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久遠ヶ原島にある高級デパート三島屋。
そのデパ地下の和菓子店に行列が出来ていた。
そこに並ぶ二人の少女。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)と染井 桜花(
ja4386)。
「TVで紹介されていましたけど、ここの抹茶わらび餅はそれほど美味ですの?」
みずほの問いかけに桜花が答える。
「……殺してでも うばいとるレベル」
「まあ、そんなに!」
驚くみずほ。
列に並ぶ御年輩方も皆、抹茶わらび餅を購入している。
やがて、みずほと桜花の番が来た。
カウンターの前に一つだけ残った抹茶わらび餅を手にとるみずほ。
が、ほぼ同時に桜花の手もそれに触れる。
一瞬の沈黙の後、みずほが口を開く。
「先にこのスイーツに手を伸ばしたのはわたくしですわ」
「……早い者勝ち」
「先に手を伸ばしたのは自分だと、そうおっしゃいますか?」
言うより早いか、みずほの左拳が閃き、桜花の鼻先で止まった。
「わたくしの方が手が早いに決まっております!」
みずほはボクサーであり、高速ジャブには自信がある。
だが、桜花の表情に、いつもの事ながら変化はなかった。
「……みずほでも……これは譲らない」
「わかりましたわ」
二人が同時に叫ぶ。
「でしたらボクシングで勝負ですわ!」
「……拳で勝負」
ぶっそうな事を言いだす少女二人に、買い物客がざわめく中、二人はレジのお兄ちゃんに交渉を始める。
「と、いうわけで申し訳ありませんが」
「……この抹茶わらび餅……お取り置きを願う」
「はあ」
数分後、デパートの駐車場にリングカーが到着した。
リングを積載した異様な風体のトレーラの周りに“なんだなんだ“と買い物客が集まってくる。
グローブとコスチュームをつけ、ボクシングスタイルになった二人がリングにあがっていた。
「専門ボクサーのプライドにかけて、桜花さんに負けるわけには行きませんわ!」
赤コーナーで、グローブをペンペン打ち合わせるみずほ。
「……折角だから……あの時のリベンジ」
青コーナーの桜花の言う“あの時”とは“全アウル格闘技選手権 プレ試合”という依頼で、みずほに敗れた事である。
敗因は廻し蹴りの空振りによるものだった。
今度はボクシング、蹴り自体を封印する。
抹茶わらびもちを賭けたゴングが鳴る!
一気に前に出るみずほ。
真っ向からの打ち合いをしかける。
対する桜花はボクサーではなく絶技と呼ぶ格闘術の使い手。
その奥義は、
「……絶技・拳断舞踏」
相手のあらゆる打撃をカウンターする技! なのだが、
「……くっつきすぎ」
超接近戦とは相性が悪い。
ある程度、距離がないとカウンターは合わせられないし、合わせられても威力は半減する。
一方的に、みずほの連打を浴びる形になってしまった。
距離を置こうとバックステップで後ろに下がった瞬間、
「この瞬間を待っていましたわ!」
みずほのダンネーションブローが脇腹に炸裂した。
「……ぐ」
一瞬、呼吸が止まる。
これは即ち、動きの停止でもある。
「今ですわ!」
バタフライ・カレイドスコープを発動、連打を開始するみずほ。
全身のアウルを燃やし、限界を超えた連打を浴びせる。
息を止めたまま、ひたすらに耐える桜花。
みずほがトドメに移る一瞬の隙。
そこを狙って、桜花が横に逃げた。
下がりながら受けたレバー打ちだったので、威力が半減していたのである。
「しまっ……」
今度はバタフライ・カレイドスコープの反動でみずほが動けなくなった。
この隙に心技・獣心一体を発動させる桜花。
「……獣は今 ……目を覚ます」
桜花の肉体の数か所に、金色に光る紋章痣が出現した。
上体を激しく揺するようにして、左右からフック連打を繰り出す。
「……絶技・散華乱舞(さんからんぶ)」
これはボクシングにおけるデンプシー・ロールの絶技バージョンである。
「こんなもの! デンプシー・ロールは現代ボクシングの基本技術ですのよ」
硬直が解けたみずほもそれに対応して、デンプシー・ロールで返す。
見目麗しい少女たちの容赦ない殴り合いに、沸き立つ観客たち。
二人とも、おっぱいさんなので上体が揺れるとそれが揺れるのも、男性客の目には嬉しいサービス。
結果、両者同時にダウン。
意識はあるものの、10カウントを聞いても体が動かない。
そこでレフリーのホセが裁定を下した。
即ち、和菓子売り場に戻り、抹茶わらび餅を食べた方が勝利!
