【総合格闘技VSプロレス】
雪ノ下・正太郎(
ja0343)は真久遠ヶ原プロレスの部室に向かっていた。
プレ試合では、相手の奇襲を警戒しすぎる余り、辛酸を舐める展開となった。
今回は、こちらから仕掛ける。
すでにヒーロースタイルであるリュウセイガーに変身し、光纏をしている。
前回の、敗因を取り除くため、コッカケという技術を身に着け、ファウルカップも装備している。
二の轍は踏まない。
その覚悟で、部室のドアをノック。
「失礼します」
罠を警戒しながら、ドアを開ける。
仕掛けのようなものは、何もなかった。
「来たね〜正太郎ちゃ〜ん、待っとったば〜い。鍋食べる〜?」
リングの中央で、阿岳 恭司(
ja6451)は鍋を作って待っていた。
こちらも、チャンコマンというヒーローに変身している。
彼は元プロレスラーであり、寸胴鍋型マスクをかぶったスタイルでリングにあがるのである。
作っていた鍋を、リング下に降ろしている。
奇襲に使用する考えではないらしい。
リングに対峙に、互いに正々堂々の構え。
「さぁ始めようかね。チャンコマン対リュウセイガー、ノーDQマッチ時間無制限一本勝負!」
無音のゴングとともに、先に動いたのはリュウセイガー
腰を落とし、鋭くタックルで間合いを詰める!
チャンコマン、それを切ろうとするが切れない!
チャンコマンの体勢を崩し柔道の基本技である体落としで、マットに落とした。
そのまま、腕ひしぎ十字固めへと移行する。
「くっ、腕をあげたなリュウセイガーよ!」
チャンコマンの口調が、強者に対するそれへと変わった。
「ヒーローとは、敗北から成長するものです!」
「ならば、さらなる成長の機会を贈ろう!」
仰向けにされたチャンコマンは、極まりかけていた腕を、後転して引き抜いた。
リスクも高い逃れ方であるが、腕ひしぎ十字固めは完全に極まったら脱出不能と言われる技。
乾坤一擲の賭けを、先輩ヒーローの矜持が成功させた。
「私のファイトスタイルは体を活かしたパワーファイトとルチャリブレだ。 だがルチャリブレの歴史は何も華やかな空中技だけじゃない。関節技の歴史でもある! それをお見せしよう!」
チャンコマンは腕にアウルを集中させ、拳を突き出した。
チャンパンチ!
破山の発展技にして、チャンコマン四十八の必殺技の中で、最も多用される技である。
それが、リュウセイガーの下腹をえぐる。
「ぐふぅ!」
リュウセイガーはうずくまった。
前屈みになったリュウセイガーを背中合わせの体勢から両腕を相手の両脇にフックして体を捻って反転し、上下逆さの状態に持ち上げた。
これは、リバース・ゴリー・スペシャル!
「ぐうぅ」
背骨を傷めつけられ、呻くリュウセイガーを逆さ吊りにロックしたまま、チャンコマンは語る。
「正直、この大会、昔の俺なら多分参加せんかった。 俺は皆違って皆良いの精神やけね。 ただ、最近気が変わった。今プロレスを差し置いて最強と言われたら、今までプロレスに全てをかけて闘ってきた島本のジジイを初めとした先人達に申し訳が立たん! だからこそ言おう! 私はこの大会、アウレスのいやプロレスを新たに背負う者として全勝するつもりだ!」
ガトリング島本――数か月前、チャンコマンたちと死闘を繰り広げたアウルレスラー六闘神の長の名である。
それを直接マットに沈めたチャンコマンの力は、今や誰もが認めるところだった。
そのままリバース・ゴリー・スペシャル・ボムでトドメを刺そうとするチャンコマン
だが、リュウセイガーは諦めてはいなかった。
「先輩の強さは尊敬しています、だから俺はそれを研究し、友と共に力を磨いた!」
頭に重心を移し、チャンコマンの股からくるりと回る。
ルチャの極め技から蒼きヒーローは生還した。
「なに!」
起き上がりざま、掌底をチャンコマンの顎に打ち込む。
「っ!」
チャンコマンの脳を揺らした。
その隙に背負投げ!
