.


マスター:スタジオI
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:17人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/10


みんなの思い出



オープニング


『ここで試合終了のホイッスルー! 四年越しの夢はまたも持越しとなりましたー!』
 アナウンサーの悲鳴にも似た実況が終るのも待たず、久米はサッカーボールを持ち、外へと飛び出した。
 校舎の塀に向かって、ひたすらサッカーボールを蹴る。
 それくらいしか出来ないほど、腹が立っていた。
 久米は、かつて世界一のストライカーを夢見たサッカー少年だった。
 中学での試合試合中、天魔に襲われ殺されかけた瞬間、アウルに覚醒したため、その夢を捨て、久遠ヶ原に来た。
 だが、胸の炎は消えていない。
 もし、あのピッチに僕が立っていたら、ああするのに、こうするのに。
 そんな埒もない考えばかりが、頭に湧いてしまい、ボールを蹴らざるをえないのだ。
 アウルに目覚めた以上、もうフィールドへの夢は追えないと言うのに――。
 


 久米が何百回目かのシュートを壁に撃った時、突然、ボゴォという轟音がした。
 見れば、久米がボールをぶつけていた壁の間隣に、大きな穴が開いている。
 そこには、アウルの輝きを帯びて輝く、別のサッカーボールがめり込んでいた。
「しょぼいボール蹴ってんじゃねぞ、久米」
 見れば、そこには迷彩服姿の少年、千勢がいた。
 小学校時代から、久米のサッカーにおけるライバルだった男だ。
 練習試合中に天魔に襲われた時、久米と同時にアウルに覚醒したという因縁もある。
「俺は、まだサッカーを諦めてねえぞ!」
「何言ってんだ、こんな力を持った以上、もう僕たちは……」
 俯き、長い睫を震わせる久米。
「バカやろう! こんな力を持ったからこそすげえ事が出来るんじゃねえか! お前だって、ガキの頃、漫画を読んであのすげえ技をやりたい、必殺シュートが撃ちたい、ってとこからサッカー始めたんだろ! 今の俺たちにはそれが出来るんだよ!」
「奇跡のスーパーシュートを撃つストライカーか?」
「そうだ! 俺たちが戦う場がないなら、いつか作ればいいんだ! アウルリーグ! アウルカップ! 何だって出来る! こんな校庭の隅でボール蹴っているくらいなら、みんなを集めて見せてやろうぜ! 俺たちがどんな凄いシュートを撃てるかってとこをな!」
 久米は笑った、少なくとも今日は一日中不機嫌なままだと思っていたのに、笑う事が出来た。
「やろう! まずはあの中断した試合の続きだ! お前の学校とのPK勝負の途中だったよな!」
「ああ、まずはPKから再開だ! あの時のメンバーは二度と集められないが、もっとすげえ連中を集めてやるぜ!」


リプレイ本文


 入道雲浮かぶ、久遠ヶ原学園の夏空。
 そこに入道の如く巨体が、高く舞い上がげられた。
『あーっと! キーパー幸丸くん! ふっとばされたぁーー!』
 そのままゴールネットを突き破り、ゴールの後方の地面に落下する犬川幸丸(jb7097)。
「そ、そんな、乾坤網の壁を、こうも簡単に――」
 げふっと血を吐いて、気を失う幸丸。
 ここは久遠ヶ原学園のサッカーグランド。
 今、久米と千勢というサッカー少年二人が主催した、撃退士によるPK大会が始まったところだ。
 幸丸は、その一本目における久米チームのキーパー。
 学校でサッカーやる時、絶対、キーパーやらされていただろ? って体型の高校生である。
 そして、それをサッカーボールの一蹴りで吹っ飛ばしたのは――。
 身長わずか百二十センチの、大人しそうな顔をした女子小学生、雫(ja1894)。
 「アウルなしでは考えられない威力だ! 幼い少女のシュートが大きな男を!」
 ネット掲示板を見て、島外からも集まった観客たちは、顔を見合わせ、同音異句に騒ぎ立てた。

 今の光景は出場する撃退士たちにも、様々な感情を呼び起こさせていた。
「闘気解放からのウェポンバッシュで威力を増したシュート。 あの子、見た目に寄らずパワーストライカーじゃんか」
 山猫耳の少年、花菱 彪臥(ja4610)が笑みを浮かべた。
「凄まじいシュートだ……だが私のシュートの方が上だ!」 
上流階級的な雰囲気の青年、ラテン・ロロウス(jb5646)が、前髪をかき上げる。
『これが、アウルサッカーだぁー!』
 動画撮影のため、勝手に実況をしている眼鏡姿のアナウンサーが叫んだ。


