●うん、そう読めるよね
「助っ人に来ましたよ。いやぁ、大変ですね」
白田の作った助っ人依頼を受けてやってきた東城夜刀彦(
ja6047)は白田の研究室に入ってくるなり生温かい笑みを見せた。そう、微笑みでは無く、例えるなら痛い子を遠くから見守るママのような笑みだ。
何じゃらほい、と白田は首を傾げるがジュリオットは斡旋所に送った白田のFAXを見て「あー‥‥」と何かに気付いた。
「先生!『愛人』『参』集団とは……人間の先生も随分開放的で」
続いて入ってきたレイ・フェリウス(
jb3036)の登場でジュリオットは確信した。やはり『愛人参』ではなく『愛・人参』と書かせるべきだったと。
「フェリウス君、ユーリが探してるのは『愛人』じゃなくて『愛・人参』だよ…?」
ジュリオットの言葉に生徒達のおめめがキョトンとした後に丸くなる。
まぁ、漢字の配列的にそう思えてしまうのは無理もないので溜息だけに留めておくジュリオットだが、そんな事もお構いもせず白田はニンジラゴラ達の写真を自慢気に見せている。
「あー、かわいーなー。いーな、先生」
「幸せそうなのに何故逃げたのでしょうか〜?」
「日本では大根や人参もペットになるのか。相変わらず奥が深いぜ、日本文化」
「これ…売っぱらったらいくらになるんだろう」
人参と大根の集団を可愛いと目を輝かせているのはエルレーン・バルハザード(
ja0889)、のんびりと思考をめぐらす望月忍(
ja3942)、何か日本文化を勘違いしているのがミハイル・エッカート(
jb0544)。そして、頭の中で算盤を弾いているのが金轍(
jb2996)だ。
この後すぐに佐藤七佳(
ja0030)と沙月子(
ja1773)もやってきて、人参捕獲作戦が始まるのであった。
●愛と金
「二股人参かぁ‥‥どうやって動いてるんだろうか‥よく割れないね。と、言うか敵じゃないんだよね?」
「敵って‥天魔関係って事か?まず無いだろう、あんな面白生物。仮に戦ったとしても楽勝過ぎてお話にならないな。それにしても、そうか。股から割れる心配もあるのか‥‥‥注意してやらないとな。五体満足じゃないとそれこそお話にならねぇ」
何故か購買に寄って行って焼きそばパンを購入した轍はレイと共にママラゴラの探索をしていた。今回、どさくさに紛れて売れないかなと思っている轍にとっては割れてしまって普通の人参に戻る事は避けたい。
白田の話ではママラゴラはあまり他の人参に比べ体力のない女子と言う事なのでそう走り回る心配はないと思うのだが、なるべくなら穏便に捕まえたいものだ。レイも理由は違えどそうは思っているようで―
「相手はレディだし手荒な事はしたくないな。お互いで挟み撃ちにして捕まえるのがいいかもしれないね。もしかしたら話も聞いてくれるかもしれないし、と思うのだが金さんは何かあるかい?」
と、提案をしてきた。
「いや、そうだな。無事でいてくれるのならその方が俺も儲かるしなー」
「ふむ。私は一冬のアバンチュールなんかいいかな、と思っているよ。それに彼女に何かあったら先生も悲しむだろうしね。では、上空から探して見つけたら連絡するよ」
「了解、こっちも見つけたら連絡するわ」
闇の翼で上空に上がるレイ。
「んー、こうして上がって見たものの、写真では普通の人参と変わりの無い大きさだったし、見つけにくいかも」
それだったら轍が地上で追い込めそうな場所は無いだろうかと彼の現在地を確認後、レイは少しその場から離れ、周囲を旋回する。
(あそこは行き止まりのようだね)
轍の位置から数m離れた行き止まり。高度を下げてみたが小柄な人参1匹隠れたり、逃げ込んだりする隙間も見当たらなさそうだ。
