●
久遠ヶ原署セット内。
初日に訪れたのは中学生に見える童顔刑事、湯坐・I・風信(
jc1097)と、高級そうなスーツを着てエリートっぽい雰囲気を醸し出している向坂 玲治(
ja6214)。
「刑事ドラマ……刑事が出るラノベを読んでる俺ならなんの隙もないですね」
さらさらと警察手帳に希望刑事名を書く湯坐。
「俺は本庁から転属してきたエリートって設定だからな、そこのとこ頼むぜ」
同じく手帳にペンを走らせる向坂。
湯坐が“ラノベ刑事”、向坂が“フラグ刑事”を希望している。
果たして、望み通りの刑事名を視聴者に付けてもらえるのか?
それは今から始まる生放送で決定される。
花菱銀行にて、立てこもり事件発生!
現場の銀行前から、湯坐が中の様子を覗きこんでいる。
「これは……最悪のケースですね」
湯坐の呟きに無線の向こうの向坂が反応する。
『最悪か、どういう状況なんだ?』
向坂はキャリア組で後方指揮担当という設定なので、最初からは現場に出ないのだ。
「これほど切迫した状況にも関わらず、俺に覚醒が起こりません。 ラノベなら新能力が目覚めてそれで全てを解決している展開のはずですが」
湯坐では、どうにもなりそうにない。
「ここからは俺が仕切らせてもらう。 全員現場に向かうぞ」
デスクから立ち上がる向坂。
その時、部署の壁に賭けてあった鏡が落ちてパリーンと割れた。
「鏡が割れた――不吉だな」
署から出動しようと、駐車場に停まっているパトカーに乗り込もうとしたが、ボンネットや屋根に、大量の黒猫とカラスが群がっている。
「今日はやたらと動物が多いな……」
「黒猫とか珍しいなぁ。これは何か起こりそうですねー」
きらーんと目を輝かせる湯坐。
黒猫やカラスを追い払ってパトカーに乗り込む二人。
二人に“動物虐待刑事”“ぬこカワイソス刑事”とか命名候補のメールが届く。
「虐待はしてねえぞ、追い払っただけだ」
「この言われようは、俺らの方が可哀そうですよね」
銀行に到着。
様々な手段を試みるが事態は打開しそうにない。
「人質の体力ももう限界だ、突入するぞ」
拳銃を抜き放つ向坂。
「自ら先頭に立ってですか? 貴方は久遠ヶ原署、いえ日本の未来にとって大切なお方です。 ここは俺に露払いをお任せ下さい」
揉み手する湯坐を、向坂は呆れ顔で見る。
「何だ、そのゴマスリは?」
「本庁の人に媚売って出世街道……なーんてことはありませんよ?」
無視して背を向ける向坂に、湯坐はチッと舌を鳴らす。
突入直前、向坂が服のあちこちのポケットに手を突っ込み始めた。
「あれ、おかしいな婚約者から貰ったお守りを持ってきていたはずなんだが?」
「ご結婚の予定があるのですか?」
湯坐に尋ねられると、ふっと表情を緩め、懐から指輪を取り出して眺める。
「……ああ、この事件が終わったら、俺結婚するんだ。」
余りにも定番なアレを言ってしまう向坂。
「故郷で待ってる人がいるんですか! 羨ましいなぁ。 ここでがつーん! と結果を出して凱旋しなきゃですね! なら、忘れたお守りの代わりにこれを持っておいて下さい」
向坂の胸の内ポケに何かを入れる湯坐。
「何だこれ?」
「確認しなくて結構。 ラノベで勉強しました、こうして伏線を張っておけばそれで命が助かる展開になるんです!」
ドヤ顔で言う湯坐。
向坂は面倒臭げに顔を歪めると、警官隊を率い銀行の入り口に突入した。
銀行カウンターを挟んで、犯人との激しい銃撃戦になる。
向坂の銃弾が犯人の右手を撃ち抜き、銃を落させた。
「終わったな、取り押さえろ」
警官たちにそう命じ、向坂は倒れている人質の安否を確認しようとした。
その瞬間、凶弾が向坂を襲った。
犯人は、もう一丁銃を隠し持っていたのだ。
「あぶない!」
気づいた湯坐が、背中に翼を出して飛び、向坂の上に覆いかぶさる。
犯人の放った弾丸は二発。
一発は向坂の胸に、もう一発は湯坐の背中に。
犯人はすぐさま、他の警官たちが取り押さえる。
「湯坐!?」
