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貨物船からディアボロの大群が、下船し始めた頃。
先に元居住区に派遣されていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、ゴーストタウンショッピングを楽しんでいた。
「三十年前は、あの白い悪魔が1/144なら300円で買えたんですねー、おお! こっちはガンクツオー! 小さい頃見てましたよ!」
居住区のおもちゃ屋には、当時の商品が残されていた。
中に入っているパーツを見てみようと、気になるプラモの箱を開けてみる。
「あれ、組み上がっている? 塗装までしていますね」
中には出来上がった、白い悪魔が入っていた。
しかも欠点であるはずの股関節まで、他のキットの部品を利用し、左右に開くようになっている。
「素組とは違うのだよ、素組とはぁ!」
自慢げな顔をして棚の影から現れたのは、三十年前に流行った、チェック模様のアイドルファッションをした金髪碧眼の子供だった。
ボブカットに、男の子系ファッションなので一瞬、見誤りそうになったが、女の子である。
しかも、相当な美少女だ。
エイルズレトラは、それが誰かすぐにわかった。
「初めましてレイさん。 僕は奇術士エイルズと申します。 あなたのことを心配するお姉さんから、あなたを連れ戻すように頼まれました。 でも、それはそれとして、ここは中々レトロで興味深いところですねえ、じゃあ、ボクと遊ぼうよ!」
「お兄ちゃん、ここの良さがわかるの!」
リズの末妹・レイは嬉しそうに、上目遣いでエイルズレトラを見つめた。
「いいですよー、何をします?」
「これこれ! これで競争したい!」
レイが取り出したのは、組み立て式の小型四輪駆動レースマシンだった。
「いけ! これが僕のスタートだ! エンペラーアタックライディング!」
店に設置されたコースを、赤いマシンが駆け抜ける。
「すごぉい! 同じマシンなのに、お兄ちゃんの方が早いよ!」
「フフフッ、ボディを浮かせてスタートさせると、着地の瞬間、一瞬モーターの回転が落ちてしまいますからね、そのタイムラグを無くすのがこの技です」
「おお! なんだかわからないけど、技名の割に地味な理論だあ」
エイルズレトラを尊敬の目で見上げるレイ。
レイが気になる漫画があるというので、二人で本屋に向かった。
「この漫画、続きが気になるんだよ」
「指先一つでダウンなお話ですね、かなり前に完結していますよ。 ちなみにもう少し巻が進むと、レイさんと同じ名前のキャラが出てきます」
「どんな娘!?」
「男の人ですねー、でも、凄く強くてかっこいいです(死にますけど)」
「それ、読みたーい!」
「この島には置いていませんね、久遠ヶ原の本屋には完全版が置いてありましたが」
「なら、久遠ヶ原にいくよ! この漫画の続き読みたいもん!」
冥界の現役傭兵・レイはあっさり仲間になった!
