.


マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/10/23


みんなの思い出



オープニング


 最強の格闘技は何か?
 長く論じられながら、未だ解決されない課題である。
 実際に、やってみればわかるじゃないかというのは正論なのだが、その方向に行くと、それはそれで、また面倒臭い問題が出てくる。
 それはここ、久遠ヶ原でも同じだった。

「最強はアウルボクシングだよ。 ボクシングは世界で最も普及した、競技人口の多い格闘技。 競技人口の多さは、レベルの高さに直結する。 それにアウルを込めたアウルボクシングが最強の格闘技に決まっているよね」
「ふん、ボクシングなど蹴り技のない欠陥スポーツじゃないの、プロレスよ! 何でもありのプロレス! さらにアウルを加えたアウルレスリング、これが最強よ!」
「くだらぬ、何でもあり過ぎてプロレスなど、ショーの代名詞になっているではないか! ダウンしようと、リングから出ようと負けにならないだと? ぬるい! 足の裏以外が土についたら即敗北、己の土俵から出ても即敗北! 常に剣ヶ峰の相撲こそが最強の格闘技よ!」
 ここは、久遠ヶ原学園にある“全アウル格闘技最強選手権開催委員会”の会議室。
 様々なアウル格闘技の代表者が、集まって“全アウル格闘技最強選手権”の開催について話し合う場である。
 ――あるのだが、いつもこんな風に口先の議論になって、話が進まない。
 原因は、実際に試合が行われない事にある。
 なぜ、行われないのか、それは――。
「うーん、アウルレスリングVSアウル相撲の場合、倒れたら負けになるのか、ならないのか、どちらがいいんだな? みんなの意見を聞かせてくれよー」
 この委員会の発起人であり、主催者でもある小暮陽一先生こと、クレヨー先生が優柔不断でルールを決められないからだ。
 こうルールを決めれば、あっちの格闘技が不利になり文句が出る。
 なら、こうすればとルール改正すれば、こっちの格闘技が有利になりすぎてまた文句が出る。
 あげく、“こんなルールでは最強は決められない“と誰かが癇癪を起してルール草案書が破り捨てられ、全てが振り出しに戻る。
 この繰り返しで、委員会発足から半年経った今日に至っても、何一つ決まっていないのだ。
「倒れたら負けに決まっている! 戦場で敵を前に倒れれば即ち、死! 死者に反撃のチャンスなど与えられん!」
「何を言うの! 倒れたら終わりなんて、それこそ甘えじゃない! そこから立ちあがって戦う不屈の魂こそ、最強に必要なのよ!」
 結局、こうなるのか――。
 うんざりするクレヨー先生。
 彼自身、若い頃は大相撲力士であり、引退後はプロレスラーもしていた、他の格闘技部の指導もしている身なので、何かに肩入れする事が難しい。
 永遠に口先だけでケンカさせているなら、委員会解散が妥当かな?
 そんな思いが、欠伸とともに、喉元まで出た時、
「フォフォフォ、ぬるい、いまどきの格闘者はこうまで皆、ぬるいものか」
 会議室に、白髭の老人が入ってきた。

「誰なんだな?」
「名乗るほどの名はないさ、廊下を歩いていたら、くだらん水掛け論が聞こえて来たのでな、おせっかいに口を挟みに来たじじいだよ」
「何か文句があるのか?」
 格闘者たちに凄まれているのに気にもせず、老人は勝手に椅子に座り、勝手にお茶を煎れて飲み始めた。
「そもそもあんたら、何のために格闘技をやっているんだね?」
「強くなるためだ」
「その強さは何のためだね? 自分の力を誇示するためかね?」
 格闘者たちは、互いに見つめ合い、一瞬、無言になった。
「ワシの考えは違うな、ワシにとっての格闘技は、ある日突然、武器を備えていない時、何者かに襲れる――そんな時に自分の身や、家や、家族を守るためのものだ。 あるいは、何も武器を持たぬ時、敵を見かけたら、不意を突いて襲い掛かり、戦いに終止符を打つ――そんな目的で生まれたのが、格闘技の源流ではないかと思っている」
「ふむ、極論のようにも思えるが否定する理由もない、僕は賛同するね」
 アウルボクサーが、ゼンマイ型の口髭をピンと弾きながらうなずいた。
「じゃろ? なのに、あんたらはさっきからルール、ルールと。 突然襲ってきた敵がルールを守ってくれるのかね? 地面に手を突いたら、終わりだからと諦めてくれるのかね? ルールなんぞに拘っている輩は、ワシに言わせれば、真の格闘者ではない!」
 老人の恫喝に、肥満体の仮面女子アウルレスラーが腕を組んだ。
「――まあ、一面としては真実かもしれないわね、試してみる価値はあるわ」
 世紀末覇王的容貌の、アウル相撲横綱が目を見開く。
「ならばもはや、最強を決める方法は一つしかあるまい」
 試合時間も、会場も決めず、相手に、突如として襲い掛かる。
 そこから戦いが始まり、どちらかが動けなくなるまで己の格闘技術を以て戦う。
 これだけがルール!
 問答無用の戦いが、ここ久遠ヶ原島で繰り広げられようとしていた。


