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1502年。
パロの虐殺から一年後のその日。 パロの町で慰霊祭が行われた。
開催者は、この町の領主ショウタロウ39世[雪ノ下・正太郎(
ja0343)]
開会式で彼は民衆への謝罪と同時に、こんな言葉を宣言した。
「人の世は人の物、人を救うのは人である。人を苦しめる神はいらん、神を利用して人を苦しめる者に対して私は地獄から来た悪魔となって人を守る」
この事から39世は地獄侯爵と呼ばれ、その名通りに犯罪者とテロリストの撲滅活動に徹底した。
反面、庶民でも学べる学府としてパロ大学を設立するなど人材育成面にも功績を残した。
そのパロ大学の一期生に、意外な学生が入学し波紋を呼ぶ。
RIKISHI隊の元将軍カネダ3世[鐘田将太郎(
ja0114)]である。
御前会議において他国の文明を取り入れ、王国を更に発展させることを提言した彼だが、平原での戦いで敗れたがゆえ臆病風に吹かれたのだと貴族たちから非難を受けた。
テロが多発し、貴族たちが命の危険に怯える時勢では無理からぬ話であった。
結果、全軍務を解かれ、暇を持て余した末に学業の道を選んだのである。
この学舎で彼は、一つの志を立てる。
当初は敗残の将のホラ話として受け止められたが、次第に同志を集め実行に至る事となる。
即ち、伝説の大陸クオン大陸の発見である。
「遥か西の海に“乳と蜜の流れる大陸”があると聖本にはありますぅ……伝説に過ぎませんが、民衆の怒りを逸らさせるためにも、探検船団を出す事は有効だと思うのですよぉ……むろん事実だった場合は測り知れない利益がぁ……(ふるふる)……」
時の宰相レンネ[月乃宮 恋音(
jb1221)]の提案は御前会議で貴族たちに受け入れられた。
兵士たちからの信頼の未だ厚い、カネダ3世を海の向こうに送り去りたいという貴族たちの陰謀もあったのだ。
こうしてカネダ率いる乳大陸探検船団は、1505年に西の海へと出航した。
だが、その航海は困難を極める。
雨雲が現れるたびに、船員たちは“アケロンの雲”ではないかと訝しみ、世界の果てが近いのだと騒ぎ立てる。
引き返す事を主張する声は毎日のようにあがった。
また壊血病が蔓延し多くの船員が命を落とした。
しかし、船団長であるカネダには一度決めた事を曲げない頑固さがあった。
120日を越す航海の末、船団の過半数を失いながらもカネダはクオン大陸の一部である半島(現在でいうライド半島)に辿り着く。
原住民はカネダたちに強い警戒を見せたが、船員の一人であるアイリス[アイリス・レイバルド(
jb1510)]が、甘い蒸しパンで原住民の子供を釣り、さらに自らが制作したガラス細工を見せた。
ガラス細工を巨大な宝石だと思い込んだ彼らは歓喜し、交流がはじまった。
彼らは身に光を纏う、独自の技術を持っていた。
大きな岩を砕き、固い土を耕す“破山”というスキル。
素早く移動し、種まきや収穫する“縮地”のスキル。
害獣を追い払う“咆哮”のスキル。
船団員はアイリスのガラス細工を代価にそれらを習得した。
これが後の“光纏科学”の始まりである。
帰国したカネダは、クオン大陸の農業を自国の食文化発展に尽くす。
「活力を復活させるには、まず食うことだ。食って力をつけろ!」
そう農民を鼓舞したカネダは、後に光纏農業の父と呼ばれる事となる。
1508年にはクオン大陸に学術船団が派遣される事になる。
この指揮をとり、自ら同行したのはショウタロウ39世。
侯爵であり、パロ大学の学長である彼がなぜ、危険な冒険航海に出たのか?