ネット掲示板によると、各チームのメンバー名は以下の通り、
表順にプレイするわけではなく、状況に応じて適した選手を出してゆく方式らしい。

【久米チーム】
雫(ja1894)
地領院 徒歩(ja0689)
花菱 彪臥(ja4610)
虎落 九朗(jb0008)
織宮 歌乃(jb5789)
咲魔 聡一(jb9491)
雪之丞(jb9178)
戒 龍雲(jb6175)


【千勢チーム】
犬川幸丸(jb7097)
伊藤 辺木(ja9371)
ミハイル・エッカート(jb0544)
天羽 伊都(jb2199)
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)
ラテン・ロロウス(jb5646)
黒神 未来(jb9907)
藍那湊(jc0170)


「今日の俺の戦場はここか」
 戦争でもしそうな重武装をして現れたのは、金髪の元サラリーマン、ミハイル。
 何の意味があるのかさっぱりわからないが“サッカーは国同士の戦争にまで発展した事がある”とかいう話を聞いて、念のために武装してきたのかもしれない。
 対するキーパーは、九朗。
 ぱっと見、ちょっと昔の不良にも見える格好をした少年だった。
 しかし、この九朗、実は久米や千勢と同じ種類の過去を持っていた。
(俺も昔はサッカー少年だったんだよな……アウルに目覚めるまでサッカー部にいたんだ。
 あれからそろそろ2年、 長げぇのか短けぇのか……ま、あんまりしんみりしてもアレだ。  今回は楽しんでいくぜ)
 万感の思いを込めてゴールの前に立つ九朗。
 その九朗に対し、ミハイルは、
「おい、ボールに犬の●ンコ付いてるぜー」
 しょうもない事を言って、調子を崩そうとしていたりする。
「こら、おっさん! 人が感慨にふけっている時にしょうもない事言うな!」
 年下の九朗に怒られ、やれやれと肩をつぼめるミハイル。
 九朗も普段は年長者には礼儀を持って接するのだが、この時ばかりは頭に血がのぼった。
 ホイッスルが鳴り、ミハイルは長い脚を振りかぶった。
(必殺シュート推奨なら、真正面から撃ち抜いて来るだろう)
 これが、アウルサッカーの意図から判断した九朗の読みだ。
  ボールは予想通り真っ直ぐ頭上、ゴールバーぎりぎりに飛んできた。
「よしっ!」
 それを受け止めようと頭上に手を伸ばした瞬間、ボールが爆発的にスピードUPした。
「なに!?」
「ノックバック・ショット! ミハイルが特訓していた必殺シュートだ!」
 千勢チーム側ベンチでミハイルの友人、辺木が拳を握りしめる。
 ゴール手前で急加速、キーパーを後方数m吹っ飛ばす威力を持つシュートだ!
「キーパーごとゴールだな!」
 宣言するミハイル。
 だが、九朗は諦めない。
 ボールを胸に強く抱く。
「ぬおお!」
 そのパワーに圧倒される九朗。
 ボールの威力は九朗ごと、ゴールラインを割らせようとしている。
 だが、九朗も無策ではない。
 すでに体には、アウルの鎧を、周囲にはブレスシールドを張り巡らせてあるのだ!
 研ぎ澄ました矛と、盤石の盾の激突!
 そして――。
 ゴールのホイッスルは鳴った。
 ゴールに押し込めはしなかったものの、その威力でボールはラインを割っていたのだ。
「あー、触っちまった犬の○ンコついていたのに」
「こんな凄いシュート持っていながら、何でふざけたこと抜かす!」
 熱くなって叫ぶ九朗。
「すぐにもう一回勝負だ! 次は俺のシュートをゴールにぶちこんでやる!」

 九朗の申し出は却下された。
 久米、千勢両キャプテンが話し合った結果、これ以上熱くなると危険と判断し、この勝負をオーラスまで預かる事にしたのだ。
「久々にサッカーに触ったら、つい熱くなっちまった」
 九朗はそう言い、ベンチに座り頭にタオルを被っている。
 タオルの下で、彼がどんな思いを抱いているか、久米や千勢にはわかりすぎるほどわかった。
 一本目終了【久1-1千】


