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「ということで探検隊出発!あたいがお宝に一番乗りするんだから!」
青髪の小さな元気娘・雪室 チルル(
ja0220)が、リュックをしょってクルーザーから駆けだして行った。
「どこへ行く気でしょう」
ショートカットの眼鏡っ子・神酒坂ねずみ(
jb4993)が首を傾げる。
船室に皆が集まって、今、探索場所の割りあてを決めようとしていた矢先だった。
「お宝…それは、凄いモノ、なの…? ねぇ、椿は、知ってる? ハルは、知らない」
銀髪白肌の少年・ハル(
jb9524)が独特の口調で椿に尋ねた。
「私も知らないのだわ。 ただ、それを隠したはぐれ冥魔のギリさんが付けていた家紋のペンダントが、銀翼の鷹だったから私とリズは『銀翼鷹の秘宝』と呼んでいたけれど」
和服姿の銀髪美少女・鏡月 紫苑(
jb5558)は服装も口調も恭しい。
「宝の手がかりとかないんですか?」
天使出身の銀髪青年・イリン・フーダット(
jb2959)の問いに椿は、重々しげな表情で答えた。
「あるのだわ、死の間際まで看病を続けていた私とリズに、ギリさんが遺した謎の言葉が」
「どんな言葉でございますか?」
和服姿の銀髪美少女・鏡月 紫苑(
jb5558)は服装も口調も恭しい。
「忘れちゃったのだわ」
テヘペロ顔の椿。
「だって半分諦めていたのだわ、金持ちの男と結婚すればお金には困らないから、まあいいやと思って、忘却の彼方だったのだわ」
「凄い皮算用ですね」
「でも、リズさんは覚えていらっしゃるのではありませんか?」
紫苑の問いかけにうなずく椿。
「あの金の亡者が、忘れているとは思えないのだわ」
今まで沈黙していた電波系美青年・僅(
jb8838)が口を開いた。
「で、椿、姿を見たのは、大小2つの人影、という事であっている、か? 」
「元居住区の集合団地の話ね、間違いなのだわ」
「とすると、未だ人が居るのか、リズとやらか…それとも別のなにか、か…」
「ハルは…島東に、僅と一緒に行く、よ。 怪しい人影が2つ…何だろう…敵かな?味方かな?それとも第三勢力? とりあえずは行ってみなきゃ、分かんない、よね…? 人なら、どうしてこの島に居るのか、訊きたいし…敵なら、目的を見極めなきゃ」
こうして元居住区の探索メンバーが定まった。
この島の中でも、とりわけ謎めいた地区。
誰も行きたがらないだろうと椿も悩んでいたのだが、素で謎めいた僅とハルが立候補してくれて、ちょうどいい感じだった!
他のメンバーにも割り当て区域が定められ、探索の旅は始まった。
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「どいたどいた! 邪魔なのよ!」
島北端の廃港に立つ無人灯台。
その入り口と内部の階段で、チルルは合計数体の人型ディアボロを蹴散らしていた。
並の撃退士なら、かなり手を焼く強さだっただろう。
『学園さいきょー』が、ハッタリとは言い切れないチルルだからこその楽勝だった。
「ふー、お掃除終わりね、さあ帰るわ」
体を動かしたら、お宝の事はすっかり忘れてしまった! わけだが――せっかくなので高い所へ登ってみようと思った。
なぜかは追及してはいけない、とにかく高い所が好きな子なのだ!
