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真久遠プロレス部室。
チャンコマンこと阿岳 恭司(
ja6451)は、リング上でテーピングをしていた。
リュウセイガー――雪ノ下・正太郎(
ja0343)に敗れた時の傷がまだ痛む。
傷を癒すために作った牡蠣チャンコが、コンロで煮えている。
プロレスラー図鑑H26年版を読みながら、それが煮えるのを待っていた時、部室に不吉な鐘の音が響いた。
「なんだ?」
室内の照明が落ち、真っ暗になる。
荘厳な音楽をバックに、対戦相手の九鬼 龍磨(
jb8028)が入場してくる。
コスは赤と黒でゴシックぽく彩っているが、元々はアイドル衣装らしい。
チャンコマンも寸胴鍋マスクを被り、リング上で対峙した。
照明が再び室内を照らす。
演出用に九鬼が連れてきた仲間が、照明のスイッチを付けたのだ。
「よか入場たい、超人星の王子みたいにアホ面白か演出ばいね」
「わ〜ん、違うよ〜! 米国の墓堀りレスラーのリスペクトなの!」
威圧するつもりが、ボケと勘違いされ、九鬼は半泣きになった。
無音のゴングが鳴り、戦いが始まった。
まずは九鬼、鋭いパンチを繰り出す。
それがチャンコマンの胸に炸裂した瞬間、さらに抉りこむように拳を捻り押した。
駄津撃ちと呼ばれる、九鬼の得意技である。
「うっ!」
小さく悲鳴をあげるチャンコマン。
その腕を掴み、相撲で言う小手投げに振ってロープに飛ばす。
戻ってくるところを、クローズライン……と見せかけ喉輪で相手を持ち上げ、チョークスラムでマットに叩きつける。
効いた!
チャンコマンはマットの上でもがき苦しんでいる。
手ごたえを感じた九鬼だったが、同時に疑念も浮かぶ。
効き過ぎだ。
打たれ強いプロレスラーが、これしきで、これほど苦しむものだろうか?
チャンコマンはゼエゼエ言いながらも立ちあがった。
「いてて……正太郎ちゃんてばホントに手加減しないんやから……」
なるほど、前の敗北の傷を引きずっているのか。
だが、いくらなんでも簡単過ぎる。
じっちゃんは、プロレスに対して何と言っていただろうか?
『プロレス、強いんだけど格闘技なのかどうかでよく酒の席で喧嘩になる。 仲裁がめんどい』
――あの言葉は、よく言われる“格闘技ではなく、ショーだ“という揶揄の肯定だったのだろうか?
そんな疑念を九鬼が抱き始めた時、チャンコマンが小さく笑いながら立ちあがった。
「プロレスはショーばい」
「な!?」
「だから龍磨ちゃん、フィニッシュに思い切り派手な技をかけんさい!」
構えを解き、完全無防備なチャンコマン。
九鬼は、訝しみつつも無防備体勢のチャンコマンを腰から逆さまに持ち上げた。
「手加減しないよ!」
腰を落とし、脳天からマットに叩きつける!
ツームストンパイルドライバー!
決めた側の九鬼のコメカミに、汗が流れた。
何かが足りない。
今思えば、決めてきた全ての技に、これと同じ感触があったような気がする。
チャンコマンがむくりと起き上がった。
「プロレスはショーよ。 ただ勝てばいいだけじゃない、見てくれる人たち全てを感動させる試合を作らなきゃいけないのが、プロレスラーの辛い所なのよ」
言いつつ、チャンパンチ!
鳩尾に拳がめり込み、九鬼がうずくまりかけた九鬼の体をチャンコマンが肩口に担ぐ。
九鬼は逆さまにされ、チャンコマンの右肩に後頭部部を乗せられた。
両脚はチャンコマンに掴まれ、広くV字型に広げられている。
この体勢を九鬼は知っている。
おそらくは、日本で最も有名なフニッシュホールド!
五所蹂躙絡みとも呼ばれる、バスター技だ!
