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目には目を。
愛には愛を。
花嫁には――斉凛(
ja6571)を。
「――ですわ。
菊乃様の強引なやり方……気に入りませんもの。一泡吹かせましょう。上から慌てふためく姿を眺めるのも楽しいですわよ、きっと」
「一泡、ねぇ……」
月の唄う宵。
そして、其処は六畳を設けられていた藤宮 流架(jz0111)の部屋。壁に凭れて座る流架と、茶を点てるかの如き姿勢の良さの凛が対面していた。何処からか、月下香の香りが空気に乗って二人の間を忍んでくる。
「如何でしょうか、流架先生。凛月さんも含めて共に帰り、皆様と学園で桜餅パーティをしましょう」
此度の騒動もとい、祝言。
凛は、自ら達が巡らせた謀を流架に説いた。彼の協力なくして成功のチェックメイトなど有り得ない。紅玉の正視が切に求めた末――流架は諦めたように微笑すると、短く顎を引いた。
「それにしても、君の着付けは俺でいいんだ?」
「え、ええ。花婿に着付けてもらいたいと言えば、御子神の方々は下がって頂けるかと。白無垢に綿帽子でしたらわたくしの姿も隠せますし」
「ふーん?」
「もっ、勿論、襦袢は自分で着ますのでご心配なくですわ!」
「ふふっ。何も言っていないのに。けど、凛君もこれから大変だね」
「? 何がですの?」
「俺と結婚したら、365日“休む暇”なんて与えないよ?」
羞恥心を刺激される揶揄に凛はかっと目尻を染め、弛む口元を手で隠した。相変わらずなんて意地悪を言うのだろう。だけれどやっぱりごちそうさまです。by凛
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屋敷の灯りはあれど、暗な表。
其の空間をバイクの足音で響かせながら姿を現したるは、鴻池 柊(
ja1082)であった。
「おー……ひーちゃん……」
屋敷の大戸に預けていた背を浮かし、常塚 咲月(
ja0156)は無邪気な様子で幼馴染の傍へ駆け寄る。だが、ヘルメットを外した柊の面は厳しい。
「呼び出されたと思ったら、その怪我……何やってるんだ。咲月……前に言ったよな。無茶はするなって」
「う……たまには無茶も、必要だよ……?」
「咲月」
「だって……私の世界の人が死ぬのは、やだ……」
咲月は眉宇を切なく歪めて、俯く。
誰かの存在が“彼”であるのなら、彼女の影響する世界はきっともう――必然。柊は、は、と息をついて双眸を細くした。そして、どことなくほっとしたような表情で咲月の頭に手を置く。
「とりあえず。する行動は決まってるんだろ?」
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「百聞は歩いてこないと言うじゃないか。……混ざったかな? まぁ、いいや。何度も言うけど、凛月君はもう少し素直になった方が良い」
「貴女に言われたくないわ」
「ご尤も。――いやいやいや、おいらの事はどうでもいいんだ」
御子神 凛月の部屋を訪れたのは勿論、明日に起こる事象について。
だが、白檀の女史がどうにも素直にならず、夏雄(
ja0559)はフードの上から頭を抱えたい衝動に駆られた。彼女に協力を申し出ようと共にした翡翠 龍斗(
ja7594)が、夏雄の横で脚を崩して座りつつ、此方に与えてくる無言のプレッシャーがハンパない。
「さあ、凛月君。胸に手を当ててみるんだ。君の心は、君の心臓はなんて言っている?」
「そっ、そんなの……私が聞きたいくらいよ! とにかくイヤなの! 放っておいてよ!」
「そうか、いやか」
それならば、と、夏雄は気後れする胸中を独白で押し退け、脇腹を圧しながら蹲る。
「痛いなぁ……とある女の子を庇った傷が痛いなぁ」
「……」
「痛いなぁ」
「貴女が負ったのは背中じゃなかったかしら」
「ぃ、……」
龍斗のプレッシャーボルテージ:↑↑↑↑↑
「――時間もないので単刀直入に聞く。このままでは埒が明かない」
見かねた龍帝、ついに口を開く。
「凛月、お前はどうしたいんだ。籠の鳥のままでその生を終えたいのか……それとも、勇気を出して世界に羽ばたきたいのか……。人生とは選択だ。その時が来たら、お前はどちらを選ぶ?」