パロの虐殺の実行者の一人ゆえに、暗殺を恐れての亡命だとの説もあったが、後に帰国した事を考えると説得力を欠くだろう。
彼の祖父が大空を目指した36世であった事からも、冒険者こそがかの一族の本質だったのではないだろうか。
相変わらず危険を伴う航海ではあったが、壊血病の恐怖からは解放されていた。
アイリスが久遠大陸から持ち帰った治癒水の効果である。
これらは現在でも光纏水と呼ばれ、“原初光”“ライトヒール”“クリアランス”などの商標で使われ続けている。
学術船団は、幾度も派遣され成果を得た。
光纏による飛行技術が、特に有名であろう。
だが、当時の人々を最も驚かせた成果はそれではない。
39世は原住民の女性を連れ帰り、妻としてしまったのだ。
二人の間には男子が生まれ、後の40世となる。
機械科学の方でも新しい技術が芽生えていた。
“シュリの蒸気機関”第一号の稼働である。
シュリ[シェリー・アルマス(
jc1667)]はカネダと同じパロ大学の一期生である
彼女は“料理中に鍋蓋が強い湯気で浮いた”のを見た事をきっかけに、水蒸気に興味を示し、蒸気について本格的な研究を始めた。
卒業後、シェリー工房で研究を続け1523年に実用化に成功した。
永く停滞していた文化面にも動きが見られた。
フィミカ・ラ・レオナール[川澄文歌(
jb7507)]は歌と踊りを交えながら、独特の衣装で舞台に立ち観客を魅了するという新しい文化を流行させた。
イドル教信者の女性信者が好んで歌った事から“アイドル曲”とも呼ばれ、現在でもその名が定着している。
中でも有名な曲“ペンギンを夢見て”は、画家でもある彼女が、空想上の動物“ペンギン”を描きたいという想いから作り上げた歌である。
東方派遣船団への密航を試みた事さえ、少女時代にはあったという。
その想いは有名人になってからも止まらず、1525年にはついにペンギン探索船団の派遣に至った。
「ペンギンというのは燕尾服を着ていて、二足歩行をしていると“東方旅記”に記述があります。 つまり我々、人間と同等に文明を築き上げている鳥がいるという事です。 ペンギンを発見し文化交流を果たせれば我が国の発展に大いに貢献できるのではないでしょうか?」
フィミカが御前会議で行った提言である。
荒唐無稽な発言に思えるが、当時の認識では海の向こうは未知の世界。 何がいてもおかしくないと考えられていた。
しかも、クオン大陸の発見により文明に活気が湧き始めている時代、さらなる異文明を持つ事が期待される鳥人類の存在は魅惑的だった。
ジパングの港を補給地点とし南方を探索航海した末、船団は動物だけの国“モフモフ国”に行きついた。
この“モフモフ国”がどこであったのかは長年議論の種にされていたが、フィミカが残した数百枚に及ぶ動物スケッチから、現在はパガラゴス諸島の一部である事が判明している。
モフモフ国滞在中、フィミカは一羽の青い鳥と出会いった。
その鳥は賢さにフィミカはこれがペンギンだと思い込み、交流を図った。
“ペンギンは冠婚葬祭用が燕尾服で、普段着は青くて派手なのだ”
著作“フィミカ旅行記”には、そう記載されている。
結果、“ピィちゃん”と名付けたその鳥を始め、島に住む動物のうち数種類は、絆を結んだ人間が呼びかけると瞬時に現れる事が判明した。
つまりは現在でいう召喚スキルである。
“ピィちゃん”はペンギンではなく召喚獣だったわけである。
だが、フィミカ自身はそれを知る事がなく、ピィちゃんをペンギンだと思い込んだまま68歳でこの世を去った。
フィミカの葬儀に“ピィちゃん”が燕尾服を着て現れたという逸話もあるが、事実かは定かでない。