 フィールドに、ドゴォという肉の爆ぜる音が聞こえた。
「い、勢い余ってキッカーの方を殴ってしまいましたわっ! だ、大丈夫ですか?!」
 千勢チームキーパーみずほが、積極的に前に飛び出てのパンチングを意識するうちに、久米チームキッカーである徒歩に右ストレートを見舞ってしまったのだ。
 みずほ高貴な令嬢だが、同時に生粋のボクサーでもある。
「わ、我が魔眼を持ってしても見抜けなんだ、PK戦でグーパン喰らうとは」
 腫れ上がった顔で倒れる徒歩。
「も、申し訳ありませんわ」
「キミ! いくら何でもねえ!」
 眉間に皺を寄せて駆け寄ってきた審判を、徒歩が起き上がりつつ止める。
「構わん、俺の勝利は既に視えている」
「まあ、キミが構わんなら……」
 徒歩の鋭過ぎる眼光に、引き下がる審判。
 ホイッスルが吹かれ、徒歩がボールの前で高らかに唄う。
「我が必殺の魔球! 止められるものなら止めてみるがいい!!」
 蹴られ、飛びゆくボールの周囲に、黒い蝶、白い死神、赤い蛇、様々なものが飛び交い始める。
 幻影と錯覚の奥義! その名も『運命に弄ばれし軌道』
 ポコッ
 みすほはボールを、ジャブで叩き落とした。
「ば、ばかな! 我が必殺の魔球が!?」
「だって蝶とか蛇とか関係ないのですわ、問題はボールだけなのですわ」
 白目を剥く徒歩。
『みずほ選手の正論! 徒歩選手の胸に突き刺さったーー!』


 「わあ、フィールドの格闘技って聞きますけど、サッカーってこういうスポーツだったんですねー」
 湊が少女にしか見えない顔をほころばせたのは、みずほが、徒歩を殴り飛ばした時の事である。
「まさか、サッカーを見た事かないのであるか?」
 ラテンに尋ねられ、素直にうなずく湊。
「はい!」
「えらいこっちゃ! 今すぐルールブック読んで!」
 女子サッカー経験者の未来に差し出されたルールブックを、湊はそれからずっと読みこんでいた。

 久米チーム側ベンチ。
「竜雲さんは、サッカー経験ありですか?」
 聡一に尋ねられ、龍雲は深々と頷いた。
「実はこう見えて昔は、守れば鉄壁、蹴れば大砲と……」
「おお!」
「言われた事はないですね」
 いきなり肩すかしから、入った龍雲。
 互いに素人同士、どんな勝負になるのか?

「今はじめて触れるけど、このボールは友人ー!」
 ラテンに習った、変な知識を叫びつつ、ボールに向かう湊。
 だが、キーパー龍雲は、その友人に別の誘いをかけた。
 スキルで、春一番を思わせる突風を吹かせたのである。
 そのせいで、変な方向に転がっていってしまう友人を追いかける湊。
「待ってー! 逃げないでー! 僕を男にしてくださーい!」
 それでも根性で追いかけ、陰影の翼を広げ、滑空のスピードを生かして友人を蹴り飛ばす!
「うりゃああああっ」
「予想通りだっ!」
 予測回避のスキルを発動させている龍雲。
 回避技だが、龍雲は応用を効かせた。
『ここで龍雲くん、春風一番!』
ボールを風で自らの胸元に導き寄せ、キャッチした。
「友人を蹴って、思い通りに動かそうという考えはおかしいんですね」
 新しい友人から教訓を学び、湊はベンチに戻った。
二本目終了【久1-1千】


 久米チーム三本目、キッカーは男装の麗人・雪之丞。
 キーパーは明るくてお調子者そうな美少年・伊都だった。
「ふ、サッカー子であるボクにかかればちょちょいのちょいっすよ!」
 さっそく調子に乗っていた。
 インドア派の伊都だが、ゲーム等で、コツは齧ってある。
 フェイント命!
 それが伊都の出した答えだった。
(キーパーは読み切り! よりどこに飛ぶか相手に虚を見せて勝負だ)
 その伊都に普段は無口な雪之丞が、唐突に声をかけた。
「ひとつ良いことを教えてやろう……PKでキーパーは蹴る足の逆の方向に飛びついてはいけない」
「なんですか、それ!?」
 相手の意図を読もうと、伊都の脳細胞が激しく蠢き始める。
(どういう意味? いけないってルール的な事? いや、そんなはずないですよね。
きっと、裏をかく的な意味です! 蹴る足を見て逆に飛びつけばいいんです! ――いや、そう見せかけてその逆ですか?)
 気が付くと、ゴールのホイッスルが鳴っていた。
 雪之丞は、左足で左に蹴っていた。
「あ!?」
 考えてくるタイプ相手には、考えすぎるよう誘導してしまえばいい。
 雪之丞の作戦勝ちである。


