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マスター:スタジオI
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/08/12


みんなの思い出



オープニング

●闘王
 ここは久遠ヶ原にある某斡旋所。
 独身アラサー女子所員・四ノ宮 椿(jz0294)は、この日、来客を迎えていた。
「ついにNBDも最終回ね、お疲れ様でしたなのだわ」
 アウル格闘技協会の二人だ。
「うん、アウル格闘王を含む、四人の闘王を決めるんだな」
 太っている方が元力士の学園教師・クレヨー先生。
「閉会式では、NBD本戦で獲得した全ポイントを合計し一位の選手に“二代目アウル格闘王”の称号を、それに準ずる二位から四位の選手に“○闘王”の称号を与え、強者の証としてもらおうと思っているんだよ」
 ゼンマイひげ男の方がメキシコ人ボクサー・ホセである。
「○闘王っていうと、○の中には何か一文字が入る感じ?」
「そうだよ、蹴り技が得意な選手なら“蹴闘王”。 イメージが海の選手なら“海闘王”のようにね」
「個性が出そうなのだわ、その一文字は誰が決めるの?」
「基本的にはボクらさ、まあ本人の提案も聞くよ、参考としてね」
「蹴り技をロクに使っていないのに“蹴闘王”を名乗りたいと言っても却下。 僕らが他の文字をつけるんだな。 それに当然だけど、二位から四位に入らないと提案自体が無意味になるんだな」
 優勝は難しくとも、こちらのチャンスは多くの選手に残した設定になっているので諦めずに戦ってほしい。
 なお女子選手の場合も基本は“二代目アウル格闘王”や“○闘王”とする。
 どうしても“女王”がいい場合だけ申し出てほしい。
 また、今回の闘王編に不参加の場合はどんなにポイントを稼いでいても無効となる。

●逆転の手段
「闘王編で試合に勝った選手には14P進呈なんだな」
「あら? 確かに多めだけど、最後なんだからもっと景気のよい数字かと思ったのだわ」
「考えたのだがね、それも」
 ホセが、珍しく真剣な顔をする。
「今までの本戦でコツコツと努力して積み上げた勝利は評価せねばならん。 問題だと思うのだよ、最後だけちょっと頑張ればそれを出し抜けるというのは」
「つまり逆転チャンスなし? これを見るかぎり14P獲得しても4位以内に入れない選手がいるのだわ」
 椿が見ているのは怒涛編までの得点表である(MS雑記参照)。
「いーや、あるんだな大逆転」
 太鼓腹を、威勢よく叩くクレヨー。
「ボクは“ちょっと頑張れば”と言ったよね? つまり別なのさ“とんでもなく頑張った”場合は」
 ホセがニヤニヤしながら、自らのゼンマイひげを弾いた。
「完勝すなわち完全勝利! これをなしとげた選手には高ポイントを与える!」

条件:相手からダメージを受けることなく勝利する。

「要は殴られないで勝てってこと?」
「うん、一度も殴られたり、投げられたり、極められたり、転ばされたりしないこと、それが完勝なんだな」
「相手に腕を掴まれたり、髪をごっそり抜けない程度にひっぱられる程度なら問題ない、バステもかけられただけなら完勝は崩れない、ダメージに繋がらなければね」
「自身の技によって発生したダメージも問題ないんだな。相手は凄く痛いけど、自分もちょっと痛いみたいな技とか、飛び技での自爆はOKなんだな」
「相手を研究し、繰り出してくる攻撃を予想して、いかに避けるか、さばくか、受けるかで成否が決まるのさ」
「受けてもいいの?」
「ノーダメージならね、打ち身や出血レベルだとアウトだな」
 なお、傷つくことを恐れて守りに入りすぎると勝てない事は過去試合で実証済である。 試合自体も膠着しがちで興行失敗に繋がりかねない、そこは注意しよう。
「防御系スキルで受けてノーダメージというのはOK。 むしろ殴ったほうの手が痛ければ、殴った側のダメージとして完勝を崩せるんだな」
 なお、微妙な場合はレフリー判定になる。
「それってどのくらい難しいの?」
「今回の条件にあてはまる完勝試合は、NBD開幕戦からの全三十五試合中、五試合あった」
「難しいけど諦めのきく確率じゃない、というところなのだわね」
 今回、成功しうるのは数字的に見れば一人いるかいないかだろう。 逆に言えば完勝をなせば上位をごぼう抜きに出来る可能性も高いということである。

●完勝で得られるポイント
「これを見てくれたまえ」
 ホセが出したのは、闘王編のポイント獲得表だった。

完勝(ダメージを受けずに勝利)……28P
通常勝利(ダメージを受けた上での勝利)……14P

 14Pや28Pという数字には理由がある。 以下に説明するような意図で運営部が決定したものなのである。

「現在一位の選手は、次の試合で勝ちさえすれば五位以下の選手には決して出し抜かれないように設定してある。 通常勝利さえすれば二位から四位の選手が完勝しない限りは優勝なんだな」
「二位の選手は自分が通常勝利した上で一位の選手が負けてくれれば優勝の可能性大だ」

