●
入道雲浮かぶ、久遠ヶ原学園の夏空。
そこに入道の如く巨体が、高く舞い上がげられた。
『あーっと! キーパー幸丸くん! ふっとばされたぁーー!』
そのままゴールネットを突き破り、ゴールの後方の地面に落下する犬川幸丸(
jb7097)。
「そ、そんな、乾坤網の壁を、こうも簡単に――」
げふっと血を吐いて、気を失う幸丸。
ここは久遠ヶ原学園のサッカーグランド。
今、久米と千勢というサッカー少年二人が主催した、撃退士によるPK大会が始まったところだ。
幸丸は、その一本目における久米チームのキーパー。
学校でサッカーやる時、絶対、キーパーやらされていただろ? って体型の高校生である。
そして、それをサッカーボールの一蹴りで吹っ飛ばしたのは――。
身長わずか百二十センチの、大人しそうな顔をした女子小学生、雫(
ja1894)。
「アウルなしでは考えられない威力だ! 幼い少女のシュートが大きな男を!」
ネット掲示板を見て、島外からも集まった観客たちは、顔を見合わせ、同音異句に騒ぎ立てた。
今の光景は出場する撃退士たちにも、様々な感情を呼び起こさせていた。
「闘気解放からのウェポンバッシュで威力を増したシュート。 あの子、見た目に寄らずパワーストライカーじゃんか」
山猫耳の少年、花菱 彪臥(
ja4610)が笑みを浮かべた。
「凄まじいシュートだ……だが私のシュートの方が上だ!」
上流階級的な雰囲気の青年、ラテン・ロロウス(
jb5646)が、前髪をかき上げる。
『これが、アウルサッカーだぁー!』
動画撮影のため、勝手に実況をしている眼鏡姿のアナウンサーが叫んだ。
●
ネット掲示板によると、各チームのメンバー名は以下の通り、
表順にプレイするわけではなく、状況に応じて適した選手を出してゆく方式らしい。
【久米チーム】
雫(
ja1894)
地領院 徒歩(
ja0689)
花菱 彪臥(
ja4610)
虎落 九朗(
jb0008)
織宮 歌乃(
jb5789)
咲魔 聡一(
jb9491)
雪之丞(
jb9178)
戒 龍雲(
jb6175)
【千勢チーム】
犬川幸丸(
jb7097)
伊藤 辺木(
ja9371)
ミハイル・エッカート(
jb0544)
天羽 伊都(
jb2199)
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)
ラテン・ロロウス(
jb5646)
黒神 未来(
jb9907)
藍那湊(
jc0170)
●
「今日の俺の戦場はここか」
戦争でもしそうな重武装をして現れたのは、金髪の元サラリーマン、ミハイル。
何の意味があるのかさっぱりわからないが“サッカーは国同士の戦争にまで発展した事がある”とかいう話を聞いて、念のために武装してきたのかもしれない。
対するキーパーは、九朗。
ぱっと見、ちょっと昔の不良にも見える格好をした少年だった。
しかし、この九朗、実は久米や千勢と同じ種類の過去を持っていた。
(俺も昔はサッカー少年だったんだよな……アウルに目覚めるまでサッカー部にいたんだ。
あれからそろそろ2年、 長げぇのか短けぇのか……ま、あんまりしんみりしてもアレだ。 今回は楽しんでいくぜ)
万感の思いを込めてゴールの前に立つ九朗。
その九朗に対し、ミハイルは、
「おい、ボールに犬の●ンコ付いてるぜー」
しょうもない事を言って、調子を崩そうとしていたりする。
「こら、おっさん! 人が感慨にふけっている時にしょうもない事言うな!」
年下の九朗に怒られ、やれやれと肩をつぼめるミハイル。
九朗も普段は年長者には礼儀を持って接するのだが、この時ばかりは頭に血がのぼった。
ホイッスルが鳴り、ミハイルは長い脚を振りかぶった。
(必殺シュート推奨なら、真正面から撃ち抜いて来るだろう)
これが、アウルサッカーの意図から判断した九朗の読みだ。
ボールは予想通り真っ直ぐ頭上、ゴールバーぎりぎりに飛んできた。
「よしっ!」
それを受け止めようと頭上に手を伸ばした瞬間、ボールが爆発的にスピードUPした。
「なに!?」
「ノックバック・ショット! ミハイルが特訓していた必殺シュートだ!」
千勢チーム側ベンチでミハイルの友人、辺木が拳を握りしめる。
ゴール手前で急加速、キーパーを後方数m吹っ飛ばす威力を持つシュートだ!