「そ、んなの……龍斗に分かるわけないわ。初めから私には選択肢すらないのよ。分かるわけ、ない」
「いや、そうでもないぞ。俺も古流の家の生まれだから、理解できる部分もある。だが……くだらんしきたりに縛られる必要はないだろう。それに、結婚が嫌なら相応の力を身に付け、お前自身が当主になればいい」
「かっ、勝手なこと言わないでよ! 私は別に――、」
「別に?」
「っ……」
「お前は目を背けているだけだ。決められた運命なのだと、そう思い込もうとしているだけだ。……俺はな、凛月。恋をして、添い遂げた」
「あ……」
「叶うんだ。選択をし、望めば。……まぁ、流架先生が万が一に結婚を承諾したとしても、あの人の事だ……この家には留まらんだろうさ。そんな狭い器じゃない」
龍斗は眉を下げた苦笑で語尾に密やかな不憫を乗せる。そして、腰を上げると、ふいと首を背けて襖に手を掛けた。半分ほど横にずらしたところで、ふと。
「言い忘れていた。復讐も一種のけじめだと、俺は思う。しかし、その前に観察者になるのも面白いと思うぞ」
「――え?」
凛月が問う瞬もないまま、波兎柄の襖は躊躇いなく閉まった。
仰いだままの面を矛盾と疑問で染めて、目線はゆるゆると下がっていく。だが、突き詰める前に「おいらも、龍斗君の意見に賛成だ」と、上体を正した夏雄が彼女に視線を戻していた。
「何なら、家出経験者として良さげな家出先も紹介しよう」
\ぱんぱかぱーん/
一等:骨董品店「春霞」――別名、藤宮 流架宅へのチケット。
「はっ!? ちょっ、なに言って――」
「まぁまぁ、意外と何とかなるもんだよ。おいらが今日という日まで無事に生きているんだから」
HAHAHA。
戯けた夏雄の表情は相も変わらず、表裏読めなかった。
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夢中で傷ついた。
でも、其れはきっと、生きているから。
「――先生……痛い……?」
「やや? 大丈夫、先生強いから」
行燈の和紙に描かれている桜の花弁が、内側からの炎に照らされてはらはらと舞い散るように見えた。
穏やかな静けさの中、咲月は部屋の主の傍らへ淑やかに膝を折る。そして、彼の頬を、体温を、心を確かめるように触れた。
「先生……大丈夫だよ……?」
流架は咲月の行いに睫毛を揺らした。身内、幼馴染に見せるのとは訳が違う。恥じらいもなく上着の裾を捲り、腹部と右胸の傷痕を露わにしたのだから。
「これは……先生を護れた証拠……だから、先生が気にする事じゃないよ……? 傷痕が残ったとしても、私は別に気にしない……。先生が、此処……この世界に居てくれるのなら……」
貴方に受けた傷も、私の世界――。
切な言葉に、熱が重なった。咲月は彼の胸に頬を埋め、背中へ両腕を回す。
「先生……先生、温かいよ……? 私も……温かくない……?」
「…………いけない子だな、咲月君」
「う……?」
確かめた“秘密”に、切ない“幻”が交錯した。
月のように消えない君が真実になってしまったら、きっと――。
「ウィッグの調整するって言っただろ」
すぱん。
「! ……あ、ひーちゃん……」
襖が甲高く鳴き、瞬時に滑って位置を正される。間、何事もないように現れた柊が咲月の傍らへ両膝をついて、手にしていた烏羽色のウィッグを問答無用で彼女の頭に被せた。
「お久しぶりです、先生。あれ以来ですが……模擬戦闘の時に俺がお願いした事、憶えていますか?」
有無を言わせない距離攻めに、言葉も調子を強くする。
流架の置かれている状況は柊にとっては些細な事で。流架は柊の思惑に想を合わせた。――あれを忘れたとは言わせない、そんな険しさの色。
「ああ、勿論。俺に言いたいことがあるようだね」
「ええ。欲張りなら、見せて貰わへんと困るんです。――月、そのままで」
潜ませていた怪訝よりも早く、流架の肩には柊の掌が宛がわれ。通して、アウルという名の光の気配が流架の身体へ伝えられた。
「貴方は月の為にも……俺の為にも生きていて貰わないと困るんです。――俺達のエゴですけどね。では、俺の用は済んだので月とごゆっくり。明日、楽しみにしていて下さいね。俺からのサプライズ。
――あと」
さっさと部屋を出ていこうとした柊が襖を後ろ手に、表情の定まらないまま湯呑みを手にした流架へ一声。
「俺、蒐さんとメル友なんです」
ぶふっ!!