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16世紀半ばまでは、クオン大陸との探索と文化交流、そこから取り入れた光纏文明の発展と伝播の時代となる。
そして1550年、運命の元旦。
建造された5隻の光纏船が港に集った
光纏船は、ウーノ教側からは2隻。
「祖先の正しさを俺が確かめる!」
1号艇の船長は千年前、地球球体説を笑い飛ばしたカネダ将軍の子孫・ハネダ。
「……新宰相となった姉に代わり乗船させていただくのですよぉ……」
2号艇の船長は、かつての宰相レンネの次女のレンカ。
イドル教からは3隻。
「先祖がアイデアだけ残していた空飛ぶ船、今こそ!」
3号艇に、クオン人の血を半ば持つカネダ40世
「球体であれば真っ直ぐ進めば元の場所に戻るはず」
蒸気機関の発明者であり、40世の元で空飛ぶ船の開発実行を指揮したシュリが4号艇を指揮する。
「ふむ、空飛ぶ船か。 だが私の船も一味違うぞ」
ガラス職人から貿易相にまでなりあがった大アイリスの弟子、後に小アイリスと呼ばれる人物が5号艇を預かった。
光纏う5隻の船が世界の果てを目指し、新年の海へと旅立つ。
中継地点であるクオン大陸に、最も早く辿り着いたのは3号艇と4号艇だった。
この2隻には、陰影の翼を用いた人力飛行装置が搭載されており、岩礁などを上に避けて通れたのである。
彼らは世界を直進コースで一周をする事で球体説を確認しようとしたが、その前に障壁が立ちはだかる。
「陸だ!」
「どうやらクオン大陸の一部だね、地図通りならここは海のはずだけど」
学術船団を定期的に送り込んでいるものの、大陸は広く、さらに製図技術も未発達な時代である。
地図と現実に差が生じるのは当然と言えた。
「大丈夫、そのための飛行装置だよ」
「しかし、大陸を飛び越えるほどの長距離飛行は出来ない」
「この船は陸にも着地出来るんだよ、メンテしながら着地と飛行を繰り返せばまた海に出られるはず」
この大胆な大陸横断案は、半ばで頓挫した。
原因は最新技術を詰め込みすぎた事。
現代よりも技術の発展、伝播、成熟が、遥かにスローな時代。
蒸気機関、光纏科学は共にまだ新しい技術である。
さらにシュリは船体の腐食を防ぐため、独自の新合金に部品を交換していた。
これも新技術ゆえに鋳造が難しく、部品の精度が甘かった。
二隻の船は、陸地に鎮座したまま動かなくなってしまった。
「老い先が見えて少し焦り過ぎたかもね……やりたい事を全てこの船に詰め込んでしまった」
この時シュリは齢60を超えている。
長い冒険航海は、死を覚悟の上の旅立ちだった。
「諦めないでください、どうにかしてまた帰国し、やりなおしましょう」
「私は船に残るよ、これには私の生涯をかけた技術が詰め込んであるからね。 この地の人々に技術を教えながらお迎えを待つ事にするよ。 貴方はまだ若い、祖国へ帰りなさい」
「いや、俺も残ろう、ここは俺と父と母が出会った地。 ここも俺の祖国だ。 今の未発達な状態では、いずれどこかの国に征服されてしまうだろう。 戦争の悲劇を防ぐために俺も機械技術をこの地に伝える事に人生を捧げよう」
二人は、陸に張り付いた光纏船と共にクオンの大地に残った。
この事故と英断がなければクオン大陸は、植民地として略奪の歴史を余儀なくされただろうと言われている。
イドル側から二隻の船が脱落し、形勢はウーノ側有利に傾いたかに見えたが、そうではなかった。
「……おぉ……この辺りは暗礁海域ですか……交易航路からは除外いたしましょう……」
レンカの真の目的は世界の果てにはあらず、安全な遠洋交易路の確立にあった。
そのために最新技術を使用した光纏船を利用したのである。
航路確立後、レンカは貿易拠点となる町を開拓、自ら町長となり、クオン大陸南方の開拓と、本国との資源交易に注力する事となる。