リプレイ本文


 参加者の中で自分は最弱――神雷(jb6374)は、そう考えていた。
 百四十七センチ 四十二キロは、格闘者としては、小さすぎるほど小さい。
 対戦相手として選ばれた仁良井 叶伊(ja0618)は二百センチ 百十キロ。
 格闘者として、理想的体格を持っている。
 単純に考えて神雷の攻撃が届かない位置から、仁良井は攻撃が出来る。
 一方的に攻撃が出来る間合いが存在する時点で、仁良井の圧倒的有利は確定している。
 このハンデを埋める、あるいは覆す手はないものか――神雷は考えた。
 環境だ。
 環境を変えるしかない。
 地球環境の激変により、巨大だった恐竜は滅び、鼠のように小さかった人間の祖先は繁栄へと向かった。
 強いものが、必ずしも勝つのではない。
 ただ、環境に適応出来なかったものが滅びるのだ――。

 最強の格闘技とは、結果が全て。
 それが仁良井の考えだった。
 人間の造り出した格闘技に対する最強論議は、虚しい。
 仁良井は、格闘技における師にそう教わった。
 強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ。
 だから、今日は勝とう。
 勝ったからといって最強になれるわけではないが、負ければ最強たりうる資格を失うのだから。

 放課後、仁良井は人気のない図書室の入り口をくぐった。
 情報通り、神雷の体は一人、ここで本を読んでいた。
 その体が立ちあがる。
 ――小さい。
 仁良井の半分、いや三分の一程度しか質量はないだろう。
 純肉体的な戦力差は、圧倒的だった。
 奇襲を仕掛けるなど、考えも寄らぬことだ。
「やりますか? 仁良井様」
「ああ」
 堂々と神雷に歩み寄ってゆく。
 背後で、ドアが開く音がした。
「おや、人が来てしまいました」
 神雷が困った顔で、入り口の方を見た。
 無関係な人間を巻き込めないな――仁良井は、神雷の視線と同じ方角に視線を合わせた。
 瞬間、刺されるような圧迫感を腰骨に受けた。
 蹴りだ。
 神雷が、背後から飛び蹴りを放ったのだ。
 よろけた隙に、今度は膝蹴りを放ってくる。
 それを肩に受ける神雷。 
「居合部……兼、久遠ヶ原FC所属、神雷がお相手します」
 不敵な顔で言い放たれた。
 ドアの音は、彼女がCDプレイヤーに仕掛けておいたもの。 
 神雷の奇襲は完全に成功していた。
 惜しむらくは、軽量と矮躯。
 飛び蹴りは腰骨を折るに至らず、膝は仁良井の顔面に届かなかった。
 逆に仁良井が神雷にこの奇襲を仕掛けていたら、もう決着がついていただろう。
 自分より、矮躯のものに対して、最初から窮鼠と化すのは心理的に困難である。
 対して、神雷は仁良井に対して当然の如く窮鼠と化せる。
 そこが神雷の強みだった。

 だが、神雷は優位を捨て、書架へと逃げた。
 このまま深追いすれば、体力で圧倒する仁良井を倒し切る前に捕まる。
 ならば、巨躯の動きを制限出来る、狭い場所闘うべき――そう判断したのだ。
 だが仁良井は追って来なかった、受付机の上へと逃げている。
 机の上に膝立ちになり拳を握っているのは、物を投げつけられた時のための迎撃体勢なのだろう
  こうなると、互いに手の打ちようがなくなる。
 神雷にとってはヒット&ウェイが理想だが、仁良井に近づけばリーチ差を利用され、捕まる可能性が高い。
 かといって仁良井の方も、自由に動けなくなる書架に神雷を捕えにゆく気にはなれない。
 互いが、自分に適した環境に別れ、そこで固まった。

