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ギゼン帝国地下基地、東四番通路。
アリス・レイバルド(
jb1509)の導きで、ここへの侵入を果たしたアウトロージャーたちは今、一つの扉に手を駆けていた。
この向こうにある格納庫に、皇帝を打倒しうる兵器が眠っているのだ。
「ここまで、長かった」
ダークブルー、仁良井 叶伊(
ja0618)が呟いた。
「どうした?」
ダークレッド、川内 日菜子(
jb7813)に聞き返され、声を漏らしてしまった事に気付く。
まだ話すべき時ではないと、仁良井は首を横に振った。
「開けるよ」
ダークグリーン、咲魔 聡一(
jb9491)が薄暗い通路の中、金属扉のノブを回す。
格納庫前の広場。
そこにいたのは、老人、女性、子供――簡易超兵化スーツを纏った弱者たちだった。
「呪毒は、民を凶鬼に変える」
アリスが呟く。
動揺はない。
この情報は入手済だ。
「ようは無力化させればいいんですよね……?」
ダークピンク・橘 優希(
jb0497)が、大鎌を振った。
「僕の力はコウモリ。 コウモリは超音波を出します」
放たれたソニックブームが超音波となり、超兵たちの脳を穿つ。
だが、狂戦士は狂戦士のままに、襲い掛かってくる。
「やはり、小細工は通用しませんか」
「同情するな。 早く楽にしてやれ」
ダークイエロー、藤沢薊(
ja8947)が、乾いた声で言った。
「わかりました。 でも、ここは僕たちがやります、キミは後ろでアリス司令を守っていて下さい」
幼い薊の手を汚したくがないゆえの言葉だった。
返答代わりに、薊は鞭を一閃した。
自分より幼い超兵を真っ二つに切断する。
「やっちまったぜ。 もう、手遅れだよ」
狂笑をあげる。
優希は諦めたかのように無言で薊の元を離れた。
「そう、手遅れだ――俺もこいつらと同じだな」
薊は、顔を伏せた。
鞭を垂らし、毒蛇がくねるように床にうねらせる。
無数の毒蛇の幻影が出現した。
餓えし蛇――薊がそう名付けた技である。
『地に落ちたものは食べて差し上げるのが蛇ですから。 それでは、皆さま、おやすみなさいませ』
薊の口調が変わっていた。
学校でのいじめ、それを助長した教師の存在。
数々のストレスから産まれた第二の人格。
おそらくは、繊細な部分が残された年齢の主人格を守るために、今も現れた。
毒蛇は、超兵たちの体を喰らい始める。
かつての主人格と同じ、弱者たちを。
「失神も毒も効かないって? だったら私が毒になってやる!」
暗紅色の日菜子は超兵たちに拳を振い続けた。
累積した怒りを、ぶつけるかのように。
何者かが、そんな日菜子の背中に問いかけてきた。
「何を荒れている?」
振り向いたそこにいたのは、日菜子の父と同世代の超兵。
その姿が父と重なり、日菜子の感情が剥き出しになる。
「アイツを殺したのは偽善会だけじゃない! 巻き添えを食わせた親父! お前にも殺されたようなものだ!」
炎打蹴!