「三位から四位の選手も上位選手が負けて自分が通常勝利するという状況で優勝。 仮に上位二名が通常勝利しても自分が完勝すれば自力優勝の可能性は高いんだな」
「今までの試合で安定感を見せてくれた四位までの選手は、優勝の期待大だし“闘王”なら通常勝利でもすんなりなれる可能性が高い」
 四位までの選手は実力十分にして伯仲。 四闘王の最有力候補だ。

 他の選手が上位選手を上回るには底力を見せねばならない。
「五位、六位の選手の自力優勝は上位選手の欠場という事態を除けば、ない。 優勝を狙う場合は完勝をした上で、他の上位選手の試合結果を待つ、という流れとなる。 “闘王”には普通に勝つだけでも届く可能性がある」
 五位、六位は順位的にも真ん中、優勝戦線のボーダーラインにいる。 優勝には自分の力だけではなく運も必要になる。

「そして八位以下の選手には残念ながら優勝のチャンスはもうない。 だが、現在8P以上所持している選手なら、完勝することで数字上は“闘王”の可能性がある。 現在10Pも所持していれば実現性も見えてくる」
 怒涛編参加の十人はすべて10P以上を所持している。 目的地の選択幅と、そこへ至るまでの勾配のきつさに違いはあるとはいえチャンスはあるのだ。

「現在所持が7P以下の選手が出場した場合は、四闘王になれる可能性はないのだわ?」
「残念だがない。 仮に完勝したとしても、一戦だけの快挙で王になるのは勝利を積み重ねてきた他の選手や、観客への説得力を欠く。 今回は王を目指すものの壁としての役割を務めるか、次回大会のための布石という形になる。 ただ、我ら運営部としては新規参加や復帰は大歓迎だよ」

●ベストマッチング
「興行としてはマッチングが重要になってくるんだな、優勝や闘王の座争い、下剋上の可能性、あるいは過去大会やNBDでの因縁、異種格闘技や同格闘技内での最強争い。 全試合になにかしらセールスポイントを打ち出せると最高なんだな」
「決戦だけあって期待値もあがりきっているからね。 観客目線で焦点のぼけたマッチングが二試合もあるようだと普通の反応しか得られないよ」
「興行用に今から作る手もあるんだな、戦う理由が面白いのはタイトル争い以上の大正義なんだな」
 自分なりのベストマッチングを考え、提案。 しっかりと話し合ってほしい。
 タッグ以外の本戦試合で対戦済相手とは、もう対戦出来ない事も忘れずに!
 なお今回NBDマガジンはない。 わからない事がある人は前号を再読。
 ファンをわくわくさせる試合を、一戦でも多く見せてくれることを期待する!


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リプレイ本文


 ついに最終決戦。
 満場の観客の声援の中、早めにリングインしたラファル A ユーティライネン(jb4620)はマイクパフォーマンスを行っていた。
「今日はNBD最弱の挑戦者が、プロレス最強を名乗る阿岳ちゃんに勝負を挑む世紀の決戦なんだぜ、そして俺は必ず勝つぜ。皆期待してくれよな」

 解説席でクレヨーとホセが、いつも通り肩の力が抜けたトークを繰り広げる。
『最弱はないんだな』
『ラファル君は本戦前とタッグで二勝している、一勝も出来ていない選手も結構いるんだよね』
 ホセが言葉を続けようとした時だった。
 リングの中で炸裂音。
 そして、観客席から歓声が沸き起こった。
 ラファルが、百の銃口を持つ不気味なマスクを持つ男に蹴られている。
 男がリング外に残したのぼりの文字は“真久遠プロレス” そしてその体格は間違いなく阿岳 恭司(ja6451)のものだった。

 “痛打”入りハイキックの炸裂に、意識のとんだラファルの頭を阿岳は脇で挟み込んだ。
 そのまま、バック転しラファルを地面に叩きつける。
「ぐへっ」
 阿岳の得意技の一つ、アサイDDT!
「ゴング前奇襲かよ、きたねえ」
 意識を取り戻したラファルが抗議したが、彼女も初勝利はゴング前奇襲でもぎ取っている。
 しかし阿岳はそんなことにツッコミはしなかった。
「第一回の決勝戦、一秒たりとも忘れた事はない! もう逃がさねぇ。今度こそ絶対に俺が……プロレスが! あのベルトを巻いてやるんだ!」
 眼を血走らせ、ラファルにアームロックをかけんとする阿岳。
「V-MAX発動!」
 ラファルは風のような動きでそれをすりぬける。 ウィンドウォールの応用技だ。
「まだ優勝諦めてないのかよ!」
 首位・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)と15P差の阿岳。 完勝以外では優勝は望めない。
「1%の可能性が残されている限り、俺は諦めない」
「へっ、現時点をもってこっちは“王”の可能性すらなくなっちまったからな」
 痛む首をこきこき言わせるラファル。
 ラファルに至っては完勝以外では王の称号すら得る事はできない。 その灯すら、阿岳の奇襲により消えた。 ならば、やることは一つ!
「夢から覚まさせてやる!」
 “掌底”を放つラファル。
「鋼の肉体にそんなものがきくか!」
 それを堂々と受け止める阿岳。
 スキル効果でノックバックしたが、倒れない。
 ダメージもないようだ。
(やっぱり“外殻強化”か)
 ラファルひるまず阿岳を追撃! アックスボンバーを打ち込む。
「鋼の肉体に……っ!?」
 阿岳が痛みに顔をしかめた。
 今の技には“ 魔刃「エッジオブウルトロン」<風遁・韋駄天斬り>”を籠めた。 防御力を無視して貫通する技。 対外殻強化用に準備した技なのだ。
「こうもあっさりと完勝が」
「いいじゃねえか、優勝とか王とか。 それより客を楽しませてやろうぜ」
「本懐だ!」
 ラファルも阿岳とも闘志を捨てない。 王座が視界から消えようと観客の視界を忘れてはならない。 それがプロレスラーなのだ。