 しばしの硬直の後、神雷は思い切った行動に出た。
 近づいたらやられる、物を投げても迎撃される。
 ならば――迎撃されないものをぶつければいい!
 泡である。
 備え付けの消火器を持ち出し、固体とも、液体とも、気体とも言い難い泡を、仁良井の顔にめがけ、吹きつけたのだ。
「くっ」
 泡が、仁良井の視界を塞いだ。
 この隙に――!
 神雷は、全身に電磁波と雷を帯びた。
 己を電磁砲の弾と化し、仁良井目がけ飛び出す!
  
 だが、仁良井にも神雷の意図は読めている。
 対策もある。
 泡に視界を塞がれようと、気配は感じる!
 飛んでくる気配のする方向へ、繰り出す。
 軽く弾く様に、だが強烈に、掌打・崩衝撃を!
「うっ」
 激痛!
 神雷ではなく、仁良井が激痛!
 仁良井が砕いたのは神雷ではなく、神雷が投げつけた消火器だった。
 その隙に神雷は仁良井の顎に、額をぶつけていた。
 仁良井の脳が、揺れる! 
 揺れるが、仁良井も諦めてはいない。
 この状況こそ、仁良井が待っていた最大の好機なのだ。
 相手が身ごと攻撃してきた時! それは相手を捕えるべき時!
 懐に飛び込んできた神雷の頸椎に、銃弾の如く鋭い手刀を振り下ろす!

 だが、神雷もすでに奥の手に入っていた。
 修めている武術・居合の技・抜付。

 序 ゆっくりと手を合わせ、拝み手の形へ。
 破 手にアウルの雷を帯びる。
 急 左手を鞘とし、右手は拳の刀として繰り出す!

 序破急を経て加速を得た、最速の一撃!
「っ!」
 呻きをあげたのは、神雷だった。
 背中に仁良井の秘技・痛砕弾を受けたのだ。
 一方、仁良井は呻かなかった。
 顎に居合の一撃を受け、呻く事すら出来ずに、気を喪っていたのだ。
 勝ったのは最弱の自分ではない、積み重ねた武の歴史そのものなのだ。
 心の中でそう言い残し、神雷は図書館を去った。


 九鬼 龍磨(jb8028)は、山奥の寒村出身である。
 そこで祖父に“九鬼流”という古武術を、跡継ぎとして仕込まれてきた。
 島に来てからは、アウルを併せそれをアレンジしている。
 “九龍我流(がうろんがりゅう)”と九鬼本人は呼んでいた。
「奇襲、考えなきゃなー」
 田舎育ちの呑気さそのままに、九鬼は総合格闘技部の部室に向かった。

 雪ノ下・正太郎(ja0343)は、部室の天井に貼りついていた。
 いわずもがな、奇襲対策である。
 同じ部の仁良井は、奇襲に敗れた。
 二の鉄を踏まぬ為には、最大限の警戒が必要だった。
 だが、天井に貼りつき続けているというのは、案外、体力がいる。
 腕がプルプルしてきた頃、ようやく部室のドアが開いた。
「奇襲、思い付かなかったー」
 にこやかに、九鬼が現れる。
 部室内に人がいない事に目をしばたかせ、入り口に立ったまま辺りを見回した。
 天井に貼りついていた雪ノ下の姿を、あっさり見つける。
「何してんの?」
「何でもない」
 バツが悪そうに、天井からリングに降り立つ雪ノ下。
 九鬼は、殺気もなくリングに上がり、
「よろしくね♪」
 と、笑顔で挨拶をした。
 瞬間、九鬼、奇襲!
 挟み込むように両平手打ち!
 びしゃりという音がリングに響く。
 渾身の力は、鼓膜を破るためのそれだったのだろう。 
 だが、目的は達せられていない。
 雪ノ下は、とっさに後ろに退いていた。
 退いた分の距離をエネルギーに変え、九鬼の胸めがけて頭から突進する!

