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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2013/04/25


みんなの思い出



オープニング

●主

 時を止めたと思われた町でも季節は巡る。
 日本海は佐渡島。その中心に位置する無人の町にさえも、春は忘れることなく訪れていた。
 流れる雲の向こうに見える陽は高く、木々に芽吹いた新緑は空の青さ雲の白さと共に鮮やかなコントラストを奏でている。その身が凍えるほどに冷たく吹き付けていた北西風は温もりを帯び始め、舞い散る桜の花びらは宙を舞っていた。
 だが、移りゆく季節の中で変わるものがあれど、変わらないものもある。
 春の息吹が山を下り、町を駆け、無人の小学校のグラウンドへと辿り着けば、そこには今日も変わらず仄かに光を放ち続けるゲートの姿があった。
 柔らかな陽射しが降り注ごうとも。季節の変化を知らせる柔らかな風が吹き抜けようとも。青白く、冷たく、孤独な輝きは何ら変化を見せない。

「まだ消えねえのか…」
 その輝きを、猛禽類の様な鋭い双眸を持った男が睨みつけた。
 2mはあろうかという頑強な身体に、燃えるような金髪。左頬から顎にかけて大きな裂傷が刻まれ、身体のあちこちにも大小様々な傷が穿たれている。
 その身に底知れぬ憤怒と憎悪の影を纏いながら、男はゲートに手を伸ばした。
 ゲートの揺らぐ光に合わせて身体中の傷痕が鈍い痛みを訴える。男は端正な顔立ちが醜く歪ませ、唾を吐き棄てた。
「っがぁぁぁあぁっっっ!!!」
 色を失うほどに強く握りしめられた拳。決壊した怒りが言葉にできない感情を怒号に変える。無人の世界に解き放たれた怒りは大地を震わせ、雲を割り、天を劈いた。

 男の名は、ヴェル。天使ヴェルザリアス。

「人間如きがっ!」
 かつて、この天使はこの地を北陸地方侵攻の足掛かりとするため、その全てを支配下に置こうとした。ゲートを生成し、結界を展開し、人間たちを蹂躙し、すべては順調に事が運んでいた。
 だが、その目論みは人間たちの激しい抵抗によって見事に崩れ去る。
 ゲートが吸収した精神を上納する前にコアは破壊され、彼自身も深い手傷を負った。乱戦に紛れ、姿だけを模したサーバントを替え玉に辛うじて難を逃れたものの、未だその身に刻まれた外傷は完全に癒えてはいない。
 ましてやゲート生成と先の戦いで消耗した力は未だに失われたまま。その力を取り戻すには新たに大量の人間から精神を吸収しなければならない。
 また、撃退士たちに敗れ、長いこと音信不通にしていたため、このままでは天界から爪弾きされる可能性が高い。かと言って、このままおめおめと戻っても上の者からの制裁が避けられぬはずもない。
 彼に残された道は、再び精神を収集しそれを手土産に戻ること。しかし―――。
「さっさと消えろっ!」
 ヴェルがゲートに向かって吼えた。実のところ、誰よりもゲートの消失を願っていたのは彼に他ならない。
 何故ならゲートは一度に一つしか生成できない為だ。今目の前にあるゲートが消えない限り、男は新天地に行ってもやれることはない。この地に残ろうにも撃退士がうろちょろし、何より人間如きに辛酸をなめさせられた地で新たに活動することなど彼のプライドが許さなかった。
 山中に身を潜め、屈辱を耐え忍びながら傷の回復と共にゲートが消失される時を待ち続けてた日々。だが、主の希望を裏切る様にゲートは一向に消失する気配がない。
 痺れを切らした獰猛で兇暴な天使は、ついに今日、自らゲートへと赴いたのであった。
「…見てろよ…俺はこのままじゃ終わらねえ!」



