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マスター:橘 律希
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2013/02/26


みんなの思い出



オープニング

●奏の転機
「うわー! 楓花ちゃん、久しぶりだね!」
 久遠ヶ原に建つマンションの一室。そこに住まう常葉奏(jz0017)は、懐かしい友人からの電話に声を弾ませた。
 奏は小等部の六年生。撃退士となってまだ一年余り。
 それ以前はごく普通の小学生として、ごく普通の生活を送っていた、ごく普通の少女。
 別に撃退士になったからと言って、家族で久遠ヶ原に引っ越してきた以外、彼女にとって特別だと思えたことはなかった。
 何度か天魔退治に行ったこともあるが、過ぎ去ってしまえばそれすらもただの日常の1ページ。
 少し変わった環境の学校で、少し変わった毎日が過ぎていく。ただ、それだけのことだった。
 ―――この日までは。
「一年ぶり、かな? 今日はどうしたの?」
「…奏ちゃん、久遠ヶ原ってところに引っ越したんだよね。それって、撃退士って言うのになったってことだよね?」
「え? あ、うん。そうだけど…」
「……………」
 電話口の向こうから聞こえる躊躇いがちな声。何かを言い掛けては言葉を飲み込む気配。
 奏は言葉を紡ぐことを止め、静かに友人を待つ。
「…あのね、お祖母ちゃんがね……お祖母ちゃんが…」
 やがて、受話器を通して聞こえてきた声はか細く。それは懐かしき友人の哀しむ顔を容易に想像させた。

 ―――次の日。
 奏は依頼斡旋所を訪れていた。
 偶々顔を出していた赤良瀬 千鶴(jz0169)が奏の対応に当たっている。
「『佐渡島』…? そこなら、少し前に依頼が入ってきてたはずだけど…」
 依頼書の束から数枚の資料を引っ張り出し、奏の前に並べていく。
「どうしたの、奏ちゃん? 何か調べもの?」
「うん、ちょっと…」
 曖昧な表情を浮かべ、奏は広げられた依頼書に目を落とした。

 『廃棄ゲートの確認、および危険地域の巡回』

 それが依頼の内容。
「佐渡って言えば、たしか少し前に中規模の戦いがあったはずよ」
 人差し指を口元に当て、天井を見上げた千鶴が記憶を辿りながら話始める。
 奏は顔を上げると、その説明に耳を傾けた。

 東北地方には、鳥海山を中心に大規模な天使の支配領域がある。
 その地の天使が北陸方面へ侵攻するための足掛かりとして狙ったのが、日本海に浮かぶ『佐渡島』。
 本島から程よく離れつつも、日本海側で唯一の政令指定都市である新潟市と海を挟んで隣接するその島は、橋頭堡として腰を据えるのに適当と判断されたのだろう。
 天使は佐渡市の中心を支配領域とし、島を支配下に置きかけた。
 だが、完全な支配下に置かれる前に撃退庁が事態を察知。迅速な対応と激しい戦いの末、ついには天使を撃退、コアを破壊することに成功する。
 それが昨年の秋の終わりの出来事。
 天使が去ったと報告を受けた住民は歓喜し、胸を撫で下ろした。
 ―――しかし。
 その喜びはすぐに消え去り、住民たちを再び絶望が包み込んだ。
 天使はいなくなり、コアは破壊されてもゲートは残る。そして、廃棄されたゲートは残存するエネルギーを使い、時折天界からサーバントを呼び寄せる。
 結局のところ、撃退士たちが大きな戦火に祝杯を上げたとしても、住民にしてみれば中心部に脅威があると言う事実は、ほとんど状況が変わらない事を示していた……。