「ぬおおお!」
 高速タックルをしかけてくる阿岳。
 ラファルは”V-MAX”で躱す。 躱しざまにロープへ飛んで、再びの貫通アックスボンバー!
「ぐう」
 “外殻強化”が続いている間は、生半可な攻撃は通じない。
 ならばそれが切れるまで逃げつつ、唯一通用する技で阿岳の体力を削ろうという作戦だ。
 本当は“空蝉”による完全回避も用意していたのだが、魔装の持ちこみが禁じられている事は皐月編VTRで確認出来たので諦めた。
 幸いにも阿岳は物理攻撃特化型。
 回避は”V-MAX”でなんとかなりそうだった。

(くっ、時間切れか)
 体の表皮から鋼の感触が消えてゆくことを阿岳は自覚した。
「カタブツっぷりも限界のようだな!」
 それを察したのか、ラファルがこちらに向かってくる。
 チャンスだ。
 阿岳の防御スキルが切れたならラファルのスキルだって切れる頃だ。
「最速で仕留める!」
 “疾風突き”を放つ阿岳。
 だが、拳は空を切った!
「!?」
「残念、こっちはまだ絶好調だ」
 “V-MAX”は持続時間が長い、効果が切れるのが遅いのだ。
 躱しざまラファルの掌底が放たれた。
「うろっ!?」
 “ ナックルバンカー「ブレインクラッシュ」<兜割り>”入り。 阿岳の目は朦朧とした。

「久々に決めるぜ!」
 両足を阿岳の首にかけるラファル。
 デビュー戦で勝利をあげたこの技で、阿岳を投げる! マットに叩きつける!
 “乾坤一擲”フランケンシュタイナー!
 轟音とともに阿岳の巨体が地面に倒れた。
 蘇生スキルを用意していなかったのか、起き上がってこない。
 久々聞いた勝利のゴングは、ラファルにとって懐かしく心地よいものだった。

 解説席から、ホセが尋ねてくる。
『ラファル君実力はあるんだよね、長くそれが見られなかったのが残念だよ』
「へっ、真っ白に燃え尽きた、なにもいう事はないぜ」
 サービス精神旺盛なラファル。 おそらく、客を楽しませるために新戦術を試し続けて星があがらなかったのだろう。
 結論から言えば、正攻法で十分にラファルの戦いは楽しめる。 勝てば傷病者への励ましにもなるのだ。
「俺にもマイクを貸してくれ」
 KOされていた阿岳だが、マイクのハウリング音に反応して目を覚ましてきた。
 さすがのマイクパフォーマーである。
「残念だが、今回はこういう結果だ。 俺は鍋被って明るく楽しいプロレスやんのが好きなんだよ、だからこんなお笑いできないギミックは当分しない!  もし次があればバチバチで激しい闘い魅せに来るからな!」
 チャンコマンの方が似合う阿岳。 次は鍋をかぶってリングに戻ってきてくれることだろう。


 二回戦。
 大型選手同士の試合になる。
 遠石 一千風(jb3845)ことフェンリルは出場女子では最長身の179cm。
 対する仁良井 叶伊(ja0618)は2mと出場者中最長身。
『この二人は、もったいなかったんだな』
『仁良井君は、相手の技を読むという時代の波に乗り遅れた。 フェンリル君はエントリーでの籤運に泣かされたのが原因だね』
『二人とも実力はある、諦めなければいずれ結果は出せるんだな』

 ゴングと同時にフェンリルは仁良井の懐へ飛び込んだ。
 仁良井はそれをよく見て、掌底突きを間合い際で躱した。 肩をぶつけ弾こうとする。
 だが、弾かれたのは仁良井の方だった。
 フェンリルの体に鋼鉄の硬度がある。
(“外殻強化”か)
 幸い、ダメージというほどの痛みはない。
 レフリーも見逃すレベルだろう。
(設定された以上、完勝のハードルは狙いたいところですからね)
 フェンリルから離れる。
 相手が防御スキルで身を固めている時はごり押しに走らず、時間を置くのが定石の一つである。
(あの戦術を実行したらどうなるのか、試合で実験するしかなさそうですね)

