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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/14


みんなの思い出



オープニング

●鼓動

 ひゅううぅぅぅ……

 静寂が支配した町を、今日も冷たい風が吹き抜ける。
 その風が実感させるのは、まだ春は遠いという極シンプルな事実。
 時を止めた町に夜明けの光が射し込み、いつもと変わらぬ光景が静かに広がっていく。

 そして―――。

 『それ』もまた、変わることのない姿、変わることのない輝きで、ぼんやりと明滅を続けていた。

 揺らめく白銀の光は、淡き鼓動のように。

 表面をなぞる青白い光は、儚い脈動のように。

 深き眠りの中、穏やかに呼吸をするが如く。

 静謐な光はひっそりと瞬き続ける。


 宙に浮かぶ輝く円形。外縁を形成する二重線が、この世界との境界線を主張する。
 円の中には四角形が三つ。それぞれがわずかに角度を変えて重なり合う。
 四角形の周囲には、見たこともない様々な花の文様。
 それらは創造主の想像によるものなのか。はたまた人が目にすることの無い天界に咲くものなのか。
 大きく4つの系統に分けられた花々は、まるで日本の四季を表しているかの様に華やかに咲き乱れる。
 四角形の中央に見えるは、美しき翼を広げた天使の半身。
 手を組み、天に向かって祈りを捧げる姿は荘厳で美麗。その顔には、微笑とも悲哀とも苦悩とも読み取れる薄い表情が浮かぶ。
 天使を取り囲むように鎮座するは4体の獣。すなわち、狼、鷲、蛇、象。
 白銀の光の準えし獣たちは、厳かに、粛々と天使を讃え祝福している。

 これがただのアートであれば、世の蒐集家たちがどれほどの大金をはたいたことだろうか。
 しかし、『それ』はアートであることを拒んだ存在。

 …トクン…

 白銀の光が、聞こえるはずの無い鼓動を打つ。

 …トクン、トクン…

 青白き光が、深く大きく脈動する。

 …トクン、トクン、トクン…

 徐々に大きく、徐々に激しく。輝き、煌めく。

 『ゲート』―――人を拒み、隷属し、搾取する忌まわしき異界の門。
 その門が眩い光を放ち、ひと際大きく揺らめいたかと思うと、次の瞬間には一匹の獣が門の前に佇んでいた。
 獅子の顔に褐色の鬣。身の丈数mはある躯に、鈍色の鷲の翼。漆黒の鉤爪。三本の尾。
 人外の獣―――天界より召された、天使の従者。天魔。
 ブルッとその身を震わせ、伸びをするように体を動かしては首を巡らせる。

 ゥグガォエェェー!

 獣に非ざる獣から発せられた、およそ言葉では形容しがたい鳴き声。
 天を見上げ、その姿からはおよそ想像できないほど優雅に天魔が巨大な翼を広げる。
 ゆうに10mに達するだろう翼を羽ばたかせ、天魔が上空へと舞い上がっていく。


 ひゅううぅぅぅ……


 上空を旋回するその姿を変わらぬ表情で眺め、淡い輝きを纏い直した異界の門が再び一人静かに沈黙する。

 『ゲート』―――それは、恐怖と災いの残滓。
 帰らぬ主を待ち続け、災いを呼び続け、疎まれ続けるだけの存在となりし、孤独の門。
 いつ果てるとも知れぬ時間の中で、それは今日もまた風に吹かれ、密やかに眠りにつく。

