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小アイリスにより世界一周はなされた。
だが、この時点で世界の全貌が明らかにされたわけではない。
ノヴェ王国で作られた地図にはタリア大陸、クオン大陸、ジパング、モフモフ国以外は描かれておらず、地図職人たちは未知の領域には、空想上の怪物を描いて誤魔化していたのである。
「なんだ、この地図は!」
パロ大学の講義で資料として配られた世界地図に、憤る男がいた。
カネラン[鐘田将太郎(
ja0114)]である。
「ノヴェ王国は世界の姿を掌握したと誇っている。 だが、こんなもので掌握したなどと言えるのか!」
彼は、学生の有志を集め計画を練り始めた。
完璧なるMAPを作り上げる計画。
名付けてM計画。
この計画は、ほどなく海運府に認められた。
この時代、未知の海域には地図に描かれた怪物がいると本気で恐れられており、カネランのような命知らずの出現は渡りに船だったのである。
だが、決して彼らは命知らずなわけではなかった。
小アイリスの成功に学び、光纏水を多数用意して健康を保った。
また同士に、縮地、迅雷スキルを使えるものを加えており従来よりも高速で進む事が出来た。
これらの工夫のお蔭で航海の幅は大きく広がった。
すでに他国の探検船団が辿り着いている場合もあり、全てが新発見というわけではなかったが、カネランの手記には率直さと、学生らしい瑞々しさに満ちてきた。
彼らが最初に辿り着いたのは、テリー大陸だった。
『北側は箱っぽい建物がそびえ立っていたうえ、やたら広かった。 南側は泥水のような苦い飲み物を作る豆を栽培。 下着で踊る祭り、球を蹴る競技が盛んだった』
文中の“北側のもの”とは古代帝国遺跡の事を、“南側のもの”とはコーヒーや、サンバ、サッカーのことを示していると解釈されている。
その後、船団はジパングを経て、シン国へと向かった。
『人々は、黒い水で文字や絵を描いていた。 大熊猫という動物は可愛い外見に似合わず凶暴だった』
黒い水は墨汁、大熊猫はパンダの事であろう。
なおこの時、カネランはパンダをもふろうとして大けがをし、心に重い傷を負う結果となった。
さらに船団は、はるか西にあるガンダーラ国に向かった。
『怪しげな呪文を唱え、やる気ゼロな神像に祈った。 カレーは火を噴くほど辛かった』
“怪しげな呪文”というのは仏教におけるお経、“やる気ゼロな神像”というのは涅槃像の事であろう。
二十一年間に渡る大航海を続けたカネランだったが、パンダに襲われた際に受けた心の傷が悪化し自身は帰国、以後は旗下の船団に航海の指示を出しつつ地、図の完成に尽力する事となる。
この時、カネランは球体地図、いわゆる地球儀を作ろうとしたがわかりやすいと、あえて正方形にした。
後に“メルカネタ図法”と呼ばれるものである。
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カネランの持ち帰った報告は、各所に大きな衝撃を与えた。
宮廷料理人アイネ[月乃宮 恋音(
jb1221)]や、王宮での会食をカネランと共にしていた王女アメニス・L・B・ノヴェ[アイリス・レイバルド(
jb1510)]も、カネランの土産話に影響を受けた人物である。
アイネは、“知は乳に宿る”で有名なかつての宰相レンネの一族で、その末端に連なる娘である。
彼女も、レンネ同様巨大な乳房の持ち主だった。
「……おぉ……これがカレーですかぁ、美味しいのですぅ……しかし材料の香辛料が稀少すぎまねぇ……」
彼女は会食でカネランが作ったカレーがに目をつけ、新しい食材の生産を王に進言した。
