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ツンデレ刑事こと蒸姫 ギア(
jb4049)の病室の前。
見舞いに来た寛大刑事が、新しく赴任してきた美澄 優衣(
jb2730)に話しかけている。
「婚活刑事が命を落とした。 ツンデレ刑事はアウル麻薬に侵され、再起不能だ。 二人に代わってキミに頑張って欲しいのであーる!」
「悪魔刑事のボクにお任せだよ!」
その会話を昏睡状態で聴いていたツンデレ刑事の瞼がゆっくりと開いた。
上体を起こし、窓のブラインドに指を這わせる。
「そんな、婚活が……」
窓の外には夕日。
奥歯をぎりっと、噛む。
「ギア、絶対に許せない」
数分後、担当看護師の女性が悲鳴をあげた。
麻薬に侵され、動けないはずのツンデレのベッドが空になっていたのだ。
一方、デス料理刑事こと咲魔 聡一(
jb9491)は住宅地の一軒家へ踏み込んでいた。
「ふうん、中はエスニック趣味なのか。 僕も嫌いじゃない。 飾られた面も、香も、呪術に使う物だな?」
かつては呪術刑事を目指したデス料理、切なそうにそれを眺める。
「しかし配置が効果的じゃない。 お前等、まるで意味がわかっていないだろう?」
呪術の面を叩き割ると、面の中から、白い粉が出てきた。
「さあ……話してもらおうか?」
パトカーの運転席で、デス料理は、スマホを取り出し通話を開始した。
「寛大刑事、連中の拠点の位置が分かりました。 地図をFAXしましたので、皆を向かわせてください。 どうやって吐かせたって? ちょっと青椒肉絲を“ご馳走”しただけですが?」
一軒屋の中では、デス料理刑事のデス料理を口にした男が泡を吹いて倒れていた。
スマホを切り、 駐車場に停めてあったパトカーに乗り込むデス料理。
「さてと、僕もアジトへ」
運転席でキーを入れたとたん、異音。
デス料理が目を見開くと同時にパトカーが、大爆発を起こした。
紅蓮に包まれパトカーの前に、黒ずくめの男たちが小気味よさげな顔で歩み出てくる。
パトカーに工作したのはこの連中らしい。
「ヒャッハー、汚物を消毒してやったぜ!」
「上手に焼けました」
勝ち誇る連中。
その時、紅蓮の炎の中から声が響いた。
「僕の料理の香りを嗅ぎつけて寄ってくるとは、よほど空腹らしいな」
「なに?」
炎の中から、岡持ち片手にデス料理刑事が歩み出てくる。
「僕特製、本格四川風麻婆豆腐を食らうがいい!」
デス料理刑事が岡持ちから取り出したのはガトリング砲。
その掃射を喰らった黒ずくめたちは、赤ずくめに装いを変える。
「どうだ、花椒が効いて死ぬほど旨いだろう!?」
立ち去ろうとするデス料理刑事。
だが、その足は赤い壁に阻まれる。
ガトリングガンを受けて倒れたはずの敵が血塗れのまま、立ちあがってきたのだ。
「まだ満腹にならないのかな」
四方八方を囲まれ、銃を向けられている。
「ならば」
岡持ちを開ける咲魔、そこには手榴弾が満載されていた。
痛みを感じぬ重度中毒患者と言えど、体をバラバラにしてしまえば動けなくなる。
「デザートの杏仁豆腐だッ!」
爆音。
中毒患者もろとも、男は爆風の中に消えた。
デス料理刑事の名を残して。
久遠ヶ原署の刑事課。
フラグ刑事こと向坂 玲治(
ja6214)が、写真たてに妊婦の写真を入れている。
「奥様ですか?」
ラノベ脳刑事こと湯坐・I・風信(
jc1097)がそれを覗き込んだ。
「もうじき俺も父親になるんだ、名前ももう、考えてあるんだぜ」
とたん、部屋内の鏡が全て一斉に落ちた。
粉々に割れる鏡たち。
「ちっ、不吉だな」