「キーパーごとゴールだな!」
宣言するミハイル。
だが、九朗は諦めない。
ボールを胸に強く抱く。
「ぬおお!」
そのパワーに圧倒される九朗。
ボールの威力は九朗ごと、ゴールラインを割らせようとしている。
だが、九朗も無策ではない。
すでに体には、アウルの鎧を、周囲にはブレスシールドを張り巡らせてあるのだ!
研ぎ澄ました矛と、盤石の盾の激突!
そして――。
ゴールのホイッスルは鳴った。
ゴールに押し込めはしなかったものの、その威力でボールはラインを割っていたのだ。
「あー、触っちまった犬の○ンコついていたのに」
「こんな凄いシュート持っていながら、何でふざけたこと抜かす!」
熱くなって叫ぶ九朗。
「すぐにもう一回勝負だ! 次は俺のシュートをゴールにぶちこんでやる!」
九朗の申し出は却下された。
久米、千勢両キャプテンが話し合った結果、これ以上熱くなると危険と判断し、この勝負をオーラスまで預かる事にしたのだ。
「久々にサッカーに触ったら、つい熱くなっちまった」
九朗はそう言い、ベンチに座り頭にタオルを被っている。
タオルの下で、彼がどんな思いを抱いているか、久米や千勢にはわかりすぎるほどわかった。
一本目終了【久1-1千】
●
フィールドに、ドゴォという肉の爆ぜる音が聞こえた。
「い、勢い余ってキッカーの方を殴ってしまいましたわっ! だ、大丈夫ですか?!」
千勢チームキーパーみずほが、積極的に前に飛び出てのパンチングを意識するうちに、久米チームキッカーである徒歩に右ストレートを見舞ってしまったのだ。
みずほ高貴な令嬢だが、同時に生粋のボクサーでもある。
「わ、我が魔眼を持ってしても見抜けなんだ、PK戦でグーパン喰らうとは」
腫れ上がった顔で倒れる徒歩。
「も、申し訳ありませんわ」
「キミ! いくら何でもねえ!」
眉間に皺を寄せて駆け寄ってきた審判を、徒歩が起き上がりつつ止める。
「構わん、俺の勝利は既に視えている」
「まあ、キミが構わんなら……」
徒歩の鋭過ぎる眼光に、引き下がる審判。
ホイッスルが吹かれ、徒歩がボールの前で高らかに唄う。
「我が必殺の魔球! 止められるものなら止めてみるがいい!!」
蹴られ、飛びゆくボールの周囲に、黒い蝶、白い死神、赤い蛇、様々なものが飛び交い始める。
幻影と錯覚の奥義! その名も『運命に弄ばれし軌道』
ポコッ
みすほはボールを、ジャブで叩き落とした。
「ば、ばかな! 我が必殺の魔球が!?」
「だって蝶とか蛇とか関係ないのですわ、問題はボールだけなのですわ」
白目を剥く徒歩。
『みずほ選手の正論! 徒歩選手の胸に突き刺さったーー!』
●
「わあ、フィールドの格闘技って聞きますけど、サッカーってこういうスポーツだったんですねー」
湊が少女にしか見えない顔をほころばせたのは、みずほが、徒歩を殴り飛ばした時の事である。
「まさか、サッカーを見た事かないのであるか?」
ラテンに尋ねられ、素直にうなずく湊。
「はい!」
「えらいこっちゃ! 今すぐルールブック読んで!」
女子サッカー経験者の未来に差し出されたルールブックを、湊はそれからずっと読みこんでいた。
久米チーム側ベンチ。
「竜雲さんは、サッカー経験ありですか?」
聡一に尋ねられ、龍雲は深々と頷いた。
「実はこう見えて昔は、守れば鉄壁、蹴れば大砲と……」
「おお!」
「言われた事はないですね」
いきなり肩すかしから、入った龍雲。
互いに素人同士、どんな勝負になるのか?