灯台のてっぺんにある展望台にあがり、辺りを見回してみる。
「船ね?」
灯台からすぐの廃港に、船が停まっている。
しかも大小二隻。
小さいのは、二人乗り規模の小型船。
それに比して、やや大きいのにはコンテナのようなものが積んである。
「こんな無人島から何を運ぶのよ? あっ!」
ここに至ってチルルは、宝探しに来ていた事を思い出した。
「お宝、あそこ? いや、だったら逃げているわよね?」
港にチルルという見知らぬ人間がやってきて、派手に戦闘をかまし始めたのだ。
灯台の麓でブリザードキャノンみたいな派手な飛び道具もぶちかました。
宝を積んでいる状態で、そんなものを間近に見たら、普通ならすぐさま出航して逃走を図るだろう。
「お宝はまだ見つかってないってことね! あたいが見つけるわ!」
何の根拠もなく、意欲だけ満々に灯台内部を探し始めるチルル。
「おたからー、おたからー」
ある部屋まで来た時、チルルは目を見開いた。
「あら?」
都合よく、お宝があったわけではない。
三十年前に廃止されたはずの灯台。
そのコントロール室に、いくつかのランプが灯っていたのだ。
――灯台は、蘇っていた。 何者かの手によって。
灯台の外に出て、自分が倒したディアボロの骸を見た時、チルルの頭に或る疑問が思い浮かんだ。
この島を包む謎の、根幹をなすものだった。
チルルが立ち止まってそれを考えていた時、突然の轟音!
次の瞬間、強烈な爆発がチルルの傍で弾けた!
「な、なによ? やばっ……!」
チルルは、逃げた。
謎とかもう、脳みそから吹っ飛んでいた。
ディアボロ数体を容易く屠ったチルルが、本能的に危機を感じ、ひたすらに逃げたのだ。
襲撃した相手が、強大である証拠に他ならなかった。
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島西にある廃坑山の頂に着地したイリンは、光の翼を閉ざした。
目の前には、椿が翼ある影を見たという、坑道が口を広げている。
暗黒の坑道に足を踏み入れたイリンは、ナイトビジョンで視界確保した。
万が一、落盤や脆い足場があっても物質透過と光の翼で対応が出来る元天使は、この廃坑道の探索にはうってつけだった。
複雑に入り組んだ坑道をマッピングしてゆく作業も、真面目で几帳面なイリンには向いている。
「ん?」
その緻密なマッピングが完成に近づいた頃、イリンの耳に物音が聞こえた。
掘削作業の様な音だ。
イリンは息を殺し、そちらを見た。
灯りのようなものが揺らめいている。
冥魔認識を使用する。
反応が得られない。
椿は、翼ある影が坑道に入っていったのを見て『鳥か、天魔か』と言っていたが、灯りと掘削音がある状況で、鳥はありえない。
天使?
あるいは、冥魔認識では捉えきれぬ程、格上の冥魔。
イリンは足音を立てぬよう、物質透過を利用して下の階に移動した。
マッピングに一部、空白が出来てしまったが、やむをえない。
「今回は、情報を持ち帰る事が優先です」
坑道から出るイリン。
クルーザに帰る前に、最初に降り立った鉱山の頂へ再び飛んで上がった。
そこに、二つのものを置いておく。
もし、坑道にいたのがリズだった場合、食いつくであろうものだ。
一つは、チラシ寿司。
リズの好物だと椿が言っていたものだ。
もう一つは、金のソケットがついた電球。
「お寿司はともかく、なんでこんなものが好きなんですかね、リズさんは?」
一人首を傾げるイリン。
彼は勘違いしていたのだ。
リズが好きなのが、金(かね)ではなく金(きん)であると。
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「然し、何とも魅力的廃墟だ、な」
僅とハルは、島東の元居住区を探索していた。
すでに、僅の生命探知により、集合団地の四号棟に生命反応があるのは判明している。
それは椿が、ベランダに二つの人影を見たという棟と一致していた。
階段で四号棟四階にあがり、ステンレスのドアノブを廻して、一件一件を訪問してゆく。
鍵はかけられていなかった。
かつて、暖かな人の営みが行われていた家庭。
その残滓が、時の流れの中で化石と化し、形そのままに、温度と鮮やかさだけを失ってここに存在している。
三十年前、団欒が広がっていた食卓。
三十年前、子供が残した落書き。
三十年前、時代の先端だったかもしれない家電製品。
三十年前、ルーキーだった野球選手のポスター――今は、引退して監督をしている。
「ここに、住みた、い」
「僕…も」
二人の感性は、変な所で一致した。
そんな光景の連続に恍惚としながら開いた、新たな一枚のドア。
そこに、ありうべからぬ光景が広がっていた。
生きている部屋だ。
玄関には暖色電燈が灯り、揃えられた靴が二足ある。
婦人靴と、子供靴。
玄関をあがり、正面にある部屋に入る。
台所だった。
冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、オーブントースターなどがコンセントに繋がれた状態で置かれている。
全て、三十年前の製品。
炊飯器を開けると――白米が湯気を立てていた。
蛍光灯には、三十年前にはまだよく使われていた、ハエ取りリボンがぶら下がっている。
三十年前の家庭が、死体であるはずの廃墟に、生きて存在していた。
「ここに、住め、る」
「僕…も」
普通の感性なら、気が動転しそうな状況である。
元居住区探索がこの二人で本当によかった!