 千勢側キッカーは、上流階級かぶれの苦学生・ラテン。
 久米側キーパーは純白の和服姿という、サッカー選手としては斬新過ぎる姿をした少女、歌乃である。
 ラテンはゴール前の歌乃に向かって言った。
「すまぬが、しばしどいてくれたまえ」
「はい?」
 ラテンが天に向かって右手を掲げると、無数のアウルの流星が現れ、ゴールに向かって降り注いだ。
 プチプチと何かの切れるような音がする。
「あの、何でしょうか?」
 不思議そうな顔の歌乃。
 審判の背後から、久米がこっそりカンペを差し出して見せる。
『ルール上、アイテム禁止です』
 ハっとして頬を染める歌乃。
「すみません」
 うっかりルールを読み落として、闇蜘蛛というアイテムでゴールに防御網を張ってしまっていたのだ。
「蜘蛛の巣が貼っていたのでレディが汚れぬよう払ったまでだ、謝られる事など何もない」
 高潔な心根の持ち主同士、歌乃も、すぐにその意気を察した。
「尋常に勝負です。 これも一つの記憶と、笑顔で思い出せるように」
「うむ、私も全力でいくぞ」
 何があったのか理解出来ぬまま、審判はホイッスルを吹いた。
「ゆくぞ! これが私のミラージュシュートだ!」
 ラテンは再び、コメットを放った。
『こっ、これは! 流星じゃない! ボールだ! 無数のサッカーボールがゴールめがけて、降り注ぐっーー!』
 歌乃に、どれが本物なのか判別出来ない!
 だが、ラテンの心意気に答えるため、一か八か、一つのボールに狙いを定め、両手をかざして跳ねつけようとした。
 それが掌に当たる直前、審判がゴールのホイッスルを鳴らした。
コメットに紛れ込ませて打った、本物のボールがゴールしたのだ。
 幻のボールは、歌乃の体に当たる前に消えた。
「素晴らしい勝負でした、ありがとうございます」
「うむ、こちらこそ感謝する」
 両者は、互いに深々とお辞儀をした。
三本目終了【久2-2千】


 四本目は揉めた。
 キッカー・聡一VSキーパー・湊。
 ボール自体はネットを揺らした。
 だが、その方法が問題だ。
 おかっぱ頭に眼鏡の少年、聡一は、最初、ど真ん中に蹴った。
 辺木が最初にやったようなヘロヘロ玉である。
 湊が、それを正面で受け止めようとした時、聡一は叫んだ。
「芽吹け、アウルの結晶!」
 聡一の手の中に、植物の枝が出現し、ボールを絡め取り、軌道を大きく左へ変えた。
 湊は、諦めずにつっこんだが、さらに枝が軌道を上に変えため、目標を見失い顔面をポストにぶつけた。
 現在、鼻血の治療を受けている。
 問題は、この鞭が道具として見做されるかどうかなのである。
 葉が生い茂り、実が生り、どう見ても本物の木の枝だ。
「道具を使うのは違反だろ! 何なんだね、キミこれは?」
「咲魔流サッカー術奥義、えーと……イマジナリーダイレクト!」
「なるほどわからん! 専門家の先生に鑑定してもらう事にする!」
 専門的な分析をすると、それがツイッグウィップと呼ばれる独自スキルであり、道具ではないとわかった。
「こ、これは紛らわしい」
「スキルやら、召喚獣やら、アウルサッカーには整備しなきゃいけないルールが山積みだな」
 ゴールは認められたものの、新たなスポーツを作るまでの困難を示した勝負だった。


 「う〜、酷い目に遭いました」
 一本目で、女子小学生に空高く吹っ飛ばされた幸丸は、痛む腰をさすりさすり、キッカーとしてフィールドに立った。
 対するキーパーは――。
「また宜しくお願いします」
 当の女子小学生、雫だった。
(なんか勝てる気がしないです。 必殺シュートとかもないですし――いや、あれをダメ元で試してみましょう!)
 ホイッスルが鳴ると同時に幸丸は、高々と右足を振り上げた。
 スパイクに雷の剣を帯びさせる。
「イナズマシュートぉぉ!」
 スパークする足を、ボールにぶつける!
 瞬間、雫が、左のゴールポストを蹴った!
「キエェェェェェ〜〜〜!」
 こんなキャラだったかと思うほどの奇声をあげて、ポストを蹴り、飛翔する雫。
「あ、あれは! 伝説の攻撃的GKが得意とする、三角跳び!」
 徒歩が言うと同時に、雫は雷を帯びたボールを手刀で叩き落とした。
 いつか決めるぜと、三十年間唄われつつ、誰も決めた事のないイナズマシュートは、今回もまた決まらなかった。
四本目終了【久3-2千】