 今日もまた、ゲートはただそこにあり続ける―――。




●監視
 陽も上らぬ明け方はまだまだ寒く、露わになった肌に凍える様な冷たさが突き刺さる。
 廃棄ゲートの東から南にかけて広がる荒れ果てた田園に、掘建て小屋が一つ。
 小屋からゲートまでの間に視線を遮るものは殆どなく、遠く霞む先にゲートの残る小学校が一望できる。
 危険領域との境界ギリギリに佇む小屋の屋根の上で、二人の男が双眼鏡を手にある一点を見つめていた。
「なんか…あれ、光ってませんか?」
 若い方、やや幼さの残る青年が、覗きこんだ双眼鏡の視界を小学校のグラウンドに合わせる。拡大された視界の中央に映るのは『ゲート』。
「…今までと様子が違うな。まさか…」
 中年の男が青年と同じく双眼鏡越しに『ゲート』を見つめる。確かに光の明滅の具合が変わっている。
 言葉を発することなく、二人の男が集中して双眼鏡を覗き込む。
 やがて、ひと際『ゲート』が輝き、次の瞬間にその眼が捉えたのは一匹の人外の獣。
「あれ…が!?」
「天魔だ…本当に出やがった…」
 驚き、戦慄する二人を余所に、その獣は翼を広げて濃紺の空へと舞い上がる。
 少し遅れて、その獣が発したであろう鳴き声らしきものが風に乗り、わずかに耳に届いた。
「あの大きさ…かなりでかいな」
「だ、大丈夫でしょうか?」
 双眼鏡から顔を離した青年の顔が歪む。
 町が襲われたときのことは無我夢中でよく覚えておらず、天魔の姿は記憶の片隅におぼろげに浮かぶ程度。そのため、ハッキリと天魔の姿を視認した彼の腕は知らぬ間に粟立ち、背中には冷や汗が伝う。
 もし、危険領域内を出たら? 町に向かってしまったら? 不安が幾重にも重なり、青年の心に押し寄せる。
「……ずっとあの辺りをぐるぐるしている感じだな」
 未だ双眼鏡を覗きこんだまま、中年の男は落ち着きを無くした青年を手で制する。
「今のうちに連絡を入れておくぞ」
 男は屋根を下り、掘建て小屋に持ち込んだ無線機を手にする。それは少し前に巡回に訪れた久遠ヶ原の生徒が置いていってくれたものであった。
 ここは田園地帯の真ん中であり、尚且つ天魔襲来の折に周辺の基地局が破壊されたため、携帯の電波は入らない。
 生徒に感謝しつつ、男は受信機のある役所へと連絡を取り始める。

 少し前、やはり久遠ヶ原の生徒が撮影してくれたという写真を二人は目にした。
 そこに映っていたのは懐かしき町並み。
 一時は天魔に蹂躙され、荒らされ尽くした町が、まだ町として形を残しているという事実は、天魔の脅威に恐怖していた心に生きる活力を与えてくれた。
 だからこそ、二人は行動に移したと言ってもよい。
 撃退士たちの巡回があることは知っている。天魔に対して自分たちがどれだけ無力であったかも身に染みている。
 だが、何でもいい。町の為に『何かをしている』という事実が欲しい。『何かができるはずだ』と信じたい。
 その想いを形にしたのがこの掘建て小屋であり、ゲートの監視という行為であった。

「よし、連絡を入れたから、すぐに撃退士が派遣されて来るだろう」
 不安げな青年の背中を叩き、中年の男が鼓舞する。
「心配するな! あの天魔だってあっさり倒されちまうさ」
「そ、そうですよね」
「この小屋も役に立ったじゃねえか!」
 中年の男はガハハハと笑い、そして表情が固まる。
「ど、どうしたんですか…?
 目を離していたのはほんの数分。
 だが、天魔の出現を目撃し、それを報告したことで安心しきっていたのかもしれない。
 いつの間に近づいてきたのだろうか。中年の男の見据える空に、天魔が悠然と飛んでいた。
「に、逃げるぞっ!」
 青年の腕を引き、助手席に無理やり押し込む。
 挿しっぱなしのキーを回し、エンジンがかかると同時にアクセルをベタ踏みする。

「こ、小屋が…!」

 何が起きたかわからぬままの成年が後ろを振り向けば、天魔が何度も急降下しては小屋を紙屑のように吹き飛ばす光景がその目に飛び込んできた。
 悔しさと恐怖に涙がこぼれてくる。
「泣いてる場合じゃねェ! 命あっての明日だ。とにかく逃げるぞ!」
 軽トラが唸りを上げて田園を駆け抜ける。
 幸い天魔は小屋を破壊したことで満足したらしく、走り去る軽トラを一瞥しただけで特に追ってくる気配はない。

 ―――次は何をしようか。

 天魔は欠伸を一つすると、次のおもちゃと言う名の獲物を求め、再び空高く舞い上がって行った。
 


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リプレイ本文

●怪鳥

 ―――暇だ。

 人間の思考に置き換えれば、つまりはそういうことなのだろう。
 時折強く吹き付ける風を心地良く浴びなから、獅子の頭を持つ大鷲、『怪鳥』が空を泳ぐ。
 悠々と。自由に。気ままに。怪鳥は空を旋回する。
 ふと見下ろせば、何やら多くの人間たちが地に蠢いていた。逃げる気配もなく、その傍では煙が立ち上る。
 おもちゃを見つけた怪鳥は胸を踊らせながら、ゆっくりと降下を始めるのだった。



「うむ。終わったら絶対に顔を出す。それまで気をつけて欲しい」
 紫鷹(jb0224)が無線機に向かって話しかける。相手は怪鳥を発見した中年の男。彼らは避難所に退避していた。
「危険域より僅かでも外に出てきたとなると、避難所の移動も、考えた方がいいかも知れないな…」
 通信を終えた紫鷹が難しい顔をして思案を始める。
 ここは危険地域の南部。広大な田園のど真ん中で、撃退士たちは遠く見えるゲートを臨んでいた。
 傍らには、吹き飛ばされた掘建て小屋の建材が散らばっている。
「まあ、来るよな、やっぱ…」
 牧野 一倫(ja8516)がコーヒーを片手にわざとらしく溜息をつく。双眼鏡を覗きこめば、溜息の原因が上空で優雅に風にそよいでいた。
 やる気や熱意とは縁の無い彼にとって、既に敵がいると言う事態は面倒くさいの一言に尽きた。もっとも、巡回は巡回で面倒くさいと思っているわけだが。
「ささ、バシッと解決してしまおう!」
 そんな一倫の背中を、因幡 良子(ja8039)がバシバシと叩く。
 叩かれた衝撃で口につけたコーヒーを吹き出し、一倫が思わずむせ返った。
「ウィーキャンフライッ! 私たちも空飛ぶ! そんで敵やっつける! ほら、完璧!」
 どうやって飛ぶ気だ、と口を拭いながら一倫が突っ込みを入れる。
 そんな二人のやり取りと彼方に見える怪鳥の姿を眺めながら、西園寺 勇(ja8249)が呟いた。
「んー…似たような夢見た気がするー」
 最近あまり寝ていないのか、目の下には隈がくっきりと浮かんでいる。
「んん? だいじょぶ?」
「そんなんで戦えるのか、お前?」
「だいじょーぶー…とりあえず敵倒してー、巡回してー…」
 一倫と良子が同時に振り返り声かけるも、その口調には眠気が漂い続ける。
「そろそろ、行こうか」
 紫鷹が促し、一行は進み出す。
 目指すは敵が旋回している中心部。ゲートのある小学校グランド。そこを戦いの場にするつもりである。
「…まぁ、仕事が無駄足にならんで何よりだ…」
 一倫はもう一度、今度は誰にも気づかれないようにこっそりと嘆息すると、最後尾に付くのだった。

 一方、市街地にも建物の間を縫うように歩く複数の人影かあった。
「ふふふ〜、今回は壊し甲斐がありそうな子ですねぇ…」
 空に浮かぶ影を見上げ、落月 咲(jb3943)が嬉しそうに呟く。その目は妖艶にして、イキイキと輝いている。
 にゃ〜。
「この辺りは危ないよ?」
 傍らでは、常葉 奏(jz0017)が野良猫の喉を撫でていた。
「ちょっと失礼します」
 その脇にグラン(ja1111)がしゃがみ込み、猫の額に手をあてる。
「何してるの?」
 奏の問いには答えず、グランは静かに集中する。彼はシンパシーで猫の記憶を読み取ろうとしていた。
 やがて、グランは手を離すと一人頷く。
「残念ながら、有用な情報はなさそうですね」
 動物相手では本能的な『寒い』『お腹すいた』『何か横切った』程度の抽象的なイメージしか読み取れない。その為、怪鳥はおろかこの町の最近の様子も窺い知ることはできなかたった。
「そう言えば、常葉嬢とは初めてでしたね。どうぞ宜しくお願い致します」
 ふと気付いたグランが立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「え、あ!? ボ、ボクの方こそ宜しくお願いします」
 奏も慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「そろそろグランドに到着するそうです」
 レイル=ティアリー(ja9968)が携帯を切り、一倫からの状況報告を伝える。
「それにしても、翼を持つ獅子ならば格好がつきますが、獅子の頭が乗った鳥とは…。なんだかバランス悪いですね」
 レイルが怪鳥の姿を見上げ、観察する。
 怪鳥の名はフレスベルク。気まぐれで獰猛な性格をしており、風を翼に纏い、高い機動力で空を駆けると言う。
「フレスベルグと廃棄ゲートですか。偶然の一致にしては妙ですね。何かが起こり始めていると考えた方が良いでしょうか」
 望遠鏡で怪鳥の姿を追いながら、グランが思考に耽る。
 一行は物陰に身を隠し観察を続けながら、小学校のグランドへ向かうのだった。