嬉しげにデジカメで台所を撮影する僅。
彼の生命探知が、右手側の部屋に色濃い反応を示した。
「ハル」
「わかった、僕は…外で」
この台所から右手の部屋に踏み込んだ場合、中にいる存在が逃走するであろうのは、ベランダ側の窓だ。
その窓の下でハルが待ち伏せようという作戦である。
僅は部屋のふすまを開け、中へと踏み込んだ。
中にいた存在が、驚いてこちらを見る。
目が合い、互いに硬直した。
大きさは人間の子供――だが、違う!
猿! 猿を元にした合成獣だ!
「テヤンデー! ベラボーメー!」
変な鳴き声をあげて、猿は逃げ出した。
窓を開け、壁を伝うようにして降りてゆく。
その下に、ハルが待ち受けている事に気付かずに!
「君、リズ…知らない……のかな?」
猿は待ち受けていたハルの審判の鎖により、あっさりと捕獲された。
麻痺している猿にハルは尋問しているのだが、
「テヤンデー! チクショーメ!」
としか返事が返ってこない。
猿の右掌はコンクリを塗る時などに使う、船型のコテを思わせる形になっていた。
この団地の倒壊を防ぐために造られた、左官屋型ディアボロなのかもしれない。
「いったん、船に連れて帰、る。 あとで、逃がして、泳がせ、る」
「そしたら、キミ…飼い主の所へ、案内してくれる…かな」
追跡班を編成し、この猿の後を追えば、何らかの手がかりを得られるかもしれない。
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「私は島中央の森林と草原の捜索にございます。 とはいっても、何か手がかりがあるとは言えぬにございますが、ここは此方にいるとの報告のあった合成獣から探りを入れてみます」
そう言い、出発した紫苑は明鏡止水で気配を消し、物影に隠れ、草原に群れをなしている山羊型の財宝掘り専門ディアボロの様子を探っていた。
これが根気を要する仕事だった。
数十頭の山羊が地道に、ザクザクと穴を掘っているのを見ているだけなのだ。
山羊たちは、ある一定の大きさと深さの穴を掘ると、別の地面に移動し、また同じ大きさと深さの穴を掘る。
何かを探しているのは明らかなため、下手に目を離したり、居眠りをしてしまうわけにもいかない。
目的である『銀翼鷹の秘宝』が掘りあてられるかもしれないのだ。
日が沈み、辺りが薄暗くなりかけた頃だった。
黒い山羊が、何かを掘り当てた。
薄い木箱だ。
その蓋には、『銀翼鷹』の紋章が描かれていた!
黒山羊は頭のスコップを上手に使って、その蓋を開けた。
中に入っていたのは、一枚の紙だった。
秘宝そのものでこそないが、それに通じる手がかりが刻まれている可能性は大である。
この時、紫苑は、ここに来る船の中で椿が言っていた事が事実である事を認識した。
『リズは美人だけど、アホの子なのだわ』
ベースになった動物の本能が残っていたのだろう。
黒山羊は、その重要そうな紙を――食べてしまったのだ!