 五本目以降は、先攻後攻を入れ替え、千勢チームが先にキックを担う。
 勢チームベンチから出陣せんとする、大きな背中の持ち主.
辺木の背中にミハイルが尋ねた。
「あの技は、完成したのか?」
「見てのお楽しみですよ」
 刹那の時間、小さな笑顔を躱し合う二人。
「何の話や? 」
 未来が怪訝な顔をした。
「ふっ、まあ、見ていろ、奴は俺が認めた中でも最凶だぜ」
 ミハイルは、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 対する久米チーム側キーパーは、彪臥。
 ヒュウガという名からして、サッカーでは無条件で頼られそうな名前である。
「ちょうどサッカーやりたかったんだよなー、キッカーとキーパーを一回ずつか、面白そうじゃん!」
 本人はこういう軽いノリだ。
 家計のために新聞配達しながらドリブルしたり、荒波に向かってシュート練習したりはしそうにない。
 そのリンクスに、辺木がゴール前は叫んだ。
「見てくれ! 俺が開発したコンビプレイを!」
「コンビプレイ!?」
 一対一のPKでコンビプレイなどありえない――本来はそうだ。
 だが――、
(俺、知ってるよ、PKは二回蹴ったら反則なんだ! だが、脱げたスパイクが偶然当たるのは……アリだ!)
 辺木は、わざとヘロヘロにシュートした
 さらにわざと大き目のものを選んだスパイクを脱ぎ放った!
「俺とスパイクのツインシュートだぁ!」
 シュートよりも高速で放ったスパイクを、ヘロヘロ飛んでいくボールにブチ当て、コースを変える!
 本来、相手の弾の弾道を変えるための技、回避射撃の応用だ!
「軌道が変わったところでディバインナイトには!」
 防壁陣をグローブにかけ、それを弾かんとするリンクス。
「まだだ、スパイクは二足……即ち二枚刃!」
 もう一足のスパイクを、さらなる高速でボールにブチ当てる辺木!
「完成していたのか! 二枚刃カミソリトリプレートシュートが!」
 サングラスを外し、叫ぶ終えるミハイル。
 噛まずに言えたので、ちょっとホッとしている。
「でも、結局ヘロヘロじゃん!」
 リンクスは難なくキャッチしていた。

「キミ、二度目のスパイクはダメだ! 偶然は二度続かないよ!」
 辺木は、審判に叱られた。


 千勢チーム側のベンチで未来が立ち上がり、声をあげていた。
「あかん、スパイク放り投げとか、犬の●ンコとか、サッカーを舐めとったらアカン! 真剣にやろうや!」
ミハイルと辺木、大人二人が、所在なさそうに肩を落としていた。
 未来がこれだけの剣幕をあげているのには、理由がある。
 彼女は、スポーツ推薦で高校に入学したほどのサッカープレイヤーだったのだ。
 だが、天魔に襲撃され、アウルに目覚めた。
 フィールドへの夢は諦め、撃退士としての道を歩まざるをえなくなる。
 久米、千勢と同様の過去を持っているのだ。
 湊が呟く。
「そうだよね、いい勝負にしないと千勢キャプテンが」
 グランドに出て、ゴールに向かって腕組みをし、何かを考え込んでいる千勢の後ろ姿に視線が集まった。
 千勢にとって、この勝負はサッカー選手としての最終戦となってしまった、練習試合の続きなのだ。
 2-2で引き分けによりPK戦となり、千勢と、ライバル校のキャプテンだった久米が一本ずつPKを決めた。
 直後、天魔の集団がグランドに現れる。
 両校イレブンの中で生き残ったのは、アウルの素質を持っていた千勢と久米だけ。
 千勢にとって、このPK戦は惨劇の試合を終わらせ、アウルサッカーへの道を踏み出す儀式でもあるのだ。
 みずほが提案する。
「いっそ、分業するのはいかがでしょう? 私、ボクシングをしていますから、キックは苦手でも、キーパーには自信がありますの。 未来さんがキッカーを二回、私がキーパーを二回という風に、各々、得意分野を担当するようにすれば良い戦いが……」
「いい案だが、それはダメだ」
 千勢が、ベンチに戻ってきた。
「ルールに『全ての参加者に一度ずつ、キッカーとキーパーをしてもらいます』と明記してしまった。 本来のサッカーなら、みずほの言う通りなのだが、今日は、皆に色々な可能性を試して欲しくてそういう決まりにしたんだ」
「そうなのですか、仕方ありませんわ」
「それに、ボクサーだからといってキックが苦手というのは違うと思う」
「そうでしょうか? ボクシングに蹴り技はないのですが?」
 みずほが首を傾げると、何人かの選手が口を揃えて、同じ台詞を斉唱した。
「ボクシングには蹴り技がない……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」
「な、何ですの、それ!?」