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白角島中央の平原にある森。
神酒坂ねずみ(
jb4993)と、僅(
jb8838)が森林道の跡をなぞると、一分とせず古寺についた。
その寺門の前に中学生くらいの女の子が立っていた。
僅が、懐からトランシーバを取り出す。
「発見、し、た。報告す、る。
金、髪。ストレートのロングに、低い……私よりは、低い身長、だ。
なにやら入るのを躊躇っている様に見え、る。
とりあえず声をかけて見るとす、る。
また、連絡す、る」
相変わらず独特の話し方をする僅。
「船の方は何と?」
「う、む。 返事がな、い」
「あれ? 今日の無線番って誰でござったっけ?」
「ハル、だ」
「電波状態でも悪いのでござろうか? 三キロ以内なら交信可能なはずでござるが」
この島には携帯アンテナなんかないため、通信にはトランシーバを使う。
交信相手ハル(
jb9524)が、現在、百体超のディアボロと交戦中である事など、先に出発してしまったねずみと僅が知る由もなかった」
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「おひさしぶりにござる!」
ねずみが、右手を挙げ、いきなりメルに話しかけた。
昨日、リズのレンタル船をがさ入れしている時に、ねずみを見て逃げた少女と同一人物である事は明白だった。
「は、はいっ!?」
驚いて、物影に隠れるメル。
フルフル震えながらこちらを見ている。
最前線で戦い続けている冥界の傭兵らしいから、撃退士の一人や二人に恐れを抱くレベルではないはずだが、そういう性格らしい。
「お前が、リズとやらの上の妹、か?」
「恐がらなくて大丈夫でござるよ、拙者らはお姉さんのリズさんに頼まれてメル殿の手伝いに来たものでござる」
メルは物影から出てこない。
「どうやら、男があまり得意でないらしい、な」
「それ以外の要素も、検証する必要があるように思えるでござるが……」
人間同士から見ても、変人の部類に入る僅を見ながら言うねずみ。
「まあ、妹は発見したし、私は古寺の探索をする、ぞ」
僅が寺門に入ろうとすると、メルが僅の背中を追ってきた。
恐る恐るといった顔で話しかけてくる。
「あの、水墨画探しを手伝っていただけるのでしょうか?」
「ああ」
「私、暗いのダメなんです、なのに灯りを忘れてしまって――」
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三人で寺の境内にあがる。
古びた木床が、歩くたびにギシギシ音を立てた。
「これだけの古寺、“何か”あると面白いのだ、が……」
古寺の周りには背の高い雑草が生い茂って窓を隠している。
当然、電灯もないので、昼間でも屋内は薄暗かった。
「暗いのが怖いとは、また厄介だ、な。 暗い方が…薄暗い方が”何か”出そうで、良いだろう、に。」
「何かって、何でござる」
「勿論、怪異、だ」
「ひいぃ!」
メルが逃げた。
悪魔なのに、お化けが怖いらしい。
「つくづく変な奴だ、な」
「僅殿には、言われたくないと思うでござる」
数秒もしないうちに、メルが戻ってきた。
僅のマントの裾を、泣きながらクイクイ引っ張っている。
「……余り裾を引っ張る、な。伸び、る。」
「暗いぃ、暗いの怖いですぅ〜」
「……まあ、良い、が」
僅の灯した星の輝きを頼りに、三人は水墨画探しを開始した。
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数時間後。
「これでしょうか?」
メルが一枚の掛け軸を持ってきた。
「また坊さんの自画像でござるか、絶対違うでござるよ」
「すみません」
「気にしなくていいでござる。 この寺、確かに、掛け軸や屏風やら水墨画は何十枚もあるでござるが、みんな、坊さんの自画像でござる。 ここの住職はどんだけ自分大好きだったんだって感じでござる!」
呆れ果てながら、
奥座敷に足を踏み入れるねずみ。
その足が立ち止まり、何かを凝視し始めた。
「これは、まさか!」
襖に描かれた――。
「穿甲大帝ガンクツオー!」
目を輝かせるねずみ。
「十年ほど前のロボットアニメです。 地下鉱脈で強制労働に就いていた3人の凶悪犯罪者が地獄を掘り当ててしまって、減刑と引き替えにロボットに乗って地獄の悪魔と戦うという話です。 メインスポンサーの玩具工場が謎の襲撃を受けたりして二十話で打ち切りになった幻のアニメなんですよねえ。 たしか金型が奪われたとかで。 シールドマシン型のガンクツドリルが胴体に、バケットホイール型のガンクツコンベアが右手足、ショベルローダー型のガンクツローダーが左手足になります。 右腕を伸ばして敵を巻き取って引き寄せ、パワーの強い左腕で胸のダマスカスヘッドカッターに押し当ててグリグリ粉砕するんですよ。>▽<b」
興奮してまくしたてる、ねずみ。
ロボマニアの血が騒いだらしい。
だが、次の瞬間、とんでもない事に気付いた。
「ってぇ! これ『義理』の花押入ってるでござる!」
『義理』は、ギリの水墨画家としての名前である。
それは即ち、ガンクツオーが“銀翼鷹の秘宝”である事を示していた。
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「来たわよ!」
チルル雪室 チルル(
ja0220)と、メレク(
jb2528)は同時に封砲をぶっ放した。
船から廃港に降りてきた人型ディアボロ百余体の中に、光の束が飛び込み炸裂する!