●吹き抜ける風
 撃退士たちの傍らでは、勇の発案による焚き火が煙を上げている。
 その煙におびき寄せられたのか、怪鳥が南からゆっくりと近付いて来ていた。
 それを確認した撃退士たちは、小学校のグランドで各々戦いの準備を始める。
 良子、レイル、一倫が壁役として前に並び、その後ろに奏、勇、紫鷹、咲が控え立つ。グランは直接狙われぬ様、グランド脇の木陰に身を隠して隙を窺うことにした。
「来ましたね〜、ふふふ」
 咲が近付いてきた怪鳥の姿に、満面の笑みを浮かべる。
 彼我の距離20mほど。そこで突然、怪鳥は飛行速度を変えた。
 上空から翼を広げて突進してくるそのスピードは凄まじく、撃退士たちは一瞬にして間を詰められる。
 初撃で狙われたのは良子とレイル。
 レイルは円錐型のゼピュロスランスを突き出し、カウンターを狙う。
 良子はその速度故に直線的な動きしかできないと考え、直前で射線から外れようとサイドステップする。
 だが、怪鳥は良子の動きに追従し、突如直角に曲がってみせた。翼に風を纏い、風を操ることで自由に空を駆ける怪鳥ならではの有り得ない動き。
 その考えられない角度の変化に、良子は反応しきれず直撃を受ける。
 レイルも急な軌道変更に対応しきれず、切っ先は掠り傷を負わせる程度。逆に交錯した瞬間に、翼を覆う風によってランスを吹き飛ばされてしまう。
 更には変化した軌道に巻き込まれ、奏と紫鷹が翼に薙ぎ倒された。
 怪鳥はそのまま地表を駆け抜けると、撃退士たちに反撃の機を与える間もなく一気に上空へと舞い上がる。遅れて、その後を追う様に一陣の風がグランドを吹き抜けた。
 そして、怪鳥は悠々と空を旋回する。