 離れたい仁良井。 だが、狼は食らいつく。
 追撃し、ネット際に追い詰めるとローキックの連打で攻めた。
「くっ」
 顔をしかめた仁良井。
 その姿が一瞬、狼の視界から消えた。
「!?」
 目晦ましや幻覚とは違う。 本当に消えたのだ。
 フェンリルが周囲を見渡そうとした瞬間、その背中に痺れが走った。
 仁良井が“サンダーブレード”を乗せた手刀、電刃・居合抜きを放ったのだ。
 外殻強化で痛みは防いだ、バステも運よく免れたようだ。
「瞬間移動か、やるな」
 意表を突けるのは一度きりだろうが、追い詰められた状況から抜け出すには良い技である。
 一千風は“烈風突”を籠めた抜き手を放った。 いわゆる地獄突き!
 仁良井はこれを躱すと懐に飛び込んだ。
 ボクシングのクリンチのようにフェンリルを抱きかかえてくる。
「なんだ!?」
 投げるでも絞めるでもない、意図の見えない行動だ。

(ここからが賭けですね、うまくいけばいいのですが)
 仁良井は、フェンリルを抱きかかえたままリング内のある一点に意識を集中させた。
 ローキックを受けたのでもう完勝はない。
 だが、試すだけの価値はある。
 仁良井は、それを発動させた。
 目標は東面ネット際。
 そこに意識を集中させる。
 “瞬間移動”。
 このスキルで相手を抱えたままネット際に移動し、強力な打撃や投げを放てばROが狙えるのではないかという考えである。
 だが、人を抱えての瞬間移動は可能なのか?
 その答えを仁良井は知らなかった。
(やるしかない、成功すれば新しい境地も見えてくる)
 集中させていた意識を爆発させた。
 一瞬後、仁良井がいた場は目標としていたその地点だった。
 瞬間移動自体には成功、問題は腕の中にフェンリルがいるかだ。
 確認しようとした瞬間、激痛。 延髄に強力な打撃を打ち込まれた。

「そこまで便利な技ではなかったようだな」
 延髄へのダメージで、意識がとんだ仁良井の背中をフェンリルは抱えた。
 瞬間移動を見た直後なので、仁良井の意図には察しがついた。
 成功していれば危なかったが、スキルの神様は不可の判定を下したようである。
 フェンリルは足に“雷打蹴”を籠め、渾身の力でジャンプした。
 天井の柔らかな網を突き破る。
 空が見えたその瞬間に抱え上げた仁良井を放り出した。
 新FB、フェンリルクラッシュII!
 仁良井は一瞬だけ天井から飛び出し、重力に従ってリング内へと落ちた。

「だめでしたか、あわよくばと思ったのですが」
 リング内で頭をかく仁良井。
 勝利のゴングを受けたフェンリルは苦笑する。
「出来ないことを皆に知らしめただけでも有意義だよ、戦場で一か八か試して失敗してみろ、一つか二つの命が失われる。 だが、だめだとわかったんだ、そういう場面がきたら他の手段を選択出来る。 長い目で見れば優勝や王の座以上の功績じゃないのか?」
「なるほど、人命を救ったと思いましょう」
 二人が笑いあった時、球場の電光掲示板に“完勝”の文字が光り輝いた。
「あ、そういえば」
 フェンリル、ダメージを受けていない。
 球場内がざわめき拍手が湧く。
 電光掲示板の得点ランキングの首位に“フェンリル50P”の文字が輝いた。
「トップですね」
「一瞬だけなんだよなあ」
 結果がわかりきっているので溜息をつく。
 今日は、二位川澄文歌(jb7507)と三位の水無瀬 快晴(jb0745)のカードがある。
 どちらが通常勝利しても、50Pは抜かされてしまうのだ。
 せめてあと一試合、出場できていたら……。
 美しき狼は、わずかに届かなかった空の極みを仰ぎ見るのだった。


 三回戦開始前、リング内でマイク握っているのは咲魔 聡一(jb9491)。
「泣いても笑ってもこれが最後。もう僕に優勝はないけれど、最後くらい良いところをお見せします 」
 道着の背中には青い龍の刺繍が施してある。
 “前王者を倒したのだという自信と、応援してくれる人の事を忘れぬように”という意味である。優勝に入れ込み過ぎて勇み足を起こしたこともあったが、その呪縛が解け、表情は穏やかになっていた。
「……特にない」
 一方、染井 桜花(ja4386)はマイクを渡されてもこのコメント。 今大会では女王様モードとやらに振り回されて、調子を崩したが平常心を取り戻したようである。
 優勝の可能性はすでにない二人。 果たして、底力を見せ闘王の座に辿りつくことは出来るのか?

