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タリア歴1401年、クレヨーが水平線の向こうに夢を馳せていた頃、さらに上、大空に想いを駆け巡らせる少年がいた。
この時はまだ、没落した下級貴族の子息に過ぎないが、後に遠い祖先の名を継ぎショウタロウ36世[雪ノ下・正太郎(
ja0343)]と名乗る少年である。
彼と町の鍛冶屋見習いとの、こんな会話が伝聞されている。
「なあシェリー、大きな矢に俺を括り付ければ空を飛べるんじゃないかな? キミが腕をあげたら大きな矢を打ってくれないか?」
「え!? 飛べると思うけど落ちた時に死んじゃうと思うよ」
「なら矢に翼を付けたらどうだ?」
この時、36世の頭にはすでにハングライダーの設計図があったという者もいるが、過大評価であろう。
空への憧れを持つ者なら、誰でも妄想しそうな事であった。
妄想を実行に移した者も多い。
「自分と彼らとの違いは、天を舞ったか、天に召されたかのみだ」
彼自身の言葉通り、36世は大陸初の人力飛行に成功し、その功績により伯爵号を賜った。
数年後、36世は大陸北方の同盟国キフ王国に飛行技術を伝えるという勅命を果たすべく冒険旅行に出た。
この時、空から見たキフ王国とテムジン王国の小競り合いが、未来に起こりうる祖国の危機を予感させたという。
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「OHZEKI、あんたはなぜそんなに強いんだ」
「米だ! ジパングの米を食って来たから俺は強い」
ジパング航海から帰還したカネダ[鐘田将太郎(
ja0114)]は、クレヨーに次ぐSUMOの名手OHZEKIだった。
かつて囚人だったカネダと、伯爵である36世は身分の差を越えてSUMOをとり、武について語り合った。
「むう、SUMOではテムジン族には勝てんかもしれん、万が一の時には新しい武器が必要だな」
「ならば、紹介したい人がいる」
カネダが36世に紹介されたのは、幼い日に空への夢を語り合った少女、シェリー[シェリー・アルマス(
jc1667)]だった。
長じた彼女は、火薬に関する研究者の一人となっていた。
カネダはシェリーにこう相談を持ちかける。
「SUMOの技術の一つにTEEPOというものがある、相手が近づいてくる前に押し倒してしまう技だ、そんな武器を火薬で作れないだろうか?」
カネダの基本思想と、36世の資金提供を元にシェリーは新兵器開発に乗り出す。
その道程は安易なものではなかった。
シェリーは、自身を上回る研究者であった最愛の夫を実験事故で失ってしまったのだ。
数年間、研究は頓挫したが「夫の死を無駄にしないように」とのカネダの励ましにシェリーは再び立ち上がる。
その結果、彼女が生み出したのは火薬玉を投石器で飛ばし炸裂させる兵器だった。
試作一号機が炸裂させた火薬玉は、遠方にある岩を粉々にしてしまったという。
この成功により36世の死後も資金提供は続き、シェリーとその弟子たちは様々な兵器を生み出す事になる。
火薬は“硝煙の時代”と呼ばれるこの時代の寵児であり、様々な者が運用法を研究している。
王国軍教官アイリス[アイリス・レイバルド(
jb1510)]もその一人だ。
彼女は厳格な教官として表向きは新兵に怖れられていたが、裏では奇人として笑いの種になっていた。
理由は彼女が独自編成していた、秘密部隊にある。
土竜隊と呼ばれるその部隊の訓練の大半は、地面に穴を掘る事にあったのだ。
日々、穴を掘ってはまた埋める、また掘るの繰り返し。
そのため、他の部隊で使い物にならない兵を集めた懲罰的な意味合いの部隊だろうと嘲笑われていた。
だが、アイリスの真意は異なっていた。
現在である地雷工作兵。