決まれば、首折り、背骨折り、股裂き、三か所同時に致命的なダメージを受ける。
だが――。
「知っているよ、この技の破り方!」
有名過ぎるのだ。
この技は、ある漫画を通じて広まった。
その中で、破り方も解説されてしまっている。
九鬼は、首を揺すった。
唯一、フックされていない首から崩れるのが泣き所なのだ。
だが、チャンコマンは叫んだ。
「そう、そうするしかない! この状態で抜ければ、君は必ずこの位置に来る!」
「なに!?」
「常に二歩三歩先を読めるのはそっちだけじゃない! 私は最初から狙っていたのだ! 本邦初公開!」
炸裂するは、全てを賭けし一撃!
変形型ブリザードスープレックス。
「これがフリーズドライスープレックスじゃぁ!」
九鬼の視界が、吹雪を思わせる白き闇に覆われた。
チャンコマンは、最初から外殻強化で防御力をあげていた。
その上、今日、九鬼が使ったのは、プロレス技――つまり、チャンコマンが受け方を知っている技ばかり。
ダメージは最小限に抑えられていたのだ。
「僕の技が全然効いていなかっただなんて、ショックだなあ」
牡蠣鍋を御馳走になりながら、ショボーンとする九鬼。
すると、チャンコマンが痛そうに首を抑えた。
「いやいや、効いていないわけなかたい、龍磨ちゃんの技は想像以上だったばい、観客がいなけりゃとっくにダウンしていたたいよ。 プロレスラーが最も力を発揮するのは観客の前ばい」
「観客?」
この部室には、自分ら二人以外誰もいないはずだ。
試合内容だって、VTRではなく報告書で知らせている。
「いるたいよ、そこにいる九鬼くんが連れてきた子! ほれ、隠れてないでキミも牡蠣鍋食べんしゃい」
九鬼が照明を操作するために連れてきた知人。
そのただ一人の観客の存在が、チャンコマンに最大のパフォーマンスを発揮させてしまったのだ。
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“私も、最強が欲しいのです”
それが神雷(
jb6374)を、この大会に駆り立てた理由だった。
小さな女の子には、どんなに背伸びしても手の届かない願いだとわかっている。
ならば、道具を使えばいい。
踏み台、梯子、何でも使えばいい。 願いを掴めばいい。
それを卑怯だと言う人もいるだろう。
だが、どんな手を使おうと、勝った者が強い――それは歴史に基づく事実なのだ。
体育館に入ってきたリュウセイガーに、神雷は宣言した。
「私の真向勝負、見せてあげます」
右に眼帯をした目でそう言い、一拍置いて、恭しく礼をする。
「本日は宜しくお願いします」
釣られて、礼を返すリュウセイガー。
「宜しくお願いします」
互いに、武道家としての礼を尽くした。
その瞬間、神雷は手に持っていた物を投げつけた。
飲みかけの缶コーヒーだ。
コーヒー塗れになるリュウセイガー。
「失礼、卑怯ではありませんよ? “暇乞い”という歴とした技です、不意打ちの技ですが」
魔笑を浮かべつつ、神雷は逃げた。
体育館の奥。
そこへ行き、ブレイカーを落す。
館内を闇が覆った。
眼帯を外す神雷。
怪我でも、厨二でもなく、ただ闇に目を慣れさせるためにしていた。
これでも闇の中で遠くが見渡せるわけではないが、その分は嗅覚が仕事をしてくれる。
現在、リュウセイガーはコーヒー塗れだ。
足音を立てぬよう歩き、その香りの源へと向かう。
闇に慣れた目が、壁際にリュウセイガーを見つけた。
(今です!)
不意打ちの蹴りを仕掛けようと、ローキックを放つ!