胸を撃たれたものの、なぜか平気な向坂は湯坐を抱き起す。
「大丈……で、こんな……大した事……それより……」
痛みに喘ぎつつも、向坂の胸に不安そうに指を這わす湯坐。
「俺か、俺なら大丈夫だ、お前に預かったお守りのお蔭で助かったぞ」
突入前に、内ポケに押し込まれたものを引き出す向坂。
ラノベだった。
本に銃弾のめりこんだおかげで向坂は助かったのだ。
それを見た湯坐の顔は、深い絶望に染まった。
「ああ……俺のラノベが……人の命を救うためなんかじゃない……ただ読んで欲しかっただけなのに……」
絶望にガクッと首を落とす湯坐。
「湯坐ー! 湯坐ー!」
「今度アニメ化するから、そっち見て下さい……」
湯坐はそう言い残し、気を失った。
これにて劇終。
二人に付けられた刑事名は?
向坂“フラグ刑事”
湯坐“ラノベ脳刑事”
「やったな、狙い通り」
軽くガッツポーズの向坂。
「脳だけ余計ですよ! 脳だけ!」
いらんもんを付けられる湯坐。
ラノベそのものというには、美少女分が足りなかった!
●
翌日はスチームパンクファッションの蒸姫 ギア(
jb4049)の生放送。
「別にギア、暇な時に見てた人界の刑事ドラマが、前から気になってたとかそんな事、ないんだからなっ」
ツンとしながら、手帳に“蒸気刑事”と書きこむ蒸姫。
蒸気の研究に没頭するうち、時代に取り残されたはぐれ悪魔は果たして、どんな刑事名をつけてもらえるのか?
「ギア、一人でも十分なんだぞ……周りのレベルに合わせるほうが大変なんだからなっ」
寂しそうに呟きながら、中年男毒殺事件の現場検証をするギア。
収録日別のコンビ分けをする時点であぶれてしまったのだ。
孤独な捜査の末、殺人現場であるアパートの一室から、熊のぬいぐるみを見つける蒸姫。
「む、これは」
嬉しそうに、ぎゅーとぬいぐるみを抱きしめる。
「ギア、お前とコンビ組む……寂しくない」
すると背後から肩を叩かれた。
「ガーハハハッ、そういう事だ! 理解が早いではないか!」
振り向くと、ワルベルト署長がいた。
「寛大刑事!? ギア、ぬいぐるみとか好きなわけじゃ」
あわあわする蒸姫。
「何を言っておる、一人では不自由だろうからな、我輩とコンビを組もう」
学校の授業で「好きな人同士でペア作ってー!」と先生に言われた末に、誰とも組んでもらえず、先生とペアになってしまった状態の蒸姫。
「ギア、嬉しいわけじゃないんだぞ……でも、どうしてもって言うなら」
それでも嬉しそうである。
“ぼっち刑事”とか“おまおれ刑事”とかメールが届く。
「む? その熊は?」
ギアが抱いているぬいぐるみを見た、寛大刑事の目つきが変わる。
「……我輩の我慢も限界だ、あの女め許さん!」
突然、寛大じゃなくなる寛大刑事。
「以前は煙に巻かれたが、今度こそ尻尾を捕まえてやるのである!」
マンションの影から、その入り口を見張る蒸姫と寛大刑事。
「我輩が署長になる前から追っているヤマなのである。 リズと呼ばれる金髪巻き毛の女を情婦にした者は、皆、ああして謎の死を遂げるのである。 そしてリズは男の部屋に必ずあの熊のぬいぐるみを置いておくのである」
そしてここが、今、リズが住んでいるのではないかとされるマンション。
だが、夜中まで待ってもリズは戻ってこない。
蒸姫が黙ってパンと牛乳を差し出す。
「別に寛大刑事の為に買ってきたんじゃないんだからなっ……ギアお腹空いてたから、ついでなんだぞ」
照れ隠しのように、急いでパンと牛乳を食べる蒸姫。
「ふむ、ありがとう。 しかしどこで買ってきたのだ? この辺りにコンビニはないはずだが」
「そこの通り沿いを“走るコンビニ“っていうワゴンが走っていたんだ、金髪巻き毛の美人が店員――うっ」
突然倒れるギア
「おい!? しっかりしろ!」
パンと牛乳には猛毒が含まれていた。
病院に搬送され手術室へ運ばれる蒸姫。
「頼む、目を覚ましてくれ」
祈る寛大刑事。
手術室から手術着姿の医師が出てくる。