己を火の鳥と化す飛び蹴りは、貫いた敵を夜空に咲く花火のように美しく散らせた。
だが次に襲ってきた男も、父親の顔と声で問いかけてくる。
「本当に死んだのか?」
「何だと?」
「生きているんじゃないのか? アイツはお前の拳の中に?」
日菜子は、目を見開く。
互いの拳に、背中を守り合う事を誓い合った幼馴染。
日菜子の拳には確かに、彼の拳が息づいていた。
そして今の言葉は、幼馴染の死の夜、哀しみにくれていた日菜子に父親がかけてきた物と同じだった。
日菜子の拳が炎を纏った。
「綺麗ごとを言うなあー! 偽善者がぁーー!」
父親の顔をした超兵に、紅蓮を打ちこむ。
“反発の拳” 後に日菜子がそう名付ける必殺拳の誕生だった。
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「命を捨ててまで僕らに戦いを挑みますか……」
暗桃色のスーツの中、優希は寂しげな笑みを浮かべていた。
敵の姿がボランティアを強要され、死んでいった妹と重なる。
おそらくは超兵たちも、世界に幸福をもたらすための活動だと諭され、このような体に改造されていったのだろう。
「みんなの幸せのためにィィ!」
一人の超兵が奇声をあげた。
生命エネルギーで身を包み、破壊の彗星となって空を裂く。
行く先には、仁良井の背中で眠っているアリスがいた。
アリスの前に飛び出す優希。
「くっ!」
命を燃やした超兵の攻撃に、スーツの下の優希の肉体までがダメージを受ける。
「何をしている」
「……体が勝手に動いただけです」
アリスに怒られ、とっさに嘘を吐く。
アリスは、いざとなれば闇時間に身を隠せるとわかっていたのに。
仁良井がアリスを背負うその姿が、幼き日の自分と妹の姿に重なったのだ。
立ちあがった時、その足元には生命エネルギーを燃やしつくした死体があった。。
妹と、同じくらいの年齢の少女だ。
「人を幸せにするために、自分が不幸になったらいけないんだよ」
少女の遺体に説教をして、また大鎌を振い続ける。
その姿は悪に染まった戦乙女のごとく、紅血に塗れた。
対照的な二人がいる。
仁良井と、咲魔だ。
アリスを背中に負ったままガトリングガンを乱れ打ち、辺りに文字通りの血吹雪を吹き荒れさせる仁良井。
蒼暗きその姿は、まさに鬼神!
対して、咲魔は超兵たちを攻撃せず逃げまどっている。
暗緑色のスーツは、敵を圧倒できるスペックを持っているのに。
「迷うな。 半端な技術の、ツケだ、放っておいても、すぐに生命が枯れ果て……倒す倒さない、ではなく、すでに終わった生命体、だ」
アリスの諌めに言い返す。
「迷っているわけないじゃん。 老人や女なんて、詐欺師には格好の餌食だ」
だが言葉だけで、まるで敵に手を出そうとしない。
「口先より、実際に行動で示して下さい!」
叱咤する仁良井。
いくらガトリングガンを撃ちこんでも、敵は痛みを感じないが如く、立ちあがってくる。
蜂の巣になった体で、仁良井に迫ってくるのだ。
無残な敵の姿に苛立ちを覚えている。
そこに何もしていない咲魔が、うんざりしたような声で口答えしてきた。
「詐欺師に舌を動かすなって言われてもねえ、商売あがったりだよ」
「ふざけるな!」
思わず怒声が口を突き、ガトリングガンを咲魔に向けた時だった。
「準備出来た」
咲魔が、不敵な微笑みを浮かべた。
「伏せろ!」
咲魔の警告を信じ、伏せる仁良井。
とたん、部屋のあちこちに銀色の蔓が生え始めた。
鋼の線によって為された蔓は、その刃で超兵たちを切り裂いていく。
植物の力を操る咲魔のネペンテス・プレデイション!
逃げ回る演技をしながら、咲魔は鋼の蔓の種を部屋中に撒いていたのだ。
「やる事はやる、ですか」
仁良井が感心した時、蔓の一本が金具から外れた!