地面に火薬を埋め、敵兵がそれを踏んだ時に爆発させる仕組みを、アイリスは考案、実験していたようである。
当初の作動率は低く、誤爆率も高かったため、アイリスの生存中に地雷が日の目を見る事はなかった。
しかし、その過程で派生した落とし穴や抜け穴を利用する戦術は秘かに認められ、土竜隊の存続と地雷の研究は百年に渡って許される事になる。
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テムジン族の侵攻が本格化したのは、タリア歴1440年代に入ってからである。
同盟国のキフ王国が騎馬隊に滅ぼされたという報告は、ノヴェ王国民を震撼させしめた。
とはいえ、テムジン帝国との間には数多くの列強国がある。
どこかで勢いが止まるだろう。
ほとんどの国民にとって、それは対岸の火事であった。
結果的には嵐の前の静けさであったこの時期に、国内を騒がせたのは宗教抗争だった。
当時主流だった神聖ウーノ教は「ウーノ神の御心は聖職者の心の中にだけある」とする上級聖職者を中心の“ソロ派”と、「ウーノ神の加護は聖職者とそれを守護する王侯貴族のみに与えられる」とする貴族達中心の“ユニット派”でわかれ、日夜権力闘争を行っていた
末端の分派となっていたイドル教から、開祖の生まれ変わりを名乗る聖女・フミカ[川澄文歌(
jb7507)]が出現したのはそんな時期である
フミカは「ウーノ神はみんなの心の中にいて、みんなが神様だよ♪」と宣言。
イドル教“グループ派”を起ち上げ、庶民へ広く布教する。
これに王室や貴族は危機感を覚えた
イドル教には、かつて一つの王朝を滅ぼし、新王朝を築いた実績があるのだ。
「千年前の悪夢再来を許すな」
大貴族により、武力行使のなされる大弾圧が始まった。
しかし、この武力行使をフミカは退ける。
イドル教の信者たちは“鉄砲”で武装をしていたのだ。
鉄砲は“敵が近づく前に倒す”というカネダ思想を元に開発された火薬兵器である。
これを庶民であるイドル教徒が持っていたのは、開発元であるシェリー工房の大半が庶民で構成されており、イドル教の信者だったためである。
火薬で金属の弾丸を飛ばし、しかも携行が可能という新兵器に、王国騎馬隊は対応出来ず、散々に打ち破られた。
しかも、すでに鉄砲は量産されており、信者の一人一人が民兵として街に溶け込んでしまっている。
古来より、庶民を敵に回して保てた王朝は存在しない。
国内に湧いた脅威を払うため、当時の国王ラオ三世は、イドル教を国教と認め、むしろ民兵たちを味方に付ける道を選んだ。
貴族たちからは反発の声があがったが、大貴族が次々に民兵に暗殺されると、むしろ国王の決断を善しとする声が宮廷を占め始める。
誰もが安心して町を歩き、ベッドで眠りたいのである。
政治と宗教は未来永劫分離させるというフミカとの盟約を元に、庶民は信仰の自由を勝ち取った。
一時的には、そう見えた
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1490年代に入るといよいよテムジン軍の南下は勢いを増してきた。
これに抗するため、ノヴェ王国は周辺諸国と同盟を結ぶために動き出す。
この動きの中心となったのは、ツキノミヤ公爵家を若くして継いだレンネ[月乃宮 恋音(
jb1221)]である。
「……おぉ……出自に関わらず実力主義で優秀な人材を広く募るのですぅ……政策研究機関なのですよぉ……」
これは、世界初のシンクタンクではないかと長くいわれていたものである。
しかし、歴史上明らかなシンクタンクが発生したのが、近代に入ってからである事と、レンネ自身の胸が乳牛のように大きかった事から、ミルクタンクの間違いではないかという学説が出され、今では歴史書にもミルクタンクの名で記載されている。