(僕が心から愛するアカシックレコーダーの新しいスキル……早速試す機会ができて、こんなに嬉しいことはないな )
 ゴングと同時に咲魔が発動させたのは“アーカシャアイズ”
 先日開発されたばかりの新スキルである。
 物理攻撃、魔法攻撃ともに飛躍的に回避力をあげる効果、完勝を狙うには最適だった。
 対する桜花は、
「……獣は今、解き放たれる」
 “心技・獣心一体<臨戦>”を発動させた。 紋様が全身に輝く。
(普段通りか。 獣の反射神経といえどアカーシャアイズなら!)
 桜花を視界にとらえたまま、構える。
 カウンターを狙いだ。
 だが、ここで問題に気づく。
(しまった、桜花先輩も)
 カウンター型なのである。 睨み合ったまま動けなくなる。
(興行的に長い膠着はいかんと注意を受けたのに。 いいところを見せるなどと発言した手前、僕から動くべきか?)
 マイクパフォーマンスで余計な事を言ってしまった事を気にする真面目男、咲魔。
 だが、先に桜花が動いていた。
「!?」
 桜花の繰り出す鋭い拳。 それをアカーシャアイズで躱す。
 なぜ、桜花が動いたのか理解できなかったが、
(考えてみれば“獣心一体”は時間制限スキル、しびれを切らすのは先輩の方か)
 反応型と時間制限型のスキルが対峙し膠着した場合、相性上こうなるという見本である。
 咲魔は躱しざま桜花の右腕をとった。
 その掌にはアウルの針が出現している。

(……しまった)
 体を走る痺れを感じる桜花。
 “ 麻痺毒注射<サンダーブレード>”それが針を通して桜花に注入されたのだ!
 先程の攻撃は、咲魔の攻撃を誘うためのものだった。
 カウンター型の桜花としては、相手が動いてくれねば困るのである。
 だがあの新スキルはマークしていなかった。 桜花にしてみれば予想外の展開である。
 足元を薙ぎ払うように咲魔の脚が飛んでくる。
 転んだ。
 完勝はこれで消えたが、元々、狙ってもいない。
 それよりもここからである。
 咲魔はおそらく寝技にくるだろう。
 寝技に対するには絶技・咆撃が用意してある。
 ソニックブームと呼ばれるスキルを、桜花は声に乗せて出せるのだ。
 だが、柔術なら首を絞めてくるかもしれない、そうなったら絶技・咆撃は死ぬ!
 声のスキルは万能ではないのだ。
 痺れた体を必死で起き上がらせようとする桜花。
 だが、咲魔は追撃してこなかった。
 桜花は、麻痺状態からい回復し無事に立ち上がった。

 解説席でクレヨーとホセが唸っている。
『う〜ん、咲魔君は完勝の好機だった気がするんだな』
『タッグ戦の時、絞め技が負けに繋がったのを気にしているのかもしれないね』
『今のは絞め技にいくべきだったんだな、一度、失敗したからといって技を否定するのはよくない、要はTPOなんだな』

 好機を逃した咲魔、ここから苦境に立たされる。
 桜花が突然、視界から消えた!
「!?」
 見逃すはずがない。 アカーシャアイズの対象にするために目を離すまいと心がけていた。
 次に桜花が視界に出現した場所は眼前。 手痛いダメージと同時だった。

(……うまくいった)
 桜花としても今の攻撃は賭けだった。
 新スキルアカーシャアイズと相対するのは、桜花としても初めて。
 高性能と噂の新型スキルに、“獣心一体”と“神速”の併せ技で対抗を試みた。
 どちらも新型ではないが、なんとかなったようだ。
 構えて待っていた咲魔の右手首を、左右の拳で挟み込んで撃つ事に成功した。
「……氷絶技・重ね雀蜂」
 顔を苦痛に歪める咲魔。
 片腕を殺せた、桜花にとってFBの好機だ。
 咲魔をベアハッグに締め上げるため、手を伸ばした。
 だが桜花の左手首は、破壊したはずの咲魔の右手にがっちりと捕まっていた。
「……!?」
 再び、毒針を注入されてしまう。
 麻痺した腕は、立ち状態のままアームロックに極められた。

 解説席で、ホセとクレヨーが苦笑いする。
『今の桜花君は技の取り合わせがまずかったね』
『“神速”で前後への動きを高速化していたけど、重ね雀蜂は相手を両手で挟む横の動きなんだな、それだとせっかくの加速を技に乗せられないんだな』
 

 裏投げを放つ咲魔。 ネットへ投げ飛ばした桜花にトドメを入れる。
 聖地蹂躙拳!」
 なんとFBが空手の正拳突きである。 柔術要素がない!
 拳の先から白い光が拳から噴き出して桜花の体を貫いた。
 乗せたスキルは“邪悪の鉄輪<月の柱>”
 いわば遠当ての攻撃!
「人間界の柔術などしらぬ! 邪道と言われようと勝てばよかろうなのだぁぁぁ!」
 最高にハイってヤツの咲魔。
 桜花をKOし、悪役笑いをしながらリングを去っていくのだった。


 四戦目、優勝に深く関わる一戦。
 二位の文歌と、三位の水無瀬の対戦である。
 だがこの勝負、優勝争い以上に特殊な試合だった。
「いいのかね、婚約中なのに殴り合いなんかして」
「協会的にはそれ、秘密なんだな」
 二人は現在、婚約中。 来月にも結婚しようというカップルである。