 千鶴の説明を聞きながら、奏は友人の言葉を思い出していた。
『お祖母ちゃんがね、毎日うなされてるんだ……化け物が来る、みんなを殺しに化け物が来る、って…』
 友人の祖母は、旧支配領域の中に家があった。
 そこは現在も危険地域とされている為、近所の住民たちと共に近隣の学校の体育館で生活を送っている。
 友人は、天魔の脅威に怯え続け、その結果体調を崩してしまった祖母の見舞いに行ったと言う。
 そこで祖母の変わり果て、元気の無くなった姿を目の当たりにし、深いショックを受けた。
『奏ちゃん、撃退士なんだよね? 助けてあげられないかなぁ…。おうちに帰れるようにできないかなぁ…』
 今にも消え去りそうだった声が、耳に反芻する。
「千鶴先生、ゲートって、どれくらいで消えるんですか?」
「残念ながら、現時点でゲートの消失がいつ頃になるのかはわからないわね。今までの経験則から、少なくともまだ数ヶ月はかかると思う。ゲートが破壊できれば、一番手っ取り早いんだろうけど…」
 だいぶ規模は違うが、学園にもゲートが残っている。たとえ天魔を排し、コアを破壊しても、ゲートそのものを破壊する術がないことは奏も知っていた。
 どうにもできないことだとわかっていても、今日はそれが無性に歯痒い。
「ゲートが消失するまでの間はね、危険地域の管理は地元の撃退署が請け負ってたのよ。定期的に巡回しては、召喚されたサーバントを退治したり、ゲートの確認を行ってきたみたい」
 ただ、慢性的な人手不足に加えて、最近は怪我人や天魔絡みの事件が増えたこともあり、巡回の実施そのものが厳しくなっているらしい。
「そこで、学園に巡回の協力を要請してきた…と言うのが、今回の依頼の背景ね」
 依頼はだいたい1〜2週間置きに一度。撃退署から協力要請があった場合に、その都度貼り出されるらしい。
「実はそれ、今回がうちとしての初巡回になるのよ。
 ………奏ちゃん、引き受けるんでしょ?」
 じっと話に聞き入る奏に、何か感じるものがあったのだろう。千鶴は尋ねる前から彼女の回答を知っている。

 奏が今一度、依頼書に目を通す。
 ゲートを壊すことはできないのならば……ならばせめて、できることをしたい。少しでも、友人のためにできることを。
 そして―――彼女は力強く頷いた。



●玉風


 ひゅおおぉぉぉぉ…。


 『玉風』。
 それは北陸地方などで呼ばれることのある冬の北西風の別称。海を渡り、天を翔け、時に豪雪をもたらし、時に海を荒れさせる空の魔物。
 その風は冷徹な空気を身に纏い、町の中を駆け抜けていく。
 道の脇に捨て去られ、砂埃に覆れた車。シャッターが上がったままの商店。誰もいない部屋を照らし続けるTV。そのほとんどが吹き飛ばされてしまったベランダの洗濯物。
 人も、犬も、ネコも、鳥も、虫すらもいない。
 唐突、且つ緊急だったのだろう。
 すべてが投げ出され、捨て去られ、放り置かれ。
 町はあの日あの時のまま、歩むことを止めている。


 ひゅおおぉぉぉぉ…。


 『魂風』とも記される風が吹く。
 すすり泣くように。泣き叫ぶように。嗚咽する様に。ひと気のない寂しさを殊更際立たせる様に。

 侵略され、

 荒れ果て、

 脅威は去らず、

 寂びつき、

 今は眠りにつく町。


 天魔に怯える日々。
 疲労。憂慮。不安。悲嘆。

 家は壊されていないだろうか?
 こうしている間にも、再び化け物たちが町を蹂躙しているのではないだろうか?
 撃退士たちが、自分たちを救ってくれたのではなかったのか?

 長いトンネルを歩き続ける様に。夜の闇の中で海面を漂う様に。
 様々な絶望と背中合わせに、毎日を過ごす。

 ―――それでも。

 『廃棄されたゲートはいずれ消失する』という事実が。
 ゲートさえ消失すれば、町に、家に、住み慣れた土地に帰り、復興できるという希望が。
 長いトンネルの先に見える微かな明かりの様に。夜空に輝く星の輝きの様に。
 身と心を支え続ける。


 ひゅおおぉぉぉぉ…。


 もの哀しい風切り音が町の中へと消えていく。
 今日もまた、絶望と希望の狭間で耐え忍びながら、住民たちは天つ風にその日の到来を願い続けている。
 


リプレイ本文

●巡回
 処々荒れ果てたアスファルトの上を、軽トラがゆっくりと走り抜ける。
「ふわ…」
「…いま、欠伸しませんでしたか?」
 紫鷹(jb0224)が、隣でハンドルを握る牧野 一倫(ja8516)を見遣った。
「いや…気のせいだろ」
 噛み殺した欠伸を指摘された男はサイドミラーへと視線を移し、自前のタンブラーに入れたコーヒーをすする。
「思ったより荒れてるよな」
(やっぱ物足りねえな)
 口ではマジメに、胸中では学園支給品のコーヒーに不満を漏らす。窓の外には、役所や総合病院、小学校などがゆっくりと通り過ぎていた。