父の跡を継ぎ、政務官に就任したレンネは辣腕を発揮した。
商業においては関税を抑えて道路を整備し、治安を強化して安全な取引を確立、行商人を呼び込み流通の発達に務める。
農業分野では自然災害に強く安定した品種を調査し、この種を推奨する事で安定した食料を確保した。
これにより国民の生活の安定、経済は富んだ。
チチノミクスと呼ばれる政策である。
この手腕は評判となり“知は乳に宿る”という言葉が流行した。
男女問わず自分を知的に見せるために、胸に大きな詰め物をするファッションが流行した。
そのため当時の肖像画は、どれも極端に胸が大きく描かれている。
チチノミクスにより、国力を増したノヴェ王国は、成立した抗テムジン連合の盟主となる。
1501 年。 連合軍はテムジン軍の騎馬隊十万と数的には同等の兵力を得て、パロの地にて南侵する激流を迎え撃つ事となった。
パロの地には現在でも要塞の跡地が残されている。
国境際にあるパロは、ショウタロウ36世が伯爵位を得た時に賜った領地である。
リュウセイガー要塞と呼ばれるこの要塞には、“青龍の背”と名付けられた高台がある。
グライダーが滑空するための滑走路であり、飛び立ちやすいように様々な工夫がなされている。
“有翼騎士団”と名付けられたタリア大陸初の空軍の指揮をしたのは、早世した37世から伯爵号を継いだばかりの38世と、彼が軍師として招いたソウイチ[咲魔 聡一(
jb9491)]という男だった。
ソウイチの出自は、不明である。
ただ、危険な錬金術実験を好み、あげく火刑に処せられかけていたところを38世に拾われたというから、今でいうマッドサイエンティストだったのだろう。
「伯爵、僕が呪術の雲を発生させましょう。 それに包みこんでやれば、人も馬も統率がとれなくなります」
「そんな事が出来るのか? 味方まで巻き込んでは話にならんぞ」
「予め風向きを計算し、呪術の雲が敵に辿り着くよう最善のルートを弾き出しておきましょう」
「ふっ、こちらに都合のいい風が吹くまで侵攻を待ってくれるほど、テムジン軍はお人よしではあるまい」
そう異を唱えたのは、カネダの孫、カネダ3世だった。
「そんな顔をするな。 却下するとは言っておらん。 ただその都合のいい風が吹くまでの足止めが必要だと言っているのだ。 なあに、その損な役回り我らRIKISHI隊が務めてやろう」
こうしてパロ平原の合戦は幕を開けた。
「祖父と父の望みは俺が叶える! 王国に勝利を!」
カネダ3世は祖父ほどSUMOが強くなかったが代わりに、鉄砲の扱いに長けていた。
馬が鉄砲の音に驚く性質を利用し、その勢いを削ごうとする。
だが、鉄砲技術を掌握しているのはテムジン軍も同じだった。
同じ大陸内で、しかも何十年も前に民間に流出した技術である。
テムジンの軍馬は、仮に耳元で発砲されても動揺しないよう訓練がなされていた。
騎兵たちはカネダ軍が降らせた銃弾の雨中を突撃してくる。
テムジン騎馬兵の蹄鉄が蹴った大地から、その時、爆炎が吹きあがった。
「ふむ、原始的な形にした分、作動率はこちらの方が高いな」
生前、アイリスはかつて失敗した地雷を、地下に掘った空洞に紐を通し、それを引いて遠くから作動させる形に設計しなおしていた。
元々が冷や飯を食わされている土竜隊だった上、設置に手間がかかりすぎるので、何十年も放置されていた不遇の兵器である。
それがゆえ、テムジン軍も地雷に無警戒だった。
様々な形の地雷が各所に設置されていた。
中でも異彩を放っていたのが、火薬の力で金属塊を押し出す技術を応用した巨大杭突出装置である。
地面から突如、生えてきた鉄杭に串刺しになったテムジン騎兵の姿があまりに無惨だったため、アイリスは地雷の開発者の名誉と共に“串刺し公”の悪名をも賜る事になる。
