす。風音、物音、物陰。あらゆる情報に気を配り、彼女は他の敵の存在を警戒し続けた。
ガッ!
鈍い音が響き、レイルの直剣が硬質化した表皮を滑る。剣を握る手が軽く痺れるほどの感触。
(私は硬い敵は苦手なんですよ、力が弱いので)
心中で毒づくレイルに、見えない牙が突き立てられる。
「…っ!」
咄嗟に身体を引き離す。だが、一歩遅く、冷たい異物が身体に流れ込んでいた。
――毒。蝕ばまれる不快な感覚が嘔吐感が呼び起こされる。
「やらせないよー!」
間髪入れずに襲い掛かろうとした大蛇へ、ワイヤーの結界で位置を把握した勇が混沌の矢を放つ。
「思った通り、硬質化と軟質化の同時活性化は無理っぽいですよー」
あっさりと矢が硬い表皮を突き破るのを確認し、勇が仲間に呼びかける。
その声を受け、良子が影の槍が放つ。それは大蛇の頭に直撃し、尾の締め付けを弱める。
その隙を逃さず、紫鷹は素早く脱出。反撃へと転じる。良子も引き続き支援攻撃を行い、二人の魔法攻撃に合わせてレイルと勇が物理攻撃を重ねる。もはや大蛇の硬質化、軟質化はほとんど意味をなさなくなっていた。
透明化すら解けた大蛇は、最後の攻撃とばかりに顎を開けて勇に襲い掛かる。だが、勇は敢えて口の中に跳び込むとハルバードを活性化した。
「ここにおねがいします!」
顎の中にハルバードを突き立てられ、大蛇は口を塞げない。そこへ、毒に蝕まれる身体を奮い立たせたレイルが踏み込む。
「今日はギャラリーもいますし、無様な姿は見せられませんね」
愚直なまでに磨き続けた高速の刺突。ひと筋の閃きは口蓋を突き抜け、次の瞬間には頭蓋にまで到達する。
空いた風穴に遅れて優しい風がそよいだ時、プツリと何かが途切れる音が聞こえ、大蛇の身体は大地へと倒れ込んだ。
●救出
ほぼ同時刻。北東部にある中学校の校庭。
「いたぞ」
一倫の示す先で、一匹の大蛇がとぐろを巻いていた。
「何か飲み込んでいるかも〜?」
「不自然に腹が膨れて…いるような気がしないでもない」
咲が首を傾げ、一倫が眉間に皺を寄せる。グランもじっくり観察してみるが、お腹が膨れているという確証が持てない。
仕方なく、一行はお腹以外を攻撃して大蛇を黙らせた後、腹を捌いてみることにした。
漸く斬りかかれるとあって、咲が嬉しそうに刀を抜く。美しい刃に揺れる瞳が妖艶に色を放っている。
と、唐突に咲が地を蹴った。地を這うように身を低く屈めながら一気に距離を詰めていく。
「面倒ですがお腹は避けて攻撃しますよぅ〜」
そのまま蛇の背後に回り込むと死角から跳びかかり、頭めがけて痛打を放った。
突然の衝撃に大蛇に白目を剥く。その隙に奏と一倫がペイントボールを投げつけ、頭と胴体の一部を蛍光色に染めた。
大蛇はすぐに正気を取戻し、戦闘態勢を取ると同時に透明化を始める。
そこへ放たれるグランの魔法。眠りを誘う霧が蛇の周辺に現れる。
「とと…ちょっとウトウトしちゃいましたよぅ〜」
巻き添えを避けるため、慌てて距離を取る咲。そこに襲い掛かる大蛇の尾。
先ほどの一撃が余程頭に来たのか。眠りの魔力を振り払った大蛇の一撃が咲を横に薙ぐ。薄い防御力と冥魔に寄った身に、サーバントの怒りの一撃は深く、重く突き抜けた。
「大丈夫か!?」
大地を転がる咲を横目に、一倫が追撃しようとする大蛇の頭に銃撃を放ち牽制する。だが、硬質化した表皮がその攻撃を難なく跳ね除け、気にする様子も無く咲へと近付いていく。
「これで動きを止めます」
グランの発動した激しい風の渦が大蛇を包み込む。強大な魔力は硬質化した身を紙の様にズタズタに引き裂き、大蛇の頭を激しく揺らす。
「よくもやってくれましたねぇ〜」
転倒から起き上がった咲が微笑を浮かべたまま、大蛇に向かって跳びかかる。
脳震盪によって硬質化を解いてしまった大蛇の頭に閃く電光石火の一撃。深く刻まれた一撃に大蛇が倒れ込む――大口を開けて。咲に向かって。思いの外に早く。