●連絡

「奏ちゃん、本当にありがとうね!」
 以前とは打って変わった友人の明るい声に、常葉奏(jz0017)は自然と顔が綻んだ。柔らかな陽射しが射し込む教室の窓際は、ぽかぽかとした陽気に包まれている。
「一緒に巡回してくれてる皆のお蔭なんだよ。私だけじゃ何もできなかったもん」
 電話先の友人に向かって、奏は巡回で起きた出来事を語って聞かせた。天魔退治に盗人捜索、一緒に佐渡を訪れる仲間の撃退士たちのこと。悲観的にならぬ様、できるだけ楽しく。奏の話に、友人は興味深そうに相槌を打って耳を傾けていた。
「今度はいつ行くの?」
 友人の顔に、わずかに奏の顔が曇る。
「んー、それがしばらく巡回なさそうなんだよね…」
 前回の依頼以後、何度か斡旋所に顔を出してみたものの今のところ巡回の依頼は入っていない。
 斡旋所職員の話では、何でも撃退署は最近週に数回は巡回を行う様になったらしい。余裕が出来たのか人員を増やしたのかは不明だが、そんな状況もあってわざわざ学園へ協力を仰ぐ必要がなくなったのだろう。
 とは言え、巡回が滞りなく行われているとしても胸に突っかかるもやもやが消えるわけではない。ゲートは巡回当初から姿形を変えたことはなかったし、終わりの見えない空気にもどかしさを感じている。
「今度のお休み…ちょっと行ってみようかな」
 電話を切った奏が呟いたとき、携帯が新たな着信を告げた。ディスプレイに映るのは未登録の番号。少し躊躇った後、通話ボタンを押してみる。
「も、もしも…」
「遅ぇ! 何ちんたらやってんだ、こらァ!」
「わっ!」
 突然の怒声に思わず携帯を耳から離す。腕を目いっぱい伸ばした先からも聞こえる声に、奏は目を丸くした。
「その声は…大波のおじさん?」
「おぅ! 俺だ! 嬢ちゃん、今からこっち来い! 緊急事態だっ!」
「こ、こっち? 緊急事態?」
 大波の急かし立てる声に、奏は胸がざわつく。
「こっちって言ったら、佐渡島しかねぇだろうがっ! 天魔がわんさか出てんだよっ!」



●緊急事態
「遅ぇっ!」
 佐渡に辿り着いたことを一報した奏の耳に、再び怒鳴り声が飛び込んだ。
「こ、これでも大急ぎで来たんだよ!」
「事態は一刻も争うんだよっ!」
 大波の声に息切れが混じり、その背後からは剣戟や怒声、人ならざるモノの声が聞こえる。
「お、おじさん!?」
「ちっ! いいか、状況は芳しくねェ! 説明すっから、一回で理解しろよ!」
 電話の向こう側は戦闘中らしい。大波は口早に状況の説明を始めた。
「結論から言うぞ。いま、この辺りにはサーバントが溢れてやがる」
 撃退署は、前回捕えた盗人から得た情報を下にある情報を追っていた。その情報の出所は主に北陸で流れている噂。
 つまり『天使は生きている』。
 この地でその言葉が示す事実はただ一つ。廃棄ゲートの主が生きているということに他ならない。
 先の戦いで天使に致命傷を与えはしたが、その生死を最後まで確認した者がいなかったのだ。
 天使以外にもサーバント多数が入り乱れた乱戦の最中だったこと。天使が身代わりのサーバントを用意していたこと。戦いの後に一般人の救出やコアの破壊を優先したことなど、要因は幾つも重なる。そして、それを今追求する意味はない。
「警戒がてら巡回を強化してみたらこの騒ぎだ…おらっ! 次はあっちに行くぞ」
 時折周囲に指示を飛ばしながら、大波は説明を続ける。
「町中はともかく、肝心のゲート周辺にあたる余裕がねえ。増援を呼んじゃいるが、まだ時間がかかる。悪いがおめえら、ゲートに行ってくれ。何か変化があるかも知れねぇ」
 くれぐれも無理すんなよ! 大波の声が電話の向こうに消える。

 切れた携帯を見つめる奏の顔が影に覆われる。
 いつの間にか佐渡に吹く春風はそよぐことを止め、代わりに暗雲が島全体を覆い尽くしていた。
 それはまるで島全体が不安を示すかのように。
 暗く。重く。夏の嵐の到来の様に、徐々に風は荒れ始めていた……。

 


