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1930年、以前より社会問題になっていた纏話機ノイズ問題に関して一つの回答が出された。
いわゆる”メニスのヘッドギア”である。
メニス[アイリス・レイバルド(
jb1510)]は、旧王族の出で光纏放送局の局員なのだが局内での派閥争いの煽りを受け、クレーム対応室員という不遇な地位にいた。
この日も局が設置した纏話機のせいで失業したというクレームを受け嘆息していたのである。
「だからガラス張りの纏話ボックスはやめろといっただろ」
今回は外を歩いていたミニスカ女性を見てしまったがゆえ、通話に煩悩が混じったらしい。
懺悔室の様に外界の情報を遮断するようにというのがメニスの案だったが、それも犯罪に使われる可能性もあり却下されていた。
毎日寄せられるこの手のクレームに、メニスは精神の安定を崩し始めていた。
それを和らげるため、マインドケアの光纏水を吸わせたヘッドギアを思いつき、発注して装着した。
効果は絶大だった。
「ふむ、これを纏話ボックスに設置すればよいのではないか?」
これは一つの発明となり、全国の纏話ボックスや纏話放送局に常備されるようになった。
纏話機ノイズ問題に関しては、知られざるもう一つの回答があった。
人型思念フィルターH‐03K[川澄文歌(
jb7507)]だ。
人形ではない、正真正銘の人間である。
生まれたばかりの赤ん坊の段階から調教し、雑念を拾い出し、伝えたい意志だけ選別する存在、いわば”ろ過人間”として育てたのだ。
これは人道を逸脱する狂気の発明として、長く学会の闇に隠ぺいされていた。
その一体であるH‐03Kは、指名手配された発明者の逃走とともに捨てられた。
その後、ツバキという結婚に縁はないものの母性本能は強い女性に拾われたH‐03Kは、人間・フミカとしての人生を歩み始めた。
ある日、選挙会場に連れて行かれたフミカは衝撃を受ける。
選挙棒(サイリウム)を両手で10本持ち振り回す多重投票者、舞台最前列に陣取りオタ芸を披露する痛い後援者
「こんな可愛い子が捨てられ、選挙はこの有様、私も結婚出来ないし、この国の政治は腐っているのだわ!」
ツバキの言葉に胸を痛めたフミカだったが、ふと、ある政党の姿が映った。
アイドル党――当時は、弱小政党だったこの時は明るく楽しく政治改革を歌い上げていた。
まだ感情の乏しかったフミカは、その精神と歌に感動する。
成人したフミカは、アイドル党に入党。
雑念を拾う能力で有権者の気持ちを察し、最年少で下院議員当選を果たす
そして、本来忌まわしきものだったその能力で政治家の悪事を暴き、腐敗を一掃したのである。
だが、その道は生易しいものではなく、悪徳政治家たちに何度も命を狙われ、ついには養母・ツバキを失うことになる。
恫喝と暗殺の恐怖に屈せず悪徳政治家たちを一掃したフミカは、1936年に大統領に就任。
それをツバキの墓前に報告した時の言葉は、後に二人の墓碑に刻まれる事となる。
『ツバキ姉さま、ろ過、完了ですよ』
フミカは1948年の任期満了まで大統領を勤め上げ、「叶え、みんなの夢!」をキャッチフレーズに教育・薬学品・宇宙開発・環境問題・スポーツ・通信等の発展に注力した。
パフォーマンスがアイドル的だったことから、他国には”神聖アイドル帝国女帝”と揶揄を含んで呼ばれたが、自国民からの人気は絶大だった。
ここに二本のVTRがある。
SUMO世界大会の準決勝での取組である。
土俵際投げの打ち合い。
一本目のVTRでは、東方であるテムジン国力士の掌の方が、西方であるショウタロウ[雪ノ下・正太郎(
ja0343)]の顔よりも先についている。
二本目のVTRでは、一本目と全く同じ場面なのに、ショウタロウの顔の方が先についている。
どちらが事実なのかというと、二本目である。
つまりショウタロウは、この取組に敗れたのだ。
だが、ノヴェ共和国で纏話生放送されたのは一本目。
ノヴェ共和国の投影者(カメラマン)が自国選手を応援するあまり、願望が混じってしまい、一本目のような映像が流れてしまったのだ。
外界からの視覚的刺激を遮断しようと、”メニスのヘッドギア”で心を鎮静化しようと、心の中にある願望や欲望は抑え切れない。
応援している方を、心の中で勝たせてしまう。
これが纏話放送の弱点だった。
話はこの取組に敗れ、銅メダリストとなったショウタロウに移る。
彼は、力士としての自分に限界を感じていた。
小兵な自分に、もっと適した競技があるのではないか?
そう考えた彼は北の国グラードへ留学した
そこには、総合格闘技ソンボがあった。
ショウタロウは絞め技、関節技で小兵のハンデを克服し、1938年には世界大会優勝を果たす。
祖国の英雄となった彼をパロ大学は教授待遇で迎え入れ、引退後は後進の育成にも励んだ。
この時、ゴリンピック誘致委員会委員長への就任話が持ち上がった。
ゴリンピックは、テリー国から提起されていた世界最大のスポーツの祭典である。
だが、ショウタロウはこれを拒む。
今のままの纏話放送では、SUMO大会での自分の取組と同じ過ちを繰り返しかねない。
願望がそのまま放送されてしまう纏話放送で、国の威信をかけたスポーツ大会を放送しては誤報に誤解が重なり、戦争の引き金にすらなりかねないのだ。
「スポーツは平和と友情の父でなければならない」
そう唱えたショウタロウは、完全なる事実を伝えられる纏話放送の開発を呼びかける。
これに応えたのは、またもメニスだった。
止まぬスポーツ中継での苦情に、苦情受付室長に昇進していたメニスは辟易していたのである。
彼女は纏話機の要である光纏水を更に改造。
既存の絆に加え、シンパシーとシールゾーンを合成した新型纏話機を開発した。
シンパシーで特定の感情を読み取り、規定値を越えた場合に連動してシールゾーンが発動し、絆のスキルを弱めるのである。
これにより、願望による誤報を放送してしまう事案は防ぐことができる。
しかし、放送が肝心なところで中断されてしまうので、やはり根本的解決にはならない。
この難点の克服には、光纏樹蓄積技術の実用化を待つことになる。
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20世紀後半の人物について語るに辺り、先に語らねばならない人物がいる。
ノヴェ教育界の中興の祖である、シュウ・カネダ[鐘田将太郎(
ja0114)]である。
彼はカネダ3世を始めとする学者の家に生まれた。
1940年に家財を投げ打ち、私立学校“カネダスクール”を設立した。
高等教育を受けられない、貧困層のために築いた学校だった。
「学びたい奴はどんどん学べ!」をモットーに生徒を募集した。
月謝は奨学金のみ。
資金不足から、教師はカネダ一人だった。
働きながら学校に通う生徒のため、昼夜問わず授業を行った。
疲労と貧困は深刻で、何度も倒れた。
その惨状が新聞を通して大統領フミカの耳に入り、ある日突然、訪問を受けた。
1948年のことである。
「なぜ、そんなに無理をされるんですか?」
尋ねるフミカにカネダは答えた。
「これからの国は若いモンが作っていくんだ、より良い技術を発展させるには、良い環境と施設での学問が必要だ。俺は子供から大人まで勉学ができる場所を提供したいのだ。 協力願いたい! 」
大統領はその意気に応えて、資金を国費から供出。
カネダスクールを拡大し、パロ大学の付属高等学校とした。
系列校数90以上、総生徒数10万人を超える超マンモス高校である。
これにより、義務教育を終えた貧困家庭の子供がパロ大学に進むまでの梯子を作る事が出来た。
パロ大学は元々、国費による無償教育だったものの競争率も高く、義務教育卒業程度の学力では入試突破は不可能。 結局、貧困層には縁のない場所となってしまっていたのである。
だが、カネダはこの学校の開校式を見届けたその夜、兼ねてからの過労が祟って倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
カネダの銅像は初代学長として中庭に建てられ、今も生徒たちの成長を見守っている。
この高等学校から排出されたのが、後に語ることになるレンネやシェリーである。
シェリー[シェリー・アルマス(
jc1667)]は、貧困層の生まれでカネダスクール時代からの生徒だった。
宇宙に上がる事を夢見て、パロ大学卒業後は研究チームの一員として大学に残った。
研究テーマは”推力と気密”
一見、地味なテーマであり、本人も地味に研究者人生を過ごすものと思っていた。
だが国際的に宇宙開発競争の時代となり、フミカ大統領も参戦を表明したことから運命が変わる。
ロケット開発を、パロ大学に命じたのである。
当初は蒸気エンジンが試みられたのだが推力が足りず、昔起きた酸化剤の爆発事故をヒントに固形燃料を発明された。
動力以外にも、問題は山積していた。
その一つが、”果たして人間は宇宙への旅に耐えられるのか”である。
光纏科学を盛り込んでいるため、人が乗っていなくてはアウルによる操縦が出来ない。 よって無人による実験ロケットの発射は困難なのだ。
シェリーは危険な実験台、即ち宇宙飛行士に自ら志願する。
加速に伴う重力に、体力と光纏で耐えるため地上に加速実験機を作り狂気とも思える訓練を始めた。
そして1960年、ノヴェ共和国初の宇宙ロケット、サリエーラIが完成する。
古代の火の女神からとった名である。
これに乗り込んだシェリーだったが、その名の如く空に燃え尽きてしまった。
大気圏突破で摩擦熱が起きる事に気づけず、対策がなされていなかったのである。
火の女神により、天へと連れ去られてしまったシェリー。
だが、その様子を見上げていたシェリーの娘は、母を火神の掌から取り戻す事を誓っていた。
宇宙開発時代になったにも関わらず、この国は極めて原始的な問題に悩まされていた。
交通の要である馬、それによる糞尿問題である。
“交通量の少ない時間に掃除をする” “フンコロガシを放つ”などの解決策が試されたが、どれも根本的な解決にならないどころか、事故や虫害などの弊害を生んでいた。
悪臭と、それにたかる虫や鳥。 特に首都レタは世紀末の様相を為していた。
この解決を為したのがレンネ=ムーンパレス[月乃宮 恋音(
jb1221)]である。
彼女は旧王国の宰相レンネに連なる家に生まれ、資産と、一族特有の巨乳を受け継いでいた。
パロ大学で経済、経営を学んだ彼女は、”変化の術”スキルによる化粧品を開発販売する会社を営んでいた
しかし、友人たちの影響で環境問題を意識するようになる。
「……おぉ……どんなに化粧をし、着飾っていても町が糞尿塗れでは台無しになってしまうのですぅ……(ふるふる)……」
彼女は祖先の手法に習い、シンクタンクを設立。
“またもミルクタンクか”と揶揄されたものの懐深く受け止め、研究を続けた。
研究テーマは”光纏樹によるアウル蓄積”技術の運用。
理論は完成していたものの、長く実用には至っていなかった技術の始動を試みたのである。
レンネは化粧品開発の過程で発見した分解バクテリアに着目し、強化系スキルでこれを活性化した。
糞尿を分解する性質があるこのバクテリアにアウルの蓄積技術を利用することで、周囲の糞尿を高速分解する器具の開発に成功したのだ。
1960年の事である。
タマコガネと名付けられたこの器具を設置・整備する人員。 タマコガネにアウルを蓄積するための人員などの雇用も創出された。
経済は浮揚し、ノヴェ共和国は経済大国化、レンネはまさに救世主となった。
巨乳を震わせるその姿は、数々のドラマや映画の題材となり、死後数十年にしてすでに伝説的な人物として描かれている。
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1968年、ノヴェ共和国初のゴリンピックが開催された。
開催委員長はショウタロウ。
彼がここに来てゴリンピック誘致に積極的になった理由は、二つある。
一つは、糞尿公害の解消により国全体が美しくなった事。
もう一つは、シンパシーディスクの発明により正確なスポーツ放送が出来るようになった事。
これは “シンパシー”を溶かした光纏水で育てた光纏樹を材料に作り出した記録ディスク。 メニスが若き日に発明した新型纏話機に、レンネの開発したアウル蓄積技術を取り込んで作り出したものである。
これまでのように投影者一人の心象風景をそのまま放映するのではなく、投影者を複数用意し、ディスクも複数作る事で、正しく記録された部分だけを抜き出して放送出来る形にしたのである。
生放送は不可能という側面もあるが、その分、映画やアニメなどの文化が発達した。
「過去の名作の再現が難しいのはあるが、これからいい作品を作って放送すればいいだけだろう。私たちはこれからを生きていくんだ」
ノヴェゴリンピック開会式にあたり、ショウタロウはこう挨拶をした
「世界中のヒーローがここに集った、彼らのいる限り世界から平和と友情の文字は消えないだろう」
2001年。
ついにノヴェ共和国は初の国産宇宙ロケット・セドナUの打ち上げに成功した。
この搭乗員の一人に、ジュリがいた。
サリエーラIの爆発事故による悲劇の宇宙飛行士シェリーの孫娘である。
そしてセドナUの開発陣にはシェリーの娘で、ジュリの母親であるシャイニーもいた。
セドナUの船窓から地球を見下ろしたジュリは「地球は本当に丸かった」と祖国に向けて放送した。
その後、マイクを切り「おばあちゃん、迎えにきたよ」と、涙とともに呟いたという。
帰還の際の大気圏突入にも成功。
ジュリは41年間宇宙に漂っていた祖母の魂を、地上で待つ母の元へと連れ帰ったのだった。
世界を結び、宇宙にまでその指先を伸ばしたノヴェ共和国は21世紀にどのような発展を遂げるのだろうか?
このドラマが終った後も、キミの心の中にあるノヴェ共和国を時々、訪れて欲しい。
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架空史ドラマ打ち上げ会場。
「ふむ、無事完結に乾杯だな」
アイリスがとった音頭とともに、ドラマ関係者全員がグラスを天井に掲げた。
五回に渡って放送された歴史ドラマが、ついに完成したのだ。
「米だー! 今日は徹頭徹尾、米を食うぞー!」
貧困の熱血教師という役作りのために断食していた鐘田、丼飯を食いまくる。
「……私は徹頭徹尾、乳でしたねぇ……(ふるふる)……」
歴史に残る数々の実績をあげたのに印象に残るのはやはり乳な恋音。 デカすぎるから仕方ない!
「私、空飛ぶたびに事故起こしてたよね。 注意しないと」
光纏船と宇宙ロケットで二回も事故に遭う役を演じたシェリー、今後は現実での無事故を祈ろう。
「DVD化の時は主題歌付けよう♪ 私、歌うよ!」
文歌は”ノヴェ共和国国歌”を即興で作り、歌い出す。
「次は時代劇やSFドラマもやれたらいいですね」
局長に話を持ちかける雪ノ下。
一つの世界を創り上げた若者たちは、次なる世界に向け、早くも夢の翼を広げ始めていた。