「闘いが絆を深める事に繋がる事もあるって所を見せるよっ」
 試合を愛の共同作業と解釈する文歌。
「リングにあがれば恋人であろうが関係ない、冷酷非情に対応する」
 あくまでプロに徹する水無瀬。
 ウェディングベルと呼ぶには無骨すぎるゴングの音が、戦いの始まりを告げた。
 ゴングと同時に文歌は水無瀬の懐に飛び込んでいった。
(カイは自分の間合いを常に保とうとする、ならその急激な変化には弱いはず)

 文歌を普段ならハグで受け止める水無瀬だが、今の金眼は闘い色に染まっている。
 冷徹に拳で迎え撃った。
 繰り出した瞬間、水無瀬の顔が歪む。
 自分の拳に痛みが走ったのだ。
 文歌の“八卦水鏡”による反射ダメージである。
 だが、水無瀬は拳を止めず文歌の顔めがけ振りぬいた。
 新婦の顔に新郎の拳が炸裂した!

 選手控室。
「……早くも完勝が消えた」
 呟く桜花、二人とも完勝の可能性が一撃で砕かれた。
「あいつ、婚約者にも容赦ないな」
 水無瀬の義兄である浪風 悠人(ja3452)が、モニターに向かって溜息をつく。
「“八卦水鏡”も私との試合で種明かしがされてしまいましたから、それで意表をつくというわけにはいきませんね」
 一発限りの奇襲技の犠牲になってしまった仁良井。 だが拳を躱しただけに文歌がこれで終わらないことも知っている。
 恋人に顔パンを喰らった文歌だが、すかさず体勢を立て直し水無瀬に向かっていく。
 その体は青い鳥のオーラに包まれていた。

(……忘れていた)
 水無瀬が失念していたのは文歌の得意技、ブルーフェニックスオーラの存在である。
 身体能力を強化する技は数多いがこれは、バステを予防できる。
 一対一の格闘試合では抜群に有利なスキルなのだ。
 水無瀬は拳に“阿鼻叫喚”のスキルを籠めていた。
 文歌を幻惑に陥れ、制圧しようと考えていたのだ。
 その計画が脆くも崩れた。
 ここ二試合ほどなりを潜めていただけに、対策の盲点となっていた。
 文歌、反撃のスピアー。
 身体能力が上がっているだけに、鋭い。
 直撃すればマウントをとられるのは免れないだろう。
 水無瀬は闇に身を隠してそれをやりすごした。
 “ナイトミスト”のスキルである。
「……やらせない」
 水無瀬、再反撃!
 掴み、合気道の投げに仕留めようとする。
 だが、今度は文歌が闇に包まれた。
 同じ“ナイトミスト”の中へ!
「ふふっ、お揃いだよ♪」
 嬉しげに笑う文歌。

 文歌の余裕は、浪風との試合経験からだった。
 ナイトミストを使われ、苦い土がついてしまった前回。
 だが、そこから学んだものは大きかった。
 対抗策としてまずは退いて距離を取る。
 そして、離れた位置で逆立ちをした。
「……む?」
 回転蹴りを繰り出す。 これは距離的には届かない。
 だが、リング一帯に矢が降り注いだ
 陰陽師の新スキル“因陀羅の矢”だ。
 矢は辺り一帯を焼き尽くし、貫いたものを麻痺へと導く。
 数うちゃ当たる戦術であるが、水無瀬はまたも黒い霧に隠れてそれをやりすごした。
 範囲攻撃とはいえ、確実に当たるわけではない。
 しかし、当たらずとも文歌にとって問題はない。
 距離をおいて“因陀羅の矢”を繰り返し連発し続ける。 結果的には水無瀬の“ナイトミスト”を消耗させる事が可能。 前回はそれが出来なかった事が敗因なのである。

 水無瀬はナイトミストを駆使し、降り注ぐ矢に注意をしながら文歌への接近を試みた。
(……新スキルといえど、無限に打てるわけじゃない)
 三度目となる“因陀羅の矢”。
 逆立ちから元に戻ろうとする文歌の隙めがけ、水無瀬は一気に攻め込んだ。
「……足元が留守だ」
 着地した瞬間の膝側面へ向けて蹴り!
 炸裂した。
「きゃ」
 横転した文歌の背後をとらんとする水無瀬。
 “闇猫” スリーパーホールドに入ろうとしたが、またも黒い霧が広がり、文歌の姿が隠れてしまう。
「……くっ」
 互いを知り尽くしているだけに、決着がつかない。
 一瞬の膠着の後文歌が跳躍、ドロップキックで攻めてきた。
(……受けきる)
 “ナイトミスト”は使い切った。 だが水無瀬は使い終わったそれを“ナイトドレス”と入れ替えていた。
それを発動させ、十字受けでドロップキックを受け止めた瞬間、全身に痺れが走った。
「……くっ」
 この痺れ、おそらく“サンダーブレード”
 だが、ドロップキックは“ナイトドレス”で受け切った。
 麻痺状態も精神力で抑え込む。
 十字受けにドロップキックを弾かれた文歌は地面に倒れている。
 この一瞬がチャンスだ。
 跳躍し、渾身のストンピング
 だが、またも黒い霧。
 二人の“ナイトミスト”の使用可能数は四回であり、同じだ。
 ブルーフェニックスオーラで余裕が出来た分、攻めに回れた文歌はこれを残していた。