「今はじめて触れるけど、このボールは友人ー!」
ラテンに習った、変な知識を叫びつつ、ボールに向かう湊。
だが、キーパー龍雲は、その友人に別の誘いをかけた。
スキルで、春一番を思わせる突風を吹かせたのである。
そのせいで、変な方向に転がっていってしまう友人を追いかける湊。
「待ってー! 逃げないでー! 僕を男にしてくださーい!」
それでも根性で追いかけ、陰影の翼を広げ、滑空のスピードを生かして友人を蹴り飛ばす!
「うりゃああああっ」
「予想通りだっ!」
予測回避のスキルを発動させている龍雲。
回避技だが、龍雲は応用を効かせた。
『ここで龍雲くん、春風一番!』
ボールを風で自らの胸元に導き寄せ、キャッチした。
「友人を蹴って、思い通りに動かそうという考えはおかしいんですね」
新しい友人から教訓を学び、湊はベンチに戻った。
二本目終了【久1-1千】
●
久米チーム三本目、キッカーは男装の麗人・雪之丞。
キーパーは明るくてお調子者そうな美少年・伊都だった。
「ふ、サッカー子であるボクにかかればちょちょいのちょいっすよ!」
さっそく調子に乗っていた。
インドア派の伊都だが、ゲーム等で、コツは齧ってある。
フェイント命!
それが伊都の出した答えだった。
(キーパーは読み切り! よりどこに飛ぶか相手に虚を見せて勝負だ)
その伊都に普段は無口な雪之丞が、唐突に声をかけた。
「ひとつ良いことを教えてやろう……PKでキーパーは蹴る足の逆の方向に飛びついてはいけない」
「なんですか、それ!?」
相手の意図を読もうと、伊都の脳細胞が激しく蠢き始める。
(どういう意味? いけないってルール的な事? いや、そんなはずないですよね。
きっと、裏をかく的な意味です! 蹴る足を見て逆に飛びつけばいいんです! ――いや、そう見せかけてその逆ですか?)
気が付くと、ゴールのホイッスルが鳴っていた。
雪之丞は、左足で左に蹴っていた。
「あ!?」
考えてくるタイプ相手には、考えすぎるよう誘導してしまえばいい。
雪之丞の作戦勝ちである。
●
千勢側キッカーは、上流階級かぶれの苦学生・ラテン。
久米側キーパーは純白の和服姿という、サッカー選手としては斬新過ぎる姿をした少女、歌乃である。
ラテンはゴール前の歌乃に向かって言った。
「すまぬが、しばしどいてくれたまえ」
「はい?」
ラテンが天に向かって右手を掲げると、無数のアウルの流星が現れ、ゴールに向かって降り注いだ。
プチプチと何かの切れるような音がする。
「あの、何でしょうか?」
不思議そうな顔の歌乃。
審判の背後から、久米がこっそりカンペを差し出して見せる。
『ルール上、アイテム禁止です』
ハっとして頬を染める歌乃。
「すみません」
うっかりルールを読み落として、闇蜘蛛というアイテムでゴールに防御網を張ってしまっていたのだ。
「蜘蛛の巣が貼っていたのでレディが汚れぬよう払ったまでだ、謝られる事など何もない」
高潔な心根の持ち主同士、歌乃も、すぐにその意気を察した。
「尋常に勝負です。 これも一つの記憶と、笑顔で思い出せるように」
「うむ、私も全力でいくぞ」
何があったのか理解出来ぬまま、審判はホイッスルを吹いた。
「ゆくぞ! これが私のミラージュシュートだ!」
ラテンは再び、コメットを放った。
『こっ、これは! 流星じゃない! ボールだ! 無数のサッカーボールがゴールめがけて、降り注ぐっーー!』
歌乃に、どれが本物なのか判別出来ない!