「捕まって!」
間一髪のところで、スレイプニルを駆った奏が大蛇の下から咲を引っ張り出した。
「いい加減、くたばっとけ」
「これで終わりです」
入れ違いに放たれた一倫の銃撃が眉間を貫き、グランの再びの風の渦が再び大蛇を切り刻む。
止めをさされた大蛇は微動だにすることなく、その瞳は急速に光を失っていった。
「さぁ〜、お腹を捌きますよぅ〜。中の何かを傷つけない様に注意しながら、ですが〜…ふふふ〜」
血に染まった身体を気にもせず、咲がわくわくしながら大蛇のお腹を裂いていく。
「…あんま見ない方がいいぞ」
一倫が乱暴に少女を後ろに向かせる。
やがて、全身を様々な体液に染めながら、咲は気絶した少年を引きずり出すのだった。
●撃退士
中央部。小学校の校庭、ゲート前。
怒声が響く。
「ヒーローだのなんだのに興味はない。けどな、お前らはオレらが何の為に体張ってんのかをその小さいオツムで少し考えな」
良子に傷を癒され、奏に身体を拭ってもらう落月を指差し、一倫は本気で怒っていた。
「お前達…」
紫鷹も今までにない怒り顔で今回の発案をした少年の肩をがっしり掴む。そのまま反動をつけて頭突き――と見せかけて優しくおでこをくっつける。
「私も、お前達に何かあったら…って、凄く怖かったんだぞ?」
間に合って、良かった…と、安堵のため息を漏らす。
「お前達も、お母さんやお父さんの姿が突然消えたら、どんな気持ちがする? 私は…大切な人に、そんな思いをさせちゃいけないと、思う」
優しく諭され、緊張の糸が途切れたのだろう。唯一涙を見せていなかった少年が声を上げて泣き出した。
が、それを機に一倫は再び怒り出す。
「大体な、痛え思いしてどうにか今まで繋いできたってのに、今更守る対象に自分から危険に飛び込まれたんじゃ、オレらはバカみてえだろうが」
「ま、牧野さん、落ち着いてっ」
諭すでもなく、大人気なく怒っているだけの一倫を奏がわたわたと宥める。
(ヒーロー、ですか)
レイルは諭され、怒られる子供たちを目を細めて見つめる。憧れ――それは彼の起源。それ故に、咎めることなどできはしない。
「どうして立ち入り禁止が解かれていないのか、その理由はちゃんと考えるようにしましょうね」
爆烈元気エリュシオンZを手渡しながら、子供の頭に手を乗せる。
「兄ちゃんたち…いつも、ありがとう」
ぐずる少年の言葉に、勇が首を傾げる。
「いつも? 何のことでしょうねー?」
何度も訪れたこの地のことはなんとなく記憶にあれど、夢と現実の狭間に立つ彼には今回と過去の依頼が直接結びつくことはない。
勇は疑問符を浮かべつつも、無邪気に子供たちを励ました。
「よっし、これにコメント書いて貰おう! おねーさんたちの活躍とかね」
落ち着きを取り戻した子供たちに良子がノートを手渡す。そこには、すでにグランが戦闘中に観察した大蛇の情報を詳細を記されている。
子供たちはそこへヒーロー…『撃退士』の活躍を嬉しそうに書き加えた。
「敵さんは一匹じゃなかったんですねぇ」
巡回を再開した咲が、少し残念そうな表情を浮かべる。彼女はきっと二匹とも交戦したかったのだろう。
「まだ他にもいるかもしれないね。常葉ちゃん、大波さんに連絡入れておいてくれるかな」
良子に促され、奏が携帯を取り出す。その横では、紫鷹が少年二人の手を取り、談笑しながら歩いていた。
「ヒーロー気分だけでも味わえばいいんじゃない?」
「今回だけ、特別ですよ?」
そう言って、巡回に同行させることを最初に提案したのは一倫とレイル。
一倫はぶつくさと言いながらも、その背中に少女を背負っている。すやすやと眠る少女は、改めて撃退士の活躍を夢見ているのだろうか。
柔らかな風が吹き抜ける。
時は巡り、新緑の季節。
ゲートは薄く、どこまでも薄く。蜃気楼の如く、儚く揺らめいていた。