「やったか?」
チルルは、無意識にフラグ構築の呪文を唱えていた。
やってない!
土煙が去った後に倒れていたディアボロは、わずか三体。
残りは三人の撃退士の姿を見つけ、一丸となって追いかけてきた。
「逃げるのよ!」
人型たちに背を向けて逃げ出す三人。
「誘き出すべきところは、廃鉱ですね?」
作戦を確認しながら、走る三人。
だがしばらくすると肝心の敵の気配が、背後から消えていた。
「こないね? ハルたちは、美味しそうじゃ……ないの、かな」
「どうやら、椿さんの方に向かっているようです」
南の丘陵地帯の上を指差すメレク。
そこには探検服を着た椿の姿が見える。
双眼鏡で、ディアボロたちの動きを監視しているようだ。
ディアボロたちも、その椿を見つけ、ターゲットを変更したのだ。
全員、一直線に椿の方へ向かっている。
「さきほど仲間を倒したのが、私たちである事を忘れてしまったのでしょうか?」
「“散歩で歩けば忘れる”ってヤツね、これだからあたい、バカは苦手なのよ」
一言の中にツッコミどころが複数あるが、それを指摘している場合ではない。
あの数が向こうに行けば、船に残っている戦力ではとても支えきれない。
「私が誘導しましょう。 ハルさんは廃坑の中に敵を押し込めて下さい、チルルさんは廃坑を爆破させる準備を!」
「らじゃ!」
「ハルも、頑張、る」
メレクは背の翼を広げ、敵集団の頭上に舞うとアサルトライフルMk13による機銃掃射を開始した。
体力だけはある敵相手に、これで数が減らせるとは思わない。
だが、払った弾丸と引き換えに、怒りは買えたようだ。
敵は椿からメレクに標的を変え、再び追いかけてきた。
相手の鈍足にテンポを狂わされながらも、立ち止まっては走り、立ち止まっては走り、の繰り返しで、廃坑に接近してゆくメレク。
やがて、廃坑に開いた無数のトンネルの一本に突入する。
「チルルさん、二十秒後に第三坑道出口側を爆破して下さい」
トランシーバで、チルルに連絡する。
「らじゃ」
山の東側、出口側で待ち構えていたチルルが、トンネルめがけ、封砲ブリザードキャノンをぶっ放す。
倒すためではない。
掘り尽くされた後、三十年間放置されている山は、地盤がガクガクなのだ。
たちまち落盤が起き、出口が封じられる。
さすがに様子がおかしいと思ったのか、踵を返し入口から逃げようとする人型たち。
「……出て来られると……困る、かな」
入口に殺到してくる敵めがけ、ヴァルキリーナイフを放つハル。
人型どもは慌ててトンネルの中に戻る。
そこに、透過能力でメレクが山から出てきた。
入口めがけ至近距離から封砲を放つ!
またも落盤が置き、入口までが封じられる。
「阻霊符……これで逃げられ、ない」
ハルが阻霊符で敵を封じ込めている間にチルルが、トンネルの真ん中付近をめがけ、最後の封砲ブリザードキャノン!
「とどめなのよ!」
響く轟音。
山は震え、崩れる。
百余体のディアボロを、一網打尽にする事に成功した!