だが、ラテンの心意気に答えるため、一か八か、一つのボールに狙いを定め、両手をかざして跳ねつけようとした。
それが掌に当たる直前、審判がゴールのホイッスルを鳴らした。
コメットに紛れ込ませて打った、本物のボールがゴールしたのだ。
幻のボールは、歌乃の体に当たる前に消えた。
「素晴らしい勝負でした、ありがとうございます」
「うむ、こちらこそ感謝する」
両者は、互いに深々とお辞儀をした。
三本目終了【久2-2千】
●
四本目は揉めた。
キッカー・聡一VSキーパー・湊。
ボール自体はネットを揺らした。
だが、その方法が問題だ。
おかっぱ頭に眼鏡の少年、聡一は、最初、ど真ん中に蹴った。
辺木が最初にやったようなヘロヘロ玉である。
湊が、それを正面で受け止めようとした時、聡一は叫んだ。
「芽吹け、アウルの結晶!」
聡一の手の中に、植物の枝が出現し、ボールを絡め取り、軌道を大きく左へ変えた。
湊は、諦めずにつっこんだが、さらに枝が軌道を上に変えため、目標を見失い顔面をポストにぶつけた。
現在、鼻血の治療を受けている。
問題は、この鞭が道具として見做されるかどうかなのである。
葉が生い茂り、実が生り、どう見ても本物の木の枝だ。
「道具を使うのは違反だろ! 何なんだね、キミこれは?」
「咲魔流サッカー術奥義、えーと……イマジナリーダイレクト!」
「なるほどわからん! 専門家の先生に鑑定してもらう事にする!」
専門的な分析をすると、それがツイッグウィップと呼ばれる独自スキルであり、道具ではないとわかった。
「こ、これは紛らわしい」
「スキルやら、召喚獣やら、アウルサッカーには整備しなきゃいけないルールが山積みだな」
ゴールは認められたものの、新たなスポーツを作るまでの困難を示した勝負だった。
●
「う〜、酷い目に遭いました」
一本目で、女子小学生に空高く吹っ飛ばされた幸丸は、痛む腰をさすりさすり、キッカーとしてフィールドに立った。
対するキーパーは――。
「また宜しくお願いします」
当の女子小学生、雫だった。
(なんか勝てる気がしないです。 必殺シュートとかもないですし――いや、あれをダメ元で試してみましょう!)
ホイッスルが鳴ると同時に幸丸は、高々と右足を振り上げた。
スパイクに雷の剣を帯びさせる。
「イナズマシュートぉぉ!」
スパークする足を、ボールにぶつける!
瞬間、雫が、左のゴールポストを蹴った!
「キエェェェェェ〜〜〜!」
こんなキャラだったかと思うほどの奇声をあげて、ポストを蹴り、飛翔する雫。
「あ、あれは! 伝説の攻撃的GKが得意とする、三角跳び!」
徒歩が言うと同時に、雫は雷を帯びたボールを手刀で叩き落とした。
いつか決めるぜと、三十年間唄われつつ、誰も決めた事のないイナズマシュートは、今回もまた決まらなかった。
四本目終了【久3-2千】
●
五本目以降は、先攻後攻を入れ替え、千勢チームが先にキックを担う。
勢チームベンチから出陣せんとする、大きな背中の持ち主.
辺木の背中にミハイルが尋ねた。
「あの技は、完成したのか?」
「見てのお楽しみですよ」
刹那の時間、小さな笑顔を躱し合う二人。
「何の話や? 」
未来が怪訝な顔をした。
「ふっ、まあ、見ていろ、奴は俺が認めた中でも最凶だぜ」
ミハイルは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
対する久米チーム側キーパーは、彪臥。
ヒュウガという名からして、サッカーでは無条件で頼られそうな名前である。
「ちょうどサッカーやりたかったんだよなー、キッカーとキーパーを一回ずつか、面白そうじゃん!」
本人はこういう軽いノリだ。
家計のために新聞配達しながらドリブルしたり、荒波に向かってシュート練習したりはしそうにない。
そのリンクスに、辺木がゴール前は叫んだ。
「見てくれ! 俺が開発したコンビプレイを!」
「コンビプレイ!?」
一対一のPKでコンビプレイなどありえない――本来はそうだ。
だが――、
(俺、知ってるよ、PKは二回蹴ったら反則なんだ! だが、脱げたスパイクが偶然当たるのは……アリだ!)
辺木は、わざとヘロヘロにシュートした
さらにわざと大き目のものを選んだスパイクを脱ぎ放った!
「俺とスパイクのツインシュートだぁ!」
シュートよりも高速で放ったスパイクを、ヘロヘロ飛んでいくボールにブチ当て、コースを変える!
本来、相手の弾の弾道を変えるための技、回避射撃の応用だ!
「軌道が変わったところでディバインナイトには!」
防壁陣をグローブにかけ、それを弾かんとするリンクス。
「まだだ、スパイクは二足……即ち二枚刃!」
もう一足のスパイクを、さらなる高速でボールにブチ当てる辺木!
「完成していたのか! 二枚刃カミソリトリプレートシュートが!」
サングラスを外し、叫ぶ終えるミハイル。
噛まずに言えたので、ちょっとホッとしている。
「でも、結局ヘロヘロじゃん!」
リンクスは難なくキャッチしていた。
「キミ、二度目のスパイクはダメだ! 偶然は二度続かないよ!」
辺木は、審判に叱られた。
●
千勢チーム側のベンチで未来が立ち上がり、声をあげていた。
「あかん、スパイク放り投げとか、犬の●ンコとか、サッカーを舐めとったらアカン! 真剣にやろうや!」
ミハイルと辺木、大人二人が、所在なさそうに肩を落としていた。
未来がこれだけの剣幕をあげているのには、理由がある。
彼女は、スポーツ推薦で高校に入学したほどのサッカープレイヤーだったのだ。
だが、天魔に襲撃され、アウルに目覚めた。
フィールドへの夢は諦め、撃退士としての道を歩まざるをえなくなる。
久米、千勢と同様の過去を持っているのだ。
湊が呟く。
「そうだよね、いい勝負にしないと千勢キャプテンが」
グランドに出て、ゴールに向かって腕組みをし、何かを考え込んでいる千勢の後ろ姿に視線が集まった。
千勢にとって、この勝負はサッカー選手としての最終戦となってしまった、練習試合の続きなのだ。
2-2で引き分けによりPK戦となり、千勢と、ライバル校のキャプテンだった久米が一本ずつPKを決めた。
直後、天魔の集団がグランドに現れる。
両校イレブンの中で生き残ったのは、アウルの素質を持っていた千勢と久米だけ。
千勢にとって、このPK戦は惨劇の試合を終わらせ、アウルサッカーへの道を踏み出す儀式でもあるのだ。
みずほが提案する。
「いっそ、分業するのはいかがでしょう? 私、ボクシングをしていますから、キックは苦手でも、キーパーには自信がありますの。 未来さんがキッカーを二回、私がキーパーを二回という風に、各々、得意分野を担当するようにすれば良い戦いが……」
「いい案だが、それはダメだ」
千勢が、ベンチに戻ってきた。
「ルールに『全ての参加者に一度ずつ、キッカーとキーパーをしてもらいます』と明記してしまった。 本来のサッカーなら、みずほの言う通りなのだが、今日は、皆に色々な可能性を試して欲しくてそういう決まりにしたんだ」
「そうなのですか、仕方ありませんわ」
「それに、ボクサーだからといってキックが苦手というのは違うと思う」
「そうでしょうか? ボクシングに蹴り技はないのですが?」
みずほが首を傾げると、何人かの選手が口を揃えて、同じ台詞を斉唱した。
「ボクシングには蹴り技がない……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」
「な、何ですの、それ!?」
●
みずほが、キッカーとしてフィールドに立つと、キーパー雪之丞は、ゴールの右端に立っていた。
「……何か?」
左端に蹴れと言わんばかりである。
慣れない競技とはいえ、完全に心を掌握されているようで、気持ちの良いものではなかった。
千勢たちは『ボクシングは大地を蹴る競技、ボールだって蹴れる』と言っていた。
確かにパンチする時に、地面を踏みしめる。
解釈次第では、大地を蹴っているのだ。
ものは試しと思い、出てきてみればこの難敵。
(思い切って、右上にでも蹴ってみますか? いや、そんな小器用な真似出来ません、ロードワークで鍛えた足腰を信じましょう! 見えている罠なら噛み破りますわ!)