(あとはママラゴラさんがこの近辺に逃げ込んでいればいいのだけれど‥‥)
そんな都合のいい事は起こらないよねぇと嘆息をはいたその時、携帯が震え始める。発信者は
『金轍』。
これはもしや都合の良い展開なのだろうかとレイは通話ボタンを押した。
「はい」
『レイか?俺、俺。今、目の前にオレンジ色の植物が現れた』
「金さん、先程の別れた位置からどのくらい移動したかい?」
『あー‥と、多分北にちょっと行っただけだな』
北とは本当にラッキーだ。ここは元々轍の居た地点より北に位置するだから。
「丁度良い配置だ。実は提案があるのだけども――」
レイが上からではあるが確認した道順と今いる地形の説明をすると、「それは良いな」と轍から弾んだ返事が返ってきた。
「では追い込みを頼めるかい?私はその場所付近で待機しよう」
「OK。ってなわけで‥‥待て、金ヅルーー!!」
レイとの通話を終えた轍は全力跳躍を計画的に使い、ママラゴラを見失わないような距離を保ちながら、レイから指定された場所への道順から逸れそうになったらソニックブームを当てないように放ち、軌道修正しながら追い込んでいく。
ようやく轍の目の前にその行き止まりが見えるとニヤリと笑い、一気に加速する。
今は見えないが何処かにレイが潜んでいる筈だ。
「止まれー!珍獣!」
金ヅルを目を前にまだまだ体力が有り余っている轍に対して、元々読書好きでインテリなママラゴラにはきつい距離であったようで既にペースダウンをし、人間であったら息切れを起こしている状態である。多分出ているのは二酸化炭素ではなく、酸素であろうが。
「さぁ、年貢の納め時だな」
この追いかけっこも終わり。轍ばかりを気にして後ろを振り向いているママラゴラの正面からサイレントウォークで足音を消して近寄ってきたレイが轍の視界に入る。
「捕まえましたよ、レディ」
レイに捕えられたママラゴラは疲れ切っているようで抵抗もせずもレイの手の中でうなだれているだけだ。
「無理をしてはいけないよレディ。外は寒い。暖かい場所でお茶でもどうかな?相談に乗ってほしい事があるんだ。大好きなあの子に話しかけたいけれどどう話せばいいのかな?助けておくれママラゴラ!!大好きなあの子にどういう話題振ったらいいと思う!?」
(暖かい場所に行くんじゃなかったのか‥‥)
呆れつつも今はママラゴラを回収できないと判断した轍はレイの取り乱している姿を写真に収める。
人参に本気で恋愛相談をしている悪魔の図は案外売れるかもしれない、と。
●いたずらっこ
「ふふふーん‥‥動き回る、っていうなら、おなかがすくだろうしねー」
「ご飯はあれでいいんでしょうか」
花屋で購入した栄養剤を紙コップに入れて地面に置き、木陰で虫取り網を構えているエルレーンと、その横で隠密能力で気配を消している夜刀彦。
「ここだけじゃなくてここら辺にいっぱい仕掛けたし、この罠でいちげきひっさつ、だよぅ」
と、自信満々でそうエルレーンであったが待てども待てどもプチラゴラは現れない。
「あれぇ?」
「来ないですね。罠はこのままにして周辺の見回りをしてみませんか?」
夜刀彦の提案を受け、2人は罠をそのままに自分達の足で探すことにした。
「こうなったらいっその事罠にはまる、とか。いたずらっこは、絶対にそのいたずらにはまった現場を見たい筈だし」
「そうですね。では、もしちびっこの罠にかかった場合は残った方、もしくは動ける方が追うと言う事で」
「うん、わかっ―――きゃっ!」
打ち合わせをしながら歩いていたら一瞬で姿を消したエルレーン。
「先輩!?」
彼女の様子を確かめようと夜刀彦が一歩踏み出すが、頭上から水風船が落ちてきて一気にぬれ鼠に――。