 みずほが、キッカーとしてフィールドに立つと、キーパー雪之丞は、ゴールの右端に立っていた。
 「……何か?」
 左端に蹴れと言わんばかりである。
 慣れない競技とはいえ、完全に心を掌握されているようで、気持ちの良いものではなかった。
 千勢たちは『ボクシングは大地を蹴る競技、ボールだって蹴れる』と言っていた。
 確かにパンチする時に、地面を踏みしめる。
 解釈次第では、大地を蹴っているのだ。
 ものは試しと思い、出てきてみればこの難敵。
(思い切って、右上にでも蹴ってみますか? いや、そんな小器用な真似出来ません、ロードワークで鍛えた足腰を信じましょう! 見えている罠なら噛み破りますわ!)
 みずほは、左端目がけて脚を振り上げた!

 その動きに合わせ、雪之丞はすでに左へと跳んでいる。
 動きは、サイドステップ。
 ボクシングと共通するスキルだった。
 ヒュッ! ドゴォッ!
 みずほは、殴っていた。
 サイドステップを見たとたん、ニワカサッカー選手から、真のボクサーに戻り、本能的に前に踏み込んで、右ストレートを繰り出していたのだ。
 ボールの事は完全に忘れていた。
 余りの不意打ちに、さしもの雪之丞も目を回して倒れている。
「きゃー! 申し訳ございませんわ! あまりにも見事なサイドステップだったもので」
 余りの速さに審判も何が起こったか理解出来ておらず、キーパーダウン中にゴールを入れるのは簡単だったが、さすがにこれは自重した。
五本目終了【久3-2千】


 (筋肉量、身長、骨格、そしてあの髪のセット……狙っているのはここか!)
 聡一は、未来を見てそう分析した。
 口に出したら、ツッコまれるのは必至だが、彼は真面目に脳内シュミレートしている。
(よし、ボールの目の前に立った。 後は避ける!  ……って違う!これは『予測回避』の手順だ! 何度も復習したせいでつい使ってしまった! 今は避けちゃ駄目だろ!何してんだ僕はアア!)
 頭を抱え、深い後悔を顔に浮かべる聡一。
 これほどまでに聡一が脳内シュミュレートを繰り返すのは、相手が未来だからである。
 女子小学生の雫が、体格の良い幸丸を天高く吹っ飛ばしたのだ。
 世界一を争うレベルの日本女子サッカー。
 その環境下において、サッカー進学を勝ち取った未来のシュートがどれほどか――幾度シュミレートを繰り返しても足りないほどだった。
 ボールに近づいてくる未来。
 聡一にはそれがスローに見えた。
(見えた! 明らかに右狙い! シュミレートの成果だ!)
 聡一の体の重心が、右に傾いた瞬間、未来は左に向け、ボールをチョコと蹴った。
 コロコロ転がるボール。
 速くもない、威力もない。
 アウルも発現させていない。 
 だが、聡一の重心を完全に崩してからのシュート。
 これが当たり前のように、ゴールネットに飛び込んだ。
「え、ええ!?」
 相手の能力の上限を測り、豪速シュートを想定していた聡一は、あまりのギャップに混乱した。
 未来の、まさに職人芸だった。


 キーパーとして、フィールドに出て行く辺木。
 その背中を見つめる、ミハイルがサングラスを外した。
「フッ、先程は多少、おふざけが過ぎちまったが、辺木が最凶たるゆえんは防御にこそあるんだぜ」

 キッカーとして辺木と対峙したのは、風使いの龍雲だった。
「僕が操るのは風だけではない、喰らうがいい、炎のシュート!」
 相手の威嚇だけで、額に脂汗を浮かべる辺木。
(炎のシュートだと。 何かわからんけど凄そうだ、俺のフィジカルでは、なにィ! と叫んでふっとばされることは請け合い………ならば)
 審判のホイッスルと同時に、辺木はゴールポストを蹴った。
 先ほど、雫が使った三角とびに似てはいるが、蹴った先のポストをさらに蹴る!
 辺木の肉体がゴールの枠内で凄まじい乱反射を始めた。
「これぞ伊藤ピンボールだァァ! 体のどこかに当たってくれぇぇ!」
 