破片を片付けていると、寛大刑事からの指令が届いた。
腰をあげるフラグ刑事。
「ようやく奴らの尻尾をつかめたか。 全員出動指令だ! 一網打尽にするぞ」
その頃、暑苦しい刑事こと不二越 悟志(
jb9925)はママチャリで国道沿いを走っていた。
「麻薬の売人、待てー! 絶対に捕まえる!!」
追いかけているのは、走るコンビニ。
ツンデレ刑事を昏倒させた麻薬入り食品を打っていたワゴンと、同型のものである。
組織の長である金髪巻き髪の女が乗っていたという情報もある。
「ママチャリよ、もっと早く走ってくれ」
今日は非番日。
買い物中に走るコンビニを見つけ、自前のママチャリで追い始めたのだ。
「性能差は根性でカバーです!」
赤信号で停まっていたワゴンにチャリを横付けし、運転手を引きずり出す暑苦しい刑事。
「アウル麻薬取締法違反で逮捕する!」
犯人に手錠をかける。
だが、捕えたのは金髪巻き髪の女ではなかった。
犯人を引き取りに来たパトカーには、寛大刑事が乗っていた。
「ご苦労である! デス料理刑事が組織のアジトを突き止めた! この事件は今日で終わるのである!」
「僕も行きます!」
「キミは非番ではないか、それに疲れておる」
ママチャリでカーチェイスを演じた暑苦しい刑事の全身からは、湯気が立っている。
「婚活刑事を殉死に、ツンデレ刑事を廃人に追い込んだ奴らを放ってはおけない!」
ママチャリを再び漕ぎ出す暑苦しい刑事。
制止の命令を、寛大刑事は出せなかった。
若き血の滾りに任せて動く、これこそが熱血だ。
表面上の熱さだけを纏っていた暑苦しい刑事の内部に、真の熱血が宿りつつある事を寛大刑事は嬉しく感じた。
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宵闇の包む港湾倉庫地帯。
「奴らの管理下にある建物は、倉庫とその二百m先にある管理事務所だ」
デス料理刑事の作った地図を見ながら、フラグ刑事は説明した。
そのデス料理刑事が、爆風の中に消えた事を彼らはまだ知らない。
「二か所同時に踏み込むぞ。 倉庫には俺とラノベ脳刑事、事務所には悪魔刑事が向かってくれ」
「ボク一人ですか?」
不安そうな悪魔刑事。
「安心しろ、事務所に人がいる可能性は低い。 こんな時間なのに明かりがついていねえだろ、本命は倉庫だ」
「わかりました」
まだ不安げな悪魔刑事。
「行くぞ」
踏み出した、フラグ刑事の足元でプチっと音が鳴った。
「おや? 靴紐が。大丈夫です、俺が予備を持っています。 俺が」
またゴマスリなのか、屈みこんでフラグ刑事の靴ひもを取り換えているラノベ脳刑事。
「不吉だな」
フラグ刑事が眉をしかめる中、決戦は始まった。
倉庫を物影から見つめるフラグ刑事と、ラノベ脳刑事。
巻き毛の女の後ろ姿と、武装した男たちが、まさに今、アウル麻薬の取引を行っているのが遠目に見える。
「ビンゴだ、署に応援を頼め。 ここは俺が抑える」
「お一人で? 向こうも銃を持っていますよ」
フラグ刑事は、懐から一冊の本を取り出した。
弾痕の残ったラノベである。
「安心しろ、お前に借りたラノベは懐に入れてある」
「読みましたか? 面白かったでしょう!」
目を輝かせるラノベ脳。
「穴が開いてるんだから読めるわけねえだろ? 死なないって言ってんだよ」
小声で囁き合っていると、巻き毛が逃げ出した。
存在を気付かれたようだ。
武装した男たちが銃弾を撃ち込んでくる。
それをコンテナの影に隠れてやり過ごす二人。
「作戦変更だ、巻き毛を追うぞ」
「了解! 道は俺が切り開きますよ! 今度こそ露払いは俺に任せて下さい」
巻き毛を追い、倉庫の奥へ向かうラノベ脳。