そこからの首固め!
流れるような連携!
首固めという地味な技ながら、完璧に極まっており、チャンコマンは動く事が出来ない。
当然、極めているリュウセイガーの方も動けないのだが、それゆえにリュウセイガーは決して油断をせず、ただ相手を抑え込む事に尽力した。
長い根競べの末、チャンコマンは己の脱出不能を悟り、宣言した。
「――これはレスラーとして完全に戦闘不能、私の負けだ」
「今回は、俺の完敗ばぁい」
阿岳に戻ったチャンコマンは、リング下に避難させておいた鍋から、鶏団子鍋をふるまった。
リュウセイガーも変身を解き、元の雪ノ下少年に戻っている。
「正太郎ちゃんの成長がここまでとは思わんかった、負けから学ぶとは、本物のヒーローになりつつあるっちゃね」
「ありがとうございます」
はふはふ言いながら、鶏団子鍋を食べる雪ノ下。
チャンコマンの目は、敗れてなお遥かな高みを見上げていた。
「でも、俺も真のヒーロー目指すっちゃよ。 プロレスも、俺も時代と共に常に進化を続ける! この進化は止められない! いや、止めさせんちゃよ!」
【絶技(総合格闘技)VSアウル居合】
学園内のプール。
晩秋のこの季節に、染井 桜花(
ja4386)はプール掃除をしていた。
白いTシャツの下から黒ビキニが透けて見えている。
百四十八センチと小柄な体ながら、胸は大きく、均整のとれた体だった。
デッキブラシを手に、プールの底を磨いている。
栓を抜いたプールは、水が膝下くらいまでしか残っていない状態だ。
だが、その水量がわずかに増え始めている事に桜花は気付いた。
「……水の音?」
見ると給水口が全開になっている。
桜花以外の何者かが、このプールにいるという事だ。
何者かはすぐに見つかった。
旧型白スク水姿の少女。 胸元にはゼッケンで“いらんじ”と書かれている。
即ち、桜花の対戦相手・神雷(
jb6374)である。
桜花は、デッキブラシを水の中に投げ捨てた。
濡れて重くなったTシャツも、投げ捨てる。
わざわざ水音を立てて、存在を知らせた神雷の意図が気になるが、奇襲を受けなかっただけマシである。
試合が開始される。
「……いざ、参る」
呟きつつ桜花が構えた時、神雷がプールの中に降り立った。
対峙すると、体格が同じくらいだとわかる。
プレ試合の時は両者とも、長身の相手と戦った。
今回は、あの時とは勝手が違う。
「今回はキャットファイトですか、むぅ、同じ猫科なら獅子と呼ばれたいですねぇ」
余裕を見せつつ、歩み寄ってくる神雷。
構えを崩さない桜花。
「桜花様のほうからは来ませんか、ならこちらから!」
神雷は抜付を放った。
己の右掌を刃に、左掌を鞘に見立て、刃を鞘に見立てて放つ居合術である。
これで二mの長身を持つ仁良井 叶伊(
ja0618)をも破ったのだ。
だが、神雷が放ったこの抜付はトドメを差すためのものではない。
一撃目は相手の回避あるいは防御を誘い、体勢を崩すための物。
そこへ必殺の二撃目を打ちこむ。
それが、神雷の狙いだった。
だが桜花は、防御も回避も選ばなかった。
即ち、反撃。
一撃目を受ける覚悟でのカウンターパンチ。
「くぅ……」
双方が後方に吹き飛ばされ、両者は距離を開けて、水の中に膝をついた。
報告書によれば。元々、桜花はカウンターを得意とし、あらゆる攻撃への反撃を狙った“絶技・拳断舞踏”という技も持っている。
こちらから手を出せば藪蛇になりかねない。
ならば、受けに廻ってみるのも手か。
神雷は、こちらから打って出るのをやめた。
桜花のもう一つの特技は足技だが、それもプールの給水口を全開にし、水位を減らしていない事で威力を半減出来ている。
出来れば排水口を塞いで、より水位を高めたいところだったが、プールの中に先に桜花がいる状況では無理だった。
水着を持ってきたのだって、桜花がプール掃除をしているのを校舎の窓から見付けて、自室から急いで引っ張り出してきたに過ぎない。
立ちあがった神雷、足運びに若干の違和感。
ダメージが大きいのは、カウンターを決められた己の方だと悟る。
だが時間があれば、充分に回復するレベル。
案の定、桜花は構えたまま攻撃してこない。
神雷が動くのを待っているのだ。
神雷にとっては、プレ試合に引き続いての硬直状態が出現した。
ただ、あの時とは状況が異なる。
プール内には本棚のような隠れる場所が、ない。
消火器のような投げつけるものも――否、それはあった!