ヨロヨロと立ち上がる二人。
蓄積したダメージに時折、脚をもつれさせながらも、和菓子売場に向かう。
「わたくしティータイムを、邪魔はさせませんわ」
「……絶対食べる技と書いて絶技」
売り場に一瞬、早く辿り着いたのは桜花。
和菓子への執念が、少しだけ強かった。
「くっ、紅茶わらび餅でしたら絶対負けませんでしたのに」
悔しがるみずほ。
「……先程、取り置いた抹茶わらび餅を」
約束を果たそうとすると、レジの兄ちゃんが怪訝そうに目をしばたかせた。
「あなたたち誰ですか? このわらび餅をお取り置きされたのは、お綺麗なお嬢さん二人でしたよ」
激しい殴り合いを繰り広げた二人。
顔がボコボコになって腫れ上がり、全くの別人にしか見えなくなっていた。
二人とも食べられず、引き分け判定である。
なお、殴り合っている間に忘れてしまったリングカーの宣伝は、ホセが代わりにしてくれました。
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久遠ヶ原フードパークは、五十以上の飲食店が立ち並ぶデートスポットである。
大勢の人の行きかう日曜の昼間、遠石 一千風(
jb3845)は、ここを歩いていた。
一緒に歩いているのは鐘田将太郎(
ja0114)。
六歳年上の相手に合せ、一千風は少し大人びた格好をしている。
「ここにある、旗坊という店のおでんが美味しいそうですよ」
「おでん? 日本人なら米を食え!」
鐘田は米どころ出身ということもあり、米信者である。
おでんと米の合わなさは、ガチということだろう。
二人が入る店を迷っていると、背後から声が聞こえた。
「奇遇やねこんなとこで、鐘田クン」
振り向くと、ショートボブに黒いスーツの少女、黒神 未来(
jb9907)が立っていた。
「み、未来」
動揺する鐘田。
「ご一緒されているのは、どこのどなた様やろな?」
未来は全身から、冷たい怒気を発していた。
すまし顔で挨拶する一千風。
「鐘田さんがお世話になっております、私は――」
自己紹介を未来は一蹴する。
「名前? 知らんわ――この泥棒猫!」
この態度に一千風もキレる。
「なんだ、泥棒猫って! まるで鐘田さんがあなたのものみたいな言い方だな」
典型的修羅場に、パーク内を行きかっていた人々も脚を止める。
さらにもう一人の乱入者が参戦する。
「きゃはァ、また二股かけたのね、この糞野郎ォ! 女の敵は殺すゥ!」
可愛いけどどこか狂気を感じる少女、黒百合(
ja0422)である。
「い、いやそうじゃない! 二股なんかじゃないんだ!」
「私が半殺しにしてあげたのに反省していないのねぇ……全殺しにしないとわからないかしらァ……♪」
言い争う四人。
「黒百合、もうお前、関係ないだろ!」
「あるわァ……今度顔合わせたら殺すって予告しておいたはずよォ……♪」
「この娘は誰やねん、聞いてへんで」
「もうわけがわからないな、面倒になってきた」
衆目の中、四人は同音異句に叫んだ。
「だったら空手で勝負だ!」
「なら、プロレスで勝負よ!」
「だったら空手で勝負よォ!」
「だったらプロレスで勝負や!」
痴話喧嘩の内容よりも、選択した競技で対戦相手が決まってしまった。
フード―パークの駐車場に、二台のリングカーを呼び出す。
派手さを狙って、二台を並べての同時試合を行う事にした。
観客は見るのが大変である。
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右のリングカーにあがったのは、一千風と未来。
一千風が赤と白のハイレグ水着。
未来はロングスパッツとスポーツブラ、それぞれプロレス用の衣装に着替えてリングインする。
互いに、ビリバチと視線を躱し合う。
(久々のプロレス、今度は勝ちたい)
数か月前を思い出す一千風。
実は一千風も未来も、かつてアウルレスラー六闘神と共に戦った戦友である。
その六闘神が、今回依頼をしてきたアウル格闘同盟社の母体の一つなのだから、運命とは皮肉なものだ。
一千風がそんな観賞に浸りながらゴングを待っていると、
「隙ありや!」
いきなり未来が飛び出してきてドロップキック!