咲月に淹れてもらった緑茶を盛大に噴き出す音が、柊の耳を小気味良く刺激したのは言うまでもない。
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in服着てくださいダイナマ 伊藤(jz0126)部屋。
「あいよ、車の鍵な」
「うん、龍斗君に渡してくれると助かる。後、ちょっと包帯を変えるのを手伝って貰えるかい?」
「おう」
「時に、ダイナマ保険医君の怪我はどうなんだい?」
「名誉の負傷(愛)」
「なるほどだ。そして再び時に、ダイナマ保険医君。桜餅君の洗脳に心当たりはなかったのかい? ――え? 理由?
た……けてと言われ……。
いや別に。只の阿呆面予防だ」
夏雄の腕に視線を落としたまま、ダイナマは「ははっ」と笑った。
「さてな。知ってたとしても、言えねーわね」
次いで、冴えた言。
――“今は、まだ”と。
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大福のような腹を指でかきかき。涎を垂らして眠る楽観主義者、森田良助(
ja9460)はさて置き。はてさて、どうなることやら。
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出来たてほやほやの今日がやってきた。
即ち――、
男には、戦わねばならない時がある。
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川沿いの小道を連なり歩き、色彩と森の宝庫――渓流の邸へ。
戯へを察した天が、しっとりと優しく日照雨(そばえ)で内包してくる。自然は惜しげもなく其の素晴らしさを見せてくれるというのに、
「……重いわ、これ。それにフードなんて被りたくない」
「我儘も大概にしろ。今のお前は“夏雄”なんだ、らしくせんと一発でバレるだろう。何ならやる気スイッチでも穿ってやろうか?」
「……龍斗なんてきらい」
「まあ、二人共落ち着け。凛月、相談する時には過去を、享受する時には現在を、何かする時には、それが何であれ未来を思え――、こんな言葉がある。凛月は自分の未来をどんな未来にしたいんだ?」
空気が、柊の言葉が凛月の気持ちを変える――そうであれと“誰”かが願った。
太陽の傾きによって、刻一刻と表情を変える青の畔。
其の色に包まれた境内で、雅楽の音色に導かれるように新しい物語が幕を上げる。
神前には花婿と花嫁。
右に龍斗ら、左に御子神 菊乃と御子神家配下の者達が参列していた。
二人の、契りを結ぶ花婿と花嫁の御神酒が血の繋ぎを飲み干せと訴えている。
両者が其れを唇に近付けた瞬間。
「――先生、帰らないと。帰るべき場所に」
光の波動の住人が蜃気楼を発動させ、二人の手を盃の縛めから“祓った”。其の“彼女”の姿とは、白無垢に綿帽子から覗く烏羽の束であるからして、
「(さっ、咲月君!?)」
周囲の配下から響きが発せられた。
さあ――始めよう。“逃避行”という名の“宴”を!!
