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マスター:スタジオI
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/13


みんなの思い出



オープニング

 アウル異種格闘技NBD、ネットブレイクデスマッチ。
 二代目アウル格闘王の座を賭けた本戦は五回戦、クライマックスに突入する。

「まあ、クライマックスと言った点差だね」
 ホセが見ているのは優勝争いの得点表である。
 首位42点 2位34点 3位29点。 この辺りまでは誰が優勝してもおかしくないように見える。 
 三人とも、参加した本戦大会において全勝なのである。
「4位以降の選手を応援しているファンもいるし、ちょっと問題かもしれないんだな」
 NBDは興業、しかも新興団体ゆえ客入りは死活問題なのだ。
「かといって、この先は勝ったら百点とかふざけた事を言ったらドン引きされるだろう」
 上位選手のこれまでの戦果を重用し、それ以外の選手にもチャンスを与える。
 この辺りのバランス調整は運営的に悩ましいところである。
「ごく限定された条件で高得点、というのがいいと思うんだな」
 運営部は協議の結果、このような結論を出した。

・今回は団体戦。 
・星軍と月軍に分かれて行う。 
・所属チームが、全勝かそれに近い勝ち方をした場合のみ高得点を与える。

 これまで団体戦は三勝二敗か、四勝一敗で終わっている。
 なぜか最初の三戦でチーム同士の決着がついてしまうというジンクスはあるが、チーム同士の決着がついても全勝への興味が持続するという点でも合理的な措置だという結論である。
 個人勝利点は8点。
 追加得点として5勝0敗で勝利したチームには全員に追加で10点。
 4勝1敗で勝利したチームには、全員に追加で5点。
3勝2敗で勝利したチームには、全員に追加で3点。
「これは上位選手と同じチームに入るか、別チームに入るかで悩むことになるんだな」
「上位選手と同じチームに入れば追加得点を得られる可能性は高い、しかしてその場合点差は縮めにくい、ということだね」
「なにより勝利のために全力を尽くすことが大切なんだな、自分のためにも他のメンバーのためにも大会全体のためにも」

 なお以下は出場者必読のNBDマガジンになる。
 今回の更新項目は”☆7・合理的な連携を作ろう”“☆8 最初が肝心”である。

●NBDマガジン盛夏号

★1・フィニッシュブロー(FB)を確立させるべしver2
 相撲で自分の”型”を持つ力士が強いように“この技で決める”というものを持っている選手は強い。
 格闘技とスキルを組み合わせた最強のアウル技を作り、FBとするのだ!
リングから相手を弾き飛ばすための技でも良いし、戦闘不能やギブアップに追い込むための技でも良い。

★2・決め技を決められる状態に持ち込むべし
 「FBだけ磨いて、試合開始直後にいきなり決める」というのは流石に困難である、
 そこで、決め技が成功する状態に持ち込めるよう、試合を組みたてる必要がある。

【序盤は打撃戦を挑み、その中で相手の右腕を掴む。 関節技に持ち込み、相手の右腕を封じる。 その状態で右脇腹を狙ってエアロバーストブローを打ち込み、リング外に吹っ飛ばして勝利】

 といったものが、単純ではあるが流れの一例である。
 むろん、多くの試合は自分の思い通りには展開しない。
 相手も、自分の流れに持って試合をいこうとするからだ。
 そこで、次項の対策技が存在感を帯びてくる。

★3・対策技ver2
 関節技が得意な相手に対し、ゼロ距離発射可能な打撃技。 蹴り技が得意な相手に対し、足をとっての関節技。 など、対戦相手に会わせて対策技を用意することにより、相手が掴みかけたペースを崩し、試合の流れを有利に変える事が可能である。
 さらにはそれらの対策技に対して、さらなる対策技を用意し、自分の流れを押し通すタイプの闘い方も有効だ。
 対戦前に相手の格闘スタイルを予測して作戦を立てよう。

 ただし、対策技ばかりを用意していて自分の格闘スタイルが見えなくなるのは本末転倒。
 リングに持ち込む思考として理想的なバランスは、攻撃60% 対策20% その他(意気込み、駆け引きなど)20%と言われている。

★4・アウル技は強いver2
 アウルスキルで強化した格闘技(アウル技)は、使用していない格闘技(ノーマル技)に比べると圧倒的に強い。
 回数制限があるとはいえ、出し惜しみをしていると流れを掴まれ、負けてしまう。
 相手が全力で来るなら、自分も全力! アウル技は最初から、出し惜しみなく使うべし。
 またベースになる技とスキルとの相性にも注意が必要。
例:ブレーンバスター・オーガ
 相手の肉体を武器に見立て“鬼神一閃”を乗せたプロレスのブレーンバスターを放つ。