今日のタリアカレーは、彼女が原型を作ったものとされている。
カレーの味は国王をも虜にし、アイネは発言力を高めた。
国王リベ一世が政治に関心が薄い人物だったため、ほとんど言いなりだったようである。
その権限で光纏樹の栽培を進言し、農業の改良を実行に移した。
過程で光纏樹にエネルギーを蓄積させる技術も発案したが、これが実現するのは彼女の死後、かなり経ってからになる。
実情を知らぬ世間には、アイネは乳で国王を籠絡したと誤解されていた。
「この世は、王を中心に動いているのか、アイネの乳中心に動いているのか」と皮肉られ、“乳動説(ちちどうせつ)”なる言葉まで生まれた。
一方、アメニスは国王リベ一世の第二王女だった。
放浪癖のある王女は仲間と城を抜け出すための示し合せ手段を欲しており、城出入りの纏学技術屋に相談し、『光纏性水鏡式遠距離通話機械』なるものを作り上げた。
略して『纏話機』と呼ばれる機械である。
これは“絆”のスキルを溶かした光纏水から作り出した水鏡で絆の経験を共有するという特性を生かした通話手段だった。
とはいえ性能は糸電話に毛の生えたレベル。 町の若者たちとの通信手段として利用するのが精一杯だった。
だが食事会でカネランの土産話を聞くたびに、その景色を己の目で見たいと願うようになり、纏話機の転用を思いついた。
より大きな土台を作る為に、当時建設構想のあった給水塔を利用する事を思いつく。
パイプを光纏水と親和性の高い光纏樹で作り、給水塔の頂上に溜めた水を滝のように流し、水鏡を精製。
この水鏡に人の記憶を投影し、大勢の人で観賞しようという仕掛けである。
水は下の溜池で回収し循環利用する
このコンセプトに基づいて建設された“光纏樹式給水塔”第一号は1643年に完成し、同年初の放映実験が行われた。
投影担当者はカネラン。
大航海者の記憶を再生しようという試みに、国民一同固唾を呑んで見守った。
だが、現場にアイネとその娘が立ち会った事で悲劇が起きた。
カネランは健康な男性である。 爆乳が気になり過ぎたらしく、水鏡に予定されていた海外の光景は映らず、妄想上の乳が大映しになってしまったのだ。
これにより投影担当者の精神状態が、投影内容が大きく作用するという欠点が浮き彫りになり、課題を残す事となった。
「乳は水よりも濃し……か」
騒ぎの中でアメニスが呟いたその言葉が、通信の歴史に残されている。
交通の歴史も、この時代に動き始めていた。
中心の一人となったのはシュリ2世[シェリー・アルマス(
jc1667)]である。
彼女はタリア人ではなく、クオン大陸からの渡来者だった。
一世紀前に大陸横断に失敗し、クオン大陸のただ中に座礁した蒸気船。
そこに乗っていたシュリ1世とが持っていた蒸気技術は、周辺地域のみでガラパゴス的に発展していた。
蒸気町・ラオホ。
クオン大陸探索隊が幻と言われたその町を発見し、技術者であるクオン人の女性を誘拐同然に連れて来たのだ。
シュリ2世というのは便宜上の名であり、本名は未だ持って不明である。
彼女は “失われた技術”となっていた蒸気を復活させるべく、半ば強引に技術研究をさせられた
非道なようだが正式な国交がなく、文明的に下等と見られていた異大陸人の扱いとしては、これでもまだマシなものであった。
彼女は、王都を行き交う馬車を見て“蒸気機関で同じようなものを作れないか”と考えた。
そして脚の代わりに、蒸気で車輪を動かす蒸気馬を作り出した。
完成した逸れの速度は馬以上だった。
だが大型過ぎた上、小回りが効かず、実用に耐えない欠陥品だった。
試作機は制御出来ずに木に激突して試作機は破壊された。
「クオン大陸の人間は、馬ではなく猪に乗っているに違いない」
タリア人からはそんな嘲笑いが飛んだ。
2世は望郷の念に駆られ、山奥に逃げ出した。
その時、獣道を見て叫んだ。
「鉄の猪には、鉄の道を用意すればいいんだ!」
つまりは線路である。
レールに鉄を、枕木に光纏樹を使いタリア大陸初の鉄道は建造された。
初めは炭鉱における石炭運搬用に使われるだけだったが、有用性が認められてからは国内全土に線路が敷かれ、そしてタリア大陸全域へと鉄道網を広げる事となる。
「線路がクオン大陸まで届けば、帰れるかな……」
そんな帰郷の夢を見て研究を続けた2世だったが、ついにレールが届く事はなく、異国の地で生涯を終えた。
1645年。 ショウタロウ41世の弟であるジュンタロウ[雪ノ下・正太郎(
ja0343)]はパロ大学に在学中に学友を募り、パロ歌劇団を立ち上げた。
「俺は、演劇界に革命を起こす」
情熱に満ちた言葉通り、物語に歌と踊りを交え新たなな演劇体系を作ろうとする。
ミュージカルとの違いは、スキルを取り入れた事である。
“ダンス”や“忍法月虹”を用いたエフェクトを華やかであった。
また“外殻強化”を用いた衣装の変化は、若者や女性を大いに喜ばせた。
反面、古来よりの演劇を好む層には辛評を浴びたが、本人は動ぜず、
「異端? 地獄侯爵の孫には褒め言葉さ、俺と仲間が演劇界を作り替えてやる!!」
そう意気盛んな返答をしたという。
パロ歌劇団とジュンタロウの志は孫の三世に受け継がれ、演劇の進化は革命期中、連綿と続く事になる。
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通信と交通によって文明の発展が加速するのは、歴史の事実である。
纏話機器と鉄道網が普及した1789年。 ノヴェ王朝に民主化の波が押し寄せた。
その波が生まれたのがモフモフ国――遠い南の無人島である事はあまり知られていない。
自由民権運動家ファミカ・イシガキ[川澄文歌(
jb7507)]は名字が示す通り、ジパング人とのハーフであった。
当時、珍しかった大陸外との混血は、タリア人からの差別対象であった。
差別による孤独に包まれていたファミカは、自分と名のよく似たフィミカという人物の描いたノンフィクション小説“フィミカ旅行記”を愛読するようになった。
動物には貧富差がなく、ボスはいても身分差はない。
なぜ、動物に出来る事が人間の国では実現出来ないのか?
そう考えたファミカは、国王を国の象徴としつつ実権は国民にある立憲君主制を構想した。
議会を作り上院は貴族の各家当主、下院を選挙で選ばれた庶民で構成するという制度である。
なお、両院で意見が決裂した時は下院に優越権を与える。
内閣は両議会から議員を選び構成する。
これらの体制を考えた彼女は、全国を遊説し民主主義の原理を説いた。
だが、やはりハーフであるファミカが政治演説をする事への偏見は大きく、ファミカはすぐに騒乱罪による逮捕をされてしまった。
裁判を受けイドル教の寺院で説法による更生教育を受けたファミカだったが、逆に神父たちを説き伏せ、自らの政治思想の味方にしてしまった。
“神の前には皆平等”というイドル教の思想と、民主主義思想は相性が良かったのである。
ファミカは、この時代に始まっていた給水塔の纏話機能による“イドル教日曜説法会”で、来るべき国の姿を演説した。
これが民衆に衝撃を呼んだ。
蒸気鉄道を用い、国内各所から集まった民衆たちは王宮を取り囲み、権力の分与を叫んだ。
このデモを怖れた国王リガ2世は、代表者同士の話し合いにファミカを招く。
だが、これは罠であった。 親衛隊に発砲させファミカを射殺させたのだ。
カリスマ的存在のファミカさえいなくなれば、騒ぎは治まると考えたのである。
「イシガキ崩れても、選挙は死なないよ!」
失血による失神直前に呟いたこの言葉は、自由民権運動として今に伝えられている。
この暴挙は、却って民衆の怒りを煽り、さらに多数の民衆が王宮を取り囲む事態となった。
慌てた国王は、アイネから相談役を受け継いでいたアイネの孫・チチネを呼び出し、いかにするべきか相談を持ちかけた。
当初は、各所の国王軍をいかに呼び寄せ、民衆を撃退するかという相談だったのだが、チチネの答えは国王の期待に反するものだった。
「……おぉ……国王の軍が国民を殺すなど許されないのですよぉ……そもそもこの状況では、講和しかないのですぅ……(ふるふるふるふる)……」
この時、チチネは“講和”という言葉を使ったが、事実上の“降伏”である。
国王は、チチネの乳の震えの大きさに世界の震動を見い出し、全てを諦めたという。
国王リガ2世はファミカ派の条件を受け入れ、以後、ノヴェ王族は権力者ではなく、国家の象徴としてのみ君臨することになる。
この革命劇を、いち早く演劇にしたのが三代目ジュンタロウだった。
初代の孫である彼は俳優としてだけではなく、舞台作家としても活躍していた。
『紅年貢』(くれないねんぐ)は騎士、僧侶、農民、料理人、猟師、大工、力士という七人の勇者が悪逆非道な領主を打倒する活躍を描いた英雄活劇である。
古代を舞台にしてはいたが、内容には現代の風刺が多く含まれていた。
纏話放送された舞台は大ヒットとなり、 現在でも続編、外伝、亜種作品が作られ続けている。
庶民的な英雄活劇を描きながら名門貴族の出だったことから、ジュンタロウは“ヒーロー貴族”のあだ名で呼ばれた。
『紅年貢』には絶対王政の世ならば、許されないような表現も多分に含まれていた。
これこそが、民衆が自由を勝ち取った証でもあった。
一方、一命を取り留めたファミカは、ノヴェ共和国第一回選挙の管理委員長に任命された。
各所の大きな公園に舞台を作り、公園に国民を集め、候補者に舞台上で“パフォーマンス”と呼ばれる演説をさせる。
候補者のイメージカラーを決め、アウルの込め方で色が変わる選挙棒(サイリウム)の数で採決を行った。
選挙運動は回を追うごとに個性化していった。
公約をアイドル曲調で歌った“マニフェスト”と呼ばれるレコードを給水塔の水鏡から流して自己PRする清純アイドル派。
第一回選挙で上院議員となり議会演説が人気を集めたチチネを真似て、グラグラと乳を揺らしつつ、情熱的に演説する肉感グラドル派。
これらが、長く人気を獲得することになった。
こうして、ノヴェ共和国は、政治、産業、文化ともに中世国家から近代国家へと生まれ変わった。
“ノヴェ民主革命”“光纏樹鉄道革命”“纏話機革命”はタリア三大革命として歴史に名が残されている。
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革命編収録を終えたスタジオ。
「うん? 結局、纏話というのは電話兼街頭TV的なものかな?」
シェリーが首を捻る。
「そのようだな。 私の案を元に、演出上こういう扱いになったようだ」
コクコクと頷くアイリス。
「だったら、もっと明確なヒーロー特撮劇を放映してもよかったですね。 三百年間続くヒーローシリーズとか熱すぎる」
「心のイメージを映像化出来るんならアニメだっていけるよね♪ 世界最古のアイドルアニメいけるんじゃないかな?」
雪ノ下と文歌は、煩悩丸出しである。
「煩悩は恐ろしい……人々に世界を見せるつもりが、乳を見せてしまうとは」
がっくりと床に膝をついている鐘田。
纏話放送のシーンで、あんな役回りとは予想外だったようだ。
「……おぉ……また私の胸のせいなのですよぉ……(ふるふる)……」
いつも通り乳を震わす恋音。
次回、現代編! 震撼の最終回を迎える!