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「さあて、お楽しみの宝探しね」
チルルが、リズから預かった紙片を取り出した。
『一つ目の巨人目覚めし時、眼光は老婆を貫く
骸の傷をえぐりし者、形見の箱を手に入れる』
「さあ、あんたたちには、この謎が解けるかしら?」
したり顔で言うチルル。
「……チルルは、解けたの、かな?」
「もちろんよ! あたい、天才だもの!」
「……チルルは……すごいね……どういう意味、なのかな?」
「これはね! 一つ目の巨人は婆さんを殺した酷い奴! って意味なのよ!」
「そのまんまですね」
余りにチルル過ぎるチルルに、絶句するメレク。
「これね……たぶん、なぞなぞ。 面白いね……」
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三人で頭を寄せ合って考えた結果。
「……一つ目の巨人は……灯台の事、かな」
「思い出したわよ! 媼島の媼って婆さんって意味なのよ! こないだ椿の事、媼って呼んだら、全力で引っぱたかれたのよ!」
ディアボロたちの消えた廃港に戻り、灯台を起動させた。
照らすのは白角島の北にある、媼島だ!
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リズのレンタル船で、媼島に渡る。
「照らされた場所の土が、よく見ると色が違っていますね、これが『骸の傷』でしょうか」
「ギリが一度……掘った跡だから……傷……なの、かな」
土を掘り返すと、三つの箱が出てきた。
全て、銀翼鷲の紋章が付いている。
「開けるのですか?」
「……開けてみる、よ。 だって面白そう、だもん」
「ひゃっほー! これぞ、お宝探しなのよ!」
まずはハルが箱を開ける。
出てきたのは、なぜか椿の写真。
「……何で、こんな所に、椿の変顔の写真があるんだろ?……良く分かんないや……でも、椿の変顔、面白い……帰ったら、直接、やって貰おうかな……」
一方、チルルが開けた箱からは、
「おお、なんか鍵が出て来たわ! 金色だわ! この箱が当たりね!」
クジじゃあないのだが、喜んで鍵を手に取るチルル。
「大丈夫でしょうか? その鍵、何か禍々しい雰囲気がしますが」
「大丈夫よ! なんか体が乗っ取られてるような気がするけど、当たりだから大丈夫なのよ!」
全然、大丈夫じゃない気がして、メレクは自分の箱を開けるのをやめた
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クルーザーの中では、水墨画を囲んで撃退士たちが大騒ぎしていた。
「ええ! じゃあ、銀翼鷹の秘宝は巨大ロボという事でござるか!?」
レイがうなずく。
「巨大ロボじゃなく、ディアロボだけどね」
「ディアロボ?」
嫌な予感のする響きに、眉を潜める撃退士たち。
「巨大ロボを作りたくてヴァニタスになった科学者が開発したんだけどね、結局、機械では作れず、死体で作ったんだよ」
さすがのねずみもげんなりだ。
「うへー、えぐい代物でござるな」
「見た目は、ヒーローロボなんだけどね」
エイズルレトラが首を傾げる。
「けど、ギリさんは何でそれを秘宝として持ち出したんでしょう?」
「ディアロボのコアとして『ダンテスの執念』と名付けられた宝石が埋め込まれているのです」
リズが期待に目を輝かせる。
「あれが手に入れば借金返済はもちろん、妹たちと三人、人間界で楽に暮らせるくらいのお金になるザマス!」
レイが、元気よく万歳した。
「そしたらあの漫画、全巻買っちゃうんだぞー!」
「……メル、も……久遠ヶ原に来るの、か?」
僅に尋ねられ、メルは迷いなく頷いた。
「姉妹三人心穏やかに暮らせるなら、どこへでも」
その時、船室の中に野太い男の声が響いた。
『我が心を求めるならば、魔神と遭い、我が主に選ばれたる者である事を示せ』
それは、船に戻ってきたチルルの唇から発せられていた。
普段は可愛らしい目が、紅に輝いている。
『我はダンテス、主人ギリの忠実なるヴァニタスにして、魔神の造り主なり。 我が居所は――』
そこまで言った時、チルルの掌から汗で金の鍵が滑り落ちた。
「はっ! あたいは今、何を?」
「そんな肝心なところで!? さすがは、チルルちゃんなのだわ」
白角島の冒険は、ついに最終局面を迎えようとしていた。