 転がって水無瀬の背後に回り込む文歌。
 水無瀬も振り返ってきたがすでに文歌はドロップキックの体勢に入っている。
「飛鸞蹴!」
 雷を含んだ蹴りが炸裂した。
「くっ」
 快晴の顔に焦りが走る。
 麻痺したのだ。
 文歌が踏み込む。
 快晴は拳を繰り出してきた。
 麻痺中であれ、攻撃は可能。
 だが精度は落ちている。 精度命の合気道は使えない。 この状態こそが、文歌にとっての理想!
 睡眠でも、スタンでもなく相手の麻痺が文歌のベストなのだ。
 拳をかわし快晴の腕をとる。
「アイドルマスドライバー!」
 腰に乗せネットめがけて投げ飛ばす!
 己を盾に見立てた“シールドリポスト”によるカウンター投げ!
 水無瀬の体はネットを突き破り、文歌を格闘王の座へ一気に近づけた。

「……負けた」
 勝敗は気にしないタイプの快晴であるが、さすがにドヨーン顔。
 NBD無敗だったのに恋人にだけは負けてしまった。
 ブルーフェニックスを意識していなかった事と、バステからの回復スキルを用意しなかった事が悔やまれる。
「気を落とさないで、私の拳は皆を元気にする活人拳だよ、カイには最後まで諦めない強さを見てもらいたかったの」
「……フミカ」
「病気に負けず二人で幸せになろうね♪」
 リングから出て観客が見ていない場所に来れば、すぐにまたいちゃいちゃ。
 幸せ真っ盛りな二人だった。


 ついに最終戦。
 ゼロVS浪風!
 ゼロは、通常勝利すれば文句なしの優勝。
 浪風は完勝しか優勝の芽はない。
 だが、独走していた文歌を前回破ったのだ、実力は間違いない。
 期待の高さに、会場は大きく湧き立つ。

「さて、祭りも終焉や。派手な血祭といこやないか!」
 リングインするなり、懐から眼鏡を取り出したゼロ。
 それを地面に投げ捨て、踏みつぶす。
「今日は漫才封印やゆーはん。潰すで? 」
「それ自体漫才だろ!」
 挑発に鋭くツッコミを入れる眼鏡男子、浪風。
 ゼロは今大会ヒール役を負ってくれたが、本来お笑いも出来るキャラである。

 最終戦のゴングが鳴った。
「鳩か鴉か、白黒ハッキリさせようぜ 」
 クルックー空手で鳩シンボルの浪風に対し、ゼロはカラスをシンボルとする。
 ゼロが待ち構えていると浪風は右拳を繰り出してきた。
(相変わらずぼやけとる)
 “予想回避”を発動していたゼロ、ジョブ適正があわず未来予想の視界が不鮮明だ。
 だが、躱した。
 空手の直線的な突きならこれで十分!
 すかさず左の拳が腹に来る! 前回から使い始めた弐羽鳩。 デュアルモーションを利用した連続打。
 これも予想回避で見えている。 腕で裁こうとした、が!
「ごはっ」
 腹に重い一撃。
 予想回避で見えた場所と、実際の着弾地点が微妙にずれていた。

「さっきの眼鏡、かけておいたほうがよかったんじゃないか?」
 眼鏡を粗末に扱ったゼロに、浪風は静かな怒りを燃やしていた。
 今度は手刀を眉間に叩き込む。
 白鳩拳――これに籠めた“ホワイトアウト”が発動すればスタンさせ、一気に完勝まで持って行ける。
 だがゼロは“バリィ”で捌いてきた。
「くっ」
 よろけ掛けたが体勢をすかさず戻す。
 懐に飛び込まれる事は辛うじて防いだ。 浪風は距離を開けた。

「方針変更や」
 間合いをあけられた時、ゼロは“リジェネレーション”を活性化させた。
 初撃はうけたが、回復させれば問題ない。 元々、完勝が意味のない地位にいるゼロである。 精神的ショックもなかった。
 “弐羽鳩”と“予想回避”の相性が悪かった、それだけの話である。 
 作戦変更のため、いくつかスキルを活性化させようとする。
 この時、浪風が目を光らせて攻めかかってきた。
(ちっ、だが!)
 足元目掛け、ゼロはそれを解き放った。
「滅ビノ嵐ヨ 全テヲ 朽チ 果テサセヨ」
 言葉と共にリング一面に業火が渦巻いた。
 朽嵐<アンタレス>。
「わっ!?」
 リングに起きた火事に慌てる浪風。 火に入るまいとして足元が崩れ、踏ん張りが利かなくなる。
 それは空手家の生命線を断つためのゼロの作戦だった。
 炎を恐れず浪風めがけて駈ける。
 術者に影響がないのが朽嵐の強み。
 駈けつつ詠唱する。
「全てを滅する闇之如く」
「な!?」
 FBの時に欠かさず唱えていた言葉!
 浪風は慌てて“バリィ”を繰り出してきた。
 掴もうとしたゼロの右腕が捌かれる。
 ゼロの体が流れたその隙に、浪風が拳を繰り出してきた!
 さらにそれをバリィでさばき返そうとするゼロ。 だが、
(間に合わん!?)
 スキルが反応しない。
 白鳩拳を眉間にもろに喰らう。