「手術が終わりました」
「どうなったのである?」
神妙な顔で医師が告げる。
「彼は――“ツンデレ刑事”です」
不謹慎な方法で命名発表。
どうやらこの事件は次回へ伏線になりそうだ。
●
続いて収録現場に現れたのは、演劇部を運営している咲魔 聡一(
jb9491)と、かつて警官だった不二越 悟志(
jb9925)。
「ボク的には芝居にメタネタはご法度なんだ、神とやらが何を送ってきてもスルーするからね」
冷徹な咲魔に対し、
「ドラマとはいえ、憧れの刑事になれるなんて……感激です! 僕、頑張ります!」
暑苦しいほど目をキラキラさせている不二越。
水と油に見えるこの二人、果たしてどんなドラマになるのか?
なんとまたまた銀行立てこもり事件が発生!
しかも、また同じ花菱銀行!
どんだけ警備がざるなのであろう?
「初仕事でいきなりですか!?無理ですよ!! 加勢をお願いします!」
今回解決を命じられた不二越は戸惑っている。
「となると、あの男を呼び出す事になってしまうが良いのであるか?」
「あの男? 有能だが警察学校時代からライバルが軒並み自死したと噂のあの男ですか?」
「うむ、仲の悪い上司が辞めただのと黒い噂が絶えないあの男である。 お前は良いのか? 我輩は寛大刑事であるから当然、許すが?」
「構いません! 熱血刑事と呼ばれたい僕にとって、正義が最優先です!」
不二越は欲しい刑事名を、なにげにアピールした。
これは吉凶どちらにでるのか?
再び花菱銀行前。
そこに現れた不二越はテニスウェア姿をしている。
スピーカーを使って犯人に呼びかける。
「犯人に告ぐ! お前は完全に包囲されている! 大人しく投降せよ!」
銀行の窓から怒鳴り返す強盗。
「何だその格好は、ふざけているのか!?」
「ふざけてはいない! これが熱血だ!」
ラケットを素振りする不二越。
「僕がお前を説得してやる!」
「なにを若造が!」
「ここに故郷のお母さんが来ている、その声を聞け!」
「嘘をつけ、オヤジもおふくろもとうに死んだ」
「じゃあ、俺がお前のお父さんになってやる! お母さんにもなってやる! 胸に飛び込んで来い! 強盗!」
「暑苦しいんだよ!」
犯人が投降するわけもなく、こう着状態が続く。
すると“あの男”がついに現れた。
「呪術だ、呪術で解決するんだ」
咲魔登場。
「儀式を行う、鍋とガスコンロを用意したまえ」
不二越に鍋と火を用意させる咲魔。
そこで肉と野菜を炒め、水を入れて煮込み野菜に火が通ったらカレールーを煮溶かし始める。
「先輩……何故カレー作りを?」
鋭く不二越を睨む。
「カレーではない、呪術だ! そもそもカレーとはインド神話の血と殺戮の女神に由来した呪術的な……」
怪しい講釈を長々と始める咲魔。
そのうちにカレーの匂いが香ばしく漂い始めた。
(この香りで犯人を兵糧攻めするのか、流石は先輩)
そう考える不二越だが――
「うっ、この臭いは?」
不二越が見るに、咲魔はレシピ通りにカレーを作っているだけなのだが、なぜかこの世ならぬ悪臭を放ち始めた。
実は咲魔、“レシピ通りに料理を作るほど、不味くなる”という謎スキルの持ち主なのだ。
野次馬やマスコミ、警官隊までもが悪臭に銀行前から逃げ出していく。
ついには犯人までもが悪臭に耐えかね、銀行内から飛び出してきた。
「逃がすか!」
どこかから取り出した注射器を、自分の腕に突き刺す咲魔。
すると背中に翼が生えた。
「これが呪術だ!」
「改造手術じゃないんですか!?」
悪臭にむせながらも、律儀にツッコむ不二越。
咲魔とともに逃げた犯人を追い始める
「待て強盗ー!タイホだー!」
だが、臭いにあてられすぐしゃがみ込む。
「今日は諦めます……あ、それでも僕は熱血刑事です」
最後までPRを欠かさない不二越を残して咲魔は強盗を追った。
「呪術の勝利です!」
犯人を捕らえた咲魔、すまし顔で眼鏡の位置を直す。
青い顔で、口元を押え続けている不二越。
果たして、判定は?