★5・有効な技とその対策ver.2
 ここまで累積した試合データでは以下の事がわかっている。

・ダメージ系のFBには”不撓不屈”などの蘇生系が有効。 相手の渾身の一撃に耐えて、まさかの逆転が狙える
・その蘇生系を使う相手に対しては関節技や、極め技でじりじり体力を奪う戦術が有効。投げ技でRO(リングアウト)でも蘇生技を事実上無視できるので有効。
・アウルを利用した投げ技はRO(リングアウト)勝ちが狙えるので強い。 現在のFBはこれが主流となっている。 対策技の開発が望まれている。
・予測系の技はどれも強い。 ただし、以下のような使い分けが必要。
予測攻撃……後の先を狙える。他のものより安定性がやや低い。
予測防御……確実性の高いブロック。痛打のスキルなどに弱い。
予測回避……回避狙い。状況により回避が間に合わない場合あり。
予測連撃……二連撃の可能性。反撃手段がしなる打撃に限定される。

なお予測されていると気づいたら下手に手を出さず、相手のスキルが切れるのを待つという対策がある。

★6・使う技のビジョンはくっきりとver.2
 単に「ルチャで戦う」「●●流の技で攻撃する」「「関節技を使う」という曖昧なビジョンよりも「脇固めを狙う」「DDTを使う」と具体的な技を思い描いた方が強いぞ!

☆7・合理的な連携を作ろう
大技は見栄えがし、威力もあるが簡単には決まらない上、外した時の隙も大きい。
決めやすい小技でバステ、悶絶、グロッキー状態などを引き起こし、相手を大技にかけやすい状態にすることが基本である。
小技と大技で、合理的な連携のとれる選手は強いのだ。

☆8 最初が肝心
 ゴング後、すぐになにをするかを考えておくのは重要である。
 それにより序盤の流れをどちらが握るかが決定する。
 一説には、勝負結果の五割が交戦開始後の五秒で決まるとさえ言われている。

★金網リングについて
 6.5m四方の土の闘技場に、特殊金属の金網をかぶせたリング。 天井の高さは5m。
 金網の網の目はひし形になっており、網を伝っての上り下りも可能。
 金網は弾性のある特殊合金で出来ており、ぶつかるとプロレスリングのロープのように伸びる。 
 ただし弾性を越える圧力が加わると、とたんに砕ける。
 弾性や砕けやすさは場所によりまちまち。
 ただ、脆い部分でも自分からぶつかった場合、壊れる事はまずない。
 威力のある必殺技で相手を吹き飛ばした時に、壊れる可能性がある。

 屋根部分の金網のみ別の弱い金属で出来ており、体重40キロ程度の者なら雲梯のように移動可、体重60キロ程度の者なら数秒間なら何とかぶらさがれるレベル。 それ以上だと重みのみで千切れる。

 レフリーがリング外におり、阻霊符で透過スキルを防止している。
 以上、勝利の方程式と舞台の特性を心に刻み、勝利を目指してリングに臨んで欲しい。


前回のシナリオを見る


リプレイ本文


 先鋒戦。
 月軍、染井 桜花(ja4386)がリングにあがると歓声が一際大きくなった。
『前回、完全勝利の影響が出ているんだな』
『文歌君、浪風君に続き、桜花君にもファンクラブができたらしい』
 相手からは指一本触れさせずに勝利という快挙をなしとげた桜花。 長いスランプを越え、絶技はさらに冴える!
 一方、星軍は水無瀬 快晴(jb0745)。 現在三位。 格闘王の座に近づくため、是非勝っておきたい一戦。
「……この間とは、違う、か」
 この二人はタッグ戦で拳を交え、水無瀬がスランプ中だった桜花を制圧した。
 桜花が復調した今、どう展開するのか? 

 ゴング!
「……獣は今、解き放たれる」
 同時に桜花が“心技・獣心一体<臨戦>”を発動する
 体格に劣る桜花にとって、軸になる強化スキルだ。
 全身に紋章痣を輝かせる桜花。
 恐れずに飛び込む水無瀬。
 まずは右手刀を桜花の首筋に打ち込んだ。
 桜花は、かわさない!
 そのまま受け止める。
「……!?」
 顔をしかめたのは水無瀬の方だった。 柔らかに見えた少女の首元から、岩でも殴ったかのような痛みが返ってくる。
 同時に、桜花の掌底が水無瀬の喉元目掛けて放たれた。
「……っ!」
 鈍痛!
 急所には至らないが、皮膚の下にうずきを感じる。
 相変わらず桜花が急所狙い、そしてカウンター狙いだとわかる。
「……だったら」
 今度は膝側面めがけを蹴り放つ。
 桜花の右膝に直撃したが、またも動じない。
 “シールド”スキルに自らの急所攻撃を阻まれている事を水無瀬は確信する。
 そして今、キックを受け止められた水無瀬の腹部は、桜花の掌の間近にあった。
「……氷絶技・雀蜂」
 桜花がカウンターの掌底を打ち込んできた。 狙いは鳩尾! 人体の急所! ここへの攻撃を水無瀬は待っていた!
 十字受けで掌底を叩き落とす!
 崩れかけていた重心を水無瀬は十字受けの勢いで戻す。
逆に桜花が前のめりにつんのめった。
 水無瀬は桜花の首を脇で挟むと、そのまま後ろに倒れこんだ。
 DDT!
 流れるような動きで決まり、桜花がダウンしている。
 その体からは“心技・獣心一体<臨戦>”を象徴する紋章痣が消えていた。
 相手の強化スキルを打ち消すスキル“DDD”だ。