 一方、龍雲は地面を燃やしていた。
(下は、天然芝か? まあ、ちょっとくらい燃えても害はないだろう)
 炎の壁を作り、ボールをそこにくぐらせる。
「こ、これは炎焼のスキルによるファイアーウォールシュートです!」
 ベンチで幸丸が驚愕した。
 だが、ゴールには凄まじい勢いで乱反射をしている辺木がいる。
「まずい、軌道変更!」
 春一番を吹かせたのが、良くなかった。
 炎がゴールライン一杯に燃え広がってしまったのだ。
「あちゃ! あちゃちゃちゃ!」
 炎の中で乱反射を続ける辺木にラッキーヒットした火の玉。
 それが龍雲に跳ね返ってくる。
「あつっ、あっつーっ!」
 結局、反則ではないものの、二人とも危険行為として審判に怒られた。
六本目終了【久3-3千】


「“天”羽 伊都と“地”領院 徒歩――これは、宿命づけられた天地の対決」
 キッカー徒歩が、重々しく瞼を閉じた。
「は、はあ?」
 伊都は、ちょっとついていけない。
「宿命であるからには、その帰結は決まっている! 俺の勝利は既に視えている!」
「さっきも言っていたような……」
 笑顔を引きつらせる伊都。
 ホイッスルが鳴る。
「さあ来るがいい! 我が絶対のブロック術『絶対封鎖』を見よ!」
 自らが見たつもりの未来に従い、右へ飛ぶ徒歩
「キーパーの動きを見てから蹴る、と」
 ポンと、ボールを蹴る伊都。
 『ゴール! 伊都くんの普通シュート! 普通にゴールに入りました!』
 徒歩は、顔を掌で抑え、戦慄している。
「我が魔眼を持ってしても見抜けなんだ――まさかこの瞬間、時空震が起こり、我が世界に『左に蹴られてしまう世界線』が紛れ込むとは!」
「知らないうちにエラい事が起こっていたんですねぇ」


 キャプテン久米が、ベンチで意気をあげていた。
「追い抜かれてしまったが、ここが正念場だ! ここで決めたい奴、名乗り出てくれないか? 失敗しても構わない! 思い切りボールを蹴りたい奴!」
「それなら、俺のリンクスショットに決まりじゃん!」
 彪臥がベンチから立ち上がった!
「おお! どんなシュートだ?」
「フェンシングの応用で、目にもとまらぬ速さで真っ直ぐ蹴るじゃん!」
「さすがだな! 小細工なしで強く蹴る! ヒュウガって名前だけあるぜ!」
 なぜか彪臥の着ているユニホームの袖を、勝手にまくり始める久米。
「何なのこれ、気持ち悪いじゃん……」

 彪臥がグランドに出ると、ゴールの前で待っていたのは未来だった。
(さっきアウル使わずにゴールした奴じゃん。 テクに拘るタイプなら、速度で押しこんでやる!)
 彪臥はアウルを全開にし、全パワーを以て右足を振り上げた!
「いくぜっ! リンクスショット!」
 その瞬間、未来は魔眼を発動させた。
 破壊力のある視線を、ボールめがけて放つ。
 リンクスが蹴った瞬間、ボールはパンクした!
 ボールは、リンクスの足元に、ぼとりと落ちる。
「どやー! 反発力無くなったらヘロヘロボールしか蹴られへんやろ?」
 ドヤ顔でDカップの胸を張る未来。
「ず、ずるいじゃん! お前、それでもプロ目指したサッカープレイヤーか!」
 どこまで目指していたか知らないが、とにかく言ってみる。
「ルール上、スキルは使ってもええんや! ルールの範囲内で、勝利に向かってベストを尽くすのがプロ精神ってもんや!」
 耳と、尻尾をだらんと垂らす彪臥。
「言い返せないじゃん、今の俺は、牙を抜かれた山猫じゃん……」
七本目終了時【久3-4千】


 キッカーは和服少女・歌乃、キーパーは、上流階級かぶれ苦学生・ラテン。
 二本目と攻守を入れ替えた、やはり同じ敵同士の組み合わせである。
 キーパー・ラテンは自信満々に叫んだ。
「何度勝負しても無駄だ! 私の必殺技は無敵だ!」
 審判のホイッスルと同時に、周囲に星屑が降り注ぎ始める。
「見せてくれよう……数多の魚介類との戦いで生まれた必殺セービングを! 」
『これはラテンくんの ナイアガラセーブだ!』
 無断実況のアナが興奮して叫ぶ。
「凄い技です、私の光衝蹴では突破出来そうにございません」
 光衝蹴とは、シュートの際、右に蹴ると見せかけてフォースを使用し、足ではなく衝撃波で左へと飛ばす歌乃の必殺技だ。
 トリック系として優秀な技だが、ナイアガラセーブのような問答無用系には分が悪い。
 だが、全力を出さねば失礼にあたると光衝蹴を繰り出す歌乃。
 ボールは、降り注ぐ流星にぶつかり、潰され――なかった。
 ぶつかったとたん、流星は幻のように消え、ボールはゴールへ吸い込まれた。
『ゴーール!』
 実はラテン、コメットのスキルの使用上限である二回を、キッカーの時に使い果たしていたのである。
「しまった! キーパーの必殺技は、弾切れでもエフェクトだけ発動する仕様だった!」
くっ! ガッツが足りない! くっ! ガッツが足りない!
 口の中でラテンは、それを何度も繰り返した。
 