みずほは、左端目がけて脚を振り上げた!
その動きに合わせ、雪之丞はすでに左へと跳んでいる。
動きは、サイドステップ。
ボクシングと共通するスキルだった。
ヒュッ! ドゴォッ!
みずほは、殴っていた。
サイドステップを見たとたん、ニワカサッカー選手から、真のボクサーに戻り、本能的に前に踏み込んで、右ストレートを繰り出していたのだ。
ボールの事は完全に忘れていた。
余りの不意打ちに、さしもの雪之丞も目を回して倒れている。
「きゃー! 申し訳ございませんわ! あまりにも見事なサイドステップだったもので」
余りの速さに審判も何が起こったか理解出来ておらず、キーパーダウン中にゴールを入れるのは簡単だったが、さすがにこれは自重した。
五本目終了【久3-2千】
●
(筋肉量、身長、骨格、そしてあの髪のセット……狙っているのはここか!)
聡一は、未来を見てそう分析した。
口に出したら、ツッコまれるのは必至だが、彼は真面目に脳内シュミレートしている。
(よし、ボールの目の前に立った。 後は避ける! ……って違う!これは『予測回避』の手順だ! 何度も復習したせいでつい使ってしまった! 今は避けちゃ駄目だろ!何してんだ僕はアア!)
頭を抱え、深い後悔を顔に浮かべる聡一。
これほどまでに聡一が脳内シュミュレートを繰り返すのは、相手が未来だからである。
女子小学生の雫が、体格の良い幸丸を天高く吹っ飛ばしたのだ。
世界一を争うレベルの日本女子サッカー。
その環境下において、サッカー進学を勝ち取った未来のシュートがどれほどか――幾度シュミレートを繰り返しても足りないほどだった。
ボールに近づいてくる未来。
聡一にはそれがスローに見えた。
(見えた! 明らかに右狙い! シュミレートの成果だ!)
聡一の体の重心が、右に傾いた瞬間、未来は左に向け、ボールをチョコと蹴った。
コロコロ転がるボール。
速くもない、威力もない。
アウルも発現させていない。
だが、聡一の重心を完全に崩してからのシュート。
これが当たり前のように、ゴールネットに飛び込んだ。
「え、ええ!?」
相手の能力の上限を測り、豪速シュートを想定していた聡一は、あまりのギャップに混乱した。
未来の、まさに職人芸だった。
●
キーパーとして、フィールドに出て行く辺木。
その背中を見つめる、ミハイルがサングラスを外した。
「フッ、先程は多少、おふざけが過ぎちまったが、辺木が最凶たるゆえんは防御にこそあるんだぜ」
キッカーとして辺木と対峙したのは、風使いの龍雲だった。
「僕が操るのは風だけではない、喰らうがいい、炎のシュート!」
相手の威嚇だけで、額に脂汗を浮かべる辺木。
(炎のシュートだと。 何かわからんけど凄そうだ、俺のフィジカルでは、なにィ! と叫んでふっとばされることは請け合い………ならば)
審判のホイッスルと同時に、辺木はゴールポストを蹴った。
先ほど、雫が使った三角とびに似てはいるが、蹴った先のポストをさらに蹴る!