「佐渡には一辺来たことあるんだけど、魚介が美味しいんだよね。また何時か美味しい物食べに来るためにも頑張らないとね」
 時折上下左右に激しく揺さぶれる荷台では、因幡 良子(ja8039)がデジカメを構えていた。後で報告用として使用する為、揺れが収まるタイミングを狙っては流れる景色に向かい、ひたすらシャッターを切っていく。
 写真に収められるのは天魔によって裂かれ、削られ、瓦解させられた木々や路面、建物。島の中心部、小学校のグラウンドに現れたゲートを巡って繰り広げられた激しい戦いは、今も町に深い爪痕を残していた。
 その光景を前に奏が呟く。
「……早く元通りになって欲しいな」
「ゲートのコアが破壊されているとは言え、これでは…早く住み慣れた町へ帰りたいでしょうね…」
 やはりカメラを手にしたエリーゼ・エインフェリア(jb3364)が奏の言葉に頷き、いつ現れるかもわからぬ天魔の脅威にさらされ続ける町並みを見つめる。
「そも、ゲートとは搾取する為のものですからね。放棄後の事など全く考えていない術式なのでしょう。ゲートの破壊――せめて封印する術が有れば、とは思いますが…」
 巡回前に確認したゲートの様子を思い出し、レイル=ティアリー(ja9968)が眉根を寄せた。
 人の気配が消えた町は加速度的に荒れてゆく。住民が町から退避してすでに3ヶ月あまり。
「早く帰れるようになると良いのですが…」

 わずかな沈黙を破り、西園寺 勇(ja8249)が元気いっぱいに声をあげる。
「僕達が頑張ればささっとこの悪夢も終わりますよー♪ ぱぱっと済ませてしまいましょー」
 現実世界を夢の中と認識する少年は、目の前の荒れ果てた世界もいつか覚める夢の一部だと思っているのだろうか。その表情には屈託がない。
「このままではちょいとつまらないですねぇ。何か起きればいいですが〜、ふふふ〜」
 ただの巡回が思いの外、退屈なのだろう。落月 咲(jb3943)の口から刺激やスリルを求める気持ちが思わず零れる。
 とは言え、ゆるりとしたセリフとは裏腹に、彼女の周囲への警戒は誰よりも鋭い。怪しそうな場所を見つけては、注意深く視線を飛ばしていた。

 軽トラはのんびりと、だが緊張感を携えながら無人の町を走り続ける。



●陽気
「そろそろ食事休憩にしませんか?」
 中心部を抜け、住宅街を半分ほど回ったところでエリーゼが提案する。
 荒れた狭い路地を迂回したり、退避中の住民用に損害の少ない部分を写真に収めたりしていた為、巡回は意外なほどに時間がかかっていた。
 日は、既に天頂を少し通り過ぎている。

 軽トラが住宅街の一角にある神社前に止まる。境内は特に荒らされた様子もなく、暖かい陽射しを乗せた緩やかな風が、まるでピクニックに来ているかの様に錯覚させた。
 エリーゼが持参したお弁当や飲み物を広げ、それぞれが思い思いに休憩を取り始める。
「何、見てるの?」
 大きな紙を覗き込む勇に、奏が声をかけた。
「地元の撃退署さんの巡回ルートと、今までの敵出現ポイントをまとめてみたんだよ。参考になるかなって思って」
 勇がバツ印や巡回路なぞった地図を広げる。
 撃退署から事前に提出されたのは簡単な報告書のみ。それを勇は一枚の地図上にまとめ上げていた。そのお蔭で、敵の出現時期や場所に規則性が無さそうなことや、今まで巡回されていなかった場所が判明するなど、早速役に立っている。
 近付いてきた紫鷹が地図を指差し、書き加えるべき情報を勇に告げる。
「撃退署は本当に必要最低限のことしかやってこなかったみたい、だな」
 口をついたその言葉には不満が滲んでいた。
 撃退署はゲートと危険地域内を本当にざっくりと巡回していただけらしい。おそらく慢性的な人手不足で時間もなく、それは致し方ないことなのだと理解もできる。巡回を行っていただけ、まだ良い方なのかもしれない。
 それでも―――
 巡回前に避難所の一つに顔を出し、それだけで住民たちにとても感謝された事実が、紫鷹にやるせない思いを募らせていた。
 口に合えばいいが…と、外装を剥いた携帯品のチョコを差し出したときの子供の笑顔が忘れられない。
 彼女は短時間ながら、少しでも安心できるようにと住民の不安に耳を傾け、食料、医療、生活必需品等の足りない物を確認しては方々へ手配を要請し、更には自分たちと連絡の取れる無線機を設置するなど、誰よりも精力的に動き回ったのだった。