桜花が、投げ捨てたデッキブラシだ。
だが、ブラシまでの距離は桜花の方が近い。
拾おうと神雷が動こうとすれば、桜花がそれをさせじと動くはず。
だからこそ、付け入る隙が出来る。
そう考え神雷は、デッキブラシを取りに走った。
案の定、桜花も先に拾われじとばかりに動いた。
桜花がそれを拾った瞬間、一気に間合いを詰め“奥の手”を打ち込む!
密着状態からの一撃“添手突き”を!
だが奥の手は、故あって奥の手なのだ。
師の言葉を思い出す。
「居合いにおいて突きとは死に技である。 二の手、三の手が無くなり、後が無くなる。
突きで仕留められないとは、自らの命を手放す事と同義である」
外せばリスクは大きい。
しかし、桜花が長物を拾った瞬間なら、密着状態の自分には対応出来ない。
その時なら、決められる!
桜花が腰をかがめ、水の中に手を伸ばそうとした。
好機!
間合いを詰める神雷。
密着した、その瞬間だった。
顔面を湿り気のある白い闇が覆った。
「え?」
桜花が水の中から拾ったのはデッキブラシではなかった。
その後に脱ぎ捨てたTシャツだったのだ。
それを神雷の顔面に貼りつけた。
視界を奪い、喉元にラリアット!
「……絶技・柱砕き」
プールの壁に向かって跳んでゆく神雷の体。
視界を失いながらも、後頭部を壁に打ち付ける危険を察したのか、後ろへ両腕と脚を突きだした。
壁から自らを守る。
だがその瞬間、桜花は自らも跳び上がった。
「……これで最後……ライジングドラゴン」
跳ね返ってきた神雷の顎に強烈なアッパーを炸裂させる。
「……唯一の英名の絶技」
桜花が割とどうでも良い情報を放った時、神雷は水の中に顔を埋めたまま動かなくなっていた。
【総合武道VS九龍我流(実戦型戦闘術)】
「……前回の図書館同様、厄介な場所に呼び出されたもので」
仁良井 叶伊は、呼び出しに応じ調理実習室に向かっていた。
二百センチ、百十キロ。
こんな仁良井とまともに戦おうとする人間は、達人級を除けばいる訳がない。
それだけに、今度も罠を仕掛けられる可能性はある?
ただ今回の相手となる九鬼 龍磨(
jb8028)も百八十五センチ、九十五キロ、仁良井ほどではないが、平均から見ればまず恵まれた体格ではある。
プレ試合の相手だった神雷ほど、窮鼠と化してくる要素はないと思うのだが……。
念のため仁良井は、実習室のそばにあったロッカーからモップ、そして床に据え付けられた消火器を手にとった。
実習室のドアを、静かに開ける。
九鬼は、窓を背に一人で調理台に立っていた。
甘い香りと、油の音がする、
そばには、熱せられた中華鍋、小麦粉、砂糖、卵、中華鍋。
ドーナツを揚げているようだ。
もし、あの中華鍋から、煮えたぎった油を浴びせられたら――あまりにも危険すぎる!