「子供の悪戯って‥‥確かにこんな感じでしたよね‥‥。先輩、大丈夫ですかー?」
「だいじょーぶなのぉ。それより東城くん、悪戯っ子の捕獲よろしくー」
「わかりましたー」
エルレーンの無事を確かめた夜刀彦は再び気配を消し、木々の中に姿を消した。
数分後、何者かの気配がしたのでエルレーンが穴の入り口を見上げると、小さなオレンジ色の物体がホクホクと効果音が聞こえそうな程嬉しそうにエルレーンを見つめていた。
「い‥‥居たー!」
エルレーンの声にびっくりした物体―チビラゴラは身をすくませている内に、遁甲で更に気配の無い夜刀彦に捕まえられた。
まだまだ遊び足りないプチラゴラは夜刀彦の腕の中で駄々っ子の癇癪のように両手両足をじたばたさせており、そんな様子がとても可愛くて2人とも思わず微笑んでしまう。
「かわいーなー」
「可愛いですね」
「先生くれないかなぁ」
「無理、だとは思いますけど一度駄目元で聞いてみたらいかがでしょうか?」
そうとなったら捕まえた報告がてら白田に電話するエルレーンであったが、白田の「え?やだ」の一言であえなく撃沈。たまに遊びに連れて行くのは良いよ、との事。
ちなみに栄養剤につられなかった理由は「成植物用はお子様だから好きじゃない」らしい。
●れっつ!らん!
周辺捜索より先に白田から詳しい逃げた時の事や、その逃げて行った方角に居た人々の聞き込みから始めた七佳とミハイル。
どうやら種族が違うせいか、はたまた個性かはわからないがダイコンランはスポーツマンシップに則っている正確らしく、恐らく一番聞きわけがいいと白田は言っていた。ならばと2人は話し合った結果、七佳がダイコンランを追い込み、ミハイルがその先で待機。誘導されたダイコンランに勝負を持ちかけると言う作戦を立てた。
そして、今――
「二股の大根を目の前にしていますが、不思議なものですね‥‥とはいえ久遠ヶ原では普通かもしれませんが」
ダイコンランを補足した七佳はダイコンランを追いかけていた。
人参より硬いせいかダイコンランの脚力は素晴らしいもので七佳もつかず離れずの状態だ。
「なるほど、聞いたとおり中々のスピード‥‥手加減は失礼ですね、全力で行きますよッ!」
そう言うやいなや、七佳は光翼を発動させ、加速をかける。
ダイコンランも何か察したらしく、一瞬だけ七佳を振り返るとスピードを上げた。
「このまま一気にミハイルさんの所まで追い込みます!」
七佳はそう言うと、足に全神経を集中させた。
「待っていたぞ、ダイコンラン」
七佳から逃げ回っていたダイコンランが出てきた場所は陸上用トラックのある校庭。そこにはサングラスをかけてハードボイルドを匂わせるミハイルが待ち構えていた。
「おっと、逃げるな。ここまで七佳に追いまわされて疲れただろう?お前はスポーツマンだと聞いた。勝負しないか?俺が勝ったら素直に戻れ、お前が勝ったら好きにしろ。どうだ、悪くないだろう」
「勝負方法は障害物競走です。既に私達が用意したものですが、一切仕掛けはしてません」
後ろから七佳も来てダイコンランは腕を組み、暫し考えるが申し込まれた勝負を避けては男が廃ると2人の提案をのんだ。
「では、審判は私、佐藤七佳がさせていただきます。お二人とも位置について、よーい‥‥ドン!!」
七佳の合図で走り出す1人と1匹。
この障害物競争はこのトラックと目の前の校舎を使う、といったもの。校舎の屋上に上るロープ登りでは体長の小さいダイコンランが不利に見えたが、校舎間隔飛びではむしろ彼の方が有利であった。
(結構大根って動けるものなのですね)
七佳が大根の運動能力に感心している内に全ての関門を越え、後はゴールである1階中央玄関に向かうのみ。
「大根に負けてたまるかー!」
ミハイルは撃退士としての能力を出し切り、ラストスパートをかける。
その結果――
「ゴールです!勝者ミハイルさん!」
ゴールテープを切ったのはミハイルであった。
「お二人共、お疲れ様です」
「お前なかなかやるじゃないか」
『お前もな』
そう言葉を交わすと(ダイコンランは地面に棒で書いている)お互いに固い握手を交わす。
『完敗だ、主の元に帰ろう』
「なかなかスポーツマンと言うよりは武士って感じですね、ダイコンランさん」
「ふむ、侍も日本の文化だしな。さて任務完了。戻るとしよっ‥‥うっ!?」
体の向きを変えた瞬間、何故か落とし穴に落ちるミハイル。
「え!?」
『プチの作った穴だな』
「えーー!?」
「七佳、ロープを‥‥」
しかし、周辺にロープが見当たらずミハイルは他の班が任務を終了するまでその中に居たと言う。勝者なのに‥‥。
●凄い理由
「この辺りに逃げ込んだって聞いたんですけどね〜。なかなかいませんね〜」
「白田先生に似てるってジュリオット先生もおっしゃってたし、案外その辺で好きな事やってそうですけどね」
忍と月子も周辺に居た生徒達から情報を得てニンジラゴラが座っていたと言う花壇周辺を捜索中である。何故か月子は馬の起爆剤よろしく人参をつり下げた棒を持っているが、傍若無人な二股人参は多分釣れない。
暫らく行くと、メダカ等が飼われている池にたどり着いたのだが、そこに居た。
木の棒と裁縫糸で簡単に作っただけの釣竿で池に糸を垂らしている二股人参が、だ。
2人はさっと茂みに身を隠し、様子を観察する。
「不思議植物図鑑に載ってる姿そのままですね」
「可愛いので観察していたい気分ですけど〜先生待ってらっしゃいますし、今なら油断していそうですよ〜」
と、言う事で気配を悟られて逃げてしまわない内に咎釘と異界の呼び手を発動させ、左右からニンジラゴラを襲う。
彼が釘と手に気付いた時にはすでに遅し。呆気なく二股人参の闘争劇は幕を閉じたのである。
「なんで逃げちゃったんですか〜?白田先生は大事にしてくれるでしょ〜?」
大人しく抱っこされてくれているニンジラゴラに向かって質問を投げかける忍。
「『ちょっと確かめてみた事があった』って事みたいですよ」
地面におろしてしまうと文字で会話は出来るが時間が経ってしまうといけないので通訳はシンパシー持ちの月子が担当している。
「確かめたい事〜?」
「んーと、待ってくださいね。『我々二股族は一見人間に捕食されている人参と同じ姿であるが実際は知能を持ち、運動能力にも優れている者も出る』、ダイコンランの事ですね。『だから試してみたかった。我々が一目散に逃げた時人間がどのくらいの時間でどのような手段で捕まえに来るかを‥‥。すなわちこれは我々が人間に―――』」
ブーブーブー‥‥
「はっ!?天魔より人参を‥‥ってあれ?ここ、部屋ですね」
携帯アラームを消し、月子はベッドの中で首をひねる。人参が、何だっけ?
「何かすごい夢を見た気がする‥‥」
「沙さん、おはようございます〜」
「おはようございます。望月さんも白田先生の研究室に行くんですか?」
「えぇ。なんかわかんないですど〜確かめなきゃいけない事がある気はして〜」
「私もなんですよね」
何だろうね、と2人で首を傾げながら白田の研究室を訪問し、かの教師が大切にしていると言う二股人参の鉢植えをじっと見る。
「何だ?今日はラゴラに千客万来だな。なんか大根とか言ってた奴もいたし、ジュンちゃんも1本しかいないよね?とか起きるなり念おしてきたしおかしな日だなー」
白田はそう言いながら笑うのであった。