「風穴開けてやるぜ!」
それらしい事を叫び、銃を放つ。
弾丸は、巻き毛の背中を貫いた。
駆け寄るラノベ脳。
「なに!?」
巻き毛はカツラ、それを被っていたのは髭面の男だった。
「偽物か!」
気付いた時、ラノベ脳は五人の武装集団に周りを取り囲まれている事に気付いた。
「ひっかかったな!」
武装集団が高笑いをあげる。
だが、ラノベ脳の顔は自信に満ちていた。
「数を頼んで安心しているのか? 時代はオートマチックだぜ!」
果敢に銃を連射しようとするラノベ脳。
だが、弾が発射されない。
「ジャムっただと!」
弾詰まりに焦る。
「ははっ、ドジっ子め! 死ね!」
武装集団が放った銃弾。
だが、それを受け止めたのはラノベ脳ではなく、ラノベだった。
フラグ刑事が胸に仕込んでいたラノベが、銃弾を受けとめたのだ。
ここへ来るまでに銃弾の嵐を掻い潜ったのか、満身創痍のフラグ刑事。
だが、その早打ちは健在で、周囲を取り囲んでいる武装集団のうち三人までを一瞬に仕留めていた。
「フラグ刑事、助かりました」
礼に対して、フラグ刑事は笑みを漏らした。
「ラノベ脳、もう少し厚い本も読め」
フラグ刑事の胸から滴る血。
敵の銃弾は、ラノベの厚みを貫き、フラグ刑事の心臓を穿っていたのだ。
「こいつを渡してくれ、子供の名前は、ここに書いてある……」
懐から取り出した手帳をラノベ脳刑事に渡し、息絶えるフラグ刑事。
「くそう! 任せて下さい、奥さんには立派な最期を伝えてみせます!」
ジャムった拳銃を気合で直し、三連斉射するラノベ脳。
だが、その発射角は明後日の方角だった。
「はははっ、どこへ撃っている」
「フラグ刑事の頭脳が、僕に跳弾の角度を見切らせてくれた!」
あらぬ方向に跳んだかに見えた弾丸は、金属製のコンテナにぶつかり、角度を変え、残る武装集団二人の眉間を正確に貫いた。
「やりましたよ」
フラグ刑事の躯にそれを報告しようとした時、余分に一発多く放った弾丸が跳ね返ってきてラノベ脳の脳を貫いた。
脳を失ったラノベ脳刑事。
彼を看取るものはいなかったものの、後に誰もがこう呼んだという。
ラノベ刑事と。
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悪魔刑事は怯えすくんでいた
「一人じゃ無理だよーっ」
無人とおぼしき事務所の捜索とはいえ、女の子一人では怖い。
その肩を背後からポンと叩く掌。
振り向くと、そこに立っていたのはツンデレ刑事だった。
「ツンデレ刑事! 体はいいの?」
ツンデレ刑事は、蒸気を噴き上げるハンドコンピュータをいじっている。
「リハビリに蒸気コンピュータで鳳凰型蒸気ドローンの試験飛行をしていたら偶々、奴らのアジトに落ちてしまった。 ギアは拾いに行くが、お前も行くか?」
「うん! 一人じゃずっと不安だったんだ、これで安心できるよーっ」
「別に悪魔刑事を気にかけてるわけじゃ、偶々、偶々なんだからなっ」
ツンデレ刑事はツンとそっぽを向いた。
事務所に入ったとたん、女の高笑いが二人を出迎えた。
「オーホッホッ! 飛んで火にいる夏の虫ざます」
高笑いしているのは、巻き毛の女・リズ!
護衛の男たちが銃を発射してくる。
躱しざま、ハンドガンを構える悪魔刑事。
「ボクたちが来たからには、みんな捕まえちゃうよ!」
ツンデレ刑事も蒸気拳銃という謎武装で、応戦する。
事務所のカウンター越しに行われる激しい銃撃戦。
その中で、リズの銃口が悪魔刑事を捕えた。
悪魔刑事はその事に気付いていない。
「死ねざます!」
ツンデレ刑事が靴の韋駄天蒸気を噴かせた。
凶弾の前に強引に割り込む!