咲魔“デス料理刑事”
不二越“暑苦しい刑事”
「料理ではない、呪術だ!」
画面に向かって言い放つ咲魔だが、無駄である。
「……わかりました」
涙目で納得する不二越。
“それでも熱血刑事だ”というのなら、次回で挽回である。
●
“童子刑事”を希望したのはハル(
jb9524)。
「ハル、が……刑事さん……に、なれる、の?面白そう。 刑事さんって……着物、着てても……なれるの、かな? 大丈夫、かな?」
着ぐるみ人間が跋扈する久遠ヶ原、大丈夫に決まっているのである。
そのハルだが、捜査開始前に問題が起こった。
コンビを組む予定だった相方が、行方不明になったのである。
「いなくなったの……婚活刑事、だけじゃない……謎は、深まる……」
ハルが追っている案件は“アラサー女連続失踪事件”である。
三十歳前後の女性が、次々に行方を眩ます事件が続いているのだ。
例に漏れず、婚活刑事こと四ノ宮 椿もいなくなった。
そして相方予定の刑事も……。
ハルは仕方なく、寛大刑事ことワルベルト署長と捜査を開始した。
聞きこみの結果、集まった証言は“失踪前日に椿の背後を宇宙人らしき男が歩いていた”“某国の秘密軍事施設に連れて行かれていた”など怪しいものばかり。
「何で、アラサーなのかな。 若いコ、じゃ……ダメな何か、がある……のかな。 宇宙人さん、も……軍事組織の人、も……ある程度、成熟された大人の女性、が好き、なのかな……。 ハル、よくわかんない」
「ガッハハハ! アラサーなど若い若い! 卵としては半熟である!」
悩んでいるハルに対し、寛大刑事は寛大に構え過ぎている。
「とりあえず、どこで椿が消えた、のか……とか、その辺から探すのが良い、かな…それとも、最近の椿付近の……噂、とか?」
「幼く見えて実に鋭いのであるな。 よし、そこを捜査するのである」
そして捜査の結果、いくつかの事実が判明した。
「婚活刑事……消える前……婚活パーティに行っていた」
「ふむ、婚活刑事だからな」
「相手の男性は皆……高収入……」
「ハイクラスの婚活か?」
「銀行強盗……成功して……高収入を得た人たち……」
「なぬ? 強盗で高収入を得た者たちとの婚活パーティであると!?」
「なんだろうね……よくわかんない……」
捜査終了。
重大な手がかりがつかめたところで、次回に続く事になる。
この捜査でハルについた刑事名は”よくわかんない刑事“
“よくわかんない“という口癖、そしてハル自身がよくわかんない存在である事からついた刑事名である。
今後、どういう活躍をするかはよくわかんない。
最後の最後にトンデモナイ事実が発覚!
相次ぐ銀行立てこもりや金髪巻き毛の女といかな関係が?
次回殉職編!
刑事たちが己の名に恥じぬ活躍、そして死を遂げる!