「藤宮 流架はわたくし達が頂いて参りますわ」
厚底の草履を払い、窮屈な白無垢をスカートのように翻して、凛は通常営業の純白メイド姿へ早変わり。勝ち誇った笑みで菊乃に進言すると、流架の両脇を抱えて空高く舞い上がった。
「ショウタイムだ。凛月、走るぞ。車までエスコートする」
「あ……わ、私……。――お祖母様」
和服を脱ぎ、身軽になった龍斗と柊で凛月を護衛しながら森の光沢へと消える。その後を次いで、良助が“只今”と書いて“ようやく”活発に見参(?)した。
凛月さんとるかりんを攫うだって? おーけぃおーけぃ、勿論僕も参加しようじゃないか!
てゆーか参加しないと置いてけぼりになっちゃうしね!
ててててゆーかマジほんと参加しないと学園に帰ったらるかりんのマンツーマン補習が自動的に決定してそうだしね!
そんな、不純なノリ。
え? 不純? のーのー、策略的と言ってほしいね! by良助
「予めヒリュウで敷地内の逃走ルートを練っていた僕に、万一つのしくじりはない!」
――解説しよう。
万一つ、という言葉は、実現の可能性が非常に低いさまを表す。が、
「あ、」
無、ではない。
「ガボンゴホヒィガギャンゲフン!!!」
大丈夫、人語の悲鳴です。
森の傾斜を転げ落ちた良助が配下の者に袋にされるのは、数分後の話。
「えーと……あれだ、君の尊い犠牲は忘れない……って言うんだっけ……? 森田くん、ありがとー……」
衣装の重みで逃げ遅れていた咲月は、此の機にちゃっかりと白無垢を脱ぎ捨てて行ったとさ。
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屋敷までの道のりでは、ぷち騒動が起きていた。
邸からの道に邪毒の結界を設置し終わっていた夏雄は、味方の逃走劇が開始したと同時、凛月より拝借していた服を身に付け\変化忍軍/
「HAHAHA、凛月はおいr……いや、私よ。だ。捕まえてごらん。だ」
こ い つ 誰 だ ! ! !
夏雄、苦無乱舞の恰好の的に。
哀れなり、と、その様子を上空から見届けた流架の両足が高速散歩から着地した。目の前には、流架の愛車のハーレー。
「流架先生……わたくし、靴を置いてきたけれど、追いかけてきて下さる王子様はいませんの。学園まで連れて行って頂けませんか? 狙撃メイドが先生のお背中をお守り致しますわ」
貴方の戦いを知ってから、少し震える心で。
今はわたくしの時間――せめて、貴方の為になれるように。
「おいで。後ろは任せたよ、俺のmaiden」
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良助は、森が一つの宇宙として存在しているように感じた。
先程から視界を☆が物理的にぐるぐると回っているのだから、そうに違いない。
「(あれ、何かいつの間にか御子神家の人々に囲まれてる!? これひょっとして僕が意図しない形で囮になった感じ? わあ、僕ってすごい! ファインプレーじゃね?)」
だが、現実はそう甘くない。
「ぎゃあっ、短刀とか手裏剣とか物騒だよ!
え、皆や凛月さんとかるかりんが向かった先? 知らん! 寧ろ僕が聞きたい! 連れ戻せと言われても無駄だぜ、何故なら……ああ! 僕の右腕が疼く……! ぐっ……静まれ! 静まれ……!」
「――演技はもう結構です。訊きたいことがおありなのでしょう?」
涼やかな声に、良助の面が戯から“醒める”。配下が開け、菊乃が直々に出でたのだ。
「何で急に凛月さんとるかりんが結婚する事になったのか、僕はそれが聞きたい。御子神家の、いえ――貴女の意図は何なのか。それを教えてくれたら人質になってもいいし、一時的にここの使用人になってもいいよ!」
「ふふ、戯れがお好きな御子ですね。そうですね……。私には、“こんな形”でしか手放すことが出来ないと悟ったから……でしょうか」
良助は黙って正視する。菊乃は差し込む光を見上げており、其れが目に沁みた顔をした。
「(茶番も終わりか。――“最初”から隠れた真意は、御子神家に置いていくとしよう)」
心に囁いた龍斗がハンドルを切る。
託された鳥が、まだ見ぬ物語を目指して――。