「何か連絡はきたのかな?」
 思い耽る紫鷹に、良子が声をかける。
 町の状況が気になるのだろう。紫鷹の下には、無線機を通して何度か巡回の様子を尋ねる連絡が入ってきていた。
「何度か連絡は来たが、特に問題は起きてないな」
 心配かけないようにと気を配りながら、彼女はそれら一つ一つに丁寧に応対し続けている。
「少しでも不安や心配を取り除けてればいいね」
 奏の言葉に勇が応えた。
「んー、僕あんまり分からないけど、色々なところが天魔に襲われるじゃないですか? それでも僕達はここにいるんですから立ち直る力はあると思うんです」
 ゲートが無くなればきっと元に戻りますよ。勇の言葉に、「一日でも早くその日を…」と紫鷹と奏が無言で言葉を交わす。
「あ、そうだ」
 ふと思い出したように、良子がノートとペンを取り出した。
「今回の巡回って長丁場になると思うしさ、記録を取っておこうと思うんだよ。日付とかメンバーとか天気とかルートとか敵の事とか。あと、今日の晩御飯何食べたいとか色々!」
 開かれたノートに目を落とせば、勇の地図製作や紫鷹の避難所での行動、今食べたお弁当のおかずまでが事細かに記されている。
「皆も何かコメント書いてよ、楽しいぜきっと」
 沈んだ空気を吹き飛ばすように、良子は陽気な笑顔を浮かべた。



●疾風
「そろそろ出発しましょうか」
「まだ時間はありますし、ゆっくりじっくり行きましょう」
 後片づけを終えたエリーゼが立ち上がり、レイルがそれに続いた。
「敵さん、居るなら斬られにおいで〜」
 刺激の無い巡回に飽き始めた咲が、退屈そうな表情を浮かべている。
「面倒事は極力回避してえよな…」
 最後尾で、一倫が咲とは対照的な言葉をボヤく。カフェイン中毒の彼は、持参したコーヒーが切れた為か少々不機嫌に見えた。

 ―――と、
「ふふふ〜。何か来たましたよ〜」
 軽トラに乗り込むところで、唐突に咲の声色が変わった。それまでの退屈そうな表情は消え、見開いた目が輝き出す。
 彼女の指差す先、神社境内の裏手から現れたのは白い毛並みの3匹の獣。小さな狼の様な姿が縦一直線に並び、こちらに向かって真っすぐに疾走してくる。
「ああ、やっぱりそう簡単には終わってくれないわけね」
 牧野がやれやれと頭を振り、一行は戦いの準備を整え始めた。
 油断していたわけではない。だが、疾風の如く一瞬で眼前に迫った敵に、良子が驚きの声をあげる。
「早っ!」
 次の瞬間には、最初の1体が撃退士たちの間を駆け回っていた。
 如何に素早くとも、撃退士の目がそうそう動きを見失うことはない。だが、なまじ動きを追えるが故、縦横無尽に目まぐるしく駆け回る動きに知らず知らず翻弄される。
「くそっ!」
 その動きに気を取られていた一倫が、背後から近づいた2体目によって足をすくわれた。続いて、3体目が狼らしからぬ長い尾を振りかぶり、地面に倒れた牧野へと襲い掛かる。
 ガキッ!
 咄嗟に活性化した盾と尾が交わり、鈍い金属音を上げた。その音と攻撃の軌道から、斬撃の様な攻撃であることを理解する。
「いてぇ!」
 その直後、その身を疾風が通り抜けたかと思うと、音もなく無数の裂傷が走った。
 尾による斬撃と疾風の刃による二段構えの時間差攻撃。更には、翻弄、転倒、斬撃と役割を分担した三位一体の連携。
「まるで鎌鼬だな」
「連携が少々やっかいですね」
 それらから連想された言葉を紫鷹が口にし、エリーゼが光の翼を広げ上空へと舞い上がった。