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リプレイ本文


「これはまた一大事ですねぇ〜。ふふふ〜」
 目の前の光景を認識して尚、落月 咲(jb3943)はワクワクと胸踊っていた。
 小学校の校舎に身を潜め、窓から校庭を覗き込む。これまでの巡回で幾度となく目にしたゲートが、今は眩く輝いては明滅し続けている。
 そして、そのゲートを取り囲む象の様なサーバントが八体。更にはゲートの傍らに立つ男が一人。
 隆起した大柄な肉体に短めの金髪が風に揺れる。男は猛禽類の如く鋭い眼差しでゲートと向き合っていた。
 レイル=ティアリー(ja9968)が険しい表情でその背中に視線を向ける。
「今さらこの地にサーバントを呼ぶとは…何が目的でしょう」

 つまりは―――『天使』。

 突如現れ、街中に散開した大量のサーバントは撃退署の奮闘によって抑え込まれている。だが、このままサーバントが増え続ければ、避難領域外にも被害が出る可能性が高い。
「真打登場か。相手の数も多いし、生きて帰れんのかね。オレら…」
 牧牧 一倫(ja8516)の口から深い溜息が漏れる。
 状況から推測できる事実はただ一つ。
 すべての発端であり、原因であり、災禍をもたらした張本人の『再来』。
 3人は息を潜め、じっと飛び出すタイミングを待ち続けていた。


 奏にヒリュウで先行偵察させ、天使の存在をいち早く察知した一行は二手に分かれていた。
 正面から乗り込んで敵の気を引き、サーバントを押さえ込む突撃班。
 校舎から不意を突き、天使をゲートから引き離して召喚を妨害する奇襲班。
 正門の陰には突撃班が控える。
「成る程。厄介な事になってますね」
 グラン(ja1111)が頷き、胸中で一言付け加える。
(しかし、そこがいいのかも知れません)
 客観的に事態を観察したかのように。あるいは最悪の事態など起きるはずがないと言う確信があるように。
「状況が出来すぎてるから予想はしてたけど、まさか本当に天使とは参ったねえ」
 言葉とは裏腹に、因幡 良子(ja8039)の顔に悲嘆の色はない。
 ちゃちゃっとお帰り願っちゃおう! と、明るく暢気に、いつもと変わらぬ笑顔がそこにある。
 西園寺 勇(ja8249)もいつもと変わらず、元気いっぱいだ。
「皆の力を合わせたら天使なんてどうってことないですよー」
 またこの夢かー。そう思う彼の脳裏に、住民たちの顔がふわふわと浮かぶ。それは夢に漂う彼の中に、幾度も訪れたこの地が刻まれ始めた証。
「んー、困ってる人がいるなら助けないとね」
 勇の言葉に、紫鷹(jb0224)は深く頷く。
「撃退署の人たちの負担を増やすわけにはいかない。島のみんなの為にも、絶対止める…!」
 接してきた町民たちを想う心は誰よりも強く、憤る気持ちが魔具を握る手に力を込める。

 空を覆う暗雲が小さな台風の如く渦を巻く。
 この地に再来した風は強さを増し、颶風となって戦場で吹き乱れようとしていた。



 天使ヴェルザリアス。風を操ることを得意とする彼は、一方でゲートの制御を苦手としていた。
 サーバントを召喚させようにもいちいち時間がかかり、それが彼を苛つかせる。
 そして今、その苛立ちを煽るように彼の目の前には、複数の撃退士がこちらに向かってきていた。

 突撃班がグラウンドを駆け抜ける。
 グランと良子が牽制攻撃を放ちながら、一行は校舎の正面側に回り込んだ。ヴェルが校舎に背を向け、奇襲組が不意を突きやすくする為の立ち位置である。
「いきますよ」
 グランは魔法が届く射程ギリギリまで近付くと、ゲートを取り囲むサーバント目がけて巨大な火珠を撃ち放つ。
 鳴り響く轟音と吹き上げる爆炎に、数体のサーバントが巻き込まれた。
「風使い相手に風を使うのが癪だが…」
 続き、紫鷹が烈風の忍術書を開く。魔力を帯びた風は刃と化し、ヴェルの足元を切り裂いた。
「こいつ等が終わったらお前だ!」
 少しでも意識を引き付けるため、紫鷹が強い口調で声を叩きつける。
 突然の襲撃に、ヴェルの眼は怒りに染まっている。
 しかし、今の彼の優先事項は『召喚』にある。
 彼は怒りを飲み込むと周囲に控えるサーバントへ命令を下し、自身は再びゲートに向かい直す。
 与えた命令はただシンプルに。
 『排除しろ』
 体長1mほどの身体に大きな耳を垂らし、鼻先に赤、青、黄、紫の花を咲かせた奇妙な象もどきは、宙に浮かび上がると撃退士たち目がけて突進する。
 その眼前へ、一つの影が跳躍して踊り出た。
「やいやーい! こんな所で象さんばっかり出して動物園でも開くつもりですかー」
 両手を振り、目立つ動きで勇がヴェルをおちょくってみせる。
 青筋を立てながらも召喚作業に入ろうとしたヴェルの身体に、良子の放った影の槍がちょっかいと言う名の追い打ちをかける。
「因幡さん家の良子ちゃんと遊ぼうぜー」
 ぎりっ!
 歯噛みすると同時に、ヴェルの全身から暴虐な殺気が吹き出した。
 屈辱に満ちた戦いの記憶と顔に刻まれた傷痕が彼の心で疼き出し、それは絶叫へと変わる。

「てめぇらっっ!! ぶっ殺すッ!!!」

 そして、次の瞬間、

 彼は吹き飛ばされていた―――。



 揺れる世界にヴェルの思考が一瞬停止する。だが、彼の肉体は頭が理解するよりも早く、傾いた体勢を起こしていた。
 遅れてやってきた脇腹への衝撃に気付き、吹き飛んできた方へと目を向ける。
 どこから湧いて出たのか。そこには一人の少女――咲が掌底を突き出した態勢で微笑んでいた。
「ふふふ〜、油断大敵ですよぅ〜」
「てめぇ! どこからっ!?」
 その疑問が口から出きる前に、彼の背筋に悪寒が走る。
 反射的に身を捩ったのは只の偶然か。敗れても尚生き延びた本能か。
 彼の身体と入れ違い、緑色の光が虚空を薙いだ。
「おいおい、今のを躱しちゃうのかよ」
 不意を突いた攻撃を避けられ、一倫が驚愕半分呆れ半分にボヤく。
 だが、反射的な回避は次の動作を考慮しておらず、崩れた体勢の上にレイルの剣閃が煌めいた。
「敗残の兵が、この地に何の用ですか?」
 逆巻く風を纏った『北風の剣』がヴェルの身体を、その言葉が彼の矜持を抉り斬る。
「人間風情がっ!」
 血走った目が力任せに腕を横に薙ぐ。
「決まってるだろうがっ! このクソゲートを消しに来たんだよおっ!」
 一拍遅れ、荒れ狂う暴風の奔流がレイルの身に押し流す。そう思われた瞬間、レイルは活性化させた盾をヴェルの顔面へと叩きつけた。
 途端、風が宙に霧散する。
「…成程、このゲートに早く消えて欲しい、と。ですがその心配は無用ですよ」
 レイルは直剣を構え直し、真っ向から対峙する。
「貴方は近いうちに討たれるでしょうから」
「……っ!!」
 ヴェルの表情が憤怒に染まり、声にならない怒りは殺気となって怜悧な刃物の様に対峙する3人に突き刺さる。
「こんな燃えカスみたいなゲート、潔く放棄しちまえばいいだろ? お前の出番もとっくに終わってるんだよ」
「そうこないと〜」
 それでも臆することなく、一倫がヴェルの右手、咲が左手に回り込む。ゲートに近寄らせぬ為、3人は慎重に間合いを測りながらヴェルを包囲した。


 一方、正面から突撃したメンバーは象もどきサーバントの対応に当たっていた。
 良子は天使側と象もどきの間に立って壁となり、勇は乱戦の中を駆け回る。紫鷹とグランは囲まれぬように絶えず動き回りながら、遠距離から魔法攻撃を放つ。
「此の前の用心棒さん、今回来てくれないんですかねー」
 前回捕縛した盗人の一人を思い浮かべながら、勇は象もどきにワイヤーを飛ばすと鼻に絡ませた。
 4種類の象もどきは、それぞれ鼻から異なる魔力を帯びた風を吹き出す。低温障害、認識障害、吹き飛ばし、そして意識を刈り取るスタン。
 勇は鼻を縛り上げることで、風の吹き出しを阻害しようとしていた。
 実際、効果はあったのだろう。風を吹き出そうとした象もどきの鼻が、途中で不自然に膨らむ。
「へへーん。苦しそうですねー」
 ワイヤーを振り払おうと鼻を振る象もどきに向かって、勇が得意げな表情を浮かべる。
 だが、ワイヤーで縛り上げるということは他に手が回らなくなることでもある。2体の象もどきが、勇の両側面に勢いよく突進した。
 ワイヤーを離すかどうか。その逡巡が勇の反応を遅らせる。体長1mほどとは言え、ずんぐりとした象の体当たりは思いの外に重く、挟まれた勇の身体を強烈に押し潰された。
「おっと、良子ちゃんにお任せだ!」
 自身も敵に迫られながら、良子は崩れ落ちかけた勇に向かってアウルの光を注ぎ込む。良子は勇が持ち直したのを確認すると、敵に接して杖を振るった。
「ひたすら殴れぴるるぴる…」
 敵の放った吹雪に身体が凍え、周囲を多数の象もどきに囲れようとも、その軽口が止むことはない。
「よっしゃー、チャーンス!」
 むしろその機を逃さず、良子は『シールゾーン』の魔法陣を展開した。
 魔力に抗えず、数体の風を吹く能力が封じられる。泡を食ったように慌てた象もどきは、逃げ出すように四方八方へ散開を始めた。
「逃がしはしない!」
 逃げ出す敵たちの背に向かい、紫鷹が火遁を放つ。彼女の冥魔寄りのアウルを含んだ火炎は蛇へと姿を変え、敵の身体を飲み込んでいく。
 別の場所では、グランが灼熱の炎を一直線に照射していた。
「まとめて焼き払わせていただきましょうか」
 空を裂いた業火が、数体の象もどきの身を跡形もなく焼き尽くす。
 4人は着実に象もどきを撃滅していた。



「ちっ! 役立たずどもがぁっ!」
 サーバントが次々と滅ぼされる様子に、ヴェルが罵声を浴びせる。
 ところがその本人も、撃退士たちにまとわりつかれてゲートに近付くことができない。
 本来であれば、撃退士3人程度では押さえきれない力を有するはずの天使。だが、彼の身はまだ昨秋の戦いで失った力を、ゲート生成に注ぎ込んだ力を取り戻してはいない。まして、その身に刻まれた傷も完全に完治したわけではない。
 蔑み、見下す人間たちから与えられる二度目の屈辱に、彼の怒りと苛立ちは限界を迎えていた。
 その怒りで行動が荒くなった隙を突いて、紫鷹が飛び掛かる。
「こちらを忘れてもらっても、困る、ぞ!」
 死角から突き出した毒手がヴェルの肉体を襲うも、怒りに吼えるヴェルは毒を弾き飛ばした。
「人間どもを搾取しないと悪魔に対抗もできないのは、何処の誰だ?」
 怯むことなく挑発を仕掛けた紫鷹に、沸点の下がっていたヴェルが脊髄反応で殴りつける。
「多少の無理は覚悟の上です!」
 レイルが懐に飛び込み斬りつければ、そのまま乱暴に腕を薙ぎ、集約した風を解き放つ。レイルが咄嗟にシールドを叩きつけるも今度は躱され、逆に兇暴に荒れ狂う風によって遥か後方へと吹き飛ばされてしまう。
「失せろっ!」
 間髪入れず、再び巻き起こった業風が一倫に襲い掛かる。その一撃を防壁陣を発動して受け止めるも勢いは弱まることなく、一倫の身体もやはり大地に転がった。
「なんでこんな柄にもなくがんばっちゃうかね」
 一倫はすぐに立ち上がると天使に向かって駆け出していく。裂傷で血の滲む口の中で、前回の巡回で喫茶店の店主が淹れてくれたコーヒーの味が甦った。
「またあの美味いコーヒー飲ませてもらえるといいんだけど」
 一倫は傷つくことを顧みずに攻撃を仕掛け続ける。
「ふふふ〜、ゾクゾクしちゃいますぅ〜」
 その身を血に染めながら、咲が嬉しそうにヴェルへと斬りかかる。冥魔に寄ったアウルを持つ彼女の一撃は、強く天界に染まったヴェルの身体に鋭く深く突き刺さる。
 しかし、それは彼女にとって諸刃の剣。
 ヴェルが突き出した掌を握りしめると、急速に咲の周囲の空気が消え失せる。真空状態となった空間にヴェルの魔力が満たされ――それは弾けた。
「…っ!」
 呼吸ができないところへ襲いかかった強烈な衝撃。咲の身体は打ち砕かれ、意識が暗闇へと沈んでいく。
「うおぉぉぉ!!」
 ヴェルが吼え、振り上げた拳を地に叩きつける様に振り下ろす。
 次の瞬間、残るサーバントすらも巻き込んで、巨大な竜巻が戦場の中心に降り立った。
 良子、勇、紫鷹、距離を取っていたグランですらも、魔力を帯びた暴虐な風が吹き荒れる中に取り込まれかける。
「良子さんっ!」
 咄嗟に勇を動かしたのは胸の奥底に眠る記憶。今は亡き父の言葉。
 何度も訪れた地が心に波紋を投げかけたのか。天使と言う脅威が記憶を刺激したのか。いずれにせよ、彼の身体は呼び起された言葉に反応し、良子を竜巻の範囲外へと突き飛ばしていた。
「ふふん、『女性を庇うのが男の仕事』って誰かに聴いたことがある気がします」
 その言葉と共に勇の身体が風に呑み込まれる。
 竜巻の起きたのはわずか数瞬。しかし、その爪痕は大きく、勇と紫鷹はスキルを封じられ、サーバントに至っては全滅していた。
 良子が急ぎ、竜巻に巻き込まれた者たちを回復に回るのを横目に、ヴェルは倒れる咲の身体を蹴り転がす。
「お前ら如きにやられるかぁっ!」

