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マスター:スタジオI
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/06/01


みんなの思い出



オープニング


 アウル異種格闘技NBD、即ちネットブレイクデスマッチ。
 今回行われるのは、待望のタッグ方式。
 ツープラトンフィニッシュブロー(TFB)が目玉となる試合形式である。

 アウル格闘技協会。
「ボクシングにはタッグがなかったから心配だよ、乱入で試合がめちゃくちゃにならないかね」
 アウルボクサー・ホセがゼンマイ髭を不安そうにこねる。
 彼はあまり、タッグマッチに乗り気ではない。
「乱入? カットプレーのことかな?」
 クレヨー先生のほうは、大相撲を引退したあとプロレス入りしたため、タッグマッチ経験もある。
「そうそう、コーナーで待機しているタッグパートナーが勝手にリングにあがって、相手の邪魔をしたり、二人がかりでいろいろするアレだね」
「カットプレイはタッグ戦の華だから禁止はしないんだな。 ただしお一人様一回限定!」
「回数制限つきか。 となると、たった一回のカットプレイ権をどう利用するかが戦略の鍵ということだね」
「うん、選択肢は大きく三つあるんだな。 パートナーがピンチの時に助けてやるか、相手タッグの救援を阻止してパートナーにチャンスを作るか、あるいは二人でFBを決めるTFBを狙うか」
 三つのスタンスのどれを選択するかは、勝負の大きな分かれ目となる。

 続いて試合形式と得点。
「今回は二人対二人のタッグ戦を一戦、三人対三人のタッグ戦を一戦してもらう。 二人タッグ戦は相手を一人倒した時点で勝利。 三人タッグ戦は二人倒した時点で勝利なんだな」
「全員倒す必要はないわけか」
「むろんこのタッグ戦でもアウル格闘王の座を競うための得点が獲得できるんだな。 勝ったタッグチーム全員に7P」
「いつもより少なくないか?」
「それだけじゃなく、TFBで相手を倒した場合にはさらに得点を加算するんだな。 TFBを決めるたびそのタッグチーム全員に7点」
「勝利とTFBが同価値かね? それだけタッグ戦の華だという事かな」
「三人タッグ戦の場合は、相手を一人TFBで倒すたびに4点、タッグチーム全員に加算するんだな」
「つまり、相手を二人TFBで倒せば追加得点だけで8点。勝利点の7点を合せると15点得られると言う事か。 それと結果的に負けたチームも、一人をTFBで倒していれば4点だけは得られるわけだね」
「ただ、仲間の救援や、相手のカットを妨害するのに一人一回のみのカット権を使用していると、リングに乱入は出来ずTFBも行えないんだな」
「仲間を救うかTFBを決めての高得点狙いか、難しいところだね」
 タッグ戦は、一人一回しかないカット権の使い方が大きなポイントとなる。
 以下は出場者必読のNBDマガジンになる。
 今回は新規項目は“☆1・FBやTFBで決めろ!”である。

●NBDマガジン六月号

☆1・FBとTFBで決めろ!
 相撲で自分の”型”を持つ力士が強いように“この技で決める”というものを持っている選手は強い。
 自分の中でFBを定めてしまえば、技に磨きがかかり威力が増す。
 リングから相手を弾き飛ばすための技でも良いし、戦闘不能やギブアップに追い込むための技でも良い。 
 またタッグでは二人でかけるTFBが使える。
なおFB・TFBはアウルスキルを乗せた技でないと威力不足だ。

FB例
・ブレーンバスターオーガ
 相手の肉体を武器に見立て“鬼神一閃”を乗せたプロレスのブレーンバスターを放つ。

TFB例
・ブレーンバスターオーガAX(アックス)
 ブレーンバスターオーガで地面に叩きつけた敵の腹を、パートナーが“兜割り”を乗せたニードロップで斧の如く打ち付ける。

★2・決め技を決められる状態に持ち込むべし
 「FBだけ磨いて、試合開始直後にいきなり決める」というのは流石に困難である、
 そこで、決め技が成功する状態に持ち込めるよう、試合を組みたてる必要がある。

【序盤は打撃戦を挑み、その中で相手の右腕を掴む。 関節技に持ち込み、相手の右腕を封じる。 その状態で右脇腹を狙ってエアロバーストブロー(FB)を打ち込み、リング外に吹っ飛ばして勝利】

 といったものが、単純ではあるが流れの一例である。
 むろん、多くの試合はここまで自分の思い通りには展開しない。
 相手も、やはり自分の流れに持って試合をいこうとするからだ。
 そこで、次項の対策技が存在感を帯びてくる。

★3・対策技ver2
 関節技が得意な相手に対し、ゼロ距離発射可能な打撃技。 蹴り技が得意な相手に対し、足をとっての関節技。 など、対戦相手に会わせて対策技を用意することにより、相手が掴みかけたペースを崩し、試合の流れを有利に変える事が可能である。
 それらの対策技に対して、さらなる対策技を用意し、自分の流れを押し通すタイプの闘い方も有効だ。
 対戦前に相手の格闘スタイルを予測して作戦を立てよう。