 再び3体が縦一列に並んで突進してくる。その動きはまるで吹き荒れる風のように止まることはない。
 次に狙われたのは勇。
「うわっ!」
 翻弄され、気付いた時には2体目の鎌鼬が足元をすくおうとしていた。それを庇護の翼を発動したレイルが肩代わりする。
「成程、連携のとれた良い動きです。けれど――」
 3体目の斬撃と疾風の刃を展開した盾で難なく受け止めると、返す刀で高速の刺突を放つ。しかし、その剣先はわずかに逸れ、駆け抜ける敵の身体を浅く切り裂くだけで終わる。
 上空の死角から放たれたエリーゼの魔法も、やはり避けられ直撃しない。
「冷静に対処すれば大丈夫だよ!」
 翻弄されることなく、転倒を免れた良子が斬撃を受け止める。
「てやっ!」
 身を翻し、三度こちらへと突進しようとした敵へ放たれる風の斬撃。勇のソニックブームが鎌鼬たちの中心、転倒役に襲い掛かった。
 その攻撃は避けられてしまうも、代わりに敵の連携を崩すことに成功する。
「おやおや、こうでなくちゃ〜」
「動きが止まった、ぞ」
 単身飛びかかってきた鎌鼬をいなしながら咲がイキイキと刀を振るう。わずかな動きの隙を見逃さず、敵の背後に回り込んだ紫鷹が斬りかかる。
「どこ見てんだ、獲物はこっちだろ」
 言葉とは裏腹に寄って来るなと視線を飛ばしながら、注目のオーラを纏った一倫が敵の気を引き付ける。
 盾を構え、瞬間的に飛躍させたアウルを纏って斬撃を凌ぐが、すべての攻撃を受けきることはできずに疾風の刃がその身に襲い掛かる。
「させないよ!」
 そこに奏の従えしストレイシオンが展開した防護結界が一倫を包み込み、疾風の刃を弾き飛ばした。


●疾風凌駕
 連携を崩し、撃退士たちが3体それぞれと相対する形となったことで、鎌鼬たちは完全に連携を封じられていた。
「――まだ、遅い!」
 疾風の斬撃を弾きざま、レイルが先ほどよりも素早く深く踏み込む。ゼロから一瞬で最速に達する刺突が音すらも置き去りにし、今度こそ鎌鼬の身を確実に貫く。絶命した鎌鼬を、遅れて届いた剣風が優しく撫でた。
「緩急をつけてこその速度ですよ」
 他方では一倫が真正面から盾で鎌鼬を受け止め、その動きを強引に押さえつけていた。そのまま体重を乗せて、身体ごと鎌鼬を押し潰す。
「あらら、倒すのはそちらのお家芸じゃなかったっけ。ざまあ」
 起き上がった一倫と入れ違いで放たれた良子の魔法によって、鎌鼬の動きが完全に止まる。それを見逃さず、機を待ち続けた咲が鎌鼬に突進していった。
「ザックリ斬れちゃってくださいねぇ、ふふふ〜」
 鎌鼬とのすれ違いざまにアウルを爆発させ、振るう刀の剣速を瞬間的に加速させる。それは風をも切り裂く一撃となり、次の瞬間には鎌鼬を一刀両断していた。
 2体が倒れ、残った鎌鼬が逃げ出そうと身を翻す。
「こっちは通行止めだよ!」
 一息で跳躍し、鎌鼬を飛び越えた勇が退路を塞いだことで、鎌鼬の足が止まる。そこへ、風を凌ぐ速度で紫鷹が近付いていく。一撃を加え、即座に離れる動きは雷の如く。
 顔面を斬りつけられ戸惑う鎌鼬に、上空からエリーゼの魔法が降り注ぐ。
「終わりです!」
 鎌鼬を大地へと縫い付けた光の槍が消え去ると、鎌鼬はゆっくりと息を引き取った。