だが、突然、カーテンが開けられ、館内に光が差しこんできた。
「きゃっ」
闇に慣れ過ぎた目が、光に驚く。
体勢を崩した隙に、不意打ちの蹴りを神雷の方が喰らった。
「残念だな、ここに入る前に周りを調べたのだ、不自然にカーテンが閉めてあれば闇を武器にすることくらいはわかる」
背後から差し込む光を味方に、宣言するヒーロー。
最初から窓の位置を把握しておいたらしい。
「くっ、ならば仕方ありません」
こうなれば、まともに戦うしかない。
リュウセイガーの放ってきた掌底。
それに合わせ、刀を抜き放った。
金属のそれではなく、肉体の刀、即ち手刀だ。
アウルを纏わせれば少女の掌も凶器となる。
ただ真っ直ぐに振り下ろす。
居合の技“真向”
これが神雷の宣言した、真向勝負だ。
「う……」
呻くリュウセイガー。
「只只、真っ直ぐに斬り下ろされた刀は相手の斬撃をも弾き飛ばす」
後ろに飛びのいて神雷は距離をとった。
(ヒット&ウェイか)
相手の考えがリュウセイガーには、手に取るようにわかった。
神雷の立場にしてみれば、総合格闘技には絶対に捕まりたくないのだ。
組技、関節技、それらに対する対策が居合にはない。
ならば、離れての打撃でダメージを蓄積するしかない――そう考えているのだろう。
だが、させるわけにはいかない。
九鬼から受けた屈辱的敗戦をバネに、確実に一歩成長した。
さらにはこの日のために、新たな必殺技も用意してある。
自分の力は、友や強敵と共に築いたものなのだ。
リーチは自分の方が長い。
警戒さえ怠らなければ、相手の打撃に対してカウンターがとれる。
そう考え、リュウセイガーはただ構えた。
だが瞬間、奇襲!
目の前にいる相手からの奇襲!
神雷の掌に、風の玉が発生した。
あれは、エアロバーストという相手を吹き飛ばすための技!
それを飛びのいて躱そうとしたリュウセイガーだが、神雷の目標は異なっていた。
床だ!
神雷は、風の玉で床を突いた!
不可解な行動に一瞬、目を見張るリュウセイガー。
「なに!?」
風圧により、宙を舞う神雷の体!
落下エネルギーを利用し、組んだ両掌を、リュウセイガーの頭に叩き込んでくる!
「龍を堕す!」
インパクトの瞬間、神雷の拳が炎に包まれた。
身を貫く、神の雷の如き衝撃!
リュウセイガーは、激痛による昏倒を予感した。
だが。
「――龍は死せず!」
叫び、顔をあげるリュウセイガー。
「死活ですか!」
神雷の指摘通りだった。
打撃の瞬間に使用したのは痛覚を遮断し、刹那の時間、無敵の存在となる技・死活。
だが、その時間を過ぎた後には確実な闇が待っている。
神雷は、逃げた。
死活の持続時間約十五秒を逃げ切れば、己の勝利と考えたのだろう。
究極のヒット&ウェイ!
リュウセイガーは追った。
自分が倒れるのは確実でも、その前に神雷を倒してしまえば勝利!
残された僅かな時間の中で、神雷を追う!
基本的な足の速さは互角。
だが、リミッターが外れている分、リュウセイガーの方が速い!
手を伸ばし、神雷の後ろ襟を掴んだ!
渾身の力で、それを引きずり倒しつつ、跳躍!
脚を神雷の首に絡める!
「新必殺技! リュウセイガー・トライアングル!」
満身のパワーを込めての三角絞め!
完璧に極まった絞め技で“おちる”までの時間は5〜10秒と言われている。
死活発動から時間がどのくらいか経ったかは、もはや互いにに認識出来ない。
(おちろ……!)