 ただし、対策技ばかりを用意していて自分の格闘スタイルが見えなくなるのは本末転倒。
 リングに持ち込む思考として理想的なバランスは、攻撃60% 対策20% その他(意気込み、駆け引きなど)20%と言われている。

★5・有効な技とその対策ver.2
 ここまで累積した試合データでは以下の事がわかっている。

・ダメージ系のFBには”不撓不屈”などの蘇生系が有効。 相手の渾身の一撃に耐えて、まさかの逆転が狙える
・その蘇生系を使う相手に対しては関節技や、極め技でじりじり体力を奪う戦術が有効。投げ技でRO(リングアウト)でも蘇生技を事実上無視できるので有効。
・アウルを利用した投げ技はRO(リングアウト)勝ちが狙えるので強い。 現在のFBはこれが主流となっている。 対策技の開発が望まれている。
・予測系の技はどれも強い。 ただし、以下のような使い分けが必要。
予測攻撃……後の先を狙える。他のものより安定性がやや低い。
予測防御……確実性の高いブロック。痛打のスキルなどに弱い。
予測回避……回避狙い。状況により回避が間に合わない場合あり。
予測連撃……二連撃の可能性。反撃手段がしなる打撃に限定される。

なお予測されていると気づいたら下手に手を出さず、相手のスキルが切れるのを待つという対策がある。

★7・使う技のビジョンはくっきりとver.2
 単に「ルチャで戦う」「●●流の技で攻撃する」「「関節技を使う」という曖昧なビジョンよりも「脇固めを狙う」「DDTを使う」と具体的な技を思い描いた方が強いぞ!

★金網リングについて
 6.5m四方の土の闘技場に、特殊金属の金網をかぶせたリング。
 金網の網の目はひし形になっており、網を伝っての上り下りも可能。
 金網は弾性のある特殊合金で出来ており、ぶつかるとプロレスリングのロープのように伸びる。 
 ただし弾性を越える圧力が加わるととたんに砕ける。
 リングを覆うネットの弾性や砕けやすさは場所によりまちまち。
 ただ、脆い部分でも自分からぶつかった場合、壊れる事はまずない。
 威力のある必殺技で相手を吹き飛ばした時に、壊れる可能性がある。

 屋根部分の金網のみ別の弱い金属で出来ており、体重40キロ程度の者なら雲梯のように移動可、体重60キロ程度の者なら数秒間なら何とかぶらさがれるレベル。 それ以上だと重みのみで千切れる。

 レフリーがリング外におり、阻霊符で透過スキルを防止している。
 透過スキルは事実上使用不可。

 以上、勝利の方程式と舞台の特性を心に刻み、勝利を目指してリングに臨んで欲しい。


リプレイ本文


 タッグ戦開場前の朝。
 2VS2の戦いを前に東軍・桜庭愛(jc1977)は、主催者であるクレヨーとホセの控室に来ていた。
「私、NBDを成功させ、レスラーとして天魔の皆さんと同じリングで試合したいです」
「ほう」
「この夢を語ってアイドルレスラーとしてデビューしたいんです。 マイクパフォーマンスの時間を下さい」
「時間は大丈夫なんだな」
 プログラム表を見て、クレヨーは承諾した。
「アイドルレスラーか」
対して、ホセは難しい顔を返してきた。
「そいつは機を逸したね」

言葉の意味は開場後にわかった。
NBDにはすでにアイドルレスラーが誕生していたのだ。
西軍・川澄文歌(jb7507)。 本日は愛の対戦相手の一人だ。
前回の試合で、文歌は誰もがなしえなかった完勝を成し遂げ、鮮烈な衝撃を観客たちに与えていた。
文歌応援団の数が何倍にも増え、文歌入場時には応援歌まで歌われた。
その中に“アイドルレスラー”という歌詞もあった。
NBA公認でも文歌が名乗ったわけでもない。 元々、アイドルでそれがレスラーとしての実力を見せたから自然にアイドルレスラーになったのだ。
 NBAファンにとって、今やアイドルレスラーとは文歌の事なのだ。
「……だったら勝てばいいわ」
 東軍・染井 桜花(ja4386)の言葉に愛は頷く。
 リングに欲しいものがあるなら、勝利を以て手に入れるしかない。 
 ホセは“機を逸した”と言った。
 前回の試合前なら、名乗りさえすれば簡単に手に入るものだったからだ。
 だが、手に入り難くなったということは、それだけ価値あるものになったという事だ。
価値あるものを手に入れるため、愛は桜花とともにリングへ向かった。

「……見られてる」
 西軍・水無瀬 快晴(jb0745)は観客の多さと熱気に戸惑っていた。
 歴戦の撃退士でも、大観衆に見られながら戦うのは稀だ。
「すぐに慣れるよ、カイ♪」
 文歌は笑顔を向けてくるが、水無瀬はこの恋人のように観客慣れしていない。
「私が先発でいくね。 カイはリラックスしてね♪」
 白地に赤のアイドル風水着を纏った文歌が金網リングに入っていくと、観客の声援が一段と増した。

「いい試合にしましょう」
 愛が、ゴングと同時に右手を差し出してきた。
 文歌に握手を求めてきたのだ。
 もう闘いは始まっている。 手を握り合ってしまったら、互いに逃げる事を許されない壮絶な格闘戦に入るしかない。
 奇襲に繋がる罠だとしか解釈出来ない。
 そう考えた水無瀬は文歌に警戒を促そうとした
だが、文歌はもう愛に手を差出し返していた。
「よろしく♪」
 職業病である。 握手を求められれば、アイドルはすぐに応えてしまう。
 水無瀬が目を逸らしかけた時、握手が拳に変化した。
 文歌の拳が愛の頬を裏拳で穿つ!
「あうっ」
 吹っ飛ばされる愛。 しかも“式神・縛”のスキル入り!
「奇襲には、対策をしておいたんだよ」

 ぞくっとするような笑顔だった。 
 文歌は青い不死鳥のオーラを身に纏う。 
“束縛”を受けた愛に容赦ない連撃を浴びせてきた。
 掌底、ローキック、飛び前蹴り。
「ううっ」
 足が動かず、防戦一方の愛。
 試合序盤の流れは、文歌が掴んだ。

(また、機を逸した)
 文歌の猛攻に必死で耐えながら、愛は後悔をしていた。
 握手を差し出すタイミングがゴングと同時というのは遅過ぎた。 奇襲と解釈されて当然だ。
(あきらめない)
 これはタッグ戦だ。  流れを奪われても仲間と交代することでリセットが出来る。
 開始前に桜花にかけてもらった“絆”のスキル、自分でかけた“ストリート”ファイト“で強くはなっている。
 足が動くようになるまでガードで耐えしのぐと、ネット際に飛びのき桜花にタッチをした。
「……任せなさい」
 今日の桜花は女王様口調だ。
氷の微笑がその顔に浮かんだ。

「カイ!」
 水無瀬も文歌からタッチを受けた。
 文歌のスキル“ピィちゃん召喚”は青いオーラを纏い、力を増すとともにバステを防ぐ有用なスキル。
だが、時間制限が厳しい。
 こちらもタッチするのは有効だった。
 ただ、水無瀬は大観衆の視線にまだ慣れていない。
 目の前にいる桜花は、第一回大会から活躍しているベテランだ。
 アウル格闘技初心者の自分が、訓練の成果を出させてもらえるだろうか?
 水無瀬が惑っているうちに、桜花が動いた。
「……ひれふしなさい」
 前蹴り! 異常に鋭い。
 反射的にかわしたが、右腰に受けてしまった。
「くっ」
 踏みとどまり、構えを取り直す。
 だが、桜花は次々と前蹴りを繰り出してくる。
 全身には紋章痣が浮かんでいた。
“絆”以外にも“臨戦”スキルの一種“心技・獣心一体”で能力を増しているのだ。
しかもその狙いは、股間だった。
男にとって急所中の急所。 大半の格闘技では攻撃が禁止されている危険部位である。
 慣れないリングと、股間を狙われる恐怖に思うように体が動かない。
「……もっと欲しいの?」
「……ふざけんな」 
 桜花の前蹴りは執拗に狙ってくる。
 急所は避けたものの、体に何発も食らった。
 避けようともがくうち、水無瀬は逃げ場のないリング隅に追い詰められていた。
「カイ!」
 ネットの向こうの文歌の顔が慌てていた。
 己への憤りが水無瀬の胸に響く。
 文歌と訓練を積んできたのに、それを見せられないまま屈辱に満ちて終わるのか。
 奥歯を噛みしめた時、文歌がこう叫んだ。
「奏が生まれなくなるー!」
 言葉の意味がわからず、一瞬、考えた。
 そして、吹き出しそうになった。
 奏とは二人の間に将来、生まれる予定の女の子の名である。
 文歌が今、妊娠しているわけではなく、二人が共通してみる夢の中に度々、出てくる娘なのだ。
 水無瀬が股間を潰されたら、奏がどうなるか? それを文歌はアイドルなりに遠回しな言葉で表現してくれたのだ。
 おかしさと愛しさが、水無瀬を緊張から解き放ってくれた。
(ありがとう、文歌は最高のパートナーだよ)
 桜花が放ってきた前蹴りをよく見てかわす。
 速度はあるが狙いはわかっている。 落ち着いて見れば、いわゆるヤクザキック。 不安定な蹴りだ。
 水無瀬はかわしざまに、あがっていた桜花の右脚を腕で挟み捕えた。
 合気道の入り身、これを訓練した
「……相手が女の子でも俺は容赦なく行く、よ」
 脚を掴んだまま、“ダークブロウ”を籠めた拳“闇拳”で桜花の腹を殴りつける。
「っ」
 桜花の顔が激痛に歪んだ。 衝撃は背骨までもを貫く。
 もう一撃入れようとした時、桜花が左足で蹴りを入れてきた。
 不安定で威力のない蹴りだがバランスが崩れ、互いの体が離れる。
 互いに構え直し、打撃戦に入った。
流れが、先ほどとまるで違う。
 桜花の攻撃は見切れ、水無瀬の攻撃は見事に入る。
 水無瀬は金眼で鋭く睨みつつ、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「……あんた、本当に染井 桜花か?」

 解説席でホセが頷く。
「数試合前からまさかとは思っていたのだが……」
 水無瀬の声に懸念が確信に変わっていた。
「桜花君は弱くなっている」
 桜花は、実力者たちとも互角に戦ってきた実績と力の持ち主である。
 だが今の動きに、面影はない。
 なぜか?
「紅牙剣闘円舞術の技がまるで出なくなっているんだな」
「あれだけ多彩で華麗な技を持っているのに」
 桜花は格闘家としては極めて小柄である。 そのハンデを紅牙剣闘円舞術の技で補い、逆に活かして戦ってきたのだ。
 なのに今は、強化系スキルであげた身体能力に頼り切る戦い方をしている。
 技が全く出ていない。
「一度敗れた技でも弱点を克服し、スキルを入れて完成させればいいだけなんだな」
「持ち味を活かさねば勝ちは遠のく。 桜花君は今、己を見失っている!」
 リング内の桜花は今、水無瀬に後ろをとられ、スリーパーホールドをかけられていた。

「……ぐぐ」
 白い首を走る頸動脈に、水無瀬の腕が食い込んでいた。
 血の流れが経たれる。
 瞼が重くなる。
 遠のき始めた意識の向こう、解説席からの会話が聞こえた。
 気づかされた。 格闘家としての軸がぶれていた。
 愛と一緒にFBやTFBの訓練はした。
 だが、それに至るための繋ぎ技の訓練が間違っていた。
 念頭にあったのは“相手の四肢を破壊する事”“弄る事”“苦痛を与える事”。 
 それは相手が思い通りやられてくれるという前提での願望だ。 格闘家なら強者との戦いを構想しなければならない。 困難な願望をなすための具体的な技、それは頭から消えていた。
冷たい眠気が襲ってくる。
“氷の夜想曲”を水無瀬が放ったのだ。
試合終了への誘い。
 心の中で仲間に謝る。
(……ごめん、愛)
 その瞬間、愛の声が響いた。
「桜花ちゃん!」

 愛はリングに乱入していた。
たった一度のカット権を桜花の救援に使用したのだ。
TFBのために温存しておいたそれだが、躊躇していたら負けてしまう。
“発勁”から生み出した“神気拳”で水無瀬を叩き、桜花から引き離す。
リング中央で桜花とタッチした。
「あとは任せて」
水無瀬もダメージが重なっている。
「……フミカ」
 ネット越しにタッチ、無傷の文歌と交代してきた。
 青い不死鳥のオーラを纏った文歌が、愛の前に再び立ちふさがる。
 愛も全身の闘気を解放した。 “ストリートファイト”の構えだ。

 愛は文歌を睨みつける。
無言のまま交わされる拳と拳。
息を止めて繰り出す。
NBD開幕から四戦して全敗。 
この流れを変えたい。 自分を超えたい。
その気持ちがあるから文歌の蹴りに耐える。
長く激しい打撃戦の中で、愛の喉から熱い叫びが溢れ出した。
「私は文歌ちゃんを倒し、アイドルレスラーになる!」
 想いと“神気拳”を込めた掌打を繰り出す。

「手加減はしないよ!」
 愛の想いは文歌に伝わっていた。
 文歌はアイドルレスラーの肩書に拘ってはいない。 気づいたらそう呼ばれていただけだ。 
だからといって、簡単には譲れない。
それは、本気で目指している愛への侮辱になる。
 “式神・縛”を乗せた掌打を愛に繰り出す。
 交差する二つの掌打。 
届いたのは、想いが勝ったのは、愛の掌打だった。

愛の眼前で文歌が腹を押さえて呻いる。
 勝つのは今、アイドルレスラーになるのは今しかない。 
機は逸しない!
「……愛」
 “神気拳”の輝きを合図とし、桜花がリングに乱入してきていた。
 二人で練り上げたTFBを今、放つとき!
 文歌の右手を桜花、左手を愛が両手で掴む。
ネットめがけ渾身の力で振り投げる。
「せーの!」 
体を開いて手を放し、それぞれに技を籠める。
 桜花は喉に“絶技・咆撃”
愛は掌に“神気拳”
 反動で返ってきた文歌に、二つの秘技を叩き込め! 
「双技・葬協曲!」
 揃えた声とともに強烈な衝撃が襲う! 
「ああっ」
 その衝撃を受けたのは、
「……なぜ」
 桜花と愛の方だった。
 脳とともに揺らぐ視界の隅に見えたもの。
 ネットに放り投げたはずの文歌が、自分たちの背後に直立している姿だった。

「そのTFBはペペンっとお見通しだ!」
 文歌は、ペンギンのヒレのように片手を突き出してウインクをした。
 “不動”スキル。 それを愛用のペンギン着ぐるみで強化した、名付けて“ペンギンさんの型”。
それでネットに投げられるのを防いだ。
TFBの根本を断ったのだ。
 そして投げで体が開いていた二人の頭を、両手で挟むように引き寄せてゴツリと打ち合わせ、脳を揺らした。
 桜花は倒れ、選手権を持つ愛はよろめいている。
「カイ!」
 水無瀬をリング内に呼び寄せる。
 文歌と水無瀬には二種類のTFBがある。 どちらを使うか、言葉を交わさずともわかっていた。
 文歌が“スタンエッジ“を籠めた蹴りで愛の動きを完全に止める。
そこに水無瀬は踊るような動き“ダンスマカブル”で頭に、鳩尾に連続拳を叩き込んだ。
 二人のアウルが一つとなり未来の娘、奏の姿をとる!
「絆・三重奏連撃(バンズ・カナデッド)」
 愛の体が倒れるとともにゴング!
「これが私たちの絆の力だよっ 」
「……奏、ありがと」
 アウルに浮かんだ奏の姿に、二人は消えかけた未来を守り抜いた事を確信するのだった。


 3VS3のタッグ戦。
 北軍ベンチでラファル A ユーティライネン(jb4620)ことレディ・スフェスニクスはブイブイ言っていた。
「さぁって今回からが俺の本当のビクトリーロードの始まりだぜー」
 久々出場のレディに会場も沸いている。
 重体をおして、見事な奇襲で一勝を得たあの試合で生まれたファンは根強く残っていた。
「俺の不憫体質が変なところで出なきゃいいけど」
「今日はいけるはず、俺と当らない時点で幸運やからな」
 クルックー空手とかいう流派名を解説陣に勝手につけられた不憫なる実力者・浪風 悠人(ja3452)。
流派を選ばない無頼ぶりが注目中のゼロ=シュバイツァー(jb7501)。
 この三人が北軍メンバーだ。
「向こうは遅いな」
 彼らがリング脇ベンチに座ってから数分経つ、だが未だに対戦相手の南軍は入場してこない。
 確認に立ち上がった瞬間、会場にエルガー作曲の“威風堂々”が流れ始めた。

「ガハハハッ! 米国帰りの”マッチャンコマン”チャンキー・ナベージ入場だー!」
 ラメ入りの衣装を来たド派手な男が笑いながら行進してくる。
 南軍の阿岳 恭司(ja6451)だ。
 豪快に手を振って声援を受けている。
同じ南軍の仁良井 叶伊(ja0618)は2mの体を小さく縮め、咲魔 聡一(jb9491)はその仁良井の影に隠れるようにして歩いている。
『マッチャン、派手すぎだろ』
『マッチャンの仲間が恥ずかしがっているんだな』
 解説のツッコミに、うんうんと頷く仁良井と咲魔。
阿岳は指を天に掲げる。
「ファンサービスだZE! ……ってなんだマッチャンって? 俺は苗字に“松”のつく人か!」
“マッチャンコマン”チャンキー・ナベージが今回の阿岳の名前だ。
『なら、ナベちゃんと呼ぶさ』
「渡辺か!」

 試合開始直前。
 南軍の先発・咲魔がリングインした。
 咲魔は冥花滅天流柔術の使い手だ。
 前王者に土を付けた者として、名が知られた。
 その咲魔がリングに見たのは不可解な光景。
 レディがリングを囲むサイドネットに立っている。
 忍者のように横に直立しているのだ。
 おそらくは“壁走り”を使っているのだろうが、何をするつもりなのか不気味極まりない。
「見せてやるぜ、俺の六面立体戦闘!」
 ゴングと同時にレディは、ネットを蹴った。
 背に陰影の翼が生え、空を飛ぶ。
 “隼突き”を籠めた拳で空中から咲魔の頭をぶんなぐる!
「っ!」
 殴られた咲魔、頭を腕でかばう。
レディは頭上から執拗に付きまとってくる。
ガードを剥がそうというのかコサックダンスのように蹴りつけてきた。
 咲魔の主力は足払い。
空中の敵との相性が悪い。
 ゲシゲシ蹴られつつもネットにかけより阿岳にタッチ。

「飛行タイプは苦手だ」
「任せろ、あの手の相手は倒した事がある」
 阿岳、全力疾走でリングイン!
 リング内で全力ジャンプ。
「世界のちゃんこプロレスツアー!今回はアメリカンだぜOoohYeah!」
 アメリカンプロレスで流行った“超合金ムーブ”と呼ばれるパフォーマンスのリスペクトである。
 だが、今回は立体戦闘対策でもあった。
 リングの高さは5m、撃退士のダッシュジャンプは2m半。 身長を併せ、腕も伸ばせばレディに十分に届く!
 これに対して空中のレディは、
「飛んで火にいる!」
 阿岳のアッパーより早く、隼突きを打ち込んだ!
 撃墜され、地上に落ちる。
「ぐはっ」
 阿岳めがけ、高速降下するレディ!
「長期戦なんて愚の骨頂! 一気にたたみかけるぜ……ゼロ!」
 リング外の仲間に声をかける。 
 瞬殺狙いのTFB発動宣言!

 レディは、阿岳の巨体を“飯綱落とし”で持ち上げ、頭上に放り投げた。
 そのまま自身も飛び上がり、自分の頭を地面に向けた状態で阿岳を捕まえる。
 上下が反転しているが、パイルドライバーの体勢!
 阿岳を持ち上げるようにして飛び、リングの天井に叩き込んだ!
 阿岳の頭が、ずぼっと天井に突き刺さった。
「ここからがアンチグラビティパイルドライバーの本領発揮だ!」
 レディは背の翼を消した。
 このまま落下しつつ、上下反転し阿岳の首を地面にたたきつけるのが次の段階!
 阿岳の首を引っこ抜きこうとした、その時だった。

「阿岳先輩!」
 リング外から咲魔が何かを投げつけた。
 注射器だ。
 それを受けた阿岳の体に筋肉が、一際大きく盛り上がった。
「なにした? ドーピングか? 反則だろ!?」
 解説席に尋ねるレディ。
『咲魔君の“ 身体強化呪術(物理)・唐紅”なんだな』
『炎の烙印の応用技だからね、スキルだ、反則じゃない』
「まじで?」
 慌てて阿岳の首を金網から抜き、反転させようとする。
 だが、太くなった首は抜けない。
 筋骨隆々の腕は支柱をしっかりと掴んで自重を支えていた。
 反転できずレディが焦っていると金網の上の首が笑いだす。

「知らなかったようだな! リングの天井が柔らかい金属でできている事を! こんなところにぶつけてもダメージは、ない!」
「く!?」
 レディはリングに関して調査不足だったのかもしれない。 ゴング前パフォーマンスもネットに立つだけでなく、走り回りたかったのだが、やってみるとネットは穴だらけだわ、揺れるわで出来なかったのだ。
「もう一つ教えてやろう、パイルドライバーは地球の重力と喧嘩をして撃つ技ではない」
 強化された筋力で頭を引っこ抜く阿岳。
 レディは現在、逆さまで阿岳の体にしがみついている。 
 頭が地上方向にある。
 阿岳は強化された肉体に、満身の力を籠めた。
 二人の体が落下し始める。
 上昇時とは比類にならない速度と重力感!
 阿岳が、パイルドライバーをかける体勢に逆転したのだ!
「地球とタッグを組んで撃つ技だ!」
 轟音!
 レディの頭が地球に叩きつけられた!

 レディのTFBには欠陥があった
 最初にかけるべき逆パイルは自らが投げた敵に、自らが追い付いて捕まえねばならない。
 そのため投げる時にかなり加減が必要、捕まえた時点でもさらに速度が鈍る。
 天井が柔らかい金網なのもあり、ぶつけた時点での威力はほとんどない。
 基になった“飯綱落とし”の良さをさえ殺してしまう、欠陥技だったのである。
「無理があると言っておいたのに」
 歯噛みするゼロ。
 呼びかけられたがカット権は使わなかった。

「うぅ……しくじったぜ」
 レディが這いつくばって自軍出入り口に向かい始めた。
 タッチで交代しようとしているのだ。
「逃がさん!」
 阿岳がレディの両足を両脇で掴んだ。
その状態で、旋回しはじめる。
「受けてみろ! 秒速二百万回転パワーのジャイアントスイング!」
 回転速度をゆっくりあげていく阿岳。
「阿岳先輩!」
咲魔がリングに乱入してきた。 
今度は南軍がTFBの構え!
「させんわ!」
 北軍・ゼロがリングに飛び込む。 南軍TFBを阻止し、レディを救助するためだ。
「リングが手狭になりますが、やむをえませんね」
 それを見てさらに南軍・仁良井が参戦! 
咲魔に襲いかかろうとしていたゼロを側面から組み伏せた。  
「どけ、デカブツ!」
「そうはいきませんね」
 リングに五名が入るという混戦。
 その間に阿岳はスイング回転を増していた。
「何時もの倍頑張って四百万パワー!そして頑張って三倍に再加速すれば……千二百万パワーだあ! 」
「その計算はおかしいだろ!」
 ツッコミとともに、阿岳の腹部に激痛が走った。
 六人目、浪風までもが乱入。 ジャイアントスイングに巻き込まれぬよう匍匐状態で阿岳に忍び寄りっていた。
“ウェポンバッシュ”入りの正拳突き。 クルックー空手の鳩尾撃を阿岳に打ち込んだ!
「ぐはっ」
衝撃で阿岳はレディの足を離してしまう。
半端なジャイアントスイングから解放されたレディの体は、へろへろと飛ぶ。
 ネットに包みこまれたが突き破るような威力ではない。
 その直前、レディに掌を向けたものがいた。
咲魔だ。
「エアロバースト!」
 掌に生まれた風の球が、ネットに包まれていたレディを再加速した。
 レディの体はネットを突き破り、外へと落ちる。
「さ、最悪だぜ」
 北軍、レディがRO!
 “薙ぎ払い”入りジャイアントスイングで飛ばした敵の体を、エアロバーストで加速。
 これが、阿岳と咲魔のTBF・1200万スイング!
「阿岳先輩、やりましたね」
「徹底的に潰すマン!」
 二人で肩組みサムズアップ!

「酷い展開だった」
 青ざめている浪風。
「構わん、俺が二人倒せばすむ話や」
 ゼロが選手権を預かり、リングに入った。
 コミックプロレスめいていた雰囲気を打ち砕くかのように、殺気が周囲を威圧し始める。

 南軍は仁良井を投入。
「慣れないタッグで戸惑っていますが、心していきましょう」
あと一人倒せば南軍勝利!

 リングに対峙したゼロは距離を開けて様子を見てきた。
「なんや、とばへんのか」
「さすがに」
 先月、仁良井とゼロは対戦している。
 試合開始直後、仁良井のとび蹴りを“星の鎖”でゼロが迎撃したのだ。
「二の徹は踏みませんよ」
 仁良井は動いた。 左右に動きながらも手刀で、掌底で、猛攻をしかける。
「違う!?」
「あなたほどではないですが、いろいろと嗜んでいるもので」
 今日の仁良井は“うちはらいて”ではなく、プロレススタイルを選んでいた。
「そりゃ好都合や!」
 ゼロは仁良井と距離をとりつつ、打ち合いを開始した。
 仁良井攻勢。 咲魔にかけてもらった強化スキルも功を奏している
 ゼロの体に、ダメージが蓄積されていく。
 だがゼロの目の光は衰えない、何かを見極めんと目を凝らしている。
 それが何か、仁良井にはわからなかった。
 そして!
「っ!」
 激痛が走った
 仁良井の突き出した掌底、その端に位置する小指が破壊されている。 
 スタンこそ免れたが。この痛みはおそらくゼロの痛打!
 徹底した関節破壊がゼロの狙いだった。
 握り拳より掌底や手刀の多いプロレススタイルに仁良井が切り替えたことは、ゼロにとって好都合だったようだ。
「ふう、今までみたいには撃てんやろ」
 とはいえ、ゼロも相当なダメージを払っている。
『面白い戦術だね、それを極めてスキルを入れれば関節破壊特化の技になりそうだ』
 解説陣がなにか言っているが、そんな事をされては対戦相手としてはたまらない
 仁良井は指の治療のため退くと、咲魔とタッチをした。
 
ゼロもダメージを回復するため、自軍ネット際にむかった。
「おつかれさま」
「きばらんでええ、休憩時間だけ作ってくれ」
浪風とのタッチ寸前、その背中に、咲魔の声がぶつかってきた。
「君に言いたいことがある」
「なんや」
 振り向くゼロ。
 咲魔が挑戦的な瞳でゼロをにらんでいた。
「君はあらゆる武術を極めたなどと吹聴しているようだが聞き捨てならないね。 僕だって冥花滅天流柔術を二百年近くやっているが、まだ山の四合目といったところさ。 そんなに簡単に極められるものじゃないんだ。 君もつまみ食いはやめて一つの武術に専念したまえ」
 ゼロはにやりと笑う。
「羨ましい限りやな。 自分の流派に拘る時間も余裕もあって。俺は毎日命がけでなぁ…そんな時間なかったんや」
「君は僕が余裕があったから柔術に専念できたと、そう言うつもりか? そりゃあ今でこそ自分の流派に誇りを持ってはいるがな」
 咲魔は少し言葉を濁した。 冥界で迫害される血族だった咲魔は他では教えてもらえなかったのだ。
 顔をあげて再びゼロを睨んでくる。
「僕は幾度もお世話になった小暮先生を、この場を設けてくださったホセ氏を尊敬している! 君の態度、僕は彼らへの侮辱と受け取る!」
「おもろいガキや」
 ゼロは再びリング中央へと歩き出す。
「ゼロ? その体じゃ」
「売られた喧嘩を買うくらいの小銭は、財布に残っとるわ」
 浪風の制止を振り切り、ゼロは咲魔との連戦に挑んだ。
(よくみりゃ、前王者を倒したとかいう……)
 ゼロが咲魔の顔を思い出しかけた時、足元が紐で掬われるような感覚に襲われた。
「なに?」
バランスが失われ、体が急速に沈む。

足払いだった。
距離は咲魔の脚の射程外。
だが、咲魔はその油断を利用して“ツイッグウィップ<アイスウィップ>”をかけ、リーチを伸ばしたのだ。
ゼロに詰め寄り、額を掴むと全体重をかけ地面に打ち込んだ。
「冥花滅天流柔術・若緑大外刈 ! 受け身はとれまい!」
ゼロは呻いていた。
だが、必死に立ち上がろうとしている。
TFBをかけたいところだったが、南軍のTFBは取り回しが悪い。 
起点が阿岳のものしかないのだ。
阿岳を今から呼び寄せていては、反撃されかねない。
「僕の売った喧嘩だ、僕一人で清算する」
咲魔は足でゼロの首を絞めあげた。
さらに“ 食虫植物の祭典<アイビーウィップ>”でゼロを雁字搦めにする。
「FB喰三角絞(カーニバラストライアングル)!」
「ぐぐ」
ゼロの顔に苦悶が浮かぶ。
蔓の中から必死で右手を動かしている。
おそらく”予測回避”でわずかに可動範囲を残していたのだ。 咲魔の足首を掴んで来た。
しかし、そこに足を引きはがすだけの力は残っていない。
「無駄な抵抗を」
憐れんだ瞬間、脚を掴むゼロの掌に火球が膨らんだ。
「なに!」
炸裂する“火球陣”! 識別不能な灼熱が咲魔の足首とゼロ自身の腕を同時に焼く。
(なんて技の使い方だ)
二人は灼熱にのたうった。
咲魔は片足、ゼロは片腕に深刻なダメージを受ける。
レフリーストップがかかり、試合が中断した。