「また来るよ!」
 良子が注意を放つと同時、怪鳥が再び突進を始める。
 だが、先ほど見せつけられた急激な軌道変更によって、敵の軌道を予測できずに全員の動きが一瞬躊躇する。
 その間に、怪鳥は再び良子へと迫っていた。
 良子はその突進を身を沈ませ辛うじて回避するも、グランの放ったマジックスクリューも、レイルが頭部を狙って突き出したランスも、駆け抜ける怪鳥を追い切れず不発に終わる。追撃する他の者たちの攻撃も怪鳥の身体に届かない。
 それはまるで一瞬だけ吹き荒れる突風の如く。
「あの動き、面倒くせえな」
 怪鳥を見上げ、一倫がタウントを発動する。
 後衛に攻撃が及ばぬように。また、自らに攻撃を引き付けることで敵の突進方向を明確にするため。彼は盾を構えて怪鳥を待つ。
 ゥグギャォェェー!
 撃退士たちを翻弄していることが嬉しいのだろうか。言葉では形容しがたい鳴き声を上げ、怪鳥が三度目の突進を始める。
 だが、今度は状況が違う。
 タウントの効果によって、怪鳥は一倫に引き寄せられるように向かっていた。
 加えて、良子が一倫の並び立ち、仲間たちが敵の背をつけるようにと敵の突進角度や向きを誘導する。
「みんな、後はよろしく!」
 敵の狙いがハッキリとしたことで、撃退士たちは迷うことなく迎撃の態勢に入る。
 先陣を切って動いたのは勇。
「輪切りにしてやるー!」
 怪鳥と一倫が交錯する直前に、その前を横切った。
 近くの樹木と勇の間を結ぶように張られたワイヤーが、突進してきた怪鳥の身へと襲い掛かる。
 闇のアウルを纏ったワイヤーが、突進の威力を利用してサーバントである怪鳥の身に深く食い込む。
「うわわっ」
 だが、それでも突進を止めることはできず、怪鳥はワイヤーを握る勇を引きずったまま一倫と良子に突き進んだ。
「今の動きは止まって見えますね」
 それでも勇の攻撃によって、勢いは殺がれていた。
 突進の衰えを見逃さず、レイルが果敢に前へと飛び出すと突き出したランスで頭部に穿つ。
 その脇では一倫が防壁陣を、良子がシールドを展開し、薙ぎ倒されることなく攻撃を正面から受け止める。翼を纏う風に魔具を吹き飛ばされまいと、二人は握る腕に力を込めた。
「ふふふ〜、やっと出番がきましたよぅ」
 そこへ、咲が怪鳥の死角から奇襲をかける。
 今まで身を潜め目立たぬようにしていた彼女は、一気に距離を詰めると嬉々として側面から斬りかかった。
 その身を切り裂く刀の一閃に、怪鳥の意識が一瞬飛びかける。
「…此処で、終わらせる…!」
 追撃の手は緩まない。続いて紫鷹が背中に飛び乗り、肩と肩甲骨の間を狙って白双剣を突き立てた。そのまま剣の柄にしがみ付き、背に立ったまま影手裏剣を翼の付け根に向かって撃ち放つ。
 更には翼の一方をグランのブラストレイが焼き、もう一方を勇がワイヤーで締め上げた。


●落下
 休むことなく続く攻撃に、怪鳥が目を血走らせる。叫びにも似た鳴き声をあげ、闇雲に暴れては紫鷹が背中から振り落とす。
 怪鳥は傷付き締め上げられた翼を大きく、ただ一度だけ、無理やり羽ばたかせた。
「風が来るよーっ!」
 舞い上がる砂埃と焚き火の煙が急激に流れたのを目に止め、勇が声を上げる。
 ほぼ同時に、魔力を帯びた突風が大地の上を吹き荒れた。
 レイルは大地に突き立てたランスを背にし、シールドを展開して吹き飛ばされぬように突風と対峙する。並び、良子と一倫も素早くシールドや防壁陣を展開し、後衛を護るように踏み止まっていた。
 だが、それは動きを封じるためだったのだろう。
 怪鳥は突風に耐える前衛に急接近すると、鈍く光る鉤爪で襲い掛かった。
 狙われたのは、良子。
 頭上からの攻撃は思いの外に鋭く、鉤爪は避けようとした良子の身体を捕えてしまう。
 怪鳥は最後の力を振り絞って翼をわずかに動かすと、そのまま空へ向かって垂直に舞い上がり始めた。
 慌てて良子がロッドを振り回し始め、奏の召喚していたヒリュウが頭に飛び付き、飛行の邪魔をする。
 思う様に飛び上がれず、怪鳥は身体を左右に激しく揺らしながら校舎屋上付近でまごついていた。
「うおおっ! アイキャンフラーイっ! アイキャンf怖ぇええ!!」
「心なしか楽しそうだな、おい」
 一倫が脚をアサルトライフルで狙い撃ち、その衝撃で怪鳥が良子を手放す。
「っひゃあーーっ!!」
「ティアリー、手伝え!」「因幡殿!」「危ないっ!」
 駆け寄った一倫とレイルが、良子をしっかりと受け止める。
 落下の衝撃は奏の召喚したストレイシオンの防護結界によって、大部分が吸収された。