 月軍控室。
 モニターで月軍メンバーが試合中継を見ている。
「またかよ、あいつ鳩には厳しいな」
 前回、水無瀬に鳩尾攻撃を弾かれたのが遠因で負けた浪風 悠人(ja3452)。 苦い思い出に冷や汗をかく。

 一方、星軍の控室では、咲魔 聡一(jb9491)がやきもきしていた。
「染井先輩、助けてさし上げたい」
 彼は烙印系と呼ばれる強化スキルで、後方支援するつもりだった。
 桜花は敵軍なのだが、咲魔は水無瀬ら上位選手と、下位選手の差を詰めたいようだ。
 しかし、舞台が球場に移ってから控え選手はリング周りではなく、控室でのモニター観戦になっている。
「肉眼での観戦をしていない以上、烙印の射程からは外れているでしょうね」
 仁良井 叶伊(ja0618)に言われ、咲魔溜息。

 ダウンはしたものの、シールドがダメージを軽減してくれた。
 桜花はすぐ立ち上がる。 同時に、水無瀬が手刀の連打をしかけてきた。
 紋章痣を再出現させている間はない
 強化したあの技の出番だ。
「……絶技・拳断舞踏」
 水無瀬の連打に桜花が連打をぶつける。
 かつて、フェンリルこと遠石 一千風(jb3845)に破られた後、両拳を“シールド”で覆う形に改良した。
 これでの小指を狙い、砕くのが目的の技だ。
「くっ」
 水無瀬の攻撃が手刀だったのが幸いし、左手の小指にヒビを入らせることに成功した。
 ひるむかと思ったが、またも水無瀬は立ち向かってくる。
 今度はプロレス技のSTO。
 受け身で対応しようと思ったが、シールドを張る。
 ここまで無理をして攻撃してきたからには何かあるというのが、桜花の考え
「……囮だ」
 予想通り、見えない場所からアウルの矢が飛んできた。
 だがシールドで軽減。
 顔をしかめて後ろに飛びのく水無瀬。
 桜花は追撃しない、再び全身に紋章痣を浮かべる。
 続いて“神速”で突撃する!
 水無瀬はDDDを右手刀に載せ迎撃にきた、
「……無駄だ」
 紋章痣を打ち消される。
 構わない桜花。
 DDD手刀のダメージは“シールド”でこらえる。
 神速の勢いで水無瀬の髪を掴むと地面に叩きつけた!
「ぐっ!?」
「……絶技・紅葉卸」

 星組控室
 水無瀬の恋人、川澄文歌(jb7507)は泡を食った。
「あわわ、これは酷い」
 相手の髪を掴んだまま高速で動き、地面で顔をすりおろすという残酷技なのだ。

 水無瀬は引きずられながらも右腕をのばすと、桜花の右足を払った。
「……あ」
 大きくバランスを崩す桜花。
 紅葉卸という技、相手の体をまともにロックしていないので隙だらけである。
「……今!」
 水無瀬は“ダークハンド”のスキルを発動させた。
 影から生じた黒い手が、桜花の左足を掴む。
 桜花の体勢がさらに崩れた。
 水無瀬はその懐に潜り込み、プロレスのショルダースルーで投げる!
 相手を束縛し、受け身困難な投げを打つ水無瀬の新FB“闇手”
 首から地面に落ちる。
 今の桜花に紋章痣はなくシールドも残っていない。
 起き上がってこられなかった。
 勝利のゴングが水無瀬の上に鳴り響く。
「……あんた、間違いなく染井 桜花だ」
 以前は不満すら感じた桜花の実力は、蘇ってみればやはり本物。 
 浪風戦に続き、薄氷の勝利ながら三連勝を保つ事が出来た。


 次鋒戦。
 すでにリングには、星軍の咲魔と月軍の阿岳 恭司(ja6451)がスタンバイしていた。
 対するは現在七位タイの咲魔、未だ優勝を諦めていない。
 本戦途中参加な時点で困難な課題なのだが、自分に厳しい性格だった。
(負けても勝ってもトップとの点差が埋まらない……希望を持ち続けるってこんなにキツい事だったんだな)

 互いに無言の中、ゴングの音が響いた!
 ゴングと同時に咲魔は、背に翼を広げ飛翔していた。
「ここはバルコニーじゃねんだ……選手だったらリングに足つけな!」
 飛べない阿岳が文句を言う。
 この瞬間、咲魔は妙な感覚にとらわれた。
 ここは真剣勝負のリング、なのに一瞬だが自らの所属する演劇部にいるような錯覚を覚えたのだ。
(舞台稽古? いや、そんなはずはない! 試合中だ!)
 咲魔は錯覚を振り払い、準備を進める。
 狙うは一撃必殺!