「な、まだ……」
「もう、うちの心のゴングは鳴ってんねん!」
そして、バックドロップ!
完全に油断していた一千風。
ブランクもあり、バックドロップをもろに喰らってしまう。
とはいえ、一千風も外殻強化で備えをしていた。
すぐに立ち上がる。
ここでようやく、ゴングが鳴った!
「お返しだ!」
マットから立ち上がった一千風、再び向かってきた未来を、強力な張り手で迎え撃った。
「……!」
脳震盪を起こす未来。
モデル張りの体型で、リーチが長いのが一千風の強みである。
跳躍し、未来の首を正面から、蟹ばさみにする。
一千風の十八番、フランケンシュタイナーである。
長い脚から繰り出した投げは、未来をマットに叩きつけた。
一千風はコーナーポストにあがり、そこで闘気を解放すると天高く跳躍した。
そのまま倒れている未来に雷打蹴を浴びせる。
一千風のフェイバリット! ミサイルキック!
未来は、まだ脳震盪から回復していないが諦めない。
素早く身を翻すと、ミサイルをジャマーで攪乱するが如く、毒霧を浴びせた。
実際は毒霧ではなくナイトアンセムの応用技なのだが、相手の目が眩む事には変わりがない。
「くっ!」
飛び蹴りの弾道が歪み、一千風の脚は何もないマットに突き刺さる。
観客から、ブーイングが湧きおこる。
「うっさい! 反則やない! 今から、プロレスを見せたる!」
立ちあがると、マットから脚が抜けなくなっている一千風のバックをとり、引っこ抜きバックドロップ!
今度は一千風が脳震盪を起こし、マットに倒れる。
「うちのフェイバリットの恐ろしさ、思い知らせたる!」
倒れた相手を、変形STFの体勢に組み敷く。
だが、ただの変形STFではない。
首を極めた一千風の耳元に、氷の夜想曲を奏でる。
ペトリファイロック!