この紙を探すのが目的で山羊ベースのディアボロを作ったのなら、正にアホの子である。
「いけませぬ!」
紫苑は慌てて飛び出し、紙を食べた黒山羊に炎陣球を放った。
炎球は薄闇を照らしつつ、黒山羊を直撃。
周囲にいた他の山羊たちも、驚いて一目散に逃走した。
紫苑は斃れた黒山羊に近づき、口をこじ開けた。
「間に合いました」
紙はまだ、飲み込まれてはいなかった。
咀嚼され、ぬとぬとになっていたが。
「これは船に帰って乾かしてから、慎重に開かないと読めそうにありませんね」
紫苑は紙を指先で摘まむように持ちながら船へと帰った。
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「白角島はやや東西に長い楕円形の北東を切り欠いた形をしている。
中央から東は南側がやや急な丘で、北がなだらか。南端には私たちが到着した細長い砂浜がある。東の部分にはアパートが建ち並ぶ」
ゴムボートの上で、ねずみが何やら言っているのは、独り言を言っているわけではない。
ボイスレコーダーにレポートを吹き込んでいるからだった。
クルーザに搭載されていたエンジン付きのゴムボートで、波をかき分け進みながら、目に見えたものを、ありのままにレポートしてゆく。
「私が目指している港は北側の切り欠き、湾部分にある。東側よりは西の方が人目につきにくいと考え、迂回する――どんぶらこ。 もとい、ブルルルル」
なぜか、擬音まで吹き込んでいる。
一人旅に、ほのかな彩りである。
「灯台がある湾の西端の岬を曲がると、港に船が一隻だけ停泊してるのが見えた。
岬の陰にボートを停め、ひそかに近付く。 リズ氏がレンタルした船に間違いない」
レポートした時点でのねずみは知らない事だが、この二時間前にチルルが、同じ港を目視している。
――その時、船は二隻あった。
ねずみは、小型船の中を覗き込んだ。
船上に人気はない
「これはしたり。 あ、いや、噛みました」
古風な言い回しをした事を、噛んだ事にしてごまかした。
「船室に荒らされた痕跡。 開錠を使い侵入する。 戦闘ではなく、家捜しのようだ。 鍵がかけられていたのは透過か? 」
チルルはこの船を調査していないから、船室を荒らしたのは別人という事になる。
「他の可能性もあるが、敵対的な誰かがいる可能性があるとなると、私たちが来たことを知らせるのはリスクがある。 とまれ、開錠してしまったし、施錠はできないので確認されたらバレるか。 とりあえず帰って報告しま…」
船室から出ようと振り向いたねずみは、ボイスレコーダーに向かって大声をあげた。
「むっ、あれはっ! 窓にっ、窓にっ!」
それが、ボイスレコーダーに残されたねずみの最後の声となった。
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「で、ねずみちゃんは何を見たのだわ?」
まあ、何事もなく、クルーザーに帰ってきていたりするわけだが。
「金髪碧眼で中学生くらいの女の子です。 窓ごしに目があった瞬間、向うが驚いて逃げました」
金髪碧眼はリズのそれだが、外見年齢が一致していない
「もしかすると――」
椿は目をしばたかせた。
「聞いた事があるのだわ、リズには歳の離れた妹が二人いるって、しかも、リズみたいなはぐれじゃなく――」
椿は語り始めた。 リズが、妹たちを残して冥界を去るに至ったその経緯を――。
チルルの見た大型船と、復旧した灯台。
イリンとニアミスした天魔。
ハルと僅が見た、生きている部屋と、捕獲した猿ディアボロ。
紫苑の持ち帰った謎の紙。
ねずみの見た荒らされた船と、リズに似た少女。
様々な謎を孕みながら、探索は二日目に突入しようとしていた。