迫りくる限界時間の重圧と戦いながら、脚に力を籠める。
神雷は落とされまいと、目を見開き、必死に抵抗している。
だが、血流を断たれた脳に気力で逆らう事など出来はしない。
やがてその瞼が、トローンと落ち始めた。
首に巻かれた足の絞めが、急に消えた。
“おちる“直前、死活の限界が来て昏倒したのだ。
「助かりました……」
刹那の時を制し、神の雷は龍を堕した。
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柔道場で仁良井 叶伊(
ja0618)は受け身の練習をしていた。
黙々とはしているが、心中複雑なものがある。
プレ試合、大会初戦と二連敗している。
圧倒的な体躯を持ち、優勝候補と目されながらだ。
勝ち点計算以前に、精神的に後がない。
(気合を入れるしかない)
柔道着に汗を染み込ませながら、ひたすらに稽古に打ち込む。
そこに緊張感のない声が響いた。
「……たのもー」
小柄だが、美しい少女が道場の入り口に立っている。
染井 桜花(
ja4386)、対戦相手である。
桜花は、淡々と道場にあがりこんでくると、仁良井の目の前に立ち、おもむろに服を脱いだ。
ブラとショーツのみに包まれた、透き通るような肢体がそこに現れた。
(……視覚も武器になる)
これが桜花の奇襲だった。
下着は、実は水着なのだが――見えそうで見えない、男を惹きつけるものを選んである。
身長で五十センチ以上の差。
得意のカウンターを狙うは、無謀に過ぎる。
ならば、相手の集中力を妨げ、隙を狙うが上策。
桜花は仁良井の周りを挑発するように動き回った。
仁良井は、桜花の肢体を血走った目で見つめている。
(……効果覿面)
桜花が、確信した時だった。
仁良井の右拳が飛んできた。
鋭く、しかも当ててから押し込み、弾くような拳!
桜花のカウンターに、対策したそれである。
仁良井は桜花の肢体にも、動きにも惑わされていない。
極めて冷静。
肩峰を突かれ、畳に倒れた桜花に仁良井は宣言する。
「申し訳ないですが、女の人でも容赦なくいきます。 もう後がないんでね」
桜花は、作戦選択を誤ったのだ。
すでに勝ち星をあげている男相手になら、その心の緩みに漬け込み、拡大する事も可能だったかもしれない。
だが、今の仁良井は、窮鼠の心を持つ獅子となっている。
仁良井は、すり足で移動しながら突き刺す様な拳で牽制してくる。
桜花が懐に飛び込もうとすれば、蹴りで足元を払われ、阻まれる。
どこにも隙を見いだせない。
これほどの男が、どうして連敗を喫したのか?
(……隙があったからだ、ないなら今、作る)
桜花は相手の牽制に動揺したかのように、体勢を崩した。
したりとばかりに、仁良井が手を伸ばしてくる。
小さな身をさらに身を縮め、仁良井の胸元へ飛びこんだ。
飛びこまれた仁良井は、打撃を警戒したが、桜花の狙いはそこにはない。
吸い込んでおいた空気を、口から音撃砲として一気に発射したのだ。
「――――ッ!」
鼓膜を通じて、脳を震わせる一撃!
絶技・兜割り!
生じさせた隙に、桜花は全てを賭ける。
相手の膝を踏み台に飛翔!
視界を塞ぐ形で、仁良井の首を両太股で挟む。
いわば空中版変形三角絞め!
だが、この技の特徴は頭部へ連続打撃でさらに脳を揺らす事にある。
「……絶技・蛇太鼓」
仁良井は息も出来ず、脳への血流も断たれかけ、かつ太鼓の如く頭部を殴られている状態!
桜花、圧倒的優位な体勢!
苦し紛れなのか、仁良井の両腕が桜花の腹を掴んできた。
引き離そうというのか?
桜花も満身の力を脚に籠めており、絶対に喰らい付き付ける覚悟!
だが、仁良井は、引き離そうとはしてこなかった。
掌から桜花の腹めがけ、衝撃波を送り込んできたのだ。
触震撃!
スキルの薙ぎ払いに、武術の寸勁の要素を取りこんだ技か!?
仁良井の肩の上から、畳の上へ吹き飛ばされる桜花。
どうにか着地した瞬間、巨人の拳が頭上から降り注いだ。
全体重を打撃力に変えて叩き付けてくる、ただそれだけの一撃!
「勝たせてもらいます!」
体勢を立て直しかけていた瞬間を狙われた桜花は、カウンターを狙う事も出来ず、ただ、圧倒的な力に穿たれ、倒れた。
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混戦。
全選手が一勝一敗という波乱の展開!
全アウル格闘技選手権大会は、最後の戦いを迎えようとしている。