「はーい。ケガした人寄っといで。まとめて直しちゃうよ」
 戦闘を終えたところで、良子がケガ人を呼び集める。連携さえ止めればさして苦労する敵でもなく、良子の起こした柔らかな風が全員の裂傷をまとめて癒した。
 だが、良子ですら癒せない傷が一つ、一行を襲っていた。
「これ…直せるのかな?」
「やられちゃいましたね〜、ふふふ〜」
 巡回を再開しようと車に目を移したところで奏が肩を落とし、ハプニングを喜ぶように咲が笑う。
 鎌鼬たちの攻撃は車のタイヤをも捉えていた。車高の下がった軽トラを前に、紫鷹が率直に結論を述べる。
「ここからは、歩きだな」
「マジか…勘弁してくれ…」
 がっくりとうなだれた一倫の頬を、冷たい風が優しく撫でていった。


●ゲート
 住宅街を抜け、ゲートの南から東にかけて広がる田園地帯が最後の巡回場所となる。
 見晴らしよく、建物など一つもないどこまでも広がる平らな大地を前に、一倫は安堵した。
「…やれやれ。これならすぐ終わるな」
 だが、その期待虚しく、念のためにと一行は荒れ果てた田園を隈なく見て回って行く。結局、田園地帯の見回り終えた頃には、日は西の空に沈みかけていた。
「無事に終わりましたねー」
 巡回を終え、最初に確認したゲートの前に戻ってきたところで、勇が笑顔で倒れ込んだ。
 思わず受け止める形になった一倫の腕の中を、紫鷹がそっと覗き込む。
「疲れたのかもしれない。そのまま寝かせてあげよう」
「…って、俺がおぶるのか?」
 くそっ、疲れてるのはお互い様だ。ぶつくさと文句を垂れつつも、一倫が安らかに眠る勇を背負う。

 一方、レイルは興味深げにゲートの輝きを見つめていた。
 ゲートは巡回最初に見たときとまるで姿を変えず、消失する様な兆候はまったく感じられない。
「……ふむ。ちょっと中を覗いてきても良いでしょうか?」
 ゲート内部が如何なるものか、知識ではなく経験として知っておきたい。彼はそう言うと、他の者が止める間もなく、躊躇せずにゲートへと踏み込んでいってしまう。
「数分で戻りますから、しばしお待ちください」
「ちょっ!? 流石に一人はマズイんじゃないの?」
 良子が慌ててゲートの前に駆けつける。と同時に、すぐにゲートからレイルが姿を現す。あまりに早い出戻りに、紫鷹が首を傾げた。
「どうしたのだ? 中に何が…?」
「中は…完全な闇でした…」
 レイルが力なく首を振る。その顔色は冴えない。
 だが、それは何も見えない闇のせいではなかった。彼を襲ったのは、もっと……。
「…こんな同属がいたとは思いたくないですね」
 レイルの表情の変化を受け、ゲートを覗き込んだエリーゼがやはり顔色を変える。
 そこにあったのは―――剥き出しの悪意と絡みつく様な冷酷さ。あらゆる希望を呑み込むような兇暴な圧迫感。

 いつしか日は沈み、空には星が瞬き始めていた。
「これが…この町に廃棄されたゲート…」
 奏の呟きが一陣の風がさらわれる。

 ひゅおおぉぉぉぉ…

 今宵も独り、ゲートは闇の中で淡く輝き続ける。
 その存在が消え去る日は、まだ遠く、ただ遠く―――。


 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐・因幡 良子(ja8039)
 撃退士・西園寺 勇(ja8249)
 天つ彩風『想風』・紫鷹(jb0224)
重体: −
面白かった!:6人

┌(┌ ^o^)┐・
因幡 良子(ja8039)

大学部6年300組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西園寺 勇(ja8249)

大学部1年306組 男 ルインズブレイド
天つ彩風『支風』・
牧野 一倫(ja8516)

大学部7年249組 男 ディバインナイト
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
天つ彩風『想風』・
紫鷹(jb0224)

大学部3年307組 女 鬼道忍軍
水華のともだち・
エリーゼ・エインフェリア(jb3364)

大学部3年256組 女 ダアト
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