 控室。
「これが彼の弱点だ」
 阿岳がモニターを見ながら口に出した。 ゼロと二度も対戦している男だ。
「スキル枠が少ないのだ、だから頻繁に入れ替えを行わねばならない。 浪風君はその隙を狙っていた」
 フェンリルがいぶかしげな声を出す。
「でも、ゼロさんってかなりのベテランだよな、枠が少ないジョブなんて選んでくるか? 決勝だぞ?」
 するとラファルが嘯く。
「どうでもいいんだろ優勝なんて。 楽しめればいいんだよ」

 ラファルの推察はともかく、枠が少ないのは事実だった。
 今、活性化させているのは“朽嵐”“闇撫”“炎陣球”の三つ。
 後半の二つは前回まで連続技でFBとしていたもの、だが今回はFBと錯覚させるための仕掛けとして用意した。 ゆえにセットで活性化させる必要があったのだ。
 浪風の腕関節を砕きたかったのだが、それを積極的に為せるような技をこれ以外に用意していなかった。
 そのため対抗技を入れる枠がなくなってしまったのだ。
 作戦は十全のはずだが、だがそれを実行するにはスキル枠の扱いがピーキーになる。
 その隙を浪風に狙われた。
 現在、白鳩拳に籠められていた“ホワイトアウト”で意識が飛びかけている。
 浪風が握りしめた拳に光が溜まっていくのが見えた。
 浪風の十八番“封砲”だ。
(FB……!)
 弐羽鳩に白鳩拳、蓄積ダメージとしては十分な頃合いだろう。
 ゼロはこのFBを知っている。
 旋回裏拳だ。
 威力と引き換えに背中を見せる一瞬が存在する技。
 スタンしているからこそ撃ってくるつもりだろうが、ゼロにも執念がある。
(勝たせん!)
 ゼロが、強靭な意思でスタンを解除し手負いの黒獅子の如く目を見開いたその時だった。
「翔鳩拳!」
 浪風が蓄積した光を解き放ってきた。 想像よりも一瞬、早い!
 旋回裏拳ではない、正拳突きの構えからの砲撃。
 背中は見えなかった。
 ゼロの白光の中へと消えていくのを自覚した。

「立ち上がってこないな」
 浪風がFBの反動にふらつきつつ、倒れたゼロの体を注意深く睨んでいる。
 その時、鳥の羽音が背後に聞こえた。
 振り向くと数十羽の白鳩が飛び立つ姿。
 鳩たちが飛んでいくのは球場大スクリーン。
 そこに現れた文字に、浪風は目を瞬かせた。
「え?」

<二代目アウル格闘王 浪風 悠人>

 事態が理解できない。
 自分の体に痛みが走っていないことに数秒遅れて気づく。
 完勝! 一度出るかでないかと思われていた完勝。 日に二度目の奇跡を浪風が起こしたのだ。
「はは、狙ってはいたけど」
 それ以上言葉が出てこない。
 不憫人生を送ってきただけに、にわかに信じがたい。
「おめでとう、ゆーはん」
 最初に聞こえた祝辞は対戦相手のゼロのものだった。
 球場の観客、特に浪風ファンクラブは大声で祝辞を叫んでいるようだが、声が入り交り過ぎて言語として伝わってこないのだ
「ありがとう、ゼロが慣れたジョブで来ていたら負けていたよ」
「せやな」
 ゼロは謙遜も否定もしない。
「けどベストだと思ったから今の俺で来たんや、それにゆーはんが勝った、それだけの話や」
 軽く手を振って、リングから去っていくゼロ。
 浪風は賞賛を浴びせてくる観客たち、そして天へ舞い上がる白鳩たちに精一杯手を振るのだった。


 表彰式、上位者に闘王の称号が贈られる。

 奏闘王・川澄 文歌。
 間もなく奏でられるウェディングベルは、彼女とその隣に立つ水無瀬を幸せに導いてくれるだろう。

 狼闘王・フェンリル。
 出場枠の壁に狼はないた。 だが、山の高みに昇る獣の強かさと俊敏さも持っていた。

 悪闘王・ゼロ=シュバイツアー。
 我流というハンデを背負いつつも勝ち続けた男。 “突出した力”という“悪”本来の意味通りの戦いを見せてくれた。

 ラファルが、水無瀬が、阿岳が、仁良井が、桜花が、グランドに出てきて観客に手を振る。
 咲魔がマイクを持った。
「いままで、僕たちを応援してくれてありがとう! NBDはこれで終わりですが、また次の格闘大会で会いましょう!」
 そのマイクを阿岳が奪う。
「Tシャツの在庫あと僅かだから買うなら今だぞー!」
 浪風という二つ目の主星をいただいて大会は終わった。
 果たして将来、誰がアウル格闘技の空に輝くのだろうか?
 新たに星となるのは、今は試合を見ているだけのキミなのかもしれない。


依頼結果