弾け跳んでくる殺人蔓。
「くっ!?」
とっさに青い障壁を周囲に張り、蔓を弾き返す。
仁良井がホッとしていると、咲魔はにやけ顔を向けてきた。
「伏せろとは言ったけど、伏せたら安全とは言っていないよ? そっちも僕に銃を向けようとしたんだから、これでおあいこだよね?」
銃弾ではなく、素手で咲魔をぶん殴りたい衝動にかられた。
「片付いたようだな、これでハッチを開けられる」
格納庫前の通路は、超兵たちの血と肉に染まっていた。
アリスはコントロールパネルを操り、格納庫の封印を開いた。
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天井が吹き抜けになっている格納庫。
そこに重厚極まる闇の巨人が立っていた。
「これは?」
「牙心装甲“D-トリーズナー” 義善会離反前のアリスが設計した人型戦艦だ」
アウトロージャーたちは、戦艦胴部にあるEG室に立っていた。
今、戦艦は夜の街を飛行している
全天型モニターには、彼らが供給しているダークパワーの値が表示されている。
今は50。 戦闘速度での航行が可能な数字だ。
その行く手に、巨人影が映し出される。
古代インカ風の鎧に身を包んだ錆色の巨人――皇帝。
『アウトロージャーよ、人類を代表して我と交渉をせよ』
皇帝は夜の街を足元に置きながら、威厳に満ちた声を響かせた。
『地上と、お前たちが乗る戦艦を我に譲れば、人類を我らがギゼン帝民と同列に扱い、我が全地上を平和と平等のうち統治する事を約束する。 さらにはお前たちに、帝国貴族の位を与えよう』
皇帝が、鷹揚だった表情を引き締める。
『だが、我が提案を否むというのなら、我らの闘いによりいくつもの町が滅ぶだろう。 仮に貴様らが勝利しても、必要のならざる災いを招いた大罪人として疎んじられる。 消える事なき血の香りを纏いながら生きてゆく事となるのだ。 決断せよ! 和平か、戦か?』
対する返答で、最も早かったのは咲魔の嘲笑だった。
「相手を不安にさせて事を有利に運ぶ、三流詐欺師がよくやる手口だね。 お粗末なやり方で騙そうって? ナメてんじゃねえぞ!」
溶岩の如く怒り煮えたぎる叫びを、仁良井が放った。
「偽善に塗れた上に守るべき臣民を偽善に捧げて、かつ自らの魂を機械に迄捧げたか!」
その声に皇帝が応える。
『その言い草、テイラス家の子か』
ギゼン帝国にあって諸侯階級にあったテイラス家。
その後継者ヴァーシュ、それが仁良井の本当の名だった。
だが数年前、テイラス家の領地は領民ごと、皇帝に溶岩を流し込まれ焼き尽くされた。
仁良井は反帝国組織に救出され、帝国兵、そして地下闘士へと身をやつし復讐の機会を狙っていたのだ。
「地獄で、臣民に詫びる事だな!」
上空からの飛び蹴りを仕掛ける人型戦艦・D-トリーズナー。
ダークパワーは70に上昇し、格闘戦が可能となっている。
だが、皇帝はそれを楯で簡単に払いのけた。
轟音とともに、地に背中から落ちる戦艦。
『慌てるなテイラスの子。 あれはテイラス領に我が臣民の天敵たるウイルスが、地上から流れ込んでしまったための、やむをえぬ消毒処置だったのだ、愛する臣民を犠牲にし、余がどれほど心から血を流したのか、理解出来ぬか』
皇帝に睥睨されながらも、仁良井は言い返す。
「シラをきるな偽善の王め! 流れ込んだのは、地上の人々が築いた民主主義の思想ではないか! 自由解放区としてテイラス領が栄えたのを、己の権勢を脅かすものとして恐れ、ありもしない理屈を付けて滅ぼしたのだろう!」
優希が寡黙な口を開いた。
「皇帝よ! 平和や平等と言うが、それは押し付けだ……っ! お前はただ自分にだけ優しい世界が欲しいだけだ! 僕の妹は、誰にでも優しかった。 他人に笑顔で居て欲しかっただけなんだ。 その気持ちを利用したお前を、決して許さん!」
全天モニター内のダークゲージが90まで上昇する。
“自動迎撃ユニット使用可”の文字が点灯した。
アリスの声が、静かな怒りを以て響く。
「そもそも、邪魔だから潰しに来たのだが……その交渉は、アリスと決定的に相容れない………戦いになったらアリスたちの責任? 食いちぎるぞ……脳みそまでくず鉄野郎」
アリスの肉体と化したD-トリーズナー。
その背部に設置された、三つの自動迎撃ユニットが独立飛翔する。
近距離からはバルカン、中距離からは散弾、長距離からはレーザー砲撃。
三段構えの砲撃が、錆びかけた皇帝の肉体を削り取っていく。
だが、自動迎撃ユニットはある時反転し、D-トリーズナーにその砲火を放ち始めた。
「なに!?」
『忘れたのか、その戦艦は元々、余のための新たなボディ。 搭乗者に余に共感する者がいるのなら、コントロールを乗っ取る事は容易い』
アウトロージャーたちが互いの顔を見回す。
皇帝の偽善に共感する者がこの中にいるのか?
仲間の様子に、狂笑をあげたのは薊だった。
「そう狼狽しないで下さい、私としては、感謝しているんですよ。偽善というものに……」
「薊くん、キミは!?」
幼い少年の翻意を苦々しく見つめる優希。
薊は言葉を続けた。
「だって、世の中がどれだけ腐っているのかを教えてくださいましたからねェ!」
少年の眼光は皇帝に向け、憎しみ鋭く伸びていた。
「孤独な人間に自分の味方だと思いこませて裏切る! そういうやり方も偽善者に教わったんですよ!」
皇帝を守っていた自動迎撃ユニットが再反転し、皇帝に一斉砲撃を浴びせた。
『なにぃ!』
日菜子が皇帝に叫ぶ。
「何が偽善かはよくわからんが、お前は殴る!」
ダークパワーメータがMAXまで上昇した。
“ヴォーパルブレード使用可”の文字が点灯する。
「よく言った皆! くず鉄野郎を食いちぎるぞ!」
D-トリーズナーが、その重装甲をパージした。
中から、高機動型の本体が出現する。
パージした装甲が大剣へと変形する。
ブースターを全開にし、超加速で皇帝に大剣を振う
叫びとともに、一閃!
「消え失せろ、偽善者!」
数万年を生きた皇帝は、横一文字に切り裂かれながらも不敵な遺言を遺した。
『我らが戦えば甚大な被害が出ると警告しておいたはず、それを知りながら自らの正義に酔って戦うとは、貴様らこそ真の偽善者だ』
「黙れ!」
さらにヴォーパルブレードを振う!
今度は縦一文字!
「大量殺人者の業を背負うて生きるがよい! アウトロージャー!」
滅びゆく皇帝!
十文字に切り裂かれた傷口から、凄まじい熱と光を発する。
夜の街も、そこに住む人々も、D-トリーズナーも、光と熱の中へと消えていった。
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数年後。
咲魔は、墓前に花を供えていた。
「誰の死も悼んじゃいないけどさ、花束を置き去りにするのは僕の自由だ。 あの決戦以来、堂々と買い物も出来なくなった。 これは盗んだ花だよ、君にはお似合いだろ? 卓君」
咲魔は、まだ詐欺師を続けている。
アウトロージャーは、英雄としては扱われなかった。
異星人との友好を阻み、戦火で街を滅ぼした大罪人。 そういう位置づけだ。
もっとも正体が知られていないから、咲魔的には以前と何も変わりがない。
買い物が出来ないというのも、詐欺師ならではの嘘だ。
日菜子は親元を離れ、空手道場を開いている。
“反発の拳“を操り、全国大会を制覇した知名度で、道場は繁盛している。
自分が原因で死んだ恋人の宿る拳。
それに食わせてもらっている、皮肉な人生だ。
薊は毎日、皇帝やD-トリーズナーのパーツを拾い集めている。
学校へは行っていない。
闇科学の研究の方が面白いから。
優希は滅ぼしてしまった街の復興を手伝っている。
優しさがゆえに、罪の意識の重さに心が崩れつつある。
精神の平衡を繋ぎとめようとする、せめてもの抵抗だ。
仁良井はギゼン帝国に戻った。
皇帝の死により、戦乱に陥った帝国を民主主義の元に統一しようとしている。
旧皇帝派の抵抗は根強く、戦いの帰趨は定かではない。
アリスは、D-トリーズナーの電子頭脳として消え去った。
そう見せかけて脱出し、闇時間の中で気持ちよく居眠りをしている。
そんな嘘を咲魔が時々、自身については楽しんでいる。
歴史の影に消えた英雄、アウトロージャー。
彼らこそが真の英雄である事を、闇だけが無言のうちに認めていた。