(ぶちかまし!?)
 胸にそれを受け、押し込まれる九鬼。
 雪ノ下が使う格闘技はコマンドサンボにアレンジを加えたものだとは聞いていたが、まさか、相撲を取り入れるとは!?
 九鬼も光纏する。
 重心を落とし、不動の技を利用した梃折り。
 胸を貸す横綱の如く、押されなくなる。 
 安心したのはつかの間だった。
 九鬼の胸に宛がわれた掌が、異常なこわばりを帯び始めている。
 ゼロ距離から打撃を与える中国武術の寸勁の予兆だ
 九鬼は、体を右に開き、とっさに雪ノ下の掌底から逃れた。
 すると今度はボクシングのジャブが、九鬼を追い詰めんとしてくる。
「相撲に、拳法に、ボクシング、なんでもありか!?」
「何が最強か、それは他流派を否定せず受け止めた上で戦う我が部の思想だっ!!」
 叫ぶ雪ノ下。
 熱い性格だけに、表情が剥き出しになっている。
 普段は、リュウセイガーというヒーローとしてマスクを被り、戦っている彼だが、今日は素顔だ。

 対して九鬼は、光纏すると目が白くなるという特徴のせいで表情が読めない。
 “恐ろしい子ッ”転じて“恐ろしい光纏ッ”と呼ばれる状態なのだ。
 多く技を繰り出しているのは、雪ノ下だ。
 だが、表情のせいもあり、繰り出した技が有効なのか掴みにくい。
 しかも、天井に貼りついていたせいで、雪ノ下はスタミナを無駄に消耗している、
(――賭けるしかない!)
 闘気を解放した。
 狙いは、リュウセイガー・ニークロス。
 ビクトル式回転膝十字固めに、破山要素を加えた組み付き関節技である。
 ヒーロー・リュウセイガーとしても、格闘家・雪ノ下 正太郎としても、真骨頂と呼ぶべき必殺の技だった。
 九鬼が、駄津撃ちと呼ばれる関節破壊の拳を繰り出してきた。
 それを見切り、九鬼のサイドに回り込む雪ノ下。
 空振りの勢いで、九鬼の体が泳いだ。
「しまった!」
 九鬼の首と腕を抱え込む。
 次は、足を内側に絡める。
 あとは、相手を巻き込んで前方回転しながら膝十字固めを極めれば、リュウセイガー・ニークロスの完成だ! 
 だが、ここに致命的な隙が生じた。
 この技の元となったビクトル式回転膝十字固めには、足を絡める一瞬前、両足を開いた状態で相手に背を向ける瞬間が発生する。
 相手にとって金的の好機なのだ。
 金的が禁止されているルールなら、その危険はないのだが、この試合はほぼノールール。
 そして九鬼は、金的を選択肢に入れて戦っていた。
 九鬼の左足が、雪ノ下の股間を蹴りあげた。 
「……」
 声も出せず、痛みにうずくまる雪ノ下。
「にははー、“喧嘩に型もクソもないぞ“爺ちゃんの口癖だったからね」
 勝利を掴んだのは、颯爽としたヒーローの技ではなく、子供でも出来る単純な技だった。


「何故ボクシングが最強かと問われても、わたくしそもそもボクシングを最強だなんて思っておりませんわよ。 ボクシングは残酷なショーから洗練されたスポーツに昇華され発達したものです。 それ故ルールがあり制限があるのですわ。 それでもボクシングの強みがあるとしたら、一万年間磨きあげた殴る技術の蓄積ですわ」
 試合前、島内新聞のインタビューに長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)はそう答えた。
 片や、もう一方の華である染井 桜花(ja4386)は――。
「……絶技は敵を“必ず殺す”ための技」
 こんな具合で、寡黙に徹している。
 華のある美女同士の対戦と言う事で、注目された二人の試合であるが、実際には一向に行われようとしなかった。
 互いに、奇襲をしかける気がないのである。

 試合期間である二週間の最終日夕刻、焦ったクレヨー先生からの催促電話を受け、ようやく桜花は腰をあげた。
 みずほの方にも電話をかけたのだが「まあ、今、入浴中ですのよ!」の一言で切られてしまった。
 そんなわけで桜花はみずほの家に行き、その浴場に飛び込んだ。