首を極めつつ、相手に氷の眠りを与える二重奈落の絞め技だ。
一千風も抵抗を試みたが、苦手の絞め技に加えて、催眠攻撃。
その瞼は、虚しく落ちてしまった。
勝利のゴングを受ける未来。
「真・久遠プロレス部員は伊達やないで!」
勝ち名乗りを終えた未来は、すぐさま一千風を揺り起こす。
「目を覚ますんや、遠石クン」
「負けてしまったな」
「うちらの真の敵は互いやないやろ!」
散々ボカスカやっておいて何を今さらだが、試合が終わればブック大展開、ストーリーオブタイムである。
二人は、肩を並べて真の敵の元へ向かった
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左のリングカーでは空手着を来た鐘田が、黒百合と対戦していた。
「押忍! 久遠ヶ原流空手! 鐘田、参る!」
でっちあげの流派名と共に、鐘田は正拳突きを放った。
拳から白い光の粒子が放たれる。
「なによこれェ?」
粒子をかわしながらも最後の一粒に当たり、ふっとばされる黒百合。
気分が悪そうによたよたと起き上がる。
「虫の卵みたいのが飛んできたわァ? 気持ち悪い……」
「違う! 米粒だ! 日本人なら米を喰え!」
魚沼舞。
飛燕をアレンジし、米粒の衝撃波が飛んでいるように見えるという技だ。
だが、黒百合には堪えた様子がない。
「正拳突きねェ……」
黒百合も同じ構えで正拳突きを放つ。
「お返しするわァ……♪」
苦痛で顔の輪郭が歪むほどの衝撃波に、全身を貫かれる鐘田。
「ぐぉぉぉ!」
「破軍正拳突きィ……とか必殺技の名前を叫んだ方がいいのかしらァ あははァ♪」
笑ってはいるが、黒百合の技はガチである。
鐘田の米粒のような演出抜きで、殺しにかかるレベルの技を放っている。
「へ、へへへ……その拳は見切ったぜ……」
言葉に説得力を感じないほどボロボロの状態で立ちあがる鐘田。
「じゃあ、別の技を使うわねェ……♪」
「なに? まて! それは困る!」
鐘田の制止など聞くわけもなく、黒百合は迅雷でマットを蹴り、首筋に突きを叩き込んだ。
「ぐぉーー!」
さらに迅雷の余力で相手の側面に移動、今度は延髄斬りを撃ち込む。
「う、ごごごご」
マットに倒れる鐘田。
黒百合は、自らの小さな手足を不満げに見ている。
「本当は変化の術で手足を巨大化させたかったのよォ……でもそれだと、上手く動けなくなるのよねェ……」
不完全な技により威力が半減したためか、やがて鐘田は立ちあがってきた。
表情が完全にブチギレモードに突入している。
「くそ、めちゃくちゃしおって! こうなったら最後の技を見せてやる!」
「あらァ、怖い顔ォ……♪」
鐘田は体のリミッターも、女性に対する容赦も完全に投げ捨てていた。
全身には黒百合が漂わせているそれよりも、煮えたぎった殺気が揺らめいている。
荒死の応用技で空手突きを、連続で放ち続ける。
「オラオラァ!」
「ちょ! 本気じゃなぁい!」
両手を駆使して捌き続ける黒百合、だが気迫に圧倒されて次第に押されていく。
表情が珍しいほどに引きつる。
そしてついに、黒百合はリング外にふっとんだ。
「オララァ!」
黒百合がリングカーの下に落ちたのを見て、マットに膝をつく鐘田。
息が切れ、体がもう動かないようだ。
「れ、レフリー」
ゴングを求めたが、レフリー・ホセは茫然と空中を眺めている。
「あれは」
黒百合が、召喚獣・ティアマットに乗って頭上に飛んでいるのだ。
「今度は私とティアマットちゃんのコンビ空手を見せてあげるわァ……♪」
あまりの光景に慌てる鐘田。
「おいまて、あんなのアリか?」
「ふむ、素手以外を使用した時点で“空”手とは言い難いねえ」
ホセは試合終了を宣言しようとしたが、ゴングは鳴らなかった。
リングの左右に一千風と未来が現れたのだ。
「よう考えたら、お前をしばけばすむ話やんけ」
「女の敵!」
左腕を真横に構えると一千風と未来は、鐘田の首めがけラリアットを同時に放った。
荒死の反動で動けない鐘田は、サンドイッチラリアットをもろに喰らってしまう。
「米を喰って育った俺が……サンドイッチに負けるなんて」
鐘田は泡を吹いて倒れた。
リングカーの上に、一千風、未来、黒百合が並ぶ。
「決着と共に絆をも深める、リングカーをお願いします」
一千風のキャッチコピーに続いて未来と黒百合が宣伝する。
「アウル同盟社に電話一本、月9800円で使い放題や」
「こんな修羅場も暴力で解決! どうぞよろしくねェ……♪」
観客もステマと理解したが、美少女たちのガチ勝負やら召喚獣やら面白いものが見られたので大喜びである。
鐘田も、三人の足の下で踏み台として役に立っている。
ある個人の意思を除けば何の問題もなく、依頼は終了した。