辺木の肉体がゴールの枠内で凄まじい乱反射を始めた。
「これぞ伊藤ピンボールだァァ! 体のどこかに当たってくれぇぇ!」
一方、龍雲は地面を燃やしていた。
(下は、天然芝か? まあ、ちょっとくらい燃えても害はないだろう)
炎の壁を作り、ボールをそこにくぐらせる。
「こ、これは炎焼のスキルによるファイアーウォールシュートです!」
ベンチで幸丸が驚愕した。
だが、ゴールには凄まじい勢いで乱反射をしている辺木がいる。
「まずい、軌道変更!」
春一番を吹かせたのが、良くなかった。
炎がゴールライン一杯に燃え広がってしまったのだ。
「あちゃ! あちゃちゃちゃ!」
炎の中で乱反射を続ける辺木にラッキーヒットした火の玉。
それが龍雲に跳ね返ってくる。
「あつっ、あっつーっ!」
結局、反則ではないものの、二人とも危険行為として審判に怒られた。
六本目終了【久3-3千】
●
「“天”羽 伊都と“地”領院 徒歩――これは、宿命づけられた天地の対決」
キッカー徒歩が、重々しく瞼を閉じた。
「は、はあ?」
伊都は、ちょっとついていけない。
「宿命であるからには、その帰結は決まっている! 俺の勝利は既に視えている!」
「さっきも言っていたような……」
笑顔を引きつらせる伊都。
ホイッスルが鳴る。
「さあ来るがいい! 我が絶対のブロック術『絶対封鎖』を見よ!」
自らが見たつもりの未来に従い、右へ飛ぶ徒歩
「キーパーの動きを見てから蹴る、と」
ポンと、ボールを蹴る伊都。
『ゴール! 伊都くんの普通シュート! 普通にゴールに入りました!』
徒歩は、顔を掌で抑え、戦慄している。
「我が魔眼を持ってしても見抜けなんだ――まさかこの瞬間、時空震が起こり、我が世界に『左に蹴られてしまう世界線』が紛れ込むとは!」
「知らないうちにエラい事が起こっていたんですねぇ」
●
キャプテン久米が、ベンチで意気をあげていた。
「追い抜かれてしまったが、ここが正念場だ! ここで決めたい奴、名乗り出てくれないか? 失敗しても構わない! 思い切りボールを蹴りたい奴!」
「それなら、俺のリンクスショットに決まりじゃん!」
彪臥がベンチから立ち上がった!
「おお! どんなシュートだ?」
「フェンシングの応用で、目にもとまらぬ速さで真っ直ぐ蹴るじゃん!」
「さすがだな! 小細工なしで強く蹴る! ヒュウガって名前だけあるぜ!」
なぜか彪臥の着ているユニホームの袖を、勝手にまくり始める久米。
「何なのこれ、気持ち悪いじゃん……」
彪臥がグランドに出ると、ゴールの前で待っていたのは未来だった。
(さっきアウル使わずにゴールした奴じゃん。 テクに拘るタイプなら、速度で押しこんでやる!)
彪臥はアウルを全開にし、全パワーを以て右足を振り上げた!
「いくぜっ! リンクスショット!」
その瞬間、未来は魔眼を発動させた。
破壊力のある視線を、ボールめがけて放つ。
リンクスが蹴った瞬間、ボールはパンクした!