「これでどうですか?」
 上空では怪鳥がグランの放った雷球に両翼を貫かれていた。
「そろそろおしまいだよーっ!」
「どこにも、行かせない…!」
 高度を落としたところへ勇のソニックブームが襲い、紫鷹の攻撃によって怪鳥の視界が靄で覆われる。
 満足に飛べず、視界も阻害された怪鳥が宙を彷徨う。校舎にぶつかると、そのまま校舎に身体を預けて空へ向かって飛び続ける。
 それを迎え撃つのは、扉を蹴破って一足先に屋上へと躍り出た咲。
「ふふふ〜、確実に息絶えてもらいますねぇ」
 咲は大地に向かって屋上の縁を蹴り、躊躇なく飛び降りた。自分の身の安全など考えず、ただ敵を仕留めることだけを考えて。
 アウルを燃焼させることで加速させた斬撃に、落下の勢いが加わる。
 その一撃は怪鳥の纏う風を消し飛ばし、怪鳥の身体を深々と切り裂いた。
 断末魔の叫びをあげ、怪鳥が空中でのた打ち回る。
「っと、あぶねぇっ」
 そのまま落下してきた咲を、間一髪のところで滑り込んだ一倫が受け止めた。
「…痛ぇ」
「ふふふ〜、ありがとうございます」
 咲が立ち上がった後も、グランドで大の字になったまま一倫は起き上がらない。代わりに、ひと仕事終えたとばかりに溜息をつく。
(もう大丈夫だろ…)
 その言葉通り、怪鳥が最後の鳴き声を上げる。
「これで終わり!」
 良子とグランの放った魔法攻撃がトドメとなり、重力に引きずられた怪鳥が轟音と共に地に落ちるのだった。



●束の間の平穏
「おじさん達のお陰で早く退治できたよ!」
 勇の笑顔の声に、無線機の向こうで青年の項垂れる。
『…結局小屋は潰れてしまったし、俺たちは何の役にも立ってないよ』
「無駄じゃないよ、むしろ助かりましたっ! だけど命は大事に!!」
「まったく、無茶をなさる――が、早期発見できたのも事実。こうして大した被害も無く対応できたのはお二人の功績ですね」
 勇に続き、レイルも二人の行動を讃えた。
 討ち逃すことなく、そして町が被害を被る前に対処できたのは、撃退士と、そして見張りをしていた二人の功績だったと言えるだろう。
「我々は戦う力こそありますが、常にこの地にいられる訳ではありませんから」
『おうよ! 役割分担って奴だな!』
 中年男性の声が満面の笑顔を物語る。
「まぁ…お疲れ。あんま無茶すんなよ」
 一倫がコーヒーをすすりながら、無線機へ向かって呆れ顔を向ける。
「これから見回りに行ってくる。顔を出すのはもう少し後になりそうだ。戻ったら、あれが出てきた時の状況を詳しく聞かせて欲しいんだが…」
 紫鷹が巡回に向かうため、話を一旦締めようとする。
『おねーちゃん! あそぼーよー!』
「もう少し待っていてくれ。後で何かお菓子でも買ってやろう。何がいい?」
 ワーイ! と無線の向こうから子供たちの無弱な喜ぶ声が聞こえる。
 そのやり取りを耳にしながら、良子はせっせとノートに先ほどの戦いの記録を書き起こしていた。すでに勇や奏は記録を終えている。

 『今日は空を飛んだ。気持ちよかった。アイキャーンフラーイっ! ┌(┌ ^o^)┐』

 記された内容を満足そうに見直す良子に、グランが近付いた。
「後ほど、私にも書かせて頂いてよろしいでしょうか?」
「お? グラン君も書くかい?」
「ええ、絵に起こしてみたいものがありまして…」

 やがて、骨休めを終えた一行は巡回を始めるべく立ち上がる。
「夜までに終わるよな?」
「さっきは楽しかったのにぃ〜」
 一倫が面倒くさそうに懐中電灯を手に取り、咲がつまらなそうな表情を浮かべた。
 とは言え、その日は他に脅威に出会うこともなく。巡回は至って平和に進む。
 撃退士たちの頬をさらさらと柔らかな風が撫で、無人の町には束の間の平穏が訪れていた。





●影
 良子の持つ巡回記録帳。
 この日、そのあるページが黒く塗り潰された。
 それはグランの読み取った唯一鮮明な猫の記憶。
 黒い夜空。まばらな星。そして、その闇を横切るように漆黒の細い影が一つ。


 ―――ゲートはまた今日もその姿を変えず、淡く輝き続けている。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・西園寺 勇(ja8249)
 天つ彩風『想風』・紫鷹(jb0224)
 微笑む死神・落月 咲(jb3943)
重体: −
面白かった!:11人

天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『支風』・
牧野 一倫(ja8516)

大学部7年249組 男 ディバインナイト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