こうして、残る光纏船はウーノ側とイドル側一隻ずつになった。
一見、条件は五分に見えたがハネダの航海は困難を極めた。
なぜならば、世界の果ての存在を信じて旅をする事は“アケロンの雲”が巻き起こす豪雨や、船を連れ去るという巨人の腕の存在に怯えながら未知の海域を往かねばならないという事である。
そして、ウーノ教の船にはそれに対する備えは何もなかった。
船が進む度に、ウーノ信者である船員たちの恐れは増大した。
ハネダは祖先の正しさを証明すべく、恐怖を押して進み続けたが、船体の耐久力に限界が訪れ引き返さざるをえなくなった。
最新の光纏船を以てしても、世界の果ては余りにも遠かったのだ。
ハネダの帰港から2年が経った、1552年。
「戻ってこられるはずがない、イドルの船は海の果ての滝に呑まれて消えたのだ。 世界が丸いなどと信じた愚かものの末路だ」
消息を消した最後の光纏船について、貴族たちがそんな嘲笑を漏らしていた時、一隻の船が港に到着した。
「あれは!」
艦首にはためく、イドルの旗。
2年前に出航した、小アイリスの5号艇に間違いなかった。
タラップから故国に降りたった小アイリスは、集まってきた人々にこう宣言した。
「私は今、世界の果ての土を踏んだ。 世界を一周して踏みしめたこの土こそが、世界の果てなのだ」
どよめく人々。
アイリスの言葉は即ち“世界は丸かった”という意味に他ならない。
ハネダが、群衆の中から歩み出てきて反論した。
「ホラを拭くな。 お前はどこかで適当に引き返してきて世界を一周してきたなどと誤魔化しているのだろう。 あるいは巨人の掌に船を掴まれて別の海に運ばれ、世界を一周したと錯覚してしまったに違いない」
ハネダの顔には千年のプライドを守ろうという、義務感が滲みでていた。
だが、小アイリスは真顔で返答した。
「巨人? そんなものはいなかった。 巨人が地面の下にいるなら、その巨人を支える地面はどこだ? 堂々巡りじゃないか」
学のない庶民にもわかりやすい論証だった。
「ハネダ船長、キミは2年前マデの港に寄ったね、ドト港にも寄った。 港に置いていったキミの船の壊れた部品、破れたマストを回収しておいたのだよ」
ハネダが血のにじむような航海の中で残した残骸こそが、小アイリスが世界を一周した証拠に他ならなかった。
ハネダは、世界の果てと言われたその地に膝をついた。
千年前の祖先の発言が妄言だったと思い知らされたのだ。
「信じた俺が馬鹿だった……」
その呟きと共に、人々の中でウーノ教への信仰が砕けた。
小アイリスの船が、紆余曲折を経つつも、世界一周の旅に耐えたのには理由がある。
5号艇の船体は、光纏水“ライトヒール”で育てた木を使って造られていたのだ。
現在ではブレスシールドと呼ばれる、木材を金属並に頑丈にする工法である。
そして、その光纏水により船員たちも健康を保ち続けた。
単純な頑丈さと健康こそが、冒険に必要なものだったのだ。
世界の真の姿は、ついに確認された。
その過程で得られた海の外の文化は、後に様々な形で革命をもたらす事になる。
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開明編収録を終えたスタジオ。
「自分たちの力で世界一周をしたかったけど、残念だったね」
「流石にオーパーツ過ぎたか」
シェリーと雪ノ下が嘆息する。
「ともあれ、中世脱出成功はよかったじゃないか」
「そうですよ、植民地の悲劇も防げそうですし」
二人を元気づける鐘田と文歌。
「……その辺りで現実の歴史とは違った展開になりそうですねぇ……」
「次は産業革命、政治的な革命などを経て近代に至る物語といったところか」
恋音とアイリスは、もう次章の企画書を読み始めている。
次回“革命編”乞うご期待!