一時は地雷に足止めを食ったテムジン軍だったが、何度も作動する代物ではない。
数と勢いで圧倒し、カネダ軍の陣を突破してしまった。
未だ、ノヴェ王国に神風は吹かなかった。
テムジン騎兵隊はパロの町に突入し、お決まりの略奪行為を開始する。
だが、町には意外な脅威が潜んでいた。
イドル教徒たちが、いつ再開されるかわからぬ弾圧に備えて、鉄砲を家庭に備えていたのである。
そのため略奪を働こうとしたテムジン兵たちが、返り討ちに遭う場面が多く見られた。
民兵たちは命と町を守るため、ゲリラ戦を展開。
蹂躙されるだけに見えた庶民が、長く足止めの役を果たす事になる。
この足止めが大陸の運命の分かれ目だったと言われる。
38世やカネダの待っていた“風”が、吹いたのだ。
ソウイチの用意した“呪術の雲”はいわゆる毒ガス兵器。
敵軍が町にいるならば効果は、平原でのそれよりもあがる。
だが、町には抵抗を続ける住人たちも残っていた。
このタイミングでの散布に反対の声もあがった。
「……おぉ……そんな非情な事をしては民の心が離れ、反乱が起きるのですよぉ……(ふるふる)……シェリー工房で開発された、火薬投擲機を町の傍まで運び、敵軍が出てきたところを一網打尽にしてはぁ……?」
だが、貴族たちの多くは、今ぞ決行すべしとレンネ案を抑えこんだ。
「民兵はほとんどがイドル教徒だ、我々にとって不都合な存在を同時に駆逐出来る」
「選ばれし王や貴族から、下賤な民の元へ神を引きずり落としたイドル教徒に天罰を与えてやるのだ」
大貴族たちの勘気に推された国王により、勅命は下った。
38世の要塞に備えられた滑走路“青龍の背”から“有翼騎士団”は飛び立った。
上空から町に爆撃を仕掛け、町を“呪術の雲”に包みこんだのである。
致命の毒ではなかったが、煙を吸い、息苦しくなって町から出てきた者を矢や鉄砲で射殺す。
雲を避けるため建物の中に引きこもった者は、建物ごと火薬投擲機で破壊する。
この時、国王軍がイドル教徒に加え、町民をも無差別に殺した事は明かである。
イドル教徒に貴族の権威を傷つけられた事と、テムジン軍の侵攻により心胆寒からしめられ続けたストレスが貴族たちをこの暴挙に誘ったとされている。
以後、貴族とイドル教徒の抗争は国内で激化する事になる。
こうして撤退を余儀なくされたテムジン帝国はその後、各占領地の総督が王として独立を宣言。 分裂、弱体化を余儀なくされる。
これは、レンネの仕掛けた離間工作によるものだと言われている。
大陸を制圧するかに見えた勢力は、三十年と経たず北の本土へと撤退し、しばらく歴史の表舞台には登場しなくなった。
だが、それに代わり大陸には新たな脅威が台頭した。
軍事偏重での発展を果たしたノヴェ王国である。
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中世編収録を終えたスタジオ。
「むう、ノヴェ王国自体が軍事大国になってしまったという事か」
雪ノ下が、不本意げに眉を潜める。
「振り返れば百年間、文化らしい文化が育ってないからな」
「軍事技術の発達に力を注いでしまったから、仕方のないところではある」
沈痛な面持ちで頷く、アイリスと鐘田。
「誰も航海に出なかったから、外の世界の事も解らないし、スキルも使えないんだよね」
「あわわ、貴族と民衆の抗争もなんとかしないと」
シェリーと文歌も、架空の王国の未来を危惧した。
「……次が近世編と予想していましたが、このままでは中世脱出は困難そうですねぇ……」
「作劇上、文化を発達させるための時代を設けないと無理が出そうだ」
恋音と咲魔の意見もあり、ドラマは新たな展開を迎える事になる。
立ちこめる硝煙を振り払い、時代に光明をもたらす偉人は現れるのか?
次回『開明編』乞うご期待!