仁良井は、消火器を投げつけた。
命中!
中華鍋をコンロの上から落とす。
当然、九鬼にはこちらを気付かれてしまったが、元より奇襲をするつもりはないし、致命的危険物は排除しておくに限る。
九鬼に動揺する気配はなかった。
「やる? じゃあ片づけるから待っててね」
揚げ終えたドーナツをキッチンの下に避難させる。
九鬼は直後、おもむろにトーチの炎を天井に向けて掲げた。
その炎が何を起したか?
部屋中を水浸しにした。
炎でスプリンクラーが、作動したのだ!
「冷っ! 何て真似を!」
床は水に濡れ、当然、滑るようになる。
うかつに移動出来ない。
対して九鬼は、滑り止め付き靴でも履いているのか、全力で駆けてくる。
目は白目のみになっている。
同じ部の雪ノ下から聞いた“恐ろしい光纏ッ!”という奴だ。
表情が読めないだけに、本当に恐ろしい。
「仁良井くん、相手にとって不足はないね!」
いきなり金的を狙ってくる九鬼。
九龍我流が喧嘩上等御意見無用の実戦型戦闘術というのは、本当らしい。
だが、金的などそうそう喰うものではない。
急所だけに、本能的に防御するように人体は出来ているのだ。
余程の隙がなければ、通用しない。
仁良井は、手に持ったままのモップを軸に体を回転させて金的突きを躱した。
そのまま波濤掌を放つ。
スキルの飛燕を武道の技と化した、空間を打ち抜く突き!
衝撃波で、九鬼の左の二の腕を叩く。
恐ろしい光纏ッ!ではごまかせないほど、九鬼の顔が苦悶に歪んだ。
だが、濡れた床が滑る。
己の技の威力の反動で仁良井の体勢も崩れた。
(四肢を砕くつもりが、逆になるとは)
九鬼は左腕に深刻な痛みを感じていた。
今はアドレナリンがごまかしてくれるが、しばらく辛い事になるかもしれない。
だが、右はまだ動く。
九鬼は、体勢を崩している仁良井めがけ駄津撃ちを放った。
これはフェンシングのスキルを応用した、突きである。
気障壁を張ってくる仁良井。
緊急障壁の応用技だろう。
駄津撃ちの衝撃を和らげられてしまった。
仁良井は、モップの柄で突いてきた。
牽制に過ぎない事はわかるが、当たるわけにはいかない。
躱した九鬼の首元に、抜き手が飛んでくる。
それも躱す九鬼。
だが、これすら牽制だったらしい。
仁良井の掌が掌底に変化した。
全体重が乗っているであろう凄まじい突き上げが襲ってくる。
これは躱せない
顔を引きつらせる九鬼だったが、突き上げは頬を掠めただけだった。
濡れた足場が、攻撃を繰り出すごとに、微妙に仁良井の体の軸をずらしていたのだ。
好機!
突き上げた拳が戻り切らぬうちに、カウンターを放つ九鬼。
海鷂魚の針――大上段からの、正拳突きを力の限り放つ。
体勢を崩している仁良井の腹に、光纏の陽炎に包まれた右拳を穿ちこんだ。
「ぐぅ……」
濡れた床に、倒れ込む仁良井。
天井からはなおも、スプリンクラーの雨が降り注いでいる。
だが、その冷たさが仁良井の目を覚まさせる事はなかった。
「今日の爺様の言葉は“格上相手にはしっかり罠を張れ”だね」
戦術上の戦力差を、戦略で抑えこむ。
九鬼は兵法の基本を、格闘技で実践したのだ。
●
一回戦は雪ノ下、桜花、九鬼の勝利で終わった。
だが敗れた阿岳、神雷、仁良井にも充分すぎるほどチャンスは残されている。
それぞれ一勝に過ぎず、一敗に過ぎない。
全アウル格闘技選手権大会――その死闘の幕はまだ開いたばかりなのだ。