 見上げる阿岳の眼前、観客の視線から咲魔の姿が消えた。
 リングから消えた選手にざわめく二万の大観衆。
 咲魔が発動したのは“ 蜃気楼”のスキル。 自身の周囲の空気密度を変化させ、光の屈折で姿を消す技だ。
 なお完全に消えるわけではい。
 注意して目をこらせば空気の歪みは見えるし、狭いリングだから少し接近すれば相手も空気の歪み内に入り、意味をなさなくなる。
 だが、瞬間の意表は突けるはず。
 前回、文歌が使った“八卦水鏡”同様、NBD全試合でただ一度だけ相手の心理を怯ませられる奇襲技だ!
 だが、次の阿岳の台詞が咲魔の背中に冷水を落とした。
「こっちは見えない近づけない。そっちはお空から弱った頃を見計らい一方的にやりたい放題…悪くない”戦法”だ………客の前でやる”格闘技”と呼べる代物じゃないって以外はな!」
 動揺もせず、まるで咲魔がこれからすることを見透かしているかのようだ。
 とっさに出たアドリブには聞こえない。
 阿岳は、マイクパフォーマンスを普段から人一倍練習していると聞く。
 演劇部だからわかる。
 今の台詞は、稽古済を重ねたものだ。
 本日、咲魔は戦術を一つしか用意していない。 いかに不気味な状況ではあれ続けるしかなかった。
 リングの中に真夏の雪を降り注がせ始める。
 “ダイヤモンドダスト”のスキル、この冷気で阿岳の対応を遅らせる。
 何があろうが、速度で押し切る!
 用意した布石を積み上げ終えた咲魔、一気に勝負に出る!
「勝たせて……いただきます!」
 不可視の状態から、急降下!
 阿岳の胸ぐらをつかみ、足をかけて毒針巴投!
 デビュー戦で前王者を破ったこの戦術に、身を凍らせる冷気足した新FB! それが“雪中毒蜂巴投”!
「初めて勝ったこの技で!希望を繋いでみせる」
 咲魔が急降下を始めた、その瞬間だった。
「見てるお客さんにやさしくないしょっぱい闘い方じゃテッペンは獲れねぇよ!」
 またも稽古済らしき台詞とともに、阿岳の両掌からアウルが放たれた。
 衝撃波が咲魔の体を貫く。
「うわっ!?」
 空から大地へと叩き落とされた。

 地面に膝をつき、よろめいた咲魔に阿岳が攻め込む! 咲魔の腕をハイキックで薙ぐ! 
しかも“痛打”入りだった!
「ぐうっ」
「これで毒針は出せまい」
 スタンする咲魔。
 今度は阿岳がFBを仕掛ける。 発勁直撃、落下ダメージ、ハイキック、スタン。 咲魔は今や満身創痍!
「短期決戦だが、見ごたえは十分だろう!」
 阿岳は得意の“外殻強化”をかけると咲魔の右腕をロック、捻じりあげつつ組み敷いた。
腕四の字をかけ、テコの原理で相手の肩を痛めつける関節技。 チキンウィングアームロック!
 しかも、このテコは鋼! 極めてしまえば容易には外せない。

 激痛の中で咲魔は、阿岳が熱い声でまくしたてるのを聞いていた。
「使えるもんは何でも使うのはいい考えだ。 誰しも焦れば己が信念の為、何をしてでも勝とうとするだろう。昔闘ったアウルレスラー達もそうだった。 俺はプロレスが最強だと胸を張って証明する為にここに来た。だったら俺も……背負ってるものに恥じない闘い方をする!」
 そして確信する
 自分の奇襲戦術を、阿岳はあらかじめ知っていたのだと。
 技は完全に極まっており脱出不能。
 試合終了のゴングが鳴り響いた。

「次の最終戦!奇跡の逆転技で一位を掻っ攫ってやるから、女房質に入れてでも観にきやがれー!」
 威勢よく咆哮する阿岳。
 熱情に観客の歓声がこだました。

 昼休み、咲魔はクレヨーとホセにそば屋に誘われた。
「次に勝てば君は勝ち越しなんだな。 トータル三勝二敗に金星一つ! 力士的感覚で言えば、お祝いなんだな」
「でも、もう優勝は」
 励ましてくれるのはわかるがどうにも食欲がわかない。 鴨南蛮が六人前しか喉を通らなかった。
「優勝に拘ることはない、四位以内ならその強さを讃える称号を進呈するつもりだ。 キミはNBDに新しい風を吹かせてくれた源なんだ。 お世辞抜きで評価しているし、感謝もしているよ」
「新しい風?」
 ホセの言う新しい風とは、咲魔が前王者の過去の戦いからFBを予想、あらかじめ対抗手段を用意して打ち破ったことだ。
 あの時からアウル格闘技に“力”“技”に並ぶ“知”という大きな柱が出来たのだ。 
「こうして大きな会場で興業出来るほど面白い競技になったのも、咲魔君のおかげなんだな」
「ありがとうございます。 ただ今日のはそうじゃない気が――飛行も蜃気楼も僕はNBDでは初めて使いました。 奇襲の練習も極秘でやりましたし」
「確かに不思議だが、阿岳君が無意識に予測系のスキルを使ったんじゃないかね?」
「ありえる、撃退士は日々進歩しているんだな」
 二人は納得しているが、咲魔の役者としての本能はそれを受け入れられないままだった。


 中堅戦。
「どこまでも高い興業の壁 ……か」
 リングに向かう球場通路で、星軍・仁良井は呟いた。
 どちらかといえば自分はヒール扱いされている気がする。
 小さなものが知恵を駆使して大きなものを倒すのは、日本人好みなので仕方がない。 最低でも相手が直近の試合で決め手とした技にくらいは対策していないと、負けた時に一方的な報道になる可能性があるとクレヨーに言われてしまった。
「要は勝てということですね」
 大きいものは有利な面が多い、仁良井は対策さえ充実していれば絶対王者になれる器だとも言われた。

 リングに入ると、対戦相手のラファル A ユーティライネン(jb4620)が派手にパフォーマンスをしていた。
「今日もみんなの重体ちゃんが帰ってきたぜー、最下位の俺様に怖い物なんかないぜー。今日は勝たせてもらうじゃーん!」
 小柄で場内の雰囲気を持っていくのが上手なラファル。
 2mの男としては実にやりにくい。
 仁良井は一礼して構えるとゴングを待った。
 
 開始と同時に仁良井は一気に間合いを詰めた。
 早い拳撃を連続で繰り出す。
 ラファルは回避してきたが、そこへ足を送る。
「うお!?」
 躓いたものの、すぐに体勢を立て直そうとするラファル。
 送った足を軸にしての回し蹴り!
「がはっ!」
 小さな体がネットめがけてすっとんだ。
 場内から悲鳴があがる。
 ダウンには至らず、ラファルは体勢を立て直して構えてきた。
「くそ、予想と違うじゃん」
「予想?」
「なんで正攻法なんだよ? まやかしたいんならとっとと使えよ!」
 もやもやしたものが仁良井の胸にうずいた。
 次鋒戦観戦中にもあった感覚だ。
(これは、確認したほうがよさそうです)
 再び踏み込んで、虚の拳で牽制しつつ横に回り込むとラファルの眼前で大きくパァンと両掌を打ち合わせた。
 相撲でいう猫だましである。
「え?」
 ラファルが予想以上に目をパチクリさせた。 単に猫だましの効果だったとは思えない。小兵向きの技を、仁良井が使用したことに意表をつかれたのか?
 ともかく仁良井は、死角に回り込むと試合前の構想通り“クリアマインド”のスキルを発動させた。
 気配を消すスキルだ。
 次の瞬間、ラファルが下段蹴りを繰り出し、死角にいたはずの仁良井の足首を正確に薙ぎ払った。
「へっへーん、“集中力”溢れる俺様にまやかしは通用しないぜー」
 仁良井の身体バランスが崩れ、尻もちをつく。

 星組、控室
 モニターで試合を見ていたゼロ=シュバイツァー(jb7501)が声を濁らせた。
「“集中力”ずいぶん地味なスキルを用意したもんやな?」
 “クリアマインド”はNBD全体でも初。 大型選手が使う奇策としても稀だ。 だがラファルは、予想済だったかのように見えた。

 月軍控室で咲魔が声をあげる。
「そういう事だったのか!」
 水無瀬がこくりと頷く。
「……割と単純」

 解説席。
「どういう事だね?」
 クレヨーが神妙な顔でホセに答える。
「これは僕が推察したもので、阿岳君やラファルちゃんは別ルートから推理したのかもしれない。 けど誰にでも出来る方法として言わせて欲しい」
「ほう?」
「撃退士のデータベースを見ればいいんだな。 試合前期間に相手がどんなスキルを活性化していたのかわかる。 戦術が推測可能なんだな」
「ふむ、それはハイテクだ」
「ホセ君、言葉の感性が二十世紀なんだな」
「しかし、それは脆弱性もあるね」
「うん、裏をかかれる場合もあるんだな」

 リングでは、ダウンさせた仁良井の立ち上がりざまにラファルは掌底をぶちこんでいた。
 仁良井はふらふらとしている。
 その目には無数のひよこの幻影が見えていることだろう。“特殊弾頭「スーパーピヨリスペシャル」<忍法「胡蝶」>”の効果である。
「いっくぜ〜!」
 ラファルは自らロープに飛んだ。
「イッチバ〜ン!」
 反動で戻りながら仁良井にアックスボンバーを炸裂させた。
「うっ!」
 再びダウンする仁良井。
 さらに逆側のネットに飛び、再び弾性で戻ってくる。
 仁良井の前でジャンプし、今度はヒップアタック!
「いてっ!」
 声をあげたのはラファル自身だった。 単純にかわされ、尻もちをついたのだ。

「朦朧としましたが、最初の一撃で目が覚めました」
 朦朧状態は相手に攻撃を受けると解除される。
 そもそも動きが大味すぎて、朦朧状態でさえ見切れた。
「なんだよ、ラキスケ堪能したくないのかよ!」
「見せ技は考えて行わないと藪蛇ですよ、私もゼロさん戦で痛い目を見ました」
 言葉とともに仁良井は尻もちをついたラファルに電刃・居合い打ちを放った。
 居合の形から放たれる手刀サンダーブレード。
 威力はあまりないものの、ラファルはあっさり麻痺してくれた。
「な? お前、そんなスキル……」
「ああ、例の情報戦ですか? 関係ないですね。 私、スキルを途中でそっくり入れ替える計画でしたんで」
「!?」
「まあ、試合を終わらせましょう」
 FBの構えに入る仁良井。
「くそ、やられるか!」
 苦し紛れにラファルは“幻霧”を含んだ猫だましを打ってきた
 スキル封印を試みたようだが、全くの無駄であった。
 猫だましは相手が想定している時には、効果がない技。 自分がそれを使った仁良井に通用するわけがない。
 ラファルが先ほど動揺した理由は、これだったのだ。
 仁良井は蹴り足に“掌底”スキルを乗せると払い腰で跳ね上げ、そのままラファルを巻き込んで縦に一回転した。
 FBいづな!
 ラファルの体が悲鳴とともにネットを突き破る。
「ROルールなんて卑怯だ〜!」
『今更仕方ないんだな』
『ネットブレイクデスマッチだからね』
 大器・仁良井快勝! これにより星軍は2-1とリードをとった。


 副将戦。
 リングで、星軍・フェンリルが咆哮をあげて鎖を断ち切るパフォーマンスを見せる。
「ウォォォン!」
 観客からお帰りなさいの歓声が沸いた。
 フェンリル、二試合ごしのリング。 一時はトップに立っていた実力と、美しい長身から人気のある女子レスラーである。
 対するは月軍はゼロ、殺気を放って観客を威圧するパフォーマンス。
『実力者同士、これは熱戦が期待出来そうだ』
 ゴングが今、打ち鳴らされた。

 フェンリルが前に出た!
 飛翔した牝狼は美しい両足を伸ばし、ドロップキックを放つ。
 瞬間、ゼロが口角をあげた。
「待っとったで」
 その指先から“星の鎖”が伸びる!
 空中にいたフェンリルの肢体を絡め取り、地上へと引き落とした。

 月軍控室。
「……ブランク?」
 桜花は小首を傾げる。
「しばらく役に立たなかったのに、ゼロめ、ずっと狙い続けていやがったな」
 飛行戦法が得意なラファル、舌打ちをする。
「フェンリルは今がこらえどきだ。 試合勘は一秒ごとに戻ってくるからな」
 阿岳はベテランらしく論評したが、画面の中のゼロはそうは考えなかった。 

「一方的にやる!」
  鎖に縛られ、地に落ちた狼の頭をサッカーボールの如く思い切り蹴る!
「ぐわぁぁ」
 狼は咆哮する。
 二発、三発、蹴り続ける間に、ゼロは体内に眠る“痛打”を呼び起こす。
 これを決めて、スタンさせる!
だが、痛みが走ったのはなぜかゼロ本人の左足首だった。
「っ!」
 事態に気づいたゼロが、後ろに飛びのく。
 フェンリルは野性を思わせる身のこなしで立ち上がった。
「ちっ、急に石頭になりおって」
 蹴っているうちに、フェンリルの頭の硬度が急に増したのだ。
 あれはおそらく“外殻強化”。
 前回も阿岳に使われ完勝を逃した。 どうにも因縁を感じるスキルである。

(この痛み……私は帰ってきた!)
 リングで戦える喜びに湧き立つフェンリル。
 打撃戦を挑む。
 飛び技はこの試合、封印するしかない。
 ステップしながら牽制のローキックでゼロの懐に入り込む。
 身長、リーチともほぼ同じ相手だ。
 頭部に“薙ぎ払い”を籠めたエルボーアッパーを放った。
 これで動きを止めたら、次は!

(今のジョブだとあまり見えへんな、度のあわん眼鏡かけているみたいや)
 ゼロの目には“予測回避”スキルが宿っていた。
 ビジョンははっきりしないものの、フェンリルの“薙ぎ払い”は念頭に置いてきた。
 辛うじてかわすと、エルボーを空振りした腕をガッと掴む。
「しまった!」
 右掌でフェンリルの手首を掴み、左掌で肘を掴む。
“掴み炎陣球”でフェンリルの右腕を焼く。
 自分の掌も大火傷を負う自爆技だが、利き手とそうでない手の取引なら採算がとれる。
 だが、炎陣球を起動させようとした時、顔前を何かが通過した。
 とっさに手を外し、フェンリルから距離をとる。
 頬と鼻先から血が滲んだ。
 今のは“飛燕”の衝撃波だ。
「掴み技対策は用意してきたんだ、ブランクはあるが時代に乗り遅れてはいないぞ」

 自信ありげに言ったフェンリルだが、正直手詰まりだ。
 飛び技も、打撃も危険。 やはり掴み技には注意が必要だ。
 対策は用意した
(脇固め……うまく決まれば、掴まれることもさせず腕を折る事が出来る)
 対ゼロ用の最適解だった。
 ただ、迎撃用の技ゆえ手を出してもらえないとやりようがない。
 ゼロの方も飛燕を警戒しているのか、距離をとったまま動こうとしない。
 さきほど、顔を蹴られた時の鼻血が止まらない。 
 なにか良い策はないか、考えながら狼マスクが血に染まっていくのを気にした時、閃きが走った。
「提案だ」
「なんや?」
「五秒以内に私のマスクをはがしてみろ。 そしたらギブアップしてやる」
 場内がどよめく。
“はがーせ、はがーせ”というコールが二万の観客から湧いた。
 ゼロも口角をあげた。
「自分、素顔はべっぴんさんやそうやな」
 マスクマンのフェンリルだが、とうに素顔は割れている。
 二年前のアウルレスリングで剥がされてしまい、その時の写真がネットに出回っている。
 美形揃いの久遠ヶ原でも稀なタイプと評されるその美貌を、直接見たいという観客の心、そして女好きで面白いこと好きのゼロを煽ってみた。
「焼いてもええんか?」
 やはり乗ってきた!
 一気に駆け込んでくるゼロ。
 構えるフェンリル。
 その手を掴まえて脇固めに入れるかが勝負だ。
 このマスクは一般的な素材で出来ている。
 つまりは無機物、アウルの炎では焼くことが出来ない!
 素顔を見ずにマスクごしに顔だけ焼く危険は、女好きならまずないだろう。
 マスクを無理に引きちぎろうとしてまごつくなら、捕まえる事は容易い!
 ゼロが眼前に来た!
 突き出される腕を狼の眼光が狙う。
 だが、突き出されたのは腕ではない、脚だった。
「え?」
 沈み込んでのローキック!
 脛を蹴られたとたん、激痛に意識が飛ぶ! “痛打”が込められていた。

 飛んだ意識が戻る
 指定の五秒が過ぎたはずだがマスクは剥がされていない。
 聞き覚えのある詠唱が聞こえた。
「全てを滅する闇之如く」
 ゼロがFBに入ろうとしている合図だ。
 フェンリルは逃げない。 罠は二重に張った。
 ゼロのFBは相手の頭を掴んで“闇撫<鬼神一閃>”で叩きつけ、その後“掴み炎陣球”で自分の掌ごと相手の頭を焼くというコンボ。
 フェンリルはその対策に、外殻強化を頭に集中させる訓練を積んだ。
 二発に分けたがゆえ、一発ずつの威力なら平凡! 耐えてFBを打った反応で脱力しているゼロを捕まえれば勝てる!
 その計算は、自分の掌とゼロの足の位置に気づいたとき崩れた。
 ゼロの左足は、フェンリルの右掌を踏み足裏でロックしていた。
 そして、右足――“闇撫”を孕んだ右足が降りてくる! フェンリルの右肘めがけて!
「うぁぁ!」
 肘を砕かれた激痛に悲鳴をあげるフェンリル。
 さらに火球がその肘を襲う!

 いつもは頭狙いのゼロ、今日は相手の関節破壊を徹底する戦術をとっていた。
 FB用の“炎陣球”も高リスクな掴み型ではなく発射型だ。
「ギブアップだ、剥がせ」
 フェンリルが頭を差し出してきた。
 飛び技を封印され、利き腕を破壊されてはなすすべがないだろう。
 ゼロは、フェンリルに背を向けた。
 “はがーせ、はがーせ”という抗議にも似たコールが観客からぶつけられたが、己の呟きにそれを打ち消した。
リングから立ち去る。
「冷徹に……闇炎は暗く……深く燃え……血が俺の渇きを潤す」
 今日のゼロは餓えた冥府の獣。 女よりも享楽よりも、ただ勝利だけを啜りたかった。


 団体戦は2-2で大将戦を迎えた。
「ここまで来たら、格闘王を目指すのみですっ 」
 最も格闘王に近い位置にいる星軍・文歌、意気も新たに宣言する。
「妻やファンの皆の為にも、俺はここで負ける訳にはいかないッ」
 クルックー空手の浪風、常に妻を意識する男。
 大一番のゴングが打ち鳴らされた。

 文歌が会場にいるファンの声援を聴きつつ、走った。
「いきますよ!」
 ローキックを繰り出す。 炎の塊が文歌の右足を包む。
 この足は格闘王の座に迫る一歩。
 浪風の特性を殺すためのスキルが込めてある。
 だが、炎の足は暗黒の霧に包まれ、その姿を消した。

 浪風は黒い霧に包まれていた。
 残像、“ドレスミスト”
 黒い霧を纏い、素早く動く事で二つの黒い人型を作り、相手の攻撃を躱す技。
 日に三度しか使えないものの、その回避力は絶大!
 浪風は霧から抜け出すとともに、文歌の鳩尾に正拳を繰り出した。
 クルックー空手の主力技、白鳩撃!
「くっ」
 本能的に鳩尾をガードする文歌。
 だが、今回の鳩は一匹にあらず! 鳩尾もその目標ではない。
 顔面に左手でもう一発の拳を叩き込む。
 文歌の頬を叩く。
 唇から血が流れ出るのが見えた。
(成功だ)
“デュアルモーション”で高速移動しながらのフェイント二連撃。
 弐羽鳩 。
これまでこだわり続けていた鳩尾への狙いをあえてフェイントとし、他の部分を撃つ新主力技だ。
 だが、大成功ではない。 急所は外したし、叩いた感覚が頬とは思えないほど硬かった。
(“シールド”か――格闘王に最も近い女は、そうそう倒せるもんじゃない。 焦るな、プランは先送りだ)

 突然だが舞台は文歌の中にある国、神聖アイドル帝国に移る。
「あわわ、やばいペン、まずいペン」
「あわわ、鳩さん怖いペン」
 帝国民のあわわペンギンたちが国中で慌てまくっていた。
 フェニックスフレイム。 “フレイムシュート”の炎を叩きつける事により温度障害をおこす技。
 温度障害を起こせば、浪風得意の精密打撃を阻止出来る。
 シールドが働いているうちに打撃戦で体力差をつけ、新FBに持ち込むのがこの帝国の戦略目標。
 それが崩れかけ、帝国民は大混乱だった。

 現実に戻る。 
 リングの文歌は浪風の出方を見るため、打撃戦を挑む。
 掌底、膝蹴り、肘打ちなどに混ぜて二発目の“フェニックスフレイム”を試みる。
 やはりダメだ。
 囮の攻撃は何発か喰らってくれた。 だが文歌が足に炎を宿した瞬間、黒い霧を発して隠れてしまう。
(まあ、そうするよね、私だってたぶん、そうするよ)
 別のバステスキルか、強烈な打撃スキルを打てれば、それに対してドレスミストを消耗してくれただろう。
 だが、今日の文歌は“フェニックスフレイム”三回分しか用意していなかった。
(残り一回、確実に当てる方法は?)
 答えの出ぬまま時間が過ぎた。
 頼みの綱の“シールド”がついに切れてしまう。

(プラン再開!)
 浪風は再動させたデュアルモーションを発動させた。
 喉元に手刀!
 だがこれはフェイク!
 身を捻って躱した文歌の後頭部に、本命の正拳突きを入れる。
「!」
 男の拳が少女を殴り倒す!
 文歌、久々のダウン! 端から血を垂らして倒れた文歌を眺め、浪風は思った。
(リング以外でやったら快晴に殺されるな、これ)

 再び、アイドル帝国の玉座。
 慌てる女帝ペンギンの前に羽根扇子をふりふり、一羽のペンギンが現れた。
 この国の軍師・姫孔明である。
『軍師よ、我が国最大の危機じゃ、策を授けたもれ』
『フェニックスフレイムを確実に当てればよいのですね、容易い事です』
 姫孔明は片目を不敵に輝かせた。

 リングに立ち上がる文歌。
 ダメージの深い体で背後にあるネットめがけ、自ら跳んだ!
 弾性で勢いをつけてタックル!
 なお、このタックルにスキルは籠めない。
 浪風もドレスミストを最低一回は残しているだろう。 虎の子のフレイムシュートをそれで回避されては終わりだ。
 一見、無害そうなタックルで転倒させてマウントポジションをとり、組み敷いてしまえば残像も黒い霧も無関係に当てられる!
 浪風めがけ、姿勢を低くして走る!
 浪風は躱してこない。
 軍師の読み通りだ。
 右肩を浪風の足目掛けて直撃させる!
 会心の手ごたえ!
 全体重を前に傾ける!
 押す! 押す!
 だが、浪風は倒れない!
 “不動”だ。
「この技の有用性を教えてくれたのは、キミだよ」
 文歌の快進撃の立役者を浪風も用意していた。

 再びアイドル帝国の玉座。
『軍師よ、話が違うよ! あわわ』
 動揺する女帝ペンギン、だが姫孔明は落ち着いている。
『ご安心ください、じき浪風殿はFBを打ってくるでしょう、間違いなく打撃FBです。 それを破る対策が我が国には豊富にございます』
『そ、そうじゃった! つまり、FBをしのいで相手が脱力状態になった隙にこちらのFBを放てばよいのじゃな』
『いいえ、そうではありません。 今回用意したFBの基になったのは立ち関節技のコブラツイスト。 立っている相手の背後に回り込み、四肢を上手に絡ませねばなりません。
 旧来のFBより格段にかけにくいのです。 バステスキルを当てる見込みがなく、さらに今の体力差。 FB後の脱力状態でも浪風殿はかかってくれないでしょう』
『ならどうすれば?』
 姫孔明は筆と紙を取り出しさらさらと秘策を書き連ねると、女帝に差し出した。
『この策をお使いください、心配事はたちどころに晴れます』

 リングの中、今まさに新FB王手鳩を放とうとしていた。 チェックメイトを入れたトドメの突きだ。
 文歌は顔をあげると、浪風ににっこりアイドルスマイルを向けた。
「降参でお願いします♪」
 姫孔明に渡された秘策。 そこに書かれていた文字がこれだった。
 いかに敵FB対策が充実しようと、自分の勝ち筋を確保出来なければじり貧。 力尽きるまで強力なFBを浴び続けることになるのだ。
 そんな姿を快晴に見せてしまう事が、文歌最大の心配だった。

「対戦ありがとう」
 苦笑いする浪風、練習したFBを披露できず、ちょっぴり残念。
 だがトップ選手の連勝ストップ、団体戦の月軍勝利確定と大殊勲である。


 順位を発表する球場大スクリーン。 頂点についにゼロの名が表示された。
 ヒーロー王に続くのはヒール王となるのか? アイドル王が華麗に魅せるのか?
 用意されているとんでもない逆転条件とは一体!?
 次回完全決着、乞うご期待!


依頼結果