「ぐふっ」
胸を穿たれるツンデレ刑事。
だが、同時に蒸気拳銃もリズの額を掠めていた。
「ちっ、ここは撤退ざます、お前たちその二人を片付けておくざますよ!」
流れる血を抑えながら、逃げるリズ。
悪魔刑事は、倒れたツンデレ刑事を抱き起す。
「別にギア、悪魔刑事を庇ったわけじゃ、無いんだからなっ……どうせギアはもう、アウル麻薬で死ぬから、ついでだから……」
「ツンデレ刑事? ツンデレ刑事!!」
ツンデレのまま息絶えるツンデレ刑事。
悪魔刑事の目が怒りに燃えた。
「痛くないよう全員一撃で気絶させてやる!!」
ハンドガンを乱射する悪魔刑事。
弾切れになると、ナイフを構え、リズを追う。
その前に、最後に残った護衛の男が立ち塞がった。
男の肩を切りつける悪魔刑事!
「わ、ごめんなさい! 大丈夫?」
血を流す男を心配し、手を差し伸べる。
「痛かった、絶対今の痛かったよねー!」
だが、その優しさが仇となった。
男は、悪魔刑事にめがけ銃弾を連射したのだ。
アウル麻薬重度中毒者に優しさなど通用しなかった。
「こうなるよね……ボク……皆の力になれたかな……」
弾痕の真珠で胸元を飾りながら倒れる。
その死に顔の慈悲深さに、男は目を覚ました。
「俺は、誰が悪魔か見誤っていたのかもしれない――こいつは、天使刑事だ」
天使刑事はツンデレ刑事の後を追い、天に召された。
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「――着いた」
ママチャリのブレーキをかける暑苦しい刑事。
港湾倉庫地帯に、ようやく辿り着いたのだ。
非番日にまで着ている制服は、汗にまみれている。
「みんなは――」
息も荒く、辺りを見回す。
その時、闇夜に銃声が響いた。
目の前にある事務所の中からだ。
「もう始まっているのか!?」
走り出そうとする暑苦しい刑事。
だがその足を、激しい光が止めた。
黒塗りの車がヘッドライトを輝かせながら、こちらに向かってきている。
その運転席に見えたのは、リズだった。
金色の巻き毛が血で紅に染まっている。
「逃がすものか!」
本来なら拳銃で威嚇射撃すべき時だが、今日は非番で丸腰。
だが、暑苦しい刑事は迷わなかった。
己の肉体を以て、車の前に飛び出る!
「なに!」
急ブレーキも間に合わず、暑苦しい刑事は跳ね飛ばされた。
暑苦しい刑事は倒れない。
後頭部から血を流しつつ、よろよろと立っている。
「降りろ、逮捕だ」
「警察ざますか。 ふん、最後の一匹もついでに殺してやるざます!」
その言葉に、暑苦しい刑事は仲間たちの運命を悟った。
「許さん!」
暑苦しい刑事をひき殺そうとアクセル全開で走り出した車を、体一つで受けとめた。
死力、いや死んでいった全ての刑事たちの力を籠めて!
「な!? 死にぞこないが! どくざます!」
「お前を捕えるまでは、熱血魂にかけ死ぬワケにはいかん!」
バンパーを掴んだその両掌を、持ち上げる。
「僕の血には、殺された刑事たちの魂が宿っているんだ!」
限界を超えた力が、黒塗りの大型車を真逆さまにひっくり返した。
運転席で気を失ったリズ。
遠くから近づいてくるパトカーのサイレン音。
二つを確認した瞳が、ゆっくりと瞼の下に沈む。
この時、誰にはばかる事もなく呼ぶ事が出来た。
己自身を、熱血刑事と。
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放送終了後の楽屋。
「短い間に全キャラ死にましたねー、ラノベではありえないペースですよ」
湯坐が、死に顔メイクを落としながら笑う。
「コメディのはずが、熱くなりすぎてシリアスな展開になってしまいました」
俯く不二越、だがこれも生ドラマの醍醐味である。
「べ、別にギアはツンデレ刑事が気に入ったわけじゃないんだからな!」
蒸姫は役から抜け切れずにいる。
不二越同様、キャラに入りきっていたのだ。
「腹減った、何でもいいから、メシにしようぜ」
向坂がぼやくと、ちょうど咲魔が岡持ちを持って楽屋に入ってきた。
「こういうのは、“後程スタッフが美味しく食べる”のまでが仕事だからね」
取り出されたのは、ドラマで使った咲魔お手製の青椒肉絲。
それを一口食べたとたん、優衣が呟く。
「まさに、デス料理刑事――」
現実でも全員、殉職オチが待っていた。