 ――と、そこへ紅蓮の火炎がヴェルの身を包み込んだ。

「ぐあぁ! この炎っ!? てめぇ、涼しい顔しやがって…っ!」
「さて、何のことでしょうか?」
 火炎を放ったグランが人差し指を立て、口元に当てる。
 サーバントを焼き尽くした火球。天使を包み込む火炎。それらは、どちらも冥魔寄りの力をわずかに帯びた対天界仕様となっていた。例えわずかとは言え、大きく天界の力に染まる天使にそれは絶大な威力を発揮する。地獄で燃え滾る業火の如く、天使の肉体は深く激しく灼からていた。
「ふざけやがってぇっ!」
 業火の中でヴェルが絶叫する。そして、直後――その顔面を刀が走った。
 足元で気絶していた咲が目を覚まし、跳ね上がりながら力の限りに刀を振り上げる。そして、そのまま破山を発動すると落下する勢いに任せて今度は刀を振り下ろした。
 顔面の傷痕を続けざまに斬りつけられ、鮮血が激しく飛び散る。
「ふふふ〜、さっき油断大敵って言いましたよぅ〜」
 返り血に染まり、混濁した意識のまま咲が不気味に微笑む。ヴェルの脳裏を掠めた死神と言う言葉。
 予想外の攻撃を立て続けに食らい、ヴェルの心は無意識ながらも僅かに後退する。
 彼はその身を烈風で包み込むと、大きく撃退士たちと距離を取った。
 校舎の際まで達したところで翼を広げ、空へと舞い上がる。
 慌ててレイルが奏の力を借りて追い縋ろうとするも、風を味方につけた天使は二人を地面に叩きつける。
「………っ!」
 上空から全員を一瞥し、何かを声を発する。しかし、それが撃退士たちの耳に届くことはなく。
 天使はもう一度だけ撃退士たちを睨みつけると、いずこかへと飛び去って行った。



 力の大半を失ったのであろう。天使が去り、取り残されたゲートは急速に輝きを失っていた。水で薄めたようにぼんやりとして存在が希薄になる。
 それでもゲートは壊すこともできず、消えることもなく、未だ残り続ける。

 いつしか吹き止んだ風は、島に束の間の静寂をもたらしていた―――。

 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 天つ彩風『探風』・グラン(ja1111)
重体: −
面白かった!:6人

天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『支風』・
牧野 一倫(ja8516)

大学部7年249組 男 ディバインナイト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