咲魔は、今日はリングに立てないと判定されKO判定。
「飛行の他に、火も苦手になりそうだ」
「キミは草タイプか」

対してゼロは、大幅に戦力ダウンしたとはいえリングに立つことは可能。 試合終了に繋がるKO負けを免れた。
「寝技対策は打っておいて正解だったわ」
「無茶も程々にしなよ、あとは任せて」

北軍は浪風がリングにあがる。
「狭い檻の中の鳩って獰猛なんだぜ?」
挑発台詞でも言わないとやっていられなかった。
実に不憫な状況である。
向こうは仁良井と阿岳が、存分に体力を残して控えている。
阿岳はカット権を残しており、TFBを撃つことが出来る。 “根性”頼みの浪風には頭痛の種だ。
こちらは事実上ひとり。 消耗しきったゼロをリングにあげては数秒持たない。
浪風がFBを打ってもカット権で邪魔をされる可能性は高い、そこにカウンターを受ければ終わりだ。
試合が再開されると、恐るべき戦術を北軍は実行してきた。
「タッチです、阿岳さん、」
「仁良井ちゃん、タッチ」
削りあいに持ち込みながら、こまめに交代し、休憩しながら自軍だけスタミナを回復させていく作戦である。
浪風はカウンター技の存在をほのめかしつつ慎重に戦ったが、休む暇がないためどんどんと疲労に追い詰められていく。
単純だが、効果絶大。
ただこの作戦、観客受けは悪い。
試合展開が遅いのである。
客席は沸き立たない。
解説席は『南軍もあと一人やられたら負けだから無茶は出来ない』とか『クレバーな戦術』などという言葉を繰り返している。
観客受け命の阿岳は、乗り気でないのか顔に元気がない。
だが、仲間のために作戦には従うようだった。
いよいよ浪風が限界に近づき、終焉の時が訪れた。

「ふぐっ」
仁良井の長身に担がれた浪風は、高所から地面へと落とされた。
柔術の肩車という技である。
高さはあるとはいえ、スキルはかかっていない。 致命的なダメージは免れた。
だが、恐怖はここからだった。
この技によりマウントをとった仁良井は、浪風の胸に掌を押し当ててきた。
そこから強力なアウルを流し込んでくる。
「はあっ」
滞時掌。 相手のアウルの流れを変え、動きを止める。 武術に“スタンエッジ”のスキルを組み込んだ技である。 ここでスタンしたら確実に終わる。
(もう楽になりたい)
心身ともに削られた浪風は、それすら望み始めていた。
だが、アウルの流れが変わらない。 浪風のアウルが仁良井のそれに抵抗している。
仁良井、浪風を抑え込んだまま再度、滞時掌。
これも不発。 
残弾がなくなったためか、仁良井はマウントから掌底を振り下ろしてきた。
動揺があったのかもしれない、抑え込みが緩んでいる。
浪風は、頭をあげ頭突きでカウンターをした。
“肉を切らせて……”を含んだクルックー空手技、返砕撃 !
のけぞる仁良井。 顎を撃たれ脳震盪を起こしている。
浪風、痛みをこらえながら立ち上がり腰を捻る。
「これでダメならどうせダメだ!」
FB壊転撃!
封砲の威力を纏わせた旋回裏拳。
大博打である。
阿岳にカット権で壊転撃を邪魔されたらアウト
技が当たり仁良井を倒せても、KO成立前に阿岳がリング内に入りタッチ交代してしまったらアウト。
なので、仁良井か阿岳のどちらかが蘇生系の技を用意していたらアウト。
低確率過ぎる。 不憫男と呼ばれる浪風にとって、無謀の極みだった。
「くらえー」
輝きながら旋回し、拳を握る。
南軍出入り口から阿岳が入ってきた。
「くっ」
無念の言葉が口から洩れかけたが、寸前で気づいた。
阿岳の動きが鈍い。 カット権をいつ使うか気持ちが定まらず出足が遅れたらしい。
「これなら!」
浪風は、仁良井と阿岳の直線上に壊転撃を放った。
拳が仁良井を、余剰衝撃波の輝きが阿岳をとらえ、二人まとめて吹っ飛ばす!
リング内に倒れる二人。
浪風は倒れた彼らに、懇願した。
「立つなよ! 絶対立つなよ!」
 
 終焉のゴングが鳴る。 
 立たなかった。
 過剰利用され気味な蘇生系スキルを、今日に限って二人とも用意していなかったのだ。
「不憫じゃなかった」
 感動に声が震える。
 長い停滞からの劇的な解放に沸き立つ会場。
 光り輝く賞賛が浪風に降り注ぐ。
 解説も興奮を帯びた祝福の声をあげた。
『浪風君、長く厳しい状況によく耐え続けたんだな』
『素晴らしい精神力、まさに鋼鉄の不憫艦だ』
「不沈艦だろ!」


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