ボールは、リンクスの足元に、ぼとりと落ちる。
「どやー! 反発力無くなったらヘロヘロボールしか蹴られへんやろ?」
ドヤ顔でDカップの胸を張る未来。
「ず、ずるいじゃん! お前、それでもプロ目指したサッカープレイヤーか!」
どこまで目指していたか知らないが、とにかく言ってみる。
「ルール上、スキルは使ってもええんや! ルールの範囲内で、勝利に向かってベストを尽くすのがプロ精神ってもんや!」
耳と、尻尾をだらんと垂らす彪臥。
「言い返せないじゃん、今の俺は、牙を抜かれた山猫じゃん……」
七本目終了時【久3-4千】
●
キッカーは和服少女・歌乃、キーパーは、上流階級かぶれ苦学生・ラテン。
二本目と攻守を入れ替えた、やはり同じ敵同士の組み合わせである。
キーパー・ラテンは自信満々に叫んだ。
「何度勝負しても無駄だ! 私の必殺技は無敵だ!」
審判のホイッスルと同時に、周囲に星屑が降り注ぎ始める。
「見せてくれよう……数多の魚介類との戦いで生まれた必殺セービングを! 」
『これはラテンくんの ナイアガラセーブだ!』
無断実況のアナが興奮して叫ぶ。
「凄い技です、私の光衝蹴では突破出来そうにございません」
光衝蹴とは、シュートの際、右に蹴ると見せかけてフォースを使用し、足ではなく衝撃波で左へと飛ばす歌乃の必殺技だ。
トリック系として優秀な技だが、ナイアガラセーブのような問答無用系には分が悪い。
だが、全力を出さねば失礼にあたると光衝蹴を繰り出す歌乃。
ボールは、降り注ぐ流星にぶつかり、潰され――なかった。
ぶつかったとたん、流星は幻のように消え、ボールはゴールへ吸い込まれた。
『ゴーール!』
実はラテン、コメットのスキルの使用上限である二回を、キッカーの時に使い果たしていたのである。
「しまった! キーパーの必殺技は、弾切れでもエフェクトだけ発動する仕様だった!」
くっ! ガッツが足りない! くっ! ガッツが足りない!
口の中でラテンは、それを何度も繰り返した。
●
ついにオーラス。
一本目の因縁から攻守ところを変えて、対峙する九朗とミハイル。
(まだ熱くなりすぎている。 落ち着かきゃ、相手のペースに乗せられるままだ)
九朗は、深呼吸をした。
サッカーに対する思いが、九朗の頭を煮えたぎらせてしまっていた。
(熱くするのは頭じゃねえ! 魂だ!)
コメットのスキルを活性化させる九朗。
これを利用した必殺シュートを、彼は編み出していた。
ただ問題は、ミハイルがこのシュートを一度見ている事だ。
偶然なのだが、ラテンがキッカーとして決めたシュートは、九朗のそれとほぼ同じものだったのだ。
即ち、大量のサッカーボールに偽装した流星をゴール目がけ降り注がせる。
見るのが二度目では、不意をつく事は出来ない。
だったら――。
(正面からぶち抜く!)
それしか答えがなかった。
ホイッスルの音が響く。
九朗はコメットを放った。
偽のボールが宙に出現した瞬間、本物のボールに、インステップキックを放つ。
ミハイルは、九朗の技がラテンと同種のものだと見抜いた。
さらにガンナーとしての経験から、弾道計算をする。
(あの坊やの心根と同じだ、真っ直ぐ来る!)
「やばそうなボールは、あっち行ってろ!」
掌底によるパンチングで、直球の全てを叩き落とさんとするミハイル。
だが――その前に、ゴールのホイッスルは鳴った。
「なに!?」
本物のボールには、ミハイルの弾道計算はおろか、動体視力にすら捉えきれない超スピードが与えられていた。
二年前までは毎日、幾度となく繰り出し続けていたインステップキック。
それにアウルの力が加わり、九朗自身の予想すら上回る速度を与えていたのだ。
練習は、努力は、九朗を、裏切らなかった!
「やったな!」
キャプテンの久米が九朗の肩を叩く。
まるで、公式戦で決勝ゴールを決めた時のような表情だ。
雪之丞を始め、チームメイトも飛び出て来て、九朗に抱きついた。
ゲーム終了のホイッスルは鳴っている。
敵チームの千勢、未来らサッカーを愛するもの、湊らこのゲームでサッカーを好きになったものたちも集まり、互いの健闘を祝った。
同じ思いを抱く者同士、魂は共鳴し合っていた。
最終結果【久4-5千】
誰も、これが最後の決着だとは考えていなかった。
アウルサッカーへの道は、ここから始まる。