「もう! 先生に入浴中だと、伝えましたのに!」
 みずほは湯船から飛びだし、そこにかけてあったタオルを急いで両拳に巻いた。
「……紅牙剣闘円舞術・絶技……染井 桜花……いざ、参る」
 桜花が右拳を繰り出したのは、みずほがタオルを巻き終える寸前だった。
 それをサイドステップでかわす、みずほ。
「不躾ですのよ!」
 右ストレートで反撃してくる。
 桜花はそれに左のカウンターを合せた。
 だが、決まらない。
 みずほは、幾度となくリングにあがったボクサー。
 カウンターへの警戒は人一倍強い。
 桜花の顔が、みずほの拳に穿たれ、ミリ秒単位の間、大きくその形を変えていた。
 だが、桜花にとって痛みですら、自身の喜びを満たすスパイスと化している。
(……ああ、楽しい……痛みが、拳が、私を満たす!)
 恍惚とそして、楽しそうな氷の微笑を浮かべる。

 みずほの脳裏に、嫌な連想が過った。
 久遠ヶ原には変態さんが多い。
 みずほも、それなりの目に遭っている。
「まさか、貴方も――」
 言いかけてみずほは、己のはしたなさに気付いた。
 タオルは拳には巻いたものの、体には何も着けていない。
 即ち、全裸なのだ。
 一方、桜花の方はちゃんと服を着ている。
 この状況に、恥らいを禁じ得なかった。
「こ、こんな辱しめ!」
 羞恥心に闘気を解放する。
 桜花の脇腹目掛け、ひねりを入れた左ボディフック――Damnation Blowを繰り出す。
 地獄の責め苦と異名をとる痛みで、相手の動きを止める事の出来る一撃。
 だが、頭に昇った血は、カウンターへの警戒を緩めていた。
 拳断舞踏――全打撃にカウンターを狙う絶技。 
 桜花の拳が、みずほの右肩に打ちこまれた。
 バランスを崩され、よろめくみずほ。
「く!」
 桜花に、好機が到来した。
 絶技・狂独楽。
 サマーソルトで空に打ち上げ、落ちてきた所に腹部に向かって回し蹴りを叩き込んで地面に叩きつける。
 拳のみを武器とするボクサーに、足技はリーチの面でも有効だと判断したのだ。
 いかに歴戦の拳闘士といえど、これには抗い切れない――はずだった。

「うかつでしたわね、ここはバスルームですのよ!」
 サマーソルトの着地地点、そして廻し蹴りの速度――この二点が摩擦係数の低い風呂場の床によって、桜花本来の動きと齟齬を生じさせていた。
「……しまった」
 廻し蹴りの空振りで体勢を崩した桜花に、再び右フック――Damnation Blowを繰り出す!
 激痛で動きを止めたそこに、渾身の連打――Butterfly Kaleidoscope!
 ボクシングの醍醐味ともいえるコンビネーションにより、みずほは、音なき勝利のゴングを聞く事が出来た。


 全試合終了後、選手たちは斡旋所に集まり、互いの試合の報告書を読んでいた。
「見事だねぇ、僕も見たかったな、みずほちゃんのコンビネーション」
 みずほVS桜花戦の報告書を読み返しながら九鬼は、ムフーと鼻息を吐いた。
 お前はムフー族かというくらい、何度もムフームフーと繰り返している。
「もう! 九鬼様が見たかったのは、別のものではありませんの!? 今後、このルールで続けるのでしたら、入浴中のレディに対する奇襲は禁ずるよう、強く求めますわ!」
 憤慨しているみずほ。
「……でも、楽しかった……ありがとう」
 桜花に言われ、みずほは両腕を胸前で組んだまま頬を染めた。
「――わたくしもですわ」

「しかし、神雷の仕掛けは凄いな、ここまでするのかというくらいだ」
 雪ノ下が神雷VS仁良井の試合報告書に目を丸くする。
「正直、正々堂々なんて考えてませんでした、仁良井様に一撃でも受けたら終わりでしたもの」
「環境利用にしてもやりすぎな面はあったけれど、体格面から言えば獅子と鼠の差があったんだな。 何でもしなきゃ勝てないから、何でもするという執念に敬意を表したいところなんだな」
 クレヨー先生の言葉に、頷く仁良井。
「この敗北は、戒めとします」
 プレ大会は終わった。
 全アウル格闘技選手権が、本格始動するか否か、それはまだわからない。
 だが、武器もなく、ルールにも守られない状況で、己の技と、環境をも利用して勝つという精神。
 それは、今後の天魔との戦いに生き残る鍵となるかもしれない。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 勇気を示す背中・長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)
 永遠の十四歳・神雷(jb6374)
重体: −
面白かった!:5人

蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
花々に勝る華やかさ・
染井 桜花(ja4386)

大学部4年6組 女 ルインズブレイド
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト