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マスター:スタジオI
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/06/24


みんなの思い出



オープニング

 アウル異種格闘技NBD、ネットブレイクデスマッチ。
 二代目アウル格闘王の座を賭けた本戦は四回戦、そして躍進の時を迎える。

 アウル格闘技協会。
「ホセさん、ドームなんだな、ドーム!」
「ドームは無理だって、普通の野球場を借りるのが精一杯だよ。 あとその物まね、気持ち悪いからやめたまえ」
 有名アイドルゲームの物まねをして、ホセに怒られている元力士のクレヨー先生。
 何を話しているのかというと、新会場についてである。
 NBDの人気が上昇したため、島から飛び出して開催する事にしたのだ。
 これまで試合を行っていたアウル格闘技協会本部大ホールでは、観客が三千人程度。
 今度使う球場では、二万人と文字通りの桁違いである。
 また屋外球場ならば、これまで真価を発揮しきれなかったジョブ、スキルにも対応できる。
「新しいお客もきてくれると思うんだな。 そこで大切な事が一つある」
「つまり出場選手の魅力を伝えるということなんだな。 選手がファンを捕まえればコンテンツは継続するんだな」 
 魅力を伝えるために用意したものが選手紹介用のVTRである。
 まずは、これまでのNBDの試合を各選手ごとに編集し、そこに名前、使用格闘技などのプロフィール。NBDにおける戦績などを流す。
 そして最後に、
「ゴング前に選手たちにマイクスピーチ聴かせてもらうんだな、テーマはズバリ“NBDで戦う理由”なんだな」
「“動機”というやつだね、漫画なんかでも行動動機に共感が出来るキャラクターにたくさんのファンがつく」
 とりあえず、サンプルのスピーチをしてもらって、どの程度の長さに設定するか決めることにする。

 今回はサンプルにスーパーサブ用の選手、雪男レスラー・サスカッチマンにテストスピーチをお願いした。
「俺はいい男と試合したいんだ。 捕まえて力づくで脚を開かせて、お股の香りをクンクンしたいのだ! むろん女とも試合する! ボコボコにして“この世にメスなんぞ不要”ということを世のいい男たちに知らしめてやりたいからな!」
「はい、十秒! このくらいの長さが集中して聞いてもらえる限度なんだな」
「ガハハハッ! 俺のスピーチが二万人のいい男たちの前で流れるわけか、楽しみだ」
「キミのは流さないよ、間違いなく観客ドン引きだからね」
 というわけで今回は試合だけではなく“NBDで戦う動機”の十秒スピーチをしてもらう。
 試合後にアンケート調査し、獲得ファン数が多い選手にはMVPとともに5Pを付与。
 試合の勝利得点が10Pなので勝利かつMVPの選手は15Pの大量得点を得ることになるのだ!

 なお以下は出場者必読のNBDマガジンになる。
 今回の更新項目は特にないが、自信のない人は確認のために再度目を通しておくことをお勧めする。

●NBDマガジン初夏号

★1・フィニッシュブロー(FB)を確立させるべしver2
 相撲で自分の”型”を持つ力士が強いように“この技で決める”というものを持っている選手は強い。
 格闘技とスキルを組み合わせた最強のアウル技を作り、FBとするのだ!
リングから相手を弾き飛ばすための技でも良いし、戦闘不能やギブアップに追い込むための技でも良い。

★2・決め技を決められる状態に持ち込むべし
 「FBだけ磨いて、試合開始直後にいきなり決める」というのは流石に困難である、
 そこで、決め技が成功する状態に持ち込めるよう、試合を組みたてる必要がある。

【序盤は打撃戦を挑み、その中で相手の右腕を掴む。 関節技に持ち込み、相手の右腕を封じる。 その状態で右脇腹を狙ってエアロバーストブローを打ち込み、リング外に吹っ飛ばして勝利】

 といったものが、単純ではあるが流れの一例である。
 むろん、多くの試合は自分の思い通りには展開しない。
 相手も、自分の流れに持って試合をいこうとするからだ。
 そこで、次項の対策技が存在感を帯びてくる。

★3・対策技ver2
 関節技が得意な相手に対し、ゼロ距離発射可能な打撃技。 蹴り技が得意な相手に対し、足をとっての関節技。 など、対戦相手に会わせて対策技を用意することにより、相手が掴みかけたペースを崩し、試合の流れを有利に変える事が可能である。
 さらにはそれらの対策技に対して、さらなる対策技を用意し、自分の流れを押し通すタイプの闘い方も有効だ。
 対戦前に相手の格闘スタイルを予測して作戦を立てよう。

 ただし、対策技ばかりを用意していて自分の格闘スタイルが見えなくなるのは本末転倒。
 リングに持ち込む思考として理想的なバランスは、攻撃60% 対策20% その他(意気込み、駆け引きなど)20%と言われている。

★6・アウル技は強いver2
 アウルスキルで強化した格闘技(アウル技)は、使用していない格闘技(ノーマル技)に比べると圧倒的に強い。
 回数制限があるとはいえ、出し惜しみをしていると流れを掴まれ、負けてしまう。
 相手が全力で来るなら、自分も全力! アウル技は最初から、出し惜しみなく使うべし。
 またベースになる技とスキルとの相性にも注意が必要。
例:ブレーンバスター・オーガ
 相手の肉体を武器に見立て“鬼神一閃”を乗せたプロレスのブレーンバスターを放つ。

★7・有効な技とその対策ver.2
 ここまで累積した試合データでは以下の事がわかっている。

・ダメージ系のFBには”不撓不屈”などの蘇生系が有効。 相手の渾身の一撃に耐えて、まさかの逆転が狙える
・その蘇生系を使う相手に対しては関節技や、極め技でじりじり体力を奪う戦術が有効。投げ技でRO(リングアウト)でも蘇生技を事実上無視できるので有効。
・アウルを利用した投げ技はRO(リングアウト)勝ちが狙えるので強い。 現在のFBはこれが主流となっている。 対策技の開発が望まれている。
・予測系の技はどれも強い。 ただし、以下のような使い分けが必要。
予測攻撃……後の先を狙える。他のものより安定性がやや低い。
予測防御……確実性の高いブロック。痛打のスキルなどに弱い。
予測回避……回避狙い。状況により回避が間に合わない場合あり。
予測連撃……二連撃の可能性。反撃手段がしなる打撃に限定される。

なお予測されていると気づいたら下手に手を出さず、相手のスキルが切れるのを待つという対策がある。

★8・使う技のビジョンはくっきりとver.2
 単に「ルチャで戦う」「●●流の技で攻撃する」「「関節技を使う」という曖昧なビジョンよりも「脇固めを狙う」「DDTを使う」と具体的な技を思い描いた方が強いぞ!

★金網リングについて
 6.5m四方の土の闘技場に、特殊金属の金網をかぶせたリング。 天井の高さは5m。
 金網の網の目はひし形になっており、網を伝っての上り下りも可能。
 金網は弾性のある特殊合金で出来ており、ぶつかるとプロレスリングのロープのように伸びる。 
 ただし弾性を越える圧力が加わると、とたんに砕ける。
 弾性や砕けやすさは場所によりまちまち。
 ただ、脆い部分でも自分からぶつかった場合、壊れる事はまずない。
 威力のある必殺技で相手を吹き飛ばした時に、壊れる可能性がある。

 屋根部分の金網のみ別の弱い金属で出来ており、体重40キロ程度の者なら雲梯のように移動可、体重60キロ程度の者なら数秒間なら何とかぶらさがれるレベル。 それ以上だと重みのみで千切れる。

 レフリーがリング外におり、阻霊符で透過スキルを防止している。
 以上、勝利の方程式と舞台の特性を心に刻み、勝利を目指してリングに臨んで欲しい。


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リプレイ本文


 島から飛び出しての大会。
 初戦の選手である染井 桜花(ja4386)と桜庭愛(jc1977)は、二万人の大観衆に取り囲まれていた。
 ここで最初にスピーチを行うのは大変なプレッシャーである。
 しかし、桜花は動じた様子がない。
 めちゃくちゃマイペースなお人だった。
「……私の望みは強者との戦い……戦いが私を強くする!」
「……だが、まだ満足していない!……物足りない!」
「……私の中の獣と女王も満たされていない!」
「……故に、始めよう……今宵の宴を!」
 区切り区切り話してからマイクを置く。
 拍手が湧く。 観客数から推察するに半分くらいである。
 獣とか女王とか観客には伝わりにくい分、損をしたかもしれないが桜花なので気にしない。

 続いて愛のスピーチ。
「私のNBDにあがる理由は“もっと強くなりたい” 私は弱いです。今まで一度も勝ててないのが現実。  でも、強くなりたい。弱いのなら強く。今日よりもっと。 いつもの蒼いハイレグ水着・美少女レスラーとしてみんなに認められる強い自分になりたい」
 返ってきたのは応援の拍手。
 内容がわかりやすい。 強くなりたい選手というのは応援しがいがある。
 スピーチ合戦では愛の勝利!
 
 ゴング前、解説席でクレヨーが呟いた
「このカードはある意味、残酷なんだな」
 愛は開幕から5戦全敗、桜花も1勝4敗。
 さらに前回のタッグ戦、この二人はパートナーだった。
「勝った方は負けた方を食って生気を取り戻す、けど食われた方は」
「これまでの敗因を正しく分析できているかが、勝敗の鍵となるんだな」
 ホセの言葉にクレヨーが頷く。
 非情のゴングが今、鳴り響いた。 

 ゴングと同時に桜花は己の中の気勢をあげた“心技・獣心一体”。
 格闘家としては小さな体のハンデを魂で補う。
 愛が突進してきた。
 両手は何かを掴まんかとしているようだった。
「……絶技・雷閃」
 掴まれた瞬間、平手打ちを炸裂させる。

 他の選手たちは、控室から試合の生中継を見ていた。
「……今のパイルドライバー狙いか?」
「あれを開幕いきなり決めるのって、難しいんじゃないかな?」
 水無瀬 快晴(jb0745)と川澄文歌(jb7507)が恋人同士で顔を見合わせる。
「再発しちまったな、愛ちゃんの一番悪い癖」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)が溜息をついた。

 桜花が平手に籠めておいた絶技・雷閃がスタンを引き起こしている。
 そこに胴廻し回転蹴り!
 華麗な連携攻撃に場内からどよめきが湧いた。

 早くもダウンをした愛は、冷静を保つ事に努めていた。
(焦るな、貫くんだ“私のプロレススタイル”を)
 立ち上がりつつ愛は、闘気を解放する。
 序盤ペースを奪われた、ここで押し返せねば今までと一緒だ。
 応援の拍手を送ってくれた観客に応えねばならない。
 視界の先では、桜花が「カモーン」と挑発をしてきている。
 挑発を後悔させることを決意し、それを放った。
 “フライングニールキック” その軌跡は土星の輪を空中に描くがごとく、美しい後ろ回し蹴り。
 これを決めて本命の寝技に入る。
 全てを寝技に帰結させるスタイルが、愛の魅せたいプロレスだ。
 次の瞬間、そのビジョンは標的とともに消失する。

 “フライングニールキック”はその華麗な軌道と引き換えに、相手に背中を向ける瞬間が存在する。
 桜花はカウンター狙い、絶好の獲物だった。
 “神速”のとび膝蹴りが愛の後頭部に炸裂した。
 地面にえぐりこむように撃つのが、紅牙剣闘円舞術流。
「……獣絶技・兜割」
 地面に数秒間押し付けてから膝を離すと、それでもなお愛は立ち上がってきた。
「ね、寝技を……悶えさせてあげる」
 朦朧とした目線と足取りのまま、愛が掴みかかろうとしてくる。
 桜花は悟った、今、戦っている相手は自分の中にいたあの女王なのだと。
 すべきことを忘れたまま、欲しい結果だけを夢見ている。
 桜花の場合は“加虐”で、愛の場合は“魅せるプロレス” それだけの差だ。
 悪い夢から、醒まさせてやらねばならない。
 桜花は体内で “スピンブレイド”を活性化させた。
「……獣技・螺旋双撃」
 大地を蹴りあげサマーソルトキック! 愛の体を空中に打ち上げ、落下時に両掌底を叩き込む!
 これが桜花のFB!
「ぐ……」
 愛は立ち上がってこない。
 新舞台に響く勝利のゴングと観客からの喝采が桜花に降り注いだ。
 完全勝利。 
 かつて文歌にされてしまったそれを、今度は桜花が為す事が出来たのだ。
「……ぶい」
 無表情だが観客に小さくVサインを出した。

 一方、愛は解説席の二人に呼ばれていた。
 この試合で何をしようとしていたのか、ヒアリングを受ける。
「ふむ、そういう試合構想と技構成だったんだな」
「難しい技を決める前準備の技まで難しい技だよね? ならこうなるのも当然だ。 どんなに華麗な技だろうと、決められねば魅せられない、見せられもしない」
 目を潤ます愛。 
 六連敗。
 自信の技を全て出鼻で潰されての完敗。
 さすがの元気娘も辛い。
「決めやすい小技で動きを止めてから、大技を放つ。 これが基本だ、サスカッチマンに雪山依頼で教わった通りにね、あいつはホモだが、嘘つきじゃあない」
 桜花もどん底から這い上がり華麗な復活を果たしたのだ。 愛が光を魅せるのは、これからである。


 2戦目。
 リングにあがったのは、咲魔 聡一(jb9491)とラファル。
 役者として舞台なれしている咲魔からスピーチ。
「そうだな、ここは少し正直になろう。今、僕は物凄い恐怖とプレッシャーを感じている。ここで勝たねば流石に優勝は絶望的だろうからね、何度も諦めそうになったよ。 だけどこんな時、僕の演じたキャラクター達なら、諦めて途中で投げ出すだろうか? いや、そんな事は絶対にない!  彼らには誇りがあった。地を這い、どんなに汚れても貫きたいものが。僕は、役者としての誇りを守り通す!これまで演じてきたものに恥じるような真似はしない!」
 拍手、量はやや遠慮気味。
「咲魔君のやった役を、島外の人たちはよく知らないんだな」
「内容は悪くないが伝わらなかった、パターンだね」

 続いて、ラファルのスピーチ。
「皆の重体ちゃんが帰ってきたぜ。いぇーい。」
 以前、つけられたあだ名を持ち出して、ノリノリである。
「俺の体は8割が作り物。手足も棒切れみたいなもんだ」
 ラファルは義手を外してみせた。
「だが、こんな俺でもNBDで勝利出来る事を証明したい。 そして今も病院で戦っている傷病撃退士もとい全ての体の不自由な者たちの明日のためにこの勝利をささげる事を誓う」
 視覚的にもわかりやすく、良心を刺激するスピーチ。
 拍手の量からして若干であるがラファルが多い。 スピーチ合戦はラファルの勝利だ。

(不覚だ。 対戦には勝ちたいものだが、果たしてこの戦術が通じるか)
 特殊な戦術を用意してきた咲魔。 正攻法では勝ち目がないと踏んだための選択である。
(先輩はバステ技が豊富、対抗するには……)
 ゴング!
 音色と共に、咲魔が片手に印を結ぶ。
「 呪術忍法“木の葉隠れ<砂嵐>”」
 辺りに木の葉が舞い散り始めた。
「なに!?」
 舞い散る砂塵に目を細める。
 互いに認識障害を引き起こす。
 戸惑っているラファルに咲魔が接近、その右腕を掴み、一本背負いに入ろうとした。
 掴んだ瞬間に違和感。 ぬるっという感覚。 無理に握りしめると衝撃に手が弾き飛ばされる。
「な!?」
 普通の腕を相手にしている時はありえない事象。
 ラファルがNBDに使用する義体は他の撃退士と同性能のもの。 特殊な機能を持つものは許されていない。
 今度は咲魔が現状に戸惑う番だった。

 一本背負いを外したお蔭で、咲魔の背中が見えた。
 “魔刃「エッジオブウルトロン」<風遁・韋駄天斬り>”で投げ飛ばす。
「おりゃ」
 ネットに向かって突き飛ばされる咲魔。
 反動で返ってきたところをラリアット! といきたかったが、そう都合よくはいかない。
 咲魔はネットを掴んで立ち止まってしまった。
「エンターティメント精神に欠けるなあ」
 やむなく咲魔に自ら迫り、改めてラリアットをかます。
「ぐっ」
 入ったことは入ったが認識障害のせいかずれている。 ダメージは浅い。
「エンターティメント精神に欠けるとは、僕の役者魂に対する侮辱ですか」
「プロレス的なってことだよ、阿岳ちゃんならノリで戻ってきてくれるぜ」
 無茶ぶりをするが、本人は控室から中継を見ている形なので反応がわからない。
 喉元に食い込みかけた腕を掴み、再び投げに入ろうとするが、またぬるりと滑る。 握りしめようとすると、バシッと弾きとばされてしまう。
 何かがおかしい。
 空手の正拳突きを繰り出すが、これもぬるり。
「まさか、油?」
「本日のスタイルはトルコの油相撲“ヤールギュルシュ“って寸法だ」
 ラファルは得意げに嘯いた。
 その全身はワックスに照りかえっている。

 選手控室。
「前王者が準決勝で使った戦術だな」
「ですね、あの時はそれが許される変則ルールでした」
 阿岳 恭司(ja6451)と仁良井 叶伊(ja0618)が懐かしげに頷き合う。
「NBDではルール違反やろ」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)の言う通り、その辺りのボディチェックは万全に行われている。
「それでもリングインが許されたっちゅうことは?」

「スキルか」
 その通りだった。 ラファルは“偽装解除「高機動トップガンフレーム」”でボディをワックス状にコーティングし回避力をあげていた。
 それでも掴んでこようとすれば“ ピンポイントバリアー「黄龍の耳」<パリィ>”
 攻撃が当たるわけがない。
「お前、ノリ悪いからフツーにぶんなぐるわ」
 ラファルは咲魔からの攻撃が当たらないのをいいことに、魔刃ラリアットを放った。
 ロープへの投げ飛ばしなど、もはやナシだ
 だが、今回の咲魔は向こうのネット際まで大げさにふっとばされていく。
「なんだ、今になって?」
「気付いたんですよ、だったら絶対回避されない攻撃をすればいって」
 いつの間にかリング一面に砂が降り積もっていた。
 咲魔の木葉が時間経過により砂に還ったのだ。
 風が吹き始める。 咲魔が“春一番”を放った。

 地面に積もった砂が、風を纏いラファルに襲いかかった。
「目つぶしか!」
 確かに狭いリングでこれはかわしようがない。
 目を瞑るという選択肢も考えたが、それは相手の思うつぼ。
 見えなければ、向上させた回避力が無駄になる。
 咲魔はそういう算段だろう。
 ラファルは顔前を密かにピンポイントバリアでガードすると、動きを見逃さないよう咲魔を細目で見据えた。
 目を閉じたと勘違いしたのだろう、咲魔がこちらへ突進してくる。
(しめた!)
 咲魔が攻撃してきてもこちらは偽装解除「高機動トップガンフレーム」で体をコーティングしている。 簡単に捕まれはしない。 
 戸惑っている隙に魔刃ラリアットを浴びせれば、今、ラファルは金網を背中の間近にしているから、ノリが悪い咲魔でも多少は反動で返ってくる。
 そこにFB”ショルダースルー・サテライトキャノン“をお見舞いする!
 ノリの悪さに一度は崩れかけたプランが再構築された。
 ラファルの腕に咲魔の腕が伸びてくる。
「残念、見えているぜ!」
 ぬるりと滑るはずの腕。 だが摩擦係数が限りなく低いはずのラファルの腕はしっかり掴まれていた。
「きたぜ、ざらりと……」
「!?」
「ククク、この砂が目つぶしのためだけだとでも思ったか!」
 咲魔、いつのまにか悪役口調になっている。
「うっとおしく滑るその体をザラザラにするため、浴びせた砂だとわからんのかぁ!」
 纏わりついた砂で摩擦係数があがっていた。
 背負い投げに入る咲魔。
「させるか、ピンポイントバリア発動!」
 三度に渡って咲魔の攻撃を弾き飛ばしたバリア。 だが、今は動かない。
「弾切れ!?」

 咲魔は、ラファルのスキル切れを狙っていた。
 スキルを入れない囮の攻撃を序盤に繰り返していたのはその為だ。
 掴み攻撃では、ラファルもバリアを反応させざるをえなかったのだろう。
 予測のようなバステではなかったものの、結果的に作戦は功を奏した。
「FB疾風背負投! 」
 “エアロバーストを含んだ背負い投げが、ネットめがけて炸裂!
 巨大な穴を穿ち、ラファルを木の葉の如く飛ばした。

「うまくいかねえなあ」
 二戦続けて咲魔のエアロバーストにRO負けを期したラファル、リング外で首をひねる。
「先輩の戦術は独創的すぎるんですよ、今日のはロープで跳ね返ってくれる人相手じゃないと」
 敗因は、相性もあるがまず“そこ”である。
 ふと歓声が聞こえた。
 周りを見回せば観客たちがユニークな戦術を見せたラファル、役者としての一面を見せた咲魔の双方に惜しみない拍手を送っている。
「面白いからいいですけどね」
「さあて、次はどうすっかな」
 ラファルは悪戯っぽく笑った。


 3戦目。
 阿岳がモツニートコレクションATKと名乗り、イタリアンな服装で登場。
 マイクスピーチはこの男の得意技である。
「俺はこれまで様々な国やスタイルのレスラーと闘ってきました。彼らは皆強かったと!そして改めてプロレスこそが最強の キングオブスポーツである事を証明しにここへ来ました!皆さん安くはないチケットやPPV買って見に来てくれたんです。絶対に損はさせません!」
 さすがに完璧! 反応も大きい。 
 元は最強格闘技を決めるのが結成理由の協会だけあり、特にプロレスファンからの応援が熱い!

 対戦相手のゼロは、ヒールらしい熱さで激昂する。
「んなもん一つや。この大会に俺の人生をなめられた。流派だの歴史だの…俺には関係ない! 俺の生き様を知らん貴様らが 無知なのを棚に上げて! 人を舐めるのも大概にしとけ!」
 続いて解説席に向かって、
「勘違いしとるみたいやから一つ言うとく俺は“あらゆる武術を極めた”んやない“あらゆる武術を潰し”てきたんや」
「おお、それはすまない、素で勘違いしていた」
 ホセ謝罪。 選手紹介のパンフレットは刷り直しである。
 最後に観客に向かって、
「お前らはアイドルのコンサートでも見に来たんか? 違うよな? 戦いを! 血を見にきたんやろ?だったら安心しとけ。 俺が見せてやる……ここにいる誰よりもな」
 これも大喝采! NBDの観客が熱いガチバトルを求めているというニーズを把握している。
 この二人への歓声はこれまでの誰よりも大きく、MVPを確信させた。

 ゴング。
 だが二人とも動かない。
 ゴング直後の動きを想定しておけば先手をとれるものの、お互いに好機を放棄してしまった。
「せっかく暖めた客を逃すわけにはいかんからな」
 阿岳、自ら接近する。
 手刀と掌底による打撃戦。
 ゼロは距離をとりながら、それを裁いていく。
(痛打が入っていない? 使い道を変えたのか?)
 警戒しながらもゼロも手刀を返した。
 手刀と爪で皮膚を切り裂くような攻撃を繰り返していく。
「嫌らしい攻撃を、ならば!」
 ゼロが爪を突き立てようとしたその瞬間、阿岳、得意の外殻強化を発動!
「ぐ!?」
 硬質化した皮膚にゼロの爪がはがれる!
 その隙に阿岳は後ろ向きになってゼロの首 を抱え、そのままバック転した!
 回転式リバースDDT、またの名をアサイDDT!
 鉄と化した腕のロックが地面に叩きつけられゼロの首を捻じ曲げる!
「くっ!」

 しかしゼロもただでは起きない。 空中に跳ね上げられた一瞬で、阿岳の顔を掌で掴んでいた。
 掌から“氷塵<氷の夜想曲>”を放つ!
「くほっ!」
 鼻に入り込んだ冷気にむせる阿岳。
 眠りはしなかったが、立ち上がりつつも顔を押さえている。
 ゼロにすれば好機だった。
「滅ビノ嵐ヨ 全テヲ 朽チ 果テサセヨ」
 自らの掌を阿岳にの足元叩きつける。
 超高温と超低温の嵐を吹き荒らす“朽嵐<アンタレス>”!
「うぉ!」
 爆風が、阿岳の足元を掬った!
 ダウンした阿岳に向かって駆け、サッカーボールの如く頭を蹴り飛ばす!
 しかも痛打入りで!
「うおおん」
 阿岳、悶絶!
 ゼロ、立ち上がらせまいとさらに追撃するが、阿岳も横転しながら立ち上がる。
「くっ、確かに強いな」
 掴みかかろうとしてきた阿岳にゼロも手を差し出し、手四つの体勢になった。
 力で押し合いをしていると、阿岳が荒い語気をぶつけてきた。
「たった400年ぽっちで…プロレス超えられると思ってんじゃねぇぞ若僧が!」 
 応えるゼロ。
「お前の方が若造やんけ」
「歳のことを言っているんじゃねえ! プロレスの歴史を言っているんだ!」
「プロレスの歴史は200年くらいやろ」
「レスリングに遡れば紀元前に達する!」
「レスリングとプロレスは違うわ!」
「まだ気づいてないのか?今お前が闘ってるのはプロレスじゃない。アウルレスリングということに!」
「それもっと最近や! 言っとることめちゃくちゃな事に気づけ!」
 無駄な喋りに見えて実はゼロ、この時も掴んだ掌から幽隷<吸魂符>を発動し、阿岳の生命力を少しずつ吸っている。 ジョブ適正から威力はいまいちだったが連続攻撃を受けて消耗した阿岳の力を奪うには十分だった。
 阿岳の膝がガクリと崩れた。
「今や!」
 闇撫<鬼神一閃>で地面に阿岳の頭を叩きつける。
「全てを滅する闇之如く」
 大地に穿ちこむ闇と阿岳の頭。
 だが阿岳は“起死回生”を発動、頭を上げた。
「まだだ!」
 ゼロの掌には炎の球が発生している。
「こっちもまだなんや」
 ゼロのFBは“闇撫”と“炎陣球”の連続攻撃。 
 今は阿岳が消耗しすぎていたため“闇撫”だけで“起死回生”を発動せざるをえなかったのだ。
「失せろ!」
 頭を掴んだまま炎陣球が炸裂。 
 以前は敗れた阿岳を、圧倒的連携力で破った。

 歓声を浴びているゼロを横目に、阿岳は肩を落としている。
「パラダイスロックとか決めたかった」
 今回は練習したのは大技ばかりで、繋ぎの技を失念していた。
 その間、何をしていたのかというと熱いトークの練習である。
 半分近くをそれに費やし、肝心のプロレスが明らかに練習不足だった。
「スピーチとトークで喋りがダブってしまった。 この大会はスピーチだけで十分なんだな」
 後悔しながら一人控室に帰っていく阿岳。
 レスラーの背中は、孤独だった。


 四戦目、浪風 悠人(ja3452)は、マイクスピーチに挑む。
「俺ホントツイてない奴でさ。でも皆も何かしら抱えてると思うし理不尽な目に合ってると思う。だから俺は決めた。俺はそんな人らの代表として何かを残すと! そう、不憫だけど最強の格闘王に俺はなる! だから皆、応援よろしくぅ!」
 観客席から大声援。 前回の劇的逆転試合でファンクラブが発足したと聞いていたが本当のようだ。 こそばゆいような感覚に頬を緩める。
 格闘王宣言も観衆の興味を掌握! ゼロや阿岳に匹敵する歓声だ。
 続いて、水無瀬にマイクが移る。
 対戦相手はといえ、浪風が弟として可愛がっている少年。 観客に圧されて挫けないように祈る。
「俺がNBDで戦う理由は生きる為、死から抗う為、だよ。抗って抗って、戦う事で俺はまだ生きている、と実感したい。そして勝って大事な人を愛する人を護りたい。だから俺は敗けられないんだ!」
 余命宣告をされている水無瀬、まさに命の叫びだった。
 一瞬の静寂、そして万雷の拍手。
 今までの誰よりも大きい。
 同じ不幸なら分散多発型の浪風よりも、生命一点に関わる水無瀬のそれの方が観客の心に響いたのだ。
「俺のファンとられた!?」
 顔を青ざめさせる浪風、アウェイな空気な中でゴングを迎えた。

 浪風はゴングと同時に水無瀬の懐へ飛び込んだ。
「先手必勝!」
 “ウエポンバッシュ”の入った正拳突きを水無瀬の鳩尾目掛けて叩き込む。
 クルックー空手の主力技、鳩尾撃!
 だが、鳩の行く手に青空はなかった。
 水無瀬が十字受けで待ち受け、拳を弾いてきたのだ。
(読まれた!)
 返す刀で水無瀬の抜き手が腹に抉りこんできた。
「ぐふっ」
 うずくまり、よろめいた浪風の腹に今度はスピアーが飛び込んでくる。
 アメフトのような頭からのタックルである。
 尋常な勢いではない、おそらくは“ダークブロウ”込み!
 必死でカウンター技、返砕撃の頭突きを放つ。 
「ぐは」
 苦悶が兄弟同時に口から洩れた。
 だがそのボリュームは浪風の方が大きい。
 崩された体勢から放ったのもあるが、相手の攻撃を受ける事前提という返砕撃の弱点もある。
 しかし、“肉を切らせて……”の効果により、返しの一撃を放てる利点は捨てがたい。
 “ホワイトアウト”を含んだ正拳突き、白鳩撃を放つ。
 相手をスタンさせうる、流れを変えるための一撃。
 だが、躱された。 無理な体勢の連続から放ったためだ。
 序盤のペースは、水無瀬に完全に掴まれた。
 だが、浪風もわかっている。
(これは俺の不憫じゃない、快晴の読みが優れていたんだ)

 白鳩撃を躱しざま水無瀬は、合気で浪風の頭を抑えつけた。
 鈍い音とともに、浪風の額と体を地面に叩きつける。
「うぐっ」
 そのままスリーパーホールドに移行を狙う。

 絞め、抑え込もうとする水無瀬。 絞められまい、後ろをとられまいともがく浪風。
 選手控室のモニターにもその光景が映っている。
「……闇猫、私もやられた」
 桜花が呟く。
 水無瀬は頸動脈を抑えつつ“氷の夜想曲”をかけていた。
「あの時は、愛ちゃんが救助に入ったけど今回はそうはいかないからね」
 文歌は恋人である水無瀬の勝利を確信していた。
「あっ、がっちり決まったね、これは浪風さんのお嫁さんが乱入にこない限り破れないよね」
 愛が叩いた軽口。 だが、この技は意外な結末を迎える事になる。

 浪風の動きが止まった事を確認した水無瀬は、トドメに入った。
「……悪いけど決めさせてもらうよ」
 眠った浪風を地面におくと、少し距離を起き踊るような動きで再び距離を詰めていく。
 ダンスステップ。 “ダンスマカブル”の動きで攪乱させつつ、脳天と鳩尾に二連撃を浴びせる水無瀬のFB技。
 浪風の頭に一撃目を浴びせる。
 拳を楔と化して打ち込む兜割!
「ぐっ」
 ヒビ入ったのは、なぜか打ち込んだ楔のほうだった。
 返砕撃でのカウンター頭突きが水無瀬の膝へと打ち込まれていた。

 “闇猫”が外せないと悟った浪風は、肉体に無駄なあがきをやめさせ、意識のみにすべてを集中し、眠らないように努めた。
 つまりは、寝たふりである。
 立ち上がり、返しの一撃を放つ。
 白鳩撃。 ホワイトアウトを含んだ正拳突きを水無瀬の懐に打ち込む!
「ぐっ」
 今度こそスタンさせた。
 続けて、FB壊転撃。
 光り輝く螺旋を描きながら、裏拳を旋回させる。
 前回、奇跡の逆転勝利を生んだこの技。
 浪風が信頼する封砲よりの派生。
「ここで決め……」
 だが、その回転の途中で目がくらみ、膝が崩れた。
 気を張り食い止めていた“氷の夜想曲”の眠気が、反撃成功により緩んだ意識の隙に入りこんできたのだ。
 水無瀬はスタン、浪風は眠り、先に意識を取り戻すのはどちらか!?

 見開いたのは金眼だった。
「……やばかった」
 すかさず踊るFBダンスステップ。
 浪風の眉間に手刀
「ふっ!」
 続いて鳩尾に貫手を鋭く刺し入れる。
「はっ!」 

 激痛と引き換えに戻った意識が、黒眼を開かせた。
「弟には絶対負ける訳にはいかねぇんだ」
 鋼鉄の不憫艦は“根性”で再浮上した。
 まだ右腕に封砲の蓄積エネルギーは残っている。 
 FBを二発放ち、水無瀬は今、虚脱感に襲われている。
 残る全てを今、ぶつける!
「沈めー!」
 旋回とともに裏拳に籠めたエネルギーを解き放つ。
 拳を叩きつけるとともに、広がるエネルギー。
 金眼は白銀のそれに包み込まれて消える。
 そして、光は晴れた。
 そこに再び現れた金眼は、より強い光を帯びていた。
「俺も絶対負けるわけにいかない、自分自身に」
「“起死回生”か」
 病に抗って生き続け、妻と娘との幸せな未来に辿りつくという意思の現れなのだろう。 
 躊躇もなく三度目の“ダンスステップ”が放たれてきた。  
 序盤ダメージを受けすぎた、反撃する力はない。 口元にはギブアップの言葉に代わりこんな言葉が浮かんだ。
「お前、長生きするぜ」 
 浪風の意識は微笑とともに飛んだ。


 最終5戦目。
「全ての格闘技を愛する人達へ捧げましょう……この一番を」
 仁良井のスピーチはこの一言で終った。
 気合こそ入っていたもののシンプルすぎるスピーチ。
 男は黙して語るという事だろうか?

 そして文歌。 鋭い読みを続けて優勝争い首位。
 人気も出場者中トップ、登場時の声援も凄い!
 その文歌、ウェディングドレス風の衣装で新曲“勝ち取って Happy☆Wedding”と共に登場!
「今日も私の試合に来てくれてありがとう♪  男の人との試合は初めてでちょっぴり怖いけど、頑張るから応援してね」
 このスピーチ、応援席の一角を占める私設応援団の間では盛り上がった。
 しかし、アンケート結果を見るとNBDファンのニーズを捕えた、阿岳、ゼロ、浪風。 聴衆の心を強く打った水無瀬が、今回はより多くの心を掌握していた。 
 ちなみに文歌、9月に水無瀬と結婚するという発表をしたかったのだが、ファンが発狂しかねないので、運営判断で全大会終了後にまわしてもらった。

 白地に紅線の学生服アイドル系水着にチェンジしてリングインする。
 スピーチで述べた通り、男性とは初試合。
 今回の相手、仁良井は身長2m。
 格闘経験値の少ない文歌にとって、あまりに危険なカードである。

 仁良井から見れば文歌を倒して、優勝争いを混戦に持ち込みたい。 
 激しい優勝争いに期待しているのは、他の選手やファンにとっても同じだった。
 様々な者の視線が集まる中、本日最終戦のゴングが鳴った。

 控室では選手たちが、モニターで試合を見ていた 
 仁良井の周囲を動き回る文歌。
 それを早い引きの拳撃や、足払いで仁良井が牽制している。
「懐に飛び込めるかが小さいものの活路ですが、どうやって飛び込むかが難題ですよね」
 あまり大柄ではない咲魔も、自身の身になって考える。
「統率のとれた大軍みたいなものだからね、仁良井さんの肉体は」
 攻めあぐねている様子の文歌を眺める浪風。
 仁良井のパワーとリーチは圧倒的、飛び込む過程で打撃を受けては致命傷になりかねない。
「……フミカ」
 水無瀬はただ、恋人が怪我をしない事だけを願った。
 数秒後、文歌が決行した方法は誰にとっても予想外だった。
 無防備のまま仁良井の射程へ強引に突入!
 あまりに無謀さに、水無瀬の喉奥から変な声があがった。

「無謀ですね」
 迷わず拳を繰り出した仁良井。
 殴った瞬間、拳に激痛が走った。
 喉奥から変な声があがる。
 文歌の周りに何かが“いる”
 目を凝らしてそれに気付く。
 盾だった。
 透明の小さな盾“八卦水鏡” それが仁良井の打撃を一部だが反射させたのだ。
 どこから発生したかわからない攻撃。 ゆえに本能的な恐怖で追撃を止めてしまった。
 これは戦争に例えるなら、十万の大軍に対し少数の伏兵を用いて同士討ちを誘い、混乱の間に本陣突入を為すようなものである。
 この奇策から文歌は“姫孔明”という二つ名で一部に呼ばれることになる。

 隙を文歌に与えた代償はあまりに大きかった。
 仁良井の死角へ飛び込んできた文歌が、ローキック!
 膝に走る激痛!
 スタンエッジ入りだ。
 激痛で意識が飛び、それを引き戻した瞬間、さらなる激痛。
 同じ場所にもう一発、ロー!
 仁良井の軸足を破壊に来ている
「くっ!」
 “波濤鎚”をアッパー気味に放つ仁良井。
 仁良井にとって軸足は、円の動きと投げという攻守の要。
 反射ダメージなどに構っていられない。 盾ごと打ち砕く!
 文歌を懐から突き放せば、回復スキルで今ならまだ治せる。
 手ごたえあり!
 だが、文歌は動かない。 “発勁”の威力を内包した技なのに。
「ペンペンは、大好きな南極から動かないぺん」
 痛みを我慢した顔でふざけたことを言っているが、前回決め手になったという“不動”なのだろう。
 そして悟る。
 この相手の恐るべき本質を。
 一分の隙も見せてはならなかったのだ。
 昨日、仁良井はこの大会の対戦カードを考えて渡したのだが、その時、ホセが不安そうな顔をしていた。 カードの内容が まずかったのかと首を傾げたが、そうではない。
 徹底的に対策すべき相手だったのだ。 他の全てを忘れるほどに!
 文歌は、仁良井の軸足にしがみつき、それを持ち上げて倒れようとしている。
 関節技で軸足を完全破壊するつもりだ。
「くっ」
 後悔を感じたが、この時、文歌にも弱点がある事に気づいた。
 関節技のかけ方に、まごつきがある。
 格闘技を初めて一年程度だというから無理もない。
(この弱点を強引にこじ開けるしかない)
 仁良井は腹を決めた。
 FB双影猛虎墜の一投で仕留めるしかない。
 関節技にまごついている文歌の隙を見て、腕と肩口を掴む。
 己の肩へと引き上げる。
 ここが勝負だ、文歌には“不動”がかかっている。
 文歌の足が大地を捕える力と、仁良井がそれを引き上げ続ける力どちらが強いか。
 足を大地から剥がしてしまえば投げられる。
 本来なら分身して見えるほどのフットワークでタイミングを作る技だが、脚にしがみつかれた以上、そんな事は言っていられなかった。
 “デュアルモーション”は一度、持ち上げてから使い、文歌が受け身をしそこなうようフェイントをかけるという形に修正する。
「ぐっ」
 持ち上げ続ける力と、しがみつく力がせめぎ合う。
「うぅ」
 やがて、仁良井の力が不動の力に打ち勝つ。
 大地から引きはがした!
(今だ!)
 瞬間、後頭部に激痛。

 “デュアルモーション”発動の瞬間だった。
 仁良井が掴んだのと逆側の手で、文歌は後頭部を殴りつけたのだ。
 これもスタンエッジ入り。
 文歌はスタンした仁良井の腕を振りほどくと、崩れゆく長身の前に飛び降りた。
 そのまま自らのFBを発動!
「アイドルマスドライバー!」
 自身を盾に見立てた“シールドリポスト”
 仁良井の長身を、マスドライバーの弾丸と化して発射する。
 長身は、ネットを突き抜け遥かグラウンドへと飛んだ。
 背負い投げは瞬発力の技、”不動”持ち相手には投げの勢いが鈍る。 そこに付け入る隙を作ってしまった。


 文歌、42Pで依然トップ!
 だが、二位ゼロも34点と差を縮めている。
 残り二回、どう展開するのか?
 格闘王争奪戦はクライマックスに突入する!


依頼結果