 ついにオーラス。
 一本目の因縁から攻守ところを変えて、対峙する九朗とミハイル。
(まだ熱くなりすぎている。 落ち着かきゃ、相手のペースに乗せられるままだ)
 九朗は、深呼吸をした。
 サッカーに対する思いが、九朗の頭を煮えたぎらせてしまっていた。
(熱くするのは頭じゃねえ! 魂だ!)
 コメットのスキルを活性化させる九朗。
 これを利用した必殺シュートを、彼は編み出していた。
 ただ問題は、ミハイルがこのシュートを一度見ている事だ。
 偶然なのだが、ラテンがキッカーとして決めたシュートは、九朗のそれとほぼ同じものだったのだ。
 即ち、大量のサッカーボールに偽装した流星をゴール目がけ降り注がせる。
 見るのが二度目では、不意をつく事は出来ない。
 だったら――。
(正面からぶち抜く!)
 それしか答えがなかった。
 ホイッスルの音が響く。
 九朗はコメットを放った。
 偽のボールが宙に出現した瞬間、本物のボールに、インステップキックを放つ。
 
 ミハイルは、九朗の技がラテンと同種のものだと見抜いた。
 さらにガンナーとしての経験から、弾道計算をする。
(あの坊やの心根と同じだ、真っ直ぐ来る!)
「やばそうなボールは、あっち行ってろ!」
 掌底によるパンチングで、直球の全てを叩き落とさんとするミハイル。
 だが――その前に、ゴールのホイッスルは鳴った。
「なに!?」
 本物のボールには、ミハイルの弾道計算はおろか、動体視力にすら捉えきれない超スピードが与えられていた。
 二年前までは毎日、幾度となく繰り出し続けていたインステップキック。
 それにアウルの力が加わり、九朗自身の予想すら上回る速度を与えていたのだ。
 練習は、努力は、九朗を、裏切らなかった!
「やったな!」
 キャプテンの久米が九朗の肩を叩く。
 まるで、公式戦で決勝ゴールを決めた時のような表情だ。
 雪之丞を始め、チームメイトも飛び出て来て、九朗に抱きついた。
 ゲーム終了のホイッスルは鳴っている。
 敵チームの千勢、未来らサッカーを愛するもの、湊らこのゲームでサッカーを好きになったものたちも集まり、互いの健闘を祝った。
 同じ思いを抱く者同士、魂は共鳴し合っていた。
 
 最終結果【久4-5千】

 誰も、これが最後の決着だとは考えていなかった。
 アウルサッカーへの道は、ここから始まる。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 しあわせの立役者・伊藤 辺木(ja9371)
 Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 自爆マスター・ラテン・ロロウス(jb5646)
 闇を祓う朱き破魔刀・織宮 歌乃(jb5789)
 秘名は仮面と明月の下で・雪之丞(jb9178)
重体: −
面白かった!:11人

遥かな高みを目指す者・
地領院 徒歩(ja0689)

大学部4年7組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
いつでも元気印!・
花菱 彪臥(ja4610)

高等部3年12組 男 ディバインナイト
しあわせの立役者・
伊藤 辺木(ja9371)

高等部2年1組 男 インフィルトレイター
撃退士・
虎落 九朗(jb0008)

卒業 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
不思議な撃退士・
パルプンティ(jb2761)

大学部3年275組 女 ナイトウォーカー
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
自爆マスター・
ラテン・ロロウス(jb5646)

大学部2年136組 男 アストラルヴァンガード
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
限界を超えて立ち上がる者・
戒 龍雲(jb6175)

卒業 男 阿修羅
平和主義者・
犬川幸丸(jb7097)

大学部2年191組 男 陰陽師
秘名は仮面と明月の下で・
雪之丞(jb9178)

大学部4年247組 女 阿修羅
そして時は動き出す・
咲魔 聡一(jb9491)

大学部2年4組 男 アカシックレコーダー:タイプB
とくと御覧よDカップ・
黒神 未来(jb9907)

大学部4年234組 女 ナイトウォーカー
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA